説明

微生物由来の菌体外プロテアーゼを生産するためのベクターおよびその利用

【課題】微生物由来の菌体外プロテアーゼの自己触媒的切断活性に依存することなく、当該プロテアーゼを菌体外にて生産すること。
【解決手段】微生物由来の菌体外プロテアーゼの成熟配列とプロ配列とを、別々のポリペプチドとして独立して発現し得る発現ベクターを提供する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、微生物由来の菌体外プロテアーゼを生産するための技術に関するものであり、より詳細には、微生物由来の菌体外プロテアーゼをコードするポリヌクレオチドを含むベクター、当該ベクターが導入された形質転換体、ならびに当該ベクターまたは当該形質転換体を用いた菌体外プロテアーゼを生産するための方法およびキットに関するものである。
【背景技術】
【0002】
微生物が菌体外に分泌するプロテアーゼ(すなわち、微生物由来の菌体外プロテアーゼ)は、不活性のプレプロ型酵素(シグナル配列、プロ配列および成熟配列が連続する1本のポリペプチド)として菌体内にて合成される。
【0003】
菌体外プロテアーゼの生産において、シグナル配列は、プレプロ型酵素が細胞内膜を通過してペリプラズムに移行する際のシグナルとして機能する。ペリプラズムに移行したプレプロ型酵素は、そのシグナル配列がシグナルペプチターゼにより切断されることにより、プロ配列および成熟配列からなるプロ型酵素に変換される。プロ型酵素のプロ配列部分は、成熟配列部分をフォールディングする分子内シャペロンとして機能する。そして、プロ型酵素のプロ配列と成熟配列とをつなぐペプチド結合が、自己触媒的に切断されることによって、成熟型酵素(成熟ポリペプチド)に変換された菌体外プロテアーゼは、菌体外に分泌される。
【0004】
プロテアーゼの成熟配列のフォールディングにプロ配列の存在が不可欠であるという知見に基づいた変異型プロテアーゼの発現方法として、主に以下の2つの方法が報告されている。非特許文献1に記載の第1の発現方法は、大腸菌内において、プロテアーゼの成熟配列およびプロ配列を別々のポリペプチド(成熟ポリペプチドおよびプロ配列ポリペプチド)として発現させ、これらのポリペプチドをインクルージョンボディ(封入体)として回収した後に、可溶化およびリフォールディングすることによって活性回復させる方法である。非特許文献2に記載の第2の発現方法は、本発明者らが変異型サーモライシン(TLN:Thermolysin)の発現方法として報告したプロテアーゼの発現方法であり、大腸菌内において、TLNをプレプロ型として発現させ、TLNの自己触媒的切断活性によって、成熟配列とプロ配列とを切断し、成熟型プロテアーゼを菌体外に分泌させる方法である。
【非特許文献1】C.Marie−Claireら、J.Mol.Biol.,285:1911−1915(1999)
【非特許文献2】K.Inouyeら、Protein Expr.Purif.,46:248−255(2006)
【非特許文献3】遠藤滋俊、醗酵工学会誌,40:346−353(1962)
【非特許文献4】井上國世、生化学,66:446−450(1994)
【非特許文献5】井上國世、食品酵素化学の最新技術と応用,シーエムシー出版:105−114(2004)
【非特許文献6】O’Donohueら、A.Biochem.J.,300:599−603(1994)
【非特許文献7】半澤敏、キラルテクノロジーの工業化,シーエムシー出版:60−69(1998)
【非特許文献8】V.G.H.Eijsinkら、J.Biotechnol.,113:104−120(2004)
【非特許文献9】M.Kusanoら、J.Biochem.,139:1017−1023(2006)
【非特許文献10】U.P.Shindeら、Nature,389:520−522(1997)
【非特許文献11】U.Shindeら、J.Biol.Chem.,274:15615−15621(1999)
【非特許文献12】M.J.O’Donohueら、J.Biol.Chem.,271:26477−26481(1996)
【非特許文献13】C.Marie−Claireら、J.Biol.Chem.,273:5697−5701。
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
代表的な亜鉛金属プロテアーゼである中等度好熱菌Bacillus thermoproteolyticusが生産するサーモライシン(TLN:Thermolysin)は、菌体外プロテアーゼの1つであり(非特許文献3)、アミノ酸残基数28のシグナル配列、アミノ酸残基数204のプロ配列、およびアミノ酸残基数316の成熟配列が連続する、総アミノ酸残基数548のプレプロ型として菌体内にて合成される。
【0006】
TLNは、1分子あたりに、活性に必須の亜鉛イオン1個と安定化に必要なカルシウムイオン4個とを含有する。TLNは、疎水性アミノ酸残基のアミノ基側のペプチド結合を特異的に切断するが、その逆反応の縮合反応においても、同様の基質特異性を示す。また非特許文献4および5に記載されているように、TLNの活性、安定性、および溶解度が、高濃度の塩(1〜4M)によって著しく増大することが知られており、媒質の誘電率およびTLNの分子表面のアミノ酸残基がTLNの酵素特性に関して重要であることが示唆されている。X線構造解析により決定されたTLNの立体構造から、Glu143およびHis231が、触媒活性に重要なアミノ酸残基であると予想される。
【0007】
このようにTLNの化学構造、触媒活性発現機構等の基礎的な研究が進められているため、これらの知見に基づいてTLNの組換体形成を計画的に行い得る。すなわち、TLNはタンパク質工学的な酵素機能改変の研究を行うのに適した題材であると言える。変異型TLNの発現系として、非特許文献6に記載の枯草菌または非特許文献4に記載の大腸菌を宿主としたものが開発されており、触媒活性、熱安定性等が向上し、酵素活性のpH特性が改変された変異型TLNが作製されている(非特許文献7および8)。
【0008】
しかしながら、非特許文献1に記載の第1の発現方法は、成熟型のプロテアーゼを菌体外に生産する方法ではなく、発現させた成熟配列およびプロ配列がインクルージョンボディに含まれてしまう。発現させたプロテアーゼを活性化するためには、インクルージョンボディを可溶化した後に得られた成熟ポリペプチドをリフォールディングする必要があるが、可溶化およびリフォールディングするための条件を最適化することが困難であり、かつ操作が煩雑である。また、非特許文献2に記載の第2の発現方法は、プロテアーゼが有する活性機構を用いた発現方法であるため、自己触媒的な切断活性が低下または消失した変異型プロテアーゼを発現させることができない。
【0009】
本発明は、上記の問題点に鑑みてなされたものであり、その目的は、自己触媒的切断活性を有さないプロテアーゼであっても成熟型のプロテアーゼを菌体外に生産するための技術を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明者らは、このプロテアーゼの自己触媒的切断活性の有無に依存しない、菌体外プロテアーゼの発現系を構築することを目的とし、その必要条件を検討した。しかし、目的のプロテアーゼが菌体外に分泌されず、特に、精製困難な封入体(インクルージョンボディ)中に目的のポリペプチドが含まれてしまい、微生物由来の菌体外プロテアーゼを細胞外に産生させることができなかった。しかし、本発明者らの独自の観点に基づく創意工夫の結果、本発明を完成するに至った。
【0011】
本発明に係る発現ベクターは、微生物由来の菌体外プロテアーゼの成熟配列からなるポリペプチドを細胞外にて生産するために、別個のプロモーター配列に作動可能に連結された第1のポリヌクレオチドおよび第2のポリヌクレオチドを含み、第1のポリヌクレオチドおよび第2のポリヌクレオチドはそれぞれ第1のポリペプチドおよび第2のポリペプチドをコードし、第1のポリペプチドは、該プロテアーゼの成熟配列が第1のシグナル配列に連結されており、第2のポリペプチドは、該プロテアーゼのプロ配列が第2のシグナル配列に連結されていることを特徴としている。
【0012】
本発明に係る発現ベクターにおいて、上記プロテアーゼは、TLN、ズブチリシン、放線菌プロテアーゼB、α−溶菌プロテアーゼ、アクアリシンI、およびストレプトペインからなる群より選択されることが好ましい。
