説明

成分濃度測定方法および装置

【課題】正確かつ境界状態の影響を受けない成分濃度測定を実現する。
【解決手段】レーザダイオード1は、被測定物11に光を照射する。音響センサ5は、被測定物11から発生する光音響信号を検出する。情報処理装置10は、第1の時刻で得られた電気信号のうち振幅が最大となる基準周波数の信号を測定信号として振幅と位相を測定すると共に、任意の時間経過後の基準周波数の信号を測定信号として位相を測定する。情報処理装置10は、任意の時間経過後の位相が第1の時刻の位相と等しくなるように、測定信号の周波数を変更する。情報処理装置10は、変更した周波数の信号を測定信号として振幅を測定し、測定した振幅と第1の時刻において測定した振幅との変化量から、任意の時間経過後の測定対象の成分の濃度を導出する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、被測定物に含まれる血液グルコース等の成分の濃度を連続モニターするための成分濃度測定方法および装置に関するものである。より詳細には、例えば血液グルコース濃度による測定信号の周波数シフトを補正することによってCW測定系に固有の測定信号の強いバイアスを取り除き、CW測定系の主たる問題を無くす技術に関する。
【背景技術】
【0002】
糖尿病患者の血糖値を連続モニターするための方法として光音響法があり、簡単にまとめると、以下のような特徴がある。
(1)光音響法は、連続的な血液グルコース監視を提供する。
(2)糖尿病患者にとって無痛で、血液サンプルを必要とせず、糖尿病患者に不快感を与えることがない。
(3)他の光学的な技術と比べて、散乱メディアによる効率の悪化がない。
(4)光学と音響学の結合により高感度の特性を得ることができる。
【0003】
光音響法には、パルス(pulse)法と連続波(continuous-wave、以下CWとする)法の二つの方式がある。パルス法には、高感度を得るために高い光パワーを使わなければいけないという欠点があった。一方、CW法には、反射表面のところの特性が変わると信号強度も変わる、すなわち再現性がないという欠点があった。しかし、高い光パワーは人体にとって安全性の面で問題になる可能性があるので、CW法を採用することが好ましい(特許文献1、特許文献2、特許文献3参照)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開2008−125542号公報
【特許文献2】特開2008−125543号公報
【特許文献3】特開2008−145262号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
CW法を採用する場合の主たる問題は、測定感度が境界条件への依存を示すことである。ここで、境界とは、人体の中で弾性波が反射される表面のことを言う。このような弾性波の反射は、音響インピーダンスZ1と異なる音響インピーダンスZ2との間の界面(例えば肉と骨の間の界面、液体と空気との間の界面)を波が伝播する度に生じる。CW法では、このような境界が存在すると、局所的な共鳴腔となり、結果的に光照射された領域の近くの内部で定在波が生じる。さらに、この定在波または共鳴のモードは、共鳴腔の寸法とその特性に強く依存する。
【0006】
境界条件の正確かつ再現可能な制御は困難である。なぜならば、寸法は患者毎に変化し、また音響センサの検出部が数ミリメートル動くことは容易だからである。
以上のように、従来のCW法では、人体の血糖値等をモニタリングする際に、光音響波が人体の表面で多重反射するため、測定中の人体のインピーダンスや形状変化によって反射状態が変化し、測定信号にバイアスが生じる結果、算出した血糖値に誤差が生じるという問題点があった。
【0007】
このような問題のため、光音響法を扱うほとんど全ての出版物ではパルス法の仕組みを開示しているが、前述のとおり、パルス法では高感度を得るために高い光パワーを使わなければならず、人体にとって安全性の面で問題になる可能性があった。
【0008】
本発明は、上記課題を解決するためになされたもので、高い光パワーを使わなくて済むというCW測定系の利点を維持しつつ、正確かつ境界状態の影響を受けない成分濃度測定を実現することができる成分濃度測定方法および装置を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明の成分濃度測定方法は、測定対象の成分の濃度が既知の被測定物に対して光を照射する第1の光照射ステップと、この第1の光照射ステップによって前記被測定物から発生する光音響信号を検出して電気信号を出力する第1の光音響信号検出ステップと、この第1の光音響信号検出ステップで得られた電気信号のうち振幅が最大となる基準周波数の信号を測定信号として