説明

感染防止クリーンブース装置

【課題】比較的単純な構成で、患者の浮遊ウイルスや浮遊菌による医師の感染リスクを低減し得る感染防止ブース装置を提供する。
【解決手段】横方向空気流下で該空気流の流れ方向へ間隔をおいて相互に向き合うように配置される患者用椅子および医師用椅子を備え、該医師用椅子が前記患者用椅子よりも前記横方向空気流の上流側に配置される感染防止クリーンブース装置。クリーンブース内には、診察あるいは治療時に医師用椅子に着座する医師に該医師の正面方向がほぼ水平な面上で前記横方向空気流の流れに関して所定の角度を強いるための手段として机が配置されている。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、患者の咳やくしゃみに伴って放出される浮遊結核菌や浮遊ウイルスから医師を保護することを目的として、医療機関、介護福祉施設および歯科診療施設等に設置される感染防止クリーンブース装置に関する。
【背景技術】
【0002】
保菌患者を収容する病室用空調システムが提案されている(例えば、特許文献1参照)。また、インフルエンザウイルスやSARSウイルスを捕捉消滅する空気浄化方法や装置が提案されている(例えば、特許文献2参照)。さらに、化学物質過敏症の診察用ブースが提案されている(例えば、特許文献3参照)。
【0003】
これらによれば、患者の咳やくしゃみに伴って排出される浮遊菌や浮遊ウイルスによる院内汚染を防止することができる。しかし、患者に直接向き合って診察、治療を施す医師を患者の浮遊菌や浮遊ウイルスから保護することはできない。
【0004】
そこで、相互に正対して椅子に着座した医師と患者とを浄化空気流下に置くべく、医師の背後に配置され、HEPAフィルタが組み込まれたクリーンパーティションから医師の背後に向けてほぼ水平方向へ無菌空気流を供給することが提案されている(例えば、非特許文献1参照)。この空気流により、着座した患者が正対する医師に向けて例えば激しく咳き込まない通常の咳をする限り、この咳が正対する医師の口元に直接届くことを防止することができる。
【0005】
【特許文献1】特開2000−257908号公報
【特許文献2】特開2005−648号公報
【特許文献3】特開2005−230035号公報
【非特許文献1】「重症急性呼吸器症候群(SARS)に関する参考資料」、第2頁、b)図、[online] 2006年1月7日、日本エアーテック株式会社、[平成20年9月17日検索]、インターネット〈http://www.airtech.co.jp/frame_products03.htm〉
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
しかし、図9(a)、(b)に示されているように、椅子1に着座した患者2と正対する医師3が、椅子4に着座した姿勢でその背後からほぼ水平な横方向への浄化空気流5を受けると、医師3の上半身の正面に、浄化空気流5が遮られたことによる空気の滞留域6(図9(b)参照)が生じる。
【0007】
この滞留域6は、医師3の正面、特に、喉元および腹部に、浄化空気流5の澱み7a、7b(図9(a)参照)を生じ易い。そのため、患者2の咳が、医師3の口元に向けられていなくとも、この澱み7a、7bに到達すると、医師3の呼吸に伴って医師3がこの咳に含まれるウイルスや菌を吸い込むおそれがあることが判明した。
【0008】
この澱み7a、7bは、さらに、浄化空気流5を患者2の背後から吸込む手段を付加しても、効果的に無くすことはできなかった。そのため、前記した従来技術によれば、患者2から発せられる浮遊ウイルスや浮遊菌から医師3を確実に保護することはできなかった。
【0009】
そこで、本発明の目的は、比較的単純な構成で、患者の浮遊ウイルスや浮遊菌による医師の感染リスクを低減し得る感染防止ブース装置を提供することにある。ここで、感染防止クリーンブース装置とは、クリーンブース、該クリーンブース内に配置される作業台および椅子を含む。
【課題を解決するための手段】
【0010】
先ず、本発明の基本原理を説明する。本願発明者等は、椅子に着座した医師がその背面よりほぼ水平な横方向の空気流を受ける場合、該空気流の流れ方向と医師の正面方向とで構成される角度が所定の角度範囲内にあるとき、医師の正面での滞留域の発生が抑制され、これにより前記した澱みが実質的に消失したことを確認した。
【0011】
