説明

摺動状態評価装置、エンジン制御ユニット、エンジンシステム及び摺動状態評価方法

【課題】摺動状態の変化を迅速に検知できる摺動状態評価装置、エンジン制御ユニット、エンジンシステム及び摺動状態評価方法を提供する。
【解決手段】本発明に係る摺動状態評価装置5は、ピストン22が往復自在に設置されるシリンダライナ21の内周面21cと、ピストン22の外周面22aに設けられるピストンリングR1〜R4との間の摺動状態を評価する摺動状態評価装置であって、ピストン22の往復方向でのピストンリングR1〜R4の両側の圧力差を算出する算出部53と、圧力差の変化に基づいて摺動状態を評価する評価部54とを備える、という構成を採用する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、摺動状態評価装置、エンジン制御ユニット、エンジンシステム及び摺動状態評価方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
従来から、燃料が燃焼して生じる熱エネルギーを、ピストンの往復運動という力学的エネルギーに変換するレシプロエンジンが知られている。ピストンはシリンダライナ内に設置され、燃料の燃焼により発生する燃焼ガスによって付勢されて往復運動する。ピストンの外周面にはピストンリングが設けられている。ピストンリングはシリンダライナの内周面に接して設けられ、ピストンの外周面とシリンダライナの内周面との隙間を通って燃焼ガスが抜け出ることを防止するものである。また、ピストンリングとシリンダライナとの円滑な摺動を確保するために、シリンダライナの内周面側には潤滑油が供給されている。
【0003】
ピストンリングとシリンダライナとの摺動状態は、潤滑油の油膜厚さの増減等により変化する。例えば油膜が薄くなり、摺動状態が悪化すると、ピストンリング及びシリンダライナの摩耗や損傷、焼き付き等の不具合が生じる場合がある。このような不具合を防止するには、摺動状態の変化に応じて、潤滑油の供給やエンジンの出力調整等を行う必要がある。そして、特許文献1には、ピストンリングとシリンダライナとの摺動箇所の温度上昇を計測して、摺動状態の変化を検知する方法が開示されている。
また、特許文献2には、ピストンリング間の圧力を検出する圧力検出装置(圧力検出ピックアップ)を用いて、ピストンリングの折損を検知する監視装置が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開平7−198544号公報
【特許文献2】特開昭59−68525号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
ところで、特許文献1に開示された方法では、温度を計測する温度センサをシリンダライナに形成された孔部内に設置している。潤滑油の薄膜化等により摺動状態が悪化すると、ピストンリングとシリンダライナとの摺動箇所の温度が上昇する。この温度上昇をシリンダライナに設置された温度センサにより計測することで、摺動状態の変化を検知している。
また、特許文献2に開示された監視装置では、ピストンリングが折損することでピストンリング間の圧力が変化するため、この変化をシリンダライナに設けられた圧力検出装置を用いて検出することで、ピストンリングの折損を検知している。
【0006】
しかしながら、特許文献1に開示された方法では、温度センサがシリンダライナの孔部内に設置されているために、ピストンリングとシリンダライナとの摺動箇所で生じた熱が温度センサに伝わるには一定の時間が掛かる。すなわち、摺動状態の変化を迅速に検知することが難しいという課題があった。そして、ピストンリング及びシリンダライナの摩耗や損傷が進行してしまうという課題があった。
また、特許文献2に開示された監視装置では、圧力検出装置がピストンリング間の圧力の変化を検出した時点では、既にピストンリングの折損は発生しており、ピストンリングとシリンダライナとの摺動状態の経時的な変化を検知できないという課題があった。
【0007】