、この測定信号の振幅を測定する第1の振幅測定ステップと、前記測定信号の位相を測定する第1の位相測定ステップと、任意の時間経過後に前記被測定物に対して光を照射する第2の光照射ステップと、この第2の光照射ステップによって前記被測定物から発生する光音響信号を検出して電気信号を出力する第2の光音響信号検出ステップと、この第2の光音響信号検出ステップで得られた電気信号のうち前記基準周波数の信号を測定信号として、この測定信号の位相を測定する第2の位相測定ステップと、この第2の位相測定ステップで測定した位相が前記第1の位相測定ステップで測定した位相と等しくなるように、測定信号の周波数を変更する周波数シフト補正ステップと、前記第2の光音響信号検出ステップで得られた電気信号のうち、前記周波数シフト補正ステップで変更した周波数の信号を測定信号として、この測定信号の振幅を測定する第2の振幅測定ステップと、この第2の振幅測定ステップで測定した振幅と前記第1の振幅測定ステップで測定した振幅との変化量から、前記任意の時間経過後の測定対象の成分濃度を導出する濃度導出ステップとを備えることを特徴とするものである。
【0010】
また、本発明の成分濃度測定方法の1構成例において、前記第1、第2の振幅測定ステップと前記第1、第2の位相測定ステップとは、参照信号を発生する関数発生器とこの参照信号を入力とするロックインアンプとを用いることにより、前記第1、第2の光音響信号検出ステップで得られた電気信号から所望の周波数の測定信号を検出することを特徴とするものである。
また、本発明の成分濃度測定方法の1構成例において、前記濃度導出ステップは、振幅の変化量と成分濃度の変化量との関係を示すキャリブレーションデータを参照して、前記第2の振幅測定ステップで測定した振幅と前記第1の振幅測定ステップで測定した振幅との変化量から、前記任意の時間経過後の測定対象の成分濃度を導出することを特徴とするものである。
また、本発明の成分濃度測定方法の1構成例は、さらに、前記第1の位相測定ステップで測定する位相が0になるように位相にオフセットを加える位相オフセット調整ステップを備えることを特徴とするものである。
【0011】
また、本発明の成分濃度測定装置は、被測定物に対して光を照射する光照射手段と、この光照射によって前記被測定物から発生する光音響信号を検出して電気信号を出力する光音響信号検出手段と、前記電気信号に含まれる測定信号の振幅を測定する振幅測定手段と、前記電気信号に含まれる測定信号の位相を測定する位相測定手段と、前記測定信号の周波数シフトを補正する周波数シフト補正手段と、任意の時間経過後の前記振幅の変化量から、測定対象の成分の濃度を導出する濃度導出手段とを備え、前記光照射手段は、第1の時刻において測定対象の成分の濃度が既知の前記被測定物に対して光を照射すると共に、任意の時間経過後に前記被測定物に対して光を照射し、前記振幅測定手段は、前記第1の時刻において得られた電気信号のうち振幅が最大となる基準周波数の信号を測定信号として、この測定信号の振幅を測定すると共に、前記任意の時間経過後の電気信号のうち前記周波数シフト補正手段が変更した周波数の信号を測定信号として、この測定信号の振幅を測定し、前記位相測定手段は、前記第1の時刻において前記測定信号の位相を測定すると共に、前記任意の時間経過後の電気信号のうち前記基準周波数の信号を測定信号として、この測定信号の位相を測定し、前記周波数シフト補正手段は、前記任意の時間経過後に測定された位相が前記第1の時刻において測定された位相と等しくなるように、測定信号の周波数を変更し、前記濃度導出手段は、前記任意の時間経過後に測定された振幅と前記第1の時刻において測定された振幅との変化量から、前記任意の時間経過後の測定対象の成分の濃度を導出することを特徴とするものである。
【0012】
また、本発明の成分濃度測定装置の1構成例は、さらに、参照信号を発生する関数発生器と、前記参照信号を入力とし、前記電気信号から所望の周波数の測定信号を検出するロックインアンプとを備えることを特徴とするものである。
また、本発明の成分濃度測定装置の1構成例において、前記濃度導出手段は、振幅の変化量と成分濃度の変化量との関係を示すキャリブレーションデータを参照して、前記任意の時間経過後に測定された振幅と前記第1の時刻において測定された振幅との変化量から、前記任意の時間経過後の測定対象の成分濃度を導出することを特徴とするものである。
また、本発明の成分濃度測定装置の1構成例は、さらに、前記第1の時刻において測定する位相が0になるように位相にオフセットを加える位相オフセット調整手段を備えることを特徴とするものである。
【発明の効果】
【0013】
