説明

意欲向上剤

【課題】本発明は、うつ症状とは異なる意欲低下の予防および治療に有効な、新規の意欲向上剤を提供することを目的とする。
【解決手段】LeuおよびIleからなるペプチドまたはその修飾体を含む意欲向上剤。LeuおよびIleからなるペプチドまたはその修飾体は、好ましくはLeu-IleおよびLeu-Ileの修飾体、特に好ましくはLeu-Ileである。LeuおよびIleからなるペプチドまたはその修飾体を含む意欲向上剤は、うつ症状とは異なる意欲低下を予防または治療するために有効である。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、うつ症状と異なる意欲低下の予防または治療に有効な意欲向上剤に関する。
【背景技術】
【0002】
生活水準の向上や近代医学の進歩による人口の高齢化に伴い、高齢者の意欲の低下が社会的に大きな関心事となりつつある。高齢者の行動意欲の低下は、「生活不活発病(廃用症候群)」の原因ともなっており、生活が不活発になることで、骨粗鬆症や内臓機能の低下などのQOL低下をもたらす。さらに高齢者は、入院、臥床を契機に寝たきり状態になる危険が高いとされており、自立を促すリハビリを行う際には、高齢者にいかにやる気を起こさせるかという点が大きな問題となっている。一方で、疲労は現代社会において、年齢にかかわらず多くの人々を悩ませている症状であり、頭が重い、眠い、全身がだるい、集中できない、イライラする、怒りっぽくなるといった自覚症状と共に、顕著な意欲の低下が認められる。疲労の中でも精神的な疲労は、慢性的なストレスと深い関係があると考えられており、疲労時あるいはストレス時の意欲の低下を回復させる手段の開発が望まれる。これらのことから、加齢、疲労あるいはストレスによる意欲の低下を改善可能な、薬剤および機能性食品に対する需要は大きいといえる。
【0003】
現状で意欲向上剤は上市されておらず、意欲低下の治療には、抗うつ剤あるいは脳代謝賦活剤や脳循環改善剤などの各種薬剤の使用が試みられているが、これらの薬剤は、副作用や有効性などの点で問題があるとされている。抗うつ剤としては、三環系抗うつ剤や、副作用の軽減された選択的セロトニン再取り込み阻害剤などが用いられているが、依然として副作用の面から、高齢者の長期間の服用、予防的な服用などには適していない。そもそも、「うつ」あるいは「うつ病」に起因する意欲低下は、意欲低下が認められる者のごく一部であり、それゆえ、意欲低下が認められる者の大半では抗うつ剤の効果は認められない。また、脳代謝賦活剤および脳循環改善剤の多くは、作用が不明確であり、漫然と使用されているのが実情である。
【0004】
ジペプチドであるLeu-Ileには、薬物依存症に対する治療効果があること(特許文献1、非特許文献1)、脳内線条体でbrain-derived neurophic factor(BDNF)およびglial cell line-derived neurophic factor(GDNF)の産生を増やし、ドーパミン作動性神経の細胞死を抑制する作用(非特許文献2)、GDNFの産生調節に関与するAktの活性化作用(特許文献2)、アミロイド蛋白質の増加に起因する脳内酸化と記憶障害を抑制する作用(特許文献3)が知られているが、意欲向上作用を有することは知られていない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開2005−041834
【特許文献2】WO2006−090555
【特許文献3】WO2008−050754
【非特許文献】
【0006】
【非特許文献1】Nitta A.et al., Folia Pharmacologica Japonica, 122:81-83 (2003)
【非特許文献2】Nitta A et al..J Neurosci. Res., 78:250-258 (2004)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
本発明は、うつ症状とは異なる意欲低下の予防および治療に有効な、新規の意欲向上剤を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者らは、上記課題を解決するためにLeuおよびIleからなるペプチドの薬理効果を鋭意検討した結果、うつ症状とは異なる意欲低下モデルにおいて、LeuおよびIleからなるペプチドに顕著な意欲向上効果があることを見出し、本発明を完成するに至った。