本発明は、以上のような点を考慮してなされたもので、摺動状態の変化を迅速に検知できる摺動状態評価装置、エンジン制御ユニット、エンジンシステム及び摺動状態評価方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
上記課題を解決するために、本発明は以下の手段を採用する。
本発明に係る摺動状態評価装置は、ピストンが往復自在に設置されるシリンダライナの内周面と、ピストンの外周面に設けられるピストンリングとの間の摺動状態を評価する摺動状態評価装置であって、ピストンの往復方向でのピストンリングの両側の圧力差を算出する算出部と、圧力差の変化に基づいて摺動状態を評価する評価部とを備える、という構成を採用する。
ピストンリングとシリンダライナとの摺動箇所では、摺動状態の変化に先立ち、ピストンの往復方向でのピストンリングの両側の圧力差が変化する。そのため、本発明によれば、圧力差の変化に基づいて摺動状態を評価することで、摺動状態の変化を迅速に検知することが可能となる。
【0009】
また、本発明に係る摺動状態評価装置は、評価部が、所定の時間幅での圧力差の変化量が所定の閾値以上であるときに摺動状態が変化したと評価する、という構成を採用する。
【0010】
また、本発明に係る摺動状態評価装置は、ピストンの外周面とシリンダライナの内周面との間に形成される空間の圧力を計測する圧力計測部と、往復方向でのピストンリングの位置を計測する位置計測部とを備え、算出部は、圧力計測部及び位置計測部の計測結果に基づいて圧力差を算出する、という構成を採用する。
【0011】
また、本発明に係るエンジン制御ユニットは、レシプロエンジンを制御する制御装置を備えるエンジン制御ユニットであって、請求項1から3のいずれか一項に記載の摺動状態評価装置を備え、制御装置は、摺動状態評価装置の評価結果に基づいてレシプロエンジンを制御する、という構成を採用する。
【0012】
また、本発明に係るエンジンシステムは、レシプロエンジンと、当該レシプロエンジンを制御する制御ユニットとを備えるエンジンシステムであって、制御ユニットとして請求項4に記載のエンジン制御ユニットを備える、という構成を採用する。
【0013】
また、本発明に係る摺動状態評価方法は、ピストンが往復自在に設置されるシリンダライナの内周面と、ピストンの外周面に設けられるピストンリングとの間の摺動状態を評価する摺動状態評価方法であって、ピストンの往復方向でのピストンリングの両側の圧力差を算出する算出工程と、圧力差の変化に基づいて摺動状態を評価する評価工程とを有する、という方法を採用する。
【発明の効果】
【0014】
本発明によれば、以下の効果を得ることができる。
本発明によれば、圧力差の変化に基づいて摺動状態を評価することで、摺動状態の変化を迅速に検知できるという効果がある。
【図面の簡単な説明】
【0015】
【図1】本発明の実施形態におけるエンジンシステムの構成を示す概略図である。
【図2】本発明の実施形態におけるピストンの外周面を拡大した断面図である。
【図3】本発明の実施形態における評価部による摺動状態の評価処理を説明するためのグラフである。
【図4】本発明の実施形態におけるピストンリングの上下の圧力差の変化と潤滑油中の鉄粉濃度との関係を示す第1のグラフである。
【図5】本発明の実施形態におけるピストンリングの上下の圧力差の変化と潤滑油中の鉄粉濃度との関係を示す第2のグラフである。
【図6】本発明の実施形態におけるピストンリングの上下の圧力差の変化と潤滑油中の鉄粉濃度との関係を示す第3のグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0016】
以下、本発明の実施の形態を、図1から図6を参照して説明する。なお、以下の説明に用いる各図面では、各部材を認識可能な大きさとするため、各部材の縮尺を適宜変更している。
【0017】
図1は、本実施形態におけるエンジンシステム1の構成を示す概略図である。
エンジンシステム1は、内燃機関であるレシプロエンジン2と、当該レシプロエンジン2を制御するエンジン制御ユニット3とを備えている。
【0018】
レシプロエンジン2は、燃料の燃焼により発生する熱エネルギーを、力学的エネルギーに変換する内燃機関である。レシプロエンジン2は、シリンダライナ21と、ピストン22と、クランクシャフト23とを備えている。