本発明によれば、測定信号の位相情報に基づいて測定信号の周波数シフトを補正することにより、CW法の測定系に固有の周波数シフトというバイアスを無くすことができ、高い光パワーを使わなくて済むというCW測定系の利点を維持しつつ、正確かつ境界状態の影響を受けない測定を実現することができる。本発明では、二つの光波長によるCW法、あるいはただ一つの光波長によるCW法のいずれにおいても、被測定物の中の境界状態がどのような状態であっても対応することができる。そして、本発明では、成分濃度を連続して測定することができ、また複数の光波長を用いた多変量解析の場合にいくつかの異なった周波数で利用することができる。本発明では、例えば血液グルコース濃度の非侵襲で連続した測定を行う場合に、ロバスト性を向上させることができる。
【0014】
また、本発明では、関数発生器とロックインアンプとを用いることにより、高い周波数精度を得ることができ、正確かつ境界状態の影響を受けない成分濃度測定を実現することができる。
【0015】
また、本発明では、予め用意されている、振幅の変化量と成分濃度の変化量との関係を示すキャリブレーションデータを参照することにより、第2の振幅測定ステップで測定した振幅と第1の振幅測定ステップで測定した振幅との変化量から、任意の時間経過後の測定対象の成分濃度を導出することができる。
【0016】
また、第1の位相測定ステップで測定する位相が0になるように位相にオフセットを加えることにより、周波数シフト補正ステップの処理を容易にすることができる。
【図面の簡単な説明】
【0017】
【図1】音響センサから出力される測定信号の振幅と血液グルコース濃度との関係を示す図である。
【図2】2つの異なった血液グルコース濃度における測定信号の変化を示す図である。
【図3】本発明の成分濃度測定方法における測定の手順を説明する図である。
【図4】本発明の実施の形態に係る成分濃度測定装置の構成を示すブロック図である。
【図5】本発明の実施の形態に係る成分濃度測定装置の情報処理装置の構成を示すブロック図である。
【図6】本発明の実施の形態に係る成分濃度測定装置の動作を示すフローチャートである。
【図7】本発明の実施の形態に係る成分濃度測定装置による実験結果の1例を示す図である。
【図8】本発明の実施の形態に係る成分濃度測定装置による実験結果の1例を示す図である。
【図9】本発明の実施の形態に係る成分濃度測定装置による実験結果の1例を示す図である。
【図10】本発明の実施の形態に係る成分濃度測定装置による実験結果の1例を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0018】
[発明の原理]
図1に、音響センサから出力される測定信号の振幅と血液グルコース濃度との関係を示す。ここでは、人体または人体の一部である被測定物に光を照射したときに、光音響効果によって被測定物から発生する光音響信号を音響センサで検出し、音響センサから出力される電気信号(測定信号)を得ている。図1において、100,101,102,103はそれぞれ測定信号の周波数が479kHz、480kHz、481kHz、482kHzの場合の特性である。
【0019】
従来のように、血液グルコース濃度の測定に、任意の固定された周波数の測定信号を使用する場合では、図1に示すように、血液グルコース濃度の測定感度と、測定信号振幅−血液グルコース濃度特性の直線性とは、測定信号の周波数に強く依存する。すなわち、測定信号の選ばれた周波数によって、音響センサの応答は強く異なる。図1の結果は1つの光波長だけで得た結果であるが、CW法を採用する場合は、いつも同じような現象が現れる。
【0020】
本発明では、測定信号の周波数を調整する手段として、新たに関数発生器(ファンクションジェネレータ)を用いることを特徴とする。この関数発生器は、最高で1MHzの周波数の参照信号を発生し、またmHzオーダーの高い周波数精度を有することが好ましい。
【0021】
次に、時間と共に血液グルコース濃度が変化すると、測定信号は以下のように変化する。図2(A)、図2(B)に、2つの異なった血液グルコース濃度Ow,Ogにおける測定信号の変化を示す。図2(A)、図2(B)において、200は血液グルコース濃度Owの場合の測定信号の特性を示し、201は血液グルコース濃度Ogの場合の測定信号の特性を示している。
【0022】
測定信号の振幅情報に関しては、血液グルコース濃度の変化に応じて振幅のピーク周波数がΔfだけシフトし、また振幅のピーク値がΔVだけシフトする。時間と共に血液グルコース濃度が増加した場合には、ピーク周波数は高周波側へとシフトし、血液グルコース濃度が減少した場合には、ピーク周波数は低周波側へとシフトする。また、Δfは光学波長に依存する。
【0023】
一方、測定信号の位相情報は、血液グルコース濃度の変化に応じて周波数軸に沿ってシフトする。時間の経過と共に血液グルコース濃度が減少した場合には、位相情報は低周波側へとシフトし、血液グルコース濃度が増加した場合には、位相情報は高周波側へとシフトする。
