説明

摺動剤、樹脂摺動材料、摺動部材、及び摺動剤の製造方法

【課題】 六方結晶グラファイトの酸化物層間に炭素系インターカラントを封入した積層構造をもつ摺動剤の摩擦係数を低くする。
【解決手段】 上記の摺動剤を非酸化性雰囲気中で400℃以上に加熱することにより、積層構造物の最外層が六方結晶の酸化物層からなり、六方結晶酸化物層にはさまれていない炭素系インターカラントを昇華する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、層間に炭素系インターカラントが封入された層間化合物材料からなる摺動材料の製造方法に関するものであり、さらに詳しく述べるならば、本発明者の一名の出願に係る特許文献1:特開2010−53000号に開示された、フラーレンがインターカラントとして封入された摺動剤を改良したものである。
【背景技術】
【0002】
層状構造を有する六方結晶の層間にフラーレンのようなボール状分子を挿入した物質は特許文献2:再公表特許公報WO2006/059391において公知である。この特許文献の発明者の一名は本願の発明者であり、次のような説明がなされている。
【0003】
層状構造をなす六方結晶としては、具体的には、グラファイト、二硫化モリブデン等が挙げられ、グラファイトが好適である。グラファイトは、炭素6員環が連なる平面状の層が多数重なった層状構造を有する。グラファイトの形状は、摺動材の用途に応じて適宜選択すればよく、フィルム状、粉末状等が挙げられる。ボール状分子としては、グラファイトとの強い相互作用を有することが必要であるため、炭素による5員環または6員環を有するものが好ましい。また、ボール状分子としては、グラファイト層間に入り易く、安定であることが必要なため、その直径が0.7ナノメートル以上0.8ナノメートル以下のものが好ましい。ボール状分子としては、フラーレンが特に好ましい。フラーレンは、炭素による5員環および6員環のネットワークで閉じた中空殻状の炭素ボール分子である。フラーレンとしては、C60分子、C70分子、C76分子、C78分子、C80分子、C82分子、C84分子、C86分子、C88分子、C90分子、C92分子、C94分子、C96分子等が挙げられる。フラーレンとしては、分子が転がりやすく、その結果、摩擦を減らす効果が高い摺動材が得られることから、C60分子、C70分子が好ましい。
【0004】
特許文献2では、上記物質を粉砕した粉末と時計用潤滑油と混合して調製した摺動材料を時計のモーター軸受や、機械式時計のがんぎ車の歯車部に塗布する適用例が示されている。さらに、摩擦特性としては荷重が0〜60nNの条件での摩擦係数が測定されており、摩擦係数はゼロを中心として約±0.2の範囲で変動している。
【0005】
特許文献1:特開2010−53000号公報は本発明者の一名の出願に係り、特許文献2と対比して六方結晶層間へのフラーレンの封入率を高めたものである。以下、特許文献1の記載のうち次のものを引用する。
引用1:基本的工程
引用2:封入法の利点
引用3:有機アミン
引用4:封入方法
引用5:封入構造の確認
引用6:X線回折像の解説
引用7:層間化合物材料
【0006】
引用1
本発明によれば、以下の工程:
(a)層状構造を有する六方結晶の酸化物を準備する工程と、
(b)有機アミンの存在下、前記酸化物と炭素系インターカラントを接触させて前記酸化物の層間に炭素系インターカラントを封入する工程と、
を備える、層間化合物材料の製造方法が提供される。
本発明の製造方法によれば、六方結晶の酸化物を、炭素系インターカラントを封入するための層状化合物として用い、有機アミンの存在下で炭素系インターカラントと接触させることで容易に層間に炭素系インターカラントが封入される。
【0007】
引用2
このため、本発明の製造方法によれば、炭素系インターカラントの層間への封入率を向上させたり、従来封入困難であったインターカラントを封入できるようになったり、より小さい平均粒径の六方結晶粒子であってもその層間にインターカラントを封入させたりできるようになる。すなわち、本製造方法によれば、より炭素系インターカラントの封入状態に関して規則性に優れる層間化合物材料を得ることができる。さらに、インターカラント及びそれを受け入れる層状化合物をより高い自由度で選択可能となり、さらに、封入量の制御も可能となるため、より高い自由度で層間化合物材料を製造できるようになる。この結果、意図した構造や機能特性を備える層間化合物材料を容易に提供できるようになる。