より詳細には、本願発明者等は、先ず、図1(a)に示されるように、椅子として回転椅子10を用い、該椅子に着座した医師に見立てたマネキン12を用いて滞留域の発生の有無を判定するための実験を行った。この実験では、後述するクリーンブースの包囲体内に回転椅子10が配置され、該椅子に着座したマネキン12がその背後から横方向すなわちほぼ水平方向の空気流14を受ける状況下で、マネキン12の前記した澱みが生じやすい喉元16aおよび腹部16bに発煙管(図示せず)が配置された。また、前記各発煙管から発生した煙をサンプリング管18でマネキン12の口12aからレーザパーティクルカウンタ20に導き、該レーザバーティクルカウンタで、インフルエンザウイルス粒子に対応する約0.3μm以上の大きさの粒子個数をカウントした。
【0012】
この際、回転椅子10の回転操作により、図1(b)に示すように、水平面と平行な紙面上で、マネキン12の正面方向が空気流14の方向となす角度θ、すなわちマネキン12の左右対称面22と、空気流14との角度θを変化させながら、レーザパーティクルカウンタ20で、喉元16aおよび腹部16bのそれぞれについての1リットル当たりの空気中に含まれる煙粒子の個数をカウントした。このとき、前記角度θが特定の角度範囲で、清浄と考えられる10カウント/リットル未満となった。この角度θは、マネキン12から見て正面左方への角度θが図1(b)に実線で示され、正面右方への角度θが図1(b)に仮想線で示されており、左右で対称的な結果が得られた。このときの空気流14の流速は、そのクリーンブースに設けられる空気吹出し面での平均風速が0.32m/秒以上に設定された。
【0013】
図2の表1には、この実験の測定に基づく判定結果が、医師に見立てたマネキン12の左右の着座角度(±θ度)に応じた喉元16aおよび腹部16bでの澱みの発生の有無として表示されている。表1によれば、医師に見立てたマネキン12は、左右の側でそれぞれ30度以上70度以下の範囲を向いている限り、喉元16aおよび腹部16bからの煙粒子が医師に見立てたマネキン12の口元12aに向かわないことが判明した。その理由は、図9に沿って説明したとおり、体の向きによって空気流の回り込みが少なくなり、空気の滞留域の発生が抑制されるからと考えられる。
【0014】
本願発明者等は、この実験および測定結果から、図1(b)に示されるように、マネキン12の上半身の両側で空気流14に分流14a、14aが生じるものの、滞留域とはならず、したがって、喉元16aおよび腹部16bに澱みが生じることなく、喉元16aおよび腹部16bで発生した煙が分流14a、14aによって下流に流れることから、これが口元12aに向かうことはない、との認定に至った。
【0015】
また、本願発明者等は、医師が水平あるいはほぼ水平な横方向の空気流を背後から受けるとき、該空気流の流れ方向と体の正面とでなす角度がほぼ水平な面上で左右のいずれかの側へ30度以上70度以下の角度範囲内にあるように体を横向けることにより、前記した喉元16aおよび腹部16bでの滞留域による空気流の滞留を防止し、これら滞留域に浮遊するウイルスや菌を医者が自発呼吸によって吸引することを防止することができるとの知見に至った。
【0016】
本発明は、前記した知見に基づき、比較的単純な構成で確実に医師を患者の浮遊ウイルスや浮遊菌の感染から確実に防止できる感染防止ブース装置を提供する。
【0017】
本発明に係る感染防止クリーンブース装置は、少なくとも作業台及び医師用椅子を取り巻く空間を形成する包囲体であって開放口を有する包囲体を備える。前記包囲体は、端壁部および一対の側壁部および天井部を有し、前記端壁部に対向して前記開放口が開放し、前記端壁部または前記天井部には前記包囲体内に前記開放口へ向けての横方向空気流を形成するための空気吹出口が設けられている。前記作業台は、該作業台に向けて前記医師用椅子に着座する医師に該医師の正面方向がほぼ水平な面上で前記横方向空気流の流れに関して該空気流の下流側に位置する患者へ向けて所定の角度を強いるべく前記前記医師用椅子から見て前記一対の側壁部のいずれか一方の側に配置されている。
【0018】
本発明によれば、医師は、前記クリーンブース内の前記作業台に沿って着座することを基本姿勢とする。医師は、水平空気流の下流側に位置する患者の診察あるいは治療のために、医師が座る椅子ごと患者に正面を向けて正対しようとしても、前記作業台が医師用椅子に干渉してこの正対が阻止される。そのため、医師が前記空気流の下流側に位置する患者を診察あるいは治療を施すためには、医師は少なくともその上半身が患者に向くように前記所定の角度内への捩れを誘導されないしは強制される。すなわち、患者に対し斜めに位置取りし、供給される横方向空気流を逃がす姿勢となる。その結果、医師の喉元や腹部での前記空気流による滞留域の発生が防止できる。そのため、患者が医師に向かって例えば咳をすることにより、この咳に含まれるウイルスや菌がたとえ着座した医師の喉元や腹部に到達しても、このウイルスや菌が喉元や腹部に滞留することなく、前記空気流によって円滑にその下流に流れ去る。したがって、医師は前記作業台によって強いられる姿勢を保持して診察や治療を続ける限り、従来のように医師が患者からのウイルスや菌を呼吸と共に吸い込むことはなく、従来に比較して医師の感染リスクを効果的に低減することができる。
