説明

抗てんかん薬による薬疹発症の診断マーカー及び薬疹発症の診断方法

【課題】抗てんかん薬による薬疹発症の診断マーカー及びそれを用いた診断方法を提供する。
【解決手段】抗てんかん薬による薬疹を発症した症例と抗てんかん薬を投与しても何ら薬疹を発症しない陰性対照とのHLAクラスIアレル頻度を比較検討し、抗てんかん薬による薬疹発症と有意な相関のあるHLAアレルとしてHLA−B5502及びHLA−Cw0102を見出した。これらHLAアレル及びHLA−B5901を含む診断マーカーを検出することにより、抗てんかん薬による薬疹発症の可能性を早期に診断することができる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、抗てんかん薬による薬疹発症を予測、診断するための診断マーカー及びこの診断マーカーを用いた薬疹発症の診断方法に関する。
【背景技術】
【0002】
てんかんは、種種の病因によってもたらされる慢性の脳疾患であり、大脳ニューロンの過剰な放電に由来する反復性の発作(てんかん発作)を主徴とし、それに変異に富んだ臨床ならびに検査所見の表出が伴う。
【0003】
抗てんかん薬によるてんかん治療は、主に対症療法であるため、通常、抗てんかん薬は長期にわたって服用される。そのため、医療者及び患者等ともにその副作用について関心が高く、患者個人に合った、より安全で副作用の少ないオーダーメード医療の実現が望まれている。
【0004】
薬物の副作用は、直接的薬理作用に基づくもの、既知の薬理作用では説明できない特異体質によるもの、長期間使用効果によるもの、及び遅発性効果によるものに分類される。
【0005】
抗てんかん薬における特異体質による副作用の一つである薬疹には、口唇、表皮剥離などの表皮の壊死性障害に加え発熱を伴うスティーブンス・ジョンソン症候群(SJS)、中毒性表皮壊死症(TEN)などの重症薬疹がある。
【0006】
重症薬疹は、その発症率は低いが、80%以上の医薬品で発症することが指摘されている。SJS及びTENについては、年間300例以上の副作用に関する報告がある。SJS及びTENでは、重篤な場合には死に至り、また治療後に眼及び肺に重い後遺症が残ることがあり、その後のQOLが著しく低下する。
【0007】
そのために、重症薬疹を発症しやすい体質を検出する方法を確立して、当該医薬品の投与を回避することにより発症を未然に防ぐことができれば、医薬品の安全な使用に繋がり、臨床上有益である。
【0008】
代表的な抗てんかん薬であるカルバマゼピン(CBZ)によるSJSの発症において、HLAクラスIの遺伝子多型の一つであるHLA−B5901が、日本人に特異的な診断マーカーの候補として報告されている(非特許文献1)。
【0009】
しかしながら、このHLAアレルのみでは、CBZによるSJSの発症を予測、診断するには充分でなく、CBZを含む抗てんかん薬による薬疹発症をより確実に予測、診断することが望まれていた。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0010】
【非特許文献1】Hiroko Ikeda, et. al., "HLA-class I markers in Japanese patients with carbamazepine-induced cutaneous adverse reactions", Epilepsia, Digital Object Identifier 10.1111/j.1528-1167.2009.02269.x
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0011】
本発明は、このような課題に鑑みなされたものであり、抗てんかん薬による薬疹の発症可能性を早期に予測、診断可能とする、薬疹発症の診断マーカー及びこの診断マーカーを用いた薬疹発症の診断方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0012】
上記目的を達成するため、本発明の第1の観点に係る、抗てんかん薬による薬疹の発症を予測するための診断マーカーは、HLAクラスIアレルのHLA−B5502又はHLA−Cw0102を含む、ことを特徴とする。