【0024】
このように、グルコース濃度の変化には2つのシフトをもたらす効果がある。すなわち、振幅と位相の両方に現れるX軸(周波数)に沿ってシフトする効果と、振幅だけに現れるY軸(振幅)に沿ってシフトする効果である。振幅情報において2つのシフトを区別することは困難であるが、位相情報は周波数シフトだけを受ける。
【0025】
そこで、本発明の成分濃度測定方法では、測定信号の位相情報から周波数シフトを補正し、振幅情報のシフトを補正した上で、振幅の変化から血液グルコース濃度の正確な測定を実行する。
【0026】
図3(A)〜図3(E)は本発明の成分濃度測定の手順を説明する図である。ここでは、t0,t1,t2の3つの時間において測定を行っている。図3(A)、図3(B)において、300,301,302はそれぞれ時刻t0,t1,t2における測定信号の特性を示している。
【0027】
まず、最初の第1の時刻t0の測定においては、被測定物にレーザ光を照射し、光音響効果によって被測定物から発生する光音響信号を音響センサで検出する際に、音響センサの広い周波数測定スパン(例えば200−600kHzの範囲)で光音響信号の測定を実施する。
【0028】
光音響信号の多重反射により、音響センサから出力される測定信号の振幅情報には複数のピークが現れる。これらのうちの1つのピークを選択して、この選択したピークの周波数の近くに、関数発生器から発生する参照信号の周波数を決める。このピークの周波数を基準周波数f0と呼ぶ。ここで、重要なパラメータは、基準周波数f0における測定信号の振幅A0と基準周波数f0における測定信号の位相P0である。このとき、測定信号の位相P0を0に設定するために、後述のように被測定物に照射するレーザ光の位相にオフセットを加えることが好ましい。そして、振幅A0と位相P0(P0=0)と周波数f0とを記録しておく。
【0029】
ここで、本当のグルコース濃度値は分からないので、同時に血液グルコース濃度を確認するために標準測定を実行して、基準濃度X(g/dl)を得る。これで、基準濃度X(g/dl)で基準周波数f0における振幅A0と位相P0(P0=0)とが得られたことになる。
【0030】
次に、任意の時間経過後の時刻t1において基準周波数f0における測定を実施する。測定信号の位相は基準周波数f0において0に設定されたので、時刻t1においてグルコース濃度が変化すれば、基準周波数f0における測定信号の位相P1は0ではなくなる。ここで、位相P0に対して位相P1が大きい場合は測定信号の周波数を増加すべきことを意味し、位相P0に対して位相P1が小さい場合は測定信号の周波数を減少すべきことを意味している。そこで、時刻t1における測定信号の位相P1がP0と等しくなるように(ここでは、0になるように)関数発生器で測定周波数を変更する。位相P1がP0と等しくなる周波数をf1とする。
【0031】
図3(C)、図3(D)における303は、測定周波数をf1にシフトしたときの周波数軸を示しており、このとき図3(D)は時刻t0における測定信号300の位相と時刻t1における測定信号301の位相とが等しくなることを示している。
そして、周波数f1における測定信号の振幅A1と位相P1(P1=P0=0)とを記録しておく。
【0032】
次に、時刻t1における測定信号の振幅A1と時刻t0における測定信号の振幅A0との相対的な変化から、図3(E)に示すように血液中のグルコース濃度を推論することができる。以上の測定の過程は、使用される光学波長と測定系に依存するが、1つの光学波長を用いる測定の場合から2つの光学波長を用いる測定の場合まで容易に適用範囲を広げることができる。
【0033】
時刻t2においても同様で、基準周波数f0における測定を実施し、時刻t2における測定信号の位相P2がP0と等しくなるように(ここでは、0になるように)関数発生器で測定周波数を変更する。位相P2がP0と等しくなる周波数をf2とする。図3(C)、図3(D)における304は、測定周波数をf2にシフトしたときの周波数軸を示しており、このとき図3(D)は時刻t0における測定信号300の位相と時刻t2における測定信号302の位相とが等しくなることを示している。
【0034】
そして、周波数f2における測定信号の振幅A2と位相P2(P2=P0=0)とを記録する。これにより、時刻t1の場合と同様に、時刻t2における測定信号の振幅A2と時刻t0における測定信号の振幅A0との相対的な変化から、血液中のグルコース濃度を推論することができる。
【0035】
以上のように、本発明では、測定信号の位相情報に基づいて測定信号の周波数シフトを補正することにより、CW法の測定系に固有の周波数シフトというバイアス無しで測定することができ、高い光パワーを使わなくて済むというCW測定系の利点を維持しつつ、正確かつ境界状態の影響を受けない測定を実現することができる。