【0009】
本発明は、上記知見により得られたものであって、以下の発明を包含する。
(1)LeuおよびIleからなるペプチドまたはその修飾体を含む意欲向上剤。
(2)LeuおよびIleからなるペプチドまたはその修飾体が、Leu-IleまたはLeu-Ileの修飾体である、(1)に記載の意欲向上剤。
(3)LeuおよびIleからなるペプチドまたはその修飾体がLeu-Ileである、(1)に記載の意欲向上剤。
(4)意欲向上剤の製造における、LeuおよびIleからなるペプチドまたはその修飾体の使用。
(5)意欲向上剤の製造における、Leu-IleまたはLeu-Ileの修飾体の使用。
(6)意欲向上剤の製造における、Leu-Ileの使用。
(7)LeuおよびIleからなるペプチドまたはその修飾体を、意欲低下の予防または治療を必要とする患者に投与することを含む、意欲低下の予防または治療方法。
(8)Leu-IleまたはLeu-Ileの修飾体を、意欲低下の予防または治療を必要とする患者に投与することを含む、意欲低下の予防または治療方法。
(9)Leu-Ileを、意欲低下の予防または治療を必要とする患者に投与することを含む、意欲低下の予防または治療方法。
【0010】
なお、本明細書では慣例の表記法に従い左端がアミノ末端、右端がカルボキシル末端となるようにペプチドを表記する。また、アミノ酸残基がL体である場合には、L体である旨の表示を省略する。
【発明の効果】
【0011】
本発明により、うつ症状とは異なる意欲低下の予防および治療に有効な、新規の意欲向上剤が提供される。
【図面の簡単な説明】
【0012】
【図1】試験例のオープンフィールド試験における内側滞在時間の測定結果を示すグラフである。
【図2】試験例のオープンフィールド試験における立ち上がり回数の測定結果を示すグラフである。
【図3】比較試験例の試験開始前の強制水泳試験における無働時間の測定結果を示すグラフである。
【図4】比較試験例の投与14日目の強制水泳試験における無働時間比の測定結果を示すグラフである。
【図5】比較試験例の投与14日後の海馬BDNF遺伝子発現量の測定結果を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0013】
本発明においてLeuおよびIleからなるペプチドとは、LeuおよびIleのそれぞれを少なくとも1個ずつ有するペプチドを意味する。ペプチドはペンタペプチド、テトラペプチド、トリペプチドおよびジペプチドといったオリゴペプチドあるいはポリペプチドのいずれであってもよい。なお、ペプチド中のLeuおよびIleの少なくとも1個あるいは2個以上をD体に置換したものも、LeuおよびIleからなるペプチドに含まれる。好ましいLeuおよびIleからなるペプチドの例としては、LeuおよびIleからなるジペプチド、すなわちLeu-IleおよびIle-Leuが挙げられる。LeuおよびIleからなるジペプチドの中でも、特にLeu-Ileが好ましい。
【0014】
本発明においてLeuおよびIleからなるペプチドの修飾体(以下、ペプチド修飾体と称する)とは、LeuとIleからなる基本構造に対して、その一部(複数箇所であってもよい)を他の原子団などで置換すること、あるいは他の分子を付加することなどの修飾を施したことにより、少なくとも一部において前記基本構造と相違する構造の化合物を示す。
【0015】
本発明におけるペプチド修飾体の代表例としては、LeuまたはIleの側鎖の一部が他の原子または原子団で置換されたペプチド誘導体を挙げることができる。ここでの他の原子または原子団の例としては、ヒドロキシル基、ハロゲン(フッ素、塩素、臭素およびヨウ素など)、アルキル基(メチル基、エチル基、n−プロピル基、イソプロピル基など)、ヒドロキシアルキル基(ヒドロキシメチル基、ヒドロキシエチル基など)、アルコキシ基(メトキシ基、エトキシ基など)ならびにアシル基(ホルミル基、アセチル基、マロニル基、ベンゾイル基など)などが挙げられる。
【0016】
