説明

摩擦材及びその製造方法

【課題】摩擦材において、強度低下を起こすことなく超高耐熱性を維持しつつ優れた初期特性と高いμ−V正勾配性を得ることができること。
【解決手段】基材繊維と充填材とを抄造して抄紙体を得て(S10)、この抄紙体に熱硬化性樹脂を含浸し(S11)、摩擦表面の温度を低くし反摩擦表面の温度を高くして乾燥する(S12)。摩擦材中の樹脂は、高温部へ移動して乾燥していく溶剤に引きずられて低温部から高温部へ移動するため、厚み方向の樹脂量の分布が反摩擦表面付近において最も高く、摩擦表面付近において最も低くなる。熱硬化性樹脂を加熱硬化させた(S13)後、研磨材によって摩擦表面の樹脂のみの部分を約10μm±5μmの極表層部だけ研磨することによって除去する(S14)。こうして得られた摩擦材1は、摩擦表面付近の樹脂濃度が低いだけでなく樹脂の影響を低減することができるため、優れたμ−V正勾配性を得ることができる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、自動車等の自動変速機やオートバイ等の変速機等に用いられる複数または単数の摩擦板を設けた摩擦材係合装置用の摩擦材及びその製造方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
潤滑油中で使用される多板形クラッチ等の湿式摩擦係合装置において、湿式摩擦プレートの湿式摩擦材としては、燒結合金系、カーボン系、あるいはコルク系等の湿式摩擦材も知られているが、「ペーパー摩擦材」とも呼ばれるペーパー系湿式摩擦材が一般的に用いられている。
【0003】
この湿式摩擦材は、パルプやアラミド繊維等の基材繊維と摩擦調整剤や体質充填材等の充填材とを抄造して得た抄紙体に、熱硬化性樹脂からなる樹脂結合剤を含浸し、加熱硬化して形成したものであり、軽量で安価であるだけでなく、材質が多孔質で比較的弾性にも富むため油吸収性が高く、しかも、耐熱性、耐摩耗性等にも比較的優れている等の特長を有している。
【0004】
ここで、摩擦材の摩擦表面付近の樹脂の存在は、摩擦材の耐熱性(特に、耐ヒートスポット性)を決定する要因の一つであり、摩擦表面付近の樹脂量が多いと摩擦材が硬くなり耐熱性が低下するため、摩擦表面付近の樹脂量は少ないことが望ましいと考えられているが、摩擦表面付近の樹脂量を減らすため摩擦材中の樹脂量を減らせば摩擦材としての強度を維持することができなくなるため、必要最小限の樹脂を配合することにより、耐熱性と強度のバランスを確保している。しかし近年、摩擦材には、さらなる超高耐熱性が要求されている。
【0005】
そこで、特許文献1においては、摩擦材の摩擦表面付近の樹脂量を摩擦材の厚み方向の樹脂量分布において樹脂量が最も高い部分よりも低くすることによって、強度低下を起こすことなく低コストで超高耐熱性を有する摩擦材とその製造方法の発明について開示されている。
【0006】
また、特許文献2には、摩擦表面を摺動時の圧力及び摩擦熱により処理する平坦面と、その平坦面上に形成された複数個の溝と、その平坦面とその溝の側面との間に形成された研磨角部とからなる研磨面のみを用いて研磨することを特徴とする湿式摩擦部材の初期ならし方法の特許発明について開示されている。かかる初期ならし方法によって、従来の初期ならし装置を用いる場合に比較して短時間かつ低コストで湿式摩擦部材の初期ならしを行うことができる。
【特許文献1】特開2004−205036号公報
【特許文献2】特許第3658168号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
しかしながら、摩擦材には超高耐熱性と同時に良好な摩擦特性(μ−V正勾配性、初期特性、等)が要求される。上記特許文献1に記載の摩擦材においてもある程度良好な摩擦特性が得られるが、さらに高いμ−V正勾配性が要求されている。また、上記特許文献2に記載の特許発明は、初期特性を安定させるものではあるが、高いμ−V正勾配性が得られるといった効果は期待できない。
【0008】
そこで、本発明は、強度低下を起こすことなく超高耐熱性を維持しつつ優れた初期特性と高いμ−V正勾配性を得ることができる摩擦材及びその製造方法を提供することを課題とするものである。