【0013】
本発明に係る発現ベクターにおいて、上記プロテアーゼの成熟配列からなるポリペプチドは、配列番号3に示されるアミノ酸配列からなるポリペプチド;あるいは、配列番号3に示されるアミノ酸配列の1または数個のアミノ酸が欠失、置換または付加されたアミノ酸配列からなり、かつプロテアーゼ活性を有しているポリペプチド、であることが好ましい。
【0014】
本発明に係る発現ベクターにおいて、上記プロテアーゼのプロ配列からなるポリペプチドが、配列番号5に示されるアミノ酸配列からなるポリペプチド;あるいは、配列番号5に示されるアミノ酸配列の1または数個のアミノ酸が欠失、置換または付加されたアミノ酸配列からなり、かつ該プロテアーゼの成熟配列からなるポリペプチドに対するフォールディング活性を有しているポリペプチド、であることが好ましい。
【0015】
本発明に係る発現ベクターにおいて、第1のシグナル配列はpelBリーダー配列であることが好ましい。
【0016】
本発明に係る発現ベクターにおいて、第2のシグナル配列は上記プロテアーゼのプレ配列であることが好ましい。
【0017】
本発明に係る発現ベクターにおいて、第1のポリヌクレオチドは、nprプロモーター配列に作動可能に連結されていることが好ましい。
【0018】
本発明に係る発現ベクターにおいて、第2のポリヌクレオチドは、nprプロモーター配列に作動可能に連結されていることが好ましい。
【0019】
本発明に係る発現ベクターは、微生物由来の菌体外プロテアーゼの成熟配列からなるポリペプチドを細胞外にて生産するために、プロモーター配列に作動可能に連結された第1のポリヌクレオチドを含み、第1のポリヌクレオチドは第1のポリペプチドをコードし、第1のポリペプチドは、該プロテアーゼの成熟配列が第1のシグナル配列に連結されていることを特徴としている。
【0020】
本発明に係る発現ベクターはまた、微生物由来の菌体外プロテアーゼの成熟配列からなるポリペプチドを細胞外にて生産するために、プロモーター配列に作動可能に連結された第2のポリヌクレオチドを含み、第2のポリヌクレオチドは第2のポリペプチドをコードし、第2のポリペプチドは、該プロテアーゼのプロ配列が第2のシグナル配列に連結されていることを特徴としている。
【0021】
本発明に係る生産方法は、微生物由来の菌体外プロテアーゼの成熟配列からなるポリペプチドを細胞外にて生産するために、該プロテアーゼの成熟配列からなる第1のポリペプチドを、該プロテアーゼのプロ配列からなりかつ第1のポリペプチドのフォールディングを担う第2のポリペプチドとともに細胞内で発現させる工程を包含することを特徴としている。
【0022】
本発明に係るキットは、微生物由来の菌体外プロテアーゼの成熟配列からなるポリペプチドを細胞外にて生産するために、該プロテアーゼの成熟配列からなる第1のポリペプチドと、該プロテアーゼのプロ配列からなりかつ第1のポリペプチドのフォールディングを担う第2のポリペプチドとを細胞内で発現させるための発現ベクターを備えていることを特徴としている。
【0023】
本発明に係る発現ベクターセットは、微生物由来の菌体外プロテアーゼの成熟配列からなるポリペプチドを細胞外にて生産するために、第1のベクターおよび第2のベクターを含み、第1のベクターは:プロモーター配列に作動可能に連結された第1のポリヌクレオチドを含み;第1のポリヌクレオチドは第1のポリペプチドをコードし;第1のポリペプチドは、該プロテアーゼの成熟配列が第1のシグナル配列に連結されており、第2のベクターは:プロモーター配列に作動可能に連結された第2のポリヌクレオチドを含み;第2のポリヌクレオチドは第2のポリペプチドをコードし;第2のポリペプチドは、該プロテアーゼのプロ配列が第2のシグナル配列に連結されていることを特徴としている。
【0024】
本発明に係る形質転換体は、上記ベクターのいずれか1つを含んでいることを特徴としている。
【0025】
本発明に係る生産方法は、微生物由来の菌体外プロテアーゼの成熟配列からなるポリペプチドを細胞外にて生産するために、上記形質転換体を用いる工程を包含することを特徴としている。
【0026】
本発明に係るキットは、微生物由来の菌体外プロテアーゼの成熟配列からなるポリペプチドを細胞外にて生産するために、上記形質転換体を備えていることを特徴としている。
【発明の効果】
【0027】
本発明を用いれば、活性部位への変異導入によって、自己触媒的な切断活性が変化した変異型プロテアーゼであっても成熟型のプロテアーゼを菌体外に生産し得る。また、本発明を用いれば、自己触媒的な切断活性が低下したことによって、発現量が低下した変異型プロテアーゼを大量に生産し得る。
【発明を実施するための最良の形態】
【0028】
上述したように、微生物の菌体内にて合成されるプロテアーゼを、菌体外に分泌させるためには、プロテアーゼの成熟ポリペプチドおよび成熟ポリペプチドのフォールディングに関与するプロ配列ポリペプチドを菌体内において発現させる必要がある。非特許文献4に記載の発現方法を用いた場合、成熟配列とプロ配列とが連続するプロ型配列として菌体内にて合成されたプロテアーゼは、成熟配列とプロ配列との間のペプチド結合を自己触媒的に切断することによって菌体外に分泌される。
【0029】
本発明者らは、このプロテアーゼの自己触媒的切断活性の有無に依存しない、菌体外プロテアーゼの発現系を構築することを目的とし、その必要条件を検討した。
【0030】
まず、プロテアーゼの成熟配列とプロ配列とを、菌体内においてそれぞれ独立したポリペプチドとして発現させることによって、成熟型プロテアーゼを菌体外に分泌させることを試みた。成熟配列とプロ配列とをそれぞれ独立したポリペプチドとして菌体内に発現させるために、それぞれ別個のプロモーターによって発現制御させる必要がある。このため、成熟ポリペプチドおよびプロ配列ポリペプチドをそれぞれコードするポリヌクレオチドを、それぞれ別個のプロモーター配列に作動可能に連結させ、発現ベクターを構築した。なお、プロ配列ポリペプチドによる成熟ポリペプチドのフォールディングを適切に行うためには、両ポリペプチドがペリプラズムに移行する必要がある。このため、独立した2つのポリペプチドをペリプラズムに移行させるために、成熟配列およびプロ配列にそれぞれ別個のシグナル配列を連結させた。
【0031】
このように構築した発現ベクターを形質転換した細胞は、プロテアーゼの自己触媒的切断活性に依存することなく、成熟プロテアーゼを菌体外に分泌させた。
【0032】
〔1:発現ベクター〕
本発明は、微生物由来の菌体外プロテアーゼを生産するためのベクターを提供する。本明細書中で使用される場合、「微生物由来の菌体外プロテアーゼ」は、微生物によって産生される菌体外分泌型のプロテアーゼが意図され、単に「菌体外プロテアーゼ」と称する場合もある。
【0033】
微生物由来の菌体外プロテアーゼとしては、TLN、ズブチリシン、放線菌プロテアーゼB、α‐溶菌プロテアーゼ、アクアリシンI(aqualysin I)およびストレプトペイン(streptopain)が挙げられるが、これらに限定されない。上述したように、微生物由来の菌体外プロテアーゼは、不活性のプレプロ型酵素(プレ配列、プロ配列および成熟配列が連続する1本のポリペプチド)として菌体内にて合成され、プレプロ型酵素はプロセッシングを受けた後に成熟型酵素(すなわち、成熟配列からなる「成熟ポリペプチド」)として菌体外へ分泌されることが知られている。
【0034】
微生物由来の菌体外プロテアーゼのプレ配列は、シグナル配列として機能する部位である。「シグナル配列」は分泌タンパク質などが細胞外へ移行する際に必要な配列であり、当該分野において種々の配列が知られている。本明細書中で使用される場合、「シグナル配列」は、菌体内において発現したポリペプチドをペリプラズムに移行させる機能を有するポリペプチドが意図される。また、シグナル配列は、菌体内において発現した目的のペプチドをペリプラズムに移行させた後、シグナルペプチターゼにより消化され得るポリペプチドであることが意図される。
【0035】
なお、本明細書中で使用される場合、用語「ポリペプチド」は、「ペプチド」または「タンパク質」と交換可能に使用される。また、用語「ポリヌクレオチド」は、「遺伝子」、「核酸」または「核酸分子」と交換可能に使用され、ヌクレオチドの重合体が意図される。本明細書中で使用される場合、用語「塩基配列」は、「核酸配列」または「ヌクレオチド配列」と交換可能に使用され、デオキシリボヌクレオチド(A、G、CおよびTと省略される)の配列として示される。
