説明

心筋障害の予防又は治療剤

【課題】本発明は心筋障害の予防又は治療剤を提供することを目的とする。
【解決手段】本発明は、プロアドレノメデュリンN−末端20ペプチド、その修飾体であって心筋障害を抑制する活性を有するもの、又はそれらの塩であって心筋障害を抑制する活性を有するものを有効成分として含有する心筋障害の予防又は治療剤に関する。本発明はまたヒト由来プロアドレノメデュリンN−末端20ペプチド又はその修飾体を発現する非ヒト哺乳動物に関する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は心筋障害の予防又は治療剤に関する。
【背景技術】
【0002】
アドレノメデュリン(AM)は最初、新規な血管拡張性ペプチドとして特定された(非特許文献1)。そしてその後の研究により、AMが強心作用を有すること(非特許文献2)、内皮細胞系統における抗アポトーシス因子及び抗増殖因子として作用すること(非特許文献3及び4)、副腎においてアンギオテンシンIIにより刺激されるアルドロステロン分泌を刺激すること(非特許文献5及び6)、並びに腎臓において利尿作用及びナトリウム排出作用を有すること(非特許文献7)が明らかとなっている。AMは前駆体であるプロアドレノメデュリンから生合成される。
【0003】
プロアドレノメデュリンのN末端領域には特有の20アミノ酸からなる領域が含まれている。プロアドレノメデュリンは更に、この領域のC末端側に隣接してGly−Lys−Arg(典型的なアミド化シグナル)の領域を含む。このアミド化シグナルの働きにより、20アミノ酸からなる前記領域は生体内でC末端がアミド化された20アミノ酸からなるペプチドに変換される。このペプチドは、プロアドレノメデュリンN−末端20ペプチド(Proadrenomedullin N−terminal 20 peptide,本明細書において「PAMP」と略記する場合がある)と称される。すなわちプロアドレノメデュリンからは、AMともにPAMPが生合成される。PAMPはAMと同様にホ乳類の組織に普遍的に分布している。
【0004】
現在までのところ、PAMPの機能はAMほど明らかになってはいない。PAMPはAMほど強力ではないものの降圧作用を有すること(非特許文献8)、及び、ラットにおけるPAMPによる血圧低下はカテコルアミン分泌の阻害を伴うこと(非特許文献9及び10)が知られている。また、PAMPは副腎からのアルドステロン分泌をAMよりも強力に阻害することが知られている(非特許文献11)。しかしながらこれらの研究成果を除いてはこの普遍的に存在するペプチドについてはほとんど知られていない。そこで発明者らはこれまでに、PAMPの機能研究における利用を目的として、ヒトPAMPを過剰発現するラットを構築し、このラットに片腎摘出を施したのちに高食塩食を負荷して高血圧モデルラット(UNX hypertension model)を作成し、その応答を検討してきた(非特許文献12)。
【0005】
一方、我が国ではライフスタイルの欧米化に伴い心疾患による死亡率は年々増加している。また平均寿命の延長も伴って高血圧症の罹病率、患者数ともに増加している。高血圧が持続すると、心臓、腎臓、脳、血管などに臓器障害が生じることがある。特に心臓においては心肥大、心筋線維化などが起こり、心不全状態となり最終的には死に至らしめる場合がある。そこで、心肥大、心筋線維化などの心筋障害を抑制することができる薬剤が求められている。
【0006】
【非特許文献1】Kitamura K, Kangawa K, Kawamoto M, Ichiki Y, Nakamura S, Matsuo H, Eto T. Adrenomedullin: a novel hypotensive peptide isolated from human pheochromocytoma, Biochem. Biophys. Res. Commun. 192(1993):553-560.
【非特許文献2】Parkes DG, May CN. Direct cardiac and vascular actions of adrenomedullin in conscious sheep, Br. J. Pharmacol. 120(1997):1179-1185.
【非特許文献3】Michibata H, Mukoyama M, Tanaka I, Suga S, Nakagawa M, Ishibashi R, Goto M, Akaji K, Fujiwara Y, Kiso Y, Nakao K. Autocrine/paracrine role of adrenomedullin in cultured endothelial and mesangial cells, Kidney Int. 53(1998):979-985.
【非特許文献4】Sata M, Kakoki M, Nagata D, Nishimatsu H, Suzuki E, Aoyagi T, Sugiura S, Kojima H, Nagano T, Kangawa K, Matsuo H, Omata M, Nagai R, Hirata Y. Adrenomedullin and nitric oxide inhibit human endothelial cell apoptosis via a cyclic GMP-independent mechanism, Hypertension 36(2000):83-88.
