説明

振動波検出方法及び装置

【課題】任意の複素数荷重を与えることのできる振動波検出方法及び装置を提供する。
【解決手段】それぞれが異なる特定の周波数に共振する複数の共振ビーム51a〜5nbに振動波を伝播させ、共振ビーム51a〜5nbそれぞれの前記周波数による共振に伴う電気的出力を、共振ビーム51a〜5nbそれぞれに設けたピエゾ抵抗61a〜6nbにて検出する振動波検出方法であって、複数の共振ビーム51a〜5nbのピエゾ抵抗61a〜6nbに共通の周波数で共振ビーム51a〜5nbごとに位相の異なる交流バイアス電圧を印加し、複数の共振ビーム51a〜5nbのピエゾ抵抗61a〜6nbの出力を合成する。さらに、前記交流バイアス電圧は、その交流バイアス電圧が印加される複数の共振ビーム51a〜5nbのうち少なくとも1つの共振ビームにおいて振幅が異なる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、共振周波数が異なる複数の共振子を用いて、振動波の周波数帯域ごとの強度を電気的に検出する振動波検出方法及び装置に関する。
【背景技術】
【0002】
共振周波数が異なる複数の共振子を配列して、音波等の振動波に対して各共振子毎に特定の共振周波数で選択的に応答して共振させ、その各共振子毎の共振レベルを電気的信号に変換して出力し、振動波の周波数帯域毎の強度を検出する共振子アレイ型の振動センサがある(例えば、非特許文献1または非特許文献2)。
【0003】
従来の振動センサでは、共振子の支持部付近にピエゾ抵抗を形成し、共振子の振動(共振)によって起こるピエゾ抵抗の抵抗値の変化を、ホィートストンブリッジ等によって検出し、共振子から電気的な出力信号を取り出している。特に、非特許文献2のセンサでは、各共振子におけるホィートストンブリッジ出力をマルチプレクサにより切り換えながら、出力信号を得ている。
【0004】
共振子アレイ型の簡易な回路構成にて、入力振動波の特定の周波数帯域の利得を制御する方法が提案されている(特許文献1又は特許文献2)。例えば特許文献1の技術は、共振子アレイ型の振動センサにおいて、各共振ビームに設けられた各ピエゾ抵抗を並列接続する。この並列回路に印加する電源電圧を変更するか、または、ピエゾ抵抗の形状を変化させて抵抗値を変更することにより、特定の周波数帯域の利得を制御する。
【0005】
また、特許文献2の技術は、歪みの大きさが共振ビームの位置に応じて異なることを利用し、各周波数帯域の出力信号のレベルが所望のレベルになるように、各共振ビームにおいてピエゾ抵抗を設ける位置を調整して、特定の周波数帯域の利得を制御する。
【非特許文献1】W. Benecke et al., "A Frequency-Selective, Piezoresistive Silicon Vibration Sensor," Digest of Technical Papers of TRANSDUCERS '85, pp. 105-108 (1985)
【非特許文献2】E. Peeters et al., "Vibration Signature Analysis Sensors for Predictive Diagnostics," Proceedings of SPIE '97, vol. 3224, pp. 220-230 (1997)
【特許文献1】特開2000−46639号公報
【特許文献2】特開2000−46640号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
振動現象や音響信号を扱う上で、信号を複素数として表現することは、振幅/位相の瞬時検出や信号の変復調等、様々な解析や変換を可能とする。マイクロフォンをはじめとする従来の音響/振動センサは各時刻における音圧などの物理量を電気信号に変換するデバイスであり、出力は単一の実信号である。一般に実信号を対応する複素数信号に変換するためには、下記のヒルベルト変換と呼ばれる演算が必要である。この演算は非因果的であり、広帯域信号に対して実時間でこの演算を行うことはできない。そのため信号の複素数表現が実際に適用できるのは通信分野で扱われるような狭帯域の信号に限られていた。
【0007】
解析関数の実部と虚部の間には一般に、次のヒルベルト変換の関係がある(日本数学会編集、岩波数学辞典第3版(1985)、520頁)。
複素変数z=x+jyの上半平面(y≧0)で正則な関数、
φ(z)=U(x、y)+jV(x,y)
の実軸上の境界値、
f(x)=U(x,0)、g(x)=−V(x、0)
の間には、f、gが実数上の積分可能な関数(f、g∈L1(−∞、∞))のとき、
【数1】


