説明

指紋汚れの防止方法、並びに耐指紋性コーティング材組成物及びその塗装品

【課題】低反射性で被膜強度を備えたものとしながら硬化被膜の指紋汚れを目立ちにくくする方法、並びに指紋汚れが目立ちにくい硬化被膜が形成できる耐指紋性コーティング材組成物、及び該硬化皮膜が基材の最表面に形成されてなる塗装品を提供する。
【解決手段】多孔質シリカ微粒子と、4官能性アルコキシシランの加水分解物あるいは部分加水分解物と、フェニル基を有する加水分解性シラン化合物と、を含有するコーティング材組成物を用いて、基材の最表面に硬化被膜を形成する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、指紋汚れの防止方法、並びに耐指紋性コーティング材組成物及びその塗装品に関するものである。
【背景技術】
【0002】
表示機器の代表とされるディスプレイにおいて、その最表面に形成される反射防止被膜は、指紋汚れが付着しやすく、付着した指紋汚れが目立ち易いという問題がある。そのため、従来、反射防止被膜は、反射防止性能と、傷の発生を防止する表面強度(すなわち耐擦傷性)という基本性能に加えて、指紋汚れが簡単に除去できる表面撥水・撥油性(すなわち防汚染性)が要求されてきた。
【0003】
例えば、特開2003−266581号公報(特許文献1)では、コーティング材組成物に分子中にフッ素原子を有する加水分解性有機ケイ素化合物を配合することにより、硬化被膜の表面に撥水・撥油性を付与している。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開2003−266581号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかしながら、近年、タッチパネル、携帯電話等のディスプレイにおいては、指紋汚れが簡単に除去できることよりも、付着した指紋汚れが目立ちにくい、あるいは指紋汚れが付着しにくいことの方が望まれるようになってきた。
【0006】
一方、表示機器以外の製品においても、高級感のある外観とするために高光沢性の表面加工が施されている。例えば、携帯電話のハウジングに代表される小型電気製品のハウジング表面に高光沢表面塗装が増えているが、付着した指紋が目立ちやすく、高級感を損なう問題も発生している。その他、光を透過あるいは反射する種々の部位(例えば照明用クリア反射板等の反射部位、保護カバー等の透過部位)においても、付着した指紋汚れが目立ちやすいという同様の問題を抱えている。
【0007】
本発明は、前記問題に鑑みてなされたものであり、低反射性で被膜強度を備えたものとしながら硬化被膜の指紋汚れを目立ちにくくする方法、並びに指紋汚れが目立ちにくい硬化被膜が形成できる耐指紋性コーティング材組成物、及び該硬化皮膜が基材の最表面に形成されてなる指紋汚れが目立ちにくい塗装品を提供することを課題としている。
【課題を解決するための手段】
【0008】
前記課題を解決するために、本願請求項1記載の発明は、多孔質シリカ微粒子と、4官能性アルコキシシランの加水分解物あるいは部分加水分解物と、フェニル基を有する加水分解性シラン化合物と、を含有するコーティング材組成物を用いて、基材の最表面に硬化被膜を形成することを特徴とする指紋汚れの防止方法を提供している。
【0009】
付着した指紋汚れが目立つ理由は、指紋汚れ中の油脂成分が被膜上でミクロな油滴として存在し、その油滴で透過光あるいは反射光が散乱することによって拡散光に変わるからである。本発明者らは、指紋汚れを目立たなくするためには、被膜表面で油脂成分が油滴とならず、濡れて拡がる状態とすればよく、この指紋汚れの油脂成分の濡れ性向上にはシラン化合物からなる硬化被膜表面にフェニル基が存在することが有効であることを知見し、本願請求項1の発明、および後述する本願請求項3の発明に至った。
【0010】
また、本願請求項2記載の発明は、前記請求項1記載の指紋汚れの防止方法において、コーティング材組成物にさらにアルキレンオキサイド基を有する加水分解性シラン化合物を含有してなることを特徴としている。
【0011】
フェニル基を有する加水分解性シラン化合物由来のフェニル基は、指紋の油脂成分が濡れて拡がりやすくなる効果(親油性効果)を有するが、水をはじく撥水性効果も合わせ持つ。指紋汚れは、通常、油脂成分だけでなく、汗等の水分も含有するので、コーティング材組成物により形成される硬化被膜表面が親油性と共に撥水性を有することになると、油脂成分が濡れ拡がろうとするのに対し、水分ははじこうとし、油脂成分の濡れ拡がりを阻害することにもなり得る。指紋汚れ中の水分は付着後、蒸発してなくなるので、時間が経過すると、親油性効果を発現し、油脂成分は濡れ拡がることになるが、指紋付着直後においては水分の阻害効果により濡れ拡がり性は悪くなる傾向がある。よって、指紋付着直後の濡れ拡がり性を向上させるためには、硬化被膜表面を親水性かつ親油性の状態にすることが有効であり、フェニル基と親水性基を共存させることが効果的である。なかでも、親水性基としてアルキレンオキサイド基を導入すると、フェニル基が有する指紋の油脂成分が濡れて拡がりやすくなる効果を阻害することなく、水分も濡れ拡がり易くすることができ、付着直後から指紋の濡れ拡がり性に優れることを知見し、前記請求項2及び後述する請求項7記載の発明に至った。
【0012】
また、本願請求項3記載の発明は、多孔質シリカ微粒子と、4官能性アルコキシシランの加水分解物あるいは部分加水分解物と、フェニル基を有する加水分解性シラン化合物と、を含有してなることを特徴とする耐指紋性コーティング材組成物を提供している。
【0013】
本願請求項4記載の発明は、前記請求項2又は3記載の耐指紋性コーティング材組成物において、フェニル基を有する加水分解性シラン化合物が、フェニル基含有アルコキシシラン化合物であることを特徴としている。
【0014】
本願請求項5記載の発明は、前記請求項4記載の耐指紋性コーティング材組成物において、4官能性アルコキシシランとフェニル基含有アルコキシシラン化合物は共加水分解物あるいは共部分加水分解物を形成することを特徴としている。
【0015】
本願請求項6記載の発明は、前記請求項5記載の耐指紋性コーティング材組成物において、共加水分解物あるいは共部分加水分解物は(4官能性アルコキシシラン)/(フェニル基含有アルコキシシラン化合物)の質量比が95/5〜20/80の割合で配合されてなることを特徴としている。
