説明

抗体の安定化方法

【課題】液体状態であるか乾燥状態であるかを問わず広く適用することが可能であって、抗体を長期にわたって安定化する方法を提供する。
【解決手段】抗体を、セリシンおよび/またはその加水分解物、もしくはその同等物と共存させることを特徴とする、抗体の安定化方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は抗体の安定化方法に関する。詳しくは、抗体を、セリシンおよび/またはその加水分解物、もしくはその同等物と共存させることにより、液体状態または乾燥状態で長期間安定化することが可能な抗体の安定化方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
抗体は、その基質特異性の高さや簡便性から、免疫学的測定用試薬として、臨床診断をはじめ様々な用途に応用されてきた。具体的には例えば、分子生物学用途の分析試薬、生化学用途の分析試薬、体外診断薬などである。これら試薬に適用する抗体は、各種化合物による標識や修飾などを受けることもある。そして、これら試薬は、目的や用途に応じて、液体状態、乾燥状態、または、抗体を担体に固定化し緩衝液などに浸漬した状態、あるいは、乾燥した状態で提供される。
【0003】
上記のような抗体含有組成物の性能を長期にわたって維持するためには、言うまでもなく抗体の活性を安定に維持することが重要である。例えば、組成物中の抗体活性が時間経過により低下する場合には、所望の組成物の有効期間と抗体の活性低下速度に合わせて、予め過剰量の抗体を添加する方策があるが、多くの場合、このような方策では問題の根本的な解決にはならず、抗体のコストが嵩むことは避けられない。
【0004】
そこで、一般のタンパク質を含む組成物と同様、抗体含有組成物中にリン酸塩、塩酸塩、硫酸塩等の塩類、ラクトース、スクロース、トレハロース等の糖類、グリセロール、エチレングリコール、エリスリトール等の多価アルコール、アルギニン、リジン、グリシン等のアミノ酸、脂肪酸エステル、ポリオキシエチレン(20)ソルビタンモノラウレート、ポリオキシエチレン(10)オクチルフェニルエーテル等の界面活性剤、アルブミン、カゼイン、ゼラチン等のタンパク質などを共存させることで、安定化を図る方法が多数提案されてきた(例えば、特許文献1〜7)。なかでも、牛血清アルブミンは、その優れた効果から、安定化剤として広く用いられてきた。
【0005】
しかしながら、牛血清アルブミンは、供給源に制限があり非常に高価であるため、組成物のコスト上昇を招くことになる。また、牛血清アルブミンなどの動物性タンパク質は、ウイルスによる感染の危険があり、安全性が十分に確保できない虞がある。さらには、着色に対する配慮も必要となる。
また、塩類やアミノ酸を溶液中で用いると、溶解度の低さや保存中の析出により、十分量添加することができず、所望の効果が得られない場合がある。また、糖類やアミノ酸を診断薬に適用すると、試薬系に共存する若しくは抗体中に混在する夾雑物質と安定化剤とが意図しない反応を引き起こす場合がある。また、多価アルコールや界面活性剤は、抗原との反応を妨げる場合がある。
さらに、従来提案されている安定化剤の多くは、抗体の種類により安定化効果に差があり、汎用性を欠くものであった。
【0006】
【特許文献1】特開昭60−35263号公報
【特許文献2】特表昭63−500562号公報
【特許文献3】特開平6−186230号公報
【特許文献4】特開平9−80051号公報
【特許文献5】特開平10−279594号公報
【特許文献6】特表2001−503781号公報
【特許文献7】特開2003−215127号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
本発明はこのような現状に鑑みてなされたものであり、その目的とするところは、液体状態であるか乾燥状態であるかを問わず広く適用することが可能であって、抗体を長期にわたって安定化する方法を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者らは、上記目的を達成する為に種々検討した結果、抗体を、セリシンおよび/またはその加水分解物、もしくはその同等物と共存させることにより、抗体を効果的に安定化できることを見出し、本発明を完成させるに至った。
【0009】
すなわち、本発明は以下のようなものである。