という関係がある。ここにp.v.はCauchyの主値
【数2】


を意味する。
【0008】
gをfのヒルベルト変換(Hilbert transform)、fとgをヒルベルト変換対という。ヒルベルト変換は解析関数の実部と虚部を結ぶ関数である。
【0009】
物理現象、特に振動現象は複素平面上で解析するのが便利である。一般に振動現象では、オイラーの公式 ejθ=cosθ+jsinθ によって、実部と虚部は一方が他方の微分の関係にある。例えば、変位又は速度に対して速度又は加速度の関係にある。現象を瞬時値から把握するには、それらの関係にある一方の情報(例えば変位)だけでは不十分で、両方(例えば変位と速度)を知る必要がある。
【0010】
実部と虚部の関係は、ヒルベルト変換対をなすので、上記のg又はfの式によって他方を導くことができるが、式(1)に示すとおり(−∞、∞)の区間の積分として表され、ある期間(周期関数においては少なくとも1周期)の観測が必要である。従来の振動波検出装置では一方の情報しか検出することができない。瞬時値で実部と虚部両方の情報を検出できれば、現象を瞬時に把握することができる。
【0011】
例えば、特許文献1に示されるように、共振ビームの共振周波数に応じたピエゾ抵抗検出器のバイアス電圧付与によって、動的に変更可能な周波数特性が実現される。しかし従来の方法では、振動波検出の荷重は正負の実数に限られ、任意のインパルス応答の実現に必要な複素数荷重を与えられなかった。
【0012】
本発明はこうした状況に鑑みてなされたものであり、その目的は、任意の複素数荷重を与えることのできる振動波検出方法及び装置を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0013】
本発明の第1の観点に係る振動波検出方法は、
それぞれが異なる特定の周波数に共振する複数の共振子に振動波を伝播させ、前記共振子それぞれの前記周波数による共振に伴う電気的出力を、前記共振子それぞれに設けた検出器にて検出する振動波検出方法であって、
前記複数の共振子の検出器に共通の周波数で共振子ごとに位相の異なる交流バイアス電圧を印加し、
前記複数の共振子の検出器の出力を合成する、
ことを特徴とする。
【0014】
さらに、前記交流バイアス電圧は、その交流バイアス電圧が印加される前記複数の共振子のうち少なくとも1つの共振子において振幅が異なることを特徴とする。
【0015】
特に、前記複数の共振子を複数の群に分けて、該群ごとに各群に含まれる共振子には共通の振幅と位相を有する前記交流バイアス電圧を印加することを特徴とする。
【0016】
好ましくは、前記複数の共振子の検出器の合成された出力の上側波帯を濾波器で抽出し、直交相関検出によってヒルベルト変換対の信号を出力することを特徴とする。
【0017】
なお、前記複数の共振子の検出器の合成された出力を、無線で前記濾波器に伝送してもよい。
【0018】
本発明の第2の観点に係る振動波検出装置は、
それぞれが異なる特定の周波数に共振する複数の共振子と、
前記複数の共振子に伝播された振動波によるその共振子それぞれの前記周波数での共振に伴う電気的出力を検出する、前記複数の共振子それぞれに設けられた検出器と、
前記複数の共振子それぞれに設けられた検出器に共通の周波数で、前記共振子ごとに位相の異なる交流バイアス電圧を印加するバイアス印加手段と、
前記複数の共振子それぞれに設けられた検出器の出力を合成する出力合成手段と、
を備えることを特徴とする。
【0019】
さらに、前記バイアス印加手段で印加する前記交流バイアス電圧は、前記複数の共振子のうち少なくとも1つの共振子において異なる振幅を有することを特徴とする。
【0020】
特に、前記バイアス印加手段は、前記複数の共振子を群に分けて、該群ごとに各群の共振子には共通の振幅と位相の交流バイアス電圧を加えることを特徴とする。
【0021】
好ましくは、前記出力合成手段で合成された前記複数の共振子それぞれに設けられた検出器の出力の合成出力から、上側波帯を濾波して抽出する濾波手段と、
前記濾波手段で抽出された上側波帯を直交相関検出してヒルベルト変換対の信号を出力する直交検波手段と、
を備えることを特徴とする。
【0022】
なお、前記出力合成手段で合成された前記複数の共振子それぞれに設けられた検出器の出力の合成出力を、前記濾波手段に無線で伝送する無線伝送手段を備えてもよい。
【0023】
好ましくは、前記検出器は、ピエゾ抵抗である。
【0024】
また、前記検出器は、容量性の素子であってもよい。
【発明の効果】
【0025】
本発明の振動波検出方法及び振動波検出装置によれば、任意の複素数荷重を実現することが可能である。そして、任意の複素周波数特性を加えて実部と虚部の2自由度を有するRF変調信号として読み出し・伝送することが可能である。
【発明を実施するための最良の形態】
【0026】
以下、この発明の実施の形態について図面を参照しながら詳細に説明する。なお、図中同一または相当部分には同一符号を付し、その説明は繰り返さない。検出対象の振動波を音波とした音響センサを例にして以下に説明する。
【0027】
図1は、本発明の振動波検出装置におけるセンサ本体の一例を示す図である。半導体シリコン基板20に形成されるセンサ本体1は、入力音波を受けるダイヤフラム2と、ダイヤフラム2に連なる1本の横断ビーム3と、横断ビーム3の先端に連なる終止板4と、横断ビーム3の両側に片持ち支持された複数(n本)の共振ビーム51a、51b〜5na、5nb(以下、共振ビーム5と総称する)とから構成されており、これらのすべての部分が半導体シリコンで形成されている。横断ビーム3の両側の共振ビーム5は同一の共振周波数を有し、対向する1対ずつn組の共振ビーム5を形成している。
【0028】
本実施の形態では、数学的取り扱いを簡潔にして理解を容易にするために、横断ビーム3の両側に同一の共振周波数を有する共振ビームを対にして配置する。共振ビーム5は横断ビームの片側のみに配置されても、同様の結果を得ることができる。ただし、その場合は、センサの感度は1/2になる。
【0029】
横断ビーム3は、その幅が、ダイヤフラム2端で最も太く、そこから終止板4側に向かうに従って除々に細くなり、終止板4端で最も細くなっている。また、各共振ビーム5は特定の周波数に共振するように長さが調整された共振子となっている。
【0030】
これらの複数の共振ビーム5は、下記(3)式で表される共振周波数fにて選択的に応答振動するようになっている。
【数3】


