説明

抗体のフラグメント化促進剤

【課題】消化酵素により抗体からFcフラグメントを除去し、F(ab’)2フラグメントおよびFabフラグメントなどのフラグメントを作製する工程において、効率的にフラグメントを作製することができる抗体のフラグメント化促進剤を提供すること。
【解決手段】クエン酸イオン、酒石酸イオン、硫酸イオン、酢酸イオン、塩化物イオン、臭化物イオン、硝酸イオン、塩素酸イオン、ヨウ化物イオン、チオシアン酸イオンからなる群から選択されるイオンをもつ塩を少なくとも1つ含有する抗体のフラグメント化促進剤。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、抗体のフラグメント化促進剤に関する。
【背景技術】
【0002】
モノクローナル抗体やポリクローナル抗体は、その高い抗原認識能と抗原結合能により、医学分野の研究、診断、治療をはじめ、様々な分野の研究においても多く用いられている。
また、モノクローナル抗体やポリクローナル抗体は、抗原の検出、同定、分離精製、性質の研究のための有用な試薬としても広く用いられている。
【0003】
しかし、抗体の構成部分であるFc領域が非特異的反応や免疫応答を引き起こしたり、Fc領域に対してできた抗体により測定値が変動したりして、診断、治療などに支障をきたすことがある。また、抗体は抗原結合部位を1分子あたり2個(IgMでは10個)もつので、抗原と反応すると、大きな抗原抗体結合対を形成して沈降反応や凝集反応を起こす。また、補体系を活性化したり、貪食細胞の抗体(Fc)受容体に結合したりする。
そのため、研究目的によっては抗体そのものを用いるよりは、1個の抗原結合部位しかもたないFabやFab’の1価のフラグメントを用いたり、補体系の活性化などの生物活性を示さないF(ab)2やF(ab’)2の2価のフラグメントを用いることが求められる。
【0004】
該フラグメントを調製するには、フラグメント化と呼ばれる、抗体からのFcフラグメントの除去が行われる。この操作は通常、ペプシンやパパインなどの消化酵素を用いて行われる。
IgG1などの抗体をペプシンで消化すると、ヒンジ部位でジスルフィド結合しているF(ab’)2フラグメント1本と細分化されたFcフラグメントに分解される。F(ab’)2フラグメントのヒンジ部分のジスルフィド結合を、2−メルカプトエタノールやシステインなどで還元することにより、Fab’フラグメントが得られる。また、還元後、モノヨード酢酸やヨードアセトアミドなどでアルキル化することによっても、Fab’フラグメントが得られる。
IgG2bを酸性条件化にてペプシンで消化すると、Fab’フラグメント1本が遊離し、中間生成物として生じたFab/cがさらに分解されてFab’フラグメントとFcフラグメントに分解される。
IgGなどの抗体をパパインで消化すると、Fabフラグメント2本とFcフラグメント1本に分解される。また、非特許文献1に開示されているように、抗体を、還元剤のない条件で、あらかじめ活性化しておいたパパインで消化すると、F(ab)2フラグメントが得られる。
酵素切断で得られるこれらのフラグメントは抗原結合部位を有し、不要なFcフラグメントが切り離されている。
【0005】
また、特許文献1及び2には、緩衝液の存在下、抗体のフラグメント化を行なうことが開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特表平3−505283号公報
【特許文献2】特開平7−181183号公報
【非特許文献】
【0007】
【非特許文献1】新生化学実験講座12 分子免疫学III−抗原・抗体・補体−、1992年、日本生化学会編集、189頁
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
しかし、ペプシンやパパインをはじめとする消化酵素による消化が十分に行われず、F(ab’)2フラグメントやFabフラグメントなどのフラグメントを得ることが難しい場合がある。このような場合、研究、診断、治療などを遂行するために十分な量の、Fcフラグメントが除去されたフラグメントを取得することができない。
