説明

抗酸化パン及び菓子

【課題】本発明は、パン及び菓子生地自体の抗酸化性を高めた抗酸化パン及び菓子を提供することを目的とする。
【解決手段】上記課題を解決するために、チーズ発酵乳酸菌、ヨーグルト発酵用、腸内乳酸菌から選ばれる1種又はそれら2以上の混合物である乳酸菌種を、酵母より多く存在するように用いて、小麦粉よりライ麦粉を多いパン又は菓子生地を2時間以上発酵させ、メイラード反応の基質を増加させ、焼成し、メラノイジンを生成してなることを特徴とする抗酸化パン及び菓子の構成とした。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、パン及びビスケット、クッキーなどの焼き菓子の抗酸化性を高めた抗酸化パン及び菓子に関し、さらに詳しくは抗酸化物を添加することなく、パン及び菓子生地自体の抗酸化性を乳酸菌発酵・焼成により高めた抗酸化パン及び菓子に関する。
【背景技術】
【0002】
抗酸化パンとして、特許文献1に記載の「抗ストレスパン及びその製造方法」、特許文献2に記載の「野菜入り抗酸化パン及びその製造方法」、特許文献3に記載の「豆入り抗酸化パン及びその製造方法」がある。
【0003】
特許文献1の抗ストレスパンは、頭脳を活性化する糖類及びリン脂質を含有すると共に、脂肪酸バランスのよい物質とミネラル及び抗酸化性の高い天然抽出物を含有することを特徴とする[請求項1]。天然抽出物として、緑茶抽出物、果皮エキス、ココアハスクエキス、香辛料エキス等が挙げられている[請求項7]。
【0004】
特許文献2の野菜入り抗酸化パンは、水分活性を0.84以下に調整した3種類以上の野菜類を含み抗酸化性を通常のパンの2倍以上としたことを特徴とする野菜入り抗酸化パン[請求項1]。その抗酸化性を高めるために、抗酸化性の高い野菜、グリーンピース、人参、コーン、じゃがいも、ほうれん草、かぼちゃ、さつまいも[0007]を糖置換してパンに抗酸化性を付与したものである。
【0005】
特許文献3の豆入り抗酸化パンは、3種類以上の豆類を配合することにより、通常のパンの2倍以上の抗酸化性を有し、プロテンスコアが90%以上含まれることを特徴とし、[請求項1]、さらに、 豆類は小豆、えんどう豆、空豆、いんげん豆、青豆、うずら豆、黒豆、金時豆、深絞豆、紫花芸豆、その他の豆科植物の種子とする[請求項2]。
【特許文献1】平07−308147号公報
【特許文献2】平09−009857号公報
【特許文献3】平09−009858号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
しかし、いずれも、抗酸化性がある天然抽出物、野菜、豆をパン生地に添加し、焼成したものであり、パン生地自体の抗酸化性を高めることに着目されていない。また、乳酸菌をパン生地の発酵に使用する例は多種報告されているが、それらは主に乳酸菌が発酵段階で、合成する抗菌性物質「バクテリオシン」の作用による日持ち向上を目的とするものである。パン生地において、乳酸菌発酵・焼成と抗酸化性に着目した報告は見当たらない。
【0007】
そこで、本発明は、パン及び菓子生地自体の抗酸化性を高めた抗酸化パン及び菓子を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明は、上記の課題を解決するために、乳酸菌種を用いてパン又は菓子生地を発酵させ、メイラード反応の基質を増加させ、焼成し、メラノイジンを生成してなることを特徴とする抗酸化パン及び菓子の構成、前記乳酸菌種は、乳酸菌が酵母より多く存在することを特徴とする前記抗酸化パン及び菓子の構成、前記乳酸菌が、チーズ発酵乳酸菌、ヨーグルト発酵用、腸内乳酸菌から選ばれる1種又はそれら2以上の混合物であることを特徴とする前記何れかに記載の抗酸化パン及び菓子の構成、前記パン又は菓子生地が、小麦粉よりライ麦粉を多く用いて、調製されたことを特徴とする前記何れかに記載の抗酸化パン及び菓子の構成、前記発酵を、2時間以上行うことを特徴とする前記何れかに記載の抗酸化パン及び菓子の構成とした。