但し、C:実験的に決定される定数
a:各共振ビーム5の厚さ
X:各共振ビーム5の長さ
Y:材料物質(半導体シリコン)のヤング率
s:材料物質(半導体シリコン)の密度
【0031】
上記(3)式から分かるように、共振ビーム5の厚さaまたは長さXを変えることにより、その共振周波数fを所望の値に設定することができる。各共振ビーム5は固有の共振周波数を有するようにしている。本例では、すべての共振ビーム5の厚さaは一定とし、その長さXを右側(ダイヤフラム2側)から左側(終止板4側)に向かうにつれて順次長くなるようにしており、右側(ダイヤフラム2側)から左側(終止板4側)に向かうにつれて各共振ビーム5が固有に振動する共振周波数を高周波数から低周波数に設定している。
【0032】
なお、以上のような構成をなすセンサ本体1は、マイクロマシン加工技術を用いて半導体シリコン基板20上に作製される。ダイヤフラム2から入力した振動エネルギーは、横断ビーム3を通じてそれぞれの共振ビーム5に分配され、各共振系の機械−電気変換器で吸収されて信号エネルギーに変換されて取り出される。
【0033】
(実施の形態1)
図2は、このようなセンサ本体1を使用する本発明の振動波検出装置の一例を示す回路図である。センサ本体1の各共振ビーム5の歪み発生部分(横断ビーム3側)に、ポリシリコンからなるピエゾ抵抗61a、61b〜6na、6nb(以下、ピエゾ抵抗6と総称する)が形成されている。これらの複数のピエゾ抵抗6は並列接続されており、そのピエゾ抵抗6の一端は、共通の周波数でそれぞれ異なる振幅と位相を有する交流電源71a、71b〜7na、7nb(以下、交流電源7と総称する)に接続され、その他端は演算増幅器10の−入力端子に接続されている。演算増幅器10の+入力端子は接地されている。対向する共振ビーム5には互いに逆の位相の交流バイアス電圧が印加される。図2では、逆の位相であることを電圧Vの負号で表している。
【0034】
電圧V〜Vは同じであってもよい。位相φ〜φは、少なくとも1つは他と異なる位相を有する。
【0035】
次に、図2に示す振動波検出装置の作用について説明する。一般に、抵抗体の抵抗値Rの相対変化率は、抵抗体のポアッソン比をν、長さをl、比抵抗をρとすると、次の式(4)で表される。
【数4】