本発明のペプチド修飾体には、LeuまたはIleの官能基が適当な保護基によって保護されているものも含まれる。このような目的に使用される保護基としては、アシル基、アルキル基、単糖、オリゴ糖、多糖などを用いることができる。このような保護基は、保護基を結合させるペプチド部位や使用する保護基の種類などに応じて、アミド結合、エステル結合、ウレタン結合、尿素結合などによって連結される。
【0017】
本発明のペプチド修飾体の更なる例としては、糖鎖の付加による修飾が施されているものを挙げることができる。また、N末端またはC末端が他の原子などで置換されることによってアルキルアミン、アルキルアミド、スルフィニル、スルフォニルアミド、ハライド、アミド、アミノアルコール、エステル、アミノアルデヒドなどに分類される各種ペプチド誘導体も本発明のペプチド修飾体に含まれる。なお、以上で説明した各種の修飾方法を組み合わせることによって構成されるペプチド修飾体も、本発明のペプチド修飾体に含まれる。
【0018】
本発明のLeuおよびIleからなるペプチドまたはその修飾体には、上記ペプチドおよび上記ペプチド修飾体の塩またはその水和物も含まれる。上記の塩は薬学的に許容可能な限りその種類は特に限定されず、塩酸、リン酸、硫酸、硝酸、ホウ酸などとの塩(無機酸塩)や、ギ酸、酢酸、乳酸、フマル酸、マレイン酸、酒石酸、クエン酸などとの塩(有機酸塩)をその例として挙げることができる。これらの塩の調製は慣用手段によって行なうことができる。
【0019】
本発明における意欲向上剤としては、LeuおよびIleからなるペプチドまたはその修飾体を含む医薬組成物またはダイエタリーサプリメントが挙げられる。ダイエタリーサプリメントとしては、医薬品と同様の形状を有するが薬事法上医薬品に属さない経口用製剤、または有効成分を食品に添加したものが挙げられる。すなわち本発明は、LeuおよびIleからなるペプチドまたはその修飾体を有効成分とする医薬組成物またはダイエタリーサプリメントに該当する。
【0020】
本発明において医薬組成物とは、本発明の有効成分に医薬品製剤基剤として通常用いられる担体、例えば賦形剤、崩壊剤、滑沢剤、緩衝剤、結合剤、乳化剤、懸濁化剤、無痛化剤、安定剤、保存剤、防腐剤、生理食塩水などを加えたものを表し、剤型としては錠剤、散剤、細粒剤、顆粒剤、カプセル剤、シロップ剤、注射剤、外用剤、および坐剤などが挙げられる。賦形剤としては乳糖、デンプン、ソルビトール、D-マンニトール、白糖などを用いることができる。崩壊剤としてはデンプン、カルボキシメチルセルロース、炭酸カルシウムなどを用いることができる。緩衝剤としてはリン酸塩、クエン酸塩、酢酸塩などを用いることができる。乳化剤としてはアラビアゴム、アルギン酸ナトリウム、トラガントなどを用いることができる。結合剤としては、プルラン、アラビアゴム、ゼラチン、デンプンなどを用いることができる。滑沢剤としてはステアリン酸マグネシウム、メチルセルロース、ケイ酸マグネシウムを用いることができる。懸濁化剤としてはモノステアリン酸グリセリン、モノステアリン酸アルミニウム、メチルセルロース、カルボキシメチルセルロース、ヒドロキシメチルセルロース、ラウリル硫酸ナトリウムなどを用いることができる。無痛化剤としてはベンジルアルコール、クロロブタノール、ソルビトールなどを用いることができる。安定剤としてはプロピレングリコール、ジエチリン亜硫酸塩、アスコルビン酸などを用いることができる。保存剤としてはフェノール、塩化ベンザルコニウム、ベンジルアルコール、クロロブタノール、メチルパラベンなどを用いることができる。防腐剤としては塩化ベンザルコニウム、パラオキシ安息香酸、クロロブタノールなどを用いることができる。
【0021】
本発明における、ダイエタリーサプリメント経口製剤とは、本発明の有効成分に栄養食品製剤基剤として通常用いられる担体、例えば賦形剤、崩壊剤、乳化剤、安定剤、滑沢剤、緩衝剤、香料などを加えたものを表し、剤型としては錠剤、散剤、細粒剤、顆粒剤、カプセル剤が挙げられる。また、本発明の有効成分を食品に添加したダイエタリーサプリメントとしては、本発明の有効成分を用いて常法により製造した、栄養飲料、清涼飲料、ゼリーなどが挙げられる。
【0022】
LeuおよびIleからなるペプチドは、公知のペプチド合成法(例えば固相合成法、液相合成法)によって製造することができる。但し、本発明のLeuおよびIleからなるペプチドが天然に存在する場合には、抽出、精製などの操作によってそれを調製することもできる。本発明のLeuおよびIleからなるペプチドの取得源としては例えば、動物細胞(ヒトを含む)、植物細胞、体液(血液、尿など)などが考えられる。