【発明の効果】
【0009】
本発明は、以上の構成であるから以下の効果が得られる。パン及び菓子生地自体の抗酸化性を増すことにより、新たな機能性をパン及び菓子に付与することとなる。
【0010】
具体的には、乳酸菌が酵母より多く存在するサワードウを用いて発酵・焼成することで、メイラード反応の基質を増加、或いは減少を抑制し、結果的に抗酸化物質の増加、或いは減少を抑制することができる。一方酵母がパン生地及び菓子生地に存在すると、抗酸化物質の基質(前駆物質)が酵母により消費され最終製品において、抗酸化活性が低下する。
【0011】
その他、乳酸菌種、穀粉としてライ麦粉、発酵時間を限定し、発酵・焼成することで、さらに一層パン生地の抗酸化性が高まる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0012】
抗酸化パン及び菓子を提供する目的で、チーズ発酵乳酸菌、ヨーグルト発酵用、腸内乳酸菌から選ばれる1種又はそれら2以上の混合物である乳酸菌種を、酵母より多く存在するように用いて、小麦粉よりライ麦粉を多いパン又は菓子生地を2時間以上発酵させ、メイラード反応の基質を増加させ、焼成し、メラノイジンを生成してなることを特徴とする抗酸化パン及び菓子の構成とすることで実現した。
【実施例1】
【0013】
以下、添付図面に基づき、本発明である抗酸化パン及び菓子について詳細に説明する。アミノカルボニル反応の一種であるメイラード反応は、還元糖とアミノ酸、ペプチド及びタンパク質を加熱したときなどに見られる非酵素的褐色反応である。メイラード反応は非常に多く過程を経る反応であるため、反応過程や生成物を含めてその全容は未だ十分には解明されていない。
【0014】
メイラード反応生成物は食品の色や香り、風味にとって非常に重要である。また、栄養素の消化吸収に影響を及ぼすものや抗酸化活性を有するものなどの三次機能についても一部報告(Lindenmeier
M, Faist V, Hofmann T., Structural and Functional Characterization of Pronyl-lysine,
a Novel Protein Modification in Bread Crust Melanoidins Showing in Vitro
Antioxidati-ve and Phase I/II Enzyme Modulating Activity., J. Agric. Food Chem.
50 (24): 6997-7006 (2002)など)がある。
【0015】
また、食品中にメイラード反応の基質となるタンパク質、アミノ酸、糖類を添加して抗酸化活性を高める研究例として、活性酸素消去能の高い佃煮及びその製造法(特許第3823791号)、ライ麦パン及び菓子の抗酸化活性を高める研究(Lindenmeier
M, Hofmann T., Influence of baking conditions and precursor supplementation on
the amounts of the antioxidant pronyl-L-lysine in bakery products., J. Agric.
