説明

抗ウイルス剤

【課題】人体や環境に与える影響を抑え、コストを低減することができる、アルコール製剤を使用した抗ウイルス剤を提供する。
【解決手段】アルコールとプロアントシアニジンとを含んでいる。アルコールは、エタノールを70乃至80容量%含む消毒用製剤から成る。プロアントシアニジンは、アルコール6ミリリットルに対して8乃至500ミリグラムの割合で含まれている。さらに、アルコール1リットルに対して1乃至2グラムの割合で塩化ナトリウムが含まれていてもよい。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、抗ウイルス剤に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、細菌やウイルスなどの病気の原因になる病原性微生物(pathogenic microbe)が注目されている。その理由は、地球環境の変化によって病原性微生物の生息領域が変化するなど、人類にとって脅威となる新たな生物環境が生まれようとしているためである。このため、病原性微生物の中でボツリヌス菌やO157を代表とする病原性大腸菌、ノロウイルスなどの食中毒微生物や、鳥インフルエンザウイルス、肝炎ウイルス(hepatitis virus:HV)、人免疫不全ウイルス(Human Immunodeficiency virus:HIV)などの感染症微生物への早急な対策が求められている。
【0003】
病原性微生物の中でもウイルスは、細胞を持たず、他の宿主細胞に付着・侵入して増殖するが、寄生する細胞によって種類が分けられている。例えば、細菌に寄生するバクテリオファージや植物細胞に寄生する植物ウイルス、動物細胞に寄生する動物ウイルス等に分類される。このような病原性微生物に対する感染予防のための新たな技術開発が、特に求められている。
【0004】
従来、病原性微生物の殺菌、消毒方法として、アルコール製剤を利用するのが一般的である(例えば、特許文献1参照)。また、食中毒菌に用いられる次亜塩素酸や過酸化水素、オゾンなどの化学薬剤を使用する方法や、紫外線照射や放射線照射、電気化学的な処理などの物理・化学的な殺菌方法も考案されている。なお、通常、抗菌とは原核原生生物、真核原生生物の増殖を防ぐと言う意味であり、抗菌の対象にウイルスは含まれないため、ここでは、微生物およびウイルスを死滅させる意味で「殺菌」の語を用い、微生物およびウイルスの病原性を消失させる意味で「消毒(不活化)」の語を使用している。
【0005】
【特許文献1】特開2004−269410号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
しかしながら、特許文献1に記載のような従来のアルコール製剤で、ノロウイルスをはじめとするエンベロープを有しないウイルスに対して効果的なものは、存在しない。また、次亜塩素酸や過酸化水素、オゾンなどの化学薬剤を使用する方法や、紫外線照射や放射線照射、電気化学的な処理などの物理・化学的な方法では、ウイルスに対して効果はあっても、従来のアルコール製剤に比べて、人体または環境に与える影響が大きく、材料費や設備費などのコストも嵩むという課題があった。
【0007】
本発明は、このような課題に着目してなされたもので、人体や環境に与える影響を抑え、コストを低減することができる、アルコール製剤を使用した抗ウイルス剤を提供することを目的としている。
【課題を解決するための手段】
【0008】
上記目的を達成するために、本発明に係る抗ウイルス剤は、アルコールとプロアントシアニジンとを含むことを、特徴とする。
【0009】
本発明に係る抗ウイルス剤は、ウイルスに対して効果的な殺菌力を示す。アルコール製剤を使用することにより、他の化学薬剤を使用する方法や物理・化学的な方法に比べて、人体または環境に与える影響を抑え、コストを低減することができる。プロアントシアニジンを含んでいるため、人体に与える影響を特に抑えることができる。
アルコールは、エタノールであることが好ましいが、メタノール、イソプロパノールでもよい。
プロアントシアニジンの原料は、ブドウの種子、黒大豆、その他、原料を問わない。
本明細書において、「抗ウイルス剤」は「ウイルスの活動を抑制する薬剤」を意味し、「ウイルスの感染を抑制する薬剤」および「ウイルスを殺菌または不活化する薬剤」の意味を含む。本発明に係る抗ウイルス剤は、微生物に対する殺菌力または消毒(不活化)力も有している。
本発明に係る抗ウイルス剤は、薬事法の認可を受けたものに限定されず、薬事法の認可を受けない洗浄液として販売されてもよい。
本発明に係る抗ウイルス剤は、例えば、液状、スプレー状、紙・布等に含浸させた状態などで利用することができる。
【0010】
本発明に係る抗ウイルス剤で、前記アルコールはエタノールを70乃至80容量%含む消毒用製剤から成り、前記プロアントシアニジンは前記アルコール6ミリリットルに対して8乃至500ミリグラムの割合で含まれていることが好ましい。この場合、ウイルスに対する殺菌力を特に高めることができる。また、細胞への影響を極力小さくして、効果的にウイルスを殺菌するためには、プロアントシアニジンがアルコール6ミリリットルに対して8乃至50ミリグラムの割合で含まれていることが好ましい。使用するアルコールは、エタノール70乃至80容量%と、水20乃至30容量%との混合液から成ることが好ましい。
【0011】
また、本発明に係る抗ウイルス剤は、塩化ナトリウムを含んでいてもよい。前記塩化ナトリウムは前記アルコール1リットルに対して1乃至2グラムの割合で含まれていることが好ましい。この場合、塩化ナトリウムにより、ウイルスに対する殺菌効果を高めることができる。
本発明に係る抗ウイルス剤は、エンベロープを有するウイルスの感染抑制用の抗ウイルス剤として特に有効である。
【発明の効果】
【0012】
本発明によれば、人体や環境に与える影響を抑え、コストを低減することができる、アルコール製剤を使用した抗ウイルス剤を提供することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0013】
本発明の実施の形態の抗ウイルス剤について、ウイルスに対する殺菌効果や、アルコールとプロアントシアニジンとの配合比率等を検討するために、以下の試験を行った。
【0014】
[プロアントシアニジンの添加濃度の検討−高濃度の場合]
プロアントシアニジンの添加濃度を比較的高濃度で様々に変化させて、抗ウイルス剤のウイルス不活化効果を調べるための試験を行った。
アルコール6ミリリットルに対して、プロアントシアニジンを50乃至400mgの割合で添加して抗ウイルス剤を製造した。使用する保存ウイルス液は、食中毒の原因となるノロウイルスの代替実験に用いるネコカリシウイルス(FCV/F9)、および物理化学的処理に抵抗性の高いコクサッキウイルス(Cox.A7)である。
【0015】
各保存ウイルス液100μリットルを、抗ウイルス剤の供試液900μリットルに添加混合し、10秒後または60秒後直ちに維持用培地で10倍希釈系列を作成し、感受性細胞を培養した96 well plateに接種した。3〜5日培養後、出現した細胞変性効果(CPE)を観察し、感染価(TCID50)を求めた。感染価(TCID50)は、50%感染した細胞数である。試験結果を表1および図1に示す。
【0016】
【表1】