【非特許文献5】Yamaguchi T, Baba K, Doi Y, Yano K, Kitamura K, Eto T. Inhibition of aldosterone production by adrenomedullin, a hypotensive peptide, in the rat, Hypertension 28(1996):308-314.
【非特許文献6】Mazzocchi G, Rebuffat P, Gottardo G, Nussdorfer GG. Adrenomedullin and calcitonin gene-related peptide inhibit aldosterone secretion in rats, acting via a common receptor, Life Sci. 58(1996):839-844.
【非特許文献7】Jougasaki M, Wei CM, Aarhus LL, Heublein DM, Sandberg SM, Burnett JC Jr. Renal localization and actions of adrenomedullin: a natriuretic peptide, Am. J. Physiol. 268(1995):657-663.
【非特許文献8】Kitamura K, Kangawa K, Ishiyama Y, Washimine H, Ichiki Y, Kawamoto M, Minamino N, Matsuo H, Eto T. Identification and hypotensive activity of proadrenomedullin N-terminal 20 peptide (PAMP), FEBS Lett. 351(1994):35-37.
【非特許文献9】Shimosawa T, Ito Y, Ando K, Kitamura K, Kangawa K, Fujita T. Proadrenomedullin NH2-terminal 20 peptide, a new product of daenomedullin gene, inhibits norepinephrine overflow from nerve endings, J. Clin. Invest. 96(1995):1672-1676.
【非特許文献10】Saita M, Shimokawa A, Kunitake T, Kato K, Hanamori T, Kitamura K, Eto T, Kannan H. Central actions of adrenomedullin on cardiovascular parameters and sympathetic outflow in conscious rats, Am. J. Physiol. 274(1998):979-984.
【非特許文献11】Andereis PG, Mazzocchi G, Rebuffat P, Nussdorfer GG. Effects of adrenomedullin and proadrenomedullin N-terminal 20 peptide on rat zona glomerulosa cells, Life Sci. 60(1997):1693-1697.
【非特許文献12】Mozaffari MS, Wyss M. Dietary NaCl- induced hypertension in uninephrectomized Wistar-Kyoto rats: role of kidney function, J. Cardiovasc. Pharmacol. 33(1999):814-821.
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
本発明は心筋障害の予防又は治療剤を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者らはPAMPが高血圧症において心筋障害を抑制する臓器保護作用を示すことを見出し、本発明を完成するに至った。
【0009】
本発明は以下の発明を包含する。
(1)プロアドレノメデュリンN−末端20ペプチド、その修飾体であって心筋障害を抑制する活性を有するもの、又はそれらの塩であって心筋障害を抑制する活性を有するものを有効成分として含有する心筋障害の予防又は治療剤。
(2)心筋障害が心肥大又は心筋線維化を伴うものである(1)に記載の心筋障害の予防又は治療剤。
(3)プロアドレノメデュリンN−末端20ペプチド又はその修飾体が以下の(a)、(b)、(c)又は(d)である(1)又は(2)に記載の心筋障害の予防又は治療剤。
(a)配列番号1、3、5、7、9又は11のアミノ酸配列からなるペプチド
(b)配列番号1、3、5、7、9又は11のアミノ酸配列において1〜10個のアミノ酸が欠失、置換若しくは付加されたアミノ酸配列からなり、且つ心筋障害を抑制する活性を有するペプチド
(c)C末端がアミド化されている(a)又は(b)に記載のペプチド
(d)C末端にGlyが付加している(a)又は(b)に記載のペプチド
