説明

排気バルブ用耐熱鋼及びその製造方法

【課題】高い高温機械強度と良好な熱間加工性を有する排気バルブ用耐熱鋼及びその製造方法を提供する。
【解決手段】必須添加元素と任意に含まれ得る任意添加元素とを添加元素とする質量%で、0.50〜0.90%のC及び15.0〜25.0%のCrを含み、微細炭化物及び/又は微細炭窒化物を少なくとも結晶粒内に分散析出させた高窒素高Crオーステナイト鋼からなる排気バルブ用耐熱鋼である。必須添加元素をC、Cr、N、Mn、Ni及びPとして、任意添加元素をNb、Ti、Si、W、Mo、V、Co、B、Zr、Mg、Ca及びCuとし、所定の質量%を含有する。かかる排気バルブ用耐熱鋼は、鍛造工程と、1000〜1200℃の温度範囲で保持した後に油冷する固溶化熱処理工程と、700〜800℃の温度範囲で時効処理する工程とを経て製造される。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、自動車エンジン等の排気バルブに使用される排気バルブ用耐熱鋼及びその製造方法に関し、特に、高窒素高Crオーステナイト鋼からなる排気バルブ用耐熱鋼及びその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
自動車エンジン等の排気バルブ用の合金には、NCF751などのNi基合金が使用されてきた。かかるNi基合金はNiによる高い耐高温腐食性を呈し、またNi系金属間化合物からなる微細なγ’相粒子を母相中に析出させることで、高い高温機械強度をも達成し得る。
【0003】
ところで、近年、環境問題への配慮などからガソリンの無鉛化が進み、排気バルブにおいては硫化物系ガスなどの高温ガスに対する腐食の問題が大幅に軽減された。これに伴って、高価なNiの量を低減しつつ高温機械強度を確保した排気バルブ用合金鋼が数多く開発されてきた。例えば、特許文献1では、Ni量を30〜35%まで低減させたオーステナイト系耐熱鋼からなる排気バルブ用耐熱鋼が開示されている。しかしながら、Ni量を更に低減させようとすると、Ni系金属間化合物からなるγ’相粒子の析出量が著しく減少して、排気バルブ用耐熱鋼としての十分な高温機械強度を達成することはできないとされる。
【0004】
一方、比較的低い温度で燃焼する低出力エンジンで使用される排気バルブでは、高温機械強度に対する要求が低く、Ni量をより低減できて、Ni系金属間化合物からなる粒子の代わりに炭化物及び/又は炭窒化物粒子を析出させた、より安価なオーステナイト系耐熱鋼が使用され得る。例えば、特許文献2では、SUH35(21−4N)相当の重量%で、Niを数%程度に抑えて、約20%のCrと0.4%前後のNとを含み、炭化物及び/又は炭窒化物粒子を微細に析出させた高窒素高Crオーステナイト系耐熱鋼からなる排気バルブ用耐熱鋼が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開平9−279309号公報
【特許文献2】特開2001−323323号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
上記したようなオーステナイト系耐熱鋼においても、炭化物及び/又は炭窒化物の析出量を増加させると、より高い高温機械強度を得られる。一方でこのような高い高温機械強度を有するオーステナイト系耐熱鋼では、排気バルブの製造工程での鍛造加工のような熱間加工工程で割れが発生し易く、加工が困難になる場合も多い。
【0007】