【0013】
上記目的を達成するため、本発明の第2の観点に係る、抗てんかん薬による薬疹の発症を予測するための診断マーカーは、HLAクラスIアレルのHLA−B5502、HLA−Cw0102及びHLA−B5901のうち何れか二つを含む、ことを特徴とする。
【0014】
上記目的を達成するため、本発明の第3の観点に係る、抗てんかん薬による薬疹の発症を予測するための診断マーカーは、HLAクラスIアレルのHLA−B5502、HLA−Cw0102及びHLA−B5901を含む、ことを特徴とする。
【0015】
前記薬疹は、スティーブンス・ジョンソン症候群(SJS)又は中毒性表皮壊死症(TEN)であってもよい。
【0016】
前記抗てんかん薬は、カルバマゼピン、フェニトイン、バルプロ酸ナトリウム、ゾニサミド、クロナゼパム、ジアゼパム、フェノバルビタール、クロバザム、プリミドン、スルチアム、アセタゾラミド、ニトラゼパム、エトスクシミド、ガバペンチン、トピラマート及びラモトリギンであってもよい。
【0017】
上記目的を達成するため、本発明の第4の観点に係る薬疹発症の診断方法は、抗てんかん薬による薬疹発症を予測する診断方法であって、患者から試料を採取する工程と、該採取された試料中の、HLAクラスIアレルのHLA−B5502、HLA−Cw0102及びHLA−B5901のうち少なくとも何れか一つを検出する工程と、前記検出する工程により求められた結果に基づいて、抗てんかん薬による薬疹の発症リスクを判定する工程と、を有する、ことを特徴とする。
【発明の効果】
【0018】
本発明によれば、抗てんかん薬による薬疹発症を予測、診断可能な診断マーカー及びこの診断マーカーを検出することを手段とする薬疹発症の診断方法が提供される。これにより、抗てんかん薬による薬疹の発症可能性(リスク)を早期に予測、診断し、抗てんかん薬の投与による薬疹発症を未然に防ぐことができる。
【図面の簡単な説明】
【0019】
【図1】HLA遺伝子領域の構造を模式的に示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0020】
本発明は、抗てんかん薬による薬疹発症と統計学上有意に相関のあるHLAクラスIアレルを同定し、これらHLAクラスIアレルを含む薬疹発症の診断マーカーを提供する。本発明はさらに、これらのHLAクラスIアレルと、抗てんかん薬による薬疹発症と関連のあることが日本人においてすでに報告されているHLAクラスIアレルと、を二つ以上組み合わせることにより、薬疹発症の予測精度が向上した診断マーカーを提供する。
【0021】
(抗てんかん薬による薬疹発症と相関のあるHLAクラスIアレルの同定)
まず、抗てんかん薬による薬疹発症と有意に相関を有するHLAクラスIアレルを同定する。具体的には、抗てんかん薬の投与により薬疹を発症した患者を対象に、HLAクラスIを遺伝子タイピングにより検索し、抗てんかん薬による薬疹の発病がない陰性対照患者のHLAクラスIアレルと比較検討を行う。
【0022】
抗てんかん薬には、カルバマゼピン(CBZ)、フェニトイン(PHT)、バルプロ酸ナトリウム(VPA)、ゾニサミド(ZNS)、クロナゼパム、ジアゼパム、フェノバルビタール(PB)、クロバザム(CLB)、プリミドン、スルチアム、アセタゾラミド、ニトラゼパム、エトスクシミド、ガバペンチン、トピラマート及びラモトリギン(LTG)などが含まれる。これら抗てんかん薬の投与量、方法などは、患者の年齢、体重、性別などを考慮して、当業者が容易に決定することができる。
【0023】
上記の抗てんかん薬は、それぞれ作用機序が異なる。例えば、ナトリウムチャネルを抑制する抗てんかん薬としては、CBZ及びPHTが知られている。T型カルシウムチャネルを抑制する抗てんかん薬としては、VPA及びエトスクシミドが知られている。またGABAの抑制作用を増強させる抗てんかん薬としては、ジアゼパム及びPBが知られている。これら抗てんかん薬は、てんかん患者の発作型によって適宜選択されて、投与される。
【0024】