Food Chem. 2004 Jan 28;52(2):350-4.)などがある。
【0016】
しかし、その食品の原材料を発酵させてメイラード反応の基質となる成分を意図的に増加させた後に焼成して抗酸化活性を高める研究例は少ない。
【0017】
そこで食品「パン及び菓子」に着目し、先ず、小麦パンとライ麦パンのクラム、クラストについて抗酸化活性を測定し、穀類の種類、パンの部位により抗酸化性が異なるか否か確認した。さらに、ライ麦パンの抗酸化活性を高めている要因について調べた。
【0018】
1.パンにおけるメイラード反応生成物の抽出・分画とDPPHラジカル消去活性
(1)サンプルパン
実験には市販されているパンを用いた。日本の大手パンメーカー3社おける小麦粉パン(小麦パンA,B,C)、パン専門店より小麦パン・ライ麦パン(小麦パンD、ライ麦パンA,B,C)を購入した。
【0019】
(2)メイラード反応生成物の抽出
サンプルはクラスト(着色された外皮)とクラム(内部)に分け、調理ミキサーを用いて粉砕した。サンプルは抽出操作を行うまで-20 ℃で保存した。サンプルはクロロホルムによる脱脂(サンプル20 gに対しクロロホルム100 mL、10分間)を3回繰り返した後、蒸留水を添加(サンプル20 gに対し蒸留水150 mL)して50℃、24時間インキュベートした。その後、溶液をひだ折りにしたNo.2ろ紙(アドバンテック東洋(株))を用いて濾過し、得られた濾液を画分1とした。残渣に60 %エタノールを添加(サンプル20gに対し蒸留水50 mL)して常温、3時間インキュベートした。その後、溶液をNo.2ろ紙を用いて濾過した。この操作を3回繰り返し、得られた濾液を画分2とした。残渣に50 % 2-プロパノールを(サンプル20 gに対し蒸留水150 mL)し常温、24時間インキュベートした。その後、溶液をNo.2ろ紙を用いて濾過し、得られた濾液を画分3とした。すべての画分は、凍結乾燥を行い、常温で保存した。
【0020】
(3)DPPHラジカル消去活性
抗酸化活性の指標としてDPPH(1,1-diphenyl-2-picrylhydrazyl radical)消去活性を測定した。80%エタノール水溶液にて10 mg/mLに希釈したパン抽出物溶液を96穴マイクロプレートに添加した。次に各ウェル中の液量が50μLになるように80%エタノール溶液を添加し、その後DPPH溶液(100μM DPPH、50mM MES緩衝液、50% エタノール)を96穴マイクロプレートに150μL添加した(DPPH終濃度0.1 mM)。暗所にて20分間攪拌した後、520 nmの吸光度を測定した。ラジカル消去率は式1から計算した。また、標準物質としてTroloxを用い、抗酸化活性をTrolox相当量(μmol)として表した。その結果を図1、図2に示す。
【0021】

ラジカル消去率(%)=
{[1−(サンプル溶液添加の吸光度)]/サンプル無添加の場合の吸光度}×100
・・・式1

【0022】
図1から、小麦パンではパン全体に占めるクラストの割合が約16 〜20
%であり(表1)、大きな差は見られなかった。一方、ライ麦パンのクラストの割合は約26%前後であり、小麦パンに比べてクラストの割合が高かった。なお、各画分の収率については、小麦パン、ライ麦パンで特に差は見られなかった(表2)。
【0023】
図2は、各種パンクラストサンプルより抽出した画分1〜3のDPPHラジカル消去活性について示した(表3)。また、図2のグラフは、パン100gあたりのDPPHラジカル消去活性とクラム・クラストの活性比率である。
【0024】
なお、グラフは、クラム・クラストの割合をCクラム、Cクラスト(%)、各画分の割合をCクラム1、Cクラム2、Cクラム3、Cクラスト1、Cクラスト2、Cクラスト3(%)、DPPHラジカル消去活性をaクラム1、aクラム2、aクラム3、aクラスト1、aクラスト2、aクラスト3とし、下記式2でパン100gあたりのDPPHラジカル消去活性を算出して作成した。
【0025】

パン100gあたりDPPHラジカル消去活性=
Cクラム(Cクラム1・aクラム1+Cクラム2・aクラム2+Cクラム3・aクラム3)×100+Cクラスト(Cクラスト1・aクラスト1+Cクラスト2・aクラスト2+Cクラスト3・aクラスト3)×100・・・式2

