説明

感作性物質のインビトロ評価法

【課題】感作性物質の新規な評価方法の提供。
【解決手段】S9分画及びミクロソーム分画からなる群から選択される代謝酵素材料を被験物質及び補酵素と混合し、反応させることにより、当該被験物質又はその代謝物を代謝酵素材料のタンパク質成分に結合させ、当該代謝酵素材料のタンパク質成分に存在するSH基の量を測定することを特徴とする、感作性物質のインビトロ評価方法又はスクリーニング方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、感作性物質のインビトロ評価法に関する。
【背景技術】
【0002】
香粧品原料の開発において、感作性の評価は非常に重要である。近年、EU化粧品指令第7次改正などに伴い感作性試験代替法が強く望まれており、その開発をめざして様々な検討が行われている。
【0003】
感作反応を示す化学物質のうち主要なものは分子量1000以下のハプテンである。一般にハプテンは皮膚に存在するタンパク質と結合し、それがランゲルハンス細胞などの抗原提示細胞により取り込まれ、プロセッシングの段階を経て、最終的にT細胞へ抗原提示される。したがって、ハプテンが感作性を示すためにはまずタンパク質と結合する必要があり、この部分のメカニズムに立脚した感作性試験代替法が考えられる。
【0004】
ペプチド結合性、タンパク結合性を指標とした皮膚感作性試験評価法はすでに報告されている。穂谷らは、ハプテンとの結合に関与することが知られているシステイン残基、ヒスチジン残基をそれぞれ含む2種のヘキサペプチドAPH(C)、APH(H)をキャリアとして用い、被験物質のペプチド結合性をHPLCにより測定した。そして、インビトロとインビボの対応性を調べ、感作性試験代替法としての可能性を検討したところ、試験した感作性物質18種のうち11種がAPH(C)、7種がAPH(H)との結合性を示し、いずれかのキャリアペプチドと結合性を示したのは12種であった。
【0005】
その他、Gerberick, G.F., らやAynur O., らもペプチド結合性を指標とした皮膚感作性試験評価法を報告する。
【0006】
【非特許文献1】穂谷昌利ら、第19回日本動物実験代替法学会講演要旨集、 p. 114, 2005
【非特許文献2】Gerberick G.F., et al., Toxicological Sciences 81(2004) 332-343
【非特許文献3】Aynur O., et al., Toxicology in Vitro 20(2006) 239-247
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
上述のとおり、ペプチド結合性、タンパク結合性を指標とした皮膚感作性試験評価法はすでに報告されている。しかしながら、これらいずれの評価方法も、皮膚内の代謝酵素で代謝されて、皮膚内に存在するペプチドやタンパク質に結合する物質を捉えているものではないため、インビボで感作性の報告のある物質を十分に捉えきれず、不十分な感度であった。本発明は、化学物質の皮膚感作性を、煩雑な動物実験を行うことなく、少量の被験物質で、簡便かつ迅速に、しかも高感度で評価する方法を提供するものである。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者らは、上記の目的を達成するため、種々検討した結果、代謝されて代謝酵素材料自体に結合する物質を、その代謝酵素材料自体が有する遊離官能基、好ましくは遊離SH基を測定することにより、これまで偽陰性を示していた感作性物質を捉えることができることを見出した。
【0009】
従って、本願は以下の発明を包含する。
(1)S9分画及びミクロソーム分画からなる群から選択される代謝酵素材料を被験物質及び補酵素と混合し、反応させることにより、当該被験物質又はその代謝物を代謝酵素材料のタンパク質成分に結合させ、当該代謝酵素材料のタンパク質成分に存在するSH基の量を測定することを特徴とする、感作性物質のインビトロ評価方法又はスクリーニング方法。
(2)補酵素を添加しない試験系のSH基の量から補酵素を添加した試験系のSH基の量を減算することにより、代謝されて酵素材料に結合した被験物質の量を求める、(1)の方法。
(3)前記補酵素がNADPH又はNADPH生成系である、(1)又は(2)の方法。