そこで、本発明は、消化酵素により抗体からFcフラグメントを除去し、F(ab’)2フラグメントおよびFabフラグメントなどのフラグメントを作製する工程において、効率的にフラグメントを作製することができる抗体のフラグメント化促進剤を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明者たちは、上記の課題を解決するために鋭意研究を重ねた結果、特定の塩類からなるフラグメント化促進剤を用いることによって、消化酵素による抗体のフラグメント化を効率的に行なうことができることを見出した。
【0010】
すなわち、本発明は、以下の通りである。
〔1〕
クエン酸イオン、酒石酸イオン、硫酸イオン、酢酸イオン、塩化物イオン、臭化物イオン、硝酸イオン、塩素酸イオン、ヨウ化物イオン、チオシアン酸イオンからなる群から選択されるイオンをもつ塩を少なくとも1つ含有する抗体のフラグメント化促進剤。
〔2〕
消化酵素をさらに含有する、〔1〕に記載のフラグメント化促進剤。
〔3〕
前記消化酵素が、ペプシンまたはパパインである、〔2〕に記載のフラグメント化促進剤。
〔4〕
前記抗体が、IgG抗体である、〔1〕〜〔3〕のいずれかに記載のフラグメント化促進剤。
〔5〕
〔1〕〜〔4〕のいずれかに記載のフラグメント化促進剤を使用する、抗体のフラグメント化方法。
〔6〕
前記塩の存在下、前記消化酵素を使用して、前記抗体を少なくとも1以上のフラグメントに消化する、〔5〕に記載の抗体のフラグメント化方法。
〔7〕
〔1〕〜〔4〕のいずれかに記載のフラグメント化促進剤を使用する、抗体フラグメントの製造方法。
〔8〕
クエン酸イオン、酒石酸イオン、硫酸イオン、酢酸イオン、塩化物イオン、臭化物イオン、硝酸イオン、塩素酸イオン、ヨウ化物イオン、チオシアン酸イオンからなる群から選択されるイオンをもつ塩を少なくとも1つと、消化酵素を含有する、抗体のフラグメント化用キット。
【発明の効果】
【0011】
フラグメント化促進剤を用いて、抗体のフラグメント化を行うことにより、フラグメントを効率的に製造することが可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0012】
【図1】硫酸ナトリウム溶液濃度の違いと、抗体消化の経時変化を示すLabChip(登録商標)90(Caliper社)を用いた電気泳動図を示す。
【図2】硫酸ナトリウム溶液濃度と、F(ab’)2フラグメント生成率の経時変化の関係を示す。 図2中、(1)は0M硫酸ナトリウム溶液の経時変化を、(2)は0.05M硫酸ナトリウム溶液の経時変化を、(3)は0.1M硫酸ナトリウム溶液の経時変化を、(4)は0.2M硫酸ナトリウム溶液の経時変化を、(5)は0.3M硫酸ナトリウム溶液の経時変化を、および(6)は0.4M硫酸ナトリウム溶液の経時変化を示す。
【図3】各種反応促進剤による抗体消化の経時変化を示すLabChip(登録商標)90(Caliper社)を用いた電気泳動図を示す。
【発明を実施するための形態】
【0013】
以下に本発明の好適な実施形態について説明する。本発明は、以下の実施形態に限定されるものではなく、その要旨の範囲内で種々変形して実施することができる。
【0014】
1.抗体のフラグメント化促進剤
本発明の抗体のフラグメント化促進剤は、クエン酸イオン、酒石酸イオン、硫酸イオン、酢酸イオン、塩化物イオン、臭化物イオン、硝酸イオン、塩素酸イオン、ヨウ化物イオン、チオシアン酸イオンからなる群から選択されるイオンをもつ塩を少なくとも1つ含有する(以下、「抗体のフラグメント化促進剤」を、単に、「フラグメント化促進剤」と記載する場合がある。)。
これら塩(以下、「反応促進剤」と記載する場合がある。)を消化酵素による抗体のフラグメント化において用いることにより、効率的にフラグメント化を行うことができる。また、反応促進剤は、抗体のフラグメント化を促進させることができるので、抗体のフラグメント化促進剤として用いることができる。これら塩は1種を用いてもよく、2種以上の混合物を用いてもよい。
