説明

摺動部材とその製造方法及び組合せ摺動部材

【課題】 初期状態において、摺動部材の相手材の表面粗さが粗く、摺動時に摺動面が流体潤滑状態になりにくい場合であっても、早期に相手部材に摺動面と馴染むと共に、低摩耗及び低フリクション化が可能となる摺動部材を提供する。
【解決手段】 化成処理により形成された層8と、該層8の間に分散して介在した硬質粒子5と、を有した化成処理被膜2を被覆した摺動部材1であって、この結晶粒子5は、リン酸マンガン化成処理により形成された粒子であり、この硬質粒子5は、化成処理被膜2が摺動する相手部材の表面をラッピングすることが可能な材料である。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、摺動表面に化成処理被膜を形成した摺動部材に係り、特に早期に相手部材の摺動面に馴染むと共に、低摩耗及び低フリクション化が可能となる摺動部材に関する。
【背景技術】
【0002】
従来から、自動車のディファレンシャルギヤ、またはカム及びリフタなどの部材の摺動面には、低フリクション化が要求されており、例えば、焼付防止のために、摺動面に、リン酸マンガン化成処理、リン酸鉄化成処理などの化成処理が行われている。また、カム及びリフタにおいては、それぞれの摺動面にドロップレットを有したTiN被膜を施したり、SiC等の硬質粒子を含有した樹脂被膜を施したりして、摺動面の表面粗さを小さくし、フリクションを低減している。
【0003】
この他にも、摺動面のフリクションを下げる技術としては、摺動面を鏡面化する方法や、非晶質炭素材料、二硫化モリブデンなどの固体潤滑剤を含有させた樹脂被膜を摺動面に形成させる方法などが挙げられる。
【0004】
その一例として、基材に研磨機能のない被膜として化成処理被膜を形成し、さらに、この化成処理被膜の上に研磨機能を有する被膜として、樹脂バインダーにより鋭角形状の硬質粒子を結着したコーティング被膜を形成した摺動材料が提案さている(特許文献1参照)。
【0005】
また、金属接触部の表面に、燐酸塩化成処理被膜を形成し、更に該燐酸塩化成処理被膜の表面に固体微粒子を分散混合したTi−Oを骨格とする無機高分子化合物の潤滑被膜を形成した管用ねじ継手が提案されている(特許文献2参照)。
【0006】
【特許文献1】特開2003−254014号公報
【特許文献2】特開2001−65753号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
しかし、上述したように、摺動面に化成処理を行った場合には、初期馴染み性を向上させることができるが、摺動面の表面粗さを改善する効果が無いため、フリクションを低減させるために長い時間を要する。
【0008】
また、摺動面にTiN被膜、又は硬質粒子を含有させた樹脂被膜を施した場合には、摺動時に相手部材の摺動面を早期に鏡面化することができるが、TiN被膜は、イオンプレーティングなどを利用した物理的蒸着法(PVD)により成膜されるため、成膜コストは高く、さらに、PVDを行う装置の処理空間には限界があるため、この摺動部材の大きさは制限されてしまう。そして、PVDにより成膜を行った場合には、成膜温度は200℃以上であるため、基材が鋼である場合には、焼き戻されてしまい、その表面硬さは低下する。また、樹脂被膜を施す場合であっても、樹脂を軟化させて被覆する硬化温度は高く、TiN被膜と同様に、表面硬さが低下する。
【0009】
また、上述したように、SiC粒子等を含有した樹脂被膜を施す際に、エンジンヘッドを構成するバルブリフタのような平坦な摺動面にはコーティングし易いが、ギヤ等の複雑な形状のものには、スプレーによるコーティングしかできず、このような複雑は形状のコーティングには、被膜コストは高くなってしまう。
【0010】
さらに、摺動面を鏡面化することによりフリクションを低減することは、有効であるが、実部品で摺動面の鏡面化を行う場合には、設備投資がかかりコスト高となるばかりでなく、加工時間も長時間となってしまう。
【0011】
本発明は、このような課題に鑑みてなされたものであって、その目的とするところは、たとえ、初期状態において、摺動部材の相手材の表面粗さが粗い場合であっても、早期に相手部材と馴染むと共に、低摩耗及び低フリクション化が可能な摺動部材及びこの部材を用いた組合せ摺動部材を提供することにある。さらに、本発明は、このような摺動部材を安価に製造することができる製造方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0012】