(1)抗体を、セリシンおよび/またはその加水分解物、もしくはその同等物と共存させることを特徴とする、抗体の安定化方法。
(2)抗体が液体状態であることを特徴とする、(1)記載の抗体の安定化方法。
(3)抗体が乾燥状態であることを特徴とする、(1)記載の抗体の安定化方法。
(4)抗体が担体に固定化されていることを特徴とする、(2)記載の抗体の安定化方法。
(5)抗体が担体に固定化されていることを特徴とする、(3)記載の抗体の安定化方法。
(6)セリシンおよび/またはその加水分解物が、繭糸または生糸から抽出した天然セリシンに由来するものであることを特徴とする、(1)〜(5)のいずれかに記載の抗体の安定化方法。
(7)セリシン同等物が遺伝子工学的手法により得られたものであることを特徴とする、(1)〜(5)のいずれかに記載の抗体の安定化方法。
【0010】
本発明の別の態様によれば、安定化された抗体を含む組成物が提供される。すなわち、
(8)抗体が、セリシンおよび/またはその加水分解物、もしくはその同等物と共存していることを特徴とする、組成物。
(9)抗体が液体状態であることを特徴とする、(8)記載の組成物。
(10)抗体が乾燥状態であることを特徴とする、(8)記載の組成物。
(11)抗体が担体に固定化されていることを特徴とする、(9)記載の組成物。
(12)抗体が担体に固定化されていることを特徴とする、(10)記載の組成物。
(13)セリシンおよび/またはその加水分解物が、繭糸または生糸から抽出した天然セリシンに由来するものであることを特徴とする、(8)〜(12)のいずれかに記載の抗体の組成物。
(14)セリシン同等物が遺伝子工学的手法により得られたものであることを特徴とする、(8)〜(12)のいずれかに記載の抗体の組成物。
【0011】
本発明のさらに別の態様によれば、前記組成物の製造方法が提供される。すなわち、
(15)抗体を、セリシンおよび/またはその加水分解物、もしくはその同等物と共存させる工程を含むことを特徴とする、組成物の製造方法。
【0012】
本発明のさらにまた別の態様によれば、前記組成物を含む診断薬およびバイオセンサーが提供される。すなわち、
(16)(8)〜(14)記載の組成物を含むことを特徴とする診断薬。
(17)(8)〜(14)記載の組成物を含むことを特徴とするバイオセンサー。
【発明の効果】
【0013】
本発明によれば、抗体を、セリシンおよび/またはその加水分解物、もしくはその同等物と共存させることにより、液体状態、乾燥状態の如何に関わらず抗体の安定性を効果的に向上させることができる。したがって、抗体を含む組成物の有効性を長期にわたって維持することが可能となる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0014】
以下に本発明を詳細に説明する。
本発明の抗体の安定化方法は、抗体を、セリシンおよび/またはその加水分解物、もしくはその同等物と共存させることを要旨とするものである。
【0015】
本発明において、抗体は液体状態または乾燥状態にいずれであってもよい。また、抗体は担体に固定化されていてもよい。本明細書において、「液体状態」とは、抗体が液体中に存在することをいい、抗体が液体に完全に溶解している状態、懸濁液のように液体に分散している状態、担体に固定化され、液体に浸漬された状態も包含するものとする。
【0016】
本発明において「安定化」とは、抗体がある物質と共存した場合(a)と共存していない場合(b)において、抗体を一定期間保存した後の該抗体の保持する残存機能が(a)>(b)となるような状態をいう。
例えば、抗体が液体状態で、ある物質を共存させた場合(a)と、共存させない場合(b)で、適当な温度で一定時間保存した後の残存活性の比率が、(a)>(b)となる状態をいう。
また、抗体が乾燥状態で、ある物質を共存させた場合(a)と、共存させない場合(b)で、適当な温度で一定時間保存した後の残存活性の比率が、(a)>(b)となる状態をいう。
さらに、抗体が担体に固定化され、かつ、液体に浸漬状態で、ある物質を共存させた場合(a)と、共存させない場合(b)で、適当な温度で一定時間保存した後の残存活性の比率が、(a)>(b)となる状態をいう。
さらにまた、抗体が担体に固定化され、かつ、乾燥状態で、ある物質を共存させた場合(a)と、共存させない場合(b)で、適当な温度で一定時間保存した後の残存活性の比率が、(a)>(b)となる状態をいう。
【0017】