【0016】
本願請求項7記載の発明は、前記請求項3記載の耐指紋性コーティング材組成物において、さらに、アルキレンオキサイド基を有する加水分解性シラン化合物を含有してなることを特徴としている。
【0017】
本願請求項8記載の発明は、前記請求項7記載の耐指紋性コーティング材組成物において、フェニル基を有する加水分解性シラン化合物がフェニル基含有アルコキシシラン化合物であると共にアルキレンオキサイド基を有する加水分解性シラン化合物がアルキレンオキサイド基含有アルコキシシラン化合物であり、4官能性アルコキシシラン、フェニル基含有アルコキシシラン化合物及びアルキレンオキサイド基含有アルコキシシラン化合物は共加水分解物あるいは共部分加水分解物を形成することを特徴としている。
【0018】
本願請求項9記載の発明は、前記請求項8記載の耐指紋性コーティング材組成物において、共加水分解物あるいは共部分加水分解物が(フェニル基含有アルコキシシラン化合物)/(アルキレンオキサイド基含有アルコキシシラン化合物)の質量比が95/5〜50/50であり、かつ、(4官能性アルコキシシラン)/(フェニル基含有アルコキシシラン化合物+アルキレンオキサイド基含有アルコキシシラン化合物)の質量比が95/5〜20/80の割合で形成されてなることを特徴としている。
【0019】
本願請求項10記載の発明は、前記請求項3乃至9のいずれかに記載の耐指紋性コーティング材組成物において、多孔質シリカ微粒子を全固形分中10質量%以上50質量%以下の割合で含有し、反射防止被膜形成用とすることを特徴としている。
【0020】
形成される硬化被膜のなかでも、表示機器用の低屈折率反射防止被膜は、従来、フッ素に代表される撥油性の化合物を硬化被膜の表面に配置して撥油性表面に形成することで、付着した指紋成分を拭き取りやすくするように設計されてきた。しかし、このような撥油性表面の低屈折率反射防止被膜においては、表面反射率が小さい面の中で、指紋汚れ中の油脂成分のミクロな油滴による拡散反射光が強調され、低反射性にすればするほど、指紋汚れがより一層目立ちやすい傾向にあった。そのため、前記耐指紋性コーティング材組成物を、特に、反射防止被膜形成用材料として用いることで、低反射性で、かつ、指紋が目立ちにくいという特性を両立したものとすることができる。
【0021】
本願請求項11記載の発明は、前記請求項3乃至10のいずれかに記載の耐指紋性コーティング材組成物において、共加水分解物あるいは共部分加水分解物の重量平均分子量が1000〜5000であることを特徴としている。
【0022】
本願請求項12記載の発明は、前記請求項3乃至11のいずれかに記載の耐指紋性コーティング材組成物において、フッ素原子を有する加水分解性シラン化合物を含まないことを特徴としている。
【0023】
本願請求項13記載の発明は、請求項3乃至12のいずれかに記載の耐指紋性コーティング材組成物による硬化皮膜が基材の最表面に形成されてなることを特徴とする塗装品を提供している。
【発明の効果】
【0024】
本願請求項1記載の発明の指紋汚れの防止方法においては、多孔質シリカ微粒子と、4官能性アルコキシシランの加水分解物あるいは部分加水分解物と、フェニル基を有する加水分解性シラン化合物と、を含有するコーティング材組成物を用いて硬化被膜を形成しているので、低反射性で十分な被膜強度を備えながら、付着した指紋汚れが目立ちにくくすることができる。即ち、フェニル基を有する加水分解性シラン化合物を含有させて硬化被膜表面にフェニル基を存在させているので、指紋の油脂成分が濡れて拡がり易くすることができ、付着した指紋汚れを目立ちにくくすることができる。さらに、4官能性アルコキシシランの加水分解物あるいは部分加水分解物を含み、かつ多孔質シリカ微粒子を含むので、硬化被膜は低反射性で十分な被膜強度を達成することができる。その結果、付着した指紋を拭き取る際にも表面にキズを発生させにくくすることができ、耐擦傷性にも優れる。
【0025】
本願請求項2記載の発明の指紋汚れの防止方法においては、コーティング材組成物にさらにアルキレンオキサイド基を有する加水分解性シラン化合物を含有してなるので、得られる硬化被膜表面に親油性に加えて親水性を付与することができ、指紋付着直後の指紋汚れの濡れ拡がり性を向上させることができる。
【0026】
本願請求項3記載の発明の耐指紋性コーティング材組成物においては、多孔質シリカ微粒子と、4官能性アルコキシシランの加水分解物あるいは部分加水分解物と、フェニル基を有する加水分解性シラン化合物と、を含有するものとしているので、前記請求項1と同様に低反射性で耐指紋性を有する硬化被膜を形成することができる。
【0027】
本願請求項4記載の発明の耐指紋性コーティング材組成物においては、特に、フェニル基を有する加水分解性シラン化合物をフェニル基含有アルコキシシラン化合物として、4官能性アルコキシランと同じアルコキシル基を加水分解基としているので、4官能性アルコキシシランとの相溶性に優れ、硬化被膜の透明性及び被膜強度に優れる。
【0028】
本願請求項5記載の発明の耐指紋性コーティング材組成物においては、特に、4官能性アルコキシシランとフェニル基含有アルコキシシラン化合物は共加水分解物あるいは共部分加水分解物を形成するので、被膜形成能、硬化被膜の透明性と被膜強度に優れるものすることができる。
【0029】
本願請求項6記載の発明の耐指紋性コーティング材組成物においては、特に、共加水分解物あるいは共部分加水分解物は4官能性アルコキシシランとフェニル基含有アルコキシシラン化合物を特定割合で配合されてなるものとしているので、形成される硬化被膜の耐指紋性と被膜強度とのバランスを良好にすることができる。
【0030】
本願請求項7記載の発明の耐指紋性コーティング材組成物においては、特に、さらに、アルキレンオキサイド基を有する加水分解性シラン化合物を含有してなるものとしているので、前記請求項2と同様に、得られる硬化被膜表面に親油性に加えて親水性を付与することができ、指紋付着直後の指紋汚れの濡れ拡がり性を向上させることができる。
【0031】
