説明

手摺材の滑り評価方法と試験装置

【課題】 人が手摺を握った場合の手摺材との間の滑り現象の評価を可能とする。
【解決手段】
手摺材面に対しての試験片の滑り抵抗を、把持力と鉛直力または水平力の付加をもって評価する方法であって、試験片の手摺材表面に接地後の把持力と、鉛直方向または水平方向の速度並びに加速度を設定し、試験片面を手摺材表面に対して試験直前まで浮かせた状態から平行に接地させ、手摺材が試験片面から受ける把持力と鉛直力または水平力を測定し、鉛直力または水平力を把持力で除した摩擦係数の推移から手摺材の滑りのリスク度を判定する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は手摺材と素手間の滑り性を評価する方法とそのための試験装置に関するものである。
【背景技術】
【0002】
浴室や、雨天時のエントランスや階段などで、人が歩行時に滑り転倒する事故が多数発生しており、高齢化社会を迎えた近年においてその事故数は増加傾向にある。このような滑り転倒事故を防止・抑制するための方策として床材そのものの滑り防止性能(ノンスリップ性)を高めるとともに、所望の場所、位置、たとえば浴室内や室内外の階段、エントランス等に手摺を設けてこれを手で把持することによって滑り転倒をより効果的に抑止することが考慮されている。
【0003】
しかしながら、これら手摺は、滑り転倒防止のための手段として重視されているものの、人の移行動作での依存度が高まるにともなって、把持する人の手が滑りやすい手摺材での転倒危険度も高まってくる。だが、現状においてはこのような滑り危険度を考慮することは必ずしも十分ではない。実際に、現状の手摺材においては、性能面で優れた製品が少なく、設計・施工・運用方法も確立されているとは言えない。
【0004】
このような状況に対応するためには、まずは手摺材の滑りの評価手段を確立しておくことが必要となるが、日本国内はもとより、世界的にも評価手段の統一化が実現されていないことと、最も実際的に合理的で妥当性のある評価方法についての科学技術的な検討が深化されていないという事情がある。
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
本発明は以上の通りの背景から、人間の動作における滑りについて、人が手摺を握った場合の手摺材との間の滑り現象の評価を可能とする新しい滑り評価の方法とこれに用いることのできる滑り試験機を提供することを課題としている。そして、実際の滑り時の現象を再現し、手摺材の滑り性を的確に評価し、滑り・転倒対策として有効な手摺材の開発に寄与することを目的としている。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明の手摺の滑り評価の方法とその試験装置は、静摩擦係数とともに、実際の滑り時の現象の評価において重要な動摩擦係数にも着目することで上記の課題を解決する。その構成は以下のことを特徴としている。
<1> 手摺材面に対しての試験片の滑り抵抗を、把持力と鉛直力または水平力の付加をもって評価する方法であって、試験片の手摺材表面に接地後の把持力と、設置後の試験片に対しての手摺材の相対的な鉛直方向または水平方向の移動の速度並びに加速度を設定し、試験片面を手摺材表面に対して試験直前まで浮かせた状態から平行に接地させ、手摺材が試験片面から受ける把持力と鉛直力または水平力を測定し、鉛直力または水平力を把持力で除した摩擦係数の推移から手摺材の滑りのリスク度を判定する。
【0007】
なお、ここでの「試験片」は手摺材との間の滑りが評価されることになる人の手のひらの代替物であることを意味している。
<2> 前記の把持力を0〜4MPa(メガパスカル)とし、鉛直方向または水平方向の速度並びに加速度に係わる押しまたは引張力の範囲を10〜2000N(ニュートン)とし、荷重速度を0.1〜20N/ms(ニュートン/ミリセコンズ)の範囲とする。
<3> 手摺材表面を乾燥しておくか、もしくはあらかじめ滑りの要因となる液体介在物を塗布しておく。
<4> 手摺の滑り評価のための試験装置であって、手摺材表面に対しての試験片の滑りを把持力と手摺材の試験片に対しての相対的な移動にともなう鉛直力または水平力の付加とをもって摩擦係数を算出し、リスク評価するための試験装置であって、試験開始に、試験片面を手摺材表面に対して平行な状態で接地させて把持力を付加することができる把持力付加手段と、試験片に対して鉛直力または水平力を付加する手段と、付加された把持力と鉛直力または水平力の測定手段とを備えている。
