説明

成形用アルミニウム合金板

【課題】製造工程で必然的に発生するAl-Mg 系金属間化合物の存在状態を制御して、成形性を向上させた高MgのAl-Mg 系合金板の製造方法を提供することを目的とする。
【解決手段】Mg:6.0〜15.0% を含み、残部Alおよび不可避的不純物からなるAl-Mg 系アルミニウム合金板であって、この板の板厚中心部における組織の、50000 倍の透過型電子顕微鏡により観察される、結晶粒内のAl-Mg 系析出物が、平均粒径で100nm 以下、平均密度で0.1 個/ μm2以上、103 個/ μm2以下であることとして、強度延性バランスを高くし、プレス成形性を向上させる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、高Mg含有Al-Mg 系アルミニウム合金板であって、高い成形性を有するアルミニウム合金板に関するものである。
【背景技術】
【0002】
周知の通り、従来から、自動車、船舶、航空機あるいは車両などの輸送機、機械、電気製品、建築、構造物、光学機器、器物の部材や部品用として、各種アルミニウム合金板(以下、アルミニウムをAlとも言う)が、合金毎の各特性に応じて汎用されている。
【0003】
これらのアルミニウム合金板は、多くの場合、プレス成形などで成形されて、上記各用途の部材や部品とされる。この点、高成形性の点からは、前記Al合金のなかでも、強度・延性バランスに優れたAl-Mg 系Al合金が有利である。
【0004】
このため、従来から、Al-Mg 系Al合金板に関して、成分系の検討や製造条件の最適化検討が行われている。このAl-Mg 系Al合金としては、例えばJIS A 5052、5182等が代表的な合金成分系である。しかし、このAl-Mg 系Al合金でも冷延鋼板と比較すると延性に劣り、成形性に劣っている。
【0005】
これに対し、Al-Mg 系Al合金は、Mg含有量を増加させて、6%、できれば8%を超える高Mg化させると、強度延性バランスが向上する。
【0006】
しかし、このような高MgのAl-Mg 系合金は、DC鋳造などで鋳造した鋳塊を均熱処理後に熱間圧延を施す、通常の製造方法では、工業的に製造することは困難である。この理由は、鋳造の際に鋳塊にMgが偏析したり、通常の熱間圧延では、Al-Mg 系合金の延性が著しく低下するために、割れが発生し易くなるからである。
【0007】
一方、高MgのAl-Mg 系合金を、上記割れの発生する温度域を避けて、低温での熱間圧延を行うことも困難である。このような低温圧延では、高MgのAl-Mg 系合金の材料の変形抵抗が著しく高くなり、現状の圧延機の能力では製造できる製品サイズが極端に限定されるためである。
【0008】
また、高MgのAl-Mg 系合金のMg含有許容量を増加させるために、FeやSi等の第三元素を添加する方法等も提案されている。しかし、これら第三元素の含有量が増えると、粗大な金属間化合物を形成しやすく、アルミニウム合金板の延性を低下させる。このため、Mg含有許容量の増加には限界があり、Mgが8%を超える量を含有させることは困難であった。
【0009】
このため、従来から、高MgのAl-Mg 系合金板を、双ロール式などの連続鋳造法で製造することが種々提案されている。双ロール式連続鋳造法は、回転する一対の水冷銅鋳型 (双ロール) 間に、耐火物製の給湯ノズルからアルミニウム合金溶湯を注湯して凝固させ、かつ、この双ロール間において、上記凝固直後に圧下し、かつ急冷して、アルミニウム合金薄板とする方法である。この双ロール式連続鋳造法はハンター法や3C法などが知られている。
【0010】
双ロール式連続鋳造法の冷却速度は、従来のDC鋳造法やベルト式連続鋳造法に較べて1〜3桁大きい。このため、得られるアルミニウム合金板は非常に微細な組織となり、プレス成形性などの加工性に優れる。また、鋳造によって、アルミニウム合金板の板厚も比較的薄い1〜13mmのものが得られる。このため、従来のDC鋳塊(厚さ200 〜 600mm)のように、熱間粗圧延、熱間仕上げ圧延等の工程が省略できる。さらに鋳塊の均質化処理も省略出来る場合がある。
このような双ロール式連続鋳造法を用いて製造した高MgのAl-Mg 系合金板の、成形性向上を意図して組織を規定した例は、従来においても提案されている。例えば、6 〜10% の高MgであるAl-Mg 系合金板の、Al-Mg 系の金属間化合物の平均サイズを10μm 以下とした、機械的性質に優れた自動車用アルミニウム合金板が提案されている (特許文献1参照) 。また、10μm 以上のAl-Mg 系金属間化合物の個数を300 個/mm2以下とし、平均結晶粒径が10〜70μm とした自動車ボディーシート用アルミニウム合金板なども提案されている (特許文献2参照) 。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0011】