本願請求項8記載の発明の耐指紋性コーティング材組成物においては、特に、フェニル基を有する加水分解性シラン化合物がフェニル基含有アルコキシシラン化合物であると共にアルキレンオキサイド基を有する加水分解性シラン化合物がアルキレンオキサイド基含有アルコキシシラン化合物であり、4官能性アルコキシシラン、フェニル基含有アルコキシシラン化合物及びアルキレンオキサイド基含有アルコキシシラン化合物は共加水分解物あるいは共部分加水分解物を形成するので、アルキレンオキサイド基をマトリクス樹脂に固定化することができ、指紋付着直後の指紋汚れの濡れ拡がり性に優れるものとしながら、耐久性に優れたものとすることができる。このようにアルキレンオキサイド基を固定化することで、付着した指紋を除去するために繰り返し拭き取りを行なっても指紋付着直後の初期の耐指紋性を維持することができる。しかも、被膜形成能、硬化被膜の透明性と被膜強度にも優れるものとすることができる。
【0032】
本願請求項9記載の発明の耐指紋性コーティング材組成物においては、特に、共加水分解物あるいは共部分加水分解物は、4官能性アルコキシシラン、フェニル基含有アルコキシシラン化合物及びアルキレンオキサイド基含有アルコキシシラン化合物を特定割合で配合されてなるものとしているので、形成される硬化被膜の指紋付着直後の指紋汚れの濡れ拡がり性と、その後の耐指紋性と被膜強度とのバランスを良好にすることができる。
【0033】
本願請求項10記載の発明の耐指紋性コーティング材組成物においては、特に、多孔質シリカ微粒子を特定割合で含有することで、低反射性と指紋汚れの目立ちにくさをバランス良く両立した硬化被膜とすることができ、反射防止被膜形成用として優れる。
【0034】
本願請求項11記載の発明の耐指紋性コーティング材組成物においては、特に、共加水分解物あるいは共部分加水分解物の重量平均分子量を特定範囲内のものとしているので、被膜形成能力に優れると共に、十分な被膜強度を備えることができる。
【0035】
本願請求項12記載の発明の耐指紋性コーティング材組成物においては、特に、フッ素原子を有する加水分解性シラン化合物を含まないものとしているので、得られる硬化被膜の表面は撥油性を発揮せず、指紋汚れの油脂成分に対する濡れ性に優れる。
【0036】
本願請求項13記載の発明の塗装品においては、前述の耐指紋性コーティング材組成物から硬化被膜を形成しているので、低反射性を有し、耐指紋性と被膜強度に優れる。
【発明を実施するための形態】
【0037】
以下、本発明を実施するための最良の形態を説明する。
【0038】
本発明の指紋汚れの防止方法は、下記耐指紋性コーティング材組成物を用いて、基材の最表面に硬化被膜を形成するものとしている。
【0039】
本発明に係る耐指紋性コーティング材組成物は、4官能性アルコキシシラン(A)の加水分解物あるいは部分加水分解物と、フェニル基を有する加水分解性シラン化合物(B)と、を含有するマトリクス形成材料に、多孔質シリカ微粒子を含有させて調製されるものである。なお、「加水分解物あるいは部分加水分解物」とは、完全加水分解物、部分加水分解物のいずれか一方あるいは両方を含むものが含まれる。
【0040】
また、前記耐指紋性コーティング材組成物は、指紋付着直後の耐指紋性を更に向上させたい場合には、所望により、アルキレンオキサイド基を有する加水分解性シラン化合物を含有させるものとしている。
【0041】
以下、各成分について詳細に説明する。
【0042】
本発明において用いる4官能性アルコキシシラン(A)は、次の一般式(1)で示される。
【0043】
Si(OR)4・・・(1)
前記一般式(1)のアルコキシル基「OR」中の「R」は1価の炭化水素基であれば特に限定されるものではなく、それぞれ同一でも異なっていてもよい。「R」は炭素数1〜8の1価の炭化水素基が好適であり、例えば、メチル基、エチル基、プロピル基、ブチル基、ペンチル基、ヘキシル基、へプチル基、オクチル基等のアルキル基等を例示することができる。アルコキシド基中に含有されるアルキル基のうち、炭素数が3以上のものについては、n−プロピル基、n−ブチル基等のように直鎖状のものであってもよいし、イソプロピル基、イソブチル基、t−ブチル基等のように分岐を有するものであってもよい。なかでも、炭素数が1〜4のメチル基、エチル基、n−プロピル基、i−プロピル基、n−ブチル基が好ましく、例えば、テトラメトキシシラン、テトラエトキシシラン、テトラ−n−プロポキシシラン、テトラ−i−プロポキシシラン、テトラ−n−ブトキシシラン等を好適に用いることができる。
【0044】
また、本発明において用いるフェニル基を有する加水分解性シラン化合物(B)は、フェニル基を備えると共に加水分解基が結合したケイ素原子を分子内に有するものであり、4官能性アルコキシシランと相溶できるものであればよい。ケイ素原子は分子内に1個あるいは複数有するものを用いることができ、フェニル基は分子内に1個以上有していればよい。フェニル基は置換基を備えていても備えていなくてもよい。加水分解基は分子内に2個以上有することが好ましい。フェニル基を有する加水分解性シラン化合物(B)はフェニル基を含んでいればよく、ケイ素原子に直接フェニル基が結合していても、アルキル基を介してフェニル基がケイ素原子に結合していてもよい。
【0045】
フェニル基を有する加水分解性シラン化合物(B)としては、なかでもフェニル基含有アルコキシシラン化合物であることが好ましい。フェニル基含有アルコキシシラン化合物としては、フェニルトリメトキシシラン、フェニルトリエトキシシラン、ジフェニルジメトキシシラン、ジフェニルジエトキシシラン、トリフェニルエトキシシランに例示されるフェニルアルコキシシラン;
ジ(p−トリル)ジメトキシシラン、ジ(p−トリル)ジエトキシシランに例示されるようなアルキル置換基が結合したフェニル基がケイ素原子に結合しているアルキル置換フェニルアルコキシシラン;
1,4−ビス(トリエトキシシリル)ベンゼンに例示されるようなフェニル基を介して2つのケイ素元素が結合したビスアルコキシシリルベンゼン;
メチルフェニルジメトキシシランに例示されるようなケイ素原子に直接フェニル基とアルキル基が結合したアルキルフェニルアルコキシシラン;
フェンエチルトリメトキシシランに例示されるような炭素数2〜5の直鎖状あるいは分岐鎖状のアルキル基を介してフェニル基がケイ素原子に結合しているフェネアルキルアルコキシシラン等を例示することができる。
【0046】
加水分解基としては、前述したアルコキシル基のほか、アセトキシ基、オキシム基(−O−N=C−Ra(Rb))、エノキシ基(−O−C(Ra)=C(Rb)Rc)、アミノ基、アミノキシ基(−O−N(Ra)Rb)、アミド基(−N(Ra)−C(=O)−Rb)(これらの基においてRa、Rb、Rcは、例えばそれぞれ独立に水素原子又は一価の炭化水素基等である)や、ハロゲン等を挙げることができる。