【0036】
半導体シリコン基板20に形成されるピエゾ抵抗6では、歪みによる比抵抗の変化が主要であり、ピエゾ抵抗係数をπ、ヤング率をEとすると、ピエゾ抵抗の抵抗値Rの相対変化率は、次の式(5)で表されるとしてよい。
【数5】

【0037】
図2の振動波検出装置のように、各共振ビーム5の振動出力が波形として1本の信号線に加算されて出力される出力形態を、振動波形の合成出力という。この場合のセンサ本体1の役割は、機械振動の電気信号への効率的変換、機械的周波数分解に基づく電気信号上での周波数特性の調整、にある。
【0038】
図9は、センサ本体1を用いて、ピエゾ抵抗6による共振ビーム5の振動波形の和の出力形式の一例を表す回路図である。図9の回路では、上側の共振ビーム51a〜5naには正の直流バイアス、下側の共振ビーム51b〜5nbには負の直流バイアスを印加し、各共振ビーム5の振動出力が波形として1本の信号線に加算されて出力される。ここでは、理解を容易にするため、対となる上下の共振ビーム5は逆相で振動し、上下のピエゾ抵抗6は互いに逆相で伸縮しているとする。
【0039】
図9において、i番目の共振ビーム5i上のピエゾ抵抗の抵抗値を上側がR+δR(t)、下側がR−δR(t)、上下それぞれの抵抗の他方の共通端子の電圧をV、−Vとおくと、演算増幅器の仮想接地点に流れ込む電流は、次の式(6)で表される。
【数6】

【0040】
そして、帰還抵抗Rによって、次の式(7)で表される振動電圧として取り出される。
【数7】


合成出力の荷重Wは、抵抗Rを調整することによって可変である。しかし、実際にはチップ製造時のトリミングなど固定的になる。
【0041】
上記の方法で出力がバイアス電圧Vに比例することを利用し、共振ビーム5ごとにバイアス電圧を変えることが考えられる。図10は、バイアス電圧ラインを複数用いたピエゾ抵抗方式の合成出力の一例を表す回路図である。図10の回路を用いて、周波数別の動的な利得調整が可能である。第iビームのバイアス電圧を±Vとすると、出力電圧Voutは、次の式(8)で表される。
【数8】

【0042】
但し、横断ビーム3に通せる配線数のため、共振ビーム5の数が多くなると共振ビーム5をグループ化したバイアス制御が必要になる。
【0043】
図10に示す振動波検出方法は、周波数特性が可変であるが、各周波数に設定できる利得が実数に限られる。周波数フィルタリングの際の利得が実数あるいは純虚数となるのは、インパルス応答が対称か反対称な場合に限られる。各周波数に設定する利得を実数に限ると、任意のインパルス応答を実現することができない。
【0044】
図2に示す本発明の振動波検出装置では、より一般的な周波数応答を実現する可変荷重フィルタを実現できる。図2に示すように、第i番目の共振ビーム5ia及び5ibの共振周波数をω、ピエゾ抵抗の抵抗値をR、抵抗変化をδR(t)とする。各ピエゾ抵抗6iaの個別端子に周波数Ωで振幅がV、位相がφの正弦波交流電圧を加える。逆相側のピエゾ抵抗6ibには同じ正弦波交流電圧の逆相電圧を供給する。正相と逆相のピエゾ抵抗6の共通端子を伝達インピーダンス型の演算増幅器10の入力端子に加える。伝達インピーダンス型の演算増幅器10は、入力インピーダンスが0、出力インピーダンスが0の電流−電圧変換増幅器である。
【0045】
このとき、i番目の共振ビーム5ia及び5ibから増幅器に流入する電流は、次の式(9)となる。
【数9】


