説明

抄紙用扁平ポリフェニレンサルファイド繊維及び湿式不織布

【課題】 ポリフェニレンサルファイド短繊維からなる湿式不織布において緻密性を高め薄くて強いものとするために有効な抄紙用ポリフェニレンサルファイド短繊維を提供する。
【解決手段】 単繊維繊度が1.0〜3.3dtexであって、該短繊維の繊維軸方向に垂直な繊維断面の長径/短径で表される扁平率Aが、1.5≦A≦3.0である抄紙用扁平ポリフェニレンサルファイド短繊維である。この抄紙用扁平ポリフェニレンサルファイド短繊維が1〜20%用いられ、かつ、抄紙密度が0.90cm/g以上である湿式不織布である。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、抄紙用に用いられる扁平ポリフェニレンサルファイド短繊維に関する。さらに詳しくは、耐熱性、耐薬品性および捕集効率に優れ、薄くて高強度の湿式不織布を製造するのに適した扁平ポリフェニレンサルファイド短繊維に関するものである。
【背景技術】
【0002】
ポリフェニレンサルファイド(以下、PPSという)は、耐熱性、耐薬品性にも優れたエンジニアリングプラスチックである。このPPSの特長を活かして、PPS繊維は各種のフィルターや抄紙(湿式不織布)に用いられている。
【0003】
また、最近のダイオキシン発生などの環境問題から、ダイオキシン発生の少ない高温での焼却が求められ、PPS繊維の耐熱性を活かした除去用フィルターが用いられている。このPPS繊維製フィルターに用いられるPPS短繊維は、例えば、特開平4−100915号公報などに記載されている。
また、PPS繊維製耐熱性機能紙は、例えば、特開平7−189169号公報などに記載されている。
【0004】
特開平4−100915号公報には、PPSの平均分子量や分子量分布を特定範囲内とすることにより毛羽や欠点が少ないPPS短繊維を製造することが記載されている。また、特開平7−189169号公報では、未延伸のPPS繊維と延伸したPPS繊維を原料として用いて混抄し、未延伸のPPS繊維を結着材としてPPS紙を得る方法が記載されている。これらに記載されている抄紙用PPS短繊維は、その断面形状が記載されていないので通常の丸断面繊維であると解される。
【0005】
これら丸断面PPS短繊維を用いたPPS繊維紙の除去用フィルターでは、捕集効率が十分ではないという問題があった。
【0006】
そこで、粉塵の捕集効率を高めるために、特開2001−164421号公報では、繊維断面に凹部を持つ形状のPPS繊維原綿を用いてウェッブとしニードルパンチ加工、カレンダー処理を施して不織布構造体を製造することが提案されている。
【0007】
しかしながら、この不織布構造体では、凹凸のある変形断面繊維を用いているので繊維同士の間に空隙が残り易く、厚みに比して強度が低い不織布になり易い問題があった。特に抄紙によって湿式不織布とする場合には、緻密性を高めることが難しく、捕集効率を十分に高めることが難しい。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【特許文献1】特開平4−100915号公報
【特許文献2】特開平7−189169号公報
【特許文献3】特開2001−164421号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
本発明は、PPS短繊維からなる湿式不織布において緻密性を高め薄くて強いものとするために有効な抄紙用PPS短繊維を提供することを目的とする。さらに、防塵フィルターの強さや粉塵捕集効率を向上させるために有効な湿式不織布を提供することを別の目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
上記の目的を達成するために、本発明の抄紙用扁平PPS短繊維は、単繊維繊度が1.0〜3.3dtexであって、該短繊維の繊維軸方向に垂直な繊維断面の長径/短径で表される扁平率Aが、1.5≦A≦3.0であることを特徴とするものである。
【0011】
また、本発明の湿式不織布は、PPS短繊維から構成される湿式不織布であって、前記の抄紙用扁平PPS短繊維が1〜20%用いられ、かつ、抄紙密度が0.90cm/g以上であることを特徴とするものである。