【0036】
本発明に係るベクターは、微生物由来の菌体外プロテアーゼを生産するために、プロ配列部分からなるポリペプチド(プロ配列ポリペプチド)と成熟ポリペプチドとが別々のポリペプチドとして発現し得る構成を有していることを特徴としている。すなわち、本発明に係るベクターにおいて、プロ配列ポリペプチドをコードするポリヌクレオチドと成熟ポリペプチドをコードするポリヌクレオチドとは、別個のプロモーター配列に作動可能に連結されている。
【0037】
本明細書中において使用される場合、「作動可能に連結される」は、目的の配列の発現が、特定の転写翻訳調節配列(例えば、プロモーター、エンハンサーなど)の制御下に配置されることが意図される。目的のポリヌクレオチドの上流にプロモーターが配置されることにより、目的のポリヌクレオチドがプロモーターに作動可能に連結される。なお、プロモーター配列は、目的のポリヌクレオチドと隣接して配置される必要はない。
【0038】
本明細書中で使用される場合、「プロモーター配列」は、作動可能に連結されているポリヌクレオチドの転写開始に関与するポリヌクレオチドであることが意図される。本発明に係る発現ベクターに含まれるポリペプチドのプロ配列および成熟配列をコードするポリヌクレオチドは、それぞれ別個のプロモーター配列に作動可能に連結されている。
【0039】
このため、それぞれのプロモーター配列は、連結されているポリヌクレオチドの転写を別個独立に制御する。なお、本発明に係る発現ベクターに含まれるプロモーター配列として、npr遺伝子のプロモーター配列、(cspAプロモーター、lacプロモーター、tacプロモーター、trcプロモーター)が挙げられるが、これに限定されない。
【0040】
一実施形態において、本発明に係るベクターは、成熟ポリペプチドをコードするポリヌクレオチドおよびプロ配列ポリペプチドをコードするポリヌクレオチドを含み得る。すなわち、本実施形態に係る発現ベクターは、微生物由来の菌体外プロテアーゼの成熟ポリペプチドをコードするポリヌクレオチドと、該プロテアーゼのプロ配列ポリペプチドをコードするポリヌクレオチドとを含み、これら2つのポリヌクレオチドは、それぞれ別個のプロモーター配列に作動可能に連結されていることを特徴としている。
【0041】
なお、本実施形態において、微生物由来の菌体外プロテアーゼの成熟ポリペプチドおよびプロ配列ポリペプチドの両方がペリプラズムに移行する必要があるので、これら2つのポリペプチドはシグナル配列に連結されている。
【0042】
他の実施形態において、本発明に係るベクターは、成熟ポリペプチドをコードするポリヌクレオチドを含むベクター、およびプロ配列ポリペプチドをコードするポリヌクレオチドを含むベクターからなるベクターセットであり得る。すなわち、本実施形態に係る発現ベクターは、第1のベクターおよび第2のベクターからなるベクターセットであって、第1のベクターは、微生物由来の菌体外プロテアーゼの成熟ポリペプチドをコードするポリヌクレオチドを含み、第2のベクターは、該プロテアーゼのプロ配列ポリペプチドをコードするポリヌクレオチドとを含み、これら2つのポリヌクレオチドは、それぞれプロモーター配列に作動可能に連結されていることを特徴としている。
【0043】
なお、本実施形態においてもまた、微生物由来の菌体外プロテアーゼの成熟ポリペプチドおよびプロ配列ポリペプチドの両方がペリプラズムに移行する必要があるので、これら2つのポリペプチドはシグナル配列に連結されている。
【0044】
本発明において使用されるシグナル配列としては、上述したように当該分野において公知の種々のシグナル配列が採用され得るが、成熟ポリペプチドに連結されるシグナル配列として好ましいものは、Erwinia carotovoraから得られたペクテートリアーゼB(pelB)リーダー配列、(ompTリーダー配列、phoAリーダー配列)が挙げられるが、これらに限定されない。また、微生物由来の菌体外プロテアーゼ由来のプロ配列ポリペプチドに連結されるシグナル配列として好ましいものは、当該プロテアーゼのプレ配列、(pelBリーダー配列、ompTリーダー配列、phoAリーダー配列)が挙げられるが、これらに限定されない。
【0045】
微生物由来の菌体外プロテアーゼ由来の成熟ポリペプチドおよびプロ配列ポリペプチドについて、TLNを例に挙げて説明する。
【0046】
上述したように、サーモライシン(TLN)は、菌体外プロテアーゼの1つであり、28アミノ酸のシグナル配列、204アミノ酸のプロ配列、および316アミノ酸の成熟配列が連続する、548アミノ酸のポリペプチドとして菌体内にて合成される。
【0047】
本明細書中で使用される場合、用語「成熟ポリペプチド」は、「成熟配列からなるポリペプチド」が意図され、「プロテアーゼ活性を有するポリペプチド」と交換可能に使用される。
【0048】
TLNの成熟ポリペプチドを構成する成熟配列は、配列番号3に示されるアミノ酸配列として提供され、当該成熟ポリペプチドをコードするポリヌクレオチドを構成する塩基配列は、配列番号2に示される塩基配列として提供される。
【0049】
1つの局面において、TLN成熟ポリペプチドは、配列番号3に示されるアミノ酸配列からなるポリペプチド、または当該ポリペプチドの変異体でありかつプロテアーゼ活性を有するポリペプチドであり得る。
【0050】
他の局面において、TLN成熟ポリペプチドは、配列番号2に示される塩基配列からなるポリヌクレオチドまたは当該ポリヌクレオチドの変異体によってコードされるポリペプチドであって、プロテアーゼ活性を有するポリペプチドであり得る。
【0051】
また、本明細書中で使用される場合、「プロ配列ポリペプチド」は、「プロ配列からなるポリペプチド」が意図され、「プロペプチド」または「フォールディング活性を有するポリペプチド」と交換可能に使用される。また、本明細書中で使用される場合、「フォールディング活性」は、菌体内において成熟配列をフォールディングする機能活性が意図され、「シャペロン活性」と交換可能に使用される。
【0052】
TLNのプロ配列ポリペプチドを構成する成熟配列は、配列番号5に示されるアミノ酸配列として提供され、当該成熟ポリペプチドをコードするポリヌクレオチドを構成する塩基配列は、配列番号4に示される塩基配列として提供される。
【0053】
1つの局面において、TLNプロ配列ポリペプチドは、配列番号5に示されるアミノ酸配列からなるポリペプチド、または当該ポリペプチドの変異体でありかつプロテアーゼ活性を有するポリペプチドであり得る。
【0054】
他の局面において、TLNプロ配列ポリペプチドは、配列番号4に示される塩基配列からなるポリヌクレオチドまたは当該ポリヌクレオチドの変異体によってコードされるポリペプチドであって、プロテアーゼ活性を有するポリペプチドであり得る。
【0055】
本明細書中においてタンパク質またはポリペプチドに関して用いられる場合、用語「変異体」は、野生型ポリペプチドの有する活性を保持するポリペプチドが意図される。すなわち、本明細書中において使用される場合、ポリペプチドの変異体は、特定のアミノ酸配列において、1個もしくは数個のアミノ酸が欠失、置換または付加されたアミノ酸配列を含む変異体であり得る。
【0056】
ポリペプチドのアミノ酸配列におけるいくつかのアミノ酸が、このポリペプチドの構造または機能に有意に影響することなく容易に改変し得ることは、当該分野において周知である。さらに、人為的に改変させるだけではく、天然のタンパク質において、当該タンパク質の構造または機能を有意に変化させない変異体が存在することもまた周知である。当業者は、周知技術を使用してポリペプチドのアミノ酸配列において1または数個のアミノ酸を容易に変異させることができる。
【0057】
本明細書中において遺伝子またはポリヌクレオチドに関して用いられる場合、用語「変異体」は、具体的な塩基(ヌクレオチド)が異なっても、野生型ポリヌクレオチドがコードするポリペプチドの有する活性を保持したポリペプチドをコードするポリヌクレオチドが意図される。すなわち、本明細書中において使用される場合、ポリヌクレオチドの変異体は、(I)特定の塩基配列において、1個もしくは数個の塩基が欠失、置換または付加された塩基配列からなるポリヌクレオチド;(II)特定の塩基配列またはその相補配列からなるポリヌクレオチドとストリンジェントな条件下でハイブリダイズするポリヌクレオチド;または(III)特定の塩基配列と少なくとも80%同一な塩基配列からなるポリヌクレオチド、であることが意図される。