【0023】
更に微生物、酵素などを用いたジペプチドの効率の良い生産方法が知られており(WO2004−058960)、上記公報に開示された製法に従いLeuおよびIleからなるジペプチドを効率的に製造することができる。更にLeuおよびIleからなるペプチドの修飾体は、常法により製造することができる。
【0024】
LeuおよびIleからなるペプチドまたはその修飾体を有効成分とする医薬組成物もしくはダイエタリーサプリメント経口製剤は、得られたLeuおよびIleからなるペプチドまたはその修飾体を主活性成分として用いて、常法に従い製造することができる。
【0025】
製剤化する場合には、製剤上許容される他の成分(例えば、担体、賦形剤、崩壊剤、緩衝剤、乳化剤、結合剤、滑沢剤、懸濁化剤、無痛化剤、安定剤、保存剤、防腐剤、生理食塩水など)をLeuおよびIleからなるペプチドまたはその修飾体に含有させて所望の製剤を製造することができる。賦形剤としては乳糖、デンプン、ソルビトール、D-マンニトール、白糖などを用いることができる。崩壊剤としてはデンプン、カルボキシメチルセルロース、炭酸カルシウムなどを用いることができる。緩衝剤としてはリン酸塩、クエン酸塩、酢酸塩などを用いることができる。乳化剤としてはアラビアゴム、アルギン酸ナトリウム、トラガントなどを用いることができる。結合剤としては、プルラン、アラビアゴム、ゼラチン、デンプンなどを用いることができる。滑沢剤としてはステアリン酸マグネシウム、メチルセルロース、ケイ酸マグネシウムを用いることができる。懸濁化剤としてはモノステアリン酸グリセリン、モノステアリン酸アルミニウム、メチルセルロース、カルボキシメチルセルロース、ヒドロキシメチルセルロース、ラウリル硫酸ナトリウムなどを用いることができる。無痛化剤としてはベンジルアルコール、クロロブタノール、ソルビトールなどを用いることができる。安定剤としてはプロピレングリコール、ジエチリン亜硫酸塩、アスコルビン酸などを用いることができる。保存剤としてはフェノール、塩化ベンザルコニウム、ベンジルアルコール、クロロブタノール、メチルパラベンなどを用いることができる。防腐剤としては塩化ベンザルコニウム、パラオキシ安息香酸、クロロブタノールなどを用いることができる。
【0026】
これらの製剤基剤を用いて常法により錠剤、散剤、細粒剤、顆粒剤、カプセル剤、シロップ剤、注射剤、外用剤、および坐剤など所望の剤型を製造することができる。
【0027】
またLeuおよびIleからなるペプチドまたはその修飾体を添加して、常法により栄養飲料、清涼飲料、ゼリーなど、栄養食品を製造することができる。
【0028】
このように製剤化した本発明のLeuおよびIleからなるペプチドまたはその修飾体を有効成分とする意欲向上剤は、その形態に応じて経口投与または非経口投与(静脈内、動脈内、皮下、筋肉、腹腔内注射など)によって患者に適用され得る。本発明の薬剤中における有効成分(LeuおよびIleからなるペプチドまたはその修飾体)の含量は一般に剤型によって異なるが、注射剤などの液体製剤の場合は、例えば約0.001重量%〜約10重量%、好ましくは0.01重量%〜約3重量%、とりわけ好ましくは0.1重量%〜約1重量%であり、錠剤などの固形製剤の場合は0.1重量%〜約90重量%、好ましくは1重量%〜約50重量%、とりわけ好ましくは3重量%〜約30重量%である。
【0029】
本発明により、LeuおよびIleからなるペプチドまたはその修飾体を、意欲低下の予防または治療を必要とする患者に投与する、意欲低下の予防および治療方法が提供される。本発明の方法は、うつ症状と異なる意欲低下の予防および治療に有効である。
【0030】