また、本発明の製造方法によれば、炭素系インターカラントの封入のために真空下高温での熱拡散による封入を要しないため、エネルギーコストをはじめとして種々のコストを低減でき、生産効率を高めることができる。
【0008】
引用3
(有機アミン)
有機アミンとして用いることのできるものとしては、炭素系インターカラントの層間封入を阻害しないで従来よりも封入形態を改善できるものであれば特に限定されない。有機アミンとしては、例えば、式(1)で表される有機アミンを用いることができる。NR123 ・・・(1)
(式中、R1、R2及びR3の中の少なくとも1個は炭素数1以上の炭化水素基であり、残りは水素原子である。)
このような有機アミンとしては、特に限定しないが、炭素鎖数が6以上30以下のアルキル基を有するアミンが挙げられる。例えば、n−へキシルアミン、n−オクチルアミン、n−ノニルアミン、n−デシルアミン、n−ウンデシルアミン、n−ドデシルアミン、n−トリデシルアミン、n−テトラデシルアミン、n−ペンタデシルアミン、n−ヘキサデシルアミン、n−ヘプタデシルアミン、n−オクタデシルアミン、n−ノナデシルアミン、n−エイコシルアミンなどが挙げられる。これらのアルキル基は鎖長が炭素数で6以上の炭素鎖を有するものであれば、直鎖状であっても分枝状であってもよく、また途中に炭素環が形成されていてもよい。また、炭化水素基として置換されていてもよい芳香族炭化水素基を有する有機アミンとしては、アニリン、N−メチルアニリン、N,N−ジメチルアニリンなどが挙げられる。本発明の有機アミンは、第1級アミンでも第2級アミンでも第3級アミンでもよいが、入手のし易さや、形成された層の均一性などの点から、第1級アミンが好ましい。有機アミンとしては好ましくは、n−オクチルアミン等が挙げられる。
有機アミンの存在下で炭素系インターカラントを層間封入するには、有機アミンと酸化物とをあらかじめ接触させて酸化物の層間拡張しておくことが好ましい。すなわち、予め酸化物と有機アミンとを接触させておき、その後、有機アミンで層間拡張した酸化物と炭素系インターカラントとを接触させて、炭素系インターカラントを酸化物の層間に封入する形態が挙げられる。例えば、グラファイトの酸化物の層間距離は、上記のとおり通常0.6nm以上1.1nm以下程度(約0.8nm)であるが、n−オクチルアミンで層間拡張するとき、その層間は、おおよそ2.0nm以上2.7nm以下程度に拡張されることがわかっている。
酸化物と有機アミンとの接触及び有機アミンで層間拡張した酸化物と炭素系インターカラントとの接触にあたっての混合方法は特に限定されないが、適当な溶媒下で接触対象物を混合しつつ当該溶媒を留去させる形態が挙げられる。また、他の一つの形態としては、接触対象物を、溶媒を用いることなく混合する(メカノケミカル合成)形態が挙げられる。なお、これらの反応は、本質的に完全な固相反応であってよいが、液相であってもよい。必要に応じて有機アミンやフラーレンを溶解する溶媒を用いることができる。こうした溶媒は適宜選択することができる。例えば、フラーレンC60分子を溶解する溶媒としてはトルエンを用いることができる。
【0009】
引用4
有機アミンの存在下で炭素系インターカラントを層間封入するには、有機アミンと酸化物とをあらかじめ接触させて酸化物の層間拡張しておくことが好ましい。すなわち、予め酸化物と有機アミンとを接触させておき、その後、有機アミンで層間拡張した酸化物と炭素系インターカラントとを接触させて、炭素系インターカラントを酸化物の層間に封入する形態が挙げられる。例えば、グラファイトの酸化物の層間距離は、上記のとおり通常0.6nm以上1.1nm以下程度(約0.8nm)であるが、n−オクチルアミンで層間拡張するとき、その層間は、おおよそ2.0nm以上2.7nm以下程度に拡張されることがわかっている。