安定化の評価は、例えば、ある物質を共存させた場合(a)と、共存させない場合(b)についてそれぞれ残存活性を経時的に測定し、半減期を比較することによって行うことができる。
「適当な温度で一定時間保存」の条件は、上記(a)と(b)で残存活性に差があらわれる条件であれば特に限定されないが、好ましくは、診断薬などでの長期保存安定性を念頭に置いた加速(苛酷)試験の条件が選択される。具体的には、「40℃で2週間保存」、「50℃で1週間保存」などが挙げられる。時間が許せば、抗体を含む診断薬などが実際に長期保存される温度として汎用される2℃〜10℃の冷蔵条件下で6ヶ月間以上の保存を選択してもよい。
【0018】
本発明の一実施態様としては、リン酸緩衝生理食塩水(pH7.2〜7.5)中で、抗体を50℃で6日間保存した後の残存活性率を、セリシンを共存させることによって、セリシンを共存させない場合に比べて向上させる方法である。
本発明の別の実施態様としては、抗体をポリ塩化ビニル製のアッセイプレートに固定化し、乾燥した状態で、50℃で8日間保存した後の残存活性率を、セリシンを共存させることによって、セリシンを共存させない場合に比べて向上させる方法である。
上記実施態様において、セリシンに替えてセリシン加水分解物またはセリシン同等物を
用いても良い。また、本発明が上記実施態様に限定されないことは言うまでもない。
【0019】
ここでセリシンとは、繭糸または生糸に存在する非結晶性の天然タンパク質であり、本明細書においては特に、繭糸または生糸から非加水分解物の状態で抽出されたものをいうものとする。セリシンは、国際公開第2002/086133号パンフレットに開示されるアミノ酸配列を有し、38アミノ酸からなる機能性ペプチドを反復配列として含んでなる。加水分解物とは、該機能性ペプチドを含む天然物由来セリシンを、酸やアルカリなどにより加水分解したものである。また、同等物とは、少なくとも1以上の機能性ペプチドを含むように化学合成されたものや、遺伝子工学的手法により得られたものをいう。さらに、これらにおいては、本発明の安定化作用を損なわない範囲内で、あるいはその特性を改善する目的で、天然型アミノ酸配列に対して、アミノ酸残基が欠失、置換、挿入、付加されたものであってもよい。本発明に用いるセリシンやその加水分解物、その同等物は、国際公開第2002/086133号パンフレットに開示される公知の方法に従って得ることができる。
本発明の実施例においては、入手が容易な加水分解物を用いている。なお、加水分解物の分子量は、安定化作用を有する限り特に限定されないが、取扱い性の点から、重量平均分子量が5,000〜100,000、特には10,000〜50,000の範囲にあるものが好ましく用いられる。
【0020】
セリシンおよび/またはその加水分解物、もしくはその同等物の使用量は、使用する抗体の種類、抗体の濃度、抗体を含む組成物の形態などによって適宜設定すればよい。例えば、組成物が液体状態である場合、0.1〜200g/L、好ましくは0.1〜100g/L、より好ましくは0.2〜20g/Lの濃度で添加することができる。このとき、抗体と、セリシンおよび/またはその加水分解物、もしくはその同等物の重量比は、1:1〜1:10,000,000、好ましくは1:10〜1:1,000,000、より好ましくは1:100〜1:100,000とすることができる。
【0021】
本発明の対象となる抗体は特に限定されるものではないが、典型的には臨床診断に用いられる抗体である。具体的には例えば、マウスIgGや免疫グロブリン(IgG、IgA、IgM、IgD、IgE)、また、B型肝炎ウイルス、C型肝炎ウイルス、HTLV(成人T細胞白血病ウイルス)、HIV(エイズウイルス)、インフルエンザウイルス、クラミジア、梅毒トレポネーマ、トキソプラズマ等の各種感染症の病原体を抗原とする抗体などを挙げることができる。抗体はポリクローナル抗体であっても、モノクローナル抗体であってもよく、モノクローナル抗体の混合物であってもよい。また、酵素処理や遺伝子工学的に断片化されたF(ab’)2、Fab’、Fab等の抗体フラグメントであってもよい。
さらに抗体は、ペルオキシダーゼ、アミラーゼ、カタラーゼ、グルコースオキシダーゼ、グルコースデヒドロゲナーゼ、アルカリフォスファターゼ、β−ガラクトシダーゼ等の各種酵素や、蛍光色素、金属コロイド、着色ラテックス粒子などで標識されていてもよい。