<5>前記試験装置では、摺材が試験片から受ける鉛直力または水平力と把持力の測定手段とを備え、鉛直駆動手段または水平駆動手段によって試験片の手摺材表面に対しての接地後の手摺材に掛かる荷重速度並びに加速度を設定し、前記測定手段によって手摺材が試験片から受ける鉛直力または水平力と把持力を測定し、鉛直力または水平力を把持力で除した摩擦係数の推移から手摺材の滑りのリスク度を判定可能とする。
<6>上記試験装置では、把持手段が空気圧、水圧または油圧による。
<7>把持力の載荷範囲を0〜4MPa(メガパスカル)とする。
<8>押し、または引張りによる鉛直駆動手段または水平駆動手段は、錘、空気圧、油圧、サーボモータまたはリニアアクチュエータを用いたプログラム制御によるものである。
<9>鉛直力または水平力が10〜2000N(ニュートン)の範囲である。
<10>鉛直駆動手段または水平駆動手段において、試験片配設部との連結中間部にロードセルを介することにより摩擦力(鉛直方向抵抗力または水平方向抵抗力)に応じて鉛直駆動手段または水平駆動手段による作用を制御ができる。
<11> 断面形状が半円で2つに分割された円筒体の両端の分割部にロードセルを介し、空気圧、水圧または油圧による把持手段の膨張圧による把持力を測定して膨張圧と把持力との検量行う校正装置を備えている。
【発明の効果】
【0008】
本発明においては、前記のとおり手摺材面に対しての人の手のひらの代替物としての試験片を、把持力と鉛直力または水平力の付加とをもって滑りを評価する方法であって、試験開始直前まで試験片を試験片面から浮かせ、試験片の手摺材表面に接地後の把持力と水平方向の速度並びに加速度を設定し、試験片面を手摺材表面に対して平行な状態で接地させ、手摺材が試験片から受ける把持力と水平力を測定し、水平力を把持力で除した摩擦係数の推移から手摺材の滑りのリスク度を判定する滑りの評価方法と、それを実施可能にするための装置を提案している。
【0009】
このような本発明によれば、実際の人の手摺把持動作における静摩擦係数と動摩擦係数の測定をもって評価可能としている。
【0010】
また、本発明装置によれば、滑りの防止や抑制を図ることの出来る手摺材そのものの開発や、評価の規準と方法の確立に大きく前進することが可能となる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0011】
上記の特徴を有する本発明の実施の形態について説明する。ここで本発明に係わる用語とその定義について若干の説明を行うと以下のとおりである。
1)把持力
手摺材面が試験片から受ける、手摺材面に対し垂直方向(90度)の力
2)鉛直力または水平力
手摺材面が試験片から受ける、手摺材面に対し水平方向(0度)の力
3)摩擦係数
鉛直力または水平力を把持力で除した値
4)試験片
評価試験に用いる素手の代替物等。
5)鉛直荷重速度または水平荷重速度
手摺材面に対してかかる、単位時間当たりの鉛直力または水平力
本発明の手摺滑りの評価方法については、その手順として以下のとおりとなる。
<A>試験片を手摺材面から浮かせた待機状態とする。
<B>予め試験片の手摺材面に対しての把持力の載荷範囲と、手摺材の試験片に対する鉛直方向または水平方向の速度と加速度を設定しておく。たとえば把持力は、空気圧、水圧または油圧による膨張で得る。試験片面が手摺材面に対して平行な状態で接地させる。
<C>鉛直力または水平力を把持力で除した摩擦係数の推移から、手摺材の滑りのリスク度を判定する。
【0012】
尚、滑りの要因となる水や石鹸水等の液体介在物を塗布しておいても良い。これら介在物が存在する場合の手摺材の評価が可能となる。
【0013】
そこで以下により具体的な例示をもって説明する。
<滑りの評価>
手摺材ならびに試験片の動作は、図1および表1にその概要を示すことが出来る。
【0014】
図1にも示したように、本発明において規定するところの「鉛直力または水平力」「鉛直方向または水平方向」での「鉛直」または「水平」は、動作の方向に対応して、「手摺材を動かす方向が垂直方向」であれば「鉛直」を、「手摺材を動かす方向が水平方向であれば水平」を意味している。一方、「把持力」は、試験片が手摺材にかける載荷方向の力であって、手摺材表面に垂直にかかる力を意味している。
【0015】