【0047】
前述した4官能性アルコキシシラン(A)とフェニル基を有する加水分解性シラン化合物(B)は、耐指紋性コーティング材組成物において、少なくとも4官能性アルコキシシラン(A)が加水分解物あるいは部分加水分解物とされている。フッ素原子を有する加水分解性シラン化合物は含まない方が望ましい。
【0048】
なかでも、4官能性アルコキシシラン(A)と、フェニル基を有する加水分解性シラン化合物(B)が共存させて加水分解され、共加水分解物あるいは共部分加水分解物に調整されていることが好ましい。この場合のフェニル基を有する加水分解性シラン化合物(B)はフェニル基含有アルコキシシラン化合物が好適に用いられる。なお、「共加水分解物あるいは共部分加水分解物」には共完全加水分解物、共部分加水分解物のいずれか一方あるいは両方を含むものが含まれる。
【0049】
また、4官能性アルコキシシラン(A)と、フェニル基を有する加水分解性シラン化合物(B)の共加水分解物あるいは共部分加水分解物において、4官能性アルコキシシラン(A)と、フェニル基を有する加水分解性シラン化合物(B)であるフェニル基含有アルコキシシラン化合物との混合比率は、固形分質量比率として95:5〜20:80の範囲に設定されていることが好ましい。これはフェニル基含有アルコキシシラン化合物の含有比率が5質量%未満であると、用途によっては耐指紋性が十分でないおそれがあり、80質量%を超えると被膜強度が十分でないおそれがあるからである。より好ましくは、フェニル基含有アルコキシシラン化合物の含有比率は、10質量%以上50質量%以下である。
【0050】
ここで、前述のように4官能性アルコキシシラン(A)とフェニル基を有する加水分解性シラン化合物(B)を加水分解して共加水分解物あるいは共部分加水分解物を調製するにあたって、配合順序は特に限定されるものではない。本発明では、共加水分解物あるいは共部分加水分解物を形成する段階で多孔質シリカ微粒子が混合されていることが好ましい。このような配合順序とすることで、被膜形成能と被膜強度に優れたコーティング材組成物を形成することができる。尚、共加水分解物あるいは共部分加水分解物を形成した後で、多孔質シリカ微粒子を配合する場合は多孔質シリカ微粒子混合後にさらに加水分解を行うようにしてもよい。
【0051】
また、指紋汚れの付着直後の初期の指紋汚れの濡れ拡がり性を得るには、前記耐指紋性コーティング材組成物には、さらに、アルキレンオキサイド基を有する加水分解性シラン化合物(C)を含有させることが好ましい。
【0052】
本発明において用いるアルキレンオキサイド基を有する加水分解性シラン化合物(C)は、アルキレンオキサイド基を備えると共に加水分解基が結合したケイ素原子を分子内に有するものであり、4官能性アルコキシシラン(A)及びフェニル基を有する加水分解性シラン化合物(B)と相溶できるものであればよい。ケイ素原子は分子内に1個あるいは複数有するものを用いることができ、加水分解基は分子内に2個以上有することが好ましい。アルキレンオキサイド基を有する加水分解性シラン化合物(C)はアルキレンオキサイド基を分子内に1個以上有していればよく、アルキル基を介してアルキレンオキサイド基がケイ素原子に結合していてもよい。
【0053】
アルキレンオキサイド基を有する加水分解性シラン化合物(C)の加水分解基としては、フェニル基を有する加水分解性シラン化合物(B)と同様の加水分解基であり、なかでもアルキレンオキサイド基含有アルコキシシラン化合物であることが好ましい。
【0054】
アルキレンオキサイド基を有する加水分解性シラン化合物(C)のアルキレンオキサイド基としては、炭素数2以上であるアルキレンオキサイドを含むものであればよい。なかでも、エチレンオキサイド基[−(CH2CH2O)p−](pは1〜100、好ましくは3〜30)、プロピレンオキサイド基{−[CH(CH3)CH2O]q−}(qは1〜100、好ましくは3〜30)であることが好ましい。これらエチレンオキサイド基及びプロピレンオキサイド基はブロック共重合体とされていてもよい。
【0055】
具体的な化学構造式としては、ケイ素原子を分子内に2個有しているものとしては、下記化学式(2)〜(5)に示されるものを例示することができる。
【0056】
【化1】

また、ケイ素原子を分子内に1個有しているものとしては、下記化学式(6)〜(9)に示されるものを例示することができる。
【0057】
【化2】

アルキレンオキサイド基を有する加水分解性シラン化合物(C)は、マトリクス樹脂の全固形中に1〜50モル%含有することが好ましい。さらに好ましくは5〜30モル%である。これは、アルキレンオキサイド基を有する加水分解性シラン化合物(C)が1モル%未満であると、アルキレンオキサイド基を有する加水分解性シラン化合物(C)を配合する初期の指紋汚れの濡れ拡がり性向上効果が得られにくく、50モル%を超えると被膜強度が十分でないおそれがあるからである。
【0058】
アルキレンオキサイド基を有する加水分解性シラン化合物(C)を含有する場合においても、フェニル基を有する加水分解性シラン化合物(B)がフェニル基含有アルコキシシラン化合物(B−1)であると共にアルキレンオキサイド基を有する加水分解性シラン化合物(C)がアルキレンオキサイド基含有アルコキシシラン化合物(C−1)であり、4官能性アルコキシシラン(A)、フェニル基含有アルコキシシラン化合物(B−1)及びアルキレンオキサイド基含有アルコキシシラン化合物(C−1)が共存させて加水分解され、共加水分解物あるいは共部分加水分解物に調整されていることが好ましい。このように加水分解基をアルコキシ基とすることで、共加水分解しやすくなり、アルキレンオキサイド基をマトリクス樹脂に固定化することができ、指紋付着直後の指紋汚れの濡れ拡がり性に優れるものとしながら、耐久性に優れたものとすることができる。このようにアルキレンオキサイド基を固定化することで、付着した指紋を除去するために繰り返し拭き取りを行なっても指紋付着直後の初期の耐指紋性を維持することができる。しかも、被膜形成能、硬化被膜の透明性と被膜強度にも優れるものとすることができる。
【0059】