【0026】
図2の結果から、ほぼすべてのサンプルで、画分1よりも画分2で活性が高まる傾向にあった。ライ麦パンでは、画分3で最も活性が高くなっていた。また、全体的に、小麦パンに比べてライ麦パンでDPPHラジカル消去活性が高い値を示した(表3)。また、パン100gあたりのDPPHラジカル消去活性をクラムとクラストで比較してみると、ライ麦パンでは小麦パンに比べて、クラム・クラスト共に高い値を示した(グラフ)。
【0027】
以上の結果から、小麦パンよりもライ麦パンで、クラムよりもクラストでDPPHラジカル消去活性が高い傾向が見られた(表3)。
【0028】
また、パン100gあたりの抗酸化活性は小麦パンよりもライ麦パンで高い事が確認された(図1)。パン全体で見た場合、クラストよりもクラムの重量が大きく、クラム、クラストの抗酸化活性への寄与は同程度であった。ライ麦パンA、Cにおいては、クラム部の抗酸化活性だけで小麦パン全体の抗酸化活性と同等かそれ以上であり、高い抗酸化活性が認められた。クラストにおける画分3の抗酸化活性が最も高い値を示したが、画分3の割合は小さく(表2)、クラストで見られた抗酸化活性は主に画分2に由来すると考えられた。また、ライ麦パンBでは、ライ麦パンA,Cに比べて活性が低かった。これより、原料がライ麦ということだけで抗酸化活性が高いということはなく、何か別の要因が関わっていると考えられた。
【0029】
以上より、クラムよりもクラスト画分で単位重量あたりの抗酸化活性が高く、ライ麦パンでは小麦パンに比べて活性が高い事がわかった。クラムに比べてクラストで活性が高かったことから、抗酸化活性は焼成によって生じたメイラード反応生成物に由来していると考えられた。そこで、次にライ麦パンで見られた高い抗酸化活性が何によって引き起こされているかについて、モデルメラノイジンを用いて調査した。
【0030】
2.メラノイジンの抗酸化活性について
前章1.で、小麦パンに比べてライ麦パンにおいて抗酸化活性が高い傾向が見られ、これにはメイラード反応生成物が関与していると考えられた。
【0031】
メイラード反応を促進させる要因として、穀物種による糖・アミノ酸組成の違い、発酵による生地のpHの違いが考えられた。そこで、これらがライ麦パンで抗酸化活性を高めた要因であるのではないかと仮説を立て、糖・アミノ酸の組み合わせを変えたモデルメラノイジンを作製し抗酸化活性の比較を行った。糖として、六炭糖のグルコース、五炭糖のキシロース、二糖類のスクロース、アミノ酸として、最も構造が単純なグリシン、ε-アミノ基を有しメイラード反応をおこしやすいリジン、小麦粉に多く含まれるプロリンを選定し以下の実験を行った。
【0032】
(1)実験方法
[糖とアミノ酸の影響]
図3の表4に示したように各種濃度に調製した水溶液を試験管に入れ、それをブロックヒーターで加熱することでモデルメラノイジンを作成した。緩衝能を持たせるためにNaHCO3を0.1Mになるように添加した。作製したモデルメラノイジンについてDPPHラジカル消去活性を測定した。なお、加熱時間はそれぞれ0、3、6時間とした。その結果を図3のグラフに示した。
【0033】
図3から、糖、およびアミノ酸の組成の違いにより、モデルメラノイジンの抗酸化活性が変動した。糖はキシロース、グルコース、スクロースの順に活性が高く、アミノ酸はリジン、グリシン、プロリンの順に活性が高かった。
【0034】
[pHの影響]
モデルメラノイジン調製時のpHの違いが抗酸化活性に与える影響について調べるため、塩酸または水酸化ナトリウムで溶液pHを調節してモデルメラノイジンを作成した。糖とアミノ酸の組成はグルコース 1M, グリシン 1M, NaHCO3 0.1Mとし、pHは8.4,7.2,6.3,5.2,4.3,3.2とした。作製したモデルメラノイジンのDPPHラジカル消去活性を測定して抗酸化活性とし、図4に示した。
【0035】
図4に示すように、モデルメラノイジンのpHを変動させたところ、中性付近でもっとも活性が高かった。一方、酸性付近では活性が著しく低下した。
【0036】
以上の結果から、アミノ酸と糖の変化はモデルメラノイジンの抗酸化活性に影響を与えた。中でも、五炭糖であるキシロースが最も効果が高く、二糖類であるスクロースは最も効果が低かった。また、アミノ酸ではプロリンで最も効果が低かった。これより、穀物種による糖・アミノ酸組成の違いは、焼成後の抗酸化活性に影響を与える可能性が示唆された。