薬疹は、軽症薬疹から重症薬疹まで、様々なものを含む。重症薬疹には、スティーブンス・ジョンソン症候群(SJS)及び中毒性表皮壊死症(TEN)が含まれる。SJSは、口唇、表皮剥離などの表皮の壊死性障害に加え、高熱や悪心を伴う。TENもまた、口唇、表皮剥離などの表皮の壊死性障害に加え、高熱や悪心を伴うが、その表皮変化がSJSよりも広範に及ぶ。一方、軽症薬疹では、皮膚の紅斑が認められる程度である。
【0025】
HLAは、ヒトMHC(主要組織適合性複合体又は主要組織適合抗原)であり、第6染色体短腕部の6p21.3に位置するMHC領域によりコードされた遺伝子群に支配される遺伝子産物である。図1に示すように、このMHC領域は、クラスI〜III遺伝子領域により構成される。このうちHLAクラスIは、HLA−A、B及びC座によってコードされ、遺伝的多型性に富んでいる。その複数のアレル及び/又はハプロタイプの殆どが公知である(R. Holdsworth et. al., Tissue Antigens(2009)73, 95-170、IMGT/HLAデータベースhttp://www.ebi.ac.uk/imgt/hla/)。
【0026】
ここで、「遺伝的多型(遺伝子多型)」とは、ヒトの集団において、ある一個体のゲノム配列を基準として、他の1又は複数の個体ゲノム中の特定部位に、1又は複数のヌクレオチドの置換、欠失、挿入、転移、逆位などの変異が、該1又は複数の個体に生じた突然変異でないことが統計的に確実か、又は1%以上の頻度でその集団内に存在する場合に、その変異をいう。
【0027】
「アレル」は対立遺伝子それぞれを指す。「アレル頻度」とは、一つの集団において複数の対立遺伝子が存在する場合に、ある対立遺伝子が含まれる割合をいう。また、「ハプロタイプ」とは、同一染色体上において統計学上関連している、つまり遺伝的に連鎖している遺伝子多型の組み合わせをいう。
【0028】
HLAクラスIの遺伝子タイピングに用いる試料は、患者由来の試料であり、HLAクラスIの遺伝子多型を同定できるものであれば特に限定されない。例えば、患者より採血された末梢血などの血液、髄液、唾液等の体液、又は口腔粘膜などの組織などを挙げることができる。下記PCR(ポリメラーゼ連鎖反応)法、ダイレクトシークエンス法等に供するため、フェノール法或いは市販の核酸抽出用のキット(QIAGEN社、タカラバイオ社など)により、この患者由来の試料から核酸を抽出することができる。好ましい核酸は、ゲノムDNAである。さらに抽出したDNAを鋳型にPCR法などにより目的の領域を増幅したDNA断片を用いてもよい。この場合、信頼性の高いDNAポリメラーゼを使用することが望ましい。
【0029】
HLAクラスIの遺伝子タイピングの方法としては、通常公知の方法、例えば、PCR−SSP(Sequence Specific Primers)法、PCR−RFLP(Restriction Fragment Length Polymorphism)法、PCR−SSCP(Single Strand Conformation Polymorphism)法、及びダイレクトシーケンス法を用いることができる。
【0030】
PCR−SSP法では、あるHLAクラスIアレルに特異的なプライマーを用いてPCRを行なうことにより、該HLA−クラスIアレルの増幅の有無を確認することで多型を判定することができる。この場合、例えば、PCR増幅産物をゲル電気泳動することにより増幅DNA断片の有無を確認することができる。
【0031】
PCR−RFLP法は、特定のHLAクラスIアレルの遺伝子多型部位が制限酵素認識サイトに含まれる場合に有効である。多型部位を含むDNA断片をPCR増幅後、所定の制限酵素で切断し、ゲル電気泳動により切断されたDNA断片の大きさを解析し、その長さの違いにより、該遺伝子多型の判定が可能である。
【0032】
PCR−SSCP法では、遺伝子多型の有無により、熱変性させた1本鎖DNAの高次構造が変化し、その電気泳動による移動度の違いを解析することにより、目的の遺伝子多型の有無を検出することができる。
【0033】
また、ダイレクトシークエンス法は、試料中に含まれるDNAをPCR法により増幅した後、目的の領域の塩基配列を直接決定する方法である。一般的にはジデオキシ法を用いて塩基配列を決定する。塩基配列決定に用いるシークエンサーには、市販のABIシリーズ(アマシャムバイオサイエンス)等を用いることができる。
【0034】