酸化物と有機アミンとの接触及び有機アミンで層間拡張した酸化物と炭素系インターカラントとの接触にあたっての混合方法は特に限定されないが、適当な溶媒下で接触対象物を混合しつつ当該溶媒を留去させる形態が挙げられる。また、他の一つの形態としては、接触対象物を、溶媒を用いることなく混合する(メカノケミカル合成)形態が挙げられる。なお、これらの反応は、本質的に完全な固相反応であってよいが、液相であってもよい。必要に応じて有機アミンやフラーレンを溶解する溶媒を用いることができる。こうした溶媒は適宜選択することができる。例えば、フラーレンC60分子を溶解する溶媒としてはトルエンを用いることができる。
酸化物の層間への炭素系インターカラントの封入工程における温度、圧力及び混合等の条件は特に限定されない。通常、室温の範囲(10℃以上40℃以下、より好ましくは15℃以上25℃以下)で十分に反応が進行する。トルエンなど適当な溶媒の存在下に、酸化物と炭素系インターカラントと混合する場合には、溶媒が蒸発可能な温度とすればよい。また、封入工程は、常圧下で行うことができる。混合する時間も特に限定されない。使用する炭素系インターカラント、有機アミン及び酸化物への封入方法によって適宜設定することができる。
【0010】
引用5
本発明の方法によれば、層間拡張された酸化物の層間に炭素系インターカラントを封入するため、炭素系インターカラントが酸化物の層間に単層封入された規則的な周期構造を有する層間化合物材料を得ることができる。すなわち、炭素系インターカラントカラントが封入された前記酸化物の層間及び前記炭素系インターカラントの単層構造に関して規則的な周期構造を有している。かかる周期構造は、例えば、X線回折スペクトルにおいて、炭素系インターカラントが単層封入された酸化物の層間に基づく第1の回折ピークと、炭素系インターカラントの単層構造に基づく第2の回折ピークとが観察されるであろうと推測される。例えば、図2(d)及び(e)並びに図3(d)及び(e)において、d=1.8nm以上2.4nm以下近傍に観察される1又は2以上の回折ピークが第1の回折ピークに相当するものと推測され、d=0.8nm以上1.1nm以下近傍(好ましくjは0.8nm以上1.0nm以下近傍)及びd=0.4nm以上0.5nm以下近傍にそれぞれ観察される1又は2以上の回折ピークが第2のピークに相当するものと推測される。
【0011】
引用5の図2及び図3の写しを、それぞれ本願の図1,2として添付する。
【0012】
引用6
平均粒径4μm及び500μmの2種類のグラファイトから得られた試料(GO+OcAm+C60)及び試料(GO+C60)についての、X線回折スペクトルを図2及び図3に示し、これらの試料(GO+OcAm+C60)のFTIRをそれぞれ図4及び図5にそれぞれ示す。さらに、粒径4μmのグラファイト粉末由来の試料(GO+C60)につき透過電子顕微鏡にて観察した結果を図6に示す。
図2図及び図3に示すX線回折強度の図は,下の段から、フラーレン(C60),グラファイト,酸化グラファイト(GO)、GOにn−オクチルアミン(OcAm)を加えC60を封入した試料(GO+OcAm+C60)、およびC60の挿入サンプルを塩酸(HCl)で処理した試料(GO+C60)の回折パターンである。図4図及び図5に示すFT−IRの測定結果は、下の段から、試料(GO+OcAm+C60)及び試料(GO+C60)の吸光スペクトルである。
図2(d),(e)及び図3(d),(e)に示すように、こうしたX線回折スペクトルは、従来方法による合成では得られなかった明確なものであった。これらのスペクトルには、酸化グラファイトの層間隔である0.8nmを示すピークおよびC60の回折パターンが観察されない。なお、図2(d)及び図3(d)におけるd値が約2.3nmの回折ピークは、オクチルアミンにより拡張された酸化グラファイトの層間に基づくものと考えられる。一方、図4及び図5に示すように、これらの試料(GO+C60)のFT−IRの結果にはC60の存在を示す吸光スペクトルが観測された。また、図6に示すように、TEM像には、フラーレン単層膜に由来すると推測される格子縞が観察されるとともに2回対照を示す電子線回折図形が観察された。