【0037】
通常、20時間発酵させたライ麦サワードウの生地pHは4付近であり、ライ麦パンの生地pHは酸性である。今回の結果では酸性付近のpHではモデルメラノイジンの抗酸化活性が最も低く、pHが低いライ麦パンで見られた高い抗酸化活性を生地のpH低下で説明することができず、モデルメラノイジンの実験だけでは、パンでのメイラード反応について議論できないと考えられた。
【0038】
そこで、モデルメラノイジンの結果が実際の生地でも当てはまるかをサワードウから焼成したパンモデルを用いて調べた。
【0039】
3.ライ麦サワードウの調製条件とパンの抗酸化活性について
前章2.モデルメラノイジンでの実験では、アミノ酸と糖の組成および溶液のpHがメイラード反応生成物の抗酸化活性に影響を与えた。しかし、低pH条件では抗酸化活性が減少しており、生地pHの低いライ麦パンの高い抗酸化活性を説明することができなかった。
【0040】
そこで次に、モデルメラノイジンで得られたような結果が実際のパン生地で起こり得るかどうかを調べる目的で、ライ麦サワードウに糖・アミノ酸を添加、または生地pHを調整することが、焼成後の抗酸化活性にどのように影響するのかを調べた。
【0041】
また、ライ麦パンにみられる低い生地pHは乳酸菌の発酵によるものである。そこで、サワードウの乳酸菌発酵がパンモデルの抗酸化活性に与える影響について調べることを目的とし、生地の発酵時間や発酵種に用いるスターターカルチャーを変更、またはイーストを添加し、そのときの抗酸化活性を調べた。
【0042】
しかし、実際のパンを用いての試験においては、生地物性・オーブン内の温度のぶれ・放熱度合いなど様々な条件を制御することは困難であり、再現性ある正確な実験を行うことができないと考えられる。そこで、今回は試験管とブロックヒーターを用いたモデル実験系を作成し、そこで得られたパンモデルを用いて検討を行った。
【0043】
(1)サワードウを用いたモデル実験
図5及び以下の条件でライ麦サワードウを作成した。実験に応じて作製したサワードウに糖、またはアミノ酸水溶液(1M)と蒸留水を混合し、それらを分割して試験管に詰め(2g)、焼成した。焼成はブロックヒーターを用いて200℃、15分で行った。
【0044】
[ライ麦サワードウにおける糖の影響]
前述のサワードウに蒸留水、またはグルコース、キシロース、スクロース溶液を0mM、5mM、10mMになるように焼成直前に添加し、それぞれブロックヒーターを用いて焼成した。その結果を図6に示す。
【0045】
[ライ麦サワードウにおけるアミノ酸の影響]
前述のサワードウに蒸留水、またはグリシン、リジン、プロリン溶液を0mM、5mM、10mMになるように焼成直前に添加し、それぞれブロックヒーターを用いて焼成した。その結果を図7に示す。
【0046】
[ライ麦サワードウにおける生地pHの影響]
前述のサワードウに水酸化ナトリウム溶液を添加し、生地pHを3.7、4.1、5.2、6.7、8.6に調整した。それぞれブロックヒーターを用いて焼成した。その結果を図8に示す。
【0047】
[ライ麦サワードウにおける発酵時間の影響]
前述のサワードウを発酵開始から0時間、8時間、12時間、16時間、20時間、24時間後にサンプリングした。それぞれブロックヒーターを用いて焼成した。その結果を図9に示す。
【0048】
[ライ麦サワードウにおけるイースト酵母の影響]
前述のサワードウにインスタントドライイーストを0.1%、0.2%、0.3%、0.4%添加して生地を作製した。それぞれブロックヒーターを用いて焼成した。その結果を図10に示す。
【0049】
[ライ麦サワードウにおける乳酸菌種の影響]
前述の発酵種に用いたスターターカルチャーに用いた乳酸菌を変更して発酵種を作成し、サワードウは同様に調製した。それぞれブロックヒーターを用いて焼成した。発酵種は図11の表5に示したカルチャーを使用した。その結果を図12に示す。
【0050】
(2)結果
図6から明らかなように、グルコース、キシロース、スクロースの添加は、モデルパンの抗酸化活性を増加させた。特に、10mM以上で顕著であり、キシロースの10mM添加が最も効果が大きかった。五炭糖は、六炭糖よりもメイラード反応の基質として好適であるためと思われる。