本発明の対象となる抗体の保存状態は特に限定されるものではなく、液体状態であっても、凍結状態であっても、乾燥状態であってもよく、任意の状態で保存されたものが使用でき、一度乾燥したものを液体に再溶解または再懸濁させたものを包含するものとする。
【0022】
本発明の抗体の安定化方法によれば、安定化された抗体を含む組成物が提供される。組成物の存在状態は、液体状態であっても、乾燥状態であってもよく、特に限定されない。また、抗体が担体に固定化されていてもよく、この状態で液体に浸漬した状態であっても、乾燥した状態であってもよい。なお、組成物が液体状態である場合、抗体が液体に完全に溶解している状態のみならず、懸濁液のように液体に分散している状態も包含するものとする。
このような組成物は、チップ状、スリット状などの形態に加工される場合もある。そして、適当な容器に入れられたり、適当なデバイスに搭載されたりして、例えば、分子生物学用途の分析試薬、生化学用途の分析試薬、体外診断薬、バイオセンサー、医薬品などとして、またこれらを含むキットとして提供される。
【0023】
組成物は、安定化、形状改善などの目的で、さらに他の物質を含んでいてもよい。
液体状態の組成物は、少なくとも、目的とする抗体と、セリシンおよび/またはその加水分解物、もしくはその同等物を、水、生理食塩水、各種水性緩衝液などの液体に溶解または懸濁することによって調製することができる。このとき、抗体の濃度は特に限定されるものではないが、通常、0.001〜100mg/mL、好ましくは0.01〜10mg/mLである。また、水性緩衝液として具体的には、PIPES、MES、TES、MOPS、HEPES等のGood緩衝液、リン酸緩衝液、酢酸緩衝液、ホウ酸緩衝液、クエン酸緩衝液、トリス緩衝液など、分子生物学あるいは生化学の分野で公知の緩衝液を挙げることができる。このような組成物は硫安、燐安、食塩、塩化カリウム等の塩類を含んでいてもよい。また、グリセロール、エチレングリコール等の多価アルコール類、アルキルグルコシド、ポリエチレングリコールアルキルエーテル、脂肪酸アルコールエステル等の界面活性剤を含んでいてもよい。さらに、アジ化物、1,1‘−Methylen−bis[3−(1−hydroxymethyl−2,4−dioximidazolidin−5−yl)−urea]、2−Methyl−3(2H)−isothiazolone−hydrochloride、5−Bromo−5−nitro−1,3−dioxane、2−Hydroxypyridine−N−oxide、2−Chloroacetamide等の防腐剤を含んでいてもよい。
【0024】
乾燥状態の組成物は、前記液体状態の組成物を、定法により乾燥、例えば凍結乾燥、噴霧乾燥することによって調製することができる。このような組成物は、一般的な安定剤や形状改善剤として、グルコース、フルクトース、ガラクトース、マンノース、キシロース、ラクトース、シュークロース、ラフィノース、トレハロース、シクロデキストリン、プルラン、イヌリン、可溶性デンプン等の糖類、グルシトール、マンニトール、イノシトール、キシリトール等の糖アルコール類、グリシン、アラニン、セリン、トレオニン、グルタミン酸、アスパラギン酸、グルタミン、アスパラギン、リジン、ヒスチジン等のアミノ酸およびアミノ酸塩、グリシルグリシン、グリシルグリシルグリシン等のペプチド類、リン酸塩、ホウ酸塩、硫酸塩、トリス塩等の無機塩類、ゼラチン、カゼイン、アルブミン等のタンパク質、ポリオキシエチレンアルキルエーテル、ポリエチレングリコールアルキルエーテル等の界面活性剤などを含んでいてもよく、乾燥前の液体状態の段階で添加しておけばよい。
【0025】
前記液体状態および乾燥状態の組成物において、抗体が特に酵素標識されている場合にあっては、標識した酵素を安定化させる目的で、NAD+、NADH、NADP+、NADPH、ATP、ADP、AMP、GTP、GMP、FADやFMN、ビオチン、ナイアシン、コバラミン、PQQ等の補酵素類、ナトリウム、カリウム、亜鉛、マグネシウム、カルシウム、リチウム、銅、鉄、マンガン等の金属塩、硝酸塩、リン酸塩、硫酸塩、ホウ酸塩、トリス塩等の塩類、チオール化合物、セレン化合物、アミノ酸及びアミノ酸塩、糖および配糖体を含んでいてもよい。また、フェノール系およびアニリン系の各種トリンダー試薬、カプラーである4−アミノアンチピリン、テトラゾリウム塩類、フエナジンメトサルフェート等の電子キャリヤー、ロイコ系試薬等の色素類、基質類を含んでいてもよい。