ただし、H≡2V/Rは変調の利得係数、F(t,ω)≡δR(t)/Rは共振ビーム5iの振動時間波形である。F(t,ω)はFishbone構造のセンサ本体1の特性によってω近傍の比較的狭帯域なスペクトル分布を有する。
【0046】
全共振ビーム5の出力電流の合計の波形はNを共振ビーム5のペアの総数として、次の式(10)で表される。
【数10】

【0047】
ここでさらに、各共振ビームの出力は充分に狭帯域と仮定できて、
【数11】


【数12】


とおける場合、すなわちF(ω)及びH(ω)は正の周波数ω≧0のみで非零な複素関数である場合を考えると、出力電流は次の式(13)で書かれる。ここで、虚数単位を文字jで表す。またReは実部を、関数記号の右肩につけたは複素共役を表す(以下同じ)。
【数13】

【0048】
式(12)は、F(ω)の逆フーリエ変換(F−1で表す)である解析化された入力信号f(t)、
f(t)= F−1{F(ω)}
の複素周波数特性H(ω)によるフィルタ結果が搬送周波数Ωで変調されて、その上側波帯(以下、上側サイドバンドという)に得られることを意味する。また、f(−t)、すなわちF(ω)の逆フーリエ変換
(−t)= F−1{F(ω)}
のH(ω)によるフィルタ結果が、下側波帯(以下、下側サイドバンドという)に得られる。
【0049】
この過程を図3に示す。図3は、周波数分解後の振幅位相変調の作用を模式的に表すスペクトル分布である。周波数分解された入力信号は、個別に一定の複素振幅Hiが乗じられ、搬送周波数Ωだけの周波数シフトが与えられる。これらの合成がH(ω)の周波数特性の乗算と一定周波数Ωの搬送波による変調となる。例えば、ある共振ビーム5に周波数分解された入力スペクトル分布Aは、搬送周波数Ωだけの周波数シフトされたスペクトル分布Bとなる。分解されて搬送周波数Ωだけ周波数シフトされたスペクトルの合成が上側サイドバンドのスペクトル分布として得られる。
【0050】
この結果は、単に音響信号f(t)を周波数特性H(ω)でフィルタリングし、そののちに搬送周波数Ωで変調したものとは異なる。周波数特性H(ω)でフィルタリングして搬送周波数Ωで変調したものは、音響信号の負の周波数がH(ω)の利得変化を受ける。それに対して、本発明の方法では正の周波数と同じH(ω)の利得が乗じられる。
【0051】
図4は、下側サイドバンドや−Ωの周波数シフトも考慮した合成信号のスペクトル分布を示す。それぞれのサイドバンド成分の意味について考える。搬送周波数Ωの右側の成分(上側サイドバンド)は、所望のフィルタ特性の出力が解析信号化されたものである。搬送周波数Ωの左側の成分(下側サイドバンド)は、次の式(14)
【数14】


のように周波数応答H(ω)あるいはインパルス応答h(−t)によるフィルタ出力である。ここで、関数の間の記号*は畳み込みを表す。式(14)は、複素共役の逆フーリエ変換
【数15】