【0051】
図7から明らかなように、モデルメラノイジンの結果同様、グリシン、リジン、プロリンの添加はモデルパンの抗酸化活性を増加させた。また、リジンで最も効果が大きかった。さらに、添加濃度が5mMより10mMがより顕著であった。
【0052】
図8から明らかなように、モデルメラノイジンの結果とは異なり、ライ麦サワードウにおけるpHを変動させても、モデルパンの抗酸化活性に影響は見られなかった。このことから、生地pHを考慮することなく、多種多様な風味のパン及び菓子に容易に適用できることが分かる。
【0053】
図9から明らかなように、ライ麦サワードウ作製時の乳酸菌による発酵時間と抗酸化活性の影響について調べた。その結果、発酵時間の経過に伴って抗酸化活性が増加していた。後に、追加的に2時間、4時間についても試験した結果、0時間に比べ明らかに2時間、4時間についてもラジカル消去活性が増していた。
【0054】
図10から明らかなように、ライ麦サワードウ作製時のインスタントドライイーストの添加は、モデルパンの抗酸化活性を減少させた。乳酸菌、イーストの菌数を特定したところ、ドライイースト0.1%添加であっても、遙かに乳酸菌数を超え、イーストが優勢であった。後の試験結果において、乳酸菌とイーストの菌数の比率と、抗酸化活性の減少との関係を調べた結果、添加時に乳酸菌が酵母より多く、即ち菌数で1:1より多ければ、抗酸化活性の減少は極僅かに抑えられることが見出された。
【0055】
従って、パンを発酵によりボリュームを付与する場合は、酵母添加時に乳酸菌の菌数以下で酵母を添加することにより、抗酸化性を増強・維持することができる。なお、酵母によらず、膨張剤を用いることで、抗酸化性を減少させることなく、パンに焼成時ボリュームを付与することができるのは勿論である。
【0056】
また、パン生地に換え、菓子生地とすれば、即ち生地の組成比率を変更するだけで、本試験でえられた結果と同様に、抗酸化性の高い菓子をつくることも可能である。
【0057】
図12から明らかなように、発酵種およびライ麦サワードウ作製時に用いる乳酸菌の種類を変更させる事は、モデルパンの抗酸化活性に影響を与えた。特に、チーズ発酵用、ヨーグルト発酵用、腸内乳酸菌で効果が高かった。
【0058】
(3)考察
以上の結果から、ライ麦サワードウへの糖およびアミノ酸の添加はモデルパンの抗酸化活性を増加させ、モデルメラノイジンと同様の結果を得た(図6、7)。しかしながら、発酵させたサワードウ中のpHを変動させても抗酸化活性は影響を受けず(図8)、モデルメラノイジンの場合と異なる結果を得た。また、発酵時間の経過に伴って抗酸化活性が増加していた(図9)。このことから、ライ麦サワードウにおいては糖やアミノ酸の添加は抗酸化活性に影響を与えるが、生地のpHは大きな影響を与えず、むしろ乳酸菌発酵によって抗酸化活性が高まっていると考えられた。
【0059】
ライ麦サワードウにインスタントドライイーストを添加した結果、インスタントドライイーストの添加はモデルパンの抗酸化活性は著しく低下した。これらの結果から、今回ライ麦パンで見られた高い抗酸化活性は乳酸発酵に由来するものである可能性が高いと考えられた。また、発酵種に用いる乳酸菌を変更させる事はモデルパンの抗酸化活性に影響を与えた。チーズ用、ヨーグルト用、サワードウ用、腸内乳酸菌など目的別にカルチャーを選定したが、サワードウ用に比べチーズ用、ヨーグルト用、腸内乳酸菌でのラジカル消去活性が高かった。
【0060】
今回は抗酸化活性としてDPPHラジカル消去活性を測定したが、同様の測定方法で幾つかの食品について測定されたデータ((財)日本食品分析センター、JFRLニュース : 32 各種食品の抗酸化能を比較する(2003年3月)より引用)を図13の表7に示す。
【0061】
今回のライ麦パンとモデルパンで測定したはそれぞれ、約2 Trolox μmol/g (図2)、7 Trolox μmol/g(図6)であった。図13の表7の値はサンプルが濃縮されていたり、抽出方法等により値は増減するが、食品としてみた場合、ジュースや生姜、小豆、ヒジキなどに比べれば活性が低いと思われる。しかし、ライ麦にイーストを添加した場合(図9)や発酵前のサワードウでの値は約4 Trolox μmol/g以下であるが(図8)、乳酸菌発酵による抗酸化活性の上昇幅(3 Trolox μmol/g)はトマトやニラのもつラジカル消去活性と同等かそれ以上であった。
