説明

摺動部品および摺動部品表面の加工方法

【課題】摺動部品表面への被加工材の凝着物が発生し難い摺動部品を提供する。
【解決手段】表面構造として、周期10〜100nm、深さ5〜50nmの第1周期構造と、周期100〜1000nm、深さ20〜500nmの第2周期構造と、周期1000〜10000nm、深さ100〜3000nmの第3周期構造のうち、少なくとも2種類の周期構造を有し、当該少なくとも2種類の周期構造のうち一方の周期構造上に他方の周期構造が形成されている表面構造を有する摺動部品である。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、例えば微細なコネクタやその他の電子デバイスを精密成型するための金型などの摺動部品および摺動部品表面の加工方法に関する。
【背景技術】
【0002】
ドリルなどの各種工具、金型、エンジン部品などの摺動部品は工業的に多く用いられている。例えばプレス金型加工においては、プレス成型品のバリの低減という品質特性やパンチやダイスなどの金型自体の耐久性などにとって、加工時の摩擦界面での潤滑機構が重要である。この潤滑機構は、潤滑剤を摩擦界面に導入する導入機構と、潤滑剤による摩擦界面での摩擦低減機構とに分けられる。
【0003】
導入機構の一つは、材料表面の凹凸による潤滑剤導入である。被加工材表面や金型表面には大小さまざまな凹凸(表面粗さ)が存在する。加工前に被加工材あるいは金型に塗布された潤滑剤は、その表面粗さの凹部に蓄えられる(貯蔵効果)。金型と被加工材とが互いに接触するときに潤滑剤が逃げる隙間がないと潤滑剤は凹部に封じ込められ、この状態を維持したまま潤滑剤は摩擦界面に持ち込まれる。潤滑剤が封じ込められている部分は、塑性加工では「ミクロプール」や「潤滑剤溜り」などと呼ばれる。この種の導入機構はすべての塑性加工で期待される。
【0004】
このような貯蔵効果を積極的に利用する目的で、被加工材や金型の表面を、酸による腐食、ショットピーニング、あるいはサンドブラストなどによって予め粗くしておくと、潤滑剤が導入され易くなり、摩擦低減機構にて摩擦力が低下することや、型かじりや焼き付きを防止できることなどが確認されている。加圧加工の進行に伴いミクロプール中の潤滑剤に高い静水圧が発生し、この高い静水圧によって加工面圧の一部が受け持たれるようになる。このような状態になると、被加工材と金型との接触率の増加が抑制されるようになる(摩擦低減機構)。このような技術情報は、例えば非特許文献1に開示されている。
【0005】
金属部材の表面にミクロプールを形成する従来技術として、例えば特許文献1、2、3が挙げられる。
【0006】
特許文献1には、金型表面のうちの被加工材と接触する成形型面に、徴小大きさ(約3μm×3μm×1.5μm)の潤滑剤溜りが形成されている金型が開示されている。金型と被加工材との間に潤滑剤が介在した状態で成形加工を行うと、潤滑剤溜りに潤滑剤が蓄えられる。従って、金型の成形型面と被加工材の表面との間で高い潤滑性が保持された状態で、被加工材が成形加工される。
【0007】
また、特許文献2には、合金材料を熱処理することによって、深さ:2μm以上、個数:200〜8200個/mm2、面積率:10〜70%を満足するミクロプールが形成された金属部材が開示されている。
【0008】
また、特許文献3には、表面に0.1μm以上、5.0μm以下の深さの溝が面積率にして0.1%以上、30.0%以下存在し、それ以外の表面に、表面から見たときの直径が5nm以上、500nm以下、且つ高さが5nm以上、500nm以下の範囲に入る粒状突起物が面積率にして30%以上(100%を含む)存在している金属部材が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0009】
【特許文献1】特開2005-144528号公報
【特許文献2】特開平7-18403号公報
【特許文献3】特開2001-247948号公報
【非特許文献】
【0010】
【非特許文献1】社団法人日本金属プレス工業協会編/片岡征二著、「プレス加工のトライボロジー」、日刊工業新聞社
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0011】
従来技術によると金属部材表面にミクロプールを形成することにより潤滑剤の保持性能を向上させている。しかし、当該金属部材を加工に繰り返し用いると、金属部材表面への被加工材の凝着現象が発生してしまい、金属部材の摩耗や成形品の寸法誤差を生じる。