【0036】
[実施の形態]
以下、本発明の実施の形態について図面を参照して説明する。図4は本発明の実施の形態に係る成分濃度測定装置の構成を示すブロック図である。
成分濃度測定装置は、レーザ光を放射する光照射手段となるレーザダイオード1と、レーザダイオード1を駆動するLDドライバ2と、レーザダイオード1から放射されたレーザ光を導く光ファイバ3と、光ファイバ3を固定して、人体または人体の一部である被測定物11にレーザ光を照射する光ファイバホルダ4と、光音響効果によって被測定物11から発生する光音響信号を検出し、音圧に比例した電気信号に変換する光音響信号検出手段となる音響センサ5と、音響センサ5から出力された電気信号を増幅する増幅器6と、参照信号を発生する関数発生器7と、増幅器6の出力信号と関数発生器7から出力された参照信号とを入力として、増幅器6の出力信号から所望の周波数の測定信号を検出するロックインアンプ8と、LDドライバ2に駆動電流を供給する電圧−電流コンバータ9と、関数発生器7およびロックインアンプ8を制御すると共に、ロックインアンプ8が検出した測定信号を処理して血液グルコース濃度を導出するコンピュータからなる情報処理装置10とから構成される。音響センサ5の例としては、マイクロホンがある。
【0037】
図5は情報処理装置10の構成を示すブロック図である。情報処理装置10は、関数発生器7を制御する関数発生器制御部20と、測定信号の振幅を測定する振幅測定部21と、測定信号の位相を測定する位相測定部22と、位相のオフセットを調整する位相オフセット調整部23と、測定信号の振幅と位相と周波数の情報を記録する情報記録部24と、測定信号の周波数シフトを補正する周波数シフト補正部25と、振幅の変化量から血液グルコース濃度を導出するグルコース濃度導出部26と、情報記憶のための記憶部27とを有する。
【0038】
以下、本実施の形態の成分濃度測定装置の動作について説明する。図6は成分濃度測定装置の動作を示すフローチャートである。
まず、LDドライバ2から駆動電流が供給されると、レーザダイオード1はレーザ光を放射する。従来のCW法と同様に、レーザダイオード1から放射されるレーザ光は連続波である。このレーザ光は、光ファイバ3によって導かれ、被測定物11に照射される(図6ステップS1)。音響センサ5は、被測定物11から発生する光音響信号を検出し、増幅器6は、音響センサ5から出力された電気信号を増幅する。ロックインアンプ8は、増幅器6の出力に含まれる信号のうち、関数発生器7から出力される参照信号によって決まる周波数の測定信号を検出する。
【0039】
情報処理装置10の関数発生器制御部20は、関数発生器7が発生する参照信号の周波数を変化させることにより、ロックインアンプ8が検出する測定信号の周波数を漸次変化させる周波数掃引を行う(図6ステップS2)。こうして、測定信号の共鳴ピークを探索する。
【0040】
次に、測定信号の振幅のピークを見つけたときに、情報処理装置10の振幅測定部21は、このピークの周波数(基準周波数f0)における測定信号の振幅A0を測定し(図6ステップS4)、位相測定部22は、基準周波数f0における測定信号の位相P0を測定する(ステップS5)。
【0041】
このような測定の前に、情報処理装置10の位相オフセット調整部23は、ロックインアンプ8を通じて電圧−電流コンバータ9を制御し、LDドライバ2からレーザダイオード1に供給される駆動電流の位相を変化させ、被測定物11に照射するレーザ光の位相を変化させることにより、測定信号の位相P0を0に設定することが好ましい(図6ステップS3)。
【0042】
情報記録部24は、振幅測定部21が測定した振幅A0と、位相測定部22が測定した位相P0(P0=0)と、ピークの周波数(基準周波数f0)とを記憶部27に記憶させる(図6ステップS6)。
次に、被測定物11に対して標準的な血糖測定法を実施し、基準濃度X(g/dl)を得る(図6ステップS7)。これで、基準濃度X(g/dl)で基準周波数f0における振幅A0と位相P0(P0=0)とが得られたことになる。標準的な血糖測定法を実施するには、血糖測定器の本体に、グルコースセンサーを差し込み、針を専用の機械(または本体)にセットして、指などから採血し、グルコースセンサーに血を吸収させる。標準的な血糖測定法は、既知濃度のグルコース液を標準校正液として機械動作確認用に用いる。初期動作時に機械が正常に動いているかを確認したり、血糖値が異常値にあるか(正常に機械が動作しているか)を確認したりするときに用いる。
【0043】
ここで、測定の高精度化のために、異なる発振波長のレーザダイオード1を複数用いる場合には、各波長についてステップS2〜S6の処理をそれぞれ実施すればよい。