本発明は、かかる状況に鑑みてなされたものであって、その目的とするところは、高い高温機械強度を有しつつ、良好な熱間加工性をも有する、高窒素高Crオーステナイト鋼からなる排気バルブ用耐熱鋼及びその製造方法の提供にある。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明による排気バルブ用耐熱鋼は、必須添加元素と任意に含まれ得る任意添加元素とを添加元素とする質量%で、0.50〜0.90%のC及び15.0〜25.0%のCrを含み、微細炭化物及び/又は微細炭窒化物を少なくとも結晶粒内に分散析出させた高窒素高Crオーステナイト鋼からなる排気バルブ用耐熱鋼であって、前記必須添加元素をC、Cr、N、Mn、Ni及びPとして、前記任意添加元素をNb、Ti、Si、W、Mo、V、Co、B、Zr、Mg、Ca及びCuとして、前記必須添加元素において、質量%で、Nを0.40〜0.60%の範囲内で0.90≦C+N≦1.3となるように含み、更に、Mnを6.0〜13.0%の範囲内、Niを4.0〜8.0%の範囲内、Pを0.03〜0.30%の範囲内で含み、前記任意添加元素において、質量%で、Nb及び/又はTiを少なくともそれぞれ1.0%を越えない範囲で、且つ、0.05≦Nb+Ti≦1.0を満たすように添加し、Siを1.6%以内、Wを8.0%以内、Moを6.0%以内、Vを1.0%以内、Coを5.0%以内、Bを0.03%以内、Zrを0.1%以内、Mgを0.01%以内、Caを0.01%以内、及び、Cuを5.0%以内で任意に含むことを特徴とする。
【0009】
かかる発明によれば、所定範囲内の組成の必須添加元素により、素地の強化を図るとともに、結晶粒界に析出する粗大な一次炭化物及び/又は炭窒化物の析出量を減じ、微細な二次炭化物及び/又は炭窒化物を主として結晶粒内に分散析出させ得るのである。故に、排気バルブの製造工程での鍛造加工のような熱間加工工程で割れを防止できるとともに、従来の炭化物及び/又は炭窒化物粒子を微細に析出させた高窒素高Crオーステナイト系耐熱鋼と比較しても高い高温機械強度を得られるのである。なお、上記した合金には組織及び機械的強度に大なる影響を与えない範囲の不可避的不純物が含まれ得る。
【0010】
上記発明において、Siを質量%で、0.5%以上添加したことを特徴としてもよい。すなわち、任意添加元素であるSiを前記した添加量の上限以下で少なくとも所定量以上添加することで、熱間加工性を損なうことなく、排気バルブ用耐熱鋼として必要とされる高温機械強度と耐酸化性を高めることができる。
【0011】
上記発明において、W及びMoをそれぞれ質量%で、0.01%以上及び0.01%以上で、且つ、3.0≦Mo+1/2W≦6.0を満たすように添加したことを特徴としてもよい。かかる発明によれば、熱間加工性を損なうことなく、排気バルブ用耐熱鋼として必要とされる高温機械強度をより高めることができる。
【0012】
上記発明において、Vを質量%で、0.05≦Nb+V+Ti≦1.0を満たすように添加したことを特徴としてもよい。かかる発明によれば、結晶粒の粗大化を防止できて、熱間加工性を損なうことなく、排気バルブ用耐熱鋼として必要とされる高温機械強度をより高めることができる。
【0013】
上記発明において、Coを質量%で、0.01%以上添加したことを特徴としてもよい。かかる発明によれば、熱間加工性を損なうことなく、主に素地を強化し、排気バルブ用耐熱鋼として必要とされる高温機械強度をより高めることができる。
【0014】
上記発明において、Bを質量%で、0.001%以上添加したことを特徴としてもよい。かかる発明によれば、熱間加工性を損なうことなく、主に粒界を強化して、排気バルブ用耐熱鋼として必要とされる高温機械強度をより高めることができる。
【0015】
上記発明において、Zrを質量%で、0.001%以上添加したことを特徴としてもよい。かかる発明によれば、熱間加工性を損なうことなく、主に粒界を強化して、排気バルブ用耐熱鋼として必要とされる高温機械強度をより高めることができる。