(4)以下の(e)、(f)、(g)又は(h)であるペプチドを発現し、且つヒトアドレノメデュリンを発現しない非ヒト哺乳動物。
(e)、配列番号1のアミノ酸配列からなるペプチド
(f)配列番号1のアミノ酸配列において1〜10個のアミノ酸が欠失、置換若しくは付加されたアミノ酸配列からなり、且つ心筋障害を抑制する活性を有するペプチド
(g)C末端がアミド化されている(e)又は(f)に記載のペプチド
(h)C末端にGlyが付加している(e)又は(f)に記載のペプチド
【発明の効果】
【0010】
本発明は心筋障害の予防又は治療剤を提供する。
【発明を実施するための最良の形態】
【0011】
以下、本発明を詳細に説明する。
【0012】
本発明に係る心筋障害の予防又は治療剤は、心筋障害、例えば心肥大、心筋線維化、心不全(収縮及び拡張不全)、高血圧症、高血圧性臓器障害、特に心肥大又は心筋線維化の改善に有効である。
【0013】
本発明で用いられるPAMPは、ヒトや他の温血動物(例えばブタ、イヌ、ウシ、ラット、マウスなど)に由来するものであってよい。PAMPの修飾体であって心筋障害を抑制する活性を有するものもまた本発明に使用することができる。
【0014】
本発明で用いられるPAMP又はその修飾体は典型的には(a)配列番号1、3、5、7、9又は11のアミノ酸配列からなるペプチド、(b)配列番号1、3、5、7、9又は11のアミノ酸配列において1若しくは複数個、例えば1若しくは数個、具体的には1〜10個、好ましくは1〜8個、より好ましくは1〜5個、最も好ましくは1〜3個のアミノ酸が欠失、置換若しくは付加されたアミノ酸配列からなり、且つ心筋障害を抑制する活性を有するペプチド、(c)C末端がアミド化されている(a)又は(b)に記載のペプチド、或いは(d)C末端にGlyが付加している(a)又は(b)に記載のペプチドである。「C末端のアミド化」とは、ペプチドの修飾反応の1つをいい、ペプチドのC末端アミノ酸のCOOH基が、CONHの形態になることをいう。生体内で作動する多くの生理活性ペプチドは、はじめ分子量のより大きな前駆体タンパク質として生合成され、これが細胞内移行の過程で、C末端アミド化のような修飾反応を受けて成熟する。アミド化は、C末端アミド化酵素が、前駆体タンパク質に作用することによって、行われる。前駆体タンパク質においては、アミド化される残基のC末端側には常にGly残基が存在し、さらにC末端側に、例えばLys−ArgあるいはArg−Argなどの塩基性アミノ酸配列対が続いていることが多い(水野、生化学第61巻、第12号、1435〜1461頁(1989))。
【0015】
上記(b)に属するペプチドとしては、例えば配列番号1、3、5、7、9又は11のアミノ酸配列を有するペプチドから1位〜10位、1位〜8位、1位〜5位、又は1位〜3位のアミノ酸が欠失したペプチドが挙げられ、中でも1位〜8位のアミノ酸が欠失したペプチドが好ましい。これらのペプチドにおいて更に1又は数個(例えば1〜5個、1〜3個)のアミノ酸が欠失、置換若しくは付加された、心筋障害を抑制する活性を有するペプチドもまた本発明に使用し得る。更にまた、本発明の段落に記載のペプチドのC末端がアミド化されたペプチド又はC末端にGlyが付加されたペプチドもまた本発明に使用し得る。
【0016】
上記(a)〜(d)に記載のペプチドのうち、(c)に含まれる「C末端がアミド化されている(a)に記載のペプチド」は生体内に主として存在するPAMPであり、他のペプチドはPAMPの修飾体と称すべきものである。
【0017】
本発明に使用できる上記以外のPAMP修飾体としては、例えば上記(a)〜(d)のペプチドを構成するアミノ酸残基の一部がアミド化又はエステル化されているものであって心筋障害抑制活性を有するものが挙げられる。エステルとしては、例えば(a)、(b)又は(d)のペプチドにおいてC末端のカルボキシル基がエステル化されたものなどが挙げられる。
【0018】
PAMP又はその修飾体は、生体内での代謝によりPAMP又はその修飾体に変換される前駆体やプロドラッグ化合物として提供されてもよい。このような形態もまた本発明の範囲に包含される。前駆体の一例としては、配列番号2の核酸配列にコードされる第1番〜第185番のアミノ配列又はその部分配列であって第22番〜第41番のアミノ酸を含むものからなるペプチドが挙げられる。上記(d)に記載のペプチドは投与後に生体内でそのC末端がアミド化されて成熟ペプチドに変換されると考えられることから、当該ペプチドもまたPAMP又はその修飾の前駆体に含まれ得る。
【0019】
PAMP又はその修飾体の塩であって心筋障害抑制活性を有するものもまた本発明に使用することができる。上記塩としては例えば塩基(例えばアルカリ金属など)や酸(有機酸、無機酸)との薬学的に許容される塩であれば如何なるものであってもよいが、例えば塩酸塩、臭化水素酸塩、ヨウ化水素酸塩、硫酸塩、硝酸塩、リン酸塩、炭酸塩、炭酸水素塩、過塩素酸塩等の無機酸塩;ギ酸塩、酢酸塩、トリフルオロ酢酸塩、プロピオン酸塩、シュウ酸塩、グリコール酸塩、コハク酸塩、乳酸塩、マレイン酸塩、ヒドロキシマレイン酸塩、メチルマレイン酸塩、フマル酸塩、アジピン酸塩、酒石酸塩、リンゴ酸塩、クエン酸塩、安息香酸塩、ケイ皮酸塩、アスコルビン酸塩、サリチル酸塩、2−アセトキシ安息香酸塩、ニコチン酸塩、イソニコチン酸塩等の有機酸塩;メタンスルホン酸塩、エタンスルホン酸塩、イセチオン酸塩、ベンゼンスルホン酸塩、p−トルエンスルホン酸塩、ナフタレンスルホン酸塩等のスルホン酸塩;ナトリウム塩、カリウム塩等のアルカリ金属塩;マグネシウム塩、カルシウム塩等のアルカリ土類金属塩等が挙げられる。