さらに、非特異反応防止剤を含んでいてもよい。非特異反応防止剤としては、特に限定されるものではないが、標識抗体と同種の抗体、標識抗体と同種の酵素を含むことができる。同種の抗体としては、マウスIgG、マウスIgM、高分子量化されたマウスIgG重合体、ヤギIgG、ヒツジIgG、ウマIgG、ラットIgG、ウサギIgG等を挙げることができる。これらは、動物血清、腹水など体液のまま添加することもできるが、ウイルス不活化処理、補体非働化処理、脱脂処理などを行って添加することが望ましい。同種の酵素としては、ペルオキシダーゼ、アミラーゼ、カタラーゼ、グルコースオキシダーゼ、グルコースデヒドロゲナーゼ、アルカリフォスファターゼ、β−ガラクトシダーゼ等を挙げることができる。
【0026】
抗体が担体に固定されている場合において、用いられる担体は特に限定されるものではなく、免疫測定用として用いられているものから適宜選択すればよい。例えば、ポリスチレン、ポリエチレン、ポリプロピレン等の合成高分子化合物、多孔性ガラス、ガラスビーズ、磁性粒子等の無機物質などを挙げることができる。またその形態としては、チューブ、プレート、マイクロタイタープレート、微粒子等を挙げることができる。
担体への抗体の固定化は、公知の方法に従って行うことができる。例えば、グルタルアルデヒド、ビスジアゾベンジジン、トリレンジイソシアネート、ジフロロニトロベンゼン、カルボジイミド類、キノン類、塩化クロム、タンニン酸等のいわゆるカップリング剤を用いた化学的結合法、抗体と担体を水、生理食塩水、各種水性緩衝液などの液体中で接触させる物理的吸着法などを挙げることができる。いずれの方法においても、抗体を担体に固定化した後、セリシンおよび/またはその加水分解物、もしくはその同等物を共存させる。
組成物は、抗体が担体に固定化されていない組成物同様、各種添加剤を含んでいてもよい。
かくして、抗体が担体に固定化され、かつ、液体に浸漬状態の組成物を調製することができる。
【0027】
抗体が担体に固定化され、かつ、乾燥状態の組成物は、前記液体に浸漬状態の組成物を、定法により乾燥、例えば自然乾燥、通気乾燥、真空乾燥、凍結乾燥することによって調製することができる。このとき、セリシンおよび/またはその加水分解物、もしくはその同等物による安定化効果を有効に発揮させるため、乾燥前に、4℃で6〜24時間、好ましくは10〜20時間、または25℃で2〜8時間、好ましくは4〜6時間、さらにまたは37℃で10分間〜3時間、好ましくは30分間〜2時間の浸漬時間をとることが望ましい。
組成物は、抗体が担体に固定化されていない組成物同様、各種添加剤を含んでいてもよい。
【実施例】
【0028】
以下、本発明を実施例によりさらに詳しく説明するが、本発明は以下の実施例に限定されるものではない。
【0029】
試験例1〜3において、セリシン加水分解物は、以下の方法に従って調製した。
[セリシン加水分解物の調製]
繭(家蚕(Bombyx mori)が作ったもの)1kgを、0.2%炭酸ナトリウム水溶液(pH11〜12)50L中で95℃にて2時間処理し、セリシンを部分加水分解して抽出した。得られた抽出液を平均孔径0.2μmのフィルターを用いてろ過し、凝集物を除去した後、濾液を逆浸透膜により脱塩し、0.2%濃度の無色透明の精製液を得た。この精製液をエバポレーターを用いて濃度が約2%になるまで濃縮させた後、凍結乾燥処理を行って、純度90%以上で、平均分子量20,000であるセリシン加水分解物の粉体100gを得た。
【0030】
[試験例1]
溶液状抗体に対する安定化試験
(1)溶液状マウスIgGの調製および保存
安定化剤として、セリシン加水分解物およびウシ血清アルブミン(以下BSAと表記、ナカライテスク社製)を試験した。各試験物質を、136mM塩化ナトリウム、8mMリン酸水素二ナトリウム、3mM塩化カリウムおよび1mMリン酸二水素カリウムからなるリン酸緩衝生理食塩水(以下PBSと表記、pH7.2〜7.5)で10g/L濃度に溶解した後、0.22μmフィルターでろ過し、試験物質溶液とした。400μg/mLのマウスIgG溶液(Santa Cruz Biotechnology社製)を上記試験物質溶液で50ng/mLに希釈し、保存安定性を評価した。すなわち、調製当日(day0)、および50℃または4℃で保存して6日目におけるマウスIgGの活性を(2)の方法に従い測定し、残存活性率を求めた。各マウスIgG希釈溶液は、測定前に室温に戻して、活性測定に供した。