4官能性アルコキシシラン(A)、フェニル基含有アルコキシシラン化合物(B−1)及びアルキレンオキサイド基含有アルコキシシラン化合物(C−1)の共加水分解物あるいは共部分加水分解物においては、(フェニル基含有アルコキシシラン化合物)/アルキレンオキサイド基含有アルコキシシラン化合物)の固形分質量比率が95/5〜50/50であり、かつ、(4官能性アルコキシシラン)/(フェニル基含有アルコキシシラン化合物+アルキレンオキサイド基含有アルコキシシラン化合物)の固形分質量比率が95/5〜20/80であることが好ましい。
【0060】
これは、フェニル基含有アルコキシシラン化合物(B−1)及びアルキレンオキサイド基含有アルコキシシラン化合物(C−1)の合計質量において、フェニル基含有アルコキシシラン化合物(B−1)の含有比率が95質量%を超えるとアルキレンオキサイド基含有アルコキシシラン化合物(C−1)を配合して得られる親水性向上による付着直後の指紋の濡れ拡がり効果が十分に得られないおそれがあるからである。一方、50質量%未満であるとフェニル基含有アルコキシシラン化合物(B−1)を配合して得られる親油性向上による指紋の濡れ拡がり効果が十分に得られないおそれがある。また、共加水分解物あるいは共部分加水分解物において、4官能性アルコキシシランの含有比率が20質量%未満であると、被膜強度が十分でないおそれがあり、95質量%を超えると耐指紋性の効果が得られ難いおそれがある。
【0061】
ここで、前述のように4官能性アルコキシシラン(A)、フェニル基を有する加水分解性シラン化合物(B)及びアルキレンオキサイド基を有する加水分解性シラン化合物(C)を加水分解して共加水分解物あるいは共部分加水分解物を調製するにあたっても、配合順序は特に限定されるものではない。本発明では、共加水分解物あるいは共部分加水分解物を形成する段階で多孔質シリカ微粒子が混合されていることが好ましい。このような配合順序とすることで、被膜形成能と被膜強度に優れたコーティング材組成物を形成することができる。尚、共加水分解物あるいは共部分加水分解物を形成した後で、多孔質シリカ微粒子を配合する場合は多孔質シリカ微粒子混合後にさらに加水分解を行うようにしてもよい。
【0062】
アルキレンオキサイド基を有する加水分解性シラン化合物(C)を配合する場合も配合しない場合においても、共加水分解物あるいは共部分加水分解物の重量平均分子量は特に限定されるものではないが、1000〜5000の範囲が好ましい。1000未満であると被膜形成能力が劣り、逆に5000を超えると被膜強度が低下するおそれがある。加水分解の際の温度条件は、20〜60℃程度が好ましい。温度がこの範囲より低いと反応が進まず、逆にこの範囲より温度が高いと反応が早く進みすぎて一定の分子量の確保が困難になると共に、分子量が大きくなりすぎて被膜強度が落ちるおそれがある。
【0063】
多孔質シリカ微粒子としては、中空シリカ微粒子、メソポーラス状微粒子等が好適に用いられる。中空シリカ微粒子は、外殻がシリカ系無機酸化物によって構成されるものであり、例えば外殻が、シリカ単一層、シリカとシリカ以外の無機酸化物とからなる複合酸化物の単一層、これらが積層した二重以上の層となっているもの等を挙げることができる。このとき、外殻の厚みは例えば1〜50nm、好ましくは5〜20nmの範囲のものを用いることができ、またこの厚みが中空微粒子の平均粒子径の1/50〜1/5の範囲にあるものを用いることができる。また中空シリカ微粒子の平均粒子径は例えば5nm〜2μmの範囲とすることができる。これは、5nmよりも平均粒子径が小さいと、中空によって低屈折率になる効果が小さく、逆に2μmよりも平均粒子径が大きいと、透明性が極端に悪くなり、拡散反射(Anti-Glare)による寄与が大きくなってしまう。硬化被膜に高い透明性が要求される用途として、例えばディスプレイ等の反射を防止するためには、中空シリカ微粒子の平均粒子径は5〜100nmの範囲が好ましい。なお、前記平均粒子径は動的光散乱法によって求めることができる。
【0064】
この多孔質シリカ微粒子の形態としては、特に限定されるものではなく、例えば、粉体状の形態でもゾル状の形態でもよい。多孔質シリカ微粒子をゾル状の形態、すなわちコロイダルシリカとして使用する場合、特に限定されるものではないが、例えば、水分散性コロイダルシリカあるいはアルコール等の有機溶媒分散性コロイダルを使用することができる。一般にこのようなコロイダルシリカは、固形分としてのシリカを20〜50質量%含有しており、この値からシリカ配合量を決定することができる。
【0065】
この多孔質シリカ微粒子の配合量は特に限定されるものではないが、耐指紋性コーティング材組成物中における固形分全量に対して、0.1〜50質量%になるように設定するのが好ましい。0.1質量%未満ではこのシリカ微粒子の配合による硬化被膜の低屈折率効果が得られないおそれがあり、逆に50質量%を超えると硬化被膜の強度低下を引き起こすおそれがある。多孔質シリカ微粒子を全固形分中10質量%以上50質量%以下の割合で含有したものは反射防止被膜形成用材料として優れており、好ましい。
【0066】
前述した成分を、例えば、以下のように配合することにより、本発明の耐指紋性コーティング材組成物を得ることができる。はじめに、4官能性アルコキシシラン(A)と、フェニル基を有する加水分解性シラン化合物(B)と、所望により配合されるアルキレンオキサイド基を有する加水分解性シラン化合物(C)と、アルコール系溶剤と、水と、酸触媒とを混合して、前述した重量平均分子量を有する共加水分解物あるいは共部分加水分解物を作製する。共加水分解物あるいは共部分加水分解物を調製する段階で、あるいは、得られた共加水分解物あるいは共部分加水分解物に多孔質シリカ微粒子を配合し、所望により溶剤で希釈して、本発明の耐指紋性コーティング材組成物を得ることができる。
【0067】
本実施形態の耐指紋性コーティング材組成物は、4官能性アルコキシシラン(A)とフェニル基を有する加水分解性シラン化合物(B)であるフェニル基含有アルコキシシラン(B−1)と所望により配合されるアルキレンオキサイド基を有する加水分解性シラン化合物(C)であるアルキレンオキサイド基含有アルコキシシラン(C−1)とが、アルコキシ基に対する水比(水のモル比)が1.0〜3.0で反応させたものであることが望ましい。ここでいう水比とは、耐指紋性コーティング材組成物に添加される水のモル数と、4官能性アルコキシシラン(A)と、フェニル基含有アルコキシシラン(B−1)と、所望により配合されるアルキレンオキサイド基含有アルコキシシラン(C−1)とに含まれるアルコキシ基のモル数(例えば、4官能性アルコキシシランであれば、4官能性アルコキシシランのモル数に、アルコキシ基の数「4」を乗じた値であり、3官能性アルコキシシランであれば、3官能性アルコキシシランのモル数に、アルコキシ基の数「3」を乗じた値である)の総和との比を指す。水比が1.0未満、特に0.5以下であると加水分解反応が不十分で硬化被膜形成能が低下し、3.0より大きく、特に5.0より大きいと耐擦傷性が低下する。