【0019】
前記所定角度は、図1(b)に示すように、前記医師の上体の正面が前記横方向空気流の流れ方向へ向けて該方向となす角度θが左右の少なくとも一方の側で30度(θ1)以上70度(θ2)以下の範囲内が好適である。医師がその頭を除く少なくともその上半身の正面をこの角度範囲に保持することにより、前記した滞留域の発生を防止し、前記空気流の澱みによる感染リスクの増大を防止して感染リスクの低減を図ることが可能となる。
【0020】
前記作業台は、前記医師用椅子との干渉によって該医師用椅子の横移動、回転移動または該医師用椅子の座部の回転を規制するに十分な幅を有する。
【0021】
前記作業台として机を用いることができる。この机上でカルテへの必要事項の記入し、また、この机上に聴診器や注射器のような必要な道具を置いておくことができる。この机は、その正面を前記医師用椅子に向けて配置することが望ましい。
【0022】
本発明に係る感染防止クリーンブース装置は、さらに、前記医師用椅子から前記空気流の流れ方向へ間隔をおいて前記医師用椅子に向き合うように配置される患者用椅子を設けることができる。
【0023】
前記医師用机は前記包囲体の一方の前記側壁部に沿って該側壁部に密着して配置することが望ましい。
【0024】
前記患者用椅子は、前記空気流の流れ方向で下流側に位置する前記机の一方の端部の近傍に配置することができる。
【0025】
前記患者用椅子は、拘束手段により、前記机の一方の端部の近傍に拘束することができる。これにより、患者用の椅子の位置の変動に伴う医師の姿勢の変化を防止し、前記した空気流の滞留を安定して防止することができる。
【0026】
本発明に係る前記包囲体は、少なくとも前記医師用椅子を取り巻く空間を形成する。前記包囲体は、例えば六面体(その一面を部屋の床とすることができる)で形成することができ、開放端壁部および一対の側壁部および天井部を有し、前記端壁部に対向して前記開放口が開放する。この開放口に対向する前記端壁部または前記天井部には前記包囲体内に前記開放口へ向けての横方向空気流を形成するための空気吹出口を設けることができる。このような包囲体に代えて、後述するように、建物の躯体壁を包囲体の前記端壁部や一対の側壁部に利用することができる。また、建物の室内に仕切り壁を配置してクリーンブース空間を形成することができる。さらに、前記従来技術の非特許文献1に示されたクリーンパーティションを用いることができる。この場合、前記室内壁と前記仕切り壁との間で形成される空間内へ向けて水平空気流を供給すべく前記仕切り壁の一端と、該一端に対向する前記室内壁との間を横切るように、前記クリーンパーティションが配置される。
【0027】
前記空気吹出口の下縁は、前記クリーンブース装置の床から所定の高さ間隔をおいて形成することができる。
【0028】
前記医師用椅子と患者用椅子との間には、患者の咳が直接医師に向かうことを阻止するための透明な遮蔽手段を設けることができる。
【0029】
激しく咳き込まない通常の咳やくしゃみの飛沫粒子の飛散特性が図3に示されている。図3のグラフの横軸は咳またはくしゃみの発生からの経過時間(sec)を示し、右縦軸および左縦軸は、その飛沫粒子の到達距離(cm)および最大速度(cm/sec)をそれぞれ示す。咳またはくしゃみの飛沫粒子は、それぞれの到達距離の最先端で最大速度が達成される。図3のグラフで特性線AおよびBは、咳に伴うミスト粒子の水平方向到達距離特性およびその最大速度の近似特性をそれぞれ示す。また特性線CおよびDは、くしゃみに伴うミスト粒子の水平方向到達距特性およびその最大速度近似特性をそれぞれ示す。
【0030】
特性線Aで示されているように、通常の咳の飛沫粒子は、その最大到達距離が40cm未満であることから、前記空気流の上流側に位置する医者と前記空気流の下流側に位置する患者との向き合う距離が40cm以上を保持できれば、咳によって該咳に含まれるウイルスや菌が上流側の医師の口元に直接向かっても、医師に吸引されるおそれは減少する。しかしながら、激しく咳き込んだ場合やくしゃみが医師の口元に向かうと、その到達距離の増大によって、医師の感染リスクは増大する。
【0031】
前記遮蔽手段は、このような激しい咳やくしゃみに伴って医師の口元にむかうウイルスや菌を医師から確実に遮断する。
【0032】