から導かれる。
【0052】
負の周波数領域では、−Ωの左側の成分は所望のフィルタ特性の出力の複素共役であり、−Ωの右側の成分は上記のH(ω)のフィルタ出力の複素共役であることが分かる。なお、バイアス電圧V〜Vが等しければ、振動波検出装置の周波数特性はフラットになる。バイアス電圧V〜Vを変えることによって、フィルタ特性を変化させることができる。
【0053】
上述のとおり、上側サイドバンドと下側サイドバンドは信号としての意味が異なる。共振ビーム5の合成された出力は、上側サイドバンドと下側サイドバンドを分離したのちに復調する必要がある。合成出力信号を直接復調してもよいが、搬送周波数Ωで変調されているので、そのまま無線で送信してもよい。
【0054】
図5は、無線を利用した振動波検出装置の構成例を示すブロック図である。図5(a)はセンサ側の回路を、図5(b)は受信側の回路を示す。図5(a)に示すように、センサ側では、センサ本体1で変調された信号をトランス11でインピーダンス整合して、増幅器12で増幅してアンテナ13Sから無線で送信する。
【0055】
図5(b)に示す受信側では、アンテナ13Rで受信して増幅器14で増幅した信号について、上側サイドバンドと下側サイドバンドを帯域濾波器(BPF)15で分離する。同時に、搬送周波数ΩをPLL(Phase Locked Loop)16等と用いて再生する。搬送周波数から移相器(Phase Shifter)17で0°と90°の位相の搬送周波数を作り、BPF15で分離された上側サイドバンド(USB:Upper Side Band、上側波帯)の直交検波を行う。USBに0°と90°の位相の搬送周波数を乗算器18で乗算して、低域濾波器(LPF)19を通して検波出力を得る。直交相関検出後の2つの信号は、設定した複素荷重フィルタの出力のヒルベルト変換対をなす。すなわち、0°の位相から実部の信号が得られ、90°の位相から虚部の信号を得る。
【0056】
なお、印加する交流バイアス電圧は正弦波でなくてもよい。BPF15を適当に調節して、上側サイドバンドを抽出するときに高調波を抑圧できるからである。交流バイアス電圧は例えば、矩形波とすることができる。
【0057】
以上説明したとおり、本発明の振動波検出装置によれば、任意の複素数荷重を実現することが可能である。そして、任意の複素周波数特性を加えて実部と虚部の2自由度を有するRF変調信号として読み出し・伝送することが可能である。
【0058】
本発明の振動波検出方法は、従来のマイクロフォンや振動センサが用いられているあらゆる場面において利用可能である。さらに、従来できなかった次のような場合に利用することができる。
【0059】
複素波形の特徴抽出に基づいて、時間分解能の高い振動・音響検出。例えば、連続稼働している機械において瞬時に異常音を検出することができる。また、可能性として広帯域のAM/FM復調器が実現できる。そして、無矛盾で多相出力信号の検出ができるので、高精度の波形計測に適用できる。
【0060】
(実施の形態1の変形例)
図6は、共振ビーム5を群に分けて、交流バイアス電圧を印加する振動波検出装置の例を示す。共振ビーム5の数が多くなると、横断ビーム3に通せる配線数の制限のため、全ての共振ビーム5に異なる位相の交流バイアス電圧を印加することが困難である。例えば、図6に示すように、共振ビーム5を群にわけて、群ごとに各群に含まれる共振ビーム5には共通の振幅と位相を有する交流バイアス電圧を印加する。
【0061】
図6の例では、共振ビーム51aと52aに振幅V、位相φの交流バイアス電圧を印加する。共振ビーム51bと52bに振幅−V、位相φの交流バイアス電圧を印加する。同じように、つぎつぎと隣り合う2つの共振ビーム5を組にして、各組には共通の振幅と位相の交流バイアス電圧を印加する。このようにすると、複素数荷重の振幅と位相の自由度は減少するが、複素数荷重であることには変わりなく、横断ビーム3の配線数の制限内で共振ビーム5を多数設けることができる。
【0062】
図6の例では、隣り合う2本の共振ビーム5を組にしたが、1組の共振ビーム5の数は3以上でもよい。また、1組の共振ビーム5の数は組ごとに異なっていてもよい。さらに、隣り合う共振ビーム5ではなく、例えば、m本おきに選択した共振ビーム5を組にして、各組に共通の振幅と位相の交流バイアス電圧を印加する構成とすることもできる。どのような組み合わせの群に分けて、それぞれの組にどのような振幅と位相の交流バイアス電圧を印加するかは、取得した複素周波数特性に応じて設計される。
【0063】
(実施の形態2)
図7は、検出器がキャパシタの場合の本発明の振動波検出装置の一例を示す回路図である。
【0064】
各共振ビーム5の先端部81a、81b〜8na、8nb(以下、先端部8と総称する)に対向する位置の半導体シリコン基板20にそれぞれ電極91a、91b〜9na、9nb(以下、電極9と総称する)が形成されており、各共振ビーム5の先端部8とこれに対向する各電極9とにてキャパシタが構成されている。共振ビーム5の先端部8は振動に伴って位置が上下する可動電極であり、一方、半導体シリコン基板20に形成された電極9はその位置が移動しない固定電極となっている。そして、共振ビーム5が特定の周波数にて振動すると、その対向電極間の距離が変動するので、キャパシタの容量が変化するようになっている。