【0016】
上記発明において、Mgを質量%で、0.001%以上添加したことを特徴としてもよい。かかる発明によれば、溶製時に脱酸及び脱硫をより確実にできて、排気バルブ用耐熱鋼として必要とされる高温機械強度を損なうことなく、熱間加工性をより高めることができる。
【0017】
上記発明において、Caを質量%で、0.001%以上添加したことを特徴としてもよい。かかる発明によれば、溶製時に脱酸及び脱硫をより確実にできて、排気バルブ用耐熱鋼として必要とされる高温機械強度を損なうことなく、熱間加工性をより高めることができる。
【0018】
上記発明において、Cuを質量%で、0.1%以上添加したことを特徴としてもよい。かかる発明によれば、高温機械強度を損なうことなく、排気バルブ用耐熱鋼として必要とされる冷間加工性を高めることができる。
【0019】
上記した排気バルブ用耐熱鋼を用いた排気バルブの製造方法であって、鍛造工程と、1000〜1200℃の温度範囲で保持した後に油冷する固溶化熱処理工程と、700〜800℃の温度範囲で時効処理する工程とを含むことを特徴としてもよい。かかる発明によれば、結晶粒界に析出する粗大な一次炭化物及び/又は炭窒化物の析出量を減じることが出来るから、鍛造工程での割れを防止できる。また、微細な二次炭化物及び又は/炭窒化物を主として結晶粒内に分散析出させ得るから、従来の炭化物及び/又は炭窒化物粒子を微細に析出させた高窒素高Crオーステナイト系耐熱鋼と比較しても高い高温機械強度を得られる。
【図面の簡単な説明】
【0020】
【図1】本発明及び比較例についての組成を示す。
【図2】本発明及び比較例についての機械特性の一覧を示す。
【図3】比較例の合金の典型的な組織を示す。
【図4】実施例の合金の典型的な組織を示す。
【発明を実施するための形態】
【0021】
本願発明者においては、特定の固溶強化元素を特定範囲の添加量で添加して素地の固溶強化を図るとともに、特定の元素を特定範囲の添加量で添加して、従来の排気バルブ用耐熱鋼である炭化物及び/又は炭窒化物を析出させた高窒素高Crオーステナイト系耐熱鋼と比較して、結晶粒界に析出する一次炭化物及び/又は炭窒化物の量を所定量まで減じ、結晶粒内に微細な二次炭化物及び/又は炭窒化物を多く析出させ得ることを見いだして本発明に至った。すなわち、相互に影響を与え得る前者の固溶強化元素と後者の元素とのバランスをはかり、特徴的な組織を得られるようにしたことで、排気バルブとしての用途に対応した高い高温機械強度を有しつつも、製造工程における良好な熱間加工性をも与え得る排気バルブ用耐熱鋼を提供できるのである。
【0022】
以下に、その詳細について説明する。
【0023】
図1に示す各組成の合金について、高周波誘導炉にて50kgのインゴットをそれぞれ溶製した。かかるインゴットを1180℃で16時間保持し均質化熱処理した後に、φ18の丸棒に鍛造加工した。この丸棒を1050℃(一部においては、1150℃とした。詳細は後述する。)で30分間保持した後に、油冷し固溶化熱処理した。更に、丸棒を750℃で4時間保持した後に空冷して時効処理した。時効処理後の丸棒は、以下の各試験に対応した試験片形状に機械加工された。
【0024】
まず、室温(常温)における硬さ測定では、ロックウェル硬度計により、ロックウェル硬さCスケール(HRC)を求めた。また、800℃の高温における硬さ測定では、ビッカース硬度計により、測定荷重5kgでビッカース硬さ(Hv)を求めた。
【0025】
次に、引張強度測定では、平行部において径8mm、長さ90mmの丸棒試験片を用いて、室温及び800℃にてそれぞれ引張試験を行って、引張強度を求めた。
【0026】
以上の試験結果については、図2に示した。
【実施例】
【0027】