【0044】
次に、ある時刻t1における測定について説明する。最初の測定の場合と同様に、被測定物11にレーザ光を照射する(図6ステップS8)。ここでは、LDドライバ2からレーザダイオード1に供給する駆動電流の位相をステップS3の場合と同じにすることにより、被測定物11に照射されるレーザ光の位相をステップS3の場合と同じにしている。
【0045】
情報処理装置10の関数発生器制御部20は、関数発生器7が発生する参照信号の周波数を変化させることにより、ロックインアンプ8に基準周波数f0の測定信号を検出させる。情報処理装置10の位相測定部22は、基準周波数f0における測定信号の位相P1を測定する(図6ステップS9)。測定信号の位相P1が位相P0(P0=0)と等しい場合(ステップS10においてYES)、時刻t1における血液グルコース濃度は基準濃度X(g/dl)と同じとなるので、測定が終了する。
【0046】
一方、測定信号の位相P1が位相P0(P0=0)と異なる場合、情報処理装置10の周波数シフト補正部25は、測定信号の位相P1がP0と等しくなるように(ここでは、位相P1が0になるように)、関数発生器7が発生する参照信号の周波数を変化させることにより、測定信号の周波数を変更する(図6ステップS11)。位相P1がP0と等しくなる周波数をf1とする。
【0047】
周波数f1を見つけたときに、情報処理装置10の振幅測定部21は、周波数f1における測定信号の振幅A1を測定する(図6ステップS12)。
そして、情報記録部24は、振幅測定部21が測定した振幅A1を記憶部27に記憶させる(図6ステップS13)。
【0048】
記憶部27には、測定信号の振幅の変化量と血液グルコース濃度の変化量との関係を示すキャリブレーションデータが振幅A0の値毎に予め記憶されている。このようなキャリブレーションデータは、標準的な血糖測定法を実施することにより、予め求めることができる。
【0049】
グルコース濃度導出部26は、記憶部27に記憶されたキャリブレーションデータを参照して、測定信号の振幅の変化量(A1−A0)に対応する血液グルコース濃度の変化量(Y−X)を求めることにより、時刻t1における血液グルコース濃度Yを導出する(図6ステップS14)。
以上で、本実施の形態の成分濃度測定装置の処理が終了する。ステップS8〜S14の処理を繰り返し実施すれば、血液グルコース濃度を連続でモニターすることができる。
【0050】
なお、異なる発振波長のレーザダイオード1を複数用いる場合には、各波長についてステップS9〜S14の処理をそれぞれ実施し、グルコース濃度導出部26が波長毎に導出した血液グルコース濃度の値を統合処理(例えば平均処理)すればよい。
また、ステップS1〜S14の処理の順番は1例であって、図6の例に限るものではない。
【0051】
図7、図8(A)、図8(B)、図9(A)、図9(B)、図10(A)、図10(B)は本実施の形態の成分濃度測定装置による実験結果の1例を示す図である。以下の実験では、レーザダイオード1から被測定物11に照射するレーザ光の波長を1610nmとした。
【0052】
まず、最初に、純粋な水を被測定物11として、図6のステップS1〜S6の処理を実施した。ここでは、被測定物11を円柱状のガラスセルの中に封入した。言うまでもなく、水の血液グルコース濃度は0(g/dl)である。このときの測定結果を図7に示す。図7において、700は測定信号の振幅、701は測定信号の位相である。ここでは、ステップS2で説明したとおり、測定信号の共鳴ピークを探索するために、測定信号の周波数を変化させる周波数掃引を行った。そして、1つのピークとして481kHzのピークを選択した。
【0053】
続いて、血液グルコース濃度が2(g/dl)の水液中グルコースを被測定物11として、図6のステップS9の処理を実施した。上記の純粋な水の場合と同様に、被測定物11を円柱状のガラスセルの中に封入した。ここでは、測定信号の周波数の解像度を1kHzとした。図4に示した関数発生器7を設けない場合でも、実験結果を得ることはできるが、関数発生器7を設けない場合には、1kHzという高い周波数精度を得ることはできない。
【0054】
図8(A)に測定信号の振幅の測定結果を示し、図8(B)に測定信号の位相の測定結果を示す。図8(A)において、800は純粋な水の場合の振幅、801は2(g/dl)の水液中グルコースの場合の振幅である。図8(B)において、802は純粋な水の場合の位相、803は2(g/dl)の水液中グルコースの場合の位相である。図8(A)、図8(B)から分かるように、純粋な水に対して2(g/dl)の水液中グルコースの場合、一定に保たれた円柱セル寸法にもかかわらず、振幅情報と位相情報の両方における周波数シフトは明らかである。