【0012】
このような状況に鑑み、本発明は、摺動部品表面への被加工材の凝着が発生し難い摺動部品および摺動部品表面の加工方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0013】
第1発明である摺動部品は、表面構造として、周期10〜100nm、深さ5〜50nmの第1周期構造と、周期100〜1000nm、深さ20〜500nmの第2周期構造と、周期1000〜10000nm、深さ100〜3000nmの第3周期構造のうち、少なくとも2種類の周期構造を有し、当該少なくとも2種類の周期構造のうち一方の周期構造上に他方の周期構造が形成されている表面構造を有する摺動部品である。
【0014】
第2発明は、第1発明において、第2周期構造と第3周期構造のうち少なくとも一方が、リップル構造であることを特徴とする。
【0015】
第3発明は、第2発明において、第2周期構造と第3周期構造のうち少なくとも一方のリップル構造が、摺動部品の摺動方向と垂直な方向に形成されていることを特徴とする。
【0016】
第4発明は、第1発明から第3発明のいずれかにおいて、表面構造が少なくとも摺動部品のエッジ部に形成されていることを特徴とする。
【0017】
第5発明であるガスクラスターイオンビームを用いて摺動部品の表面を加工する方法は、摺動部品の摺動方向と平行な方向からガスクラスターイオンビームを照射するステップを有する摺動部品表面の加工方法である。
【0018】
第6発明は、第5発明において、ガスクラスターイオンビームを照射する角度が、摺動部品表面の法線から30度以上75度以下の範囲であることを特徴とする。
【発明の効果】
【0019】
本発明に拠れば、表面構造として、凝着の規模と同程度の第2周期構造と、凝着の規模よりも大きい第3周期構造と、凝着の規模よりも小さい第1周期構造のうち、少なくとも2種類の周期構造を有し、当該少なくとも2種類の周期構造のうち一方の周期構造上に他方の周期構造が形成されていることから、摺動部品への凝着は発生し難い。さらには摺動部品自体の寿命やメンテナンス間隔を延ばすことができる。
【図面の簡単な説明】
【0020】
【図1】非常に平坦な金型を用いたプレス加工において凝着が発生することを説明するための模式図(従来技術)。(a)プレス前の状態。(b)プレス後の状態。
【図2】走査型電子顕微鏡による移着粒子の観察結果を示す図。
【図3】表面に周期的な凹凸が形成された金型を用いたプレス加工において凝着が発生することを説明するための模式図(従来技術)。(a)プレス前の状態。(b)プレス後の状態。
【図4】表面に不規則な凹凸が形成された金型を用いたプレス加工において凝着が発生することを説明するための模式図(従来技術)。(a)プレス前の状態。(b)プレス後の状態。
【図5】本発明の摺動部品(金型)を用いたプレス加工において凝着が発生しないことを説明するための模式図。(a)プレス前の状態。(b)プレス後の状態。
【図6】(a)原子間力顕微鏡による第1〜第3の各周期構造の形状測定結果を示す図。(b)原子間力顕微鏡による第1と第2の各周期構造の形状測定結果を示す図。(c)図6(b)の四角囲み部分の模式図。
【図7】(d)図6(a)に示す第1〜第3の各周期構造の模式図。(e)図7(d)の矢印で示す部分の拡大図であり、表面構造が3種類の周期構造が複合化した構造であることを示すための模式図。
【図8】(a)パンチ金型の模式図。(b)図8(a)に示す四角囲み部分の走査型電子顕微鏡による観測結果を示す図。(c)図8(b)に示す丸囲み部分の拡大図。
【図9】各実施例および各比較例にて行った摺動試験の手順を示す図。(a)被加工材を所定位置にセットする工程。(b)パンチ金型を被加工材に打ち込む工程。(c)被加工材からパンチ金型を引き抜く工程。
【図10】各実施例および各比較例の摺動試験結果を示す一覧表。
【発明を実施するための形態】
【0021】
既に説明したように、摺動部品の表面に小さな凹凸を予め形成しておくと、加工前に摺動部品あるいは相手方の部品に塗布された潤滑剤は、その表面粗さの凹部(ミクロプール)に蓄えられる。摺動部品と相手方の部品とが互いに接触するときに潤滑剤が逃げる隙間がないと潤滑剤はミクロプールに封じ込められ、この状態を維持したまま潤滑剤は摩擦界面に持ち込まれる。
【0022】