【0015】
本発明において、「クエン酸イオンをもつ塩」とは、クエン酸イオンを含み、金属イオンなどの陽イオンとの塩である無機化合物を意味する(クエン酸塩という場合もある。)。
クエン酸イオンをもつ塩としては、正塩、水素塩、水酸化物塩のいずれであってもよく、例えば、クエン酸アンモニウム、クエン酸リチウム、クエン酸ナトリウム、クエン酸カリウム、クエン酸ルビジウム、クエン酸セシウム、クエン酸マグネシウム、クエン酸カルシウム、クエン酸ストロンチウム、クエン酸バリウム、クエン酸銅(II)、クエン酸鉄アンモニウム、クエン酸ビスマスなどが挙げられる。
【0016】
本発明において、「酒石酸イオンをもつ塩」とは、酒石酸イオンを含み、金属イオンなどの陽イオンとの塩である無機化合物を意味する(酒石酸塩という場合もある。)。
酒石酸イオンをもつ塩としては、正塩、水素塩、水酸化物塩のいずれであってもよく、例えば、酒石酸アンモニウム、酒石酸リチウム、酒石酸ナトリウム、酒石酸カリウム、酒石酸ルビジウム、酒石酸ジセシウム、酒石酸マグネシウム、酒石酸カルシウム、酒石酸ストロンチウム、酒石酸バリウム、酒石酸銅(II)、酒石酸アルミニウム(III)、酒石酸ガドリニウム(III)、酒石酸亜鉛(II)、酒石酸鉄(II)、酒石酸鉛(II)、酒石酸ニッケル(II)、酒石酸ビスマス(III)、酒石酸リチウムアンモニウム、酒石酸カリウムナトリウム、酒石酸ルビジウムナトリウム、酒石酸アンモニウムナトリウムなどが挙げられる。
【0017】
本発明において、「硫酸イオンをもつ塩」とは、硫酸イオンを含み、金属イオンなどの陽イオンとの塩である無機化合物を意味する(硫酸塩という場合もある。)。
硫酸イオンをもつ塩としては、正塩、水素塩、水酸化物塩のいずれであってもよく、タットン塩、ミョウバン類などが挙げられ、例えば、硫酸アンモニウム、硫酸リチウム、硫酸ナトリウム、硫酸カリウム、硫酸ルビジウム、硫酸セシウム、硫酸マグネシウム、硫酸カルシウム、硫酸ストロンチウム、硫酸バリウム、硫酸アルミニウム、硫酸銀、硫酸水素アンモニウム、硫酸水素カリウム、硫酸タリウム、硫酸鉄、硫酸銅、硫酸ニッケル、硫酸マグネシウムアンモニウム六水塩、硫酸アルミニウムカリウムなどが挙げられる。
【0018】
本発明において、「酢酸イオンをもつ塩」とは、酢酸イオンを含み、金属イオンなどの陽イオンとの塩である無機化合物を意味する(酢酸塩という場合もある。)。
酢酸イオンをもつ塩としては、正塩、水素塩、水酸化物塩のいずれであってもよく、例えば、酢酸アンモニウム、酢酸リチウム、酢酸ナトリウム、酢酸カリウム、酢酸ルビジウム、酢酸セシウム、酢酸マグネシウム、酢酸カルシウム、酢酸ストロンチウム、酢酸バリウム、二酢酸ナトリウム、酢酸ビスマスなどが挙げられる。
【0019】
本発明において、「塩化物イオンをもつ塩」とは、塩化物イオンを含み、金属イオンとの塩である無機化合物を意味する(塩化物塩という場合もある。)。
塩化物イオンをもつ塩としては、正塩、水素塩、水酸化物塩のいずれであってもよく、例えば、塩化アンモニウム、塩化リチウム、塩化ナトリウム、塩化カリウム、塩化ルビジウム、塩化セシウム、塩化マグネシウム、塩化カルシウム、塩化ストロンチウム、塩化バリウム、塩化アルミニウム、塩化亜鉛、塩化カドミウム、塩化銀、塩化金、塩化コバルト、塩化水銀、塩化スズ、塩化セチルピリジウム、塩化チタン、塩化鉄、塩化銅、塩化鉛、塩化ニッケル、塩化ニトロシル、塩化白金、塩化バナジウム、塩化パラジウム、塩化フッ化スルフリル、塩化ロジウムなどが挙げられる。
【0020】
本発明において、「臭化物イオンをもつ塩」とは、臭化物イオンを含み、金属イオンなどの陽イオンとの塩である無機化合物を意味する(臭化物塩という場合もある。)。
臭化物イオンをもつ塩としては、正塩、水素塩、水酸化物塩のいずれであってもよく、臭化アンモニウム、臭化リチウム、臭化ナトリウム、臭化カリウム、臭化ルビジウム、臭化セシウム、臭化マグネシウム、臭化カルシウム、臭化ストロンチウム、臭化バリウムなどが挙げられる。
【0021】