前記遮蔽手段は、前記包囲体の天井部分から垂れ下がる可撓性合成樹脂膜からなるカーテンで構成することができる。
【0033】
前記カーテンは、前記包囲体の前記一対の側壁部間を横切って配置され、その下縁は前記クリーンブースの床から所定の間隔をおくことができる。
【0034】
前記カーテンは、第1のカーテン部分と、該第1のカーテン部分の一方の縁部に重なる縁部を有する第2のカーテン部分とで構成することができる。
【0035】
この場合、前記第1のカーテン部分の下縁を前記第2のカーテン部分の下縁よりも上方に位置させることができ、この第1のカーテン部分の下縁を経て医師が治療を施すことにより、カーテンによって治療が妨げられることなく、前記した激しい咳やくしゃみに起因する医師の感染リスクをも低減することができる。
【0036】
少なくとも前記第1のカーテン部分を巻き上げ可能とすることができる。この巻き上げ機構は、従来のブラインドに採用されている巻き上げ機構を採用することができ、これにより前記第1のカーテン部分の下縁を所望の適正な高さ位置に保持することができる。
【0037】
さらに、前記した机に代えて、前記医師用椅子に着座した医師の少なくとも上半身の向きを規制する手段を設けることができる。この規制手段は、前記医師用椅子の近傍に配置され、該医師用椅子に着座する医師の正面方向がほぼ水平な面上で前記横方向空気流の流れに関して所定の角度外にあることを妨げる手段で構成することができる。
【発明の効果】
【0038】
本発明によれば、医師は、前記クリーンブースの医師用椅子に着座することにより、患者の咳に含まれるウイルスや菌が放出されても、このウイルスや菌が医師の喉元や腹部に滞留することない。したがって、患者からのウイルスや菌がこの滞留域から医師の鼻や口の周辺に到達することはないので、医師がこれらを呼吸と共に吸い込むことはなく、従来に比較して医師の感染リスクを効果的に低減することができる。これにより、極めて単純な構成で患者の浮遊ウイルスや浮遊菌による医師の感染リスクを低減することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0039】
本発明に係るクリーンブース30では、医師に向けてほぼ水平の気流を形成する。水平気流の形成には、一旦上から下へ垂直に気流を吹き下ろした後、水平にする方法と、吹き出しの当初から水平に吹き出す方法がある。層流に近い水平流を形成する点では後者が有利であるが、ここでは先ず前者の態様を説明する。クリーンブース30は、図4に示されているように、例えば病院の室内の床32上に設置される。クリーンブース30は、例えば奥行きL、幅W、高さHを有する全体に矩形のフレーム34と、この矩形フレーム34を覆うビニルからなる包囲体36とを備える。この包囲体36には、帯電防止処理を施すことが望ましい。
【0040】
包囲体36は、図示の例では、矩形フレーム34で構成される枠体の天井を覆う長方形の天井部36aと、該天井部の一対の長辺に沿って形成された一対の側壁部36bおよび36bと、天井部36aの一方の短辺に沿って形成された端壁部36cとを備える。前記クリーンブース30の一端を構成する端壁部36cに対向する部分は開放され、これにより、クリーンブース30の他端は、開口部36dで前記室内に開放されている。この例に代えて、一対の前記短辺に沿って一対の側壁部を形成し、一方の前記長辺に沿って端壁部を形成することができる。
【0041】
クリーンブース30の外部には、前記室内の空気を浄化してクリーンブース30内に供給するための空気清浄機38が端壁部36cに沿って配置されている。また、包囲体36の天井部36aには、空気清浄機38から浄化空気の供給を受ける上面ダクト40が形成されており、該上面ダクトには、空気清浄機38からの浄化空気を床32へ向けてほぼ垂直方向へ吹き出すためのメッシュ状あるいはスクリーン状の空気吹出口40aが設けられている。水平流(横方向空気流)の形成には、吹き下ろされる垂直流を方向変換するための抵抗体があることが望ましく、後述するカーテンがこのために好適である。もっとも、空気吹出口40aの直下と後述する医師の着座位置との間で所定の距離をとれば、圧力差により気流は開口部36dに向けて水平に流れる。結果として、垂直に吹き下ろす空気吹出口40aも「横方向空気流を形成するための空気吹出口」になる。
【0042】
空気吹出口40aから白抜き矢印42aで示されているように垂直方向へ吹き出された浄化空気は、床32の近傍で包囲体36の閉鎖端である端壁部36cとは反対側にある開放口である開口部36dへ向けて案内され、これにより、白抜き矢印42bで示されるようなほぼ水平な浄化空気流として、開口部36dを経て前記室内に放出される。