【課題を解決するための手段】
【0009】
請求項1の発明にかかる摩擦材は、摩擦材の摩擦表面側から反摩擦面側までの厚み方向の樹脂量の分布は摩擦表面付近が前記厚み方向の最も高い樹脂量の部分よりも低く形成され、空気中で前記摩擦表面の極表層部が研磨されてなるものである。
【0010】
ここで、「空気中で」とは、上記特許文献2に記載の特許発明のように液体(潤滑油)中で研磨するのではなく、ドライの状態で研磨することを意味する。また、「極表層部」とは摩擦表面の極めて薄い表層の部分を意味するものであり、数値的には摩擦表面から数μm〜数十μmの範囲内である。
【0011】
請求項2の発明にかかる摩擦材は、請求項1の構成において、前記摩擦材の樹脂量は摩擦表面側と反摩擦面側とで摩擦表面側が5%以上低くされているものである。
【0012】
請求項3の発明にかかる摩擦材は、請求項1の構成において、前記摩擦材の樹脂量は摩擦表面側と摩擦材内部とで摩擦表面側が5%以上低くされているものである。
【0013】
請求項4の発明にかかる摩擦材は、請求項1乃至請求項3のいずれか1つの構成において、前記摩擦材の樹脂量の分布は連続的に変化させたものである。
【0014】
請求項5の発明にかかる摩擦材は、請求項1乃至請求項3のいずれか1つの構成において、前記摩擦材の樹脂量の分布は不連続的に変化させたものである。
【0015】
請求項6の発明にかかる摩擦材の製造方法は、摩擦材の摩擦表面側から反摩擦面側までの厚み方向の樹脂量の分布を摩擦表面付近が前記厚み方向の最も高い樹脂量の部分よりも低くなるように形成する工程と、空気中で前記摩擦表面の極表層部を表面研磨する工程とを具備するものである。
【0016】
請求項7の発明にかかる摩擦材の製造方法は、請求項6の構成において、前記摩擦材の摩擦表面側から反摩擦面側までの厚み方向の樹脂量の分布を摩擦表面付近が前記厚み方向の最も高い樹脂量の部分よりも低くなるように形成する工程は、前記摩擦材を乾燥する際に一方の表面の温度を低くし及び/またはもう一方の表面の温度を高くする工程を含むものである。
【0017】
請求項8の発明にかかる摩擦材の製造方法は、請求項6の構成において、前記摩擦材の摩擦表面側から反摩擦面側までの厚み方向の樹脂量の分布を摩擦表面付近が前記厚み方向の最も高い樹脂量の部分よりも低くなるように形成する工程は、前記摩擦材を乾燥する際に、2枚の摩擦材の摩擦表面同士を重ね合わせたまま乾燥した後、別々にしてまたは重ね合わせたまま高温で硬化させる工程を含むものである。
【0018】
請求項9の発明にかかる摩擦材の製造方法は、請求項6の構成において、前記摩擦材の摩擦表面側から反摩擦面側までの厚み方向の樹脂量の分布を摩擦表面付近が前記厚み方向の最も高い樹脂量の部分よりも低くなるように形成する工程は、2枚以上の樹脂量を異にする摩擦材を形成し、少なくとも、それらの1以上の樹脂量を異にする摩擦材の乾燥完了前に重ね合わせて一体化する工程を含むものである。
【0019】
請求項10の発明にかかる摩擦材の製造方法は、請求項6の構成において、前記摩擦材の摩擦表面側から反摩擦面側までの厚み方向の樹脂量の分布を摩擦表面付近が前記厚み方向の最も高い樹脂量の部分よりも低くなるように形成する工程は、前記摩擦材の一方の面に樹脂を追加含浸させた後に摩擦材を乾燥する際に前記摩擦材の樹脂を追加含浸させた側を外側として、その厚み方向に遠心力を付与しながら、所定の温度条件で乾燥させる工程を含むものである。
【0020】
請求項11の発明にかかる摩擦材の製造方法は、請求項6乃至請求項10のいずれか1つの構成において、前記摩擦表面を空気中で極表層部を表面研磨する工程は、前記摩擦材の摩擦表面側から反摩擦面側までの厚み方向の樹脂量の分布を摩擦表面付近が前記厚み方向の最も高い樹脂量の部分よりも低くなるように形成する工程の後に、前記摩擦材の摩擦表面を10μm±5μmだけ研磨する工程であるものである。
【発明の効果】
【0021】
請求項1の発明にかかる摩擦材は、摩擦材の摩擦表面側から反摩擦面側までの厚み方向の樹脂量の分布は摩擦表面付近が厚み方向の最も高い樹脂量の部分よりも低く形成され、空気中で摩擦表面の極表層部が研磨されてなる。ここで、極表層部とは摩擦表面の極めて薄い表層の部分を意味し、具体的な深さとしては摩擦表面から数μm〜数十μmの範囲内である。