本発明において、「硝酸イオンをもつ塩」とは、硝酸イオンを含み、金属イオンなどの陽イオンとの塩である無機化合物を意味する(硝酸塩という場合もある。)。
硝酸イオンをもつ塩としては、正塩、水素塩、水酸化物塩のいずれであってもよく、例えば、硝酸アンモニウム、硝酸リチウム、硝酸ナトリウム、硝酸カリウム、硝酸ルビジウム、硝酸セシウム、硝酸マグネシウム、硝酸カルシウム、硝酸ストロンチウム、硝酸バリウムなどが挙げられる。
【0022】
本発明において、「塩素酸イオンをもつ塩」とは、塩素酸イオンを含み、金属イオンなどの陽イオンとの塩である無機化合物を意味する(塩素酸塩という場合もある。)。
塩素酸イオンをもつ塩としては、正塩、水素塩、水酸化物塩のいずれであってもよく、例えば、塩素酸アンモニウム、塩素酸リチウム、塩素酸ナトリウム、塩素酸カリウム、塩素酸ルビジウム、塩素酸セシウム、塩素酸マグネシウム、塩素酸カルシウム、塩素酸ストロンチウム、塩素酸バリウムなどが挙げられる。
【0023】
本発明において、「ヨウ化物イオンをもつ塩」とは、ヨウ化物イオンを含み、金属イオンなどの陽イオンとの塩である無機化合物を意味する(ヨウ化物塩という場合もある。)。
ヨウ化物イオンをもつ塩としては、正塩、水素塩、水酸化物塩のいずれであってもよく、ヨウ化アンモニウム、ヨウ化リチウム、ヨウ化ナトリウム、ヨウ化カリウム、ヨウ化ルビジウム、ヨウ化セシウム、ヨウ化マグネシウム、ヨウ化カルシウム、ヨウ化ストロンチウム、ヨウ化バリウム、ヨウ化銅、ヨウ化アルミニウムなどが挙げられる。
【0024】
本発明において、「チオシアン酸イオンをもつ塩」とは、チオシアン酸イオンを含み、金属イオンなどの陽イオンとの塩である無機化合物を意味する(チオシアン酸塩という場合もある。)。
チオシアン酸イオンをもつ塩としては、正塩、水素塩、水酸化物塩のいずれであってもよく、例えば、チオシアン酸アンモニウム、チオシアン酸リチウム、チオシアン酸ナトリウム、チオシアン酸カリウム、チオシアン酸ルビジウム、チオシアン酸セシウム、チオシアン酸マグネシウム、チオシアン酸カルシウム、チオシアン酸ストロンチウム、チオシアン酸バリウム、チオシアン酸鉄、チオシアン酸銀などが挙げられる。
【0025】
反応促進剤としては、クエン酸イオン、硫酸イオン、酢酸イオン、塩化物イオンからなる群から選択されるイオンをもつ塩が好適に用いられ、陽イオンとしては、ナトリウムイオン、アンモニウムイオン、リチウムイオンなどの陽イオンが好適である。具体的には、クエン酸ナトリウム、クエン酸アンモニウム、クエン酸リチウム、硫酸ナトリウム、硫酸アンモニウム、硫酸リチウム、酢酸ナトリウム、酢酸アンモニウム、酢酸リチウム、塩化ナトリウム、塩化アンモニウム、塩化リチウムなどが挙げられ、正塩が好適である。本発明において、反応促進剤としては、緩衝液中で用いられている塩は含まない。緩衝液中で用いられるとは、緩衝液は、一般にプロトコールにより調整され、pHを調整するために用いられるが、該緩衝液中の成分、すなわち緩衝液自体を作成するために用いられる化合物は、本発明における反応促進剤には該当しないことを意味する。したがって、緩衝液に用いられる化合物と反応促進剤とが同一である場合には、緩衝液中に用いられている化合物と本発明における反応促進剤として用いられる化合物とは明確に区別されるものであり、緩衝液とは別途用いられる塩が本発明における反応促進剤を意味する。
なお、緩衝液としては、メルク株式会社発行のバッファーガイドブック(第3版)などに記載されているものが挙げられる。
【0026】
本発明において、反応促進剤を用いることにより、抗体のフラグメント化において、F(ab’)2フラグメントおよびFabフラグメントなどのフラグメントの収量を増加させることができる。また、F(ab’)2フラグメントおよびFabフラグメントなどのフラグメントを製造するのに要する時間を短縮することができる。また、反応促進剤を用いることにより、これまでフラグメントが作製されていない抗体や、フラグメントを作製するのが困難な抗体であっても、効率的にフラグメントを作製することができる。
【0027】
2.消化酵素