【特許文献1】特開平7 −252571号公報 (全文)
【特許文献2】特開平8 −165538号公報 (全文)
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0012】
これら特許文献1 、2 の通り、鋳造の際に晶出するAl-Mg 系金属間化合物は、プレス成形の際に破壊の起点となりやすい。したがって、高MgのAl-Mg 系合金板のプレス成形性を向上させるためには、これらAl-Mg 系金属間化合物(β相、Al-Mg 系化合物とも言う)を、特許文献1 、2 の通り、微細化させる、あるいは粗大なものを少なくすることが有効である。
【0013】
しかし、特許文献1 、2 では、共通して、鋳造工程における冷却速度(鋳造速度)を速くして、鋳造の際に晶出するAl-Mg 系金属間化合物(β相)を抑制している。ただ、高Mg含有量となるほど、鋳造工程における冷却速度制御だけで、Al-Mg 系合金板のβ相を、プレス成形性に悪影響しない程度に低減することは難しい。
【0014】
即ち、双ロール式連続鋳造法における冷却速度(鋳造速度)を速くして、鋳造の際に晶出するAl-Mg 系金属間化合物を抑制し得たとしても、更にその後の工程では、連続鋳造後の室温までの冷却の他にも、冷間圧延前の均質化熱処理、冷間圧延途中の中間焼鈍、冷間圧延後の溶体化処理など、板状鋳塊または薄板を400 ℃以上の温度に加熱する、あるいは加熱された板状鋳塊または薄板を冷却する工程が、工程設計上、選択的に入ってくる。そして、これらの熱履歴工程で、β相と称せられるAl-Mg 系金属間化合物が発生する可能性は十分にある。
【0015】
したがって、単に、Al-Mg 系金属間化合物の発生を抑制することは難しく、新たに、例え、Al-Mg 系金属間化合物が存在しても、このAl-Mg 系金属間化合物の存在形態などを制御して、高MgのAl-Mg 系合金板のプレス成形性を向上させる技術が必要になっていると言える。
【0016】
本発明はこのような課題を解決するためになされたものであって、その目的は製造工程で必然的に発生するAl-Mg 系金属間化合物の存在状態を制御して、成形性を向上させた高MgのAl-Mg 系合金板の製造方法を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0017】
この目的を達成するために、本発明成形用アルミニウム合金板の要旨は、質量% で、Mg: 8%を超え15.0%以下を含み、Fe:0.5% 以下、Si:0.3% 以下に規制し、残部Alおよび不可避的不純物からなるAl-Mg 系アルミニウム合金板であって、この板の板厚中心部における組織の、50000 倍の透過型電子顕微鏡により観察される、結晶粒内のAl-Mg 系析出物が、平均粒径で100nm 以下、平均密度で0.1 個/ μm2以上、103 個/ μm2以下であることとする。
【発明の効果】
【0018】
本発明者らは、双ロール式連続鋳造によって製造された高MgのAl-Mg 系合金板組織中の、β相と称せられるAl-Mg 系析出物(Al-Mg系金属間化合物) の存在形態について、ナノレベルに微細に析出させることで、成形性を向上させられることを知見した。
【0019】
このβ相のナノレベルの微細析出とは、上記要旨の通り、板組織の50000 倍のTEM 観察による、結晶粒内のAl-Mg 系析出物の、平均粒径を100nm 以下とし、平均密度を0.1 個/ μm2以上、103 個/ μm2以下とすることである。
【0020】
このようなβ相のナノレベルの微細析出状態の観察はこれまで難しかった。β相を構成するAl-Mg 系析出物(Al3Mg2)がナノレベルの大きさであり、上記透過型電子顕微鏡(FE-TEM)でも識別が難しかったためである。
【0021】
これに対して、本発明者らは、後述する、FE-TEM (透過型電子顕微鏡) による結晶粒内の観察によって、β相のナノレベルの微細析出状態の観察を可能にした。
【0022】