その他の遺伝子タイピングとしては、ASO(Allele Specific Oligonucleotide)ハイブリダイゼーション法、DGGE(変性剤濃度勾配ゲル電気泳動)法、RNaseA切断法、化学切断法、DOL(Dye-labeled Oligonucleotide Ligation)法、インベーダー法、TaqMan(登録商標)−PCR法、MALDI−TOF/MS(Matrix Assisted Laser Desorption Ionization-time of Flight/Mass Spectrometry)法、TDI(Template-directed Dye-terminator Incorporation)法、モレキュラー・ビーコン法、ダイナミック・アレルスペシフィック・ハイブリダイゼーション法、パドロック・プローブ法などをあげることができる。本実施形態においては、これらの遺伝子多型検出方法を単独で用いても、二つ以上を組み合わせて用いてもよい。
【0035】
上記方法により同定された、抗てんかん薬により薬疹を発症した患者のHLAクラスIアレルと、陰性対照患者のHLAクラスIアレルとの比較検討は、χ2乗検定により行う。あるHLAクラスIアレルにおけるχ2乗検定の結果、p値が0.1未満、好ましくはp値が0.05未満の場合、そのHLAクラスIアレルは、抗てんかん薬による薬疹発症と統計学上有意な相関があると判断する。
【0036】
また、抗てんかん薬による薬疹発症患者のHLAクラスIアレル頻度について、日本人のアレル頻度と比較し、人口に対する相対危険度(RR)として評価することもできる。具体的には、人口に対する相対危険度は、RR=(a*d)/(b*c)で表される。この式において、aは抗てんかん薬による薬疹発症患者のうち対象となるHLAアレルを有する群、bは抗てんかん薬による薬疹発症患者のうち対象となるHLAアレルを有さない群、cは日本人において対象となるHLAアレルを有する群、及びdは日本人において対象となるHLAアレルを有さない群である。また、これら検定以外にも、抗てんかん薬による薬疹発症と遺伝子多型の関連を検定することが可能であれば、他の周知の統計学的処理によって行なうことができる。
【0037】
本実施形態において具体的には、HLAクラスIアレルのHLA−B5502及びHLA−Cw0102が、抗てんかん薬の投与による薬疹発症と統計学上有意に相関のあるHLAアレルとして同定された。また、HLA−B5502、HLA−Cw0102及び既知の薬疹発症診断マーカー候補であるHLA−B5901を二つ以上組み合わせて用いることにより、抗てんかん薬による薬疹の発症を精度よく予測可能であることが明らかとなった。これらHLAクラスIアレルの塩基配列及び各コードするアミノ酸配列は公知である(NCBI(http://www.Ncbi.nlm.nih.gov))。
【0038】
HLAクラスIアレルのHLA−B5901由来のアミノ酸配列を配列表の配列番号1に示す。このHLAアレルの日本人の保有率は1.7%である。HLA−B5502由来のアミノ酸配列を配列表の配列番号2に示す。このHLAアレルの日本人の保有率は2.8%である。また、HLA−Cw0102由来のアミノ酸配列を配列表の配列番号3に示す。このHLAアレルの日本人の保有率は16.6%である。
【0039】
(抗てんかん薬による薬疹発症の診断マーカー)
本発明に係る抗てんかん薬による薬疹発症の診断マーカーは、特定のHLAクラスIアレルを検出することによって、抗てんかん薬による薬疹発症を予測、診断する指標として使用されるマーカーである。具体的には、本発明に係る薬疹発症の診断マーカーは、HLA−B5502又はHLA−Cw0102を含む。好ましくは、本発明に係る薬疹発症の診断マーカーは、HLA−B5502、HLA−Cw0102及びHLA−B5901のうち何れか二つを含む。さらに好ましくは、本発明に係る薬疹発症の診断マーカーは、HLA−B5502、HLA−Cw0102及びHLA−B5901を含む。
【0040】