【0017】
表1中、P400、P200、P100、P50は、アルコール6ミリリットルに対して、プロアントシアニジンをそれぞれ400mg、200mg、100mg、50mg添加した抗ウイルス剤を示している。「<101.5」および「<102.5」は、細胞毒性が見られたため、正確な感染価を求めることができなかったことを示している。なお、比較のため、抗ウイルス剤で処理しない場合の感染価を、「PBS(-)」として示す。
【0018】
表1および図1に示すように、本発明の実施の形態の抗ウイルス剤により、2種類のウイルスが示す細胞変性効果が、n=4(指数関数表示なので4桁:1/10000)以上高まることが確かめられた。また、処理時間も、10秒とごく短時間で、ウイルスを効果的に殺菌あるいは消毒(不活化)できることが確認された。
【0019】
[プロアントシアニジンの添加濃度の検討−低濃度の場合]
プロアントシアニジンの添加濃度を比較的低濃度で様々に変化させて、抗ウイルス剤のウイルス不活性効果を調べるための試験を行った。
消毒用アルコール6ミリリットルに対して、プロアントシアニジンを1乃至100mgの割合で添加して抗ウイルス剤を製造した。使用する保存ウイルス液および試験方法は、表1の場合と同様である。試験結果を表2および図1に示す。
【0020】
【表2】

【0021】
表2中、P100、P50、P10、P5、P1は、消毒用アルコール6ミリリットルに対して、プロアントシアニジンをそれぞれ100mg、50mg、10mg、5mg、1mg添加した抗ウイルス剤を示している。「<100.5」は、検出限界以下であったことを示している。なお、比較のため、消毒用アルコールのみで処理した場合の感染価も示す。
【0022】
表2に示すように、消毒用アルコールを単独で用いると、処理時間10秒では、FCV/F9の感染価がn=2(1/100)だけ低下することが確認された。一方、Cox.A7では、消毒用アルコール単独では殺菌効果がなく、60秒処理しても、ごくわずかしかウイルスは減らないことが確認された。この結果は、ウイルスの種類により、アルコールに対する耐性が異なることを示唆しており、ウイルスの殺菌を消毒用アルコールのみではできないことを示している。
【0023】
また、表2および図1に示すように、本発明の実施の形態の抗ウイルス剤で、2種類のウイルスに対してプロアントシアニジンの濃度依存的な添加効果が認められた。処理時間を10秒とすると、消毒用アルコール6ミリリットルに対して、プロアントシアニジンの添加を10mg以上にすると有効であることが確認された。特に、消毒用アルコール6ミリリットルに対して、プロアントシアニジンの添加を50mg以上にすると、さらに顕著な効果が得られるが、細胞に与える影響も大きいことが確認された。
【0024】
[プロアントシアニジン単独での殺菌効果の検討]
滅菌蒸留水6ミリリットルに対して、プロアントシアニジンを10乃至400mgの割合で添加した製剤を製造し、その製剤のウイルス不活性効果を調べるための試験を行った。使用する保存ウイルス液および試験方法は、表1および表2の場合と同様である。試験結果を表3および図1に示す。
【0025】
【表3】

