説明

志賀毒素等に起因する疾患の予防又は治療剤

【課題】本発明は、志賀毒素等による細胞障害を抑制することにより、これらの毒素に起因する疾患を予防又は治療する薬剤を提供することを目的とする。
【解決手段】本発明は、式(I):


[式中、XはO又はSを表す]で表される化合物を含有することを特徴とする、志賀毒素等に起因する疾患の予防又は治療剤に関する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、N-グリコシダーゼ活性によって標的細胞のタンパク質合成を阻害することにより標的細胞を死滅させる機能を有する毒素(典型的には志賀毒素)に起因する疾患の予防又は治療剤に関する。
【背景技術】
【0002】
志賀毒素はベロ毒素とも呼ばれる強力な毒素である。志賀毒素は、アポトーシスを細胞に引き起こしたり、N-グリコシダーゼ活性によって標的細胞のタンパク質合成を阻害することにより標的細胞を死滅させると考えられている。志賀毒素と同様の機構により細胞毒性を奏する毒素としてはリシン(ricin)が知られている。
【0003】
O157:H7に代表される志賀毒素産生性細菌は、感染した場合に本来の標的部位に炎症を形成するのみならず、細菌が産生する強力な毒素、志賀毒素が血中に移行して、溶血性尿毒症症候群や脳症などの全身性の合併症を、罹患者の約5%に引き起こす。この全身性の合併症をコントロールできないために志賀毒素産生性細菌感染症が大きな社会問題となっている。
【0004】
本症の治療では抗菌剤の有効性が疑問視されている。なぜなら、抗菌剤投与は菌を殺すために、菌体内に貯蔵している志賀毒素が一度に放出されることになり、かえって全身性の合併症を招くことが考えられるからである。このため、志賀毒素産生性細菌感染症の薬物治療では志賀毒素への対策、例えば、志賀毒素による細胞障害を防ぐような薬剤を見いだす必要がある。
【0005】
なお志賀毒素に関連する論文としては例えば非特許文献1及び2が挙げられる。非特許文献1は志賀毒素産生性大腸菌が起こす溶血性尿毒症症候群に関する現状の治療などについて述べた論文である。非特許文献2は志賀毒素産生性大腸菌の細胞傷害メカニズムについて述べた論文である。
【非特許文献1】Tarr, P.I., Gordon, C.A., Chandler, W.L. (2005). Shiga-toxin-producing Escherichia coli and haemolytic uraemic syndrome. Lancet 365, 1073-1086.
【非特許文献2】Cherla, R.P., Lee, S.Y., Tesh, V.L. (2003) Shiga toxins and apoptosis. FEMS Microbiol. Lett. 228, 159-166.
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明は、志賀毒素又は志賀毒素と同等の機能を有する毒素による細胞障害を抑制することにより、これらの毒素に起因する疾患を予防又は治療する薬剤を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明は以下の発明を包含する。
(1) 式(I):
【0008】
【化1】