【0022】
高いμ−V正勾配性を得るための手法として、摩擦材表層部の柔軟性の向上や、摩擦材に含まれている樹脂の影響を抑制することが有効である。したがって、このように摩擦表面付近の樹脂量を低くするとともに、摩擦表面の極表層部の樹脂のみの部分を研磨して除去することによって、摩擦表面付近の樹脂濃度が低下して柔軟性が向上するとともに樹脂の影響が減るために摩擦特性が向上して、超高耐熱性を維持しながら優れた初期特性と高いμ−V正勾配性を得ることができる。
【0023】
このようにして、強度低下を起こすことなく超高耐熱性を維持しつつ優れた初期特性と高いμ−V正勾配性を得ることができる摩擦材となる。
【0024】
請求項2の発明にかかる摩擦材においては、摩擦材の樹脂量は摩擦表面側と反摩擦面側とで摩擦表面側が5%以上低くされている。したがって、請求項1に記載の効果に加えて、摩擦表面付近の樹脂量が反摩擦表面付近よりも低くなっているため、耐熱性、耐ヒートスポット性が格段に向上し、超高耐熱性の摩擦材となる。しかも、摩擦材の厚み方向の樹脂量の分布は摩擦材の乾燥工程で決定することができるから、強度低下を起こすことなく、低コストで超高耐熱性の摩擦材とすることができる。
【0025】
請求項3の発明にかかる摩擦材においては、摩擦材の樹脂量は摩擦表面側と摩擦材内部とで摩擦表面側が5%以上低くされている。したがって、請求項1に記載の効果に加えて、摩擦表面付近の樹脂量が摩擦材内部よりも低くなっているため、耐熱性、耐ヒートスポット性が格段に向上し、超高耐熱性の摩擦材となる。しかも、摩擦材の厚み方向の樹脂量の分布は摩擦材の乾燥工程で決定することができるから、強度低下を起こすことなく、低コストで超高耐熱性の摩擦材とすることができる。
【0026】
請求項4の発明にかかる摩擦材においては、摩擦材の樹脂量の分布は連続的に変化させたものである。したがって、請求項1乃至請求項3のいずれか1つに記載の効果に加えて、摩擦材の樹脂量の分布を連続的に変化させたことにより、耐熱性、耐ヒートスポット性が格段に向上し、超高耐熱性の摩擦材となる。しかも、摩擦材の厚み方向の樹脂量の分布は摩擦材の乾燥工程で決定でき、強度低下を起こすことなく、低コストで超高耐熱性を持たせることができる。また、摩擦材の樹脂量の分布が連続的に変化するから、特定の部分に機械的ストレスが集中して加わることがない。
【0027】
請求項5の発明にかかる摩擦材においては、摩擦材の樹脂量の分布は不連続的に変化させたものである。したがって、請求項1乃至請求項3のいずれか1つに記載の効果に加えて、摩擦材の樹脂量の分布を不連続的に変化させたことにより、摩擦材の厚み方向の樹脂量の分布は重ね合わせによって決定でき、任意の低コストで、耐熱性、耐ヒートスポット性が格段に向上し、超高耐熱性の摩擦材となる。
【0028】
請求項6の発明にかかる摩擦材の製造方法は、摩擦材の摩擦表面側から反摩擦面側までの厚み方向の樹脂量の分布を摩擦表面付近が厚み方向の最も高い樹脂量の部分よりも低くなるように形成する工程と、空気中で摩擦表面の極表層部を表面研磨する工程とを具備する。
【0029】
高いμ−V正勾配性を得るための手法として、摩擦材表層部の柔軟性の向上や、摩擦材に含まれている樹脂の影響を抑制することが有効である。したがって、このように摩擦表面付近の樹脂量が低くなるように形成するとともに、摩擦表面の極表層部の樹脂のみの部分を表面研磨して除去することによって、摩擦表面付近の樹脂濃度が低下して柔軟性が向上するとともに樹脂の影響が減るために摩擦特性が向上して、超高耐熱性を維持しながら優れた初期特性と高いμ−V正勾配性が得られる摩擦材を製造することができる。
【0030】
このようにして、強度低下を起こすことなく超高耐熱性を維持しつつ優れた初期特性と高いμ−V正勾配性を得ることができる摩擦材の製造方法となる。
【0031】
請求項7の発明にかかる摩擦材の製造方法は、摩擦材の摩擦表面側から反摩擦面側までの厚み方向の樹脂量の分布を摩擦表面付近が厚み方向の最も高い樹脂量の部分よりも低くなるように形成する工程は、摩擦材を乾燥する際に一方の表面の温度を低くし及び/またはもう一方の表面の温度を高くする工程を含む。