【発明の効果】
【0012】
本発明によれば、耐熱性、耐薬品性、および捕集効率が大幅に向上した抄紙(湿式不織布)を製造するのに適したPPS短繊維を得ることができる。さらに、このPPS短繊維の優れた特性を十分に発揮でき、薄くしても強く捕集効率が良好な湿式不織布を得ることができる。
【図面の簡単な説明】
【0013】
【図1】本発明の扁平PPS短繊維で採用する横断面形状を例示する繊維横断面図である。
【発明を実施するための形態】
【0014】
本発明のPPS短繊維を構成するPPS(ポリフェニレンサルファイド)は、ポリマーの繰り返し単位の90%以上が式(I)で表される単位で構成されるポリマーであるが、10%未満の繰り返し単位が式(II)で表される単位を含む共重合PPSでもよい。
【0015】
【化1】

【0016】
本発明の抄紙用扁平PPS短繊維は、PPSで構成された短繊維であり、かつ、その単繊維繊度は、1.0dtexから3.3dtexであり、好ましくは1.3dtexから2.8dtexである。単繊維の繊度が、1.0dtexより細い場合は、抄紙工程で原綿を分散させた抄紙原液を網ですき上げる際に、繊維が脱落して採算性の悪化につながる。3.3dtexを越える場合には不織布とした場合に、同じ目付において、太いために構成本数が減り、捕集効率が悪化する。
【0017】
本発明の抄紙用扁平PPS短繊維は、さらに、繊維断面の長径/短径で表される扁平率Aが1.5≦A≦3.0であり、好ましくは、2.0≦A≦2.5である。このような扁平ポリエステル短繊維を抄紙用短繊維として用いるところが、本発明の主たる特徴である。
【0018】
本発明でいう扁平率とは、繊維横断面の長径/短径の値で示される。ここでいう長径とは、該繊維横断面における最も長い部分の長さをいい、短径とは、該繊維断面内で長径とほぼ直交する方向のうち最も長い部分の長さをいうものである。この扁平率Aが1.5A≦3.0の範囲内にある偏平PPS短繊維であれば種々の断面形状をとることができる。図1(a)に例示するような単純な扁平断面であることが好ましいが、そのほかに、図1(b)に示すような三角形型、図1(c)に示すようなドックボーン型、図1(d)に示すような十字型、さらには長径上にリアス式海岸の如き凹凸を有する断面形状などの種々の扁平断面形状をとることができる。 扁平率Aが1.5未満の場合は、不織布の緻密性を十分に向上させることが難しい。また、該扁平率Aが3.0を超える場合は、繊維断面の亀裂発生が多発するため、かる扁平PPS短繊維を用いた不織布は、品位の悪いものとなる。
【0019】
本発明の扁平PPS短繊維から湿式不織布を製造する抄紙方法としては、連続工程では丸網抄紙機や長網抄紙機、バッチ工程ではシートマシンなどを使った公知の湿式抄造技術が好ましく用いられる。
【0020】
本発明の扁平PPS短繊維は、湿式不織布中に好ましくは1〜20%、さらに好ましくは5〜15%含有されていることが、不織布の緻密性を向上させるという前記課題を達成するために好ましい。20%を超える場合は、不織布の強度が低下し易く、フィルターとしての機能も低下し易い。
【0021】
湿式不織布を構成するその他の繊維としては、本発明で特定した扁平PPS短繊維以外のPPS短繊維(例えば、丸断面PPS短繊維)を用いることが好ましいが、これ以外に、ポリエステル短繊維(PET、PBT等)、ポリアミド短繊維(ナイロン6、ナイロン66等)等を使用してもよい。
【0022】
湿式不織布の密度(抄紙密度)は0.90g/cm以上である。なお、本発明でいう抄紙密度とは後述(4)に記載する方法により求められる値である。抄紙密度が0.90g/cm以上となる条件で抄紙することにより、湿式不織布(紙)の紙面方向および厚み方向における繊維間の空隙が潰れ、繊維間の摩擦が大きくなるので、紙の強度が向上し、取り扱い性が向上する。
【0023】
短繊維の物性値測定、湿式不織布の物性値測定、評価は以下の方法により行う。
(1)短繊維の単繊維繊度(dtex)
短繊維の重量を電子天秤で秤量した。この重量値とカット長とからその10000mの重量に換算して単繊維繊度を求める。
(2)短繊維の扁平率