【0055】
ステップS11の処理により、2(g/dl)の水液中グルコースの場合の測定信号の位相P1が純粋な水の場合の測定信号の位相P0と等しくなるように、測定信号の周波数を変更する。この周波数シフト補正後の測定結果を図9(A)、図9(B)、図10(A)、図10(B)に示す。図9(A)、図9(B)、図10(A)、図10(B)において、900は2(g/dl)の水液中グルコースの場合の周波数シフト補正後の振幅、901は周波数シフト補正後の位相である。
【0056】
図10(A)は図9(B)の周波数シフト補償後の振幅信号から抽出した拡大図である。本実施の形態では、新たに設定した周波数で1点のみ測定すれば血糖値が測定できるのに十分であるように記載している。しかしながら、実験では参照周波数が1kHz周波数分解能であるため、位相からの周波数シフト補償後に、実験値は数百Hz程度はずれてしまう。したがって、二つの実験結果を直接比較することは不可能である。周波数シフトは1kHz以下である場合に、精度を低下させる問題となる。したがって、振幅のオフセットを評価するために、一つの測定結果のみを用いるのではなく、共鳴ピークの全体的な傾向を用いる。図10(A)と図10(B)はその評価を示す図である。すなわち、図10(A)、図10(B)は、それぞれ振幅オフセット評価前、振幅オフセット評価後の図である。図10(A)に示すオフセット評価前においては、点線800(グルコース無し)は実線900(グルコース有り)の下にあるが、図10(B)に示すオフセット評価後においては点線800と実線900はほとんど重なっている。なお、グルコースによる周波数シフトが大きく、実験値は異なる横軸(周波数)で取得したため、共鳴ピーク周辺では完全には重ならない。このような処理によって、二つのスペクトルが同一となる最適な振幅オフセット値を最小2乗法などにより決定した後に、血糖値の変化量を決定する。
【0057】
この周波数シフト補正後の周波数f1における測定信号の振幅A1と純粋な水の場合の測定信号の振幅A0との差から、血液グルコース濃度を導出することができる。ここでは、振幅A0に対する振幅A1のシフトは、50μV±20μVであった。関数発生器7の周波数精度をより高精度にすることができれば、振幅のシフトをより高感度に検出することができ、小さいグルコース濃度レベルについても測定が可能となる。
【0058】
なお、本実施の形態では、測定する成分の1例として血液グルコースを例に挙げて説明したが、これに限るものではなく、本発明は、被測定物に含まれる成分分析に幅広く適用可能である。
【0059】
本実施の形態の情報処理装置10は、例えばCPU、記憶装置およびインタフェースを備えたコンピュータとこれらのハードウェア資源を制御するプログラムによって実現することができる。このようなコンピュータを動作させるためのプログラムは、フレキシブルディスク、CD−ROM、DVD−ROM、メモリカードなどの記録媒体に記録された状態で提供される。CPUは、読み込んだプログラムを記憶装置に書き込み、このプログラムに従って本実施の形態で説明した処理を実行する。
【産業上の利用可能性】
【0060】
本発明は、血液グルコース等の成分の濃度を連続モニターする技術に適用することができる。
【符号の説明】
【0061】
1…レーザダイオード、2…LDドライバ、3…光ファイバ、4…光ファイバホルダ、5…音響センサ、6…増幅器、7…関数発生器、8…ロックインアンプ、9…電圧−電流コンバータ、10…情報処理装置、11…被測定物、20…関数発生器制御部、21…振幅測定部、22…位相測定部、23…位相オフセット調整部、24…情報記録部、25…周波数シフト補正部、26…グルコース濃度導出部、27…記憶部。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
測定対象の成分の濃度が既知の被測定物に対して光を照射する第1の光照射ステップと、
この第1の光照射ステップによって前記被測定物から発生する光音響信号を検出して電気信号を出力する第1の光音響信号検出ステップと、
この第1の光音響信号検出ステップで得られた電気信号のうち振幅が最大となる基準周波数の信号を測定信号として、この測定信号の振幅を測定する第1の振幅測定ステップと、
前記測定信号の位相を測定する第1の位相測定ステップと、
任意の時間経過後に前記被測定物に対して光を照射する第2の光照射ステップと、
この第2の光照射ステップによって前記被測定物から発生する光音響信号を検出して電気信号を出力する第2の光音響信号検出ステップと、
この第2の光音響信号検出ステップで得られた電気信号のうち前記基準周波数の信号を測定信号として、この測定信号の位相を測定する第2の位相測定ステップと、