【0032】
このように摩擦材の両面に高低の温度差を付けることによって、請求項6に記載の効果に加えて、摩擦材中の樹脂は高温部へ移動して乾燥していく溶剤に引きずられて低温部から高温部へ移動する性質を有するため、厚み方向の樹脂量の分布が一方の表面付近において最も低くなり、超高耐熱性の摩擦材を製造することができる。
【0033】
請求項8の発明にかかる摩擦材の製造方法は、摩擦材の摩擦表面側から反摩擦面側までの厚み方向の樹脂量の分布を摩擦表面付近が厚み方向の最も高い樹脂量の部分よりも低くなるように形成する工程は、摩擦材を乾燥する際に、2枚の摩擦材の摩擦表面同士を重ね合わせたまま乾燥した後、別々にしてまたは重ね合わせたまま高温で硬化させる工程を含む。
【0034】
したがって、請求項6に記載の効果に加えて、突き合わされた摩擦表面からは乾燥は起こらず、外側になった反摩擦表面から溶剤が乾燥していくため、摩擦材中の樹脂も引きずられて移動し、厚み方向の樹脂量の分布が反摩擦表面付近において最も高く、摩擦表面付近において最も低くなり、超高耐熱性の摩擦材を製造することができる。
【0035】
請求項9の発明にかかる摩擦材の製造方法は、摩擦材の摩擦表面側から反摩擦面側までの厚み方向の樹脂量の分布を摩擦表面付近が厚み方向の最も高い樹脂量の部分よりも低くなるように形成する工程は、2枚以上の樹脂量を異にする摩擦材を形成し、少なくとも、それらの1以上の樹脂量を異にする摩擦材の乾燥完了前に重ね合わせて一体化する工程を含む。
【0036】
したがって、請求項6に記載の効果に加えて、任意の樹脂量の適当に乾燥した摩擦材を複数形成し、それらを合わせて、厚み方向の樹脂量の分布が反摩擦表面付近において最も高く、摩擦表面付近において最も低く構成するものであるから、超高耐熱性の摩擦材を製造することができる。
【0037】
請求項10の発明にかかる摩擦材の製造方法は、摩擦材の摩擦表面側から反摩擦面側までの厚み方向の樹脂量の分布を摩擦表面付近が厚み方向の最も高い樹脂量の部分よりも低くなるように形成する工程は、摩擦材の一方の面に樹脂を追加含浸させた後に摩擦材を乾燥する際に摩擦材の樹脂を追加含浸させた側を外側として、その厚み方向に遠心力を付与しながら、所定の温度条件で乾燥させる工程を含む。
【0038】
したがって、請求項6に記載の効果に加えて、摩擦材の樹脂を追加含浸させた側の摩擦表面側から反摩擦面側までの厚み方向の樹脂量の分布を、遠心力を利用して摩擦表面付近が厚み方向の最も高い樹脂量の部分よりも低く形成することができる。
【0039】
請求項11の発明にかかる摩擦材の製造方法においては、空気中で摩擦表面の極表層部を表面研磨する工程は、摩擦材の摩擦表面側から反摩擦面側までの厚み方向の樹脂量の分布を摩擦表面付近が厚み方向の最も高い樹脂量の部分よりも低くなるように形成する工程の後に、摩擦材の摩擦表面を10μm±5μmだけ研磨する工程である。
【0040】
本発明者らが鋭意実験研究を積み重ねた結果、摩擦材の摩擦表面において樹脂のみが存在する厚さは10μm±5μmであり、摩擦材の摩擦表面を10μm±5μmだけ研磨することによって樹脂の影響を顕著に抑えられることを見出し、この知見に基いて本発明を完成したものである。
【0041】
このようにして、強度低下を起こすことなく超高耐熱性を維持しつつ高いμ−V正勾配性を得ることができる摩擦材の製造方法となる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0042】
以下、本発明の実施の形態について、図1乃至図5を参照して説明する。
【0043】
図1は本発明の実施の形態にかかる摩擦材の製造方法の概略を示すフローチャートである。図2は本発明の実施の形態にかかる摩擦材の実施例1について、異なる面圧において摩擦特性を測定した結果のμ−V正勾配性を、比較例と比較して示す図である。図3は本発明の実施の形態にかかる摩擦材の実施例2について、異なる面圧において摩擦特性を測定した結果のμ−V正勾配性を、比較例と比較して示す図である。図4は本発明の実施の形態にかかる摩擦材の摩擦特性向上のメカニズムを示す模式図である。図5は本発明の実施の形態にかかる摩擦材における処理の面圧に対する寄与率を示す図である。