本発明者らは、上記の課題を解決すべく多くの実験と研究を行うことにより、安価な方法で摺動部材の低摩耗及び低フリクション化を実現するためには、摺動を行う初期段階において、(1)焼付き等による凝着摩耗を抑制するように、相手部材に馴染ませること(2)摺動面が境界混合潤滑から流体潤滑の状態になるように、相手部材の表面粗さを小さくすること、の2つの機能を摺動部材に持たせることが重要であると考えた。そして、初期なじみ性を向上させる手段として化成処理に着眼し、相手部材の表面粗さを小さくする手段としてラッピングに着眼し、これらの着眼から、ラッピング剤(微細の硬質粒子)を含有した化成処理被膜を摺動面に形成することにより、これらの2つの機能を同時に満足することができるとの知見を得た。
【0013】
本発明は、本発明者らが得た上記の新たな知見に基づくものであり、本発明の摺動部材は、化成処理により形成された層と、該層に分散して介在した硬質粒子と、を有した化成処理被膜を被覆したことを特徴とする。
【0014】
本発明の如き摺動部材は、化成処理により形成された層により、なじむまでの摺動部材の基材表面と相手部材表面との直接的な接触を回避することができると共に、この層に油ビットの如く潤滑油が溜まるので、相手部材の表面に対して初期馴染み性を向上させることができる。そして、化成処理により形成された層に介在した硬質粒子が、相手部材の表面を研磨することで、あわせてこのような初期なじみ性の向上及び表面粗さ早期鏡面化を、達成することができる。その結果、たとえ、相手部材の表面粗さが粗い表面、又は、相手部材のうねりが大きいような表面であったとしても、この摺動部材は、早期の段階で相手部材の表面に馴染みながら相手部材の表面粗さを小さくし、表面のうねりを矯正するので、焼付きや疲労による損傷を抑えることができる。また、潤滑油を用いた場合には、相手部材の表面粗さが小さなった結果、この摺動部材と相手部材との間に油膜を形成することができるので、理想的な流体潤滑に近い状態で摺動することができる。なお、本発明に係る「硬質粒子」とは、相手部材の摺動面の表面硬さよりも、相対的に硬い特性を有した粒子である。
【0015】
また、本発明に係る化成処理により形成された層は、リン酸マンガン化成処理、またはリン酸鉄化成処理により形成されることが好ましい。リン酸マンガン化成処理によって形成された層は、燐酸マンガンの無数の結晶粒子からなる層であり、硬質粒子はこの結晶粒子間に分散して介在することになる。また、リン酸鉄化成処理により形成された層は、燐酸鉄の非晶質からなる膜であり、この膜中に、硬質粒子が分散して介在することになる。このような化成処理により形成された層は、基材表面との密着性が良く、また、相手部材との凝着摩耗を抑制し、焼付きを防止することができる。特に、リン酸マンガン化成処理により、防錆性、耐摩耗性に優れた処理被膜を形成することができる。さらに、このような化成処理は、処理温度が100℃以下で処理することが可能であるので、基材が鋼である場合には、低温焼き戻しによる基材の軟化を抑制することができる。
【0016】
また、本発明に係る硬質粒子は、前記化成処理被膜が摺動する相手部材の表面をラッピングすることが可能な材料であり、このような粒子を含有させることにより、摺動時に相手部材の表面をラッピングすることができ、相手部材の表面を鏡面化することができる。そして、化成処理被膜がたとえ摩滅した場合であっても、摩滅後には、相手部材の表面はすでに鏡面化されており、摺動部材と相手部材との間に油膜を確保しながら摺動するので、摺動面同士の接触(金属接触)がほとんどなく、摩耗粉の発生もほとんどない。
【0017】
さらに、このような硬質粒子が、相手部材の摺動面をラッピングすることができるためには、摺動部材が摺動する相手部材の表面硬さの1.2倍〜5倍の硬さを有することが好ましい。硬質粒子の硬さが、相手部材の表面硬さの1.2倍よりも小さい場合には、相手をラッピングする効果がほとんどなく、早期に相手部材を鏡面化することはできない。また、硬質粒子の硬さが、相手部材の表面硬さの5倍以上である場合には、相手部材の摺動表面を研磨し過ぎてしまい、摩耗が大きくなる。
【0018】
好ましくは、硬質粒子は、窒化ケイ素、炭化ケイ素、酸化ケイ素、酸化アルミニウム、ニオブ、タングステン、バナジウム、及びこれらの組合せからなる群から選択される粒子である。この他にも、硬質粒子としては、立方晶窒化ホウ素、酸化クロム、ダイヤモンド等の粒子であってもよい。例えば、相手部材の表面に非晶質炭素材料(DLC:ダイヤモンドライクカーボン)からなる被膜が形成されている場合において、被膜の表面硬さがHv2000程度であるならば、炭化ケイ素、炭化ニオブが好ましく、その被膜の表面硬さが、それ以上である場合には、立方晶窒化ホウ素、BC、ダイヤモンド等の粒子が好ましい。