以上のことから、試料(GO+OcAm+C60)及び試料(GO+C60)においては、オクチルアミンにより層間拡張された酸化グラファイトの層間にフラーレンが単層封入されたことが考えられた。すなわち、d=1.8nm〜2.4nm近傍に観察される1又は2以上の回折ピークは、拡張された酸化グラファイトの層間にフラーレンが単層封入された酸化グラファイトの層間距離に由来し、d=0.8nm〜1.1nm近傍(好ましくは0.8nm〜1.0nm近傍)に観察される1又は2以上のピーク及びd=0.4nm〜0.5nm近傍に観察される1又は2以上の回折ピークは、酸化グラファイトの拡張された層間に封入されたC60単層構造に由来しているものと推測された。
【0013】
引用7
本発明の層間化合物材料は、本発明方法によって得られるもののほか、本発明方法に限定されないで、上記方法によって得られる特性を備える層間化合物材料を含む。すなわち、本発明の層間化合物材料は、炭素系インターカラントが酸化物の層間に単層封入された規則的な周期構造を有する層間化合物材料を含む。すなわち、本材料は、炭素系インターカラントが封入された酸化物の層間及び炭素系インターカラントの単層構造に関し規則的な周期構造を有することができる。かかる層間化合物材料は、X線回折スペクトルにおいて、炭素系インターカラントが封入された酸化物の層間に基づく1又は2以上の第1の回折ピークと、炭素系インターカラントの単層構造に基づく1又は2以上の第2の回折ピークとが観察されるであろうと推測される。
【0014】
特許文献1においては、上述の分析に基づいて、オクチルアミンにより層間拡張された酸化グラファイトの層間にフラーレンが単層封入されていると考察している。さらに、摺動特性の評価は、「鉱油のみ」あるいは「鉱油+グラファイト」からなる潤滑剤の比較例に対してその発明の潤滑剤は特性が優れていることを示している。
【0015】
非特許文献1:トライボロジストVol.54/No.1/2009,第18頁によると、蒸着薄膜フラーレンの摩擦係数は0.22〜0.25であり、昇華薄膜フラーレンの摩擦係数は0.55〜0.8であると解説されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0016】
【特許文献1】特開2010−53000号公報
【特許文献2】再公表特許公報WO2006/059391号
【非特許文献】
【0017】
【非特許文献1】トライボロジストVol.54/No.1/2009,第18頁
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0018】
以上で挙げた従来技術を総括すると、インターカラントフラーレンを封入した六方結晶グラファイト酸化物層構造をもつ物質はフラーレン単独よりも著しい摩擦係数低下を達成したことが分かる。ところで、特許文献1においては、インターカラント封入率が低い特許文献2を比較材として潤滑特性を評価していないので、インターカラント封入率向上により潤滑特性がどの程度向上したか明らかでない。また、特許文献1は主としてインターカラントフラーレンの封入に着目しており、最外層の周辺には着目していない。
本発明者らは、特許文献1のインターカラント封入層状構造をもつ物質の構成物質である酸化黒鉛(即ち、六方結晶グラファイトの酸化物)、フラーレンC60をトルエン液(toluene liquor)(以下「トルエン液」と略す)に混合し、十分に攪拌して、無色のトルエン液の色がどのように変化するかを調査した。さらに、インターカラント封入構造をもつ物質を600℃で真空中加熱し、同様の調査を行い、次の知見を得た。
【0019】
【表1】

【0020】
酸化黒鉛をトルエン液に添加後攪拌すると、攪拌直後は紫色の酸化黒鉛が分散しているが、しばらく時間を置くと酸化黒鉛は沈降して、トルエン液の色の変化はない(無色)。また、同様にフラーレンをトルエン液に分散すると、分散後のトルエン液の色は変化する。加熱前のインターカラント封入酸化黒鉛を添加後攪拌するとトルエン液の色の変化が起こる。最後に、加熱後のインターカラント封入酸化黒鉛からなる粉末ではトルエン液の色の変化は起こらない。したがって、この粉末周辺には付着フラーレンなどは存在せず、積層構造の最外層は六方結晶の酸化物からなっている。