【0058】
ハイブリダイゼーションは、「Molecular Cloning:A Laboratory Manual 第3版,J.SambrookおよびD.W.Russll編,Cold Spring Harbor Laboratory,NY(2001)」(本明細書中に参考として援用される)に記載されている方法のような周知の方法で行うことができる。
【0059】
本明細書中で使用される場合、用語「ストリンジェントなハイブリダイゼーション条件」は、ハイブリダイゼーション溶液(50%ホルムアミド、5×SSC(150mMのNaCl、15mMのクエン酸三ナトリウム)、50mMのリン酸ナトリウム(pH7.6)、5×デンハート液、10%硫酸デキストラン、および20μg/mlの変性剪断サケ精子DNAを含む)中にて42℃で一晩インキュベーションした後、約65℃にて0.1×SSC中でフィルターを洗浄することが意図される。
【0060】
このように、微生物由来の菌体外プロテアーゼを具体的に説明するためにTLNを例に挙げて説明したが、本発明において、微生物由来の菌体外プロテアーゼがTLNに限定されないことを、本明細書を読んだ当業者は容易に理解する。
【0061】
また、本明細書を読んだ当業者は、微生物由来の菌体外プロテアーゼを生産するために、本発明に係る発現ベクターが、プロ配列部分からなるポリペプチド(プロ配列ポリペプチド)と成熟ポリペプチドとが別々のポリペプチドとして発現し得る構成を有していればよく、具体的なベクター種に限定される必要はない、ということを容易に理解する。
【0062】
このように、本発明に係る発現ベクターを用いれば、本発明において目的とするポリペプチドを容易に生産することができる。
【0063】
〔2:形質転換体〕
本発明はさらに、微生物由来の菌体外プロテアーゼを生産するための形質転換体を提供する。本明細書中で使用される場合、用語「形質転換体」は、細胞、組織または器官だけでなく、生物個体をも含むことが意図されるが、細胞(特に、原核生物細胞、菌類など)であることが好ましい。
【0064】
本発明に係る形質転換体は、微生物由来の菌体外プロテアーゼをコードする遺伝子が導入されていることを特徴としており、微生物由来の菌体外プロテアーゼの成熟ポリペプチドが首尾よく細胞外に分泌され得る。本発明に係る形質転換体は、微生物由来の菌体外プロテアーゼが安定的に発現することが好ましいが、一過性に発現していてもよい。
【0065】
一実施形態において、本発明に係る形質転換体は、微生物由来の菌体外プロテアーゼを生産するための発現ベクターを生物中に導入することによって取得され得る。
【0066】
このように、本発明に係る形質転換体を用いれば、本発明において目的とするポリペプチドを容易に生産することができる。
【0067】
〔3:微生物由来の菌体外プロテアーゼの成熟ポリペプチドを生産するための方法およびキット〕
上述したように、本発明は、上記ベクターまたは形質転換体を用いるポリペプチドの生産方法、上記ベクターまたは形質転換体を備えているポリペプチド生産用キットもまた提供する。
【0068】
本発明に係るポリペプチド生産方法は、上述したベクターまたは形質転換体を用いることを特徴としている。また、本発明に係るポリペプチド生産用キットは、上述したベクターまたは形質転換体を備えていることを特徴としている。なお、本明細書中で使用される場合、「キット」は各種成分の少なくとも1つが別物質(例えば、容器)中に含有されている形態であることが意図される。
【0069】
本発明は、成熟型プロテアーゼを菌体外にて組換え的に生産する方法およびキットを提供する。本発明に係る成熟型プロテアーゼの菌体外生産方法を用いれば、自己触媒的な切断活性が変化した変異型プロテアーゼであっても成熟型のプロテアーゼを菌体外に生産し得る。また、自己触媒的な切断活性が低下したことによって、発現量が低下した変異型プロテアーゼを大量に生産し得る。
【0070】
一実施形態において、本発明に係るポリペプチド生産方法は、本発明に係る発現ベクターを用いることを特徴としており、本発明に係る発現ベクターを用いて細胞を形質転換する工程を包含する。上記の工程により形質転換された細胞内において、本発明に係る発現ベクターに含まれるポリヌクレオチドがコードするポリペプチドが発現され、細胞外に分泌される。
【0071】
上記の工程において形質転換された細胞内において、本発明に係る発現ベクター(または発現ベクターセット)に含まれている第1のポリヌクレオチド(すなわち、シグナル配列に連結された成熟ポリペプチドをコードするポリヌクレオチド)および第2のポリヌクレオチド(すなわち、シグナル配列に連結されたプロ配列ポリペプチドをコードするポリヌクレオチド)はそれぞれ別個のプロモーター配列に作動可能に連結されているため、成熟ポリペプチドおよびプロ配列ポリペプチドを別個独立して発現させることが可能である。
【0072】
形質転換細胞内にて独立して発現した第1のポリペプチド、すなわち第1のシグナル配列に連結された成熟配列からなるポリペプチド、および第2のポリペプチド、すなわち第2のシグナル配列に連結されたプロ配列からなるポリペプチドが、それぞれのシグナル配列の機能によりペリプラズムに移行される。ペリプラズムに移行した成熟ポリペプチドはプロ配列ポリペプチドによってフォールディングされることにより成熟型プロテアーゼに変換され、次いで細胞外に分泌される。
【0073】
上述したように、本発明に係るポリペプチド生産方法を用いれば、プロテアーゼの自己触媒的切断活性を必要とせずに、成熟型プロテアーゼを菌体外に生産し得る。
【0074】
本発明に係る発現ベクターを宿主に導入する方法としては、特に限定されず、電気穿孔法、リン酸カルシウム法、リポソーム法、DEAEデキストラン法等の従来公知の方法を好適に用いることができる。また、本発明の発現ベクターを用いて形質転換される細胞として、枯草菌細胞、大腸菌細胞(Escherichia coli)、およびバチルス菌(Bacillus)細胞が挙げられるが、これに限定されない。
【0075】
本発明に係るポリペプチド生産用キットは、本発明に係る発現ベクターを備えていることを特徴としている。好ましい実施形態において、本発明に係るポリペプチド生産用キットは、形質転換すべき細胞をさらに備えていることが好ましい。これにより、本発明の発現ベクターを用いて細胞を形質転換し、形質転換細胞内において本発明の発現ベクターに含まれるポリヌクレオチドがコードする成熟ポリペプチドおよびプロ配列ポリペプチドを、別個独立して発現させることが可能である。形質転換細胞内にて発現した成熟ポリペプチドはプロ配列ポリペプチドによってフォールディングされることにより成熟型プロテアーゼに変換され、次いで細胞外に分泌される。
【0076】
なお、微生物由来の菌体外プロテアーゼの成熟ポリペプチドを生産するための方法およびキットは、上述した態様に限定される必要はなく、上述した以外のポリペプチドの生産方法およびポリペプチド生産用キットの具体的な態様を、本明細書を読んだ当業者は容易に理解する。
【0077】
以下に、本発明を実施例によってさらに詳細に説明するが、本発明はこれらの実施例に限定されるものではなく、請求項および上記実施形態に示した範囲で種々の変更が可能であり、異なる実施形態にそれぞれ開示された技術的手段を適宜組み合わせて得られる実施形態についても本発明の技術的範囲に含まれる。
【実施例】
【0078】
[1.材料および方法]
〔1.菌株、プラスミドベクター、および形質転換体の作製〕
E. coli K12 JM109細胞(recA1,endA1,gyrA96,thi,hsdR17,supE44,relA1,Δ(lac−proAB),F’(traD36,proAB lacIq,lacZ ΔM15))を、宿主として用いた。また、npr遺伝子およびプロモーター領域を含む発現プラスミドベクターpTE1(非特許文献2)を、PCRのテンプレートとして用いた。
【0079】