しかも、これらβ相のナノレベルの微細析出状態のミクロ組織の状態が、板のマクロ的な特性である成形性を規定していることも知見した。本発明では、これらの事実に基づき、高MgのAl-Mg 系合金板における、β相のナノレベルの微細析出状態を、上記の通り規定して、高MgのAl-Mg 系合金板の成形性を向上させるものである。
【図面の簡単な説明】
【0023】
【図1】Al-Mg 系合金板の結晶粒内の組織写真(発明例)を示す説明図である。
【発明を実施するための形態】
【0024】
(β相のナノレベルの微細析出状態)
図1の結晶粒内の組織写真 (50000 倍のFE-TEM写真) に、後述する実施例の発明例1 の高MgのAl-Mg 系合金板における、結晶粒内のAl-Mg 系析出物 (β相) を示す。図1において、分散して存在する黒い点々が結晶粒内のAl-Mg 系析出物 (β相) である。因みに、図1において、黒いすじ状乃至線状のものは結晶粒内に導入された転位である。この図1において、黒い点々のβ相は、平均粒径が、100nm 以下の24nmであり、平均密度では0.65個/ μm2の本発明範囲内である。
【0025】
後述する実施例で裏付ける通り、本発明では、成形性を向上させるために、結晶粒内のナノレベルのβ相が、平均粒径で100nm 以下、平均密度で0.1 個/ μm2以上、103 個/ μm2以下であることとする。本発明のように、β相をナノレベルで微細析出させることによって、逆に、粒径が100nm を越えて粗大化したβ相は結晶粒内に存在しなくなる。
【0026】
一方、β相が平均粒径で100nm を越えて粗大化するか、平均密度で103 個/ μm2を越えた場合、成形性が低下する。また、β相の平均密度が0.1 個/ μm2未満の場合には、これらの微細な析出物の効果が得られず、成形性を低下させる。
【0027】
平均粒径で100nm 以下のβ相は、Al-Mg 系合金板の板厚中心部を0.05〜0.1mm 機械研磨した後電解エッチングした表面 (板厚方向でも板の冷延方向でも、どちらでも良い) を組織の、50000 倍のFE-TEM (透過型電子顕微鏡) により観察され、かつ、X 線分光装置(EDX) により識別される。板厚中心部におけるFE-TEMによる組織観察は板厚中心部1 箇所につき、観察視野の合計面積が 4μm2以上となるように行い、これを板の長手方向に適当に距離を置いた10箇所観察した結果を平均化する。
【0028】
β相の粒径は 1個当たりのβ相の円相当直径であり、視野内の各β相全てについてこの円相当直径を測定し、平均化したものを観察1 箇所の平均粒径とする。また、この1 箇所当たりの平均粒径を5 箇所で平均化したものが、本発明で言う平均粒径となる。
【0029】
β相の平均密度は、観察視野の合計面積が1 μm2当たりのβ相の個数である。この観察1 箇所当たりの個数を5 箇所で平均化したものが、本発明で言う平均密度となる。
【0030】
(平均結晶粒径)
Al合金板表面の平均結晶粒径は100 μm 以下に微細化させることが成形性を向上させる前提条件として好ましい。結晶粒径をこの範囲に細かく乃至小さくすることによって、プレス成形性が確保乃至向上される。結晶粒径が100 μm を越えて粗大化した場合、プレス成形性が著しく低下し、成形時の割れや肌荒れなどの不良が生じ易くなる。一方、平均結晶粒径があまり細か過ぎても、5000系Al合金板に特有の、SS (ストレッチャーストレイン) マークがプレス成形時に発生するので、この観点からは、平均結晶粒径は20μm 以上とすることが好ましい。
【0031】
本発明で言う結晶粒径とは板の長手(L) 方向の結晶粒の最大径である。この結晶粒径は、Al合金板を0.05〜0.1mm 機械研磨した後電解エッチングした表面を、100 倍の光学顕微鏡を用いて観察し、前記L 方向にラインインターセプト法で測定する。1 測定ライン長さは0.95mmとし、1 視野当たり各3 本で合計5 視野を観察することにより、全測定ライン長さを0.95×15mmとする。
【0032】
(化学成分組成)
本発明Al合金板における化学成分組成の、各合金元素の意義及びその限定理由について以下に説明する。本発明Al合金板は、質量% で、Mg:6.0〜15.0% を含み、残部がAlおよび不可避的な不純物からなる化学成分組成とする。
【0033】
(Mg:6.0 〜15.0%)
MgはAl合金板の強度、延性を高める重要合金元素である。Mg含有量が少な過ぎると、強度、延性が不足して、高MgのAl-Mg 系Al合金の特徴が出ず、成形性が不足する。一方、Mg含有量が多過ぎると、製造方法や条件の制御を行なっても、Al-Mg 系化合物の晶析出が多くなる。この結果、成形性が著しく低下する。また、加工硬化量が大きくなり、冷間圧延性も低下させる。したがって、Mgは6.0 〜15.0% の範囲、好ましくは8%を超え14% 以下の範囲とする。
