説明

抗腫瘍剤及びその製造方法

本発明は、ピラルビシン、ドキソルビシン、エピルビシン、ダウノルビシン、アクラルビシン等のアントラサイクリン系抗腫瘍剤、シスプラチン、あるいはタキソール等のアルカロイド系抗腫瘍剤のような低分子抗腫瘍剤とスチレン・マレイン酸共重合体(SMA)との分子間結合または相互作用により高分子ミセル複合体構造を形成した高分子型抗腫瘍剤であり、このような高分子型抗腫瘍剤は薬剤の腫瘍部への選択的集積性を高めることにより、抗腫瘍効果を向上させる一方、正常器官・組織に対して集積せず、副作用が少ないという優れた効果を有する。またこのような高分子型抗腫瘍剤は、SMAと抗腫瘍剤とを水性溶媒に溶解し、溶解性カルボジイミド、アミノ酸またはポリアミンの存在下、pHを調節して、ミセル複合体構造を形成させ、高分子成分を分離回収することにより得られる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
本発明は抗腫瘍剤を高分子ミセル複合体とし、分子の存在状態を改変することにより、腫瘍部に選択的に集積させ、更に腫瘍部での滞留時間を長くし、それにより抗腫瘍効果を増大させるとともに、正常器官組織への副作用を軽減した高分子型抗腫瘍剤及びその製造方法に関する。更に詳しくは、アントラサイクリン系あるいは白金系等の低分子抗腫瘍剤と、スチレン・マレイン酸共重合体(以下SMAという)とを分子間結合または相互作用により結合させ、高分子ミセル複合体とした高分子型抗腫瘍剤及びその製造方法に関する。
【背景技術】
1969年にDi Marcoらによってアントラサイクリン系抗腫瘍剤であるドキソルビシン(アドリアマイシン・・・式(1))が発見され(Cancer Chemotherapy Reports,Part 1,53,33−41,1969)、更に1979年には新しいアントラサイクリン系抗生物質の研究中に、ピラルビシン(THPアドリアマイシン・・・式(2))が梅沢らによって発見された。このTHPアドリアマイシンは、4′−O置換のアントラサイクリン化合物の中で、他のアントラサイクリン抗腫瘍剤よりも低毒性であるが有効である(「癌と化学療法」15,2819−27,1988)。
アントラサイクリン系抗生物質は、複数の作用メカニズムで細胞を死減させる強力な細胞毒性効果があることが知られている。アントラサイクリン分子中のキノングループによる酸素ラジカルの発生は、DNAとインターカレーション(結合)する性質及びトポイソメラーゼ阻止メカニズムを促進し、これらすべての効果により、癌細胞の効果的な死滅をもたらす。ピラルビシンはこのグループの新しいメンバーであるが、心臓障害が少なく、ドキソルビシンよりも活性がより強く、ユニークであり、DNA及びRNA合成阻止作用を有する。
しかし残念ながら、もとのアントラサイクリンや、シスプラチンなどの低分子抗腫瘍剤の細胞死滅効果は他の多くのものと同様に、腫瘍組織に対する特異性がない。そのため腫瘍部以外の正常器官・組織に対しても作用し、重大な副作用を起こす。特に骨髄細胞や消化管の上皮細胞などのような分裂が旺盛な細胞にはそれが顕著であるが、更に心臓や肝臓のような分裂速度の遅い安定な組織をも慢性的に徐々に傷害する。このような強力な薬剤はその副作用のため、投与量の増加が制限されている。
これらの抗がん剤の副作用を除去するためには、薬剤の組織内での分布が決定的な役割を果たす。この点に関し、本発明の発明者らは薬剤の分子量の大きさが鍵であることを見出した。
低分子量薬剤、例えば10Kda以下の分子量の薬剤は、単純な拡散によって多くの正常器官組織と腫瘍組織とに容易に無差別に分布し、最終的には肝臓により胆汁中に、あるいは腎臓から尿中に排泄される。分子量が543.5及び627.6であるドキソルビシン及びピラルビシンの場合、容易に正常器官、例えば心臓または骨髄組織へ分布するため、腫瘍の完全治癒を目指して大量投与する場合、これらの低分子量薬剤では、副作用のため投与量が制限される。
【発明が解決しようとする課題】
しかし、高分子量薬剤になると毒性及び抗腫瘍効率についてのこの状況は、著しく変わってくる。本発明者らは先に40Kda以上の高分子型薬剤は腫瘍組織に選択的に集積し、より長時間滞留するというユニークな現象を見出し、これをEPR(enhanced permeability and retention)効果と名づけた(Cancer Res.,44,2115−2121,1984;ibid,46,6387−92,1986;Anticancer Res.,13,1287−1292,1993)。この現象は高分子薬剤と脂質微粒子において観察される
EPR現象は腫瘍組織における解剖学的及び病態生理学的変化、例えば血管形成誘導(Angiogenesis)による血管密度の増加、固形腫瘍血管中の平滑筋肉層の欠如及びリンパ回復機能の不全等に基づいている。固形腫瘍の病態生理学的変化は、ブラジキニン、一酸化窒素、プロスタグランジン、マトリックスメタロプロティナーゼ(MMPs)、VEGF/VPF、その他のような血管メディエーターの大幅な産生の亢進によってもたらされ、正常組織では見られなず、これによってEPR効果が高まる結果となる(例えばCancer Res.,58,159−165,1995;J.Control.Release,74,47−61,2001;Advan.Enzyme Regul.,41,189−207,2001)。