(4)前記S9分画とミクロソーム分画の代謝酵素材料は、ラット、マウス、ヒトの肝臓又は皮膚を起源とし、代謝酵素を分画、精製したもの又はこれらと同等の化学構造をもつものである、(1)〜(3)のいずれかの方法。
(5)前記SH基を5,5’−ジチオビス(2−ニトロ安息香酸)(DTNB)を用いて測定する、(1)〜(4)のいずれかの方法。
【発明の効果】
【0010】
本発明により、インビトロによる感作性物質評価方法の精度を一層向上させることが可能となる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0011】
本発明に従うと、代謝酵素材料を被験物質や補酵素などと共に混合して試験系を調製し、被験物質の代謝及びタンパク質への結合反応を起こさせた後に、代謝酵素材料に存在するSH基などの官能基を、官能基の量を測定する試薬を用いて定量する。
【0012】
本発明により感作性物質であると判定できる物質は、ヒト又はマウス、モルモット等の動物に対し感作性を示す物質であり、無機化合物、有機化合物、合成物、半合成物、天然物等のあらゆる物質であってよく、特に限定されるものではない。
【0013】
代謝酵素材料としては肝臓のS9分画やミクロソーム分画が特に好ましく使用される。S9分画は肝臓ホモジネートの9,000xg遠沈後の上清液である肝組織画分(肝S9)である。S9分画はヒトを含む温血動物由来のものであればよく、特に限定されるものではないが、好ましくはヒト、ラット、マウス、モルモット、ウサギ、ウシ、ブタ、ヤギ、などに由来する。
ミクロソーム分画はS9分画を105,000xgで遠心した沈殿物に塩化カリウム水溶液を加えて懸濁したものである。肝S9分画、ミクロソーム分画は市販されている。なお、代謝酵素材料はこれらに限定されるものではなく、精製度を更に高めたものを用いることができる。更に、これらと同等の化学構造をもつ代謝酵素を、例えば遺伝子工学的に作ったものについても用いることができる。
【0014】
代謝酵素材料の補酵素としては、NADPH、又はNADPH生成系(即ち、グルコース6−リン酸、NADP、塩化マグネシウム、グルコース6−リン酸脱水素酵素を混合したもの)が使用できる。また、NADHなど反応を促進する物質を添加してもよい。好ましくは、NADPHである。
【0015】
被験物質の代謝及びタンパク質への結合反応は、代謝酵素材料、被験物質及び補酵素の混合物である試験系を、例えば室温程度の温度で適当な時間、例えば10分〜24時間、好ましくは30分〜5時間、より好ましくは2時間程度インキュベーションすることで行う。試験系は適当な緩衝液、例えばリン酸緩衝液(pH7.4)中に調製することができる。被験物質が水溶性である場合には水に溶解させてから試験系に添加する。水に不溶性である場合は例えばジメチルスルホキシドといった有機溶媒に溶解させてから試験系に添加することができる。
【0016】
試験系における代謝酵素材料:被験物質:補酵素の混合比は、ラット肝ミクロソームを酵素材料とした場合、ミクロソーム1mg/mLに対し、被験物質4mM、NADPH5mM程度で測定が可能である。
【0017】
このように試験系をインキュベーションすることで、感作性を有する被験物質は直接代謝酵素材料に結合するか、又は代謝酵素材料により適宜代謝され、その代謝物が代謝酵素材料の酵素タンパク質成分上の代謝物結合性官能基に結合する。一方、感作性を有しない被験物質はそれ自体も代謝物も代謝酵素材料に結合することはない。その結果、試験系に感作性を有する被験物質を添加した場合、代謝酵素材料の酵素タンパク質成分上のSH基のような結合性官能基の量は減少し、一方で試験系に感作性を有しない被験物質を添加した場合、結合性官能基の量は減少しない。
【0018】
定量すべき代謝酵素材料の官能基とは、感作性物質が直接または当該代謝酵素材料により代謝されたものに対して結合性を示す官能基を意味し、SH基、NH2基などが挙げられるが、好ましくはSH基である。SH基の量を測定する場合はDTNB(化学名:5,5'-ジチオビス(2-ニトロ安息香酸))などを用い、呈色させることで定量する。
補酵素NADPHを添加しない試験系のSH基の量からNADPHを添加した試験系のSH基の量を減算することにより、代謝されて酵素材料に結合した被験物質の量を求める。このことにより、従来捉えることのできなかった代謝されてタンパク質に結合する感作性物質を簡便に捉えることができ、より感度の高い皮膚感作性評価法が提供できる。
【実施例】
【0019】
実施例により本発明を具体的に説明する.