【0020】
PAMP又はその修飾体は、ヒトや温血動物の組織又は細胞からペプチドを精製する方法によって製造することもできるし、通常のペプチド合成法に準じて製造することもできる。また、PAMPをコードするDNAを含有する形質転換体を培養することによっても製造することもできる。
【0021】
本発明においては、PAMPはPAMPをコードする遺伝子配列を含む核酸分子(例えば、DNA又はRNA)として提供されてもよい。すなわち本発明に係る心筋障害の予防又は治療剤にはいわゆる遺伝子治療のための形態も包含される。PAMPをコードするDNAとしては例えば、(1)配列番号2,4,6,8,10又は12の塩基配列を含有するDNA、或いは配列番号2,4,6,8,10又は12の塩基配列のうちPAMPをコードする領域を一部に含む部分配列を含有するDNA、(2)配列番号2,4,6,8,10又は12の塩基配列と相補的な塩基配列からなるDNA、或いは配列番号2,4,6,8,10又は12の塩基配列のうちPAMPをコードする領域を一部に含む部分配列と相補的な塩基配列からなるDNAとストリンジェントな条件下でハイブリダイズする哺乳動物由来のDNAであって心筋障害抑制活性を有するペプチド又はその前駆体をコードするDNA、(3)遺伝コードの縮重のため(1)および(2)に定められている配列とハイブリッド形成しないが、同一アミノ酸配列をもつポリペプチドをコードするDNAなどが用いられる。ハイブリダイゼーションは公知の方法或いはそれに準じた方法に従って行うことができる。上記ストリンジェントな条件としては、例えば42℃、50%ホルムアミド、4×SSPE(1×SSPE=150mM NaCl, 10mM NaHPO・HO, 1mM EDTA pH7.4)、5×デンハート溶液、0.1%SDSである。
【0022】
上記の「配列番号2,4,6,8,10又は12の塩基配列のうちPAMPをコードする領域を一部に含む部分配列」について一例を挙げて説明する。配列番号2では第220番のGから第279番のTまでの領域がPAMPをコードすることから、この領域を含む配列番号2の部分配列、例えば第157番のAから第711番のTまでの塩基配列を本発明に使用することができる。
【0023】
上記の(1)〜(3)に示すDNAからなる遺伝子が生体内で転写・翻訳されると、通常はPAMPよりも大きな分子量を有する前駆体タンパク質が生じ、これが細胞内移行の過程でC末端アミド化のような修飾反応を受けて活性を有するPAMPへと成熟する。
【0024】
PAMP、その修飾体又はそれらの塩、或いはPAMPをコードする遺伝子の心筋障害の予防又は治療剤としての使用は常套手段に従って行うことができる。例えば、必要に応じて糖衣や溶解性被膜を施した錠剤、カプセル剤、エリキシル剤、マイクロカプセル剤などとして経口的に、或いは水若しくはそれ以外の薬学的に許容し得る液との無菌性溶液、又は懸濁液剤などの注射剤の形で非経口的に使用できる。また局所への直接投与などあらゆる投与法が使用できる。例えば、PAMP、その修飾体、それらの塩等を薬学的に許容し得る担体、香味剤、賦形剤、ベヒクル、防腐剤、安定剤、結合剤等とともに一般に認められた製薬実施に要求される単位用量形態で混和することによって製造することができる。これら製剤における有効成分量は指示された範囲の適当な容量が得られるようにするものである。また医薬として有用な他の成分と共に併用することも可能である。
【0025】
錠剤、カプセル剤などに混和することができる添加剤としては、例えばゼラチン、コーンスターチ、トラガントガム、アラビアゴムのような結合剤、結晶性セルロースのような賦形剤、コーンスターチ、ゼラチン、アルギン酸などのような膨化剤、ステアリン酸マグネシウムのような潤滑剤、ショ糖、乳糖又はサッカリンのような甘味剤、ペパーミント、アカモノ油又はチェリーのような香味剤などが用いられる。調剤単位形態がカプセルである場合には、前記タイプの材料にさらに油脂のような液状担体を含有することができる。注射のための無菌組成物は注射用水のようなベヒクル中に活性物質、胡麻油、椰子油などのような天然産出植物油などを溶解又は懸濁させるなどの通常の製剤実施にしたがって処方することができる。注射用の水性液としては、例えば、生理食塩水、ブドウ糖やその他の補助薬を含む等張液(例えば、D−ソルビトール、D−マンニトール、塩化ナトリウムなど)などが挙げられ、適当な溶解補助剤、たとえばアルコール(たとえばエタノール)、ポリアルコール(たとえばプロピレングリコール、ポリエチレングリコール)、非イオン性界面活性剤(たとえばポリソルベート80(TM)、HCO−50)などと併用してもよい。油性液としてはゴマ油、大豆油などが挙げられる。溶解補助剤として安息香酸ベンジル、ベンジルアルコールなどと併用してもよい。また、緩衝剤(例えば、リン酸塩緩衝液、酢酸ナトリウム緩衝液)、無痛化剤(例えば、塩化ベンザルコニウム、塩酸プロカインなど)、安定剤(例えば、ヒト血清アルブミン、ポリエチレングリコールなど)、保存剤(例えば、ベンジルアルコール、フェノールなど)、酸化防止剤などと配合してもよい。調製された注射液は通常、適当なアンプルに充填される。このようにして得られる製剤は安全で低毒性であるので、例えばヒトや哺乳動物(例えば、マウス、ラット、モルモット、ウサギ、ニワトリ、ヒツジ、ブタ、ウシ、ネコ、イヌ、サル、マントヒヒ、チンパンジーなど)に対して投与することができる。