【0043】
図4に示す例では、一対の側壁部36bおよび36bおよび端壁部36cの各下縁と、床32との間には、埃だまりを防止する上で、10cm以下(例えば約5cm)の間隙tが設けられている。しかしながら、端壁部36cと床32との間隙tは、空気清浄機38からの空気の漏れ出しを防止する上で、無くすことが望ましい。また、包囲体36の端壁部36cに代えて、空気清浄機38の外壁面でクリーンブース30の前記一端を閉鎖することができる。
【0044】
クリーンブース30は、図5(a)乃至図5(c)に示されているように、例えば上面ダクト40を除く高さ寸法Hが約2000cm、幅寸法Wが約100cm、奥行き寸法Lが120cmに設定することができる。また、クリーンブース30の天井部36aには、例えば透明なポリ塩化ビニル板から成る明かり採り窓44を設けることができる。
【0045】
空気清浄機38は、図5(b)に示されているように、無停電電源装置38a、該無停電電源装置により作動される送風機38bおよび該送風機によって取り込まれた前記室内の空気を浄化するHEPAフィルタ38cを備える。HEPAフィルタ38cを経た浄化空気は、前記したように、上面ダクト40から垂直空気流42aとしてクリーンブース30内に連続的に吹き出され、水平空気流42bとしてクリーンブース30の開口部36dに向けられる。水平空気流42bの平均吹出し風速は、0.3m/秒以上、好ましくは0.4m/以上に設定される。
【0046】
図6に示す例では、この水平空気流42bが向けられる開口部36dを境にして、クリーンブース30内に医師46が作業台として使用する机47および椅子48が配置され、それよりも水平空気流42bの下流となるクリーンブース30と反対側、すなわちクリーンブース30外に患者50のための椅子52が配置されている。
【0047】
机47は、図6に示すように、一対の側壁部36bおよび36bのうちの一方の側壁部36bに密接するように、該側壁部に沿って配置されている。これにより、机47は、医師用椅子48から見て、前記一方の側壁部36bの側にあり、机47の正面すなわちそこへ向けて着座が予定される面を医師46用の椅子48に向けて、ここでは正面が椅子の着座方向に直交するように配置されている。この机47は、クリーンブース30内で机47の天板の張出寸法Dが椅子48の方向に張り出す。この張出寸法Dは、後述する医師用椅子の横方向の移動や回転を規制する「幅」に相当する。この机47の張出寸法Dは、該机へ向けて医師46が椅子48に着座した姿勢で下流側に位置する患者50に向けての移動を規制する。すなわち、机47の前に患者が位置すると、医師はその斜めに位置する関係となり、診察に際しては身体、少なくとも上半身を患者側に向けることになる。すると、供給される水平流に対し、上述した好適な角度へ身体のポジショニングを誘導されることになる。従って、図6では、回転椅子が図示されているが、脚の固定された椅子を医師に適用しても、本発明は成立する。そして、机47は、椅子48に着座した医師46の床32上での位置の移動も規制する。他方、椅子48を回転椅子とし、例えば椅子48ごと正対するように該椅子を移動させようとした場合には、机47の例えば天板あるいは袖引出しのような一部と椅子48の例えば肘掛けとの干渉によって該椅子の回転が阻止される寸法に設定される。以降、回転椅子を用いる例を説明する。
【0048】
椅子48として、肘掛けが設けられていない椅子の場合、椅子48に着座した医師46の膝と机47との干渉によっても医師46の患者50への向きを規制することができる。また、机47は、座部が回転可能な椅子48に対しても同様に、その回転を規制するに十分な張出寸法Dを有する。
【0049】
医師46は、机47に向けて椅子48に座ることにより、机47上で患者50のためのカルテに必要事項を記入し、あるいは資料に目を向ける等、必要な作業を行うことができる。しかしクリーンブース30内で椅子48の方向に張り出す机47は、椅子48がたとえ座面が回転する回転椅子であったとしても、該机の正面に向けて椅子48に座った医師46がその姿勢から、椅子52に着座した患者50の診察のために、その方向へ例えば椅子48ごと体勢を回転しようとしたとき、前記したような机47と椅子48との干渉により、医師46が背後から受ける水平空気流に対して前記した所定角から外れることを規制される。
【0050】
そのため、机47に向けて椅子48に着座した医師46が水平空気流42bの下流側に位置する椅子52に着座した患者50の診察のために、該患者に向き合うように体勢を回転させようとしても、医師46の少なくとも上半身の向きは、前記した所定角度θ(30度〜70度)になるように強いられる。
【0051】