先に本発明者らは、スチレン・無水マレイン酸共重合体のn−ブチルハーフエステルのようなスチレン・マレイン酸共重合体(SMA)が、たんぱく質系抗癌剤であるネオカルチノスタチン(NCS)に共有結合で結合して得られた高分子型薬剤を発明し、これをSMANCSと名づけた。(日本特許第1,549,302号,1,545,131号,2,556,865号、米国特許第5,389,366号)。これは高分子型抗癌剤として世界で最初のものである。
このSMAで高分子化した薬剤は、元の低分子量薬剤と比べると、ユニークな薬理学的性質が付与されている。すなわち先ず、SMAとの結合物はアルブミンと急速に非共有結合を形成し、分子量の増加によりEPR効果が発揮され、それによって腫瘍集積性や炎症部への集積性が付与される。第2に免疫強化作用(immnopotentiation)が付与される。(Oda T.et al.,Proc.Soc.Ex.Biol.Med.,181,9−17,1986.;Masuda E and H Maeda,Cancer Res.,1868−1873.1996)
【発明の開示】
発明者らは、強力な抗腫瘍効果を有するが、正常器官・組織に対する副作用も大きいアントラサイクリン系抗腫瘍剤等の腫瘍部への選択的集積性を高め、副作用を軽減する方法について検討し、上記SMAによる高分子化を試みたところ、SMANCSのようにSMAとNCSとが単に共有結合によって高分子化されたものとは異なり、これらの薬剤はミセル型複合体を形成し、高分子として挙動し、EPR効果が一層顕著に発揮され、抗腫瘍効果の向上と、副作用の軽減が達成されるのみならず、SMANCSの場合には見られない高い常温安定性を持つユニークな性質の高分子型抗腫瘍剤が得られた。
またシスプラチン等、アントラサイクリン系以外の薬剤についても、SMAと結合することによって、高分子ミセル複合体を形成し、腫瘍部分に選択的に集積する高分子型抗腫瘍剤が得られる。
【課題を解決するための手段】
すなわち本発明は、低分子抗腫瘍剤とSMAが結合し、高分子ミセル複合体構造を形成してなる高分子型抗腫瘍剤であり、特に、ピラルビシン又はドキソルビシン等のアントラサイクリン系抗腫瘍剤あるいはシスプラチンとSMAが結合し高分子ミセル複合体構造を形成してなる高分子型抗腫瘍剤である。
【図面の簡単な説明】
第1図はSMAと結合した後のピラルビシンの分子量の増加を示すゲルクロマトグラムである。
第2図は遊離のピラルビシンと同一モル濃度でのSMA−ピラルビシンミセル複合体の蛍光強度の違いを示す。
第3図は水中および10%ドデシル硫酸ナトリウム水溶液触中におけるSMA−ピラルビシンミセル複合体の蛍光強度の変化を示す。
第4図は水中またはエタノール中におけるSMA−ピラルビシンミセル複合体からの遊離のピラルビシン放出量の時間経過。
第5図は培養3日後のSW480ヒト結腸癌細胞に対する遊離のピラルビシン及びドキソルビシンならびにそれらのSMA−ミセル複合体の細胞毒性効果を示す。
第6図は各種投与量におけるS−180マウス肉腫担癌マウス(ddy)におけるSMA−ピラルビシン及びSMA−ドキソルビシンの抗腫瘍効果を示す。
第7図はSMA−ピラルビシン及び遊離のピラルビシンで治療したマウスの生存率を示す。
第8図はS−180肉腫担癌マウス(ddy)におけるピラルビシンミセル複合体の腫瘍増殖抑制効果を示す。
第9図はSMAとのミセル化をさせた後のシスプラチンの分子量の増加を示すゲルクロマトグラムである。
第10図は培養3日後のヒト乳癌細胞に対するSMA−シスプラチンミセル複合体の細胞毒性を遊離のシスプラチンと比較して示す。
第11図はSMAとのミセル化をさせた後のタキソールの分子量の増加を示すゲルクロマトグラムである。図中AはSMAミセル化タキソール、Bは遊離のタキソール、Cは遊離のSMAである。
第12図は蛍光スペクトルによる、遊離のタキソール、遊離のSMA、及びSMA−タキソールミセル複合体の水中および10%ドデシル硫酸ナトリウム水溶液中における蛍光強度の変化を示す。
【発明を実施するための最良の形態】
本発明で用いられる低分子抗腫瘍剤は、SMAと結合して高分子ミセル複合体構造を形成するものであれば、特に限定されないが、特にアントラサイクリン系抗腫瘍剤が好適である。アントラサイクリン系抗腫瘍剤は式(1)及び(2)に示されるような7,8,9,10−テトラヒドロ−5,12−ナフタセンキノンのグリコシド構造を有する抗生物質であり、ピラルビシン、ドキソルビシン、エピルビシン、ダウノルビシン、アクラルビシン等が挙げられるが、特に下記式(1)で示されるドキソルビシン及び式(2)で示されるピラルビシンが好ましい。