【0019】
シリンダライナ21は、ピストン22を収容する部材であって、端部が閉鎖された略円筒状に成形されている。シリンダライナ21の内部には、燃料と空気との混合気を燃焼させる燃焼室21aが設けられている。シリンダライナ21には、燃焼室21aに混合気を供給する不図示の供給口と、燃焼室21aでの混合気の燃焼により生じる燃焼ガス・排気ガスを排出する不図示の排出口が設けられている。また、シリンダライナ21の燃焼室21aと逆側には、クランクシャフト23を回転自在に収容するクランクケース21bが接続されている。
【0020】
ピストン22は、略円柱状に成形され、シリンダライナ21の内部に往復自在に設置されている。上述した燃焼室21aは、シリンダライナ21と、ピストン22の一方側の端面とによって形成されている。そのため、ピストン22は、燃焼室21aでの混合気の燃焼により生じる燃焼ガスによって付勢され、移動する構成となっている。
ピストン22は、シリンダライナ21の内周面21cとの間に、隙間21dをあけて設置されている。また、ピストン22は、コネクティングロッド24を介してクランクシャフト23に連結されている。クランクシャフト23は、ピストン22が往復移動することで回転する部材であり、レシプロエンジン2の外部に回転駆動力を出力する不図示の出力軸と接続されている。
なお、本実施形態におけるレシプロエンジン2では、ピストン22の往復方向は鉛直上下方向に設定されている。以下の説明では、ピストン22の往復方向を上下方向と記載して説明する場合がある。
【0021】
ピストン22の外周面22aには、第1ピストンリングR1から第4ピストンリングR4の4つのピストンリング(以下、単に「リング」と称する)が設けられている。リングR1〜R4は、シリンダライナ21の内周面21cに接して設けられており、ピストン22が往復移動するに従って内周面21cと摺動する。リングR1〜R4は、燃焼室21aで生じた燃焼ガスが隙間21dを通ってクランクケース21b側に抜け出ることを防止するものである。なお、第1リングR1から第4リングR4は、燃焼室21a側からクランクケース21b側に向かって順に配置されている。
【0022】
また、レシプロエンジン2は、シリンダライナ21の内周面21c側に潤滑油を供給する給油ノズル25と、当該給油ノズル25に向けて潤滑油を送り出す潤滑油供給部26とを備えている。潤滑油は内周面21cに対してリングR1〜R4を円滑に摺動させるために供給されるものである。
【0023】
ピストン22の外周面22a近傍の構成について、さらに詳細に説明する。
図2は、本実施形態におけるピストン22の外周面22aを拡大した断面図である。
ピストン22の外周面22aには、周方向に延在する複数の溝部22bが形成されている。複数の溝部22bには、リングR1〜R4がそれぞれ配置されている。
【0024】
リングR1〜R4は、弾性を有する金属材料を用いて円環状に成形されており、径方向内側に押し縮められた状態でシリンダライナ21の内側に設けられている。リングR1〜R4は、径方向外側に拡開しようとするため、内周面21cに密接している。また、内周面21c側への潤滑油の供給により、リングR1〜R4と内周面21cとの間には油膜21eが形成されている。油膜21eが形成されることで、リングR1〜R4が内周面21cに対して円滑に摺動することが可能となる。
【0025】
隙間21d内を上下方向(紙面上下方向)で燃焼ガスが流動すると、リングR1〜R4は燃焼ガスによって付勢され、溝部22bの一方の側面に密接する。よって、リングR1〜R4は隙間21dを閉鎖でき、燃焼ガスが燃焼室21aから隙間21dを通ってクランクケース21b側に抜け出ることを防止・抑制することができる。
なお、隙間21dのうち、第1リングR1と第2リングR2との間に形成される空間を第1空間S1と規定し、第2リングR2と第3リングR3との間に形成される空間を第2空間S2と規定する。
【0026】