しかしながら、潤滑剤の導入機構によって大量の潤滑剤が摩擦界面に持ち込まれたとしても、摩擦界面全面に連続した流体潤滑膜が形成されることはほとんどない。このことは例えばプレス加工などの場合に特に顕著である。この摩擦界面の接触状態は、摺動部品と相手方の部品とが接触する固体−固体接触状態と、摺動部品とミクロプールの潤滑剤とが接触する固体−液体接触状態に分類される。この固体−固体接触状態では、境界潤滑が支配的な状態にあり、摩擦界面では金属結合も生じる。一方、固体−液体接触状態では、ミクロプール中の潤滑剤に高い静水圧が発生し、流体潤滑に近い状態にある。
【0023】
例えば摺動部品1である金型が非常に平坦な場合を考えてみると、図1に示すように潤滑剤2が金型1と被加工材3との摩擦界面から逃げていってしまうので、金型1へ被加工材3が凝着しやすい。符号4は凝着部を示す(図面が煩雑になることを避けるため一つのみに符号を附している)。被加工材3の金型1への凝着を走査型電子顕微鏡によって観察した結果を図2に示す。被加工材3と金型1との凝着部4が離れる時に、被加工材3の一部が金型1の表面に残ることにより形成される移着粒子(図中丸囲み部分)が観察された。この観察により、数100nm〜1μm程度の直径を持つ移着粒子が多いことがわかった。従来技術のように金型1の表面に周期的な凹凸1aを形成した場合、図3に示すように潤滑剤2が摩擦界面に持ち込まれるので固体−固体接触状態が緩和されて被加工材3の凝着が少なくなる。また、図4に示すように金型1に不規則な凹凸1bを形成した場合も同様に被加工材3の凝着が少なくなる。しかしながら、これらの条件では被加工材3の凝着をなくすことができない。これは先に述べたように、固体−固体接触状態では、境界潤滑が支配的であるからである。
【0024】
被加工材3の表面には凹凸や傷、結晶粒界、加工歪み蓄積などが存在しており、それらの不均一部分(例えば高い突起)と金型1の表面との摩擦によって100nm〜1μm程度の単位で凝着が生じる。本発明者らは、この凝着の大きさ(直径100nm〜1μm程度)と同程度のミクロプールと、凝着よりも大きなミクロプール(周期1μm〜10μm)と、凝着よりも小さなミクロプール(周期10〜100nm)のうち少なくとも2種類を摺動部品1の表面に形成することによって、従来技術と比較して格段に大量の潤滑剤を摩擦界面に持ち込むことができるとの知見を得た。具体的には、本発明の摺動部品は、表面構造として、周期10〜100nm、深さ5〜50nmの第1周期構造と、周期100〜1000nm、深さ20〜500nmの第2周期構造と、周期1000〜10000nm、深さ100〜3000nmの第3周期構造のうち、少なくとも2種類の周期構造を有し、当該少なくとも2種類の周期構造のうち一方の周期構造上に他方の周期構造が形成されている表面構造を有する。
【0025】
本発明の摺動部品1をプレス加工などに用いると、摩擦界面全面に連続した流体潤滑膜が形成され、被加工材3の凝着をなくすことができる(図5参照)。移着粒子よりも大きなミクロプール(周期1μm〜10μm)により流体潤滑状態が実現出来る理由として、マイクロメートルオーダーにおけるくさび効果による潤滑剤の摩擦界面への導入を多段階に行うことが関与しているものと推察される(くさび効果については非特許文献1参照)。したがって、摺動部品の表面構造はくさび状になることが重要である。一方、ミクロプールAよりも小さなミクロプール(周期10〜100nm)により、流体潤滑状態でもわずかに発生する摩擦界面でのミクロな固体接触の接触圧力が緩和されるメカニズムが考えられる。このような作用によって、被加工材3の摺動部品1の表面への凝着を抑制することができる。
【0026】
また、本発明者らは、摺動部品にガスクラスターイオンビームを照射することにより、上述の表面構造を摺動部品表面に形成できることを見出した。ガスクラスターイオンビームによる加工はビームプロセスなので、摺動部品の一部、例えばエッジ部を狙ってガスクラスターイオンビームを照射することができる。ガスクラスターイオンビームを適切な角度、典型的には摺動部品表面の法線から30度以上75度以下の角度で照射することによって、摺動部品の表面に微細なリップル構造を形成することができる。また、リップル構造は、ミクロプールの潤滑剤保持機能の観点から、リップル構造の筋の伸びる方向が摺動方向と垂直になるように形成されていることが好ましい。
【0027】