また式(3)に示されるシスジアミンジクロロ白金は、通称シスプラチンと呼ばれる抗腫瘍剤であるが、このような重金属錯体等の抗腫瘍剤や、カンプトテシン、タキソール等のアルカロイド系もSMAとのミセル複合体構造を有する高分子型抗腫瘍剤とすることができる。

本発明において高分子化剤として用いるSMAは、スチレンとマレイン酸との共重合によって得られ、基本的には下記式(4)に示される繰り返し単位を有する共重合体であり、必須成分としてスチレンとマレイン酸とを有するが、マレイン酸成分は下記式(5)のように、アルキル基やアシル基によって部分的に半エステル化されたもの、あるいは無水マレイン酸であっても良い。(Maeda H.et al.,J.Med.Chem,28,455−61.1980).


(式中Rは炭素数が1ないし4のアルキル基、アシル基等が挙げられるが、本発明において高分子化剤として用いるSMAとして、部分的にRがブチル基のようなアルキルである半アルキルエステル化スチレン・マレイン酸共重合体が好適に用いられる。
SMAは重合度により各種の分子量のものが存在するが、本発明において高分子化剤として用いるSMAはトリマー(約660Da)から約40KDaのサイズを有するものが好適である。
これまで多くのドキソルビシンリポゾーム錯体やミセル体あるいは高分子結合物が開発されたが、SMAによりミセル構造とした高分子型抗腫瘍剤は報告されていない。SMANCSによって実証されているように、SMAは高分子化剤として、既存のポリマーよりも下記の点で優れている。
(1)ポリアニオンで負電荷を付与することによって血中半減期が大幅に長くなる。
(2)スチレン基の疎水性により親油性となる。これにより油剤化/経口剤が可能。
(3)油剤化が可能となると同時に水性製剤となる。
(4)アルブミン結合能があり、生体内では分子量数万〜数十万で挙動する。(これによりEPR効果が更に向上する。
(5)両親媒性でミセル化能が優れている。
(6)免疫の賦活化能を持つ。
(7)このミセル複合体は薬剤のloading能が極めて大きい。
(8)製造が簡単である。
(9)安定性の大幅な向上が図れる。
SMAは複数のカルボキシル官能基を持ち(繰り返し単位7の重合鎖あたり例えば14個まで)、これは多くの化合物のアミノ基、イミノ基またはカルボキシル基との架橋反応に利用される。本発明のアントラサイクリンの高分子型薬剤のその他の利点は、経リンパ回収性(集積性)を得ることであり、これによりリンパ性転移を防ぐ利点となる。すなわち、リンパへの分布が高いことが観察されている(H.Maeda et al,Gann,73,278−284,1982)。
このSMAはアルブミンに対し、速やかな非共有結合を形成する等の優れた生理的性質(Kobayashi et al.,J.Bioactive.Compat.Polymer,,319−333,1988)を有すし、また抗腫瘍性(Maeda H.,Matsumura Y.,Cancer Res.,46,6387−6392,1986)及び免疫性(Oda T.et al.,Proc.Soc.Ex.Biol.Med.,181,9−17,1986)を有する。またSMAはスチレン成分と、マレイン酸成分を有することによる両親媒性という物理化学的性質に加えて、SMAは細胞内への取り込み性の向上を促進する(Oda T.et al,J.Nat.Cancer Inst.,79,1205−1211,1987)。
低分子薬剤との反応に当たっては、SMAはマレイルビカルボキシル型のもの、無水マレイン酸型のもの、または無水マレイン酸のアルキルまたはアセチルハーフエステル等誘導体とすることが可能であるが、これらをアルコリシスまたは加水分解して反応させてもよい。
低分子薬剤とSMAとの反応による高分子ミセル複合体の製造は、アントラサイクリン系抗腫瘍剤を例にとると、アルカリ性で加水分解したSMAと抗腫瘍剤とを水性溶媒に溶解し、次いで通常は溶解性カルボジイミドを混合物に加え、攪拌下、pH7以下、好ましくはpH2〜5で、アントラサイクリンのアミノグループとSMAのカルボキシル基との間の脱水反応によるアミド結合またはエステル結合を達成し、またはイオン結合、水素結合等の非共有結合をさせる。
あるいはアミノ酸またはポリアミンを混合物に加え、同様に攪拌下、pH7以下、好ましくはpH2〜5で反応させ、イオン結合、水素結合等の非共有結合をさせることもできる。アミノ酸としてはL−アルギニン、オルニチン、リジン等を用いることができるが、特にL−アルギニンが好ましい。ポリアミンとしては、スパミン、スパミジン等が好ましい。
ついでアミノ基の脱プロトン化のためにpHを8以上、好ましくはpH10〜12まで上げ、最後に0.1M塩酸で中性、例えばpH6〜8に調節する。次いで限外ろ過、カラムクロマトグラフィー等の高分子成分分離操作を用いて、高分子成分を回収する。この操作の間、構造変化と分子間作用を伴い、SMAミセルの低分子薬剤の取り込みが進行し、かくしてミセル構造が生成する。