図1に戻り、エンジン制御ユニット3は、レシプロエンジン2の動作を制御するECU(Engine Control Unit、制御装置)4と、リングR1〜R4とシリンダライナ21の内周面21cとの摺動状態を評価する摺動状態評価装置5とを備えている。
ECU4は、燃焼室21aに供給される混合気の量や混合比率等を調整してレシプロエンジン2の出力等を制御し、潤滑油供給部26が送り出す潤滑油量を調整して給油ノズル25から内周面21c側に供給される潤滑油量を制御する制御装置である。
【0027】
摺動状態評価装置5は、リングR1〜R4と内周面21cとの摺動状態を評価し、この評価結果をECU4に出力する装置である。摺動状態評価装置5は、圧力センサ(圧力計測部)51と、クランク角度計測部(位置計測部)52と、算出部53と、評価部54とを備えている。
【0028】
圧力センサ51は、シリンダライナ21の内周面21cとピストン22の外周面22aとの間の隙間21dにおける圧力を計測するセンサである。圧力センサ51は、シリンダライナ21の内周面21cに開口する孔部内に挿入して設置されている。圧力センサ51の計測結果は、算出部53に常時出力される。
【0029】
クランク角度計測部52は、リングR1〜R4の上下方向での位置計測に用いられる機器であって、クランクシャフト23の回転角度を計測する機器である。クランク角度計測部52は、クランクシャフト23の回転角度を計測するロータリエンコーダ等を備えており、計測した回転角度は算出部53に常時出力される。なお、クランク角度計測部52の代わりに、リングR1〜R4の上下方向での位置を計測する他の計測機器を用いてもよい。
【0030】
算出部53は、リングR1〜R4の上下方向での両側の圧力差をそれぞれ算出する演算装置である。より詳細には、算出部53は、リングR1〜R4の上下方向での両側の圧力を各々算出し、この算出結果からリングR1〜R4の上下方向での両側の圧力差をそれぞれ算出する。なお、算出部53が圧力センサ51から常時出力されている圧力計測結果を1秒間に取得できる回数(サンプリング周波数)は、10kHz程度となっている。算出部53が算出したリングR1〜R4の各圧力差は、評価部54に出力される。
【0031】
算出部53による圧力差の算出処理を詳細に説明する。
算出部53は、隙間21dにおける圧力計測結果を圧力センサ51から常時取得している。レシプロエンジン2の動作中はピストン22が往復移動していることから、圧力センサ51の計測結果のうち、リングR1〜R4が上下方向でどこに位置しているときの計測結果であるかを判別する必要がある。
算出部53は、クランク角度計測部52からクランクシャフト23の回転角度の計測結果を取得し、この回転角度を用いてリングR1〜R4の上下方向での位置を算出する。そして、算出部53は、算出したリングR1〜R4の位置に基づいて、圧力センサ51から取得している圧力計測結果から、リングR1〜R4の上下方向での両側の圧力を各々算出する。
【0032】
なお、算出部53は、リングR1〜R4の上下方向での両側の圧力を各々算出するにあたり、圧力センサ51が複数回計測した結果を平均して算出している。
算出部53は、高いサンプリング周波数(10kHz程度)を有しているため、ピストン22の往復移動中においても、リングR1〜R4のうち所定のリング間における空間の圧力計測結果を複数回(例えば7回)で取得することかできる。そして、算出部53は取得した圧力測定結果を平均して、リングR1〜R4の上下方向での両側の圧力を各々算出している。このような算出処理を行うことで、圧力センサ51や算出部53におけるノイズ等の影響を低減することができる。なお、算出部53のサンプリング周波数は10kHzに限定されず、ピストン22の往復移動速度、圧力センサ51の設置位置、又はリングR1〜R4の各間隔等に応じて適宜選択してよい。
【0033】
なお、燃焼室21aにて混合気が燃焼し、ピストン22がクランクケース21b側に移動している間にのみ、算出部53が圧力センサ51から圧力計測結果を取得するようにしてもよい。混合気の燃焼後に圧力計測結果を取得することで、大きな圧力差を算出することができる。
【0034】