摺動部品表面に上述の表面構造を形成するための装置として、例えば特許第3994111号公報に記載されているガスクラスターイオンビーム装置を用いることができる。原料ガスをノズルから真空のクラスター生成室内に噴出させて、ガス分子を凝集させクラスターを生成する。そのクラスターはスキマーを通してガスクラスタービームとしてイオン化室へ導かれる。イオン化室ではイオナイザーから電子線、例えば熱電子を照射して中性クラスターをイオン化する。このイオン化されたガスクラスタービームは、加速電極によって加速される。入射されたガスクラスターイオンビームがアパーチャーにより所定のビーム径とされて摺動部品の表面に照射される。電気的絶縁体の摺動部品の表面を平坦化する場合などには、ガスクラスターイオンを電子によりあらかじめ中性化する場合もある。また、摺動部品を傾けることによって、摺動部品表面に照射する角度を制御することができる。さらに、X-Yステージや回転機構によって、摺動部品を縦や横に移動させたり、回転させたりすることによって、任意の方向からガスクラスターイオンビームを照射するなどの制御ができる。
【0028】
なお、ミクロプールにて静水圧を発生させるための潤滑剤を摺動部品あるいは相手方の部品に塗布しなくても、摺動部品および相手方の部品の各表面に吸着した通常雰囲気中に存在する水が潤滑剤の役割を果たし、ミクロプールに蓄えられた水に静水圧を発生させるメカニズムもある。よって、本発明では、必ずしも潤滑剤の塗布は要求されない。
【0029】
以下、本発明の実施例と、実施例の効果を確認するための比較例について説明する。
【0030】
[実施例1]
研削加工によって摺動部品1であるパンチ金型を製作した。パンチ金型1の材料は超硬材料(V20)である。パンチ金型1の底面は幅1mm×2mmの四角形状である。このパンチ金型1の側面に、パンチ金型1とパンチ金型1によって成型される被加工材3との摺動方向と平行に、パンチ金型1の表面の法線から60度の方向からガスクラスターイオンビームを照射した。摺動方向は図6(a)および図9の矢印で示した方向である。原料ガスとしてアルゴンを用いた。加速電圧は20kV、照射ドーズ量は3×1018ions/cm2とした。照射後、パンチ金型1を走査型電子顕微鏡と原子間力顕微鏡によって観察した。パンチ金型1の側面およびエッジ部に周期構造が形成されていることが確認された。原子間力顕微鏡によるその周期構造の形状測定結果を図6、7に示す。走査型電子顕微鏡によるその周期構造の観察結果を図8に示す。周期構造は、摺動方向と垂直な方向に筋が伸びるリップル(筋状)構造を含むものとなっていた。詳細に見ると図7(e)に示すように3種類の周期構造が複合した構造となっており、第1周期構造は周期:20〜70nm、平均深さ:10nmであり、第2の周期構造は周期:200〜500nm、平均深さ:75nmであり、第3の周期構造は周期:2000〜3000nm、平均深さ:320nmであった。また、これらの周期構造のうち、第1の周期構造は粒状構造であり(図6(c)参照)、第2および第3の周期構造はそれぞれ、摺動方向と垂直な方向に筋が伸びるリップル構造となっていた(第2の周期構造は図6(b)、第3の周期構造は図6(a)を参照のこと)。
【0031】
摺動試験として、パンチ金型1をプレス機械にセットして、潤滑剤(ナフテン系鉱油)を塗布した板厚0.1mmのステンレス(SUS304)板を打ち抜き加工した(図9参照)。ステンレス(SUS304)板は被加工材3に相当する。符号7はダイスを示す。数10万ショット毎にパンチ金型1の側壁の移着粒子5の有無を走査型電子顕微鏡によって観察し、エネルギー分散型X線分析によって移着粒子5の組成を分析した。少なくとも1000万ショット後まで被加工材3(ステンレス板)の移着粒子5は発生しなかった(図10参照)。
【0032】
[実施例2〜21]
ガスクラスターイオンビームの照射条件を変更し、周期と深さが異なる第1〜第3の各周期構造をパンチ金型1の表面に形成し、実施例1と同じ摺動試験を行った。ガスクラスターイオンビームの照射条件と、照射条件に対応する第1〜第3の各周期構造の周期と深さと、パンチ金型1の側壁の移着粒子5の有無は、図10に示すとおりである。
実施例1〜17では、ガスクラスターイオンビームの照射角度を変化させた。
実施例1,18、19では、ガスクラスターイオンビームの加速電圧を変化させた。
実施例1,20、21では、ガスクラスターイオンビームのドーズ量を変化させた。
【0033】
[実施例22〜24]