【0026】
PAMPをコードする遺伝子(通常はDNA)はいわゆる遺伝子治療の手法により投与することが可能である。例えばPAMPをコードするDNAは、(イ)PAMPをコードするDNAを該患者に投与し発現させることによって、或いは(ロ)細胞などにPAMPをコードするDNAを挿入し発現させた後に、該細胞を該患者に移植することなどによって、該患者の細胞におけるPAMPの量を増加させ、PAMPの作用を充分に発揮させることができる。PAMPをコードするDNAの投与は、該DNAを単独又はプラスミドベクター、レトロウイルスベクター、アデノウイルスベクター、アデノウイルスアソシエーテッドウイルスベクターなどの適当なベクターに挿入した後、常套手段に従って実施することができる。
【0027】
PAMPの投与量は、症状などにより差異はあるが、典型的には、ヒトに対する経静脈投与の場合0.1〜100mg/60Kg/日である。
【0028】
本発明はまた、ヒトPAMP(hPAMP)又はその修飾体を、好ましくは過剰量、発現する非ヒト哺乳動物に関する。本発明の非ヒト哺乳動物は、ヒトAMを発現せずヒトPAMPのみを発現することから、ヒトPAMPの機能を検討するためのモデル動物として有用である。ヒトAMとPAMPの両方を発現するトランスジェニックマウスは従来から知られているが、ヒトPAMPのみを発現するものは知られていない(Shindo T, Kurihara H, Maemura K, Kurihara Y, Kuwaki T, Izumida T, Minamino, N, Ju KH, Morita H, Oh-hashi Y, Kumada M, Kangawa K, Nagai R, Yazaki Y., Hypotension and resistance to lipopolysaccharide-induced shock in transgenic mice overexpressing adrenomedullin in their vasculature., Circulation. 2000 May 16;101(19):2309-16.)。
【0029】
非ヒト哺乳動物としては例えばラット、マウスが挙げられるがこれらには限定されない。ヒトPAMP又はその修飾体としては、具体的には、(e)配列番号1のアミノ酸配列からなるペプチド、(f)配列番号1のアミノ酸配列において1若しくは複数個、例えば1若しくは数個、具体的には1〜10個、好ましくは1〜8個、より好ましくは1〜5個、最も好ましくは1〜3個のアミノ酸が欠失、置換若しくは付加されたアミノ酸配列からなり、且つ心筋障害を抑制する活性を有するペプチド、(g)C末端がアミド化されている(e)又は(f)に記載のペプチド、或いは(h)C末端にGlyが付加している(e)又は(f)に記載のペプチドである。上記(f)に属するペプチドとしては例えば配列番号1の第9番〜第20番のアミノ酸配列からなるペプチドを用いることができる。
【0030】
本発明の非ヒト哺乳動物は上記ペプチドを恒常的に発現するものであることが好ましいが一過的に発現するものであってもよい。上記ペプチドの発現は組織普遍的なものであっても組織特異的なものであってもよい。本発明の非ヒト哺乳動物は、上記ペプチドをコードする遺伝子が導入されたトランスジェニック動物として提供され得る。上記ペプチドをコードする遺伝子としては、例えば、(4)配列番号2の塩基配列のうちヒトPAMPをコードする領域を一部に含む部分配列を含有するDNA、(5)配列番号2の塩基配列のうちヒトPAMPをコードする領域を一部に含む部分配列と相補的な塩基配列からなるDNAとストリンジェントな条件下でハイブリダイズする哺乳動物由来のDNAであって心筋障害抑制活性を有するペプチド又はその前駆体をコードするDNA、(6)遺伝コードの縮重のため(4)および(5)に定められている配列とハイブリッド形成しないが、同一アミノ酸配列をもつポリペプチドをコードするDNAなどが用いられる。上記の「配列番号2の塩基配列のうちヒトPAMPをコードする領域を一部に含む部分配列を含有するDNA」としては、例えばヒト由来プロプロアドレノメデュリンにおけるLys74をコードするコドン(AAG)が停止コドン(TAG)に改変されたヒトPAMPのcDNAの断片が挙げられる。遺伝子の導入は常法(例えばリン酸カルシウム法、リポフェクション法、エレクトロポレーション法、マイクロインジェクション法等)に従って行われる。導入遺伝子は適当なプロモーター(例えばニワトリβ−アクチンプロモーター)に作動可能に連結されたものであることが好ましい。
【0031】
以下、本発明を実施例に基づいて説明するが本発明は下記実施例のみには限定されない。
【実施例】
【0032】