この第2の位相測定ステップで測定した位相が前記第1の位相測定ステップで測定した位相と等しくなるように、測定信号の周波数を変更する周波数シフト補正ステップと、
前記第2の光音響信号検出ステップで得られた電気信号のうち、前記周波数シフト補正ステップで変更した周波数の信号を測定信号として、この測定信号の振幅を測定する第2の振幅測定ステップと、
この第2の振幅測定ステップで測定した振幅と前記第1の振幅測定ステップで測定した振幅との変化量から、前記任意の時間経過後の測定対象の成分濃度を導出する濃度導出ステップとを備えることを特徴とする成分濃度測定方法。
【請求項2】
請求項1記載の成分濃度測定方法において、
前記第1、第2の振幅測定ステップと前記第1、第2の位相測定ステップとは、参照信号を発生する関数発生器とこの参照信号を入力とするロックインアンプとを用いることにより、前記第1、第2の光音響信号検出ステップで得られた電気信号から所望の周波数の測定信号を検出することを特徴とする成分濃度測定方法。
【請求項3】
請求項1または2記載の成分濃度測定方法において、
前記濃度導出ステップは、振幅の変化量と成分濃度の変化量との関係を示すキャリブレーションデータを参照して、前記第2の振幅測定ステップで測定した振幅と前記第1の振幅測定ステップで測定した振幅との変化量から、前記任意の時間経過後の測定対象の成分濃度を導出することを特徴とする成分濃度測定方法。
【請求項4】
請求項1乃至3のいずれか1項に記載の成分濃度測定方法において、
さらに、前記第1の位相測定ステップで測定する位相が0になるように位相にオフセットを加える位相オフセット調整ステップを備えることを特徴とする成分濃度測定方法。
【請求項5】
被測定物に対して光を照射する光照射手段と、
この光照射によって前記被測定物から発生する光音響信号を検出して電気信号を出力する光音響信号検出手段と、
前記電気信号に含まれる測定信号の振幅を測定する振幅測定手段と、
前記電気信号に含まれる測定信号の位相を測定する位相測定手段と、
前記測定信号の周波数シフトを補正する周波数シフト補正手段と、
任意の時間経過後の前記振幅の変化量から、測定対象の成分の濃度を導出する濃度導出手段とを備え、
前記光照射手段は、第1の時刻において測定対象の成分の濃度が既知の前記被測定物に対して光を照射すると共に、任意の時間経過後に前記被測定物に対して光を照射し、
前記振幅測定手段は、前記第1の時刻において得られた電気信号のうち振幅が最大となる基準周波数の信号を測定信号として、この測定信号の振幅を測定すると共に、前記任意の時間経過後の電気信号のうち前記周波数シフト補正手段が変更した周波数の信号を測定信号として、この測定信号の振幅を測定し、
前記位相測定手段は、前記第1の時刻において前記測定信号の位相を測定すると共に、前記任意の時間経過後の電気信号のうち前記基準周波数の信号を測定信号として、この測定信号の位相を測定し、
前記周波数シフト補正手段は、前記任意の時間経過後に測定された位相が前記第1の時刻において測定された位相と等しくなるように、測定信号の周波数を変更し、
前記濃度導出手段は、前記任意の時間経過後に測定された振幅と前記第1の時刻において測定された振幅との変化量から、前記任意の時間経過後の測定対象の成分の濃度を導出することを特徴とする成分濃度測定装置。
【請求項6】
請求項5記載の成分濃度測定装置において、
さらに、参照信号を発生する関数発生器と、
前記参照信号を入力とし、前記電気信号から所望の周波数の測定信号を検出するロックインアンプとを備えることを特徴とする成分濃度測定装置。
【請求項7】
請求項5または6記載の成分濃度測定装置において、
前記濃度導出手段は、振幅の変化量と成分濃度の変化量との関係を示すキャリブレーションデータを参照して、前記任意の時間経過後に測定された振幅と前記第1の時刻において測定された振幅との変化量から、前記任意の時間経過後の測定対象の成分濃度を導出することを特徴とする成分濃度測定装置。
【請求項8】
請求項5乃至7のいずれか1項に記載の成分濃度測定装置において、
さらに、前記第1の時刻において測定する位相が0になるように位相にオフセットを加える位相オフセット調整手段を備えることを特徴とする成分濃度測定装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【公開番号】特開2012−24300(P2012−24300A)
【公開日】平成24年2月9日(2012.2.9)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−165295(P2010−165295)
【出願日】平成22年7月22日(2010.7.22)
【出願人】(000004226)日本電信電話株式会社 (13,992)
【Fターム(参考)】