その結果、医師46は、例えば図6で右後方から水平空気流42bを受けることにより、上半身の正面が前記した所定角度θ(30度〜70度)の間に保持されることから、図1に沿って説明したとおり、水平空気流42bによる滞留空気流の発生が防止される。
【0052】
両椅子48および52は、全体的に前記した水平空気流42bの方向へ整列して配置されており、両椅子48および52に、それらの座面が回転可能ないわゆる回転椅子を用いることができ、これにより両椅子48および52に着座した姿勢で医師46および患者50は相互にわずかな捩りをもって相互に向き合える。
【0053】
また、図6に示すように、椅子48および52は、水平空気流42bの流れ方向に沿って間隔を置いて配置され、この流れ方向に沿った両椅子48および52の間隔は、図3に沿って説明したとおり、椅子52に着座した患者50が椅子48に着座した医師46に向けて通常の咳をした場合に、該咳に伴うミストが直接医師46に到達しない距離を保持するに十分な間隔である約40cm以上に設定される。
【0054】
両椅子48および52は、固定する必要はなく、キャスタ付きを用いることができる。しかし、患者52用の椅子52は、水平空気流42bの流れ方向で下流側に位置する机47の一方の端部47aの近傍に拘束することできる。この拘束のために、例えばチェーンのような連結手段53を用いて椅子52を作業台となる机47に拘束することができる。これにより、患者50の椅子52を机47の前記端部47a近傍に保持できるので、椅子48に着座した医師46がその上半身を机47の端部47a近傍の患者50に向けようとする場合、医師46の上半身の水平空気流42bに関する角度が確実に前記所定角度θ(30度〜70度)内となる。また、椅子52を連結手段53で拘束することにより、患者50がその椅子52ごと医師46に必要以上に近接しないようにすることができる。
【0055】
医師46が、例えば椅子48に着座して、椅子52に着座した患者50を診察あるいは治療する場合、前記したように、クリーンブース30内に配置された机47により、医師46が患者50の方向を向こうとしたとき、その上体が前記した所定角度内にあるように姿勢を強いられることから、図1(b)に沿って説明したとおり、従来生じていた滞留域6の発生が阻止される。
【0056】
したがって、診察あるいは治療中に患者50が医師46に向けて通常の咳をしても、このとき医師46と患者50とが正対していたとしても、この咳のミストが医師46の喉元(16a)や腹部(16b)に滞留することなく、したがって、この滞留域から医師46の鼻や口の周辺に到達することなく水平空気流42bに沿ってその下流に流れる。これにより、この咳のミストを医師46が吸い込むことを防止することができ、その結果、このミストにたとえウイルスや菌が含まれていても、これを吸い込むことによる医師46の感染を防止することができる。
【0057】
医師46は椅子48に着座することなく立った姿勢で椅子52の患者50を診察あるいは治療することができるが、この場合も、医師46は、前記した所定の角度範囲内に体の正面を向けることにより、前記したような患者50からの医師46の感染を防止することができる。
【0058】
診察あるいは治療を受けている患者50が風上に位置する医師46に向けて強い咳やくしゃみを発した場合、この咳やくしゃみによるミストが医師46の口元に直接向かうことがある。
【0059】
このミストが直接的に医師46に向けて飛散することを防止する遮断手段56が、図5(b)および(c)に示すように、椅子48および椅子52間で、水平空気流42bが向けられる開口部36dに設けられている。ここで、図5(b)はクリーンブース30を一方の側壁部36b側から見た図であり、図5(c)はクリーンブース30を開口部36d側から見た図である。医師46は、患者50の正面に対し、その上半身が前記所定の角度範囲内にあるように少なくとも上半身を斜めにした関係で着座している。遮断手段56は、着座した両者46および50の少なくとも上半身の一部間に介在するように、クリーンブース30の天井部36aから床32へ向けて、例えば可撓性合成樹脂膜からなる透明なカーテン56で構成されている。カーテン56は、クリーンブース30の一対の側壁部36bおよび36b間で、少なくとも開口部36dの上半部を横切って配置されており、その下縁は床32から間隔をおく。
【0060】
図5(c)に示す例では、該図で見て左方に配置された第1のカーテン部分56aと、該第1のカーテン部分の右方に配置され、第1のカーテン部分46aの縁部に重なる縁部を有する第2のカーテン部分56bとを備える。第1のカーテン部分56aの下縁は、第2のカーテン部分56bの下縁よりも上方に位置する。