摺動部品の材質を変更したが、それ以外の条件は実施例1と同じである。実施例22では、パンチ金型1の材料はSKD11であり、被加工材3はSUS304である。実施例23では、パンチ金型1の材料はSKD11であり、被加工材3はリン青銅である。実施例24では、パンチ金型1の材質は超硬材料(V20)であり、被加工材3はリン青銅である。そして、実施例1と同じ摺動試験を行った。ガスクラスターイオンビームの照射条件と、照射条件に対応する第1〜第3の各周期構造の周期と深さと、パンチ金型1の側壁の移着粒子5の有無は、図10に示すとおりである。
【0034】
[実施例25]
研削加工によってパンチ金型1を製作した。パンチ金型1の材料は超硬材料(V20)である。パンチ金型1の底面は幅1mm×2mmの四角形状である。このパンチ金型1の側面に、超精密5軸機械加工機によって周期構造を形成した。この周期構造は、摺動方向と垂直な方向にラインが伸びるラインアンドスペース構造である。そして、実施例1と同じ摺動試験を行った。第2および第3の各周期構造の周期と深さと、パンチ金型1の側壁の移着粒子5の有無は、図10に示すとおりである。
【0035】
[比較例1]
ガスクラスターイオンビームの照射角度を0度、つまり、パンチ金型1の側面の法線に一致する角度とした。それ以外の条件は実施例1と同じである。この加工により、パンチ金型1の側面に第1の周期構造のみを形成した。そして、実施例1と同じ摺動試験を行った。ガスクラスターイオンビームの照射条件と、照射条件に対応する第1の周期構造の周期と深さと、パンチ金型1の側壁の移着粒子5の有無は、図10に示すとおりである。
【0036】
[比較例2]
パンチ金型1の側面に第2の周期構造のみを形成した。これ以外の条件は実施例25と同じである。そして、実施例1と同じ摺動試験を行った。第2の周期構造の周期と深さと、パンチ金型1の側壁の移着粒子5の有無は、図10に示すとおりである。
【0037】
[比較例3]
パンチ金型1の側面に第3の周期構造のみを形成した。これ以外の条件は実施例25と同じである。そして、実施例1と同じ摺動試験を行った。第3の周期構造の周期と深さと、パンチ金型1の側壁の移着粒子5の有無は、図10に示すとおりである。
【0038】
[比較例4]
ガスクラスターイオンビームの照射方向を変更したこと以外は実施例1と同じ条件でパンチ金型1を作製した。ガスクラスターイオンビームの照射方向は、摺動方向と平行になるようにした。周期構造としては、第1〜第3の各周期構造を形成させ、第2の周期構造であるリップル構造の筋の伸びる方向が摺動方向と平行になるようにした。そして、実施例1と同じ摺動試験を行った。第1〜第3の各周期構造の周期と深さと、パンチ金型1の側壁の移着粒子5の有無は、図10に示すとおりである。
【0039】
[比較例5]
ガスクラスターイオンビームの照射方向を変更したこと以外は実施例1と同じ条件でパンチ金型1を作製した。ガスクラスターイオンビームの照射方向は、摺動方向に対して45度になるようにした。周期構造としては、第1〜第3の各周期構造を形成させ、第2の周期構造であるリップル構造の筋の伸びる方向が摺動方向と約45度になるようにした。そして、実施例1と同じ摺動試験を行った。第1〜第3の各周期構造の周期と深さと、パンチ金型1の側壁の移着粒子5の有無は、図10に示すとおりである。
【0040】
実施例1〜21および比較例1の結果から次のことがわかる。第1の周期構造のみではプレス回数が50万ショットでもプレス金型1の表面に移着粒子5が発生してしまうのに対して、第1〜第3の周期構造のうち少なくとも2種類の周期構造をプレス金型1の表面に形成すると移着粒子5の発生は著しく抑制されることが分かる。また、実施例7〜15のように第1〜第3の周期構造をすべて形成すると、400万ショットまで移着粒子5が発生しないという、さらに著しい効果があることが分かる。3種類の周期構造をすべて形成するためにはガスクラスターイオンビームの照射角度をプレス金型1の側面の法線から30度以上75度以下を満足する角度に設定すればよいことも分かる。
【0041】
実施例1および実施例22〜24から、本発明の効果は摺動部品の材質には依存しないことが分かる。
【0042】
実施例25および比較例2、3を考慮すると、3種類の周期構造のうち1種類だけを形成しても効果が無いことが分かる。3種類の周期構造のうち少なくとも2種類の周期構造をパンチ金型1が有することが効果を得るために重要である。
【0043】
実施例1および比較例4、5を考慮すると、摺動部品の摺動方向とほぼ垂直方向に筋が伸びるリップル構造が形成されていると凝着を防止できることが分かる。