表1の数値は例示である。そして表1の「速度」は、手摺材の動作速度を例示している。
【0016】
なお、表1で具体的に例示している条件、つまり鉛直力または水平力、動作速度・加速度、荷重速度に関わる条件は、65歳以上の被験者15人について、滑りやすい手摺材を実際に握り、立ち上がる動作をしてもらい、手摺材を握った時から滑った瞬間までの連続的な実測データから導いた値を用いている。
【0017】
【表1】

【0018】
また、手のひらの代替物としての試験片については、その素材や形状、大きさについて手前の試験的検討によって選定することや各種のこれまでの試験例を参照することができる。本発明者による実験的検討からは、たとえばシリコンゴムを素材として選択することができる。その具体例としては、図2に示す形状の滑り試験片(硬度50のシリコンゴム)を示すことができる(数値の単位はmm)。このような試験片を、たとえば図3および図4にその概要を示した形態の滑り試験装置に取り付けることができる。ここで図4は、図3における手摺把持力付加治具の部分を側面から示したものである。
【0019】
たとえば、この図3および図4に例示したように、本発明の試験装置では、手摺への把持力付加手段としての治具を備えている。この把持手段では、たとえば空気圧や水圧、油圧(図4のA)によって中空形状の試験片を手摺材に当接押圧し、また押圧を解除して離間させることができるようにする。手摺の断面外形状に応じて、たとえば、円形、あるいは角形等の外形状に応じて試験片の形状とともに把持手段による押圧力付加もこれに対応させる。
【0020】
図3および図4の装置例では、エアシリンダを用いて水平方向に手摺材を動作可能とし、「水平力」をロードセルによって測定できるようにしている。試験では、たとえば好適には、把持力を0〜4MPaとし、鉛直方向または水平方向の力(押し、または引張として)を10〜2000N(ニユートン)とし、鉛直方向または水平方向の荷重速度を0.1〜20N/ms(ニュートン/ミリセコンズ)の範囲とすることが一般的に考慮される。また、試験では、手摺材表面が乾燥状態、もしくは水滴、水膜等が付着した場合を想定しておくことが考慮される。後者の場合には手摺材表面に水、石ケン水などの液体介在物を塗布しておくこともできる。
【0021】
このような試験装置によって、把持力と鉛直力または水平力の付加をもって、鉛直力または水平力を把持力で除した摩擦係数の推移、すなわち接地直後の静摩擦係数と時間経過に伴う動摩擦係数の推移により実際の滑り現象に沿った手摺材の滑りリスク度が判定可能となる。
【0022】
たとえば、滑りのリスク度については、動摩擦係数が0.1未満では滑りやすく、このような滑りやすい手摺を把持した場合には転倒の危険度は大きいと一般的に判断可能となる。このような結果から、手摺材として望ましいものの開発、製造、そして社会的普及が進むことになる。
【0023】
たとえば、図3および図4の装置を用いて、図2に示した前記試験片によって、図1および表1に示す条件での動作を忠実に再現し、動作開始から終了にかけて代替石鹸(25wt%ポリビニルアルコール水溶液)が塗布された手摺材が試験片から受ける連続的な鉛直力または水平力および把持力を測定してみると、図5および図6に示すような結果が得られる。図5は、表面に微弱粗面を有する防滑手摺材の場合について、また、図6は、表面平滑な通常手摺材の場合についての摩擦係数の推移を例示したものである。いずれの場合も、把持力は170N(ニュートン)で、移動速度は50mm/sとしている。
【0024】
接地(a)にともなう静摩擦係数は、図5では0.5を超え、その後の動摩擦係数もほぼ0.5の水準にある。一方、図6ではいずれも0.1未満であって、滑りやすいことがわかる。
【0025】
なお、把持力を、空気圧、水圧あるいは油圧による膨張圧で載荷する装置で手摺材の評価をするにあたっては、まず図7に概要を示す装置で、手摺把持力付加治具の校正を行うことができる。たとえばその断面形状が半円で2つに分割された円筒体(B)に付加される力をその両端部に設けたロードセルによって測定し、この値と、膨張圧による把持力付加治具(C)による圧力との相関関係を検量する。たとえば空気圧で行う場合の、把持力と空気圧の関係を表2に例示することができる。
【0026】
【表2】

【図面の簡単な説明】
【0027】
【図1】手摺滑り試験の概要図である。
【図2】手摺滑り試験片を例示した正面・側面図である。