【0034】
(Fe:1.0%以下、Si:0.5% 以下)
FeとSiは、できるだけ少ない量に規制すべき不純物である。FeとSiは、Al-Mg-(Fe 、Si) などから成るAl-Mg 系化合物量や、Al-Fe 、Al-Si 系などのAl-Mg 系以外の化合物量となって多く生成する。Feの含有量が1.0%、Siの含有量が0.5%、を各々超えた場合には、これらの化合物量が過大となって、破壊靱性や成形性を大きく阻害する。この結果成形性が著しく低下する。したがって、Feは1.0%以下、好ましくは0.5%以下、Siは0.5%以下、好ましくは0.3%以下に各々規制する。
【0035】
この他、Mn、Cu、Cr、Zr、Zn、V 、Ti、B なども不純物元素であり、含有量は少ない方が良い。しかし、例えば、Mn、Cr、Zr、V には圧延板組織の微細化効果、Ti、B には鋳造板 (鋳塊) 組織の微細化効果などの効果もある。また、Cu、Znには、強度を向上させる効果もある。このため、これら効果を狙って、敢えて含有させる場合もあり、本発明板の特性である成形性を阻害しない範囲で、これら元素を一種または二種以上含有させることは許容される。これらの許容量は、各々、質量% で、Mn:0.3% 以下、Cr:0.3% 以下、Zr:0.3% 以下、V:0.3%以下、Ti:0.1% 以下、B:0.05% 以下、Cu:1.0% 以下、Zn:1.0% 以下、である。
【0036】
(製造方法)
以下に、本発明におけるAl-Mg 系Al合金板の製造方法につき説明する。
本発明の高MgのAl-Mg 系Al合金板は、DC鋳造などで鋳造した鋳塊を均熱処理後に熱間圧延を施す、通常の製造方法でも良いが、この通常の製造方法では、前記した通り、高MgのAl-Mg 系Al合金板を効率良く鋳造し工業的に製造することが難しい。
【0037】
したがって、本発明の高MgのAl-Mg 系Al合金板を工業的に製造する場合は、現状では、双ロール式などの連続鋳造と、熱間圧延を省略した、冷間圧延、焼鈍とを組み合わせて製造された、板厚0.5 〜3mm の板とすることが好ましい。
【0038】
この点、前記双ロール式連続鋳造の際に、高Mg含有のアルミニウム合金溶湯を、回転する一対の双ロールに注湯して、この双ロールの冷却速度を100 ℃/s以上として、板厚1 〜13mmの範囲に、連続的に鋳造して製造されたものであることが好ましい。更に、より高いプレス成形性を確実に達成するためには、上記連続鋳造に際して、上記双ロール表面が潤滑されていないことが好ましい。
【0039】
(双ロール式連続鋳造)
連続鋳造方法としては、双ロール式の他に、ベルトキャスター式、プロペルチ式、ブロックキャスター式などがある。しかし、高MgのAl-Mg 系Al合金板鋳造の際の冷却速度を後述する通り速くするためには、双ロール式連続鋳造が好ましい。
【0040】
この双ロール式連続鋳造は、前記した通り、回転する一対の水冷銅鋳型などの双ロール間に、耐火物製の給湯ノズルから、上記成分組成のAl合金溶湯を注湯して凝固させ、かつ、この双ロール間において、上記凝固直後に圧下し、かつ急冷して、Al合金薄板とする。
【0041】
(双ロール潤滑)
この際、双ロールとしては、潤滑剤によって表面が潤滑されていないロールを用いることが望ましい。従来では、溶湯がロール表面に接触および急冷されて、双ロール表面に造形される凝固殻の割れを防止するために、酸化物粉末 (アルミナ粉、酸化亜鉛粉等) 、SiC 粉末、グラファイト粉末、油、溶融ガラスなどの潤滑剤 (離型剤) を、双ロール表面に塗布あるいは流下させて用いることが一般的であった。しかし、これら潤滑剤を用いた場合、冷却速度が遅くなって、必要な冷却速度が得られない。このため、結晶粒が粗大となって、高MgのAl-Mg 系合金板の成形性が低下する。
【0042】
また、これら潤滑剤を用いた場合、双ロール表面において、潤滑剤の濃度や厚みの不均一によって、冷却のムラが生じやすく、板の部位によっては凝固速度が不十分となりやすい。このため、Mg含有量が高くなるほど、マクロ偏析やミクロ偏析が大きくなり、Al-Mg 系合金板の成形性を均一にすることが困難となる可能性が高くなる。
【0043】
(双ロール冷却速度)