【0044】
まず、本実施の形態にかかる摩擦材の製造方法について、図1を参照して説明する。
【0045】
図1に示されるように、本実施の形態の摩擦材1は樹脂含浸タイプのペーパー系湿式摩擦材であって、まず基材繊維(パルプやアラミド繊維等)と充填材(摩擦調整剤や体質充填材等)とを抄造して抄紙体を得る(ステップS10)。次に、この抄紙体に熱硬化性樹脂を含浸する(ステップS11)が、本実施の形態においては熱硬化性樹脂としてフェノール樹脂を用いている。
【0046】
続いて、摩擦表面の温度を低くし、反摩擦表面の温度を高くして乾燥する(ステップS12)。摩擦材中の樹脂は、高温部へ移動して乾燥していく溶剤に引きずられて低温部から高温部へ移動する性質を有するため、厚み方向の樹脂量の分布が反摩擦表面付近において最も高く、摩擦表面付近において最も低くなる。以下、このステップS12におけるような、厚み方向の樹脂量の分布を摩擦表面付近において低くなるようにする処理を「マイグレーション」と呼ぶ。
【0047】
次に、摩擦材全体をさらに高温に加熱して熱硬化性樹脂を加熱硬化させた(ステップS13)後、研磨材によって摩擦表面を研磨する(ステップS14)。本実施の形態においては、この表面研磨工程は、摩擦表面を約10μm±5μmの極表層部だけ研磨するものである。この理由は、摩擦表面付近において熱硬化性樹脂のみが存在する部分は摩擦表面の約10μm±5μmの極表層部だけであり、この部分のみを研磨して除去するだけで樹脂の影響を著しく低減できるためである。このようにして、本実施の形態にかかる摩擦材1が製造される。
【0048】
ここで、ステップS12のマイグレーションの方法としては、他にも種々の方法があり、例えば、2枚の摩擦材の摩擦表面同士を重ね合わせたまま24時間以上自然乾燥した後、別々にしてまたは重ね合わせたまま高温で硬化させることによっても製造することができる。この場合も、突き合わされた摩擦表面からは乾燥は起こらず、外側になった反摩擦表面から溶剤が乾燥していくため、厚み方向の樹脂量の分布が反摩擦表面付近において最も高く、摩擦表面付近において最も低くなる。
【0049】
摩擦表面付近の樹脂量を少なくする方法は、これら2つの方法に限らず、他にも減圧,加圧,遠心分離,スプレー,リッピング,ローラー等の片面塗布等、種々の方法によることができる。また、本実施の形態においては樹脂含浸タイプの摩擦材を例に挙げて説明したが、本発明の摩擦材は樹脂含浸タイプに限られず、樹脂積層タイプを始めとして樹脂を成分として含むものであればどのような摩擦材にも適用される。
【0050】
次に、このようにして製造した本実施の形態にかかる摩擦材1の摩擦特性(μ−V特性)を、LVFAテスターを用いて測定した。本実施の形態にかかる摩擦材1としては、全体として比較的高樹脂率・高密度の実施例1と、比較的低樹脂率・低密度の実施例2との二種類の実施品を製造して摩擦特性を測定した。
【0051】
比較のために、実施例1と同じ高樹脂率・高密度でマイグレーションも表面研磨も行わなかった比較例1、マイグレーションは行わず表面研磨のみを行なった比較例2、マイグレーションは行ったが表面研磨は行わなかった比較例3、及び実施例2と同じ低樹脂率・低密度でマイグレーションも表面研磨も行わなかった比較例4、マイグレーションは行わず表面研磨のみを行なった比較例5、マイグレーションは行ったが表面研磨は行わなかった比較例6、の六種類の摩擦材をも製造して、摩擦特性を測定した。
【0052】
測定条件は、摩擦材寸法が外径130mm,内径110mm、潤滑油ATF、潤滑油量500ml/min、油温40℃,80℃,120℃、摩擦回転数0rpm→400rpm→0rpm、面圧0.4MPa,1.0MPa,1.4MPaで行った。
【0053】
まず、実施例1,比較例1,比較例2,比較例3の油温40℃の場合の測定結果について、図2を参照して説明する。なお、「勾配量」として、摩擦回転数400rpmの時のμの値から摩擦回転数50rpmの時のμの値を差し引いた値を示した。