【0021】
上記従来技術の知見及びトルエン液の色変化を総合的に考察すると、特許文献1にあっては、主としてインターカラントの封入に着目しているために、層状構造物質周辺に付着していた物質は意識していなかった可能性がある。さらに、非特許文献1にて解説されているように蒸着もしくは昇華フラーレン自体の摩擦係数は高い。これらを念頭に置くと、特許文献1において低い摩擦係数が達成されている理由は、相手材と接触している物質はほとんど六方結晶層酸化物であるためであると考えらえる。その反面、摺動材料の摩擦係数をさらに低くする余地があると考察した。よって、本発明は、摩擦特性がさらに優れたインターカラント封入層状酸化物構造をもつ摺動剤を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0022】
本発明は、表1に示される知見に基づいて、六方結晶グラファイトの酸化物層間に炭素系インターカラントを封入した積層構造をもつ摺動剤であって、積層構造物の最外層が前記六方結晶グラファイトの酸化物層からなり、該六方結晶グラファイトの酸化物層間に封入されていない前記炭素系インターカラントが存在しないことを特徴とする摺動剤が安定して低い摩擦係数をもつことを見出して、本発明を完成した。
【0023】
特許文献1の材料(以下「先行技術材料」という)は、炭素系インターカラントが六方結晶グラファイトの酸化物層間に炭素系インターカラントを封入された規則的な周期構造をもっており、インターカラントは酸化物層間に層状に封入されている。即ち、規則的な周期構造が二回以上繰り返されている。
先行技術材料においては、六方結晶グラファイトの酸化物層構造の最上・最下層が完全にフラーレンで被覆されているのではなく、六方結晶グラファイトの酸化物が部分的に露出しており、これが相手材と接触するので、低摩擦特性が達成される。さらに、先行技術材料においては、摺動中に粉末周辺のフラーレンが脱落し、その後六方結晶グラファイトの酸化物が直接相手材と接触して、摩擦係数が低くなることも考えられる。加えて先行技術材料は粉末状で得られるために、上記した最上・最下層の表面のみならず、粉末の表面全体にフラーレンが分散していると考えられる。このような粉末をそれ自体であるいは接着剤などと結合して摺動材料として使用すると、フラーレンが相手材と接触する摺動状態がもたらされる限り、フラーレンは必然的に六方結晶グラファイトの層状構造が本来もっている低摩擦性を阻害する。これに対して、本発明においては、フラーレンが製造直後から粉末表面に存在せず、摩擦係数が摺動当初から低いことを特徴とする。ここで、「六方結晶グラファイトの酸化物層間に封入されていない前記炭素系インターカラントが存在しない」とは表1で説明したトルエンへの分散試験により簡便に調べることができ、具体的には、1Lのトルエンに0.01g供試材粉末の混合し、10分間攪拌し、トルエンの色の変化を観察することにより調べることができる。より厳密には後述のX線回折試験法による(図5)。
【0024】
本発明に係る上記した摺動剤は、有機アミンの存在下で層状構造を有する六方結晶グラファイトの酸化物とフラーレンからなる炭素系インターカラントとを接触させて前記酸化物の層間に炭素系インターカラントを封入する段階と、この段階で得られる炭素系インターカラントが六方結晶グラファイトの層間に封入された物質(以下「中間生成物」という)を400℃以上の温度の非酸化雰囲気で加熱する方法により得ることができる。
【0025】
前記インターカラント封入段階は前掲引用1〜4において説明されているとおりである。また、中間生成物が炭素系インターカラントが酸化物層の層間に封入された構造を有することは前掲引用5及び6において説明されているとおりである。
【0026】
本発明においては、先行技術工程により得られた粉末状物質を適当な容器に入れ、非酸化性雰囲気中で酸素を遮断して400℃以上の温度で加熱すると、層状化合物である中間生成物周辺のフラーレンが優先して昇華して除去される。加熱温度は400〜600℃が好ましい。非酸化性雰囲気とは、水素、窒素、アルゴンガスなどの不活性ガス雰囲気もしくはこれらの混合ガス雰囲気である。さらに、非酸化性雰囲気は真空焼結炉や真空熱処理炉などで採用されている真空雰囲気であってもよい。真空度は酸素と遮断するために好ましくは10−2以下、より好ましくは10−5Torr以下である。