[式中、XはO又はSを表す]
で表される化合物又はその医薬上許容される塩を含有することを特徴とする、アポトーシス誘導活性又はタンパク質合成阻害により標的細胞を死滅させる機能を有する毒素に起因する疾患の予防又は治療剤。
(2) 前記毒素が志賀毒素である、(1)記載の予防又は治療剤。
(3) 前記疾患が志賀毒素産生性細菌感染症である、(2)記載の予防又は治療剤。
(4) 前記XがSである、(1)〜(3)のいずれかに記載の予防又は治療剤。
【発明の効果】
【0009】
本発明の薬剤は、志賀毒素又はそれに類似する毒素による細胞障害を抑制することにより、これらの毒素に起因する疾患を予防又は治療することを可能にする。
【発明を実施するための最良の形態】
【0010】
(有効成分)
本発明の薬剤の有効成分は、前記の式(I)で表される化合物である。式(I)中、XはS又はOを意味するが、Sが最も好ましい。XがSである化合物はチルホスチン47 (Tyrphostin 47)という名称で知られている。
【0011】
チルホスチン47は市販品を購入して使用することができる。チルホスチン47は例えばSIGMA-ALDRICH Corp.により市販されている。
【0012】
チルホスチン47はまた公知の方法により合成することができる。例えば、Yaish, P., Gazit, A., Gilon, C., Levitzki, A. (1988). Blocking of EGF-dependent cell proliferation by EGF receptor kinase inhibitors. Science 242, 933-935; Gazit, A., Yaish, P., Gilon, C., Levitzki, A. (1989). Tyrphostins I: synthesis and biological activity of protein tyrosine kinase inhibitors. J. Med. Chem. 32, 2344-2352; Gazit, A., Osherov, N., Posner, I., Yaish, P., Poradosu, E., Gilon, C., Levitzki, A. (1991). Tyrphostins. 2. Heterocyclic and alpha-substituted benzylidenemalononitrile tyrphostins as potent inhibitors of EGF receptor and ErbB2/neu tyrosine kinases. J. Med. Chem. 34, 1896-1907等の文献に記載された合成法を参照されたい。
【0013】
また、チルホスチン47のSがOに置換された化合物は、チルホスチン47の合成法を参照すれば当業者であれば容易に合成可能であろう。
【0014】
式(I)で表される化合物は、通常用いられる手段により医薬上許容される塩にしてもよい。医薬上許容される塩としては、例えば塩酸塩、臭素酸塩、ヨウ素酸塩、リン酸塩、硝酸塩、硫酸塩、酢酸塩、クエン酸塩などが挙げられる。
【0015】
本発明に係る化合物又はその塩は、水和物や、低級アルコール等との溶媒和物の形態であってよい。本発明に係る化合物又はその塩の範囲内には、それらの水和物又は溶媒和物の形態も包含される。
【0016】
(対象疾患)
本発明者らは驚くべきことに上記成分が志賀毒素による細胞障害(細胞の死滅)を抑制して細胞の生存率を高めることを見出した。このことから、上記成分は、志賀毒素のような、アポトーシス誘導活性又はタンパク質合成阻害(より具体的には、N-グリコシダーゼによる標的細胞におけるタンパク質合成阻害)により標的細胞を死滅させる機能を有する毒素に起因する疾患の予防又は治療剤の有効成分として有用であると言える。
【0017】
志賀毒素と同等の機能を有する他の毒素としては、リシン(ricin)などが挙げられる。本発明の薬剤はこれらの毒素(好ましくは志賀毒素)に起因する疾患の予防又は治療剤として好適に使用できる。
【0018】
志賀毒素等に起因する疾患としては具体的には志賀毒素産生性細菌感染症が挙げられる。志賀毒素産生性細菌感染症としては、志賀毒素産生性大腸菌感染症があり、その大腸菌の血清型としては、O157:H7、O157:H-、O157:HNT、O1:H20、O18:H-、O26:H11、O26:H-、O26:HNT、O111:H-、O114:H19、O115:H10、O119:HNT、O128:H2、OUT:H19、OUT:H-、OUT:HNTなどが知られる。また、志賀毒素産生性細菌感染症の合併症として、溶血性尿毒症症候群や脳症が生じることもある。
【0019】
(製剤及び使用方法)
本発明の薬剤の調製にあたっては、予防又は治療目的に応じて各種の投与形態を採用可能である。例えば、投与剤型としては散剤、細粒剤、顆粒剤、錠剤、カプセル剤、ドライシロップ剤、シロップ剤、注射剤等が適用できる。本発明の薬剤は、医薬上許容される担体又は賦形剤、或いは他の添加物を含んでもよい。
【0020】
経口用固形製剤とする場合は、上記有効成分に賦形剤、必要に応じて結合剤、崩壊剤、滑沢剤、着色剤、矯味・矯臭剤等を加えた後、常法により錠剤、被覆錠剤、顆粒剤、散剤、カプセル剤等を製造することができる。経口用液体製剤とする場合は、上記有効成分に矯味剤、緩衝剤、安定化剤、矯臭剤等を加えて常法により内服液剤、シロップ剤、エリキシル剤等を製造することができる。注射剤とする場合は、上記有効成分にpH調節剤、緩衝剤、安定化剤、等張化剤、局所麻酔剤等を添加し、常法により皮下、筋肉内及び静脈内用注射剤を製造することができる。これらの投与剤型に使用する添加剤としては、当該分野で一般的に使用されている添加剤を使用できる。
【0021】
上記の各投与単位形態中に配合される有効成分の量は、治療又は予防上有効な量である限り、これを適用すべき患者の症状により、あるいはその剤形等に応じて適宜決定することができるが、一般的には投与単位形態あたり、経口剤では約10 〜10,000mg、注射剤では約1 〜3,000mg mgとするのが望ましい。また、上記投与形態を有する薬剤の1日あたりの投与量は、患者の症状、体重、年齢、性別等によって異なり一概には決定できないが、通常成人1日あたり約10〜1,000 mgとすればよい。
【実施例】
【0022】
Vero細胞を用いて実験を行った。まず、約1×104個/wellの細胞密度で24-well plate (CORNING)にVero細胞を播種後、5%ウシ胎児血清を含むMEM中で培養した。サブコンフルエントとなったところで、細胞周期を同調させるために培養液を0.5%ウシ胎児血清を含むMEMに換え、48時間細胞を培養した。その後、志賀毒素と溶媒あるいは志賀毒素と薬物(チルホスチン25、チルホスチン47、あるいはチルホスチン51)を処置し、48時間後に細胞をPBSで2回洗浄した。次に0.25%グルタルアルデヒドを含む溶液に浸して細胞を固定した。固定後グルタルアルデヒドを洗浄し、0.3%クリスタルバイオレットを含む溶液に細胞を浸して染色した。クリスタルバイオレットを洗浄後、1%SDSを用いて細胞を可溶化した。細胞の可溶化液を96穴マイクロプレートに50 μlずつサンプリングし、590 nmの波長を用いてサンプルの吸光度をマイクロプレートリーダーにて測定した。
【0023】
結果を表1に示す。表1中、各データは、平均値±標準誤差(SEM)で示した。表1に示されるとおり、チルホスチン47で処理したVero細胞では志賀毒素による細胞障害が抑制された。
【0024】
【表1】

【0025】
参考のために、本実験に使用したチルホスチン25、チルホスチン47、チルホスチン51の構造を以下に示す。
【0026】
【化2】


【特許請求の範囲】
【請求項1】
式(I):
【化1】

[式中、XはO又はSを表す]
で表される化合物又はその医薬上許容される塩を含有することを特徴とする、アポトーシス誘導活性又はタンパク質合成阻害により標的細胞を死滅させる機能を有する毒素に起因する疾患の予防又は治療剤。
【請求項2】
前記毒素が志賀毒素である、請求項1記載の予防又は治療剤。
【請求項3】
前記疾患が志賀毒素産生性細菌感染症である、請求項2記載の予防又は治療剤。
【請求項4】
前記XがSである、請求項1〜3のいずれか1項記載の予防又は治療剤。

【公開番号】特開2007−320941(P2007−320941A)
【公開日】平成19年12月13日(2007.12.13)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−156293(P2006−156293)
【出願日】平成18年6月5日(2006.6.5)
【出願人】(803000078)株式会社みやざきTLO (20)
【Fターム(参考)】