プライマー対(5’−TAGATCTCTGCAGCTCATTGGTAGTGACCAAGAACCAAAATAT−3’(配列番号10)、および5’−GGAATTCCATATGTTTTCATCCTCCTTTATTCTTTGTATTTAG−3’(配列番号11))を用いて、npr遺伝子のプロモーター領域を含む279塩基対のDNA断片をクローニングした。増幅したDNA断片を制限酵素(Bgl IIおよびNde I)で消化した。制限酵素で消化したDNA断片を、制限酵素(Bgl IIおよびNde I)で消化したpET−22b(+)(タカラバイオ製)に挿入し、pET−5’を作製した。
【0080】
同様に、プライマー対(5’−TTCTAGACCATGGCGATAACAGGAACATCAACTGTCGGAG−3’(配列番号12)、および5’−TGAGCTCGAGAGATCTAAACTATCTCCCCTGACATCATTGA−3’(配列番号13))を用いて、TLNの成熟配列をコードする遺伝子を含む1029塩基対のDNA断片をクローニングした。増幅したDNA断片を制限酵素(Xba IおよびSac I)で消化した。制限酵素で消化したDNA断片をpUC19(タカラバイオ製)に挿入し、pUC−Mを作製した。
【0081】
さらに、プライマー対(5’−TAGATCTCTCATTGGTAGTGACCAAGAACC−3’(配列番号14)、および5’−TGAATTCCTACGACTTCACATCACCTGGTT−3(配列番号15))を用いて、npr遺伝子のプロモーター領域、およびTLNのプレプロ配列をコードする遺伝子を含む975塩基対のDNA断片をクローニングした。増幅したDNA断片を制限酵素(Bgl IIおよびEco RI)で消化した。制限酵素で消化したDNA断片を前述のpUC−Mに挿入し、pUC−MP1を作製した。
【0082】
また、npr遺伝子のプロモーター領域、およびpelBシグナル配列をコードする遺伝子を含むpET−5’を制限酵素(Pst I−Nco I)で消化した。消化したDNA断片を、制限酵素(Pst IおよびNco I)で切断したpUC−MP1、および制限酵素(Pst IおよびNco I)で切断したpUC−Mにそれぞれ挿入し、プラスミドベクターpUC−TMP1(図1(b))およびpUC−TM1(図1(d))を作製した。
【0083】
次に、プライマー対(5’−TTCTGCAGCTCATTGGTAGTGACCAAGAAC−3’(配列番号16)、および5’−CCCATGGAAGCCAGCGCATTGTAAGGTAAA−3’(配列番号17))を用いて、npr遺伝子のプロモーター領域、およびプレ配列を含む363塩基対のDNA断片をクローニングした。増幅したDNA断片を制限酵素(PstIおよびNcoI)を用いて消化した。消化したDNA断片を前述のpUC−MP1に挿入し、pUC−TMP2を作製した(図1(c))。
【0084】
部位特異的突然変異誘発を、QuikchangeTM Site−directed Mutagenesis Kit(Stratagene,La Jolla,CA)を用いて行った。Shimadzu DNA sequencer DSQ−2000(Kyoto)を用いて、変異TLN遺伝子のヌクレオチド配列を照合した。上述したように作製したプラスミドベクターを導入したJM109細胞を、アンピシリン50μg/mlを含むL broth培地において培養した。
【0085】
なお、図1(a)〜(d)において、下線が付された塩基配列はプロモーター配列を示し、下線および“SD”が付された塩基配列は、Shine−Dalgarno配列を示す。また、図1(a)〜(c)において塩基配列上に付された矢印は、プレ配列とプロ配列との間の推定切断部位を示し、図1(d)において塩基配列上に付された矢印は、プレ配列と成熟配列との間の推定切断部位を示す。
【0086】
〔2.発酵〕
形質転換JM109細胞のグリセロールストックを、5mlのL broth培地に播種した。この培地を37℃でインキュベートし、細胞数がOD600=0.6になるまで増殖させた。次に、500mlフラスコ中のL broth培地200ml中において、培地を1:100に希釈した。適切な時間経過後に培地1mlをピペットで採取し、遠心分離した。遠心分離により得られた上清を用いて、混濁度(OD600)およびカゼイン加水分解活性を測定した。
【0087】
〔3.カゼイン加水分解活性の測定〕
形質転換JM109細胞の上清を用いて、カゼイン加水分解活性を測定した。1.33%(w/v)カゼインおよび40mM Tris−HCl(pH7.5)を含む溶液1.5ml中に、サンプル(0.5ml)を添加し、25℃で30分間インキュベートした。この溶液中に、0.11Mトリクロロ酢酸、0.22M酢酸ナトリウム、および0.33M酢酸を含む溶液2mlを添加することによって反応を停止させた。反応液をWhatman No.2 filter paper(直径70mm)を用いてろ過し、A275を測定した。0.0074のA275(チロシン1μgのA275)/minにおける増加に対応する量の酸溶ペプチドを遊離させるのに必要な酵素活性量を、活性1単位と規定した。
【0088】
〔4.SDS−PAGE〕
SDS−PAGE解析を、Laemmli法による還元状態の下、12.5%ポリアクリルアミドゲル中において行った。40mAの一定電流を1時間印加した。2.5% 2−メルカプトエタノールと共に100℃で10分間処理することによって、上清を還元した。タンパク質バンドを、Coomassie Brilliant Blue R−250で染色した。ウサギ筋ホスホリラーゼb(分子量97.4kDa)、ウシ血清アルブミン(66.3kDa)、ウサギ筋アルドラーゼ(42.4kDa)、ウシ赤血球カルボニックアンヒドラーゼ(30.0kDa)、大豆トリプシンインヒビター(20.1kDa)、および鶏卵白リゾチーム(14.4kDa)を含む分子量マーカーキット(第一純薬)を用いた。
【0089】
〔5.TLNの精製〕
TLNを以下のように精製した。形質転換JM109細胞のグリセロールストック5mlをL broth培地に播種した。この細胞を37℃で12時間増殖させた後、1lフラスコ中のL broth培地500ml中において培養し、37℃、0.1%(w/v)anti−foam A(Sigma社)、およびエアポンプによる活発な送風状態下において、インキュベートした。この培養大腸菌細胞の上清を、カラムクロマトグラフィー、および疎水性相互作用クロマトグラフィーにより連続して精製した後に、親和性クロマトグラフィーに供することによって、活性化および成熟野生型TLNを均一に精製した。反応速度の測定の前に、この精製物を、pre−packed PD−10 gel filtration columns(Amersham Biosciences,Uppsala,Sweden)を用いて脱塩した。
【0090】
〔6.FAGLA加水分解活性の測定〕
分子吸光係数ε345=766M−1・cm−1を用いて分光測定的に決定した濃度のN−[3−(2−furyl)acryloyl]−glycyl−L−leucine amide(FAGLA)(Lot 111K1764:Sigma社)を用いた。TLNによるFAGLAの加水分解を、Shimadzu spectrometer UVmini−1240(島津製作所製)を用いて、吸光度345nmにおいて見られた減少度により測定した。分解したFA−ジペプチドアミドの量を、25℃における、Δε345=−310M−1・cm−1により決定した。
【0091】
それぞれ10mMのCaClを含む、pH4.0〜5.5の40mM酢酸NaOHバッファー、pH5.5〜7.0の40mM MES−NaOHバッファー、pH7.0〜8.5の40mM HEPES−NaOHバッファー、およびpH8.0〜9.0のTAPS−NaOHバッファー中において変異型TLNを反応させた。FAGLAの溶解度(<6mM)が低いため、ミカエリス定数K(>30mM)より低い基質濃度でFAGLAを添加し、偽一次反応として反応させた。この状態下において、反応速度パラメーターであるKおよび分子活性kcatを、それぞれ別々に決定することはできなかったが、pH4.0〜9.0の偽一次反応として酵素反応を行った。そしてこの酵素活性を、特異性定数kcat/Kにより評価した。
【0092】
〔7.ZDFM加水分解活性の測定〕