例えば、鋳造する板厚が1 〜13mmの比較的薄板の範囲であっても、高MgのAl-Mg 系合金板の平均結晶粒径を微細化するためには、この双ロールによる鋳造の冷却速度は100 ℃/s以上のできるだけ大きい冷却速度 (凝固速度) が必要である。上記潤滑剤を用いた場合、理論計算上は冷却速度が速くても、実質的な、あるいは実際における冷却速度が実質的に100 ℃/s未満となりやすい。このため、高MgのAl-Mg 系合金板の平均結晶粒径を微細化できず、プレス成形性が著しく低下する。
【0044】
なお、この冷却速度は、直接の計測は難しいので、鋳造された板 (鋳塊) のデンドライトアームスペーシング (デンドライト二次枝間隔、:DAS) から公知の方法(例えば、軽金属学会、昭和63年8.20発行、「アルミニウムデンドライトアームスペーシングと冷却速度の測定方法」などに記載)により求める。即ち、鋳造された板の鋳造組織における、互いに隣接するデンドライト二次アーム (二次枝) の平均間隔d を交線法を用いて計測し (視野数3 以上、交点数は10以上) 、このd を用いて次式、d = 62×C -0.337 (但し、d:デンドライト二次アーム間隔mm、C : 冷却速度℃/s) から求める。
【0045】
(双ロール鋳造板厚)
双ロールにより連続鋳造する薄板の板厚は1 〜13mmの範囲とする。そして、好ましくは、1mm 以上、5mm 未満の薄い板厚とする。板厚1mm 未満の連続鋳造は、双ロール間への注湯や、双ロール間のロールギャップ制御などの鋳造限界から、困難である。他方、板厚が13mm、より厳しくは板厚が5mm を超えて厚くなった場合、鋳造の冷却速度が著しく遅くなり、Al-Mg 系などの金属間化合物全般が粗大化したり、多量に晶出する傾向がある。この結果プレス成形性が著しく低下する可能性が高くなる。
【0046】
(双ロール注湯温度)
Al合金溶湯を双ロールに注湯する際の注湯温度は、液相線温度+30℃以下とすることが好ましい。注湯温度が液相線温度+30℃を超えた場合、後述する鋳造冷却速度が小さくなり、Al-Mg 系などの金属間化合物全般が粗大化したり、多量に晶出する可能性がある。この結果、強度伸びバランスが低下し、プレス成形性が著しく低下する可能性がある。また、双ロールに圧下効果が小さくなり、中心欠陥が多くなって、Al合金板としての基本的の機械的性質自体が低下する可能性がある。
【0047】
(双ロール周速)
回転する一対の双ロールの周速は1m /min 以上とすることが好ましい。双ロールの周速が1m /min 未満では、溶湯と鋳型 (双ロール) との接触時間が長くなり、鋳造薄板の表面品質が低下する可能性がある。この点、双ロールの周速は速いほど良く、好ましい周速は30m/min 以上である。
【0048】
(双ロールによる圧下)
本発明では、選択的に、あるいは必要に応じて、前記双ロールに注湯後に、双ロール間で凝固しつつある板状鋳塊に対して、双ロールによって、板状鋳塊の長さ1m当たりにつき300 トン以上、即ち、300 トン/m以上の圧下荷重を負荷しつつ鋳造しても良い。
【0049】
この圧下荷重の負荷によって、注湯時や凝固中に発生したガスが、板状鋳片内から外部に放出されやすくなる。このため、凝固温度範囲が約100 ℃と広い高MgのAl-Mg 系合金であっても、ガスの鋳片組織内での滞留がなくなり、これに起因する空隙が抑制される。そして、その後の冷間圧延との相乗効果で、空隙などの鋳造欠陥を、製造された板の伸びなどの成形特性に影響の無い範囲まで抑制することが可能である。
【0050】
圧下荷重の負荷による、この作用効果は、勿論、鋳造する板厚や鋳造条件によっても左右されるが、鋳造する板厚が1 〜13mmの比較的薄板の範囲では、300 トン/m以上の圧下荷重によって発揮される。なお、300 トン/m以上とは、板状鋳塊の長手方向の長さ1m当たりの圧下荷重量 (トン) である。
【0051】
(均質化熱処理)
均質化熱処理(均熱処理とも言う)は、DC鋳造などで鋳造した鋳塊では、Mgの偏析抑制のために、熱間圧延前に必須に施される。また、比較的Mgの偏析が少ない双ロール式連続鋳造方法による板状鋳塊でも、Mgの偏析抑制のためには、冷間圧延前に施されることが好ましい。
【0052】
均質化熱処理は、400 ℃以上液相線温度以下で、必要時間行なう。この時間は双ロール式連続鋳造方法による薄板状鋳塊を、連続熱処理炉を使用して均質化熱処理する場合には 1秒(1s)以下が目安である。また、DC鋳造などで鋳造した鋳塊をバッチ式熱処理炉を使用して均質化熱処理する場合には1 〜10時間(1〜10hr) が目安である。この均質化熱処理によって、Mgの偏析度合いが小さくなり、Mgの偏析度合いを、上記本発明範囲内に抑制することができる。