図1のNo.1〜12に示す、本発明による第1の実施例である排気バルブ用耐熱鋼の一連の合金組成は、0.4mass%のNを含む高窒素高Crオーステナイト鋼である21−4N(JIS SUH35)をもとに、0.50〜0.90%のC及び15.0〜25.0%のCrを含む高窒素高Crオーステナイト鋼において、C、Cr、N、Nb及びTiなどの炭化物及び/又は炭窒化物の生成に関わる元素、WやMoなどの固溶強化を与え得る元素、オーステナイト安定化元素であるMnやNiなどの組織を安定化させる元素などの組成量をモディファイしている。特に、結晶粒内に析出し得る二次炭化物の析出形態をPが大きく変化させ得ることを見いだし、その組成量を調整している。
【0028】
図3に示すように、従来の21−4N(JIS SUH35)のような高窒素高Crオーステナイト鋼では、多くの粗大化した炭化物、特にCr23のような炭化物が結晶粒界に沿って析出し、鍛造工程のような熱間加工時の粒界割れの原因となっていた。また、粒内には筋状に連なったストリンガー状のMC型炭化物が析出し、高温変形時において転移の堆積を生じさせることから、応力集中源となって降伏現象を引き起こし、高温機械強度の向上の妨げとなっていた。
【0029】
一方、図4に示すように、本発明の排気バルブ用耐熱鋼では、結晶粒界に沿った炭化物及び/又は炭窒化物の量及び大きさを抑制することができ得て、排気バルブ用耐熱鋼としての熱間加工時の粒界割れを低減できる。また、粒内に細かい粒状の炭化物、特に、MがCr、Nb及び/又はTiからなるMC型炭化物及び/又はMX型炭窒化物を数μm以下でしかも微細に分散析出させ得て、排気バルブ用耐熱鋼としての高温機械強度を高められ得るのである。
【0030】
例えば、図2に示すように、本発明による第1の実施例である排気バルブ用耐熱鋼の一連の合金組成を有する鋼では、少なくともインゴットからφ18の丸棒に鍛造加工しても鍛造割れを発生させることはなかった。つまり、良好な熱間加工性を与えるのである。また、800℃での高温硬さ試験では、いずれも190HV以上の値が得られ、更に、800℃での高温引張試験では370MPa以上の値が得られている。つまり、高い高温機械強度を有するのである。なお、従来鋼との比較については後述する。
【0031】
更に、図1のNo.13〜15に示す、本発明による第2の実施例である排気バルブ用耐熱鋼の一連の合金組成は、上記した第1の実施例である排気バルブ用耐熱鋼の一連の合金組成にVを添加した組成を有する。なお、VCからなるMC型炭化物は、その固溶に必要な温度が高いため、固溶化熱処理の温度を第1の実施例よりも100℃高い1150℃とした。
【0032】
この場合であっても、図4に示すように、結晶粒界に沿った炭化物及び/又は炭窒化物を抑制できて、更に粒内に細かい粒状の炭化物、特に、MがCr、V、Nb及び/又はTiからなるMC型炭化物及び/又はMX型炭窒化物を微細に分散析出させ得て、高温機械強度を高め得る。つまり、図2に示すように、少なくともインゴットからφ18の丸棒に鍛造加工しても鍛造割れを発生させることはなかった。つまり、良好な熱間加工性を与えるのである。また、800℃での高温硬さ試験では、いずれも190HV以上の値が得られ、更に、800℃での高温引張試験では370MPa以上の値が得られている。つまり、高い高温機械強度を有するのである。なお、Vの添加量のより少ないNo.15に比べて、より添加量の多いNo.13及び14で硬さ及び引張強度ともに高い値が得られた。
【0033】
更に、図1のNo.16及び17に示す、本発明による第3の実施例である排気バルブ用耐熱鋼の合金組成は、上記した第1の実施例である排気バルブ用耐熱鋼の合金組成にMg及び/又はCaを添加した組成を有する。
【0034】