ここで、「複数のHLAクラスIアレルを含む診断マーカー」とは、該複数のHLAクラスIアレルのうち少なくとも何れか一つのアレルを保有することを指標として抗てんかん薬による薬疹の発症を予測、診断する診断マーカーのことをいう。複数のHLAクラスIアレルを含む診断マーカーは、単一のHLAクラスIアレルを含む診断マーカーよりも、抗てんかん薬による薬疹発症の予測、診断の精度が向上する点で有利である。
【0041】
本発明に係る薬疹発症の診断マーカーは、HLA−B5502又はHLA−B5901と、HLA−Cw0102と、を同一染色体上に有する、HLAクラスIのハプロタイプであってもよい。本実施形態において、好ましいHLAクラスIハプロタイプは、A2402−Cw0102−B5901ハプロタイプである。なお、このハプロタイプは、日本人において高い頻度(1.5%)で認められる。
【0042】
これらHLAクラスIアレルを含む薬疹発症の診断マーカーは、目的のHLAクラスIアレルを検出できるものであればよく、該アレルに由来するゲノム配列(塩基配列)又は発現される核酸(例えばmRNA、cDNAなど)配列(塩基配列)を有するポリヌクレオチド及びコードされるポリペプチドを含む。
【0043】
上記ポリペプチドは、HLAクラスIアレル(HLA−B5502、HLA−Cw0102及びHLA−B5901)にコードされるアミノ酸配列(配列番号1〜3)又はそのアミノ酸配列と少なくとも70%以上、好ましくは90%以上、より好ましくは95%以上の同一性を有するポリペプチドを含む。
【0044】
また、上記ポリヌクレオチドは、HLAクラスIアレル(HLA−B5502、HLA−Cw0102及びHLA−B5901)に由来する塩基配列、その相補配列又はその断片と少なくとも70%以上、好ましくは90%、より好ましくは95%以上の同一性を有するポリヌクレオチドを含む。
【0045】
これら配列は、全配列であってもよいし、各HLAクラスIの遺伝子多型(HLA−B5502、HLA−Cw0102及びHLA−B5901)を特徴付ける多型部位を含む部分配列であってもよい。
【0046】
また、上記ポリヌクレオチドは、HLAクラスIアレル(HLA−B5502、HLA−Cw0102及びHLA−B5901)に由来する塩基配列、又はその相補配列を有するポリヌクレオチドと、ストリンジェントな条件下でハイブリダイズするポリヌクレオチドを含む。配列は、各HLAクラスIの遺伝子多型を特徴付ける多型部位を含めば、部分配列であってよい。
【0047】
ここで、「ストリンジェントな条件」とは、いわゆる特異的なハイブリッドが形成され、非特異的なハイブリッドが形成されない条件をいう。このようなストリンジェントな条件は当業者に公知であって、例えばMolecular Cloning(Third Edition, Cold Spring Harbor Laboratory Press, New York)を参照して設定することができる。ストリンジェントな条件として、具体的には、5 × S S C 、0 . 5 % S D S 及び50 % ホルムアミドの溶液中で4 2 ℃ にて加温した後、0 . 1 × S S C 、0 . 5 % S D S の溶液中で6 8 ℃ にて洗浄する条件でも依然として陽性のハイブリダイゼーションのシグナルが観察される条件を例示できる。
【0048】
(抗てんかん薬による薬疹発症の診断方法)
本発明に係る抗てんかん薬による薬疹発症の診断方法は、患者から試料を採取する工程と、採取された試料中の、本発明において同定された抗てんかん薬による薬疹発症の診断マーカーを検出する工程と、この検出結果に基づいて、抗てんかん薬による薬疹の発症リスクを判定する工程と、を有する。具体的には、患者由来の試料から、HLAクラスIアレルのHLA−B5502、HLA−Cw0102及びHLA−B5901の少なくとも何れか一つが検出された場合に、該患者は、抗てんかん薬の投与により薬疹を発症する可能性(リスク)が高いと判定する。これにより、抗てんかん薬による薬疹の発症可能性を早期に診断し、抗てんかん薬の投与による薬疹発症を未然に防ぐことができる。
【0049】
本発明において同定された抗てんかん薬による薬疹発症の診断マーカーは、HLA−B5502又はHLA−Cw0102を含む。好ましい薬疹発症の診断マーカーは、HLA−HLA−B5502、HLA−Cw0102及びHLA−B5901のうち何れか二つを含む。より好ましい薬疹発症の診断マーカーは、HLA−B5502、HLA−Cw0102及びHLA−B5901を含む。