【0026】
表3および図1に示すように、プロアントシアニジン単独でも殺菌効果が認められ、滅菌蒸留水6ミリリットルに対して、10mgの添加であれば、FCV/F9の感染価をn=3(1/1000)だけ減少させることができることが確認された。しかし、Cox.A7では、1/100殺菌するのに、滅菌蒸留水6ミリリットルに対して、100〜400mgのプロアントシアニジンを必要としている。このように、表3は、表1および表2の結果と比較すると、プロアントシアニジン単独では、十分な抗ウイルス効果を得ることができないことを示している。
【0027】
[塩化ナトリウムの添加による殺菌効果の検討]
消毒用アルコール6ミリリットルに対して、プロアントシアニジンを10mgの割合で添加し、さらに塩化ナトリウム(食塩)を添加して抗ウイルス剤を製造し、その抗ウイルス剤のウイルス不活性効果を調べるための試験を行った。抗ウイルス剤は、塩化ナトリウム濃度を0.25g/リットルから2g/リットルまで、さまざまに変化させたものを製造した。使用する保存ウイルス液および試験方法は、表1乃至表3の場合と同様である。試験結果を表4に示す。
【0028】
【表4】

【0029】
表4に示すように、塩化ナトリウムの添加効果は、塩化ナトリウム濃度が消毒用アルコール1リットルに対して1乃至2グラムのときに、FCV/F9に対して、顕著ではないが僅かに認められることが確認された。この効果は、塩化ナトリウム濃度が1g/リットル以上であれば、得られると考えられる。なお、この効果は、金属イオンのナトリウム(Na)によるものと考えられる。なお、Cox.A7に対しては、塩化ナトリウムは作用しないことも確認された。
【0030】
表1乃至表4に示すように、本発明の実施の形態の抗ウイルス剤は、ウイルスに対して効果的な殺菌力を示すことが明らかとなった。本発明の実施の形態の抗ウイルス剤は、インフルエンザウイルス等にも有効であり、病原性微生物に対する感染予防のための新たな技術となり得る。アルコール製剤を使用することにより、他の化学薬剤を使用する方法や物理・化学的な方法に比べて、人体または環境に与える影響を抑え、コストを低減することができる。プロアントシアニジンを含んでいるため、人体に与える影響を特に抑えることができる。
【0031】
本発明の実施の形態の抗ウイルス剤は、医療従事者用の消毒用擦式アルコール製剤として使用することができる。この場合、消毒用アルコールは皮膚障害等を招く可能性があるため、プロアントシアニジン濃度を高め、アルコール濃度を低減することにより皮膚障害等に対応することができる。
【図面の簡単な説明】
【0032】
【図1】本発明の実施の形態の抗ウイルス剤の、ネコカリシウイルス(FCV/F9)に対する不活性効果を調べる実験結果(処理時間10秒)を示すグラフである。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
アルコールとプロアントシアニジンとを含むことを、特徴とする抗ウイルス剤。
【請求項2】
前記アルコールはエタノールを70乃至80容量%含む消毒用製剤から成り、前記プロアントシアニジンは前記アルコール6ミリリットルに対して8乃至500ミリグラムの割合で含まれていることを、特徴とする請求項1記載の抗ウイルス剤。
【請求項3】
塩化ナトリウムを含むことを、特徴とする請求項1または2記載の抗ウイルス剤。
【請求項4】
前記塩化ナトリウムは前記アルコール1リットルに対して1乃至2グラムの割合で含まれていることを、特徴とする請求項3記載の抗ウイルス剤。
【請求項5】
エンベロープを有するウイルスの感染抑制用の抗ウイルス剤であることを特徴とする請求項1,2,3または4記載の抗ウイルス剤。


【図1】
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【公開番号】特開2008−214297(P2008−214297A)
【公開日】平成20年9月18日(2008.9.18)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−56455(P2007−56455)
【出願日】平成19年3月6日(2007.3.6)
【出願人】(595159264)
【Fターム(参考)】