フラグメント化促進剤には、上記塩(反応促進剤)に加え、消化酵素をさらに含有していてもよい。
消化酵素としては、抗体をフラグメント化できる酵素であれば特に限定されるものではないが、例えば、パパイン、ペプシン、トリプシン、プラスミンなどが挙げられる。
消化酵素としては、ペプシンまたはパパインであることが好適である。
消化酵素としてペプシンを用いて抗体を切断すると、H鎖間が1個以上のジスルフィド結合によってつながった2価のF(ab’)2フラグメントが1個得られる。また、消化酵素としてパパインを用いて抗体を切断すると、1価Fabフラグメントが2個得られる。消化酵素としてプラスミンを用いて抗体を消化すると、CH3ドメインを欠いたFacbフラグメントが得られる。消化酵素としてトリプシンを用いて抗体を消化すると、FabフラグメントとFcフラグメントに似たフラグメントが得られる。トリプシンは、パパインやペプシンと異なる位置でヒンジ領域のペプチド結合を切断するので、得られるペプチドはFab(t)とFc(t)で表される。
【0028】
抗体の動物種、クラス、サブクラスが異なると、抗体と消化酵素との作用の様子が変動する。中でも、モノクローナル抗体では、消化酵素に対する感受性が著しく変動する。このため、予め消化酵素と抗体の量的割合やpH、温度、時間、還元剤の有無など、消化酵素を反応させる条件を検討しておくことが望ましい。
【0029】
ジスルフィド結合の切断やパパイン消化に用いられる還元剤としては、2-メルカプトエタノール、システイン、ジチオトレイトール、水素化硼素ナトリウム、N−アセチルシステイン、グルタチオンなどが挙げられる。
【0030】
本発明において、「フラグメント」とは、抗体フラグメントと同義に用いられ、完全抗体分子の一部分を含むものを意味し、例えば、免疫グロブリンの重鎖、軽鎖、Fab、Fab'、F(ab’)2、F(ab)2、Facb、Fab/c、およびFvなどが挙げられる。
「Fcフラグメント」とは、パパイン分解により生ずるC末端側の産物およびこれと同様のドメイン構造を有するフラグメントを意味する。
「Fabフラグメント」とは、パパイン分解により生ずるN末端側の産物およびこれと同様のドメイン構造を有するフラグメントを意味する。
「Fab’フラグメント」とは、F(ab’)2のヒンジ領域のジスルフィド結合を還元することにより得られるフラグメントおよびこれと同様のドメイン構造を有するフラグメントを意味する。
「F(ab’)2フラグメント」とは、ペプシン分解により生ずる、2分子のFab’フラグメントが2つのジスルフィド結合により連結された構造をもつフラグメントを意味する。
「F(ab)2フラグメント」とは、2分子のFabフラグメントが互いにジスルフィド結合で結合した二量体を意味する。
「Fvフラグメント」とは、抗原との結合活性を有する最小のフラグメントを意味し、例えば、IgAのペプシン分解により生ずるN末端側の産物およびこれと同様のドメイン構造を有するフラグメントである。
【0031】
3.抗体
抗体はIgG、IgM、IgA、IgD、IgEの各クラスに分類される。
本発明において、いずれのクラスの抗体も使用することができるが、中でも、IgG1、IgG2などのIgGを使用することが望ましい。
パパインやペプシンによる消化により、IgM、IgAからもIgGと同様にフラグメントを得ることができる。
IgMをトリプシン消化すると、F(ab’)2フラグメント、Fabフラグメント、Fc5μフラグメントなどが得られ、ペプシン消化すると、F(ab’)2フラグメント、Fabフラグメント、Fvフラグメントなどが得られる。得られるフラグメントは、動物種や消化酵素の反応条件により異なる。
IgAをペプシン消化すると、Fvフラグメントを得ることができる。
抗体としては、ポリクローナル抗体でもモノクローナル抗体でも用いることができる。
抗体としては、ウシ抗体、ヒツジ抗体、ブタ抗体、ヤギ抗体、ウサギ抗体、ラット抗体、ハムスター抗体、モルモット抗体、キャピバーラ抗体およびマウス抗体などの非ヒト抗体やヒト抗体であってもよく、ヒト化抗体などのキメラ抗体であってもよい。