このように本発明の高分子型抗腫瘍剤は、ミセル複合体を形成させるために、界面活性剤等の補助成分の存在を必要とせず、ポリアミンの存在下、原料である抗腫瘍剤とSMAのみを用いて製造され、SMAと薬剤のみからなる安定なミセル複合体構造の薬剤を調製することができる。従って、脱水縮合反応は必ずしも必要ではない。これらも本発明の特徴の一つである。
本発明の高分子型ミセル複合体抗腫瘍剤は低分子薬剤とSMA(水解物)との反応により、高分子ミセル複合体構造が形成され、薬剤がミセルに取り込まれたたものであり、薬剤はSMAに共有結合で架橋結合、あるいはイオン結合および/または非イオン結合により、直接密に結合しているものもあるが、必ずしもこのように化学結合(アミドを介した共有結合)されている必要はない。
このようにして製造されたミセル型SMA複合体またはミセルは、元の低分子量薬剤と比べると、ユニークな薬理学的性質が付与されている。すなわち、先ず第一にEPR効果により腫瘍組織への選択的デリバリーと長期間徐放出能力を持ち、持続的に腫瘍組織における薬剤の高い濃度を維持した治療が受けられる。そして心臓機能、骨髄、腎臓等の正常器官及び組織の生理的機能は損なわれることなく、安全に保たれる。
この効果はもとの低分子量抗癌剤には存在しなかったものである。そして後記のような動物実験において高度の安全性が確認されている。
このSMA−ミセル複合体はアルブミン、フイブリンまたはリポ蛋白等の血漿蛋白に対する結合力を有し、特にアルブミンに対し、急速に非共有結合を形成する。本発明の上記薬剤を静脈注射すると、循環血液中の滞留時間が大幅に延長される。また分子量が例えば80KDaにまで増大するので、EPR効果により、腫瘍選択的な集積性が発揮される。
また疎水性が付与されることにより、広範囲な薬剤型の可能性を開くものである。例えば静脈注射のための水溶液製剤、経口投与や動脈内投与のための油性調剤、特にリピオドール化製剤等、種々の方法で使用することができる。また前述のように陰性電荷を持つため、半減期が極めて短い正電荷のポリマーに比べて、生体内血中半減期の大幅な延長となる。
本発明のミセル複合体構造の高分子型抗腫瘍剤の見かけ分子量は、本発明の目的に鑑みて10KDa以上、好ましくは50KDa以上のものが好適である。ここで見かけ分子量とは水溶液中で分子相互間作用により会合したものの分子量であり、分子ふるい法、限外濾過膜法、超遠心分離法あるいは光散乱法等の溶液状態における測定法で測定したものである。
このミセル型複合体では、SMAとピラルビシンまたはドキソルビシンとの相互作用により、見かけ分子量が10KDa以上となる構造変化が得られる。さらに静脈注射後にはアルブミンに対する非共有結合の生成に基づく更なる見かけ分子量の増加が観察される。見かけ上の分子量の増加は、結果的に血液濃度曲線(Area under the concentration curve・・・AUC)の増加となる。これは腎排泄されなくなるため、作用期間が延長されることを意味し、EPR効果の増加となる。すなわち腫瘍組織への薬剤の分布は血漿の数倍レベルで、さらに正常組織よりもはるかに高い腫瘍集積を誘導する。その結果副作用を減少させ抗腫瘍効果の増加が得られる。
【実施例】
[実施例1]SMAピラルビシンミセル複合体の製造
(1)SMA10mg/mlを純水に溶解してpHを12に調節し、50℃、4時間加熱し加水分解SMAを得た。
(2)最終濃度10mg/mlのピラルビシン水溶液(10ml)を加え、100mlビーカーで、室温にてマグネチックバーで攪拌混合した。
(3)0.01M塩酸を滴下、混合して、混合物のpHを5に再調節したのち、ジメチルアミノプロピルカルボジイミド(EDAC)(シグマケミカルSt.Louis,MO,USA)10mg/ml(10ml total/final volume)を2分間隔で10分の1づつ10回添加し、更に30分間反応させた。着色した沈殿物が生成し、これを遠心分離または濾過により採取した。ピラルビシンに基づく収率は99%であった。
(4)沈殿物を冷酸性水で2回洗浄し(pH5.0以下)、水に溶解し、pH10に調節した後、pHを7に下げた。透析チューブで透析し、10KDaカットオフ膜(Millipore Corporation,Bedford,MA,USA)で限外濾過により1/10容積に濃縮した後、10倍量の蒸留水を加え、この工程を3回繰り返した。ついで濃縮内容物(5ml)をSephadex G−50 Fine(3x52cm)カラムを用いてゲル濾過クロマトグラフィーにかけ、ついで凍結乾燥した。収量は140mgであり、凍結乾燥後の収率は、SMA及びピラルビシンベースで70%、ピラルビシン重量ベースで80%であった。