【0031】
(2)マウスIgGの活性測定方法
96ウェルアッセイプレート(平底タイプ、ファルコン社製)の各ウェルに、PBSで希釈した1μg/mLのヤギ由来抗マウスIgG抗体溶液(Chemicon社製)を100μL添加し、37℃で90分間インキュベートした。インキュベート終了後、各ウェルの溶液をデカンテーションにより除去した。そこへ、PBSで調製した5%(w/w)のスキムミルク溶液を180μL添加し、37℃で90分間インキュベートすることにより、ヤギ由来抗マウスIgG抗体でコーティングされていない部分のプレートのウェル表面をコーティングした。インキュベート終了後、各ウェルの溶液をデカンテーションにより除去し、0.1%(w/w)のTween20を含むPBS溶液(以下、T−PBSと表記)でプレートを3回洗浄し、さらにPBSで1回洗浄した。そこへ、(1)で調製した各マウスIgG希釈溶液を100μL添加し、37℃で90分間インキュベートすることにより抗原抗体反応を行った。
【0032】
インキュベート終了後、各ウェルの溶液をデカンテーションにより除去し、T−PBSでプレートを3回洗浄し、さらにPBSで1回洗浄した。そこへ、PBSで希釈した1.7μg/mLの西洋わさびペルオキシダーゼ(以下、HRPと表記)標識ヤギ由来抗マウスIgG抗体溶液(Cappel社製)を100μL添加し、37℃で90分間インキュベートした。インキュベート終了後、各ウェルの溶液をデカンテーションにより除去し、T−PBSでプレートを3回洗浄し、さらにPBSで1回洗浄した。そこへ、HRPの基質として2mMオルトフェニレンジアミン二塩酸溶液を75μL添加し、25℃で40分間反応させた。反応終了後、発色の程度を波長490nm(対照波長600nm)で測定した。
【0033】
各試験物質ともに、試料調製当日(day0)の吸光度からブランクにおける吸光度を差し引いた値(以下、吸光度差と表記)に対する、保存6日目における吸光度差の百分率(%)を求め、残存活性率とした。
結果を表1に示した。
【0034】
(3)結果
50℃、6日間の保存において、マウスIgGの残存活性率は、無添加では0%、BSAでは89%であった。一方、セリシン加水分解物では84%であり、BSAと同程度の値を示した。
これらの結果から、セリシン加水分解物は溶液状抗体に対して、BSAと同等の優れた抗体安定性を持つことが示された。
【0035】
【表1】

【0036】
[試験例2]
乾燥状固定化抗体に対する安定化試験−マウスIgG定量系−
(1)乾燥状固定化ヤギ由来抗マウスIgG抗体プレートの調製および保存
安定化剤として、セリシン加水分解物、BSA(ナカライテスク社製)、スキムミルク(ナカライテスク社製)およびコムギ由来タンパク加水分解物(Quest International社製)を試験した。各試験物質をPBSで1g/L濃度に溶解した後、0.22μmフィルターでろ過し、試験物質溶液とした。
96ウェルアッセイプレート(平底タイプ、ファルコン社製)の各ウェルに、PBSで希釈した1μg/mLのヤギ由来抗マウスIgG抗体溶液(Chemicon社製)を100μL添加し、37℃で90分間インキュベートした。インキュベート終了後、各ウェルの溶液をデカンテーションにより除去した。そこへ、上記試験物質溶液を180μL添加し、37℃で90分間インキュベートすることにより、ヤギ由来抗マウスIgG抗体でコーティングされていない部分のプレートのウェル表面をコーティングし、固定化ヤギ由来抗マウスIgG抗体プレートとした(day0)。その後、50℃のインキュベーター内で乾燥させ、保存安定性を評価した。すなわち、調製当日(day0)、および50℃で保存して11日目における固定化ヤギ由来抗マウスIgG抗体の活性を(2)の方法に従い測定し、残存活性率を求めた。
【0037】
(2)固定化ヤギ由来抗マウスIgG抗体の活性測定方法
(1)で調製した固定化ヤギ由来抗マウスIgG抗体プレートのうち、day0のものは、各ウェルの溶液をデカンテーションにより除去し、T−PBSでプレートを3回洗浄し、さらにPBSで1回洗浄して、活性測定に供した。
【0038】
まず、400μg/mLのマウスIgG(Santa Cruz Biotechnology社製)を1%(w/w)のスキムミルク溶液で希釈し、50ng/mL、25ng/mLおよび0ng/mL溶液を調製し、固定化ヤギ由来抗マウスIgG抗体プレートに100μL添加し、37℃で90分間インキュベートすることにより抗原抗体反応を行った。