【0065】
複数の電極9は並列接続されており、演算増幅器10の−入力端子に接続されている。演算増幅器10の+入力端子は接地されている。共振ビーム5の先端部8は共通の周波数でそれぞれ異なる振幅と位相を有する交流電源71a、71b〜7na、7nbに接続されている。図2の回路と同様、対向する共振ビーム5には互いに逆の位相の交流バイアス電圧が印加される。
【0066】
特定の共振ビーム5が共振すると、その歪みによって共振ビーム5の先端部8と電極9との間の距離が変化してその間のキャパシタの容量が変化し、それらの変化の和が演算増幅器10の出力(電圧V)として得られるようになっている。
【0067】
検出器がキャパシタの場合は、式(4)〜式(13)において抵抗Rの代わりに、キャパシタの容量CのインピーダンスZとして考えればよい。
= 1/(jΩCi)
この場合、インピーダンスZには周波数(角振動数)が含まれるが、搬送周波数Ωは一定で共通なので、1/j=−jだけ変化することを考慮すれば、抵抗の場合と同様に取り扱うことができる。振幅Hに虚数jが含まれるので、出力の位相はピエゾ抵抗6の場合に比べて90°変化し、復調した出力の実部と虚部が入れ替わることになる。任意の複素周波数特性を加えて実部と虚部の2自由度を有するRF変調信号として読み出し・伝送できることは、検出器が抵抗の場合と同様である。
【0068】
(実施の形態2の変形例)
図8は、検出器がキャパシタの場合に、共振ビーム5を群に分けて、交流バイアス電圧を印加する振動波検出装置の例を示す。共振ビーム5の数が多くなると、横断ビーム3に通せる配線数の制限のため、全ての共振ビーム5に異なる位相の交流バイアス電圧を印加することが困難である。
【0069】
実施の形態1に対する変形例(図6)と同様に、隣り合う2つの共振ビーム5を組にして、各組には共通の振幅と位相を有する交流バイアス電圧を印加する。このようにすると、複素数荷重の振幅と位相の自由度は減少するが、複素数荷重であることには変わりなく、横断ビーム3の配線数の制限内で共振ビーム5を多数設けることができる。
【0070】
図8の例でも、隣り合う2本の共振ビーム5を組にしたが、1組の共振ビーム5の数は3以上でもよい。また、1組の共振ビーム5の数は組ごとに異なっていてもよい。さらに、隣り合う共振ビーム5ではなく、例えば、m本おきに選択した共振ビーム5を組にして、各組に共通の振幅と位相の交流バイアス電圧を印加する構成とすることもできる。どのような組み合わせの群に分けて、それぞれの組にどのような振幅と位相の交流バイアス電圧を印加するかは、取得した複素周波数特性に応じて設計される。
【0071】
以上説明したとおり、本発明の振動波検出装置によれば、検出器がキャパシタの場合にも任意の複素数荷重を実現することが可能である。そして、任意の複素周波数特性を加えて実部と虚部の2自由度を有するRF変調信号として読み出し・伝送することが可能である。
【0072】
その他、前記のハードウエア構成は一例であり、任意に変更及び修正が可能である。
【図面の簡単な説明】
【0073】
【図1】本発明の振動波検出装置におけるセンサ本体の一例を示す図である。
【図2】本発明の振動波検出装置の一例を示す回路図である。
【図3】周波数分解後の振幅位相変調の作用を模式的に表すスペクトル分布である。
【図4】下側サイドバンドや−Ωの周波数シフトも考慮した合成信号のスペクトル分布図である。
【図5】無線を利用した振動波検出装置の構成例を示すブロック図である。
【図6】共振ビームを群に分けて、交流バイアス電圧を印加する振動波検出装置の例を示す図である。
【図7】検出器がキャパシタの場合の本発明の振動波検出装置の一例を示す回路図である。
【図8】検出器がキャパシタの場合に、共振ビームを群に分けて、交流バイアス電圧を印加する振動波検出装置の例を示す図である。
【図9】ピエゾ抵抗による共振ビームの振動波形の和の出力形式の一例を表す回路図である。
【図10】バイアス電圧ラインを複数用いたピエゾ抵抗方式の合成出力の一例を表す回路図である。
【符号の説明】
【0074】
1 センサ本体
2 ダイヤフラム
3 横断ビーム
4 終止板
51a、51b、52a、52b、
5ia、5ib、5na、5nb 共振ビーム
61a、61b、62a、62b、
6ia、6ib、6na、6nb ピエゾ抵抗
71a、71b、72a、72b、
7na、7nb 交流電源
81a、81b、82a、82b、
8ia、8ib、8na、8nb 先端部
91a、91b、92a、92b、
9ia、9ib、9na、9nb 電極
10 演算増幅器
11 トランス
12、14 増幅器
13S、13R アンテナ
15 帯域濾波器(BPF)
16 PLL
17 移相器(Phase Shifter)
18 乗算器
19 低域濾波器(LPF)
20 半導体シリコン基板