続いて、算出部53は、各々算出したリングR1〜R4の両側の圧力を用いて、リングR1〜R4の上下方向での両側の圧力差をそれぞれ算出する。算出したリングR1〜R4の各圧力差は、評価部54に出力される。
以上で、算出部53による圧力差の算出処理が終了する。
【0035】
評価部54は、算出部53が算出した圧力差の変化に基づいて、リングR1〜R4と内周面21cとの間の摺動状態をそれぞれ評価する演算装置である。評価部54の評価結果は、ECU4に出力される。
なお、評価部54と上述した算出部53とが、同一の演算装置によって構成されていてもよい。また、上述したECU4、算出部53及び評価部54が、同一の演算装置によって構成されていてもよい。
【0036】
評価部54による摺動状態の評価処理を詳細に説明する。なお、リングR1〜R4と内周面21cとの間の摺動状態のそれぞれの評価処理は、いずれも同一である。よって、以下の説明では、第2リングR2と内周面21cとの間の摺動状態の評価処理についてのみ説明する。
【0037】
まず、評価部54の評価処理の前提となる、第2リングR2と内周面21cとの間の摺動状態と、第2リングR2の上下の圧力差における変化との関係について、図2を参照して説明する。
上述したように、第2リングR2は弾性を有する金属材料によって成形されており、径方向外側に拡開しようとすることから、内周面21cに密接している。また、第2リングR2の内周面21cへの密接力Fは、第1空間S1と第2空間S2との間の圧力差(すなわち第2リングR2の上下の圧力差)によって変化する。ここで、第1空間S1の圧力を符号P1で表し、第2空間S2の圧力を符号P2で表している。
【0038】
例えば、第1空間S1の圧力P1が第2空間S2の圧力P2よりも大きくなったときには、第2リングR2は下方に向けて付勢され、溝部22bの下方側の側面に密接する。圧力P1,P2の圧力差が拡大するに従い、第2リングR2の溝部22bに対する密接力は増加し、第1空間S1と第2空間S2との間はさらに密閉される。この密閉により、第1空間S1から第2空間S2に向かう燃焼ガスの流動がさらに抑制される。第1空間S1内の燃焼ガスは、第2リングR2の径方向内側にも流入していることから、燃焼ガスは第2リングR2を径方向外側に付勢する。よって、第2リングR2の内周面21cへの密接力Fが増加し、第2リングR2と内周面21cとの間の接触面圧が上昇する。すなわち、第2リングR2の上下の圧力差の拡大は、第2リングR2と内周面21cとの間の接触面圧の上昇をもたらす。
【0039】
このように接触面圧が上昇することで、油膜21eの薄膜化等を引き起こし、第2リングR2が内周面21cに直接に接触するといった摺動状態の悪化(変化)に繋がる。もっとも、接触面圧が次第に上昇した場合には、第2リングR2と内周面21cとのなじみ(局所的な摺り合わせ)が進むため、摺動状態が大きく悪化することはない。
しかしながら、第2リングR2の上下の圧力差が急激に拡大すると、上記なじみが適切に行われず、第2リングR2が内周面21cに直接に接触して摩耗することや、微細な焼き付きが生じる。このような摩耗・焼き付きが生じることで、内周面21c側に供給された潤滑油に含まれる鉄粉濃度が増加する。さらに、悪化した摺動状態が所定の時間で続くことにより、摩耗が生じている部分が拡大し、第2リングR2の全体に亘る焼き付きが生じる虞がある。
【0040】
本実施形態の評価部54は、上述した知見に基づいて、第2リングR2の上下の圧力差が、所定の変化率以上の変化率で拡大し、且つその拡大が所定の時間幅で続いたときに、第2リングR2と内周面21cとの摺動状態が悪化(変化)したと評価し、評価結果をECU4に出力してECU4にレシプロエンジン2の運転調整を行わせるものである。具体的には、評価部54は、第2リングR2の上下の圧力差が、0.5MPa/hr以上の変化率で拡大し、且つその拡大が10分続いたときに、第2リングR2と内周面21cとの摺動状態が悪化(変化)したと評価する。