方法と材料
プラスミドの構築
本発明者らは強力なニワトリβ−アクチンプロモーターにより転写されるPAMP導入遺伝子を構築した(図1)。プロプロアドレノメデュリンにおけるLys74をコードするコドン(AAG)が停止コドン(TAG)に改変されたヒトプロアドレノメデュリンN−末端20ペプチド(hPAMP)cDNA(GenBank accession number D14874、配列番号2)の断片をpCAGGSベクターにサブクローニングした(Niwa H, Yamamura K, Miyazaki J. Efficient selection for high-expression transfectants with a novel eukaryotic vector, Gene 108(1991):193-199)。こうして得られたプラスミドpCAGGS−hPAMPにニワトリβ−アクチンプロモーターも含まれていることは標準的なDNA配列決定法により確認された。
【0033】
トランスジェニックラットの作成
Sal I及びBamH IによりpCAGGS−hPAMPから導入遺伝子を切り出した。そしてhPAMP DNA断片をゲル電気泳動により精製し、緩衝液に溶解し、過剰排卵Wistarラットの受精卵の前核にマイクロインジェクションにより注入した。生まれたラットの尾先端部からゲノムDNAを精製し、hPAMP cDNAをプローブとして用いるPC法によりトランスジェニック(Tg)ラットの初代個体の候補をスクリーニングした。
【0034】
実験は米国国立保健研究所により発行されている”the Guide for the Care and Use of Laboratory Animals”(Publication No. 85-23, revised 1996)に示されるガイドラインに沿って行われた。
【0035】
実験プロトコール
PAMP Tgラット及び野生型ラットについて片腎摘出を行った後、8%NaClを含有する高食塩食を5週間摂食させた(UNX hypertension model)。実験の期間中、血圧及び心拍数をモニターした。5週間の実験期間終了後、断頭屠殺し、心臓及び血液サンプルを採取した。採取された心臓を2つに切りわけて、一方を4%パラホルムアルデヒド中に浸して後で組織病理学的評価に用いた。もう一方は液体窒素中に保存して後で遺伝子及びタンパク質の評価に用いた。
【0036】
Tgラットの血漿及び組織におけるhPAMPの測定
ラジオイムノアッセイ法(RIA,非特許文献1)を用いて、Tgラットの血漿及び各組織におけるhPAMPのレベルを測定した。このアッセイ法はhPAMPに対する選択性が高くラットPAMPに対しては交差反応性を示さない。
【0037】
リアルタイムPCRを用いた遺伝子発現の定量
全RNAを既報(Cao YN, Kitamura K, Kato J, Kuwasako K, Ito K, Onitsuka H, Nagoshi Y, Uemura T, Kita T, Eto T. Chronic salt loading upregulates expression of adrenomedullin and its receptors in adrenal glands and kidneys of the rat, Hypertension 42(2003):369-372)に従って単離した。続いてSuperScript II reverse transcriptase(Invitrogen)を用いて1μgの試料に対して逆転写を行ない、得られたcDNAをリアルタイム定量PCR(Prism 7700 Sequence Detector, Applied Biosystems, Foster City, CA)に供した。レニンmRNAの発現を評価するためのプライマーとして5’−GCTACATGGAGAATGGGACTGAA−3’(センス)及び5’−ACCACATCTTGGCTGAGGAAAC−3’(アンチセンス)を用いた。レニンcDNAを検出するプローブとして5’−CCATCCACTATGGATCAGGGAAGGTCAA−3’を用いた。アンギオテンシンI変換酵素(angiotensin I converting enzyme,ACE)mRNAの発現を評価するためのプライマーとして5’−CTGCCTCCCAACGAGTTAGAA−3’(センス)及び5’−CGGGACGTGGCCATTATATT−3’(アンチセンス)を用いた。ACEcDNAを検出するプローブとして5’−AAATGGCACTTGTCTGTCACTGGAGCC−3’を用いた。
【0038】
組織病理学的評価
上記のとおり4%パラホルムアルデヒド中で固定した心臓試料をパラフィンに包埋し、4μm厚の切片に薄切りした。続いて切片をキシレン中で脱パラフィンし、段階的な濃度のエタノール(100%、90%及び70%/蒸留水)中で水和して、ヘマトキシリン/エオシン(HE)又はシリウスレッドにより染色した。HE染色後、心肥大の指標として心筋細胞の断面積を測定し、比較した。心筋線維化はシリウスレッド染色後に赤色を呈した。この赤色を、Winroof画像解析ソフトウェア(三谷商事株式会社)を用いて測定された赤色シグナルの強度に基づいて定量した。