N−carbobenzoxy−L−aspartyl−L−phenylalanine methyl ester(ZDFM)濃度を分子吸光係数ε257=387M−1・cm−1を用いて決定した。TLN触媒ZDFM加水分解を、Shimadzu spectrometer UVmini−1240(島津製作所製)を用いて、吸光度224nmにおいて見られた減少度により測定した。ZDFM加水分解量を、25℃における、Δε224=−493M−1・cm−1により決定した。10mMCaClを含む40mM Tris−HCl(pH7.5)バッファー中に0.1μM TLNを添加し、25℃で反応させた。反応速度パラメーターであるkcatおよびKを、非線形最小二乗法を用いて、ミカエリスメンテン式に基づいて決定した。
【0093】
[2.結果]
〔2−1.成熟配列およびプロ配列を共発現させるためのプラスミドベクターの作製〕
図1(a)は、本発明者らが、非特許文献2において報告した発現プラスミドベクターpTE1を示す図である。pTE1は、大腸菌においてTLNを菌体外に分泌させることができた。pTE1は、変異プロモーター配列“TTTCCC”、および“AATATT”、変異SD配列“AAGGAGG”、ならびにプレ配列(28残基)、プロ配列(204残基)、および成熟配列(316残基)をコードするヌクレオチド配列を含んでいる。プロ型TLNが菌体外に分泌されるために、プロ配列と成熟配列との間のペプチド結合が自己触媒的に切断されなければならない。本発明者らは、自己触媒的切断処理を必要とせずにTLNを菌体外に分泌するために、pTE1を起源とする2つのプラスミドベクター、pUC−TMP1(図1(b))およびpUC−TMP2(図1(c))を作製した。
【0094】
両プラスミドベクターを、npr遺伝子におけるオリジナルのプロモーター配列支配下において、N末端にpelBリーダー配列(pUC−TMP1)またはTLNのオリジナルのプレ配列(pUC−TMP2)のいずれかを含むTLNの成熟配列、およびTLNのプレプロ配列を共発現するように設計した。ここで、PelBは、Erwinia carotovoraから得られるペクテートリアーゼBであり、その22アミノ酸シグナル配列は主として大腸菌における変異型タンパク質の細胞外生産のためのシグナル配列として用いられている。本発明者らは、プロペプチドの必要性を確認するために、N末端pelBリーダー配列を含むTLNの成熟配列のみを含むpUC−TM1もまた作製した(図1(d))。
【0095】
〔2−2.変異型TLNの菌体外生産〕
TLNのGlu143は、TLNの触媒作用に重要な残基である。野生型TLNをコードするヌクレオチド、またはGlu143が変異したE143Aをコードするヌクレオチドを含むプラスミドベクターを、それぞれJM109細胞に導入した。形質転換細胞を、試験管内で24時間培養し、その上清をSDS−PAGEにより解析した結果を、図2(a)に示す。図2(a)の第1レーンはマーカータンパク質、第2レーンはB. thermoproteolyticusから得た野生型TLNを示す。また、第3レーンから第9レーンは、それぞれ順にpUC19、pTE1、pTE1−E143A、pUC−TMP1、pUC−TMP1−E143A、pUC−TMP2、およびpUC−TM1を示す。
【0096】
従来の自己触媒的切断が必要な発現方法で発現させた場合、発現プラスミドベクターpTE1(第4レーン)では成熟型TLNに対応する34kDaのタンパク質バンドが検出されたが、変異型発現プラスミドベクターpTE1−E143A(第5レーン)では検出されなかった。しかしながら、本発明の方法において発現させた場合、発現プラスミドベクターpUC−TMP1(第6レーン)、および変異型発現プラスミドベクターpUC−TMP1−E143A(第7レーン)の両方において34kDaタンパク質バンドが検出された。この結果は、自己触媒的切断活性が欠落した変異型TLNが、成熟配列およびプロ配列を独立して発現させることにより、菌体外に分泌されることを示唆している。
【0097】
一方、本発明の発現方法で発現させた場合、発現プラスミドベクターpUC−TMP2(第8レーン)では、34kDaタンパク質バンドは現れなかった。このことは、成熟配列が適切にフォールディングされるためにプロペプチドが必要であることを示している。TLNのプロペプチドに対応する22kDaタンパク質バンドは、pUC−TMP1−E143A(第7レーン)でのみ検出された。
【0098】
図3(a)〜(f)は、図2(a)に示す結果に基づいて予想される変異型TLNの異成熟経路を示す。pTE1(図3(a))およびpUC−TMP1(図3(c))において、プロペプチドが最終的に活性TLNおよび/または菌体外プロテアーゼに分解される一方で、非特許文献1に記載されているように、pUC−TMP1−E143Aは触媒活性を喪失するが基質結合能は保持しているため、pUC−TMP1−E143Aでは、成熟型TLNはプロペプチドとの複合体として存在することが予測される(図3(d))。
【0099】
図2(b)は、Asn112変異配列をそれぞれ含むプラスミドベクターを導入した大腸菌細胞の培養上清を、SDS−PAGEにより解析した結果を示す。図2(b)の第1レーンはマーカータンパク質、第2レーンはB. thermoproteolyticusから得た野生型TLNを示す。第3レーンから第10レーンは、それぞれ順にpUC−19、pUC−TMP1、pUC−TMP1−N112A、pUC−TMP1−N112D、pUC−TMP1−N112E、pUC−TMP1−N112H、pUC−TMP1−N112K、およびpUC−TMP1−N112Rを示す。
【0100】
非特許文献9に示すように、自己触媒的切断が必要な従来の発現方法で発現させた場合、pUC−TMP1−N112DおよびpUC−TMP1−N112Eにおいてのみ34kDaタンパク質バンドが検出された(図示せず)。一方で、本発明の発現方法で発現させた場合、すべてのAsn112変異体において34kDaタンパク質バンドが検出された(第5〜10レーン)。Asn112変異カゼイン加水分解活性は、pUC−TMP1−N112DおよびpUC−TMP1−N112Eにおいてのみ検出され、その他のAsn112変異体pUC−TMP1−N112A、pUC−TMP1−N112H、pUC−TMP1−N112K、およびpUC−TMP1−N112Rでは検出されなかった(データ示さず)。
【0101】
そして、これらすべてのAsn112変異型TLNにおいて、プロペプチドに対応する22kDaのタンパク質バンドは見られなかった。このことから、4つのAsn112変異体(pUC−TMP1−N112A、pUC−TMP1−N112H、pUC−TMP1−N112K、およびpUC−TMP1−N112R)は、基質結合能を喪失したことが示唆される。
【0102】
図4(a)は、形質転換細胞培養培地における細胞数の時間推移を示す図であり、図4(b)は、培養細胞の上清のカゼイン加水分解活性を示す図である。従来の発現方法および本発明の発現方法で発現させた、発現プラスミドベクターpTE1およびpUC−TMP1においては、カゼイン加水分解活性が示され、培養液中の細胞数が最大レベルに達した後でさえその活性は徐々に増加した。一方で、従来の発現方法および本発明の発現方法で発現させた、変異型発現プラスミドベクターpTE1−E143AおよびpUC−TMP1−E143Aにおいては、培養液中の細胞数(OD600)は時間の経過に伴って増加したが、カゼイン加水分解活性は現れなかった。
【0103】
〔2−3.変異型TLNの精製〕
pTE1およびpUC−TMP1を導入した大腸菌細胞から得た上清を、疎水性相互作用クロマトグラフィーおよびGly−D−Phe親和性クロマトグラフィーを順に行うことによって、2つの野生型TLNをそれぞれ、均一になるまで精製した。カゼインプレートを用いて、この2つの野生型TLN断片のカゼイン加水分解活性を測定し、活性を有する画分をSDS−PAGEにより解析した(図5)。
【0104】
図5に示す第1レーンはマーカータンパク質、第2レーンはB. thermoproteolyticusから得た野生型TLNを示す。第3レーンおよび第6レーンはそれぞれpTE1およびpUC−TMP1を導入した大腸菌細胞の上清を示し、第4レーンおよび第7レーンは、それぞれpTE1およびpUC−TMP1を導入した大腸菌細胞の上清を疎水性相互作用クロマトグラフィー処理することにより得られた活性を有する画分を示し、第5レーンおよび第8レーンは、それぞれ上記の活性を有する画分をGly−D−Phe親和性クロマトグラフィー処理することにより得られた活性を有する画分(すなわちTLN精製物)を示す。TLN精製物(第5および第8レーン)において、34kDaの分子量を表す単一バンドが検出された。
【0105】