更に、図1のNo.18及び19に示す、本発明による第4の実施例である排気バルブ用耐熱鋼の合金組成は、上記した第1の実施例である排気バルブ用耐熱鋼の合金組成にB及び/又はZrを添加した組成を有する。
【0035】
更に、図1のNo.20に示す、本発明による第5の実施例である排気バルブ用耐熱鋼の合金組成は、上記した第1の実施例である排気バルブ用耐熱鋼の合金組成にCoを添加した組成を有する。
【0036】
更に、図1のNo.21に示す、本発明による第6の実施例である排気バルブ用耐熱鋼の合金組成は、上記した第1の実施例である排気バルブ用耐熱鋼の合金組成にCuを添加した組成を有する。
【0037】
この図1のNo.16〜21の場合であっても、図4に示すように、結晶粒界に沿った炭化物及び/又は炭窒化物を抑制できて、粒内に細かい粒状の炭化物、特に、MがCr、V、Nb及び/又はTiからなるMC型炭化物及び/又はMX型炭窒化物を微細に分散析出させ得て、高温機械強度を高め得る。つまり、図2に示すように、少なくともインゴットからφ18の丸棒に鍛造加工しても鍛造割れを発生させることはなかった。つまり、良好な熱間加工性を与えるのである。また、800℃での高温硬さ試験では、いずれも190HV以上の値が得られ、更に、800℃での高温引張試験では370MPa以上の値が得られている。つまり、高い高温機械強度を有するのである。
【0038】
なお、図1のNo.101〜105には、比較例としての排気バルブ用耐熱鋼の一連の合金組成を示す。No.101に示す組成は、排気バルブ用鋼として代表的な0.4mass%のNを含む高窒素高Crオーステナイト鋼である21−4N(JIS SUH35)相当である。No.102に示す組成は、前記した21−4N相当の組成に、更にW及びNbを添加した組成であるが、上述した第1の実施例における合金組成に比べてSi量及びW量が少なく、Nb量が多い組成である。No.104に示す組成は、No.102に示す組成よりもSiを増量した組成であるが、Cが低めである。
【0039】
この場合、図3に示すような、多くの粗大化した炭化物及び/又は炭窒化物が結晶粒界に沿って析出し、粒内には筋状に連なったストリンガー状の炭化物が析出する。つまり、図2に示すように、例えば、No.103及び105では、インゴットからφ18の丸棒に鍛造加工したときに鍛造割れが発生してしまった。同様に、No.102では、同様の鍛造加工時に表面に割れが発生してしまった。つまり、熱間加工性について少なくとも上記した実施例の鋼に対して劣ることが判る。また、800℃での高温硬さ試験では、いずれの比較例においても実施例よりも大幅に硬度が低い。同様に800℃での高温引張試験でも、いずれの比較例においても実施例よりも大幅に機械強度が低い。
【0040】
なお、上記した実施例及び比較例から本発明による排気バルブ用耐熱鋼の合金組成の各成分範囲を求める指針は以下の如きである。
【0041】
Cは、オーステナイト安定化元素であって、オーステナイト組織を安定化させるとともに、鋼の脆化の原因となるσ相やラーベス相の生成を抑制し、素地を強化する。また、Nb、V及びTiと優先的に結合しMC型炭化物を生成して、固溶化熱処理における結晶粒の粗大化を抑制し、結果として機械強度を向上させ得る。さらにMC型炭化物は硬化相として働いて耐摩耗性を向上させ得る。特に、Crとは、Cr23炭化物を生成して機械強度を向上させ得る。その一方で、過剰に添加すると、炭化物が過剰に生成して排気バルブ用耐熱鋼として必要とされる加工性を低下させてしまう。故に、Cは質量%で、0.50〜0.90%の範囲内とした。
【0042】
Nは、オーステナイト安定化元素であって、オーステナイト組織を安定化させる。また、Nは、侵入型の固溶強化元素であって、素地の固溶強化を与え、MoやWなどの置換型固溶強化元素ととともに複合的に働いて、機械強度を高め得る。故に、Nは質量%で、0.40〜0.60%の範囲内とした。