【0032】
抗体を得るために免疫に用いられる非ヒト哺乳動物としては、例えば、ウシ、ヒツジ、ブタ、ヤギ、ウサギ、ラット、ハムスター、モルモット、キャピバーラおよびマウスなどが挙げられる。また、他の動物由来の抗体を産生するように作出されたトランスジェニック非ヒト哺乳動物を用いることもできる。また、抗体を得るためには、従来公知の方法により産生することのできる、ハイブリドーマや抗体遺伝子を組み込んだ抗体産生細胞を用いることもできる。
動物の血清から得られる抗体でも腹水から採取された抗体でもよく、培養上清から得られる抗体でもよい。また、天然に存在するものであっても人工的に作られたものでもよく、例えばキメラ抗体や組換え抗体も用いることもできる。
【0033】
4.抗体のフラグメント化方法
本発明の抗体のフラグメント化方法は、フラグメント化促進剤を使用する方法である。
抗体をフラグメント化する方法は、消化酵素を用いて抗体を切断するものであれば、いずれのフラグメント化方法を用いてもよい。フラグメント化促進剤に含有される反応促進剤の存在下、消化酵素を使用して、抗体を消化することにより、抗体を少なくとも1つ以上のフラグメントに消化することができる。
フラグメント化方法として、例えば、ペプシンを使用してF(ab’)2フラグメントを作製する方法や、パパインを用いてFabフラグメントを作製する方法などが挙げられる。
抗体のフラグメント化方法において、フラグメント化促進剤を用いることにより、消化酵素による抗体のフラグメント化を促進することができ、F(ab’)2フラグメントおよびFabフラグメントなどのフラグメントを効率的に製造することが可能となる。
【0034】
消化の際に、本発明の化合物を加えることでフラグメント化を促進することができる。促進された結果、F(ab’)2フラグメントおよびFabフラグメントなどのフラグメントの収量を増加させることができる。また、F(ab’)2フラグメントおよびFabフラグメントなどのフラグメントを製造するのに要する時間を短縮することができる。また、消化に必要な消化酵素の量を減少することができ、望ましくない細断化を減少することができると考えられる。
【0035】
本発明において、フラグメント化促進剤を用いて抗体を消化することにより、効率的に抗体フラグメントを製造することができる。
【0036】
ペプシン消化の場合の反応条件として、例えば、酸性条件であることが好適であり、至適なpHは、2〜5であることが望ましいが、より望ましくは3〜4.5である。また、パパイン消化の反応条件として、例えば、至適なpHは、3〜12であることが望ましいが、4〜7であることがより望ましく、さらに望ましくは4.5〜5.5である。
【0037】
フラグメント化促進剤の消化至適濃度は、抗体の由来動物種、クラス、サブタイプ、用いる消化酵素、pH、反応温度、反応時間、還元剤の有無などによって適宜設定することができる。
該消化至適濃度として、反応条件を一例として例示すると、マウスモノクローナルIgG1抗体(抗体)をpH3.75、反応時間2時間の条件化でペプシン(消化酵素)消化する場合、添加する硫酸ナトリウム(反応促進剤)濃度は、0.05M〜0.8Mが望ましく、より望ましくは0.05M〜0.4Mである。
【0038】
フラグメント化促進剤の消化至適反応時間は、抗体の由来動物種、クラス、サブタイプ、用いる消化酵素、消化酵素濃度、pH、反応温度、還元剤の有無などによって適宜設定することできる。
該消化至適時間として、反応条件を一例として例示すると、マウスモノクローナルIgG1抗体(抗体)をpH3.75、添加する硫酸ナトリウム(反応促進剤)濃度0.1Mの条件でペプシン(消化酵素)消化する場合、反応時間は15分以上が望ましく、より望ましくは15分から3時間、さらに望ましくは1時間である。
【0039】
本発明において、フラグメント化促進剤を抗体のフラグメント化用キットとして用いてもよく、キットは、クエン酸イオン、酒石酸イオン、硫酸イオン、酢酸イオン、塩化物イオン、臭化物イオン、硝酸イオン、塩素酸イオン、ヨウ化物イオン、チオシアン酸イオンからなる群から選択されるイオンをもつ塩を少なくとも1つと、消化酵素を含有する。