pUC−TMP1を導入した大腸菌細胞の培養上清から得たTLNの代表的な精製データを表1に示す。
【0106】
【表1】

【0107】
8.0mgTLNを含む上清350mlを用いて精製を開始し、最終的に2.4mgのTLNを回収した。これは、pTE1が導入された大腸菌細胞の培養上清から得たTLNの精製効率(上清350mlからTLN1.5mgを回収)に匹敵する(データ示さず)。
【0108】
〔2−4.TLNの特性〕
本発明の発現方法で発現させた、発現プラスミドベクターpUC−TMP1から得たTLN、および従来の発現方法で発現させた、発現プラスミドベクターpTE1から得たTLNの活性特性を比較した。25℃におけるこれらのFAGLA加水分解活性のpH依存性の測定結果を図6(a)に示し、速度パラメーターを表2に示す。
【0109】
【表2】

【0110】
図6(a)に示すように、pTE1およびpUC−TMP1から得たTLNの最適pHはそれぞれ6.5〜7.0周辺であり、両TLNはpH依存性において類似していた。また、表2に示すように、両TLNのFAGLA加水分解反応速度は同等であった。
【0111】
0.1μM TLNを含む溶液中において、ZDFM(0〜1.5mM)濃度を変化させた場合における加水分解活性、すなわちTLNのZDFM加水分解反応における基質濃度の影響を測定し、測定結果を図6(b)に示す。さらに速度パラメーターを表3に示す。
【0112】
【表3】

【0113】
図6(b)に示すように、ZDFMの濃度上昇に伴って、TLNの加水分解活性も上昇した。表3に示すように、K値およびkcat値は2つのTLN間で相対的に同等であった。これらの結果から、この2つのTLN、pTE1およびpUC−TMP1から得たTLNは、異なる成熟過程を経ているが、その活性特性は同一であることを示唆している。
【0114】
〔2−5.自己触媒的切断活性を有さない変異型TLNの生産〕
菌体外プロテアーゼのタンパク質工学における問題点の1つは、いくつかの変異体において自己触媒的切断活性が顕著に不足している、または完全に欠失する可能性を有することである。TLNの場合、いくつかの活性部位変異体は成熟酵素にまでプロセスされない。この問題を解決するために従来用いられていた主な技術は、インクルージョンボディ中にプロ配列および成熟配列を別々のポリペプチドとして菌体内で発現させた後に、可溶化およびリフォールディング処理するものである。この技術は、プロペプチドが分子内シャペロンとして機能することを示す先駆的な研究として、ズブチリシンおよびα‐溶菌プロテアーゼにおいて最初に報告され、後に、TLN、アクアリシンI、およびストレプトペインにおいて報告された。
【0115】
しかしながら、上記の方法は、リフォールディング条件を経験的に調節する必要がある等最適化が困難であり、かつ処理が煩雑であるため、多種類の変異型プロテアーゼを生産するのに適さない。上記の問題を解決するその他の従来の方法は、基質特異性が変化した変異型プロテアーゼの自己触媒的切断部位において、アミノ酸配列を最適化する方法である。この方法は、ズブチリシンおよび放線菌プロテアーゼBにおいて報告されたが、一般的ではない。
【0116】
本発明のプロテアーゼ発現方法においては、N末端にpelBリーダー配列を含むTLNの成熟配列およびTLNのプレプロ配列を、独立したポリペプチドとして、菌体内に共発現させた。活性部位E143A、N112A、N112H、N112KおよびN112Rのような変異型TLNは、従来の自己触媒的切断を用いる発現方法では分泌されなかった。しかしながら、本発明の発現方法では、このような変異体であっても野生型とほぼ同じ発現レベルで培養液中に分泌された。
【0117】
本発明のプロテアーゼ発現方法における重要なポイントの1つは、最適なシグナルペプチドを選択することにある。成熟ポリペプチドおよびプロペプチドは、細胞質膜を横切ってペリプラズムに移動した後シグナルペプチターゼによる処理を受ける必要がある。野生型TLNでは、プレプロ酵素が大腸菌内において発現し、活性型TLNが細胞外に分泌される。本発明者らは、プロ配列のためのシグナルペプチドとして、TLNのオリジナルのプレ配列を用いた。そして成熟配列のためのシグナルペプチドとして、大腸菌における変異型タンパク質の発現に最もよく用いられるシグナルペプチドの1つである、pelBリーダー配列を用いた。図2(a)の第6レーンに示されるように、TLNのオリジナルのプレ配列およびプロ配列、ならびにpelBリーダー配列およびTLNの成熟配列を含む発現ベクターpUC−TMP1を用いた場合、成熟型TLNは菌体外に分泌された。しかしながら、TLNのオリジナルのプレ配列は、TLN成熟配列のシグナルペプチドとして機能しなかった(図2(a)の第8レーンおよび図3(e))。
【0118】
本発明のプロテアーゼ発現方法におけるもう1つの重要なポイントは、インクルージョンボディの形成を避けたことである。これは、B. subtilisからのnpr遺伝子において、それぞれオリジナルのプロモーター配列の支配下でTLNのプロ配列および成熟配列を発現させることによって達成した。図1(a)〜(d)に示すように、大腸菌においてnpr遺伝子は、推定プロモーターおよびSD配列を含む。本発明の発現方法で発現させた場合、封入体の構成を避けるのに十分であり、かつ可能な限り低いレベルで、成熟ポリペプチドおよびプロペプチドは別々のペプチドとして発現した。従来の発現方法と比較するために、本発明者らはT7プロモーターの支配下においてN末端にpelBリーダー配列を含む成熟TLNとTLNのプレプロ配列とを発現させる発現プラスミドベクターを作製した。この発現プラスミドベクターを導入した大腸菌BL21(DE3)細胞を培養し、1mM IPTGを用いて発現誘導したとき、培養液中に活性を有するTLNは生産されなかった(データ示さず)。このことは、本発明に基づきを、T7プロモーターの支配下においてN末端にpelBリーダー配列を含む成熟TLNとTLNのプレプロ配列とを発現させた場合、TLNの成熟ポリペプチドおよびプロペプチドは、インクルージョンボディとして発現したため、菌体外に分泌されなかったことを示唆する。
【0119】
〔2−6.変異型プロテアーゼ成熟経路の示唆〕
野生型プロペプチドまたはその変異体I1e(−48)T(ズブチリシンEのプロ配列のアミノ酸残基の番号は、N末端Alaの−77から始まり、C末端のTyrの−1で終了する)のいずれかによりフォールディングされる野生型ズブチリシンE、またはその変異体S221Cを用いた過去の研究に基づくと、フォールディング処理を以下の2つのステージに分けることができる(非特許文献10および11)。それは、自己触媒的切断前の分子内フォールディング、および自己触媒的切断後の分子間フォールディングである。このことは、本発明の発現方法により生産されたTLNが、従来の発現方法により生産されたTLNとは異なるフォールディング機構を有する可能性を示唆する。
【0120】
しかしながら、図6、表2、および表3に示す、TLNのFAGLAの加水分解における活性のpH依存性、およびZDFMの加水分解における反応速度パラメーターが示すように、本発明の発現方法により発現した野生型TLNと、従来の発現方法により発現した野生型TLNとは活性特性において同等であった。このことは、分子内フォールディングが、分子間フォールディングに入れ替わり得ることを示唆している。これは、自己触媒的な切断の後に起こり、“プロテインメモリ”と定義されるプロペプチドによる構造的なインプリンティングに一致する。
【0121】
従来、TLNの成熟メカニズムに関するいくつかの研究結果が報告されている。第1の成熟メカニズムの報告においては、TLNペプチド単独で細胞内可溶タンパク質として発現させたとき、その精製ペプチドが非拮抗的にTLN活性を阻害したが、変性TLNのリフォールディングを促進した(非特許文献12)。第2の成熟メカニズムの報告においては、N末端にヒスチジンタグが付加されたプロ型TLNをインクルージョンボディとして発現させ、コバルトを含む樹脂上に溶解および固定したとき、野生型TLNはリフォールディングバッファを外液として透析することによって自発的に成熟型酵素に変換したが、E143A変異型TLNは成熟型酵素に変換しなかった(非特許文献13)。E143A変異型TLNは、活性を有する野生型TLNの存在下においてであっても成熟型酵素に変換しないので、TLNの成熟は分子間ではなく分子内切断を介して進行すると結論づけられている。