【0027】
本発明に係る摺動部材は上記摺動材料の粉末を軸受基材、ブシュ基材などに積層して製造することができる。さらに摺動材料の粉末をポリアミドイミドなどの樹脂バインダーと混合して後、基材もしくは軸受用銅合金や軸受用アルミニウム合金などの表面に塗布し焼成することによっても製造することができる。
【発明の効果】
【0028】
先行技術材料の従来の製造法では、二種類の原料をアミンの存在下で反応させる方法であるために、フラーレンは効率的に層間に封入することはできるが、一部のフラーレンが粉末の周辺に付着することは避けられない。また、フラーレンは昇華性をもっていることは従来から知られているが、本発明者の実験(表1で説明)によると、六方結晶グラファイトの酸化物層間に封入されたフラーレンは昇華しないことが分かったので、これらの相反する性質を利用することにより、選択的に粉末周辺のフラーレのみを除去することに成功した。なお、特許文献1において行っているインターカラント封入後塩酸処理はアミンを除去することはできるが、周辺に付着したフラーレンを除去することができない。
本発明によると、インターカラント封入六方結晶グラファイトの酸化物層間構造をもつ摺動剤の摩擦係数をさらに低下しかつ安定化することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0029】
比較例
グラファイトの酸化を特許文献1と同様に行った。
グラファイト粉末2g(平均粒径が4μm及び500μmの2種類)のそれぞれを、1gの硝酸ナトリウムと46mlの濃硫酸とを30分間攪拌して混合したものに添加し攪拌した。次に、この混合物を氷冷しながら、過マンガン酸カリウム6gをゆっくりと添加し、数分間攪拌した。熱が発生しなくなったら、その後室温で24時間攪拌した。攪拌後、純水92mlをゆっくりと滴下した。純水を添加して得られた混合液を、80℃以上程度に加熱した純水280mlに添加した。加えて、さらに、この液に過酸化水素水20mlを加えて酸化反応を停止させた。液体が温かいうちに遠心分離して酸化したグラファイトを回収した。分離回収した酸化されたグラファイトの層間には硫酸イオン等が残っているため、酸化グラファイトを600mlの純水に再度懸濁し、透析用セルロースを用いて2週間透析した。その後、酸化グラファイトが懸濁された溶液を乾燥して、酸化グラファイト(Graphite Oxide : GO)を得た。
【0030】
フラーレンの酸化グラファイトの層間への封入を特許文献1と同様に行った。
グラファイト酸化物の層間にフラーレンC60を以下の操作により、10mg酸化グラファイトに対して、0.1mlのn−オクチルアミン、50mgC60の比率で行った。
まず、酸化グラファイト20mgを乳鉢に計りとり、0.2mlのn−オクチルアミンを添加し、乳鉢ですり潰してよく混ぜた。次に、少量(1ml程度)のトルエン加えてさらによく混ぜた後、30分から1時間程度静置した。
次に、300mlビーカー中に、フラーレンC60100mgを計りとり、トルエン100mlを添加し、超音波洗浄機でフラーレンの凝集物を破砕し、完全に溶解させてフラーレンのトルエン溶液を調製した。乳鉢中ののり状になった混合物を、フラーレンのトルエン溶液に添加し、スターラーで攪拌しながら、トルエンを蒸発させた。得られた固形物を試料(GO+OcAm+C60)として回収した。
さらに、試料(GO+OcAm+C60)をエッペンドルフチューブにとり、用いたオクチルアミンに対して過剰量の1ml 1N HClを加えた。超音波洗浄により,サンプルの凝集物を細かくしてよく混合した後、静置し、しかる後、10000rpmで2分間遠心分離を行い、沈殿物を回収した。
【0031】
上記処理により得られた沈澱物試料GO+OcAm+C60(即ち「先行技術材料」)のX線回折像を図3に示す。X線回折試験は日本電子社のJDX−08010Sを使用して行った。図4に示すフラーレンの(111)、(220)、(311)に相当するピークが図3において認められる。