【0044】
また、上記実施例のほか、摺動部品としてセラミック材料やシリコン材料などでもガスクラスターイオンビーム照射によって少なくとも2種類の周期構造の形成が可能であり、摺動部品の摺動耐久性が向上する。本発明は、ガスクラスターイオンビームが鋭い突起の平坦化を行いながら、リップル等の周期構造を形成するという本質的な現象を巧みに用いている。従って、ガスクラスターの種類や加速エネルギーなどの諸条件、摺動部品や潤滑剤等の材質などは特に限定されるものではないことは明らかである。また、上述の表面構造は全ての摺動領域にある必要はなく、部分的に、例えば摺動部品のエッジ部分に形成させるだけでもよい。
【0045】
上記実施例では、図7(e)に示すように、摺動部品1(パンチ金型)が被加工材3に挿入される際に摺動部品1に面する第3周期構造の部位に第1および/または第2の周期構造が形成されている。これは、ガスクラスターイオンビームを一方向のみから摺動部品1の側面に照射したからであり、当該方向と180度反対の方向から適切な照射条件の下でガスクラスターイオンビームを照射することによって、第3周期構造の上記部位の背面にも第1および/または第2の周期構造を形成することができる。なお、摺動部品1が被加工材3から引き出される際の摩擦抵抗よりも摺動部品1が被加工材3に挿入される際の摩擦抵抗の方が大となることを考慮すると、第3周期構造の上記部位に第1および/または第2の周期構造が形成されていることが好ましく、第3周期構造の上記部位の背面にも第1および/または第2の周期構造が形成されていることがより好ましい実施形態と言える。このことは第1と第2の各周期構造を摺動部品1の表面に形成する場合についても妥当する。
【0046】
本発明は上述の実施形態に限定されるものではなく、本発明の趣旨を逸脱しない範囲で適宜変更が可能である。
【符号の説明】
【0047】
1 摺動部品
1a 周期的な凹凸
1b 不規則な凹凸
2 潤滑剤
3 被加工材
4 凝着部
5 移着粒子

【特許請求の範囲】
【請求項1】
表面構造として、
周期10〜100nm、深さ5〜50nmの第1周期構造と、
周期100〜1000nm、深さ20〜500nmの第2周期構造と、
周期1000〜10000nm、深さ100〜3000nmの第3周期構造のうち、
少なくとも2種類の周期構造を有し、
当該少なくとも2種類の周期構造のうち一方の周期構造上に他方の周期構造が形成されている表面構造を有する摺動部品。
【請求項2】
請求項1に記載の摺動部品において、
上記第2周期構造と上記第3周期構造のうち少なくとも一方が、リップル構造であることを特徴とする摺動部品。
【請求項3】
請求項2に記載の摺動部品において、
上記第2周期構造と上記第3周期構造のうち少なくとも一方のリップル構造が、上記摺動部品の摺動方向と垂直な方向に形成されていることを特徴とする摺動部品。
【請求項4】
請求項1から請求項3のいずれかに記載の摺動部品において、
上記表面構造が少なくとも上記摺動部品のエッジ部に形成されていることを特徴とする摺動部品。
【請求項5】
ガスクラスターイオンビームを用いて摺動部品の表面を加工する方法であって、
上記摺動部品の摺動方向と平行な方向から上記ガスクラスターイオンビームを照射するステップを有する摺動部品表面の加工方法。
【請求項6】
請求項5に記載の摺動部品表面の加工方法において、
上記ガスクラスターイオンビームを照射する角度が、上記摺動部品表面の法線から30度以上75度以下の範囲であることを特徴とする摺動部品表面の加工方法。

【図1】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図7】
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【図9】
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【図10】
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【図2】
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【図6】
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【図8】
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