本発明において「うつ症状と異なる意欲低下」とは、意欲、すなわち何かの行為を実行するか、あるいはその実行を止めようとする意識的な衝動の低下であって、「うつ」および「うつ病」のいずれにも起因しないものを意味し、例えば加齢、閉経、疲労またはストレスによる意欲低下が挙げられる。このような意欲低下は、通常投与される抗うつ剤を投与しても改善されないことが多い。なお、うつ症状に対して通常投与される抗うつ剤としては、例えばモノアミン酸化酵素阻害剤(セレギリンなど)、三環系抗うつ剤(アミトリプチリン、イミプラミン、クロミプラミン、トリミプラミン、ノルトリプチリン、アモキサピン、ドスレピンおよびロフェプラミンなど)、四環系抗うつ剤(マプロチリン、ミアンセリンおよびセチプチリンなど)、トリアゾロピリジン系抗うつ剤(トラゾドンなど)、選択的セロトニン再取り込み阻害剤(フルボキサミン、パロキセチン、セルトラリン、フルオキセチン、シタロプラムおよびエスシタロプラムなど)、セロトニン・ノルアドレナリン再取り込み阻害剤(ミルナシプラン、ヴェンラファキシン、デュロキセチンおよびネファゾドンなど)、ドパミン・ノルアドレナリン再取り込み阻害剤(ブプロピオン)、ならびにその他の抗うつ剤(スルピリド、リチウム塩およびNaSSaなど)が挙げられる。これらの中でも代表的な抗うつ剤としては、三環系抗うつ剤、四環系抗うつ剤、トリアゾロピリジン系抗うつ剤、選択的セロトニン再取り込み阻害剤ならびにセロトニン・ノルアドレナリン再取り込み阻害剤が挙げられる。LeuおよびIleからなるペプチドまたはその修飾体は、これらのうちのいずれかの抗うつ剤を投与しても改善されない意欲低下の予防および治療に有効である。
【0031】
本発明の治療方法または予防方法は、LeuおよびIleからなるペプチドまたはその修飾体を有効成分として含む製剤を生体に投与するステップを含む。投与経路は特に限定されず例えば経口、静脈内、皮内、皮下、筋肉内、腹腔内、経皮、経粘膜などを挙げることができる。薬剤の投与量は症状、患者の年齢、性別、および体重などによって異なるが、当業者であれば適宜適当な投与量を設定することが可能である。例えば、Leu-Ileを有効成分として含む製剤を使用する場合には、成人(体重約60kg)を対象として1日当たりの有効成分量が約0.1〜約3000mg、好ましくは約1mg〜約2000mg、とりわけ好ましくは約3mg〜約1000mg、となるよう投与量を設定することができる。投与スケジュールとしては例えば1日1回〜数回、2日に1回、あるいは3日に1回などを採用できる。
【0032】
本発明のLeuおよびIleからなるペプチドまたはその修飾体を有効成分とする製剤を投与することを含むうつ症状と異なる意欲低下の予防方法とは、うつ症状と異なる意欲低下を発現していない成人が、うつ症状と異なる意欲低下が発現するのを防ぐために、予防的にLeuおよびIleからなるペプチドまたはその修飾体を有効成分とする製剤を服用することを示す。また、本発明のLeuおよびIleからなるペプチドまたはその修飾体を有効成分とする製剤を投与することを含むうつ症状と異なる意欲低下の治療方法とは、うつ症状と異なる意欲低下の症状を発現した患者に対して、それらの進行を抑制または改善するために投与することを示す。投与スケジュールの設定においては、患者の病状や薬剤の効果持続時間などを考慮することができる。
【0033】
本発明はさらに、抗うつ剤と同時にまたは連続して投与するための、LeuおよびIleからなるペプチドまたはその修飾体を有効成分とする意欲向上剤に関する。LeuおよびIleからなるペプチドまたはその修飾体を有効成分とする意欲向上剤を抗うつ剤と併用することで、うつ症状に伴う意欲低下とうつ症状と異なる意欲低下の両方を予防または治療することができる。ここで「抗うつ剤と同時にまたは連続して投与する」とは、例えば、本発明の意欲向上剤と抗うつ剤とを同時に、あるいは一定の時間を空けて任意の順序で連続的に患者に投与することを意味する。その場合、本発明の意欲向上剤と抗うつ剤の投与形態は同じであっても異なっていてもよい。本発明の意欲向上剤と併用する抗うつ剤としては、モノアミン酸化酵素阻害剤(セレギリンなど)、三環系抗うつ剤(アミトリプチリン、イミプラミン、クロミプラミン、トリミプラミン、ノルトリプチリン、アモキサピン、ドスレピンおよびロフェプラミンなど)、四環系抗うつ剤(マプロチリン、ミアンセリンおよびセチプチリンなど)、トリアゾロピリジン系抗うつ剤(トラゾドンなど)、選択的セロトニン再取り込み阻害剤(フルボキサミン、パロキセチン、セルトラリン、フルオキセチン、シタロプラムおよびエスシタロプラムなど)、セロトニン・ノルアドレナリン再取り込み阻害剤(ミルナシプラン、ヴェンラファキシン、デュロキセチンおよびネファゾドンなど)、ドパミン・ノルアドレナリン再取り込み阻害剤(ブプロピオン)、ならびにその他の抗うつ剤(スルピリド、リチウム塩およびNaSSaなど)が挙げられる。