【0032】
実施例
比較例の沈澱物試料GO+OcAm+C60をセラミック容器に入れ真空中で600℃で加熱を行った。加熱後のX線回折像を図5に、FT−IRを図6に示す。図6ではフラーレンの主たる回折ピーク(図4)が認められない。また、図7に示すフラーレンのFT−IRでは波長が約1400nm−1の箇所で吸収率が著しく少なくなっているが、このような減少ピークは図6では認められない。
【0033】
実施例及び比較例のインターカラント封入六方結晶層状化合物の粉末(平均粒径5μm )をポリアミドイミド樹脂に対して72重量%となるよう混合し、厚さを6μmに成膜したコーティング材につき次の条件で往復摺動摩擦試験を行った結果を図8に示す。
摩擦試験方法:温度が80℃の潤滑油中で荷重を2000Nに保った状態で平均すべり速度80mm/秒で測定を行なった。
【0034】
図6に示すように本発明実施例の摩擦係数は比較例のものより低く、周辺フラーレン除去による摩擦低減効果が確認された。
【産業上の利用可能性】
【0035】
本発明に係る摺動剤は自動車のような高負荷からナノマシンのような低負荷までの負荷を受ける各種機器の軸受として使用することができる。
【図面の簡単な説明】
【0036】
【図1】特許文献1の図2の写しである。
【図2】特許文献1の図3の写しである。
【図3】本願比較例のインターカラント封入六方結晶層間構造化合物のX線回折像である。
【図4】フラーレンのX線回折像である。
【図5】本願実施例のインターカラント封入六方結晶層状構造化合物のX線回折像である。
【図6】本発明実施例のインターカラント封入六方結晶層状構造化合物のFT−IR像である。
【図7】フラーレンのFT−IR像である。
【図8】摩擦係数試験結果を示すグラフである。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
六方結晶グラファイトの酸化物層間に炭素系インターカラントを封入した積層構造をもつ摺動剤であって、積層構造の最外層が前記六方結晶の酸化物層からなり、該六方結晶グラファイトの酸化物層間に封入されていない前記炭素系インターカラントが存在しないことを特徴とする摺動剤。
【請求項2】
有機アミンの存在下で層状構造を有する六方結晶グラファイトの酸化物と、フラーレンからなる炭素系インターカラントとを接触させて前記酸化物の層間に前記炭素系インターカラントを封入する段階と、この段階で得られた積層物を非酸化性雰囲気中かつ400℃以上の温度で加熱する段階を有する方法により製造された請求項1記載の摺動剤。
【請求項3】
請求項1又は2記載の摺動剤を樹脂に含浸させたことを特徴とする樹脂摺動材料。
【請求項4】
請求項3記載の樹脂摺動材料を摺動面に含浸したことを特徴とする摺動部材。
【請求項5】
請求項3記載の樹脂摺動材料を摺動面にコーティングしたことを特徴とする摺動部材。
【請求項6】
有機アミンの存在下で層状構造を有する六方結晶グラファイトの酸化物と、フラーレンからなる炭素系インターカラントとを接触させて前記酸化物の層間に前記炭素系インターカラントを封入する段階と、この段階で得られた積層物を非酸化性雰囲気中かつ400℃以上の温度で加熱する段階を有することを特徴とする摺動剤の製造方法。
【請求項7】
前記有機アミンは、以下の式(1)で表わされる、請求項6記載の摺動剤の製造方法。
NR123 ・・・(1)
(式中、R1、R2及びR3の中の少なくとも1個は炭素数1以上の炭化水素基であり、残りは水素原子である。)
摺動材料。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【公開番号】特開2012−224528(P2012−224528A)
【公開日】平成24年11月15日(2012.11.15)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−96148(P2011−96148)
【出願日】平成23年4月22日(2011.4.22)
【出願人】(000207791)大豊工業株式会社 (152)
【Fターム(参考)】