【0039】
計算及び統計処理
結果は平均値±SEMで表示した。分散分析及びStudentのt検定を必要に応じて行い、群間の差の有意性を評価した。P<0.05の値のとき有意差があるものと判定した。
【0040】
結果
遺伝子導入の確認
トランスジェニックマウスにおいて遺伝子導入がなされたことは、リアルタイム定量PCRを用いてラットの尾先端部におけるhPAMPを検出することにより確認された。また血漿及び種々の組織において高レベルのhPAMPが検出された(表1)。hPAMPTgラットの血漿中でhPAMPが高レベル(21±7.7fmol/ml)で検出されたものの、hPAMPTgラットと野生型ラットとの間で血圧及び心拍数に差異はなかった(データは示していない)。
【0041】
【表1】

【0042】
hPAMPの過剰発現の心臓に対する作用
PAMPの機能をより詳細に評価するために、Tgラット及び野生型ラットについて片腎摘出を行った後、8%NaClを含有する高食塩食を5週間摂食させた。この実験プロトコールは高血圧を誘導するための確立されたプロトコールである。血圧は、Tgラット及び野生型ラットの両方において、高食塩食を与えた5週間の期間中増加し続けたものの、血圧の上昇はTgラットにおいて有意に抑制されていた(図2A)。このことはPAMPが降圧ペプチドであることを示した本発明者らの知見(非特許文献8)と合致する。一方、心拍数は2群間で有意差はなかった(図2B)。
【0043】
野生型ラットでは心肥大が認められたが、Tgラットでは心肥大は認められなかった(図3A)。5週間の塩負荷の後、心臓重量に対する体重の比は野生型ラットで3.5±0.11であったのに対してTgラットでは2.99±0.1であった。また、野生型ラットの心筋細胞は、Tgラットのそれと比較して有意に大きな断面積を有していた。また、心臓組織切片のシリウスレッドによる染色により、野生型ラットで心筋の線維化が顕著に認められたのに対して、Tgラットではそれが認められなかった(図3B)。
【0044】
最後に心臓組織におけるレニン−アンギオテンシン系(RAS)関連遺伝子の発現を評価することによりPAMPによる心臓血管に対する作用の機構を検討した。そして、アンギオテンシンI変換酵素(ACE)のmRNA発現が、Tgラットにおいて野生型ラットの約60%にまで抑制されているという知見を得た(図4A)。そしてTgラットの心臓でのレニン遺伝子の転写は、野生型ラットの約2.5倍に高められていた(図4B)。この現象は心臓でのアンギオテンシンIIの産生が抑制されたことを反映している可能性がある。
【0045】
上記の通り、PAMPの増加により血圧の低下、心肥大及び心筋線維化の抑制、ACE発現量の低下、並びにレニン発現量の増加が認められた。従来の研究から、心肥大及び心筋線維化は血圧と無関係であること、及び心肥大及び心筋線維化等の心疾患はRASと密接に関連していることが明らかとなっている(Tokuda K, Kai H, Kuwahara F, Yasukawa H, Tahara N, Kudo H, Takemiya K, Koga M, Yamamoto T, Imaizumi T. Pressure-independent effects on hypertensive myocardial fibrosis, Hypertension. 43(2004):499-503; Tian XL, Pinto YM, Costerousse O, Franz WM, Lippoldt A, Hoffmann S, Unger T, Paul M. Over-expression of angiotensin converting enzyme-1 augments cardiac hypertrophy in transgenic rats, Hum. Mol. Genet. 15(2004):1441-1450; Metcalfe BL, Huentelman MJ, Parilak LD, Taylor DG, Katovich MJ, Knot HJ, Sumners C, Raizada MK. Prevention of cardiac hypertrophy by angiotensin II type-2 receptor gene transfer, Hypertension 43(2004):1233-1238; Takai S, Jin D, Sakaguchi M, Miyazaki M. Significant target organs for hypertension and cardiac hypertrophy by angiotensin-converting enzyme inhibitors, Hypertens. Res. 27(2004): 213-219; Bader M. Role of renin-angiotensin system in cardiac damage: a minireview focusing on transgenic models, J. Mol. Cell. Cardiol. 34(2002):1455-1462.)。上記実験結果は、PAMPがRASに影響を与えることにより心肥大及び心筋線維化の抑制作用を奏することを示唆するものである。