ミクロソーム分画をキャリアとしたタンパク結合性試験
代謝酵素材料であるラット肝ミクロソーム分画をキャリアタンパクとして用い、キャリアタンパクのSH基の定量により、代謝されてタンパク結合性を示す感作性物質を捉える測定系とした。
1M リン酸緩衝液(pH7.4)、25μL
100mM被験物質の媒体溶液あるいは媒体、10μL
ミクロソーム(タンパク質濃度10mg/mL)あるいは蒸留水、25μL
50mM NADPH 25μL
蒸留水165μL
【0020】
これらの物質を96穴ポリプロピレンマイクロプレートウェル内に取った。被験物質は蒸留水に100mMとなるように溶解させるか、あるいは水に不溶の場合はジメチルスルホキシドを用いて調製した。被験物質、ミクロソーム及び補酵素であるNADPHの3者が共存する試験系を代謝導入系とした。37℃で2時間、インキュベートした後、1mM DTNBメタノール溶液を100μL添加して呈色させた。DTNB溶液の代わりにメタノールで同様に操作したものを対照とした。各ウェルは1.5mLチューブに移し、15000×g、4℃で10分間遠心処理し、上清200μLを用いて吸光度を測定した。遊離SH基量は、マイクロプレートリーダーにより412nmにおける吸光度を求めて算出した。遊離SH基量の計算は以下のように計算した。
遊離SH基量=((MD−ME)−(BD−BE))
Mはミクロソーム添加の場合の、Bはミクロソーム無添加の場合の吸光度を示す。
添字のDはDTNB添加、EはDTNB無添加を示す。
【0021】
「媒体を試験した場合の遊離SH基量」に対する「被験物質を試験した場合の遊離SH基量」の百分率(%)を取って、代謝導入系における被験物質のSH基への結合の指標とした。なお、補酵素であるNADPHを試験系に添加せずに同様に試験したものを代謝非導入系における被験物質のSH基結合の指標とした。遊離SH基量を10%以上かつ有意に低下させた場合に結合性陽性と評価した。
【0022】
本発明の方法と従来技術の方法との比較
本発明の方法と従来技術による2種のペプチド結合性試験の結果を比較した。
予測すべき対象はインビボでの感作性である。インビボでの感作性はマウスを用いるLLNA(局所リンパ節試験)法とヒトにおける皮膚アレルギーの臨床報告の有無から求めた。
LLNA法は、マウスの耳介に被験物質を3日間連続塗布し、開始後6日目に3H-チミジンを尾静脈内へ投与し、5時間後に摘出したリンパ節より調製したリンパ球懸濁液の放射活性を測定する。溶媒対照群の3倍以上の放射活性が得られた時に陽性と判定した。LLNA法における陽性の結果とヒトでの臨床報告のいずれかがある場合をインビボ陽性とした。
【0023】
【表1】

ペプチド結合性試験(1)は、Gerberickらの報告によると、グルタチオン、リジンペプチド(Ac-RFAAKAA-COOH)、システインペプチド(Ac-RFAACAA-COOH)、ヒスチジンペプチド(Ac-RFAAHAA-COOH)の4種のペプチドへの結合性をHPLCで測定する方法である。被験物質を添加せずにインキュベーションした後のペプチド量と比較して、添加した場合のペプチド量が10%以上減少した場合に、結合性を陽性とした。4種のペプチドのいずれかが陽性を認めた時に陽性とする組合せでの評価も考慮した。
【0024】
また、ペプチド結合性試験(2)は、穂谷ら前掲の報告に基づき、APH(C) (H-FTLCFR-NH2)、APH(H) (H-FTLHFR-NH2)の2種のペプチドへの結合性をHPLCで測定する方法である。被験物質とキャリアペプチドのインキュベーションの後に、キャリアペプチドや被験物質に由来するピークと異なる新しいピークが出現した場合を陽性とした。2種のペプチドでいずれかに陽性が認められた時を陽性とする組合せでの評価とした。
本発明の方法によると、インビボで感作性の認められる8種のうち6種は、代謝を導入しない場合において本発明の方法で捉えることができた。一方、4-(ベンジルオキシ)フェノール、ε-カプロラクタムの2種の感作性物質は、従来の試験(ペプチド結合性試験(2))で陰性を示したが、本発明の代謝を導入した方法で陽性が認められた。これらは代謝されてタンパク質に結合すると考えられ、本発明の方法は従来の方法よりも高いインビボとの対応性及び検出力を持つことが確認された。また非感作性物質では、代謝の導入、非導入に関わらず本発明の方法で陰性が認められ、インビボとの対応が認められた。メタクリル酸 2-ヒドロキシプロピルは、キャリアまたは試験条件の違いによりペプチド結合性が陽性となる場合があることが明らかになったが、本発明の方法ではインビボと対応し、陰性であった。
【図面の簡単な説明】
【0025】
【図1】本発明の方法の結果と従来技術による2種のペプチド結合性試験の結果との比較を示す。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
S9分画及びミクロソーム分画からなる群から選択される代謝酵素材料を被験物質及び補酵素と混合し、反応させることにより、当該被験物質又はその代謝物を代謝酵素材料のタンパク質成分に結合させ、当該代謝酵素材料のタンパク質成分に存在するSH基の量を測定することを特徴とする、感作性物質のインビトロ評価方法又はスクリーニング方法。
【請求項2】
前記補酵素を添加しない前記試験系のSH基の量から前記補酵素を添加した前記試験系のSH基の量を減算することにより、代謝されて前記代謝酵素材料のタンパク質成分に結合した前記被験物質の量を求める、請求項1記載の方法。
【請求項3】
前記補酵素がNADPH又はNADPH生成系である、請求項1又は2記載の方法。
【請求項4】
前記S9分画とミクロソーム分画の代謝酵素材料は、ラット、マウス、ヒトの肝臓又は皮膚を起源とし、代謝酵素を分画、精製したもの又はこれらと同等の化学構造をもつものである、請求項1〜3のいずれか1項記載の方法。
【請求項5】
前記SH基を5,5’−ジチオビス(2−ニトロ安息香酸)(DTNB)を用いて測定する、請求項1〜4のいずれか1項記載の方法。

【図1】
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【公開番号】特開2008−79509(P2008−79509A)
【公開日】平成20年4月10日(2008.4.10)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−260378(P2006−260378)
【出願日】平成18年9月26日(2006.9.26)
【出願人】(000001959)株式会社資生堂 (1,748)
【Fターム(参考)】