また、換言すれば、評価部54は、所定の時刻に算出部53から取得した圧力差と、所定の時刻から10分後に算出部53から取得した圧力差との間の変化量を算出し、当該変化量が所定の閾値以上であれば、第2リングR2と内周面21cとの摺動状態が悪化(変化)したと評価する。圧力差の変化量の閾値は、上述した圧力差の変化率0.5MPa/hrに基づき、0.084MPa(≒0.5MPa/hr×0.167hr(≒10min))に設定している。
【0041】
評価部54による摺動状態の評価処理を、複数の具体例を挙げて説明する。
図3は、本実施形態における評価部54による摺動状態の評価処理を説明するためのグラフである。
図3に示すように、具体例として3種類の圧力差の変化結果を用いて説明する。時間の経過とともに変化する圧力差を示すグラフとして、第1圧力差変化G1、第2圧力差変化G2及び第3圧力差変化G3を用いる。これらの圧力差変化は、時間Taにおいて圧力差Pdaを示している。時間Taから10分経過した時間を、時間Tbとする。時間Taにおける圧力差Pdaが、0.5MPa/hrの変化率で拡大したときの、時間Tbにおける圧力差をPdbとする。圧力差PdaとPdbとの差は、圧力差の変化量に対する閾値Pdt(=0.084MPa)となっている。
【0042】
まず、第2リングR2の上下の圧力差が、第1圧力差変化G1に従って変化した場合の、評価部54の評価処理について説明する。
最初に、評価部54は、時間Taにおける圧力差Pdaを算出部53から取得して保持する。
次に、評価部54は、時間Taから10分後の時間Tbにおける圧力差を算出部53から取得して保持する。圧力差が第1圧力差変化G1に従って変化すると、時間Tbにおける圧力差はPd1となる。
次に、10分の時間幅での圧力差の変化量と、閾値Pdtとを比較する。評価部54は、圧力差PdaとPd1との間の差、すなわち圧力差の変化量を算出し、この変化量と閾値Pdtとを比較する。圧力差が第1圧力差変化G1に従って変化した場合には、圧力差Pd1はPdbよりも小さくなっている。したがって、評価部54は、第2リングR2と内周面21cとの間の摺動状態が悪化(変化)したと評価しない。
【0043】
次に、第2リングR2の上下の圧力差が、第2圧力差変化G2に従って変化した場合の、評価部54の評価処理について説明する。
最初に、評価部54は、時間Taにおける圧力差Pdaを算出部53から取得して保持する。
次に、評価部54は、時間Taから10分後の時間Tbにおける圧力差を算出部53から取得して保持する。圧力差が第2圧力差変化G2に従って変化すると、時間Tbにおける圧力差はPd2となる。
次に、10分の時間幅での圧力差の変化量と、閾値Pdtとを比較する。評価部54は、圧力差PdaとPd2との間の差、すなわち圧力差の変化量を算出し、この変化量と閾値Pdtとを比較する。圧力差が第2圧力差変化G2に従って変化した場合には、圧力差Pd2はPdbよりも大きくなっている。したがって、評価部54は、第2リングR2と内周面21cとの間の摺動状態が悪化(変化)したと評価する。さらに、評価部54は、この評価結果をECU4に対して出力する。ECU4は評価結果に従い、レシプロエンジン2の運転調整を行う。
【0044】
最後に、第2リングR2の上下の圧力差が、第3圧力差変化G3に従って変化した場合の、評価部54の評価処理について説明する。
最初に、評価部54は、時間Taにおける圧力差Pdaを算出部53から取得して保持する。
次に、評価部54は、時間Taから10分後の時間Tbにおける圧力差を算出部53から取得して保持する。圧力差が第3圧力差変化G3に従って変化すると、時間Tbにおける圧力差はPd3となる。
次に、10分の時間幅での圧力差の変化量と、閾値Pdtとを比較する。評価部54は、圧力差PdaとPd3との間の差、すなわち圧力差の変化量を算出し、この変化量と閾値Pdtとを比較する。圧力差が第3圧力差変化G3に従って変化した場合には、圧力差Pd3はPdbよりも小さくなっている。したがって、評価部54は、第2リングR2と内周面21cとの間の摺動状態が悪化(変化)したと評価しない。
圧力差が第3圧力差変化G3に従って変化した場合には、10分の時間が経過するまでに圧力差は一時的に圧力差Pdbを超えている。圧力差の一時的な閾値Pdtの超過は、計測誤差等が考えられる。そのため、10分という時間幅での圧力差の変化量と、閾値Pdtを比較することで、評価部54は計測誤差等を除外した安定した評価処理を行うことができる。