【0122】
第3の成熟メカニズムの報告において、成熟した野生型TLNまたはE143A変異型TLNは、大腸菌内において独立したポリペプチドとしてプロペプチドとともに共発現させると、野生型TLNは加水分解活性を、E143A変異型TLNは基質結合活性をそれぞれ有していた(非特許文献1)。それゆえに、プロペプチドが分子間シャペロンとして機能すると結論づけられている。しかしながら、プロペプチドおよび成熟ポリペプチドの化学量論数および解離定数のような物理化学解析、および複合体の結晶解析は行なわれていない。なぜならば、自己切断される一方でプロペプチドが消化されないズブチリジンE変異型S221Cのような変異型TLNはこれまでに得られていないので、上記のような解析が不可能だからである。本発明の発現方法をもちいれば、プロペプチドに結合し、かつプロペプチドを消化しないE143A変異型TLNであっても、十分な量の変異型TLNを生産し得る。さらに本発明の発現方法は、TLNの成熟メカニズムのさらなる研究に寄与し得る。
【0123】
また、本発明の変異型TLNを菌体外生産する方法は、それぞれ適切なシグナルペプチドをN末端に含む成熟配列およびプロ配列を共発現させる工程を含む。本発明者らは、適切なシグナルペプチドおよびプロモーターを選択することによって、本発明のプロテアーゼ生産方法を他の菌体プロテアーゼの菌体外生産に適用可能であると予測する。
【産業上の利用可能性】
【0124】
自己触媒的切断活性が低下または消失したプロテアーゼを生産することが困難であったが、本発明を用いれば、このようなプロテアーゼを大量に生産することができるので、本発明は産業用酵素分野の発展に貢献し得る。また、本発明を用いれば、プロテアーゼを成分とする製品、プロテアーゼを生産手段に用いる製品等を大量に生産することができるので、酵素を用いた製品開発に寄与し得る。
【図面の簡単な説明】
【0125】
【図1】図1(a)〜(d)は、TLNプロテアーゼを発現する発現ベクターを示す図である。
【図2】図2(a)は、従来の発現方法および本発明の発現方法により発現させた、野生型TLNおよびGlu143変異型TLN(E143A)の発現を調べたSDS−PAGE解析の結果を示す写真である。図2(b)は、本発明の発現方法により発現させた、野生型TLNおよびAsn112変異型TLNの発現を調べたSDS−PAGEの結果を示す写真である。
【図3】図3(a)〜(f)は、図2(a)の結果に基づき予想される、野生型および変異型TLNの成熟経路を示す図である。
【図4】図4(a)は、形質転換体培養液の細胞数の時間推移を示す図であり、図4(b)は、培養細胞の上清のカゼイン加水分解活性を示す図である。
【図5】図5は、従来の発現方法、および本発明の発現方法により発現させた野生型TLNの精製を調べたSDS−PAGE解析の結果を示す図である。
【図6】図6(a)は、従来の発現方法、および本発明の発現方法により発現させた野生型TLNによるFAGLA加水分解におけるpHの効果を示す図である。図6(b)は、従来の発現方法、および本発明の発現方法により発現させた野生型TLNのZDFM加水分解活性を示す図である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
微生物由来の菌体外プロテアーゼの成熟配列からなるポリペプチドを細胞外にて生産するための発現ベクターであって、
別個のプロモーター配列に作動可能に連結された第1のポリヌクレオチドおよび第2のポリヌクレオチドを含み、
第1のポリヌクレオチドおよび第2のポリヌクレオチドはそれぞれ第1のポリペプチドおよび第2のポリペプチドをコードし、
第1のポリペプチドは、該プロテアーゼの成熟配列が第1のシグナル配列に連結されており、
第2のポリペプチドは、該プロテアーゼのプロ配列が第2のシグナル配列に連結されていることを特徴とする発現ベクター。
【請求項2】
前記プロテアーゼが、サーモライシン、ズブチリシン、放線菌プロテアーゼB、α‐溶菌プロテアーゼ、アクアリシンI、およびストレプトペインからなる群より選択されることを特徴とする請求項1に記載の発現ベクター。
【請求項3】
前記プロテアーゼの成熟配列からなるポリペプチドが、以下のポリペプチド:
・配列番号3に示されるアミノ酸配列からなるポリペプチド;あるいは
・配列番号3に示されるアミノ酸配列の1または数個のアミノ酸が欠失、置換または付加されたアミノ酸配列からなり、かつプロテアーゼ活性を有しているポリペプチド
であることを特徴とする請求項1に記載の発現ベクター。
【請求項4】
前記プロテアーゼのプロ配列からなるポリペプチドが、以下のポリペプチド:
・配列番号5に示されるアミノ酸配列からなるポリペプチド;あるいは
・配列番号5に示されるアミノ酸配列の1または数個のアミノ酸が欠失、置換または付加されたアミノ酸配列からなり、かつ該プロテアーゼの成熟配列からなるポリペプチドに対するフォールディング活性を有しているポリペプチド
であることを特徴とする請求項1に記載の発現ベクター。
【請求項5】
第1のシグナル配列が、pelBリーダー配列であることを特徴とする請求項1に記載の発現ベクター。
【請求項6】
第2のシグナル配列が、前記プロテアーゼのプレ配列であることを特徴とする請求項1に記載の発現ベクター。
【請求項7】
第1のポリヌクレオチドが、nprプロモーター配列に作動可能に連結されていることを特徴とする請求項1に記載の発現ベクター。
【請求項8】
第2のポリヌクレオチドが、nprプロモーター配列に作動可能に連結されていることを特徴とする請求項1に記載の発現ベクター。
【請求項9】
微生物由来の菌体外プロテアーゼの成熟配列からなるポリペプチドを細胞外にて生産する方法であって、
該プロテアーゼの成熟配列からなる第1のポリペプチドを、該プロテアーゼのプロ配列からなりかつ第1のポリペプチドのフォールディングを担う第2のポリペプチドとともに細胞内で発現させる工程
を包含することを特徴とする方法。
【請求項10】
前記工程が、請求項1に記載のベクターを用いて細胞を形質転換することを含むことを特徴とする請求項9に記載の方法。
【請求項11】
前記工程が、第1のポリペプチドをコードする第1のポリヌクレオチドを含む第1の発現ベクターと、第2のポリペプチドをコードする第2のポリヌクレオチドを含む第2の発現ベクターとを前記細胞内に導入することを含むことを特徴とする請求項9に記載の方法。
【請求項12】
微生物由来の菌体外プロテアーゼの成熟配列からなるポリペプチドを細胞外にて生産するためのキットであって、
該プロテアーゼの成熟配列からなる第1のポリペプチドと、該プロテアーゼのプロ配列からなりかつ第1のポリペプチドのフォールディングを担う第2のポリペプチドとを細胞内で発現させるための発現ベクター
を備えていることを特徴とするキット。
【請求項13】
請求項1に記載のベクターを備えていることを特徴とする請求項12に記載のキット。
【請求項14】
第1のポリペプチドをコードする第1のポリヌクレオチドを含む第1の発現ベクターと、第2のポリペプチドをコードする第2のポリヌクレオチドを含む第2の発現ベクターとを備えていることを特徴とする請求項12に記載のキット。
【請求項15】
請求項1〜8の何れか1項に記載のベクターを含んでいることを特徴とする形質転換体。
【請求項16】
請求項15に記載の形質転換体を用いる工程を包含することを特徴とする、微生物由来の菌体外プロテアーゼの成熟配列からなるポリペプチドを細胞外にて生産する方法。
【請求項17】
請求項15に記載の形質転換体を備えていることを特徴とする、微生物由来の菌体外プロテアーゼの成熟配列からなるポリペプチドを細胞外にて生産するためのキット。

【図1】
image rotate

【図3】
image rotate

【図4】
image rotate

【図6】
image rotate

【図2】
image rotate

【図5】
image rotate


【公開番号】特開2008−86226(P2008−86226A)
【公開日】平成20年4月17日(2008.4.17)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−268935(P2006−268935)
【出願日】平成18年9月29日(2006.9.29)
【出願人】(504132272)国立大学法人京都大学 (1,269)
【Fターム(参考)】