【0061】
第2のカーテン部分56bの下縁と床32との間は、90cm以下とすることが望ましい。また、第1のカーテン部分56aは、該カーテン部分が前記した診察や治療の妨げになることを防止しかつ患者50のくしゃみや強い咳から椅子48に着座した医師46を保護するために、その下縁が床32から、例えば90cmを超え1m未満内の所望の高さまで上方に巻取り可能とすることができる。これにより、患者50の身長に応じて第1のカーテン部分56aの下縁の高さ位置を調整し、該第1のカーテン部分を経て患者50を診ることができる。この巻取装置として、巻取カーテンで従来よく知られた巻取機構を採用することができる。
【0062】
また、前記巻取機構が設けられていない場合、医師46は、必要に応じて、第1のカーテン部分56aに加えて第2のカーテン部分56bをたくし上げることができる。
【0063】
前記したところでは、包囲体36の天井部36aから吹き出された垂直空気流42aが水平空気流42bに方向変換された例について説明した。これに代えて、図7(a)および(b)に示すように、空気清浄機38のHEPAフィルタ38cを経ることにより浄化された空気を包囲体36の端壁部36cから水平空気流42bとしてクリーンブース30内すなわち包囲体36内に供給することができる。図7(a)の例では、空気清浄機38の空気吹出口38dは端壁部36cの上半部に形成されており、前記空気吹出口38dの下縁は床32から間隔をおく。これに代えて、端壁部36cの下半部を含むその全面に空気吹出口38dを形成し、端壁部36cの全面から水平空気流42bを供給することもできる。いずれにしても、水平空気流として層流を形成してその気流の乱れを防止できる点で、端壁部36cから浄化空気を吹き出すことが望ましい。
【0064】
さらに、患者50用の椅子52をクリーンブース30外に配置することに代えて、両椅子48および52をクリーンブース30内に配置することができる。しかしながら、クリーンブース30の小型化のために、前記したように、患者50用の椅子52をクリーンブース30外に配置することが望ましい。
【0065】
前記したところでは、医師用椅子に着座する医師に該医師の正面方向がほぼ水平な面上で前記横方向空気流の流れに関して所定の角度を強いるための作業台として机を用いた。この机に代えて、図8に示すように、つり棚58を用いることができる。図8の(a)は包囲体36の平面図であり、(b)は開口部36d側から見た包囲体36の正面図であり、いずれも図面の簡素化のために椅子48が省略されている。
【0066】
図8(a)および(b)に示すように、つり棚58は、包囲体36の天井部36aに設けられた梁部材60に一端が枢着された懸架部材58aと、該懸架部材に上端が枢着された棚本体58bとを備える。懸架部材58aは、図8(b)に明確に示されているように、一端が梁部材60の中央部に回転可能に支持された上部62a、該上部の下端に一端が連続して該一端から水平方向に伸び、包囲体36の幅Wにおける内寸のほぼ半値の長さ寸法を有する中間部62bおよび該中間部の他端から下方に伸びる下部62cとで構成されるクランク形状を有する。
【0067】
棚本体58bは、懸架部材58aの回転操作により、図8(a)で見て棚本体58bが左方の側壁部36bに当接する左方位置と、右方の側壁36bに当接する図中仮想線で示す右方位置との間で任意に選択することができる。なお、棚本体58bの位置に応じて、第1のカーテン部分56aおよび第2のカーテン部分56bの配置関係が逆になり、また患者50用の椅子52の位置も変化する。
【0068】
図8の例では、棚本体58bの最上面を作業台として使用することができ、また棚本体58b内に棚段64を設け、各段に聴診器や注射器のような道具を収納することができる。
【0069】
図8の例によれば、例えば医師が右利きであるか左利きであるかに応じて、体の捩り方向が右向きあるいは左向きのうちの得意な姿勢で診察や治療が施せるように、作業台の位置を左右のいずれかに適宜選択して使用することができる。
【産業上の利用可能性】
【0070】
本発明は、上記実施例に限定されず、その趣旨を逸脱しない限り、種々に変更することができる。垂直空気流42aは、開口部36dへ向けてわずかに傾斜角をなす縦方向空気流出であっても良く、また水平空気流42bは、床32へ向けてわずかに傾斜する横方向空気流であっても良い。
【図面の簡単な説明】
【0071】
【図1】医師が背面から空気流を受けるときの医師の正面方向および空気流の流れ方向で構成される角度と、澱み域の生成との関係を調べる実験装置の概略図であり、(a)は空気流の流れ方向を向いた状態で形成される喉元および下腹部近傍に発生する澱み域を示す図面であり、(b)は滞留域の消滅と医師の正面方向との角度関係を示す図面である。