[実施例2]物理化学的及び生化学的性質の検定
(1)ゲルクロマトグラフィー
SMAとの複合体生成処理反応後の分子量変化を示すために、Sephadex G−50 Fine(Pharmacia LKB,Uppsala,Sweden)を用い、ゲル濾過クロマトグラフィーを行なった。移動相として0.25M重炭酸ナトリウム緩衝液(pH8.24)を使用し、5mg/mlのサンプルをカラム(直径3×52cm)にのせ分離した。各フラクションの容積は6.5mlである。結果を図1に示す。本発明薬剤のSMAミセル複合体は遊離のピラルビシンおよび遊離のSMAに比べ分子量が非常に大きいことがわかる。
(2)蛍光スペクトル
遊離のまたは未結合アントラサイクリン化合物は、480nmで励起したとき、550nmおよび590nmにピークをもつ強い蛍光スペクトルを示す。この蛍光はミセルまたはリポソームの場合の脂質等、疎水性残基の芳香族環と近接して結合すると、ミセル中の芳香族残基へのエネルギーの移転のため、大きく消失する。ピラルビシンについて得られた結果を図2に示す。図2に示すようにSMAピラルビシンミセル複合体の蛍光スペクトルは遊離分子の存在状態のものと比べると、大きく消失している。そのため消失した蛍光スペクトル(強度)はミセル中へピラルビシンが入り込んだこと、またはSMAの芳香族残基と密接なコンタクトがあることの証拠となるものである。
非共有結合でミセル複合体を形成しているという考えは、ミセルを10%のドデシル硫酸ナトリウム(SDS)に入れると蛍光強度が再生することにより裏付けられる。SDSはアントラサイクリンとSMAの疎水性スチレン残基との疎水性ミセル結合の分離を促すためである。すなわち、図3、4に示すように、SMA−ピラルビシンミセル複合体の蛍光強度はSDS溶液に入れることにより分離した遊離のピラルビシンまたはドキソルビシンと同等になる。同様にこれらミセルをSMA−薬剤ミセルの非共有結合をこわすエタノールに入れても蛍光は遊離の薬剤と同等の強度になる(図5)。
(3)透析バッグからの遊離の薬剤の放出:SMA−薬剤ミセル複合体の見かけの高分子的物性の証明
分子量が10,000以上〜50KDA以上にも達するSMA−アントラサイクリンミセルのような高分子物になると、固形腫瘍におけるEPR効果によって最終的に遊離の薬剤を放出することは重要である。生体外で本発明の薬剤複合体がミセルまたは高分子結合物から遊離の薬剤を放出することを証明するために、20mgのSMA−ドキソルビシンミセル複合体を5mlの純水に溶解し、密閉した透析チューブ(M.W.カットオフ1,000;Spectrapor,Spectrum Laboratories Inc.CA.USA.)に入れ、透析チューブを、体液のpHであるpH7.4に調製した透析液25ml、または腫瘍組織のpHに近似させてpH5.5とした25mlの水に浸し、37℃で数時間、暗所で放置した。この状況下で遊離の薬剤すなわち、ドキソルビシンまたはピラルビシンは数時間以内に透析チューブの膜外に浸出した。この透析チューブの外側に遊離したピラルビシンまたはドキソルビシンはあらかじめ決められた時間毎に集められ、480mnにおける吸収により定量した。ピラルビシンについて得られた結果を図4に示す。
図4に示すようにこの条件では放出速度は非常に小さく、1日あたり約3%で低pHの方が速く、循環系における複合体ミセルの安定性を示している。透析の溶液をエタノールで置換すると、放出速度はきわめて大きくなり、アントラサイクリンとSMAの疎水性スチレン残基との複合体中の疎水性的相互作用、あるいはSMAのマレイン酸とアントラサイクリンのイオン結合の崩壊を示している。この疎水的環境は、エンドサイトーシスにより、重合体ミセルが癌細胞の細胞質へ取り込まれた後のエンドソームの状況により近い。従って、この速い薬剤放出速度はエンドサイトーシスによる細胞内に取り込まれた後の、酸性で、より親油性である腫瘍細胞内の環境により近く、そこで起こっている事象と同じものであろう。
(4)元素分析
精製後のSMA−ピラルビシンミセル複合体中のH,C,N,Oの元素分析(分別沈殿、限外濾過およびカラムクロマトグラフィーで精製したもの)の結果は2つの主要成分(SMAおよびドキソルビシンまたはピラルビシン)の総和のパーセンテージとなっている。すなわち、ピラルビシンでは薬剤:SMAは60:40であった。この結果はピラルビシンとSMAの吸収を測定したスペクトル分析結果と一致している。
[実施例3]In vitroでの細胞毒性