【0053】
均質化熱処理するに際しては、鋳塊の昇温時と冷却時の両方の途中過程で、昇温速度と冷却速度が小さいと、Al-Mg 系金属間化合物が発生する可能性が十分にある。特に、Al-Mg 系金属間化合物が発生する可能性が高い温度域は、昇温時は鋳塊中心部の温度が200 ℃から400 ℃までの範囲、冷却時は均質化熱処理温度から100 ℃までの範囲である。
【0054】
このため、このような均質化熱処理を選択的に行なう際には、Al-Mg 系金属間化合物発生を抑制するために、均質化熱処理温度への加熱の際に、鋳塊中心部の温度が200 ℃から400 ℃までの範囲の平均昇温速度を5 ℃/s以上とすることが好ましい。また、均質化熱処理温度からの冷却に際して、均質化熱処理温度から100 ℃までの範囲の平均冷却速度を5 ℃/s以上とすることが好ましい。
【0055】
(熱間圧延)
DC鋳造などで鋳造した鋳塊は、均質化熱処理後に、熱間圧延温度まで冷却されか、そのまま熱間圧延される。この熱間圧延条件は常法で良い。一方、双ロール式連続鋳造方法による板状鋳塊は、オンラインでもオフラインでも熱間圧延せずに、冷間圧延される。
【0056】
(冷間圧延)
冷間圧延では、双ロール式連続鋳造方法による板状鋳塊が、また、DC鋳造などで鋳造した鋳塊では、上記熱間圧延された熱延板が、製品板の板厚0.5 〜3mm に冷間圧延されて、鋳造組織が加工組織化される。
【0057】
この点、冷間圧延される板の板厚が厚い場合には、冷延途中に中間焼鈍を入れて、最終の冷間圧延における冷延率を60% 以下とすることが好ましい。なお、冷間圧延における加工組織化の程度は冷間圧延の冷延率にもより、上記集合組織制御のために、鋳造組織が残留する場合もあるが、成形性や機械的な特性を阻害しない範囲で許容される。
【0058】
(最終焼鈍)
Al合金冷延板は、400 ℃〜液相線温度で最終焼鈍することが好ましい。焼鈍温度が400 ℃未満では、溶体化効果が得られない可能性が高く、更に、β相の量が増す可能性が高い。このため、結晶粒内のβ相を、平均粒径を100nm 以下とし、平均密度を0.1 個/ μm2以上、103 個/ μm2以下とする、ナノレベルの微細析出ができない。このため、高MgのAl-Mg 系合金板の伸びが低下し、強度−延性バランスが低下して、プレス成形性が低下する可能性が高い。なお、最終焼鈍温度は好ましくは450℃以上が良い。
【0059】
また、この最終焼鈍後には、500 〜300 ℃の温度範囲を10℃/s以上の、できるだけ速い平均冷却速度で冷却する必要がある。最終焼鈍後の平均冷却速度が遅く、10℃/s未満であれば、冷却過程で、β相が多量に析出する。この結果、ナノレベルの微細析出ができない。このため、高MgのAl-Mg 系合金板の伸びが低下し、強度−延性バランスが低下して、プレス成形性が低下する可能性が高い。このため、上記平均冷却速度は、好ましくは15℃/s以上が良い。
【0060】
(付加焼鈍)
更に、最終焼鈍後の冷却中に再度以下に示す付加焼鈍を入れると、結晶粒内のβ相を上記特定のナノレベルの微細析出とし、強度−延性バランスを向上させるために有効である。
【0061】
最終焼鈍後の冷却中の150 ℃以上250 ℃以下の温度範囲において、0s以上10min以下の時間で保持する付加焼鈍を施した後に室温まで冷却することで結晶粒内のβ相を上記特定のナノレベルの微細析出とでき、強度−延性バランスが向上する。付加焼鈍温度が250℃を超えると、あるいは保持時間が10minを超えると、結晶粒内のβ相の量が増大するため、強度−延性バランスが低下して、プレス成形性が低下する。好ましくは、付加焼鈍温度が160 ℃以上220 ℃以下、あるいは付加焼鈍時間が2min以上8min以下がよい。また、付加焼鈍後の冷却速度は10℃/s以上、好ましくは15℃/s以上がよい。
【0062】
また、最終焼鈍後の冷却中の50℃以上150℃未満の温度範囲において、30min 以上10hr以下の時間で保持する付加焼鈍を施すことでも同様な効果が得られる。付加焼鈍保持時間が10hrを超えると、結晶粒内のβ相量が増大するため、強度−延性バランスが低下して、プレス成形性が低下する。また、付加焼鈍時間が30min未満、あるいは付加焼鈍温度が50℃以下では、これらの効果が得られない。好ましくは60℃以上120 ℃以下がよい。
【実施例】
【0063】