【図2】図1に示した実験の測定結果を整理して示す図表である。
【図3】咳およびくしゃみによる粒子の時間の経過と、最大速度および到達距離図との関係を示すグラフである。
【図4】本発明に係るクリーンブースを概略的に示す斜視図である。
【図5】図4に示したクリーンブースの図面であり、(a)は平面図、(b)は正面図、(c)は側面図をそれぞれ示す。
【図6】本発明に係るクリーンブース内の医師用椅子と机との配置例を示す説明図である。
【図7】本発明に係るクリーンブースの他の実施例を示す図5と同様な図面であり、(a)は正面図、(b)は側面図をそれぞれ示す。
【図8】本発明に係るクリーンブースの他の例を示す説明図であり、(a)は平面図、(b)は正面図である。
【図9】従来技術を説明する図面であり、(a)は空気流の流れ方向を向いた状態で形成される喉元および下腹部近傍に発生する澱み域を示す図面であり、(b)は滞留域の発生を示す図面である。
【符号の説明】
【0072】
30 クリーンブース
32 床
36 クリーンブースの包囲体
36a 包囲体の天井部
36b 包囲体の側壁部
36d 包囲体の開放口(開口部)
38d 空気吹出口
47 机(作業台)
48 医師用椅子
52 患者用椅子
56 カーテン(遮断手段)
58 つり棚(作業台)

【特許請求の範囲】
【請求項1】
少なくとも作業台及び医師用椅子を取り巻く空間を形成する包囲体であって開放口を有する包囲体を備え、該包囲体は、端壁部および一対の側壁部および天井部を有し、前記端壁部に対向して前記開放口が開放し、前記端壁部または前記天井部には前記包囲体内に前記開放口へ向けての横方向空気流を形成するための空気吹出口が設けられており、前記作業台は、該作業台に向けて前記医師用椅子に着座する医師に該医師の上半身の正面方向がほぼ水平な面上で前記横方向空気流の流れに関して該空気流の下流側に位置する患者へ向けて所定の角度を強いるべく前記医師用椅子から見て前記一対の側壁部のいずれか一方の側に配置されている感染防止クリーンブース装置。
【請求項2】
前記作業台は、前記医師用椅子との干渉によって該医師用椅子の横移動、回転移動または該医師用椅子の座部の回転を規制するに十分な幅を有する、請求項1に記載の感染防止クリーンブース装置。
【請求項3】
前記作業台は机であり、該机は、その正面を前記医師用椅子に向けて配置されている、請求項2に記載の感染防止クリーンブース装置。
【請求項4】
前記机は前記包囲体の一方の前記側壁部に沿って該側壁部に密着して配置されている、請求項3に記載の感染防止クリーンブース装置。
【請求項5】
さらに、患者用椅子を備え、該患者用椅子は、前記空気流の流れ方向で下流側に位置する前記机の一方の端部の近傍に配置されている、請求項4に記載の感染防止クリーンブース装置。
【請求項6】
前記患者用椅子は、前記医師用椅子から前記空気流の流れ方向へ間隔をおいて前記医師用椅子に向き合うように配置される請求項5に記載の感染防止ブース装置。
【請求項7】
前記患者用椅子は、拘束手段により、前記机の一方の端部の近傍に拘束されている、請求項6に記載の感染防止クリーンブース装置。
【請求項8】
前記空気吹出口の下縁は、前記クリーンブースの床から所定の高さ間隔をおいて形成されている、請求項1または2に記載の感染防止クリーンブース装置。
【請求項9】
前記医師用椅子と患者用椅子との間には、患者の咳が直接医師に向かうことを阻止するための透明な遮蔽手段が設けられている、請求項4に記載の感染防止クリーンブース装置。
【請求項10】
前記遮蔽手段は、前記包囲体の天井部分から垂れ下がる可撓性合成樹脂膜からなるカーテンである、請求項9に記載の感染防止クリーンブース装置。
【請求項11】
前記カーテンは、前記包囲体の前記一対の側壁部間を横切って配置され、その下縁は前記クリーンブースの床から所定の間隔をおく、請求項10に記載の感染防止クリーンブース装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【公開番号】特開2010−117048(P2010−117048A)
【公開日】平成22年5月27日(2010.5.27)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−288983(P2008−288983)
【出願日】平成20年11月11日(2008.11.11)
【出願人】(000169499)高砂熱学工業株式会社 (287)
【出願人】(504136993)独立行政法人国立病院機構 (37)
【Fターム(参考)】