SMA−ドキソルビシンまたはピラルビシンミセル複合体の試験管内での細胞毒性を3−(4,5−ジメチルチアゾール2−イル)−2,5−ジフェニルテトラゾリウムブロマイド(MTT assay)を用い、ヒト結腸癌SW480細胞及びヒト子宮頸部癌HeLa細胞について検討した。これらを96穴の培養プレート(Falcon,Becton Dickinson Labware,NJ,USA)中に、細胞濃度を3000cells/wellとし、培養は空気95%二酸化炭素5%の雰囲気で、ダルベッコ改良型培地(Gibco,Grand Island,N.Y.U.S.A.)に、10%ウシ胎児血清を加えた培地中で一夜培養した。SW480細胞及びHeLa細胞はもとのドキソルビシンまたはピラルビシンあるいはそのSMAミセル複合体の存在下で72時間培養した。次いで細胞毒性を生存細胞に対する割合として、薬剤無添加群をコントロールとして対比して定量した(図5)。
図5に示すようにSMA−ピラルビシンはこれらの培養癌細胞に対し、遊離のピラルビシンと比較した場合、ほぼ同等の細胞毒性効果を示した(85〜100%)。SMA−ドキソルビシンミセル複合体の細胞毒性活性は遊離のドキソルビシンのそれよりかなり低い(約40%)。これはドキソルビシンの高い疎水性によりミセルからの放出速度が遅く、培養液中への遊離の薬剤の放出が遅れることに起因している。結論として、SMA−アントラサイクリンポリマーミセル複合体は元の遊離の薬剤と同等の潜在的活性を有するが、ドキソルビシンの場合、ミセル体の活性は遊離の薬剤よりも低い。
[実施例4]生体内での抗腫瘍効果
6週齢のオスのddyマウスを用い、Sarcoma S180細胞(2x10細胞/マウス)を背皮下に移植した。腫瘍移植後7−10日後、腫瘍が直径5−7mmに達し、壊死状部分が見られないものに、所望の濃度のドキソルビシン、ピラルビシンまたはそのSMAミセル複合体による治療を開始した。薬剤は蒸留水に溶かし、あらかじめ決められたスケジュール(図6参照)でマウスの尾静脈から静脈注射により投与した。2日毎に腫瘍容積を測定して、腫瘍の成長をモニターした。図6に見られるようこ、SMA−ピラルビシンによる腫瘍の成長抑制はドキソルビシンミセル複合体より大きかった。
また、SMA−ピラルビシンおよび遊離のピラルビシン投与を受けたマウスの生存率を図7に示す。4回続けて、SMAミセル複合体と当量である20又は40mg/kg体重のピラルビシン投与を受けたマウスのすべての腫瘍は完全に退化し、治療を受けたマウスが100%6ヶ月以上生存したことは注目すべきことである。一方、20mg/Kg体重のもとのピラルビシン(ミセル複合体として使用されたと同量の投与)を投与したマウスはすべて毒性のため1週間以内に死亡した(図7)。本発明によるすべてのマウスの腫瘍の完全治癒はこれまで報告された他の抗腫瘍剤には先例のないものである。
[実施例5]マウスにおける同系腫瘍モデル
実施例4と同様に免疫学的に同系(immunologicaly syngeneic)のマウス腫瘍モデルを用いて次の実験を行なった。用いた腫瘍は結腸癌由来のColon38腺癌である。マウスの背皮の両側に約30mg/Siteのブロック状Colon38組織片を移植した。14日後、固形腫瘍が〜100mmの触知可能サイズになったとき、50mg/kgピラルビシンミセル複合体の単独静脈注射による治療を開始した。その結果、2週間の治療期間でマウスの100%が完全回復し、これらの薬剤が抗腫瘍剤として、有望な可能性を持っていることを示している。結果を図8に示す。
[実施例6]SMA−ピラルビシン及びSMA−ドキソルビシンミセル複合体の副作用
直径約5−7mmのS−180担癌マウスを実験に用いた。前記のドキソルビシン、ピラルビシンまたはそのSMAミセル複合体(ミセル)の静脈注射の前と、1,2及び3週間後の4週にわたるマウスの血液の分析を行なった。血液の生化学的検査は、遊離の薬剤又はSMA−ミセル複合体の静脈注射後36時間後のアラニンアミノトランスフェラーゼ(ALT),アスパラギン酸アミノトランスフェラーゼ(AST),乳酸デヒドロゲナーゼ(LDH)及び総クレアチンホスフォキナーゼ(CPK)を測定した。
同時に心臓、脾臓、肝臓および腎臓細胞について、ヘマトキシリンーエオシン染色(H&E staining)により組織学的検査を行なった。ミセル複合化薬剤は、1週間4回の投与(25mg/kgx4)ではkg体重あたり計100mgまで、また1回の投与の場合は70mg/kg体重まで毒性を示さなかった。ミセル複合体薬剤の投与を受けたマウスの血球数、心臓、肝臓機能は無治療の対照マウスと同じで、有意差はなかった。
表1は遊離のピラルビシン10mg/kg投与のマウスと20mg/kgSMA−ピラルビシンミセル複合体(20mg/kg遊離のピラルビシン当量)投与を受けたマウスの静脈注射後3週間までの血球数を、無治療群のコントロールと対比して示したものである。本発明の薬剤の安全性は顕著であり、これは治療法として有望である。