【実施例2】
【0062】
次に、実際にパンを焼成し物性、抗酸化性を調べた。パンの作成方法は、図14に示し、その結果を図15、図16に示した。
【0063】
試験の結果を図15に示す。図15ではパン1〜3では表面の色が黒く、焼色が良くついているのに比べ、パン4では表面の色が薄く、焼色が薄かった。
【0064】
図16にモデルパンの実験と同様の方法で、それぞれのパンにおけるクラム、クラストからエタノール画分を抽出して測定したそれぞれのDPPHラジカル消去活性を示した。その結果、クラムでは、クラストに比べて低い値を示し、中でもパン3が最も値が低かった。
【0065】
また、パン1、2、4ではDPPHラジカル消去活性に大きな差は見られなかった。一方、クラストのものでは、パン1とパン2を比較するとパン1で高いDPPHラジカル消去活性が見られ、発酵種に用いた乳酸菌を変更したモデルパンでの実験と同様の結果を得た。また、パン3、4で比較すると、イーストを0.5%添加したパン4でDPPHラジカル消去活性が減少しており、モデルパンの実験と同様の結果を得た。
【図面の簡単な説明】
【0066】
【図1】メイラード反応生成物の測定画部分を示す図である。
【図2】各画分DPPHラジカル消去活性の測定値である。
【図3】モデルメラノイジン調製のための糖とアミノ酸組成である。
【図4】モデルメラノイジンのpHと抗酸化活性の関係を示す図である。
【図5】サワードウを用いたモデル実験の発酵種、サワードウの組成である。
【図6】糖と抗酸化活性の関係を示す図である。
【図7】アミノ酸と抗酸化活性の関係を示す図である。
【図8】ライ麦サワードウのpHと抗酸化活性の関係を示す図である。
【図9】ライ麦サワードウにおける発酵時間と抗酸化活性活性の関係を示す図である。
【図10】ライ麦サワードウにおけるイースト酵母と抗酸化活性の関係を示す図である。
【図11】発酵種に使用したカルチャー一覧である。
【図12】ライ麦サワードウにおける乳酸菌種と抗酸化活性の関係を示す図である。
【図13】各種食品および試薬のラジカル消去活性値を示す図である。
【図14】実施例2のパンの組成、作成方法を示す図である。
【図15】実施例2の焼成後のパンの平面写真である。
【図16】実施例2のサンプルパンのクラム、クラストにおけるDPPHラジカル消去活性値である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
乳酸菌種を用いてパン又は菓子生地を発酵させ、メイラード反応の基質を増加させ、焼成し、メラノイジンを生成してなることを特徴とする抗酸化パン及び菓子。
【請求項2】
前記乳酸菌種は、乳酸菌が酵母より多く存在することを特徴とする請求項1に記載の抗酸化パン及び菓子。
【請求項3】
前記乳酸菌が、チーズ発酵乳酸菌、ヨーグルト発酵用、腸内乳酸菌から選ばれる1種又はそれら2以上の混合物であることを特徴とする請求項1又は請求項2に記載の抗酸化パン及び菓子。
【請求項4】
前記パン又は菓子生地が、小麦粉よりライ麦粉を多く用いて、調製されたことを特徴とする請求項1〜請求項3の何れかに記載の抗酸化パン及び菓子。
【請求項5】
前記発酵を、2時間以上行うことを特徴とする請求項1〜請求項4の何れかに記載の抗酸化パン及び菓子。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【図12】
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【図13】
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【図14】
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【図15】
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【図16】
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