【0039】
インキュベート終了後、各ウェルの溶液をデカンテーションにより除去し、T−PBSでプレートを3回洗浄し、さらにPBSで1回洗浄した。そこへ、PBSで希釈した1.7μg/mLのHRP標識ヤギ由来抗マウスIgG抗体溶液(Cappel社製)を100μL添加し、37℃で90分間インキュベートした。インキュベート終了後、各ウェルの溶液をデカンテーションにより除去し、T−PBSでプレートを3回洗浄し、さらにPBSで1回洗浄した。そこへ、HRPの基質として2mMオルトフェニレンジアミン二塩酸溶液を75μL添加し、25℃で40分間反応させた。反応終了後、発色の程度を波長490nm(対照波長600nm)で測定した。
【0040】
各試験物質ともに、試料調製当日(day0)の吸光度からブランクにおける吸光度を差し引いた値(以下、吸光度差と表記)に対する、保存11日目における吸光度差の百分率(%)を求め、残存活性率とした。このうち、50ng/mLのマウスIgGを添加した場合の残存活性率を表2に示した。
【0041】
(3)結果
50℃、11日間の保存において、固定化ヤギ由来抗マウスIgG抗体の残存活性率は、無添加では0%、BSAでは73%、スキムミルクでは76%、コムギ由来タンパク加水分解物では80%であった。一方、セリシン加水分解物では93%であり、検討した安定化剤の中で最も高い値を示した。また、図1に示すように、セリシン加水分解物で保存した場合には、マウスIgGに対する定量性も維持していた。
これらの結果から、セリシン加水分解物は固定化された抗体に対して、BSA、スキムミルクおよびコムギ由来タンパク加水分解物より優れた抗体安定性を持つことが示された。
【0042】
【表2】

【0043】
[試験例3]
乾燥状固定化抗体に対する安定化試験−ヒト血清アルブミン(以下、HSAと表記)定量系−
(1)乾燥状固定化ヤギ由来抗HSA抗体プレートの調製および保存
安定化剤として、試験例2と同様の物質を試験した。各試験物質をPBSで1g/L濃度に溶解した後、0.22μmフィルターでろ過した溶液を試験物質溶液とした。
96ウェルアッセイプレート(平底タイプ、ファルコン社製)の各ウェルに、PBSで希釈した8μg/mLのヤギ由来抗HSA抗体溶液(Cappel社製)を100μL添加し、37℃で90分間インキュベートした。インキュベート終了後、各ウェルの溶液をデカンテーションにより除去した。そこへ、上記試験物質溶液を180μL添加し、37℃で90分間インキュベートすることにより、ヤギ由来抗HSA抗体でコーティングされていない部分のプレートのウェル表面をコーティングし、固相化ヤギ由来抗HSA抗体プレートとした(day0)。その後、50℃のインキュベーター内で乾燥させ、保存安定性を評価した。すわなち、調製当日(day0)、および50℃で保存して8日目における固定化ヤギ由来抗HSA抗体の活性を(2)の方法に従い測定し、残存活性率を求めた。
【0044】
(2)固定化ヤギ由来抗HSA抗体の活性測定方法
(1)で調製した固定化ヤギ由来抗HSA抗体プレートのうち、day0のものは、各ウェルの溶液をデカンテーションにより除去し、T−PBSでプレートを3回洗浄し、さらにPBSで1回洗浄して、活性測定に供した。
【0045】
まず、HSA(シグマ社製)を1%(w/w)のスキムミルク溶液で溶解し、40ng/mL、20ng/mLおよび0ng/mL溶液を調製し、固定化ヤギ由来抗HSA抗体プレートに100μL添加し、37℃で90分間インキュベートすることにより抗原抗体反応を行った。
【0046】
インキュベート終了後、各ウェルの溶液をデカンテーションにより除去し、T−PBSでプレートを3回洗浄し、さらにPBSで1回洗浄した。そこへ、PBSで希釈した2.5μg/mLのHRP標識ヒツジ由来抗HSA抗体溶液(Binding Site社製)を100μL添加し、37℃で90分間インキュベートした。インキュベート終了後、各ウェルの溶液をデカンテーションにより除去し、T−PBSでプレートを3回洗浄し、さらにPBSで1回洗浄した。そこへ、HRPの基質として2mMオルトフェニレンジアミン二塩酸溶液を75μL添加し、25℃で40分間反応させた。反応終了後、発色の程度を波長490nm(対照波長600nm)で測定した。
【0047】