【配列表フリーテキスト】
【0046】
配列番号13、14、16及び17:プライマー
配列番号15及び18:プローブ
【図面の簡単な説明】
【0047】
【図1】図1はhPAMPの遺伝子構築物の模式図である。プロプロアドレノメデュリンにおけるLys74をコードするコドン(AAG)を停止コドン(TAG)に改変したのち、この遺伝子をニワトリβ−アクチンプロモーターを有するpCAGGSベクターに挿入した。
【図2】図2は片腎摘出後、5週間高食塩食を負荷した場合における野生型ラット(W)及びトランシジェニックラット(Tg)の最大血圧(systolic blood pressure, SBP)(A)及び心拍数(heart rate, HR)(B)の経時的変化を示す図である。データは非観血法を用いて採取したものである。データを平均値±SEMで表わす。W群:n=10、Tg群:n=11。野生型ラットに対してP<0.05。
【図3A】図3Aは野生型ラット(W)及びトランシジェニックラット(Tg)の心臓組織の代表的なHE−染色断面(上図;倍率400倍)並びに断面積(下図)を示す。データを平均値±SEMで表わす。W群:n=10、Tg群:n=11。野生型ラットに対してP<0.05。
【図3B】図3Bは野生型ラット(W)及びトランシジェニックラット(Tg)のシリウスレッド染色した心臓組織の代表的な断面(上図;倍率200倍)並びに赤色シグナルの光学密度(心筋線維化の指標)(下図)を示す。データを平均値±SEMで表わす。W群:n=10、Tg群:n=11。野生型ラットに対してP<0.05。
【図4】図4はリアルタイム定量PCRにより測定された、アンギオテンシンI変換酵素(angiotensin I converting enzyme, ACE)及びレニンの心臓における相対的なmRNA発現レベルを示す図である。ACEmRNA及びレニンmRNAのレベルは同一の試料におけるGAPDHmRNAのレベルに基づいて規格化した。データを平均値±SEMで表わす。各群:n=6。野生型ラットに対してP<0.05。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
プロアドレノメデュリンN−末端20ペプチド、その修飾体であって心筋障害を抑制する活性を有するもの、又はそれらの塩であって心筋障害を抑制する活性を有するものを有効成分として含有する心筋障害の予防又は治療剤。
【請求項2】
心筋障害が心肥大又は心筋線維化を伴うものである請求項1に記載の心筋障害の予防又は治療剤。
【請求項3】
プロアドレノメデュリンN−末端20ペプチド又はその修飾体が以下の(a)、(b)、(c)又は(d)である請求項1又は2に記載の心筋障害の予防又は治療剤。
(a)配列番号1、3、5、7、9又は11のアミノ酸配列からなるペプチド
(b)配列番号1、3、5、7、9又は11のアミノ酸配列において1〜10個のアミノ酸が欠失、置換若しくは付加されたアミノ酸配列からなり、且つ心筋障害を抑制する活性を有するペプチド
(c)C末端がアミド化されている(a)又は(b)に記載のペプチド
(d)C末端にGlyが付加している(a)又は(b)に記載のペプチド
【請求項4】
以下の(e)、(f)、(g)又は(h)であるペプチドを発現し、且つヒトアドレノメデュリンを発現しない非ヒト哺乳動物。
(e)配列番号1のアミノ酸配列からなるペプチド
(f)配列番号1のアミノ酸配列において1〜10個のアミノ酸が欠失、置換若しくは付加されたアミノ酸配列からなり、且つ心筋障害を抑制する活性を有するペプチド
(g)C末端がアミド化されている(e)又は(f)に記載のペプチド
(h)C末端にGlyが付加している(e)又は(f)に記載のペプチド

【図1】
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【図2】
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【図3A】
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【図3B】
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【図4】
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【公開番号】特開2006−290814(P2006−290814A)
【公開日】平成18年10月26日(2006.10.26)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−114786(P2005−114786)
【出願日】平成17年4月12日(2005.4.12)
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第1項適用申請有り 刊行物:Circulation Journal(Vol.69 SupplementI) 開催日:2005年3月19日〜21日 開催場所:横浜 講演番号:PE−011 発行日:平成17年3月1日
【出願人】(504224153)国立大学法人 宮崎大学 (239)
【Fターム(参考)】