【0054】
図2に示されるように、マイグレーションも表面研磨も行わなかった比較例1においては、顕著なμ−V負勾配性を示しており、面圧が高くなるにしたがって勾配量の負の値も大きくなっている。表面研磨のみを行った比較例2においては、どの面圧においてもほぼ勾配はゼロに近く、比較例1よりは改善が見られるが、勾配量はやはり僅かながら負の値である。マイグレーションのみを行った比較例3においては、面圧0.4MPaの場合にはほぼ勾配はゼロに近いが、面圧が高くなるにしたがって勾配量の負の値が大きくなっている。
【0055】
これに対して、本実施の形態にかかる実施例1においては、顕著なμ−V正勾配性を示しており、初期特性も良好であり、面圧が高くなっても顕著なμ−V正勾配性を維持している。
【0056】
次に、実施例2,比較例4,比較例5,比較例6の油温40℃の場合の測定結果について、図3を参照して説明する。図3に示されるように、マイグレーションも表面研磨も行わなかった比較例4においては、面圧0.4MPaの場合にはほぼ勾配はゼロに近いが、面圧が高くなるにしたがって勾配量の負の値が大きくなり、顕著なμ−V負勾配性を示している。
【0057】
一方、表面研磨のみを行った比較例5においては、面圧0.4MPaの場合にはμ−V正勾配性を示しているが、面圧が高くなるにしたがって勾配量の値は負となり、ほぼ勾配はゼロに近くなってしまう。また、マイグレーションのみを行った比較例6においては、面圧0.4MPaの場合には顕著なμ−V正勾配性を示しているが、面圧が高くなるにしたがって勾配量の値は負となり、面圧が大きいほど顕著なμ−V負勾配性を示している。
【0058】
これに対して、本実施の形態にかかる実施例2においては、非常に顕著なμ−V正勾配性を示し、初期特性も良好であり、面圧が高くなっても顕著なμ−V正勾配性を維持しており、勾配量の正の値は実施例1の場合よりも大きくなっている。以上のように、図2と図3とを比較して明らかな通り、実施例1,2についても、比較例1〜比較例6についても、比較的低樹脂率・低密度の摩擦材を用いた図3の方が、全体的に良い結果となっている。
【0059】
この理由としては、低樹脂率であることによって樹脂の影響がより小さくなるとともに、低密度であることから気孔率が高くなり、油吸収性がより高くなっているためと考えられる。
【0060】
次に、本実施の形態にかかる摩擦材1における摩擦特性向上のメカニズムについて、図4を参照して説明する。図1のステップS13の段階においては、製造途中の摩擦材1の内部は、図4の上部の図に模式的に示されるような断面構造となっている。即ち、基材繊維3と充填材4が絡み合った抄紙体構造に熱硬化性樹脂2が含浸された後に、図1のステップS12においてマイグレーションが行われた結果、表面付近ほど樹脂濃度が低く、接着面に近づくほど樹脂濃度が高くなっている。
【0061】
このマイグレーションによる効果だけでも、樹脂濃度が低い表面付近は柔軟性が向上して摩擦特性が向上するが、さらに特性の向上を図るためには、図4の上部の図に示されるように表面付近に存在する樹脂のみの部分を、図1のステップS14に示されるように表面研磨することによって削り落として、図4の下部の図に示されるように、摩擦面に基材繊維3や充填材4が表れるようにする。このようにして得られた摩擦材1は、表面付近の樹脂濃度が低いだけでなく樹脂の影響を低減することができるため、図2及び図3に示したような優れた摩擦特性が得られるものと考えられる。
【0062】
次に、このようなマイグレーションと表面研磨という二段階の処理が本実施の形態にかかる摩擦材1における摩擦特性の向上に、それぞれどのように貢献しているかについて、図5を参照して説明する。
【0063】
先に説明した図2(材質が高樹脂率・高密度)及び図3(材質が低樹脂率・低密度)に示した摩擦特性について、本実施の形態にかかる摩擦材1の場合に、三段階の各面圧において、マイグレーションと表面研磨という二種類の処理がそれぞれ寄与している割合(寄与率)について、実験計画法の手法を用いて分析した結果を表1に示す。
【0064】
【表1】

【0065】