【0068】
溶剤としては、加熱等により容易に揮発させることができる適宜のものを用いることができるが、例えばメタノール、エタノール、プロピルアルコール、イソプロピルアルコール、n−ブチルアルコール、イソブチルアルコール、sec−ブチルアルコール、t−ブチルアルコール、ジアセトンアルコール等のアルコール類、エチレングリコールモノメチルエーテル、エチレングリコールモノエチルエーテル、プロピレングリコールモノメチルエーテル、プロピレングリコールモノエチルエーテル等のグリコールエーテル類、アセトン、メチルエチルケトン、メチルイソブチルケトン、アセチルアセトン等のケトン類、酢酸エチル、酢酸ブチル、アセト酢酸エチル等のエステル類、キシレン、トルエン等を用いることができる。
【0069】
溶剤の配合は適宜設定することができる。しかし、耐指紋性コーティング材組成物の塗布の容易さと、硬化被膜の膜厚制御の容易さと、耐指紋性コーティング材組成物の安定性を考慮した場合、塗料中の溶剤の含有量は、50質量%以上99.8質量%以下の範囲に調整されていることが好ましく、70質量%以上99質量%以下の範囲がさらに好ましい。
【0070】
前述のように調製した耐指紋性コーティング材組成物を基材の表面に塗装して被膜を形成すると共にこの被膜を乾燥硬化させることによって、最表面に硬化被膜が形成された塗装品を得ることができる。なお、耐指紋性コーティング材組成物が塗装される基材としては、特に限定されるものではないが、例えば、ガラスに代表される無機系基材、金属基材、ポリカーボネートやポリエチレンテレフタレートに代表される有機系基材を挙げることができ、また基材の形状としては、板状やフィルム状等を挙げることができる。さらに、基材の表面に1層以上の層が形成されていても構わない。
【0071】
耐指紋性コーティング材組成物を基材の表面に塗装するにあたって、その方法は特に限定されるものではないが、例えば、刷毛塗り、スプレーコート、浸漬(ディッピング、ディップコート)、ロールコート、フローコート、カーテンコート、ナイフコート、スピンコート、テーブルコート、シートコート、枚葉コート、ダイコート、バーコート等の通常の各種塗装方法を選択することができる。
【0072】
また、基材の表面に形成した被膜を乾燥させた後に、これに熱処理を行なうのが好ましい。この熱処理によって、硬化被膜の機械的強度をさらに向上させることができるものである。熱処理の際の温度は、特に限定されるものではないが、60〜300℃の比較的低温で5〜120分処理することが好ましい。300℃よりも高温で処理すると、フェニル基が熱分解する可能性あり、指紋成分の濡れ性を低下させる恐れがある。このように低温で熱処理を行なっても、高温で熱処理を行うときと同等の機械的強度を得ることができるので、製膜コストを低減することが可能となり、また高温による熱処理の場合のように、基材の種類が制限されることがなくなる。しかも、例えばガラス基材の場合には熱伝導率が低いため、温度の上昇と冷却に時間がかかり、高温による熱処理ほど処理スピードが遅くなるのに対し、低温による熱処理では逆に処理スピードを早めることができる。基材の表面に形成する硬化被膜の膜厚は、使用用途や目的に応じて適宜選択することができ、特に限定されるものではないが、50nm〜5μmの範囲が好ましい。特に反射防止用途の場合は50nm〜100nmが好ましい。
【0073】
そして、本発明に係る耐指紋性コーティング材組成物を用いれば、低屈折率の硬化被膜を容易に形成することができ、反射防止用途に好適である。例えば、基材の屈折率が1.60以下の場合には、この基材の表面に屈折率が1.60以上の硬化被膜を形成してこれを中間層とし、さらにこの中間層の表面に、本発明に係る耐指紋性コーティング材組成物による硬化被膜を形成するのが有効である。中間層を形成するための硬化被膜は、公知の高屈折率材料を用いて形成することができ、またこの中間層の屈折率は1.60以上であれば、本発明に係る耐指紋性コーティング材組成物による硬化被膜との屈折率の差が大きくなり、反射防止性能に優れた反射防止基材を得ることができるものである。反射防止の用途としては、例えば、ディスプレイの最表面、タッチパネルディスプレイの最表面、各種表示ディスプレイの保護カバー等指紋が付着しやすい部位を挙げることができる。
【0074】
前述した本発明の耐指紋性コーティング材組成物は、4官能性アルコキシシランの加水分解物あるいは部分加水分解物と、フェニル基を有する加水分解性シラン化合物と、多孔質シリカ微粒子と、を含有しているので、十分な被膜強度を備えながら、付着した指紋汚れが目立ちにくい、所謂耐指紋性を備えた硬化被膜を形成することができる。本発明の耐指紋性コーティング材組成物から形成される硬化被膜は、特に表面にフェニル基を存在させているので、指紋の主な油脂成分である中性脂肪(トリグリセリドなど)および中性脂肪が分解した遊離脂肪酸の濡れ拡がり性に優れ、付着した指紋を目立ちにくくすることができる効果を有する。
【0075】
そのうえ、耐指紋性コーティング材組成物は多孔質シリカ微粒子を含み、かつ、4官能性アルコキシシランの加水分解物あるいは部分加水分解物を含むので、低反射性で十分な被膜強度を達成することができる。
【0076】
しかも、耐指紋性コーティング材組成物に、さらにアルキレンオキサイド基を有する加水分解性シラン化合物を含有させることにより、指紋汚れが付着した直後の濡れ拡がり性を得ることができ、初期から付着した指紋を目立ちにくくすることができる。
【0077】
次に、本発明を実施例によって具体的に説明する。なお、重量平均分子量はゲルパーミエーションクロマトグラフィー(GPC)により、標準ポリスチレンで検量線を作成し、その換算値として測定したものである。
【0078】
(実施例1)