キットには、抗体のフラグメント化において用いられる、該塩及び消化酵素以外の成分を含有していてもよい。
【0040】
本発明のフラグメント化促進剤は、判定キットとして用いることもできる。生物材料中に含まれる抗体をフラグメント化促進剤によりフラグメント化し、得られたフラグメントを公知の方法により測定することにより、診断キットとして用いることもできる。また、フラグメント化促進剤によりフラグメント化して得られたフラグメントを用いて、生物材料中に含まれる抗原を公知の方法により測定することにより、診断キットとして用いることもできる。
【実施例】
【0041】
本発明を以下の実施例によって具体的に説明するが、本発明はこれらの実施例によって限定されるものではない。
【0042】
<実施例1:F(ab’)2フラグメントの作製>
[1]反応促進剤の調製
0.1M酢酸緩衝液(pH3.75)を用いて、0.05〜0.4Mの硫酸ナトリウム(反応促進剤)溶液を各200mL調製した。調製後、各濃度の硫酸ナトリウム溶液をpH3.75に調整した。また、0Mの硫酸ナトリウム溶液として、0.1M酢酸緩衝液を用いた。
【0043】
[2]マウスモノクローナル抗体のフラグメント化
0.1M酢酸緩衝液(pH3.75)で1mg/mLに調製したマウスモノクローナルIgG1抗体250μLを、[1]で作製した0〜0.4Mの硫酸ナトリウム溶液200倍量を用いて、室温で2時間透析を行なった。透析後、抗体を回収し、0.1M酢酸緩衝液(pH3.75)で1mg/mLに調製したペプシン(SIGMA社)を、回収した抗体量の4(v/v)%添加した。ペプシン未添加サンプルをコントロールとした。ペプシンを添加した抗体を37℃インキュベーター内で反応させ、反応開始直後、反応開始後15分、1、2および3時間後に、それぞれ別に分注した反応液を回収し、氷中で反応を停止した。
【0044】
[3]F(ab’)2フラグメントの確認試験
[2]で得られた反応液を、LabChip(登録商標)90(Caliper社)を用いて電気泳動した。ペプシン未添加サンプルおよび[2]で得られた反応液2μLにSample buffer (LabChip(登録商標)90専用試薬)7μLを加え、95℃で5分間加熱した。これに精製水35μLを加え、泳動用サンプルとした。
電気泳動後の結果を図1に示す。
ペプシン未添加サンプル(コントロール)群では、3時間後まで、F(ab’)2フラグメントを示すバンドが検出されなかった。0M硫酸ナトリウム溶液群では、反応開始直後には未消化のIgG1を示す強いバンドのみが検出されたが、1〜3時間後に回収したサンプルにおいて、F(ab’)2フラグメントを示す弱いバンドが検出された。これらのサンプルでは、未消化のIgG1を示す強いバンドも検出された。一方、0.05〜0.4M硫酸ナトリウム溶液を用いた群では、反応開始直後からF(ab’)2フラグメントを示すバンドが検出され、1〜3時間後には未消化のIgG1を示すバンドは認められなかった。
F(ab’)2フラグメント生成率(%)の測定結果を図2に示す。F(ab’)2フラグメント生成率(%)は、以下の式で算出した。曲線下面積として、LabChip(登録商標)HTソフトウェアv2.6.0により算出された値を用いた。
式:
F(ab’)2フラグメント生成率(%)=各反応時間経過後のF(ab’)2フラグメント生成量を示す曲線下面積/反応前サンプル中の全曲線下面積×100
図2の結果から、0.05〜0.4Mの硫酸ナトリウム溶液の使用により、ペプシン消化産物であるF(ab’)2フラグメントの収量は増加し、消化に要する時間は短縮したことが分かる。
【0045】
<実施例2>
[4]反応促進剤の調製
0.1M酢酸緩衝液(pH3.75)を用いて、0.1Mの硫酸ナトリウム(反応促進剤)溶液、硫酸アンモニウム(反応促進剤)溶液および塩化リチウム(反応促進剤)溶液を各200mL調製した。調製後、各溶液をpH3.75に調整した。
【0046】
[5]マウスモノクローナル抗体のフラグメント化