[実施例7]シスプラチンのミセル複合体生成による分子量変化
SMAとシスプラチンとから、実施例1と同様にしてSMA−シスプラチンミセル複合体を製造し、その分子量変化を測定した。
(1)ゲル濾過クロマトグラフィー
Sephadex G−50 Fine(Pharmacia LKB,Uppsala,Sweden)を使用し、
移動相:0.25M重炭酸ナトリウム緩衝液(pH8.24)
カラムサイズ:45×1.5cm
各フラクションの容積:4ml
の条件でゲル濾過クロマトグラフィーにかけ、SMAとシスプラチンとの複合体生成処理反応後の分子量変化を調べた。結果を図9に示す。SMAミセル複合体の生成によりもとのシスプラチに比べ分子量が増加している。
(2)分子量ふるい膜による透過度の測定
またSMA−シスプラチンミセル複合体およびもとの遊離のシスプラチンについて、3000ドルトンの分子量ふるい膜を用い、その透過度を測定した。結果を表2に示す。


[実施例8]SMA−シスプラチンミセル複合体および遊離のシスプラチンの細胞毒性
ヒト乳癌細胞を用い、実施例3と同様の方法でSMA−シスプラチンミセル複合体(25μg/mlおよび50μg/ml)の試験管内で72時間培養し、その細胞毒性を遊離のシスプラチンおよび薬剤無添加の結果とともに、生存細胞の割合として図10に示す。図10に示すようにSMA−シスプラチンミセル複合体は上記培養癌細胞に対し、遊離のシスプラチンとほぼ同等の細胞毒性効果を示した。
[実施例9]SMA−タキソールミセル複合体
(1)SMA−タキソールミセル複合体の生成
(a)SMA+タキソール単独の混合物及び、
(b)SMA+タキソール+EDAC(ジメチルアミノプロピルカルボジイミド)の混合物
について、SMA−ピラルビシンミセル複合体を生成させたと同様の条件で反応させ、SMA−タキソールミセル複合体の生成を調べた。
上記(a)の方法では24時間後でも不溶性であることを示す不透明ないし濁った状態であり、ミセルの生成は認められなかった。しかし(b)の方法では6〜12時間で透明になり、ミセルの生成が示唆された。この方法で得られたものは、10kDaカットオフ限外濾過膜(UF−10)を透過しなかった。
(2)ゲルクロマトグラフィー
また、このSMA−タキソールミセルをSephadex G−50Fを用い、実施例2と同様にしてカラム濾過により分子量変化を調べた。
移動相として0.2M重炭酸ナトリウム緩衝液(pH8.1)を使用し、カラムサイズ52×1.5cm、各フラクションの容積を2mlとした以外は実施例2と同様の条件でカラム濾過を行なった結果、SMA−タキソールミセルはVoidの液量で溶出し、10kDa以上のサイズであることを示している。結果を図11に示す。図11の最上部に標準分子量物質の位置として矢印で示されているのは、BSA(ウシ血清アルブミン:Bovine serum albumin)(67KDa)及びフェノールレッド(354Da)である。
このことは更にG−150カラムクロマトグラフィによっても確認された。
(3)蛍光スペクトル
実施例2−(2)で行なったと同様の蛍光スペクトル分析をSMA−タキソールミセル複合体について行なった。図12(a)に示すように、遊離のタキソールは525nmにピークをもつ強い蛍光スペクトルを示すが、SMA−タキソールミセル複合体は図12(c)に示すように、このピークが大きく消失している。しかしミセルを15%のドデシル硫酸ナトリウム(SDS)に入れることにより、蛍光強度が再生する(図12(c)点線)。このことはSMAとタキソール非共有結合でミセル複合体を形成していることを示唆している。なおSMA自身はSDS中における蛍光強度は水中における蛍光強度と殆ど変わりがなく、このことはSDS中を加えることにより、SMA−タキソールの結合状態が変化することを裏付けるものである。
【産業上の利用可能性】
本発明により、抗腫瘍効果が強力であるが、腫瘍部への選択的集積性がなく、そのため、正常器官・組織に対する副作用が大きい低分子量の薬剤を、SMAとミセル複合体を形成させ、高分子型抗腫瘍剤としたことにより、EPR効果が発揮され、抗腫瘍効果が向上し、正常器官・組織に対する副作用が著しく軽減された。
また本発明のミセル複合体抗腫瘍剤は、SMAと薬剤あるいはそれとポリアミン系物質のみからなる安定なミセル複合体構造の薬剤を調製することができた。このものは分子量一万以上で体内で挙動し、また生体内ではアルブミンに対する非共有結合を介した更なる見かけ分子量の増加が見られ、これによって正常細胞よりもはるかに高い濃度で集積する。その結果副作用を減少させ抗腫瘍効果の増加が得られる。
本発明は各種腫瘍に対し、最小限の副作用で、もとの低分子薬剤の10倍投与と同等の治療効果が得られ、固形癌に対する治療薬として有望である。
【図1】