繊維横断面を拡大鏡で観察し、長径と短径とを測定し、その割合(長径/短径)を求める。
【0024】
(3)湿式不織布の厚み(L)
10.0cm角にカットした紙片4枚を試料として用い、JIS−L−1906(2000年改正)の試験法に準じて荷重10kPaで、23℃、相対湿度50%の雰囲気下で各々の紙面の中央部1点の厚みを1μmのオーダーまで測定する。計4枚で測定した結果の平均の値を求め、0.1μmのオーダーを四捨五入した値を厚み(L)(μm)とする。
【0025】
(4)湿式不織布の坪量、密度
10.0cm角にカットした紙片4枚を試料として用い、各々の紙の重量(g)を、23℃、相対湿度50%の雰囲気下で測定し、紙の面積(m)で除し、各々の紙の坪量値(g/m)とする。計4枚の平均値を求めて有効数字3桁で坪量(g/m)を算出する。また、cmの単位に換算した坪量の値を上記(3)項で測定した厚みで除して少数点以下2桁で密度(g/cm)を算出する。
【0026】
(5)湿式不織布の粉塵捕集効率 湿式不織布を用いて通常の方法で防塵用フィルターを調製し、30日間実用テストを行い、粉塵の粒径別(粉塵径0.3〜0.5μm、0.5〜1.0μm、1.0〜2.0μm、2.0〜5.0μm)に捕集効率を測定した。
この捕集効率の値から、次表の基準で、粉塵径別に良否を判定した。
【0027】
【表1】

【0028】
前表において良と判定された粉塵径の区分の数により、捕集効率の良(○)、やや不良(△)、不良(×)と判断した。
良と判定された粉塵径の区分の数が0〜1ヶ所:×
良と判定された粉塵径の区分の数が2〜3ヶ所:△
良と判定された粉塵径の区分の数が4ヶ所 :○
【実施例】
【0029】
以下に実施例をあげて本発明をより具体的に説明する。
【0030】
[実施例1]
融点280℃、メルトフローレート170g/10minのPPS樹脂からなるペレットを使用し、通常の溶融紡糸機を用い、320℃の温度で溶融紡糸を行った。このとき、吐出孔形が長方形(縦/横の比:1/3)の700個の孔を持つ紡糸口金を用い、吐出量320g/分で紡出し、冷却チムニー温度25℃、風速25m/分で冷却し、集束剤として通常のPPS用紡糸油剤を付与し、紡糸速度800m/分で引き取り、PPS未延伸糸を製造した。得られた糸を95℃の熱水浴で3.4倍に延伸し、ノニオン系の抄紙用油剤を付与し、クリンパーに通して10山/25mmの捲縮をかけた後にECカッター(帝人製機製)にて51mm長にカットし、1.7dtex、扁平率2.3の扁平PPS短繊維を製造した。
【0031】
また、上記と同じPPS樹脂ペレットを用い、紡糸口金を、吐出孔形が丸形の700個の孔をもつ紡糸口金に変更した以外は上記と同様の方法で丸断面PPS短繊維を製造した。
【0032】
これら得られた扁平PPS短繊維15%と、丸断面PPS短繊維85%を用いて湿式不織布を製造した。その抄紙方法は次のとおりとした。これらPPS短繊維を水に分散させ、さらに分散剤であるノニオン系界面活性剤を添加して均一に分散させ抄紙原液とした。この抄紙原液を実験用抄紙機(25cm角のシート形成可能な角型シートマシン)の120メッシュの金属製の網の上に抄紙し、未乾燥紙を得た。得られた未乾燥紙を標準型回転型乾燥機で、表裏が交互にドラム面に接するように未乾燥紙を通して、温度110℃で乾燥し、厚さ250μm(±10μm)、抄紙密度0.93cm/gの湿式不織布(抄紙)を製造した。
【0033】
[実施例2]
吐出量のみを375g/分とした他は実施例1と同様に実施し、単繊維繊度2.0dtex、扁平率2.2の扁平PPS短繊維を製造した。得られた扁平PPS短繊維15%と、実施例1で得られた丸断面PPS短繊維85%とを用い、実施例1と同様に抄紙を行い、厚さ250μm(±10μm)、抄紙密度0.98cm/gの湿式不織布(抄紙)を製造した。
【0034】
[実施例3]
吐出量のみを245g/分とした他は実施例1と同様に実施し、単繊維繊度1.3dtex、扁平率2.3の扁平PPS短繊維を製造した。得られた扁平PPS短繊維15%と、実施例1で得られた丸断面PPS短繊維85%とを用い、実施例1と同様に抄紙を行い、厚さ250μm(±10μm)、抄紙密度0.97cm/gの湿式不織布(抄紙)を製造した。