以上で、評価部54による摺動状態の評価処理が終了する。
【0045】
続いて、エンジンシステム1の動作を説明する。
まず、ECU4がレシプロエンジン2を作動させる。
次に、算出部53が圧力センサ51及びクランク角度計測部52の計測結果に基づいて、第2リングR2の上下の圧力を各々算出する。
次に、算出部53が、各々算出された第2リングR2の上下の圧力を用いて、第2リングR2の上下の圧力差を算出する(算出工程)。この算出結果は評価部54に出力される。
次に、評価部54が、算出部53から取得した圧力差の変化に基づいて、第2リングR2と内周面21cとの間の摺動状態を評価する(評価工程)。この評価結果はECU4に出力される。
最後に、ECU4が評価部54の評価結果に基づいて、レシプロエンジン2の運転調整を行う。具体的には、レシプロエンジン2の出力調整や内周面21c側に供給される潤滑油量の調整等が行われる。
以上で、エンジンシステム1の動作が終了する。
【0046】
最後に、実際のレシプロエンジン2における、リングR1〜R4の上下の圧力差のそれぞれの変化と、内周面21c側に供給された後の潤滑油中の鉄粉濃度の変化との関係を、図4から図6を参照して説明する。
図4は、本実施形態におけるリングR1〜R4の上下の圧力差の変化と潤滑油中の鉄粉濃度との関係を示す第1のグラフである。また、図5は、本実施形態におけるリングR1〜R4の上下の圧力差の変化と潤滑油中の鉄粉濃度との関係を示す第2のグラフである。また、図6は、本実施形態におけるリングR1〜R4の上下の圧力差の変化と潤滑油中の鉄粉濃度との関係を示す第3のグラフである。
【0047】
図4から図6においては、時間の経過とともに変化する、リングR1〜R4の上下の圧力差と、内周面21c側に供給された後の潤滑油中の鉄粉濃度とを併せて記載している。なお、本計測において、鉄粉濃度の過度の増加を示す閾値(鉄粉のベース、図4参照)を約70ppmに設定している。
【0048】
図4に示すように、時間7hr辺りから第2リングR2の上下の圧力差が拡大し始め、当該圧力差の変化量は21分間で0.29MPaとなった。なお、圧力差の変化率は、0.83MPa/hrである。また、第2リングR2の上下の圧力差が拡大し始めた後に、潤滑油中の鉄粉濃度が上述した鉄粉のベースを超え、鉄粉濃度が過度に増加した状態となっている。そのため、第2リングR2と内周面21cとの間の摺動状態が悪化していると推定される。
【0049】
図5に示すように、時間5.4hr辺りから第4リングR4の上下の圧力差が拡大し始め、当該圧力差の変化量は16分間で0.9MPaとなった。なお、圧力差の変化率は、3.375MPa/hrである。また、第4リングR4の上下の圧力差が拡大し始めた後に、潤滑油中の鉄粉濃度が上昇し始めている。そのため、第4リングR4と内周面21cとの間の摺動状態が悪化していると推定される。
【0050】
図6に示すように、時間2.5hr辺りから第3リングR3の上下の圧力差が拡大し始め、当該圧力差の変化量は13分間で1.0MPaとなった。なお、圧力差の変化率は、4.62MPa/hrである。また、第3リングR3の上下の圧力差が拡大し始めた後に、潤滑油中の鉄粉濃度が上昇し始めている。そのため、第3リングR3と内周面21cとの間の摺動状態が悪化していると推定される。
【0051】
図4から図6に示すように、潤滑油中の鉄粉濃度の上昇に先立ち、リングR1〜R4の上下の圧力差が拡大している。そのため、リングR1〜R4の上下の圧力差の変化を捉えることで、リングR1〜R4と内周面21cとの摺動状態の悪化(変化)を迅速に検知することができる。また、リングR1〜R4の上下の圧力差の変化に基づいて、レシプロエンジン2の動作調整等を行うことで、リングR1〜R4と内周面21cとの間の摩耗や焼き付き等の発生を抑制又は防止することができる。
なお、圧力差が拡大した時間及び圧力差の変化量を以下に示す。
【0052】
図4: 21分間で0.29MPa変化 (変化率0.83MPa/hr)
図5: 16分間で0.9MPa変化 (変化率3.375MPa/hr)