各試験物質ともに、試料調製当日(day0)の吸光度からブランクにおける吸光度を差し引いた値(以下、吸光度差と表記)に対する、保存8日目における吸光度差の百分率(%)を求め、残存活性率とした。このうち、40ng/mLのHSAを添加した場合の残存活性率を表3に示した。
【0048】
(3)結果
50℃、8日間の保存において、固定化ヤギ由来抗HSA抗体の残存活性率は、無添加では0%、BSAでは6%、スキムミルクでは52%、コムギ由来タンパク加水分解物では5%であった。一方、セリシン加水分解物では66%であり、検討した安定化剤の中で最も高い値を示した。また、図2に示すように、セリシン加水分解物で保存した場合には、HSAに対する定量性も維持していた。
これらの結果から、セリシン加水分解物は固定化された抗体に対して、BSA、スキムミルクおよびコムギ由来タンパク加水分解物より優れた抗体安定性を持つことが示された。
【0049】
【表3】

【産業上の利用可能性】
【0050】
本発明によれば、抗体の安定性を向上させ、抗体を含む組成物の有効性を長期にわたって維持することが可能となる。特に臨床検査分野で用いられる診断薬用途として優れており、産業界に寄与することが大である。
【図面の簡単な説明】
【0051】
【図1】マウスIgGに対する定量性を示すグラフである。
【図2】HSAに対する定量性を示すグラフである。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
抗体を、セリシンおよび/またはその加水分解物、もしくはその同等物と共存させることを特徴とする、抗体の安定化方法。
【請求項2】
抗体が液体状態であることを特徴とする、請求項1記載の抗体の安定化方法。
【請求項3】
抗体が乾燥状態であることを特徴とする、請求項1記載の抗体の安定化方法。
【請求項4】
抗体が担体に固定化されていることを特徴とする、請求項2記載の抗体の安定化方法。
【請求項5】
抗体が担体に固定化されていることを特徴とする、請求項3記載の抗体の安定化方法。
【請求項6】
セリシンおよび/またはその加水分解物が、繭糸または生糸から抽出した天然セリシンに由来するものであることを特徴とする、請求項1〜5のいずれか1項記載の抗体の安定化方法。
【請求項7】
セリシン同等物が遺伝子工学的手法により得られたものであることを特徴とする、請求項1〜5のいずれか1項記載の抗体の安定化方法。
【請求項8】
抗体が、セリシンおよび/またはその加水分解物、もしくはその同等物と共存していることを特徴とする、組成物。
【請求項9】
抗体が液体状態であることを特徴とする、請求項8記載の組成物。
【請求項10】
抗体が乾燥状態であることを特徴とする、請求項8記載の組成物。
【請求項11】
抗体が担体に固定化されていることを特徴とする、請求項9記載の組成物。
【請求項12】
抗体が担体に固定化されていることを特徴とする、請求項10記載の組成物。
【請求項13】
セリシンおよび/またはその加水分解物が、繭糸または生糸から抽出した天然セリシンに由来するものであることを特徴とする、請求項8〜12のいずれか1項記載の抗体の組成物。
【請求項14】
セリシン同等物が遺伝子工学的手法により得られたものであることを特徴とする、請求項8〜12のいずれか1項記載の抗体の組成物。
【請求項15】
抗体を、セリシンおよび/またはその加水分解物、もしくはその同等物と共存させる工程を含むことを特徴とする、組成物の製造方法。
【請求項16】
請求項8〜14のいずれか1項記載の組成物を含むことを特徴とする診断薬。
【請求項17】
請求項8〜14のいずれか1項記載の組成物を含むことを特徴とするバイオセンサー。

【図1】
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【図2】
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【公開番号】特開2008−239512(P2008−239512A)
【公開日】平成20年10月9日(2008.10.9)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−78935(P2007−78935)
【出願日】平成19年3月26日(2007.3.26)
【出願人】(000003160)東洋紡績株式会社 (3,622)
【出願人】(000107907)セーレン株式会社 (462)
【Fターム(参考)】