【0035】
[実施例4]
実施例1で得られた扁平PPS短繊維を5%と、実施例1で得られた丸断面PPS短繊維を95%との割合で用い、実施例1と同様に抄紙を行い、厚さ250μm(±10μm)、抄紙密度0.95cm/gの湿式不織布(抄紙)を製造した。
【0036】
[実施例5]
吐出孔形が三角形で700個の孔を持つ紡糸口金を用いた他は実施例1と同様に実施し、単繊維繊度1.7dtex、扁平率2.3の扁平三角断面PPS短繊維(図1(b)を製造した。得られた扁平三角断面PPS短繊維15%と、実施例1で得られた丸断面PPS短繊維85%とを用い、実施例1と同様に抄紙を行い、厚さ250μm(±10μm)、抄紙密度0.95cm/gの湿式不織布(抄紙)を製造した。
【0037】
[比較例1]
紡糸口金の吐出孔数200個、吐出量を260g/分とした他は実施例1と同様に実施し、単繊維繊度4.8dtex、扁平率2.5の扁平PPS短繊維を製造した。得られた扁平PPS短繊維15%と、実施例1で得られた丸断面PPS短繊維85%とを用い、実施例1と同様に抄紙を行い、厚さ250μm(±10μm)、抄紙密度1.02cm/gの湿式不織布(抄紙)を製造した。
【0038】
[比較例2]
実施例1で得られた扁平PPS短繊維を50%、丸断面PPS短繊維を50%の割合で用い、実施例1と同様に抄紙を行い、厚さ250μm(±10μm)、抄紙密度0.93cm/gの湿式不織布(抄紙)を製造した。
【0039】
[比較例3]
実施例1で得られた丸断面PPS短繊維を100%用いて、実施例1と同様に抄紙を行い、厚さ250μm(±10μm)、抄紙密度0.91cm/gの湿式不織布(抄紙)を製造した。
【0040】
[比較例4]
実施例1で得られた扁平PPS短繊維を85%、丸断面PPS短繊維を15%用い、抄紙密度が0.57cm/gとなるように条件調整して抄紙を製造した。
【0041】
実施例1〜5、比較例1〜3において得られた抄紙について粉塵捕集効率を測定し、捕集性能を判定した結果を表2に示した。
【0042】
【表2】

【0043】
実施例1〜5で得られた抄紙はいずれも粉塵捕集効率が優れたものであった。実施例1〜3と比較例1の対比から、扁平PPS繊維の繊度が捕集効率に影響することが分かる。実施例1、4と比較例2、3の対比から、抄紙中の扁平PPS繊維の混率が捕集効率に影響することが分かる。実施例5から、単純な丸扁平PPS繊維より劣るものの、扁平三角断面PPS繊維でも捕集効率に優れた抄紙が得られることが分かる。
【0044】
比較例3から、扁平PPS繊維を用いずに丸断面PPS繊維のみから製造された抄紙は捕集効率が不十分であることが分かる。
【産業上の利用可能性】
【0045】
本発明の抄紙用扁平PPS繊維は、湿式不織布(抄紙)用に好適であり、優れた捕集効果を持つ湿式不織布を製造することができ、防塵フィルターなどの各種フィルターや防護服などに適用することができる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
単繊維繊度が1.0〜3.3dtexである抄紙用ポリフェニレンサルファイド短繊維であって、該短繊維の繊維軸方向に垂直な繊維断面の長径/短径で表される扁平率Aが、1.5≦A≦3.0であることを特徴とする抄紙用扁平ポリフェニレンサルファイド短繊維。
【請求項2】
ポリフェニレンサルファイド短繊維から構成される湿式不織布であって、請求項1記載の抄紙用扁平ポリフェニレンサルファイド短繊維が1〜20%用いられ、かつ、抄紙密度が0.90cm/g以上であることを特徴とする湿式不織布。

【図1】
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【公開番号】特開2011−174204(P2011−174204A)
【公開日】平成23年9月8日(2011.9.8)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−39756(P2010−39756)
【出願日】平成22年2月25日(2010.2.25)
【出願人】(000003159)東レ株式会社 (7,677)
【Fターム(参考)】