【0043】
なお、C及びNは、上記したように、強力なオーステナイト生成元素であって素地の強化を与え、NiやMnの代替元素となる。特にこれら安価な元素により比較的高価なNiを代替できることは、コスト低減に有効である。ここで、Nは、MC型炭化物のCサイトに置換してMX型の窒化物を形成し、C及びNは相互補完の関係にある。故に、C及びNの総量を規定することができて、0.90≦C+N≦1.30%とできる。
【0044】
Crは、合金表面にCrの酸化保護被膜を形成して排気バルブ用途としての耐食性及び耐酸化性を大幅に向上させ得る。また、Cと結びついて、Cr23炭化物を生成して機械強度を向上させ得る。その一方で、フェライト安定化元素であって、オーステナイト組織を不安定化させ得るとともに、脆化相であるσ相やラーベス相の生成を促進させたり、排気バルブ用耐熱鋼として必要とされる熱間加工性及び機械強度を低下させ得る。故に、Crは質量%で、15.0〜25.0%の範囲とし、好ましくは17.0〜23.5%の範囲内とできる。
【0045】
更に、高窒素高Crオーステナイト鋼において、任意添加元素をNb、Ti、Si、W、Mo、V、Co、B、Zr、Mg、Ca及びCuとして、これらについて以下の指針で合金組成に添加できる。
【0046】
Siは、溶製時の脱酸材であって、高温度での耐酸化性を与え得る。また、固溶強化元素として素地の固溶強化を与える。一方で、過剰な添加は機械強度を低下させ、排気バルブ用鋼では特に問題となる耐鉛腐食性を低下させる。なお、後者については、無鉛ガソリンにおける耐鉛腐食性の必要性が低減していることから、前者の機械強度の低下との関係で添加量が決定されるべきである。故に、Siは質量%で、0.5〜1.6%の範囲とし、好ましくは0.6〜1.6%の範囲内である。
【0047】
Mn及びNiはオーステナイト安定化元素であって、オーステナイト組織を安定化させ素地の強化を図り得る。また、Mnは高価なNiの代替元素として働き、Nの溶解度を高める効果を有する。故に、質量%で、Niは4.0〜8.0%、Mnは6.0〜13.0%の範囲とし、好ましくはNi:4.5〜7.5%、Mn:7.0〜11.0%の範囲内である。
【0048】
Mo及びWは母相であるオーステナイト相に対する固溶強化元素であって、素地の強化を与える。また、高温機械強度の向上を与える。一方で、過剰に添加すると、高温における変形抵抗を増大させ、また脆化相であるσ相やラーベス相の生成を促進させることから、熱間加工性を低下させてしまう。故に、質量%で、Moは1.0〜6.0%、Wは1.0〜8.0%以下の範囲とし、Mo及びWの上記効果に対する寄与の差から、Mo+1/2Wを3.0〜6.0%とする。好ましくは、Moは1.5〜5.5%、Wは1.0〜7.5%以下の範囲内である。
【0049】
Nb及びTiは、Cと結合してMC型炭化物を生成する。微細なMC型炭化物を分散して析出させることにより、固溶化熱処理中の結晶粒の粗大化を抑制し、更に排気バルブ用耐熱鋼として必要とされる高温機械強度を向上させ得る。しかし、過剰の添加はフェライトの生成を促進し、粗大炭化物を生成させ得ることから、逆に排気バルブ用耐熱鋼として必要とされる熱間加工性を低下させ得る。故に、Nb及びTiはそれぞれ質量%で、1.0%以下の範囲とし、更に双方の上記した効果に対する寄与から、0.05%≦Nb+Ti≦1.0%とし、好ましくは0.1%≦Nb≦0.9%、0.15%≦Ti≦0.8%である。
【0050】