4官能性アルコキシシラン(A)としてのテトラエトキシシラン166.4質量部にメタノール356質量部を加え、さらにフェニル基を有する加水分解性シラン化合物(B)としてのフェニルトリメトキシシラン(モメンティブ・パフォーマンス・マテリアルズ社製「TSL8173(商品名)」)39.7質量部、更に水54質量部、0.4規定の塩酸水溶液18質量部を加え、これをディスパーを用いてよく混合して混合液を得た。この混合液を30℃恒温槽中で4時間攪拌して、重量平均分子量を1250に調整した4官能性アルコキシシラン(A)とフェニル基を有する加水分解性シラン化合物(B)との共重合加水分解物(以下、「フェニル・シリコーン共加水分解物」と称す)を、硬化被膜のマトリクス形成材料として得た。
【0079】
次に、イソプロパノール分散多孔質中空シリカ微粒子(触媒化成工業製「スルーリアCS60−IPA(製品名)」,固形分20質量%、平均一次粒子径60nm、外殻厚み約10nm)を、固形分基準で多孔質シリカ微粒子/フェニル・シリコーン共加水分解物(縮合化合物換算)が質量比で40/60となるように配合し、その後、全固形分が1質量%になるようにIPA/酢酸ブチル/ブチルセロソルブ混合液(希釈後の溶液の全量中の5質量%が酢酸ブチル、全量中の2質量%がブチルセロソルブとなるように、予め混合された溶液)で希釈し、実施例1のコーティング材組成物を得た。
【0080】
そしてこのコーティング材組成物を1時間静置した後、予めUV−オゾン洗浄機(エキシマランプ、ウシオ電機製、型式H0011)で表面洗浄した、アクリル板(製品名「デラグラス(登録商標)HA,両面ハードコート処理、ハードコート屈折率1.52、ヘーズ0.10)のハードコート表面にワイヤーバーコータによって塗布して厚さ約100nmの塗膜を形成し、80℃で1時間、酸素雰囲気下で熱処理することによって、硬化被膜を備えた塗装品を得た。
【0081】
(実施例2)
テトラエトキシシランを104質量部、メタノールを356質量部、フェニルトリメトキシシラン99.2質量部に変更して、得られるフェニル・シリコーン共加水分解物の重量平均分子量を1200に調整した以外は、実施例1と同様にしてコーティング材組成物を得た後、実施例1と同様にして硬化被膜を有する塗装品を得た。
【0082】
(実施例3)
多孔質シリカ微粒子/フェニル・シリコーン共加水分解物(縮合化合物換算)を固形物基準で質量比20/80に変更した以外は、実施例1と同様にしてコーティング材組成物を得た後、実施例1と同様にして硬化被膜を有する塗装品を得た。
【0083】
(実施例4)
多孔質シリカ微粒子/フェニル・シリコーン共加水分解物(縮合化合物換算)を固形物基準で質量比20/80に変更した以外は、実施例2と同様にしてコーティング材組成物を得た後、実施例1と同様にして硬化被膜を有する塗装品を得た。
【0084】
(実施例5)
4官能性アルコキシシラン(A)としてのテトラエトキシシラン166.4質量部にメタノール356質量部を加え、さらにフェニル基を有する加水分解性シラン化合物(B)としてのフェニルトリメトキシシラン(モメンティブ・パフォーマンス・マテリアルズ社製「TSL8173(商品名)」)35.7質量部、さらにアルキレンオキサイド基を有する加水分解性シラン化合物(C)としてヒドロキシ(ポリエチレンオキサイド)プロピルトリエトキシシラン(EO=8〜12、アヅマックス社より入手)13.2質量部、更に水54質量部、0.4規定の塩酸水溶液18質量部を加え、これをディスパーを用いてよく混合して混合液を得た。この混合液を30℃恒温槽中で4時間攪拌して、重量平均分子量を1250に調整した4官能性アルコキシシラン(A)、フェニル基を有する加水分解性シラン化合物(B)及びアルキレンオキサイド基を有する加水分解性シラン化合物(C)との共重合加水分解物(以下、「フェニル・アルキレンオキサイド・シリコーン共加水分解物」と称す)を、硬化被膜のマトリクス形成材料として得た。
【0085】
次に、イソプロパノール分散多孔質中空シリカ微粒子(触媒化成工業製「スルーリアCS60−IPA(製品名)」,固形分20質量%、平均一次粒子径60nm、外殻厚み約10nm)を、固形分基準で多孔質シリカ微粒子/フェニル・アルキレンオキサイド・シリコーン共加水分解物(縮合化合物換算)が質量比で40/60となるように配合し、その後、全固形分が1質量%になるようにIPA/酢酸ブチル/ブチルセロソルブ混合液(希釈後の溶液の全量中の5質量%が酢酸ブチル、全量中の2質量%がブチルセロソルブとなるように、予め混合された溶液)で希釈し、実施例5のコーティング材組成物を得た。
【0086】
そしてこのコーティング材組成物を1時間静置した後、予めUV−オゾン洗浄機(エキシマランプ、ウシオ電機製、型式H0011)で表面洗浄した、アクリル板(製品名「デラグラス(登録商標)HA,両面ハードコート処理、ハードコート屈折率1.52、ヘーズ0.10)のハードコート表面にワイヤーバーコータによって塗布して厚さ約100nmの塗膜を形成し、80℃で1時間、酸素雰囲気下で熱処理することによって、硬化被膜を備えた塗装品を得た。
【0087】
(比較例1)
テトラエトキシシランを208質量部とし、フェニルトリメトキシシランを配合せず、得られるシリコーン加水分解物の重量平均分子量を1300に調整し、多孔質シリカ微粒子に代えてイソプロパノール分散シリカゾル(触媒化成工業製「OSCAL−1432(製品名)」、固形分20質量%、平均一次粒子径10nm)を用いた以外は、実施例1と同様にしてコーティング材組成物を得た後、実施例1と同様にして硬化被膜を有する塗装品を得た。
【0088】
(比較例2)
多孔質シリカ微粒子として、イソプロパノール分散多孔質中空シリカ微粒子(触媒化成工業製「スルーリアCS60−IPA(製品名)」,固形分20質量%、平均一次粒子径60nm、外殻厚み約10nm)を用いた以外は、比較例1と同様にしてコーティング材組成物を得た後、実施例1と同様にして硬化被膜を有する塗装品を得た。
【0089】
(比較例3)
フェニル基を有する加水分解性シラン化合物(B)に代えて、直鎖部がフッ素系のCF3-(CF2)5-(CH2)2-Si(OC2H5)3を14.7質量部用い、重量平均分子量を1250に調整したマトリクス形成材料とした以外は、実施例1と同様にしてコーティング材組成物を得た後、実施例1と同様にして硬化被膜を有する塗装品を得た。
【0090】
(比較例4)
多孔質シリカ微粒子に代えて、イソプロパノール分散シリカゾル(触媒化成工業製「OSCAL−1432(製品名)」、固形分20質量%、平均一次粒子径10nm)を用いた以外は実施例1と同様にしてコーティング材組成物を得た後、実施例1と同様にして硬化被膜を有する塗装品を得た。