【0034】
また本発明は、LeuおよびIleからなるペプチドまたはその修飾体ならびに抗うつ剤を同時にまたは連続して投与することを含む、意欲低下の予防または治療方法に関する。
【0035】
本発明はさらに、上述したような意欲向上剤の製造における、LeuおよびIleからなるペプチドまたはその修飾体の使用に関する。LeuおよびIleからなるペプチドまたはその修飾体としては、Leu-Ileまたはその修飾体、特にLeu-Ileが好ましい。
【0036】
本発明の意欲向上作用は、以下の試験例に記載するように、BDNF欠損マウスを用いたオープンフィールド試験(Pelleymounter et al. J Pharmacol Exp Ther. 302(1), 145-152, 2002)により確認することができる。BDNF欠損マウスが意欲低下モデルとして利用可能であることは、今回本発明者らが初めて明らかにした知見である。意欲低下にはうつ症状に伴うものが知られているが、以下の比較試験例に記載するように、今回試験に用いたBDNFへテロ欠損マウスでは、連続負荷を与える前の強制水泳試験結果を野生型と比較しても差異はなく、連続負荷を与える前ではうつ症状が認められなかった。そのため、BDNFヘテロ欠損マウスにおける意欲低下は、うつ症状に伴う意欲低下とは明確に区別されるものである。また、BDNFへテロ欠損マウスでは、Leu-Ileの投与による抗うつ作用、および海馬BDNF産生促進作用も認められていないことから、本発明の意欲向上作用は、抗うつ作用と作用およびメカニズムが明確に異なることがわかった。以下に、本発明の実施例、Leu-Ileの意欲向上作用を調べた試験例(試験1)、および比較試験例(試験2)を示す。
【実施例】
【0037】
[試験1]BDNFヘテロ欠損マウスによるLeu-Ileの意欲向上作用の評価
雄性C57BL系の野生型マウス(体重30-45g、5-6ヶ月齢、日本SLC社)13匹、およびBDNFへテロ欠損マウス(体重40-50g、5-6ヶ月齢、The Jackson Laboratory社 (600 Main Street, Bar Harbor, Maine 04609 USA))8匹をそれぞれ2群の計4群に分け、生理食塩水もしくはLeu-Ile(150μmol/Kg)を、1日1回29日間にわたり皮下投与した。29日目の投与直後に、マウスを1匹ずつ円形オープンフィールド装置(直径50cm、高さ40cm)の中央に入れ、5分間の自由行動をビデオで撮影した。画像解析により、底面24区画のうち、中央の16区画に滞在した時間(内側滞在時間)を測定した。また目視で5分間の立ち上がり回数を記録し、群間で比較した。分散分析による統計解析を行い(有意水準5%未満で有意差ありと判定した)、Leu-Ileの意欲向上作用を測定した。
【0038】
内側滞在時間の結果を図1に、立ち上がり回数の結果を図2に示した。野生型マウスと比べ、BDNFへテロ欠損マウスでは、内側滞在時間と立ち上がり回数の有意な減少が観察され、明らかな意欲の低下が認められた。しかしながらBDNF欠損マウスにLeu-Ileを投与した群では、生理食塩水を投与した群と比べ、内側滞在時間と立ち上がり回数の有意な増加が認められた。これらのことからLeu-Ileは意欲向上作用を有することが明らかとなった。
【0039】
[試験2]BDNFヘテロ欠損マウスにおけるLeu-Ileの抗うつ作用の評価
雄性C57BL系の野生型マウス(体重30-45g、5-6ヶ月齢、日本SLC社)21匹、およびBDNFへテロ欠損マウス(体重40-50g、5-6ヶ月齢、The Jackson Laboratory社 (600 Main Street, Bar Harbor, Maine 04609 USA))20匹をそれぞれ2群(生食またはLeu-Ile投与群)の計4群に分け、1日1回6分間、水温25℃、深さ15cmの円筒状水槽内で遊泳させ、6分間のうち最初の1分間を除いた5分間の観察時間中に泳いだ時間を、赤外線検出装置によって測定した。この数値を観察時間300秒から引いた値を無動時間とした。