Pは、上記したような炭化物及び/又は炭窒化物の特徴的な組織を形成させ得る。特に炭化物及び/又は炭窒化物の微細化を促進して、排気バルブ用耐熱鋼として必要とされる高温機械強度の向上を与える。しかし、過剰の添加は合金の融点を著しく下げて、排気バルブ用耐熱鋼として必要とされる高温機械強度及び熱間加工性を低下させ得て、耐酸化性をも低下させ得る。故に、Pは質量%で、0.03〜0.30%の範囲内とし、好ましくは0.04〜0.25%の範囲内である。
【0051】
Vは、Cと結合してMC型炭化物を生成し、固溶化熱処理中の結晶粒の粗大化を抑制し得る。特にNb及び/又はTiと複合的に添加することで排気バルブ用耐熱鋼として必要とされる高温機械強度を向上させ得る。しかし、過剰の添加はフェライト生成を促進し素地の安定性を低減させてしまう。また、MC炭化物の生成量が多くなりすぎると、MC型炭化物、特にM23型炭化物の析出量が減少して排気バルブ用耐熱鋼として必要とされる高温機械強度を低下させ得る。故に、Vは質量%で、1.0%以下とし、好ましくは、0.85%以下である。更に、Nb、V及びTiの上記した効果に対する寄与から、0.05%≦Nb+V+Ti≦1.0%である。
【0052】
Coはオーステナイト安定化元素であって、オーステナイト組織を安定化させるとともに、Niの代替元素として置換され得る。しかし、多量の添加はコスト高となるため、Coは質量%で、5%以下とした。
【0053】
B及びZrは結晶粒界に偏析して粒界を強化する。かかる効果はそれぞれの含有量が0.001%以上で得られる。但し、Bは0.03%、Zrは0.1%を越えて含有させると排気バルブ用耐熱鋼として必要とされる熱間加工性が悪化する。故に、Bは質量%で、0.001〜0.03%、Zrは0.001〜0.1%とした。
【0054】
Mg及びCaは合金の溶製時に脱酸剤及び脱硫剤として働き、排気バルブ用耐熱鋼として必要とされる熱間加工性の向上に寄与する。かかる効果は0.001%という極微量の添加でも認められるが、一方で、0.01%を越えると排気バルブ用耐熱鋼として必要とされる加工性が損なわれる。故に、質量%で、0.001%≦Mg+Ca≦0.01%の範囲内である。
【0055】
Cuはオーステナイト中に固溶し積層欠陥エネルギーを高め加工硬化を抑制し、排気バルブ鋼として必要とされる加工時の冷間加工性を向上させ得る。また、Cuは合金表面の酸化皮膜の密着性を高め、排気バルブ用途としての耐酸化性を向上させ得る。かかる効果は含有量が0.1%以下ではほとんど得られず、5%を越えて添加しても耐酸化性はほとんど変化しなくなる。故に、Cuは質量%で、0.1〜5.0%の範囲内である。
【0056】
以上、本実施例においては、特定の固溶強化元素を特定範囲の添加量で添加して素地の固溶強化を図るとともに、特定の元素を特定範囲の添加量で添加して、従来の排気バルブ用耐熱鋼である炭化物及び/又は炭窒化物を析出させた高窒素高Crオーステナイト系耐熱鋼と比較して、結晶粒界に析出する一次炭化物及び/又は炭窒化物の量を所定量まで減じるとともに、結晶粒内に微細な二次炭化物及び/又は炭窒化物を多く析出させている。すなわち、相互に影響を与え得る前者の固溶強化元素と後者の元素とのバランスをはかり、特徴的な組織を得られるようにしたことで、排気バルブとしての用途に対応した高い高温機械強度を有しつつも、製造工程における良好な熱間加工性をも与え得る排気バルブ用耐熱鋼を提供できるのである。
【0057】
ここまで本発明による代表的実施例及びこれに基づく変形例を説明したが、本発明は必ずしもこれらに限定されるものではなく、当業者であれば、添付した特許請求の範囲を逸脱することなく種々の代替実施例及び改変例を見出すことができるであろう。例えば、必須添加元素の量は本発明による鋼の典型的組織及び機械特性を損なうことなく、所定の範囲内で変更され得るとともに、任意添加元素の量についても、その添加の有無を含めて、本発明による鋼の典型的組織及び機械特性を損なうことなく変更され得る。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