【図3】滑り試験装置を例示した概要正面図である。
【図4】図3の手摺把持力付加治具部の概要側面図である。
【図5】測定例を示した図である。
【図6】測定例を示した図である。
【図7】把持力の校正装置を例示した概要図である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
手摺材面に対しての試験片の滑り抵抗を、把持力と鉛直力または水平力の付加をもって評価する方法であって、試験片の手摺材表面に接地後の把持力と、設置後の試験片に対しての手摺材の相対的な鉛直方向または水平方向の移動の速度並びに加速度を設定し、試験片面を手摺材表面に対して試験直前まで浮かせた状態から平行に接地させ、手摺材が試験片面から受ける把持力と鉛直力または水平力を測定し、鉛直力または水平力を把持力で除した摩擦係数の推移から手摺材の滑りのリスク度を判定することを特徴とする滑りの評価方法。
【請求項2】
把持力を0〜4MPa(メガパスカル)とし、鉛直方向または水平方向の速度並びに加速度に係る押しまたは引張力の範囲を10〜2000N(ニュートン)とし、荷重速度を0.1〜20N/ms(ニュートン/ミリセコンズ)の範囲とすることを特徴とする請求項1に記載の滑り評価方法。
【請求項3】
手摺材表面を乾燥しておくか、もしくはあらかじめ滑りの要因となる液体介在物を手摺材表面に塗布しておくことを特徴とする請求項1または2に記載の滑り評価方法。
【請求項4】
手摺材表面に対しての試験片の滑りを把持力と手摺材の試験片に対しての相対的な移動にともなう鉛直力または水平力の付加とをもって摩擦係数を算出し、リスク評価するための試験装置であって、試験開始に、試験片面を手摺材表面に対して平行な状態で接地させて把持力を付加することができる把持力付加手段と、試験片に対して鉛直力または水平力を付加する手段と、付加された把持力と鉛直力または水平力の測定手段とを備えていることを特徴とする滑りの試験装置。
【請求項5】
手摺材が試験片から受ける鉛直力または水平力と把持力の測定手段とを備え、鉛直駆動手段または水平駆動手段によって試験片の手摺材表面に対しての接地後の手摺材に掛かる荷重速度並びに加速度を設定し、前記測定手段によって手摺材が試験片から受ける鉛直力または水平力と把持力を測定し、鉛直力または水平力を把持力で除した摩擦係数の推移から手摺材の滑りのリスク度を判定可能とすることを特徴とする請求項4に記載の滑りの試験装置。
【請求項6】
把持手段が、空気圧、水圧または油圧による膨張圧で載荷することを特徴とする請求項4または5に記載の手摺滑り試験装置。
【請求項7】
把持力の載荷範囲を0〜4MPa(メガパスカル)とすることを特徴とする請求項4から6のいずれかに記載の手摺滑り試験装置。
【請求項8】
押し、または引張りによる鉛直駆動手段または水平駆動手段が、錘、空気圧、油圧、サーボモータまたはリニアアクチュエータを用いたプログラム制御によるものであることを特徴とする請求項5から7のいずれかに記載の手摺滑り試験装置。
【請求項9】
鉛直力または水平力が1〜2000N(ニュートン)の範囲で、荷重速度の範囲が0.1〜20N/ms(ニュートン/ミリセコンズ)であることを特徴とする請求項4から8のいずれかに記載の手摺滑り試験装置。
【請求項10】
鉛直駆動または水平駆動手段において、試験片配設部との連結中間部にロードセルを介することにより摩擦力(鉛直方向抵抗力または水平方向抵抗力)に応じて鉛直駆動手段または水平駆動手段による作用を制御ができることを特徴とする請求項5から9のいずれかに記載の手摺滑り試験装置。
【請求項11】
断面形状が半円で2つに分割された円筒体の両端の分割部にロードセルを介し、空気圧、水圧または油圧による把持手段の膨張圧による把持力を測定して膨張圧と把持力との検量を行う校正装置を備えていることを特徴とする請求項6に記載の手摺滑り試験装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【公開番号】特開2010−19740(P2010−19740A)
【公開日】平成22年1月28日(2010.1.28)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−181666(P2008−181666)
【出願日】平成20年7月11日(2008.7.11)
【出願人】(503094542)株式会社アベイラス (5)
【Fターム(参考)】