以下に本発明の実施例を説明する。表1 に示す種々の化学成分組成のAl-Mg 系Al合金溶湯(発明例A〜D、比較例E、F)を、前記した双ロール連続鋳造法およびDC鋳造法により、表2 に示す条件で各鋳塊板厚に鋳造した。但し、表1のMg量が6.1%である合金例Cを用いた、表2、3の発明例3、10は本発明外の参考例である。
【0064】
そして、双ロール連続鋳造法の場合には、各Al合金薄板鋳塊を、表2 に示す条件で均熱処理した後、熱間圧延することなしに、板厚1.0mm まで冷間圧延した。また、DC鋳造法の場合には、表2 に示す条件で各Al合金鋳塊を均熱処理した後、480 ℃の開始温度、350 ℃の終了温度で、板厚4.0mm まで圧延する熱間圧延を行い、その後、板厚1.0mm まで冷間圧延した。なお、これらの冷間圧延中の中間焼鈍は行なわなかった。
【0065】
また、これら各冷延板を、表2 に示す温度と冷却条件及び付加焼鈍条件で、連続焼鈍炉で最終焼鈍および付加焼鈍を行った。なお、付加焼鈍は、焼鈍条件によってバッチ焼鈍炉あるいは連続焼鈍炉を使用した。また、バッチ焼鈍炉の場合は付加焼鈍温度で巻取後、直ちにバッチ焼鈍炉に挿入して付加焼鈍を行った。
【0066】
双ロール連続鋳造の際の、双ロールの周速は70m /min、Al合金溶湯を双ロールに注湯する際の注湯温度は、液相線温度+20℃と、各例とも一定とし、双ロール表面の潤滑は行なわなかった。
【0067】
このように得られた、最終焼鈍後の高Mgの Al-Mg系Al合金板の、長手方向( 圧延方向) に亙って、互いの間隔を100mm 以上開けた任意の測定箇所、10箇所における板厚中心部から試料を採取し、前記した測定方法により、結晶粒内のAl-Mg 系析出物の平均粒径(nm)、平均密度( 個/ μm2) を測定した。表3 に測定結果を示す。なお、FE-TEMは日立製作所製電界放射型透過電子顕微鏡:HF-2000を用いた。
【0068】
なお、これら発明例、比較例とも、比較例13を除き、得られたAl合金板表面の平均結晶粒径は30〜60μm の範囲であった。比較例13は得られたAl合金板表面の平均結晶粒径が100 μm を超えていた。
【0069】
更に、前記板厚中心部から試験片を採取し、各試験片の機械的性質と、強度延性バランス [引張強度(TS:MPa)×全伸び(EL:%)](MPa%) の平均値を求め、また、成形性などの特性も計測、評価した。これらの結果も表3 に示す。
【0070】
引張試験はJIS Z 2201にしたがって行うとともに、試験片形状はJIS 5 号試験片で行い、試験片長手方向が圧延方向と一致するように作製した。また、クロスヘッド速度は5mm/分で、試験片が破断するまで一定の速度で行った。
【0071】
成形性の材料試験評価としては、張出性の評価として、平面ひずみ状態の張出試験、伸びフランジ性の評価としてバーリング試験を行った。
【0072】
張出試験は、直径101.6mmの球頭張出ポンチを用い、長さ180mm、幅110mmの試験片に潤滑剤としてR-303Pを塗布し、成形速度4mm/s、しわ押さえ荷重200kNで張出成形試験を行い、試験片が割れる際の高さ(mm)を測定した。
【0073】
バーリング試験は、1辺が100mmの正方形の板に直径10mmの孔を打ち抜く。そして、直径25mmの60°円錐ポンチを用いて、バリを上面(ダイス面)側とし潤滑油として防錆油を用いて、しわ押さえ力4.0トン、ポンチ速度10m/minでバーリング試験を行い、前記打ち抜き孔の縁に破断が発生した段階でポンチを止め、破断後の孔内径(d s )と成形試験前の初期孔径(d0)から下記式によってバーリング率(λ)を求めた。
λ:(d s −d0)/d0 ×100
【0074】
破断後の孔内径については、圧延方向と、圧延方向に垂直な方向でそれぞれ測定し、バーリング率を各々求めた後に平均を取って、各サンプルのバーリング率とした。さらに、各サンプルについて3回のバーリング試験を行い、その平均値を最終的にバーリング率(λ%)とした。これらの結果も表2 、3 に示す。
【0075】
表1 、2 の通り、発明例1 〜14は、表1 のA 〜D の本発明範囲内の組成を有する高MgのAl-Mg 系Al合金板例であって、好ましい製造条件範囲内で製造されている。このため、表3 の通り、発明例1 〜14は、板の板厚中心部における組織の、結晶粒内のAl-Mg 系析出物が、平均粒径で100nm 以下、平均密度で0.1 個/ μm2以上、103 個/ μm2以下である。そして、発明例1 〜14では、粒径が100nm を越えて粗大化したβ相は、前記組織観察の結果では無かった。この結果、発明例1 〜14は、強度延性バランス、限界張出高さ、λが高く、プレス成形性に優れている。