【特許請求の範囲】
【請求項1】
それぞれが異なる特定の周波数に共振する複数の共振子に振動波を伝播させ、前記共振子それぞれの前記周波数による共振に伴う電気的出力を、前記共振子それぞれに設けた検出器にて検出する振動波検出方法であって、
前記複数の共振子の検出器に共通の周波数で共振子ごとに位相の異なる交流バイアス電圧を印加し、
前記複数の共振子の検出器の出力を合成する、
ことを特徴とする振動波検出方法。
【請求項2】
前記交流バイアス電圧は、その交流バイアス電圧が印加される前記複数の共振子のうち少なくとも1つの共振子において振幅が異なることを特徴とする請求項1に記載の振動波検出方法。
【請求項3】
前記複数の共振子を複数の群に分けて、該群ごとに各群に含まれる共振子には共通の振幅と位相を有する前記交流バイアス電圧を印加することを特徴とする請求項1又は2に記載の振動波検出方法。
【請求項4】
前記複数の共振子の検出器の合成された出力の上側波帯を濾波器で抽出し、直交相関検出によってヒルベルト変換対の信号を出力することを特徴とする請求項1乃至3のいずれか1項に記載の振動波検出方法。
【請求項5】
前記複数の共振子の検出器の合成された出力を、無線で前記濾波器に伝送することを特徴とする請求項4に記載の振動波検出方法。
【請求項6】
それぞれが異なる特定の周波数に共振する複数の共振子と、
前記複数の共振子に伝播された振動波によるその共振子それぞれの前記周波数での共振に伴う電気的出力を検出する、前記複数の共振子それぞれに設けられた検出器と、
前記複数の共振子それぞれに設けられた検出器に共通の周波数で、前記共振子ごとに位相の異なる交流バイアス電圧を印加するバイアス印加手段と、
前記複数の共振子それぞれに設けられた検出器の出力を合成する出力合成手段と、
を備えることを特徴とする振動波検出装置。
【請求項7】
前記バイアス印加手段で印加する前記交流バイアス電圧は、前記複数の共振子のうち少なくとも1つの共振子において異なる振幅を有することを特徴とする請求項6に記載の振動波検出装置。
【請求項8】
前記バイアス印加手段は、前記複数の共振子を群に分けて、該群ごとに各群の共振子には共通の振幅と位相の交流バイアス電圧を加えることを特徴とする請求項6又は7に記載の振動波検出装置。
【請求項9】
前記出力合成手段で合成された前記複数の共振子それぞれに設けられた検出器の出力の合成出力から、上側波帯を濾波して抽出する濾波手段と、
前記濾波手段で抽出された上側波帯を直交相関検出してヒルベルト変換対の信号を出力する直交検波手段と、
を備えることを特徴とする請求項6乃至8のいずれか1項に記載の振動波検出装置。
【請求項10】
前記出力合成手段で合成された前記複数の共振子それぞれに設けられた検出器の出力の合成出力を、前記濾波手段に無線で伝送する無線伝送手段を備える、
ことを特徴とする請求項9に記載の振動波検出装置。
【請求項11】
前記検出器は、ピエゾ抵抗であることを特徴とする請求項6乃至10のいずれか1項に記載の振動波検出装置。
【請求項12】
前記検出器は、容量性の素子であることを特徴とする請求項6乃至10のいずれか1項に記載の振動波検出装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【公開番号】特開2007−303995(P2007−303995A)
【公開日】平成19年11月22日(2007.11.22)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−133802(P2006−133802)
【出願日】平成18年5月12日(2006.5.12)
【出願人】(504137912)国立大学法人 東京大学 (1,942)
【出願人】(000219967)東京エレクトロン株式会社 (5,184)
【Fターム(参考)】