【図2】

【図3】

【図4】

【図5】

【図6】

【図7】

【図8】

【図9】

【図10】

【図11】

【図12】


【特許請求の範囲】
【請求項1】
低分子抗腫瘍剤とスチレン・マレイン酸共重合体(SMA)が高分子ミセル複合体構造を形成してなる高分子型抗腫瘍剤。
【請求項2】
低分子抗腫瘍剤がアントラサイクリン系抗腫瘍剤である請求項1に記載の高分子型抗腫瘍剤。
【請求項3】
低分子抗腫瘍剤がシスプラチンである請求項1に記載の高分子型抗腫瘍剤。
【請求項4】
水溶液中の見かけ分子量が10KDa以上のサイズである請求項1〜3のいずれかに記載の高分子型抗腫瘍剤。
【請求項5】
スチレン・マレイン酸共重合体と抗腫瘍剤とを水性溶媒に溶解し、pH7以下の条件で、溶解性カルボジイミド、アミノ酸またはポリアミンの存在下で反応させ、ついでpHを8以上に上げた後中性に調節し、高分子成分分離操作により高分子成分を回収することを特徴とする請求項1〜4のいずれかに記載の高分子型抗腫瘍剤の製造方法。

【国際公開番号】WO2004/103409
【国際公開日】平成16年12月2日(2004.12.2)
【発行日】平成18年7月20日(2006.7.20)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−506303(P2005−506303)
【国際出願番号】PCT/JP2004/000993
【国際出願日】平成16年2月2日(2004.2.2)
【出願人】(000201320)
【Fターム(参考)】