なお、表1の各数値の後にアステリスク(*)が付されているものは、より信頼性が高いデータであることを示す。表1に示されるように、低面圧(0.4MPa)の場合には、マイグレーション及び材質(低樹脂率・低密度)の寄与率が高く、中面圧(1.0MPa)の場合には逆にマイグレーション及び材質の寄与率が低くなって表面摩擦の寄与率が著しく高くなり、さらに高面圧(1.4MPa)の場合には材質には関係なく、より表面摩擦の寄与率が高くなっている。
【0066】
これをグラフに示したものが、図5である。図5に示されるように、マイグレーション及び表面研磨の寄与率は面圧に対してほぼ直線的に変化しており、マイグレーションの寄与率は面圧が高くなるにしたがって低くなり、表面研磨の寄与率は面圧が高くなるにしたがって高くなっている。このように、マイグレーションと表面研磨という二種類の処理の寄与率が、面圧に対して互いに相反する特性を有している結果、低面圧(0.4MPa)から高面圧(1.4MPa)までの全面圧について、図2に示される実施例1及び図3に示される実施例2の通り、顕著なμ−V正勾配性が得られる摩擦材1となる。
【0067】
また、摩擦表面付近の樹脂量が少ないため、μ−V正勾配性だけでなく係合特性等、実車フィーリングが向上する。さらに、摩擦表面の樹脂量が少ないため初期特性が向上し、これによってATの性能が初期から安定するという効果が得られる。ここで、「摩擦表面付近」とは、本実施の形態においては、摩擦材全体の厚さに対して摩擦表面から約10%の深さまでの範囲内をいう。
【0068】
また、本実施の形態にかかる摩擦材の製造方法は、摩擦材の乾燥工程において摩擦表面の温度を低くし、反摩擦表面の温度を高くする工程を含むものであるから、これによって、摩擦材中の樹脂は高温部へ移動して乾燥していく溶剤に引きずられて低温部から高温部へ移動する性質を有するため、厚み方向の樹脂量の分布が摩擦表面付近において最も低くなる。したがって、上述の如く優れた摩擦特性を備えた超高耐熱性の摩擦材となる。しかも、本製造方法は従来からある乾燥工程において好ましい樹脂量の分布を形成するもので、工程を追加する必要がないので低コストで実施することができる。
【0069】
さらに、本実施の形態における特有の効果として、マイグレーションの方法として摩擦表面と反摩擦表面とに温度差を与えて乾燥させることによって、高温部である反摩擦表面側に樹脂が引きずられて移動する現象を利用したものであるため、摩擦材の厚み方向の樹脂量の分布が連続的になり、特定の部分に機械的ストレスが集中して加わることがないため、強度低下を起こすことがない。
【0070】
さらに、本実施の形態においては、図4に示すように、摩擦材の樹脂量の分布を連続的に変化させたものであるが、摩擦材の製造工程において、樹脂量を異にする2枚または3枚以上の摩擦材を形成し、少なくとも、それらの1以上の樹脂量を異にする摩擦材の乾燥完了前の適度に乾燥した状態でバインダを用いて接合により重ね合わせ、複数の樹脂量を異にする摩擦材を一体化することによっても製造することができる。
【0071】
この場合には、摩擦材の樹脂量の分布を不連続的に変化させたものとなるが、複数の樹脂量を異にする摩擦材における樹脂の含有率を任意に設定でき、耐熱性、耐ヒートスポット性が格段に向上し、超高耐熱性の摩擦材となる。しかも、摩擦材の厚み方向の樹脂量の分布は重ね合わせによって決定でき、任意の低コストで超高耐熱性の摩擦材を得ることができる。
【0072】
摩擦材のその他の部分の構成、成分、厚さ、形状、数量、材質、大きさ、接続関係等についても、また摩擦材の製造方法のその他の工程についても、本実施の形態に限定されるものではない。
【図面の簡単な説明】
【0073】
【図1】図1は本発明の実施の形態にかかる摩擦材の製造方法の概略を示すフローチャートである。
【図2】図2は本発明の実施の形態にかかる摩擦材の実施例1について、異なる面圧において摩擦特性を測定した結果のμ−V正勾配性を、比較例と比較して示す図である。
【図3】図3は本発明の実施の形態にかかる摩擦材の実施例2について、異なる面圧において摩擦特性を測定した結果のμ−V正勾配性を、比較例と比較して示す図である。
【図4】図4は本発明の実施の形態にかかる摩擦材の摩擦特性向上のメカニズムを示す模式図である。