1日1回の強制水泳直後に、生理食塩水(生食)もしくはLeu-Ile(750μmol/Kg)を、経口ゾンデを用いて経口投与した。2週間にわたり強制水泳および投与を行った。投与14日目の無動時間を試験開始前の値で割り、各群の試験開始前の値の平均値を1で示し、無動時間比とした。試験終了後、ネンブタール深麻酔下で解剖を行い、海馬を採取し、液体窒素で急速凍結した。各個体の海馬組織より総RNAを抽出した後、BDNF遺伝子のプライマーを用い、リアルタイムPCRによるmRNAの定量を実施した(Light Cycler ST300, Roche社)。BDNF遺伝子発現量は、BDNF遺伝子のmRNA量をGAPDH mRNA量(内部標準)で割り、野生型マウスの生食投与群の平均値を1として示した。分散分析あるいはStudent's t-testによる統計解析を行い(有意水準5%未満で有意差ありと判定した)、Leu-Ileの抗うつ作用および海馬BDNF産生促進作用を測定した。
【0040】
試験開始前の、野生型およびBDNFへテロ欠損マウスの、無動時間の結果を図3に示した。BDNFへテロ欠損マウスでは、野生型マウスと比較して無動時間に差がなく、うつ症状は認められなかった。
【0041】
次に、投与14日目の無動時間比の結果を図4に示した。14日間の強制水泳により、野生型とBDNF欠損マウスのいずれにおいても、生食投与群の無動時間比が1を超えており、明らかなうつ症状が認められた。また野生型マウスでは、生食投与群と比べて、Leu-Ile投与群で無動時間比が有意に低い値を示しており、Leu-Ileの抗うつ効果が認められた。しかしながら、BDNFへテロ欠損マウスでは、両群間で無動時間比に差がなく、Leu-Ileの抗うつ効果は認められなかった。
【0042】
投与14日後の海馬BDNF遺伝子発現量の結果を図5に示した。野生型マウスの生食投与群と比べ、BDNFへテロ欠損マウスの生食投与群では遺伝子発現量が有意に低下していた。さらにBDNFへテロ欠損マウスにおいては、生食投与群とLeu-Ile投与群との間に差は認められなかった。野生型マウスに認められたLeu-Ileの抗うつ効果は海馬BDNF産生促進作用によるものと考えられるが、BDNFへテロ欠損マウスにはLeu-Ile投与による海馬BDNF産生促進作用はみられないことがわかった。この結果から、試験1でみられたBDNFへテロ欠損マウスにおけるLeu-Ileによる意欲向上作用は、抗うつ作用とは別の作用機序によるものであることがわかった。
【0043】
以下に、本発明の実施例を示す。
[実施例1]錠剤
常法により、次の組成からなる錠剤を調製する。
【0044】
【表1】

【0045】
[実施例2]注射剤
常法により、次の組成からなる注射剤を調製する。
【0046】
【表2】

【0047】
[実施例3]ダイエタリーサプリメント錠剤
常法により、次の組成からなるダイエタリーサプリメント錠剤を調製する。
【0048】
【表3】

【産業上の利用可能性】
【0049】
本発明は、うつ症状とは異なる意欲低下の予防および治療を目的とした医薬組成物やダイエタリーサプリメント用栄養組成物として、医薬、食品分野において利用可能である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
LeuおよびIleからなるペプチドまたはその修飾体を含む意欲向上剤。
【請求項2】
LeuおよびIleからなるペプチドまたはその修飾体が、Leu-IleまたはLeu-Ileの修飾体である、請求項1に記載の意欲向上剤。
【請求項3】
LeuおよびIleからなるペプチドまたはその修飾体がLeu-Ileである、請求項1に記載の意欲向上剤。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【公開番号】特開2010−265224(P2010−265224A)
【公開日】平成22年11月25日(2010.11.25)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−118772(P2009−118772)
【出願日】平成21年5月15日(2009.5.15)
【出願人】(308032666)協和発酵バイオ株式会社 (41)
【出願人】(504139662)国立大学法人名古屋大学 (996)
【Fターム(参考)】