【0050】
患者からの試料の採取及びこれら薬疹発症の診断マーカーの検出は、上記のHLAアレルの同定に記載の方法と同様に行うことができる。なお、HLA−B5502、HLA−Cw0102及び/又はHLA−B5901を検出できる方法であれば、これに限定されない。
【0051】
(その他)
本実施形態において、上記HLAクラスIアレル(HLA−B5502、HLA−Cw0102及びHLA−B5901)は、前述の作用機序の異なる抗てんかん薬の投与により薬疹が発症した症例で検出される。従って、これらのHLAアレルを含む薬疹発症の診断マーカーは、特定の抗てんかん薬に限定されず、上記作用機序の異なる複数の抗てんかん薬による薬疹発症を予測するのに有用であり得る。
【0052】
また、SJSなどの重症薬疹の既往を有する患者だけでなく、軽症薬疹の既往を有する患者も、本発明に係る薬疹発症診断マーカーを有することが見出される。具体的には、HLA−B5901は、PHTによる軽症薬疹症例において検出される。また、HLA−B5502は、CBZ、PHT、ZNS及びVPAによる軽症薬疹症例において検出される。また、HLA−Cw0102は、CBZ、PB、PHT、ZNS及びVPAによる軽症薬疹症例において検出される。従って、本発明に係る抗てんかん薬による薬疹発症の診断マーカーは、重症薬疹のみならず、軽症薬疹の発症を予測、診断するのに有用であり得る。
【実施例】
【0053】
てんかん治療のために抗てんかん薬を内服した日本人患者のうち、SJSを発症した14例を対象に、HLAクラスIを遺伝子タイピングにより検索した。具体的には、HLAクラスIアレルの高解像度の遺伝子タイピングは、SeCoreシークエンシングキット(Invitrogen Corp., Brown Deer, WI, USA)及びABI3730DNAシークエンサー(Applied Biosystems, Foster City, CA, USA)により行った。HLA−A、HLA−B及びHLA−Cw用の上記キットを用いて、添付のプロトコールに従い、各遺伝子のエクソン2〜4を増幅し、遺伝子多型を同定するためにシークエンス解析を行った。得られたシークエンス解析データから、Assign SBTソフトウエア(version3.2.7b)(Conexio Genomics, Western Australia, Australia)を用いて、HLA−A、HLA−B及びHLA−Cwアレルを検出、同定した。また、抗てんかん薬を内服してもSJSを発症しなかった日本人陰性対照70例についても同様にHLAクラスIアレルを検索し、両者のアレル出現率(頻度)を比較した。
【0054】
SJSを発症した14例中、7例が男性、7例が女性であったことから、性差はないと判断される。また、14例の年齢範囲は3歳〜50歳であった。
【0055】
投与された抗てんかん薬は、カルバマゼピン(CBZ)、フェノバルビタール(PB)、フェニトイン(PHT)、ゾニサミド(ZNS)、クロバザム(CLB)、バルプロ酸ナトリウム(VPA)、ラモトリギン(LTG)であった。
【0056】
(HLA−B5901)
表1に示すように、抗てんかん薬による薬疹発症と相関を有することがすでに報告されているHLAクラスIアレルであるHLA−B5901は、CBZ及びPB投与によりSJSを発症した3症例より検出され、陰性対照との比較でそのアレル頻度に有意差が認められた(χ2乗検定により、p=0.01604)。また、人口との比較では、相対危険度がRR=7.91と高い値であった。これらの結果から、HLA−B5901は、抗てんかん薬による薬疹発症の診断マーカーとして有用であることが確認された。
【表1】

【0057】
(HLA−B5502)
表2に示すように、CBZ、PB及びCLBによりSJSを発症した3症例においてHLA−B5502が検出され、陰性対照との比較でアレル頻度に有意差が認められた(χ2乗検定により、p=0.03545)。また、人口との比較では、相対危険度がRR=3.58であった。これらの結果から、HLA−B5502は、抗てんかん薬による薬疹発症を予測、診断するための診断マーカーとして有用であることが明らかとなった。