【0076】
これに対して、表1 、2 の通り、比較例17〜23は、表1 のA 、B の本発明範囲内の組成を有する高MgのAl-Mg 系Al合金例ではあるが、好ましい製造条件の範囲外で製造されている。このため、表3 の通り、板の板厚中心部における組織の、結晶粒内のAl-Mg 系析出物の平均粒径か平均密度が本発明範囲を外れている。この結果、強度延性バランスが低く、プレス成形性に劣っている。なお、表3の張出試験における限界張出高さは、例えば、発明例と比較例との差が2mm 程度の差であっても、実際の張出成形における成形性の差はより大きくなり、この2mm 程度の差が重要となる。
【0077】
比較例17、18は、表1 のA の本発明範囲内の組成を有する合金例ではあるが、最終焼鈍後に付加焼鈍を行なっていない。
【0078】
比較例19は、表1 のA の本発明範囲内の組成を有する合金例ではあるが、最終焼鈍後に付加焼鈍温度が高過ぎる。
【0079】
比較例20は、表1 のA の本発明範囲内の組成を有する合金例ではあるが、最終焼鈍後の付加焼鈍温度が低過ぎる。
【0080】
比較例21は、表1 のA の本発明範囲内の組成を有する合金例ではあるが、最終焼鈍後の付加焼鈍時間が長過ぎる。
【0081】
比較例22は、表1 のA の本発明範囲内の組成を有する合金例ではあるが、最終焼鈍後に付加焼鈍を行なっていない。
【0082】
比較例23は、表1 のA の本発明範囲内の組成を有する合金例ではあるが、最終焼鈍後の冷却速度が低過ぎる。
【0083】
一方、比較例15、16は、好ましい製造条件の範囲内で製造されているものの、表1 のE 、F の本発明範囲外の組成を有する高MgのAl-Mg 系Al合金例である。このため、強度延性バランスが低く、プレス成形性に劣っている。
比較例15は、Mg含有量が下限を下回って少な過ぎるE の合金を用いている。
比較例16は、Mg含有量が上限を上回って多過ぎるF の合金を用いている。
【0084】
したがって、これらから、本発明の結晶粒内のAl-Mg 系析出物規定や、これを規定内とする好ましい製造条件の、強度、延性、強度延性バランス、成形性に対する臨界的な意義が分かる。
【0085】
【表1】

【0086】
【表2】

【0087】
【表3】

【産業上の利用可能性】
【0088】
以上説明したように、本発明によれば、高MgのAl-Mg 系合金を含めたアルミニウム合金の伸びや強度延性バランスを向上させることができ、成形性を向上させることができる。この結果、自動車、船舶、航空機あるいは車両などの輸送機、機械、電気製品、建築、構造物、光学機器、器物の部材や部品などの、成形性が要求されるアルミニウム合金板用途への適用を拡大できる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
質量% で、Mg: 8%を超え15.0%以下を含み、Fe:0.5% 以下、Si:0.3% 以下に抑制し、残部Alおよび不可避的不純物からなるAl-Mg 系アルミニウム合金板であって、この板の板厚中心部における組織の、50000 倍の透過型電子顕微鏡により観察される、結晶粒内のAl-Mg 系析出物が、平均粒径で100nm 以下、平均密度で0.1 個/ μm2以上、103 個/ μm2以下であることを特徴とする成形用アルミニウム合金板。
【請求項2】
前記アルミニウム合金板が、前記Mg以外の元素として、Mn:0.3% 以下、Cr:0.3% 以下、Zr:0.3% 以下、V:0.3%以下、Ti:0.1% 以下、Cu:1.0% 以下、Zn:1.0% 以下、に各々抑制した請求項1に記載の成形用アルミニウム合金板。


【図1】
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【公開番号】特開2012−140709(P2012−140709A)
【公開日】平成24年7月26日(2012.7.26)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2012−30743(P2012−30743)
【出願日】平成24年2月15日(2012.2.15)
【分割の表示】特願2005−270692(P2005−270692)の分割
【原出願日】平成17年9月16日(2005.9.16)
【出願人】(000001199)株式会社神戸製鋼所 (5,860)