必須添加元素と任意に含まれ得る任意添加元素とを添加元素とする質量%で、0.50〜0.90%のC及び15.0〜25.0%のCrを含み、微細炭化物及び/又は微細炭窒化物を少なくとも結晶粒内に分散析出させた高窒素高Crオーステナイト鋼からなる排気バルブ用耐熱鋼であって、
前記必須添加元素をC、Cr、N、Mn、Ni及びPとして、
前記任意添加元素をNb、Ti、Si、W、Mo、V、Co、B、Zr、Mg、Ca及びCuとして、
前記必須添加元素において、質量%で、
Nを0.40〜0.60%の範囲内で0.90≦C+N≦1.3
となるように含み、更に、
Mnを6.0〜13.0%の範囲内、
Niを4.0〜8.0%の範囲内、
Pを0.03〜0.30%の範囲内で含み、
前記任意添加元素において、質量%で、
Nb及び/又はTiを少なくともそれぞれ1.0%を越えない範囲で、且つ、0.05≦Nb+Ti≦1.0を満たすように添加し、
Siを1.6%以内、
Wを8.0%以内、
Moを6.0%以内、
Vを1.0%以内、
Coを5.0%以内、
Bを0.03%以内、
Zrを0.1%以内、
Mgを0.01%以内、
Caを0.01%以内、及び、
Cuを5.0%以内で任意に含むことを特徴とする排気バルブ用耐熱鋼。
【請求項2】
Siを質量%で、0.5%以上添加したことを特徴とする請求項1記載の排気バルブ用耐熱鋼。
【請求項3】
W及びMoをそれぞれ質量%で、0.01%以上及び0.01%以上で、且つ、3.0≦Mo+1/2W≦6.0を満たすように添加したことを特徴とする請求項1又は2に記載の排気バルブ用耐熱鋼。
【請求項4】
Vを質量%で、0.05≦Nb+V+Ti≦1.0を満たすように添加したことを特徴とする請求項1乃至3のうちの1に記載の排気バルブ用耐熱鋼。
【請求項5】
Coを質量%で、0.01%以上添加したことを特徴とする請求項1乃至4のうちの1つに記載の排気バルブ用耐熱鋼。
【請求項6】
Bを質量%で、0.001%以上添加したことを特徴とする請求項1乃至5のうちの1つに記載の排気バルブ用耐熱鋼。
【請求項7】
Zrを質量%で、0.001%以上添加したことを特徴とする請求項1乃至6のうちの1つに記載の排気バルブ用耐熱鋼。
【請求項8】
Mgを質量%で、0.001%以上添加したことを特徴とする請求項1乃至7のうちの1つに記載の排気バルブ用耐熱鋼。
【請求項9】
Caを質量%で、0.001%以上添加したことを特徴とする請求項1乃至8のうちの1つに記載の排気バルブ用耐熱鋼。
【請求項10】
Cuを質量%で、0.1%以上添加したことを特徴とする請求項1乃至9のうちの1つに記載の排気バルブ用耐熱鋼。
【請求項11】
請求項1乃至10に記載の排気バルブ用耐熱鋼を用いた排気バルブの製造方法であって、鍛造工程と、1000〜1200℃の温度範囲で保持した後に油冷する固溶化熱処理工程と、700〜800℃の温度範囲で時効処理する工程とを含むことを特徴とする排気バルブ用耐熱鋼の製造方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【公開番号】特開2010−280950(P2010−280950A)
【公開日】平成22年12月16日(2010.12.16)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−135020(P2009−135020)
【出願日】平成21年6月4日(2009.6.4)
【出願人】(000003713)大同特殊鋼株式会社 (916)
【出願人】(000005326)本田技研工業株式会社 (23,863)
【Fターム(参考)】