【表2】

【0058】
(HLA−Cw0102)
表3に示すように、CBZ、PB、PHT、CLB及びLTGによりSJSを発症した8症例において、HLA−Cw0102が検出され、陰性対照との比較でアレル頻度に有意差が認められた(χ2乗検定により、p=0.03840)。また、人口との比較では、相対危険度がRR=2.16であった。これらの結果から、HLA−Cw0102は、抗てんかん薬による薬疹発症を予測するための診断マーカーとして有用であることが明らかとなった。
【表3】

【0059】
(HLAクラスIアレルの組み合わせ)
また、表4に示すように、これらのHLAクラスIアレル(HLA−B5901、B5502及びCw0102)の何れか一つでも検出されたSJS症例数は、14例中9例であり、HLAクラスIアレルそれぞれ単独の場合に検出された症例数よりも増加した。また、これらのHLAクラスIアレルのうち何れか二つを組み合わせた場合においても、それぞれ単独で検出された症例数よりも増加する傾向が認められた。以上の結果から、抗てんかん薬による薬疹発症と統計学上有意な相関を有するHLAクラスIアレルであるHLA−B5901、B5502及びCw0102を二つ以上含む診断マーカーを用いることにより、抗てんかん薬による薬疹発症の予測精度が向上することが明らかとなった。
【表4】

【0060】
(HLAクラスIハプロタイプ)
HLAクラスIハプロタイプの一つであるA2402−Cw0102−B5901ハプロタイプと、抗てんかん薬による薬疹発症とが、陰性対照と比較して統計学上有意な相関を有することが分かった(p=0.016、人口に対する相対危険度RR=7.7)。以上の結果から、抗てんかん薬による薬疹発症の診断マーカーは、HLA−B5901又はB5502と、Cw0102と、を同一染色体上に有するHLAクラスIハプロタイプを含み得ることが明らかとなった。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
HLAクラスIアレルのHLA−B5502又はHLA−Cw0102を含む、抗てんかん薬による薬疹の発症を予測するための診断マーカー。
【請求項2】
HLAクラスIアレルのHLA−B5502、HLA−Cw0102及びHLA−B5901のうち何れか二つを含む、抗てんかん薬による薬疹の発症を予測するための診断マーカー。
【請求項3】
HLAクラスIアレルのHLA−B5502、HLA−Cw0102及びHLA−B5901を含む、抗てんかん薬による薬疹の発症を予測するための診断マーカー。
【請求項4】
前記薬疹が、スティーブンス・ジョンソン症候群又は中毒性表皮壊死症である、ことを特徴とする請求項1乃至3の何れか1項に記載の診断マーカー。
【請求項5】
前記抗てんかん薬が、カルバマゼピン、フェニトイン、バルプロ酸ナトリウム、ゾニサミド、クロナゼパム、ジアゼパム、フェノバルビタール、クロバザム、プリミドン、スルチアム、アセタゾラミド、ニトラゼパム、エトスクシミド、ガバペンチン、トピラマート及びラモトリギンである、ことを特徴とする請求項1乃至4の何れか1項に記載の診断マーカー。
【請求項6】
抗てんかん薬による薬疹の発症を予測する診断方法であって、
患者から試料を採取する工程と、
前記採取された試料中の、HLAクラスIアレルのHLA−B5502、HLA−Cw0102及びHLA−B5901のうち少なくとも何れか一つを検出する工程と、
前記検出する工程により求められた結果に基づいて、抗てんかん薬による薬疹の発症リスクを判定する工程と、
を有する、ことを特徴とする薬疹発症の診断方法。

【図1】
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【公開番号】特開2011−45285(P2011−45285A)
【公開日】平成23年3月10日(2011.3.10)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−196090(P2009−196090)
【出願日】平成21年8月26日(2009.8.26)
【出願人】(803000056)財団法人ヒューマンサイエンス振興財団 (341)
【Fターム(参考)】