図6: 13分間で1.0MPa変化 (変化率4.62MPa/hr)
【0053】
本実施形態における評価部54は、図4から図6において、鉄粉濃度の上昇の前に確認された、圧力差が拡大した時間及び圧力差の変化率のそれぞれの最小値に対して、一定の安全係数を乗じた数値を基準値として設定している。圧力差の変化を確認するときの10分の時間幅は、図6において圧力差が拡大した時間である13分に安全係数として0.7程度を乗じたものである。また、圧力差の変化率の基準となる0.5MPa/hrは、図4における圧力差の変化率である0.83MPa/hrに安全係数として0.7程度を乗じたものである。
【0054】
本実施形態によれば、以下の効果を得ることができる。
本実施形態によれば、リングR1〜R4の上下の圧力差の変化に基づいて、リングR1〜R4とシリンダライナ21の内周面21cとの間の摺動状態を評価することで、当該摺動状態の変化を迅速に検知できるという効果がある。
【0055】
以上、添付図面を参照しながら本発明に係る好適な実施形態について説明したが、本発明は係る例に限定されないことは言うまでもない。上述した例において示した各構成部材の諸形状や組み合わせ等は一例であって、本発明の主旨から逸脱しない範囲において設計要求等に基づき種々変更可能である。
【符号の説明】
【0056】
1…エンジンシステム、2…レシプロエンジン、3…エンジン制御ユニット、4…ECU(制御装置)、5…摺動状態評価装置、21…シリンダライナ、21c…内周面、22…ピストン、22a…外周面、R1…第1リング(ピストンリング)、R2…第2リング(ピストンリング)、R3…第3リング(ピストンリング)、R4…第4リング(ピストンリング)、51…圧力センサ(圧力計測部)、52…クランク角度計測部(位置計測部)、53…算出部、54…評価部


【特許請求の範囲】
【請求項1】
ピストンが往復自在に設置されるシリンダライナの内周面と、前記ピストンの外周面に設けられるピストンリングとの間の摺動状態を評価する摺動状態評価装置であって、
前記ピストンの往復方向での前記ピストンリングの両側の圧力差を算出する算出部と、
前記圧力差の変化に基づいて前記摺動状態を評価する評価部とを備えることを特徴とする摺動状態評価装置。
【請求項2】
請求項1に記載の摺動状態評価装置において、
前記評価部は、所定の時間幅での前記圧力差の変化量が所定の閾値以上であるときに、前記摺動状態が変化したと評価することを特徴とする摺動状態評価装置。
【請求項3】
請求項1又は2に記載の摺動状態評価装置において、
前記ピストンの外周面と前記シリンダライナの内周面との間に形成される空間の圧力を計測する圧力計測部と、
前記往復方向での前記ピストンリングの位置を計測する位置計測部とを備え、
前記算出部は、前記圧力計測部及び前記位置計測部の計測結果に基づいて前記圧力差を算出することを特徴とする摺動状態評価装置。
【請求項4】
レシプロエンジンを制御する制御装置を備えるエンジン制御ユニットであって、
請求項1から3のいずれか一項に記載の摺動状態評価装置を備え、
前記制御装置は、前記摺動状態評価装置の評価結果に基づいて前記レシプロエンジンを制御することを特徴とするエンジン制御ユニット。
【請求項5】
レシプロエンジンと、当該レシプロエンジンを制御する制御ユニットとを備えるエンジンシステムであって、
前記制御ユニットとして、請求項4に記載のエンジン制御ユニットを備えることを特徴とするエンジンシステム。
【請求項6】
ピストンが往復自在に設置されるシリンダライナの内周面と、前記ピストンの外周面に設けられるピストンリングとの間の摺動状態を評価する摺動状態評価方法であって、
前記ピストンの往復方向での前記ピストンリングの両側の圧力差を算出する算出工程と、
前記圧力差の変化に基づいて前記摺動状態を評価する評価工程とを有することを特徴とする摺動状態評価方法。


【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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