0.1M酢酸緩衝液(pH3.75)で1mg/mLに調製したマウスモノクローナルIgG1抗体180μLを、[4]で作製した0.1Mの硫酸ナトリウム溶液、硫酸アンモニウム溶液および塩化リチウム溶液の200倍量を用いて、室温で2時間透析を行なった。透析後、抗体を回収し、0.1M酢酸緩衝液(pH3.75)で1mg/mLに調製したペプシンを、回収した抗体量の4(v/v)%添加した。それぞれペプシン未添加サンプルを調製した。また、コントロールとして、0.1M酢酸緩衝液を用いて同様に透析を行った。ペプシンを添加した抗体を37℃インキュベーター内で反応させ、反応開始直後、反応開始15分、1、2および3時間後に回収した。
【0047】
[6]F(ab’)2フラグメントの確認試験
[5]で得られた反応液を、LabChip(登録商標)90(Caliper社)を用いて電気泳動した。ペプシン未添加サンプルおよび[5]で得られた反応液2μLにSample buffer (LabChip(登録商標)90専用試薬)7μLを加え、95℃で5分間加熱した。これに精製水35μLを加え、泳動用サンプルとした。
電気泳動後の結果を図3に示す。
コントロールとしての0.1M酢酸緩衝液群では、1〜3時間後にF(ab’)2フラグメントを示す弱いバンドが検出された。
硫酸ナトリウム溶液、硫酸アンモニウム溶液および塩化リチウム溶液の各群では、反応開始直後から、F(ab’)2フラグメントを示す強いバンドが検出された。以下の式でF(ab’)2フラグメント生成率を算出した。曲線下面積として、LabChip(登録商標)HTソフトウェアv2.6.0により算出された値を用いた。結果を表1に示す。
式:
F(ab’)2フラグメント生成率(%)=反応3時間後のF(ab’)2フラグメント生成量を示す曲線下面積/ペプシン未添加サンプル中のIgG1量を示す曲線下面積×100
【0048】
【表1】

表1の結果から、反応促進剤未使用群に比べ、いずれの反応促進剤においてもF(ab’)2フラグメント生成量が増加したことが分かる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
クエン酸イオン、酒石酸イオン、硫酸イオン、酢酸イオン、塩化物イオン、臭化物イオン、硝酸イオン、塩素酸イオン、ヨウ化物イオン、チオシアン酸イオンからなる群から選択されるイオンをもつ塩を少なくとも1つ含有する抗体のフラグメント化促進剤。
【請求項2】
消化酵素をさらに含有する、請求項1に記載のフラグメント化促進剤。
【請求項3】
前記消化酵素が、ペプシンまたはパパインである、請求項2に記載のフラグメント化促進剤。
【請求項4】
前記抗体が、IgG抗体である、請求項1〜3のいずれか1項に記載のフラグメント化促進剤。
【請求項5】
請求項1〜4のいずれか1項に記載のフラグメント化促進剤を使用する、抗体のフラグメント化方法。
【請求項6】
前記塩の存在下、前記消化酵素を使用して、前記抗体を少なくとも1以上のフラグメントに消化する、請求項5に記載の抗体のフラグメント化方法。
【請求項7】
請求項1〜4のいずれか1項に記載のフラグメント化促進剤を使用する、抗体フラグメントの製造方法。
【請求項8】
クエン酸イオン、酒石酸イオン、硫酸イオン、酢酸イオン、塩化物イオン、臭化物イオン、硝酸イオン、塩素酸イオン、ヨウ化物イオン、チオシアン酸イオンからなる群から選択されるイオンをもつ塩を少なくとも1つと、消化酵素を含有する、抗体のフラグメント化用キット。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【公開番号】特開2011−130749(P2011−130749A)
【公開日】平成23年7月7日(2011.7.7)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−295493(P2009−295493)
【出願日】平成21年12月25日(2009.12.25)
【出願人】(503442709)株式会社バイオマトリックス研究所 (11)
【Fターム(参考)】