【0091】
(比較例5)
多孔質シリカ微粒子に代えて、イソプロパノール分散シリカゾル(触媒化成工業製「OSCAL−1432(製品名)」、固形分20質量%、平均一次粒子径10nm)を用いた以外は実施例2と同様にしてコーティング材組成物を得た後、実施例1と同様にして硬化被膜を有する塗装品を得た。
【0092】
前記実施例1〜4及び比較例1〜5で得た硬化被膜について、指紋視認性、反射率及び機械的強度を測定し、評価を行った。結果を表1に示す。
【0093】
(指紋視認性)
硬化被膜表面に、指端の腹面を押し付けて指紋汚れを付着させ、目視により下記のように5段階評価を行った。
1.指紋痕が明確に視認できる
2.指紋痕がぼんやり視認できる
3.指紋痕としては視認できないが、指紋汚れの付着部分と非付着部分の区別がはっきりと視認できる
4.指紋汚れの付着部分と非付着部分の区別がはっきりと見えない
5.指紋汚れの付着部分をほとんど視認できない
(反射率)
アクリル板の硬化被膜を形成していない側(裏面)に艶消し黒塗装を施して裏面反射を抑制し、硬化被膜側の5°相対反射率(最小反射率)を分光光度計(日立製作所製「U−4100(製品名)」)を使用して測定した。
硬化被膜の反射率は、4.0%未満であることが好ましく、3.0%未満がより好ましく、反射防止被膜としては2.0%以下が特に好ましい。
【0094】
(機械的強度)
磨耗試験機(新東科学製「HEIDON−14DR(製品名)」)で硬化被膜表面を擦り、硬化被膜に発生するキズの本数を測定した。磨耗試験機の測定条件は、スチールウール#0000、250g荷重、10往復とした。
【0095】
【表1】

表1にみられるように、実施例1〜5のものは、低反射率性で、付着した指紋が視認しにくく、更に機械的強度の低下も見られず、直接手に触れるような用途にも耐えうるものであった。また、アルキレンオキサイド基を有する加水分解性シラン化合物(C)を含有してなる実施例5のものは、これを含有していない実施例1のものと比べて、指紋汚れを付着させた直後から指紋視認性に優れるものであった。
一方、フェニル基を有する加水分解性シラン化合物(B)を用いない比較例1,2のものは、指紋視認性が劣り、指紋痕が視認できるものであった。また、フェニル基を有する加水分解性シラン化合物(B)に代えて、フッ素含有基置換加水分解性オルガノシランを用いた比較例3は、さらに指紋視認性が劣り、指紋痕が明確に視認できるものであった。さらに、多孔質シリカ微粒子に代えて、多孔質でないシリカ微粒子を加えた比較例1,4,5はいずれも反射率が4.0%以上となり、低反射性を備えるものでなかった。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
多孔質シリカ微粒子と、4官能性アルコキシシランの加水分解物あるいは部分加水分解物と、フェニル基を有する加水分解性シラン化合物と、を含有するコーティング材組成物を用いて、基材の最表面に硬化被膜を形成することを特徴とする指紋汚れの防止方法。
【請求項2】
コーティング材組成物にさらにアルキレンオキサイド基を有する加水分解性シラン化合物を含有してなる請求項1に記載の指紋汚れの防止方法。
【請求項3】
多孔質シリカ微粒子と、4官能性アルコキシシランの加水分解物あるいは部分加水分解物と、フェニル基を有する加水分解性シラン化合物と、を含有してなることを特徴とする耐指紋性コーティング材組成物。
【請求項4】
フェニル基を有する加水分解性シラン化合物が、フェニル基含有アルコキシシラン化合物である請求項3に記載の耐指紋性コーティング材組成物。
【請求項5】
4官能性アルコキシシランとフェニル基含有アルコキシシラン化合物は共加水分解物あるいは共部分加水分解物を形成する請求項4に記載の耐指紋性コーティング材組成物。
【請求項6】
共加水分解物あるいは共部分加水分解物は(4官能性アルコキシシラン)/(フェニル基含有アルコキシシラン化合物)の質量比が95/5〜20/80の割合で配合されてなる請求項5に記載の耐指紋性コーティング材組成物。
【請求項7】
さらに、アルキレンオキサイド基を有する加水分解性シラン化合物を含有してなる請求項3に記載の耐指紋性コーティング材組成物。
【請求項8】
フェニル基を有する加水分解性シラン化合物がフェニル基含有アルコキシシラン化合物であると共にアルキレンオキサイド基を有する加水分解性シラン化合物がアルキレンオキサイド基含有アルコキシシラン化合物であり、4官能性アルコキシシラン、フェニル基含有アルコキシシラン化合物及びアルキレンオキサイド基含有アルコキシシラン化合物は共加水分解物あるいは共部分加水分解物を形成する請求項7に記載の耐指紋性コーティング材組成物。
【請求項9】
共加水分解物あるいは共部分加水分解物は、(フェニル基含有アルコキシシラン化合物)/(アルキレンオキサイド基含有アルコキシシラン化合物)の質量比が95/5〜50/50であり、かつ、(4官能性アルコキシシラン)/(フェニル基含有アルコキシシラン化合物+アルキレンオキサイド基含有アルコキシシラン化合物)の質量比が95/5〜20/80の割合で形成されてなる請求項8に記載の耐指紋性コーティング材組成物。
【請求項10】
多孔質シリカ微粒子を全固形分中10質量%以上50質量%以下の割合で含有し、反射防止被膜形成用とする請求項3乃至9のいずれかに記載の耐指紋性コーティング材組成物。
【請求項11】
共加水分解物あるいは共部分加水分解物の重量平均分子量が1000〜5000である請求項3乃至10のいずれかに記載の耐指紋性コーティング材組成物。
【請求項12】
フッ素原子を有する加水分解性シラン化合物を含まない請求項3乃至11のいずれかに記載の耐指紋性コーティング材組成物。
【請求項13】
請求項3乃至12のいずれかに記載の耐指紋性コーティング材組成物による硬化皮膜が基材の最表面に形成されてなることを特徴とする塗装品。

【公開番号】特開2010−100819(P2010−100819A)
【公開日】平成22年5月6日(2010.5.6)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−126802(P2009−126802)
【出願日】平成21年5月26日(2009.5.26)
【出願人】(000005832)パナソニック電工株式会社 (17,916)
【Fターム(参考)】