【図5】図5は本発明の実施の形態にかかる摩擦材における処理の面圧に対する寄与率を示す図である。
【符号の説明】
【0074】
1 摩擦材
2 樹脂
3 基材繊維
4 充填材

【特許請求の範囲】
【請求項1】
摩擦材の摩擦表面側から反摩擦面側までの厚み方向の樹脂量の分布は、摩擦表面付近が前記厚み方向の最も高い樹脂量の部分よりも低く形成され、空気中で前記摩擦表面の極表層部が研磨されてなることを特徴とする摩擦材。
【請求項2】
前記摩擦材の樹脂量は、摩擦表面側と反摩擦面側とで摩擦表面側が5%以上低くされていることを特徴とする請求項1に記載の摩擦材。
【請求項3】
前記摩擦材の樹脂量は、摩擦表面側と摩擦材内部とで摩擦表面側が5%以上低くされていることを特徴とする請求項1に記載の摩擦材。
【請求項4】
前記摩擦材の樹脂量の分布は、連続的に変化させたことを特徴とする請求項1乃至請求項3のいずれか1つに記載の摩擦材。
【請求項5】
前記摩擦材の樹脂量の分布は、不連続的に変化させたことを特徴とする請求項1乃至請求項3のいずれか1つに記載の摩擦材。
【請求項6】
摩擦材の摩擦表面側から反摩擦面側までの厚み方向の樹脂量の分布を摩擦表面付近が前記厚み方向の最も高い樹脂量の部分よりも低くなるように形成する工程と、
空気中で前記摩擦表面の極表層部を表面研磨する工程と
を具備することを特徴とする摩擦材の製造方法。
【請求項7】
前記摩擦材の摩擦表面側から反摩擦面側までの厚み方向の樹脂量の分布を摩擦表面付近が前記厚み方向の最も高い樹脂量の部分よりも低くなるように形成する工程は、前記摩擦材を乾燥する際に一方の表面の温度を低くし及び/またはもう一方の表面の温度を高くする工程を含むことを特徴とする請求項6に記載の摩擦材の製造方法。
【請求項8】
前記摩擦材の摩擦表面側から反摩擦面側までの厚み方向の樹脂量の分布を摩擦表面付近が前記厚み方向の最も高い樹脂量の部分よりも低くなるように形成する工程は、前記摩擦材を乾燥する際に、2枚の摩擦材の摩擦表面同士を重ね合わせたまま乾燥した後、別々にしてまたは重ね合わせたまま高温で硬化させる工程を含むことを特徴とする請求項6に記載の摩擦材の製造方法。
【請求項9】
前記摩擦材の摩擦表面側から反摩擦面側までの厚み方向の樹脂量の分布を摩擦表面付近が前記厚み方向の最も高い樹脂量の部分よりも低くなるように形成する工程は、2枚以上の樹脂量を異にする摩擦材を形成し、少なくとも、それらの1以上の樹脂量を異にする摩擦材の乾燥完了前に重ね合わせて一体化する工程を含むことを特徴とする請求項6に記載の摩擦材の製造方法。
【請求項10】
前記摩擦材の摩擦表面側から反摩擦面側までの厚み方向の樹脂量の分布を摩擦表面付近が前記厚み方向の最も高い樹脂量の部分よりも低くなるように形成する工程は、前記摩擦材の一方の面に樹脂を追加含浸させた後に摩擦材を乾燥する際に前記摩擦材の樹脂を追加含浸させた側を外側として、その厚み方向に遠心力を付与しながら、所定の温度条件で乾燥させる工程を含むことを特徴とする請求項6に記載の摩擦材の製造方法。
【請求項11】
前記摩擦表面を空気中で極表層部を表面研磨する工程は、前記摩擦材の摩擦表面側から反摩擦面側までの厚み方向の樹脂量の分布を摩擦表面付近が前記厚み方向の最も高い樹脂量の部分よりも低くなるように形成する工程の後に、前記摩擦材の摩擦表面を10μm±5μmだけ研磨する工程であることを特徴とする請求項6乃至請求項10のいずれか1つに記載の摩擦材の製造方法。


【図1】
image rotate

【図2】
image rotate

【図3】
image rotate

【図4】
image rotate

【図5】
image rotate


【公開番号】特開2007−119570(P2007−119570A)
【公開日】平成19年5月17日(2007.5.17)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−312523(P2005−312523)
【出願日】平成17年10月27日(2005.10.27)
【出願人】(000100780)アイシン化工株式会社 (171)
【Fターム(参考)】