【0019】
さらに、本発明に係る硬質粒子の平均粒径は、0.1〜1.5μmであることが好ましい。この硬質粒子の平均粒径が、0.1μmよりも小さい場合には、ラッピング効果はほとんど得られず、1.5μm以上では、相手部材の摩耗が大きくなり、あわせて、この硬質粒子により、摺動表面を傷つけるおそれがある。
【0020】
また、このような摺動部材の基材及び相手材の表面は、少なくともHv400以上であることが望ましい。このような範囲でなければ、上記硬質粒子が、この表面を傷つける可能性があり、さらには、埋め込まれてしまうおそれもある。
【0021】
本発明は、さらに、前記した摺動部材を第一部材として、この第一部材と、該第一部材が摺動する面に非晶質炭素材料からなる被膜を被覆した第二部材と、を備えたことを特徴とする組合せ摺動部材も開示する。
【0022】
非晶質炭化材料(DLC)は、表面硬さが高いので、摩耗抑制のためには、DLC被膜の表面粗さを小さくする必要があり、例えばギヤなどの表面粗さを小さくすることが困難な複雑な形状をした部材に、DLC被膜を施した場合には、このような摺動部材を組合せて用いることにより、摺動時に、第一部材がDLC被膜の表面粗さを小さくすることができるので、好適である。また、このような組合せ部材は、摩擦係数は小さく、部材の長寿命化も図ることができる。
【0023】
また、このDLC被膜を成膜する場合には、スパッタリング、真空蒸着、イオン化蒸着、イオンプレーティング、などを利用した物理的蒸着法(PVD)により成膜してもよく、プラズマ処理などを利用した化学気相成長法(CVD)により、成膜してもよい。さらに、この非晶質炭素材料中に、Si、Ti、Cr、Mo、Fe、Wなどの添加元素を含有させてもよい。
【0024】
本発明は、上述した摺動部材の好適な製造方法として以下に示す方法をも開示する。本発明に係る摺動部材の製造方法は、摺動部材の基材を化成処理液に浸漬させて、基材表面の化成処理を行うことにより摺動部材を製造する方法であって、化成処理液に硬質粒子を混入後、該処理液を攪拌し、該硬質粒子を基材表面に沈殿させながら該基材表面の化成処理を行うことを特徴とする。
【0025】
本発明の如き製造方法を行うことにより、化成処理により形成された層と、該層に分散して介在した硬質粒子と、を有した化成処理被膜を被覆した摺動部材を得ることができる。例えば、化成処理液にリン酸マンガン塩水溶液を用いて、鉄系金属製の基材の化成処理を行った場合を例に挙げると、摺動部材の基材をリン酸マンガン塩水溶液中に浸漬させると、リン酸マンガン塩水溶液の第一次解離により遊離リン酸が生じて、基材の金属表面の鉄が溶解し、その基材表面で水素イオン濃度が減少する。そして、リン酸マンガン塩水溶液の解離平衡が、摺動部材の基材表面で移行しながら、不溶性のリン酸マンガン塩の結晶粒子が、この金属表面に析出する。この析出段階において、化成処理液に混入した硬質粒子が、攪拌により溶液中に均一に分散し、分散した硬質粒子が、基材表面(摺動面)に向って沈殿するので、この結晶粒子間に硬質粒子を分散して介在させることができる。また、このような製造方法は、複雑な形状の部材であっても、この部材の基材を浸漬させることにより、均一な被膜を成膜することができるので、スプレーなどを用いて成膜する場合に比べて、より安価に成膜することができる。
【発明の効果】
【0026】
本発明によれば、初期状態において摺動部材の相手材の表面粗さが粗く、摺動時に摺動面が流体潤滑状態に成りにくい場合であっても、この摺動部材は、早期に相手部材の摺動面に馴染むと共に、相手部材の摺動面を滑らかにするので、摩耗量を減少させることができ、低フリクション化を図ることができる。
【実施例】
【0027】
以下に、本発明を実施例により説明する。
【0028】
[実施例1]
(実施例品1)
実施例品1として第一部材と、該第一部材の摺動面に摺動させる第二部材とからなる組合せ摺動部材を製作した。まず、第一部材の基材として、内径20mm、外径26mm、高さ15mm、表面粗さを中心線平均粗さRa0.05μmの浸炭焼入れをしたクロムモリブデン鋼(SCM420:JIS規格)からなる円筒試験片を製作した。そして、化成処理液としてリン酸マンガン化成処理液(日本パーカラインジング社製:パルホス5A)を処理槽に投入し、硬さHv2500、平均粒径0.5μmの炭化ケイ素(SiC)からなる硬質粒子を1〜3wt%となるように処理液に混入後、この溶液を攪拌し、この円筒試験片の円筒端面(摺動面)に向ってSiCの硬質粒子が沈殿するように、この面を上向きに配置し、20分間、95℃の条件でこの溶液中に浸漬させた。このようにして、図1に示すような、基材3の表面に、化成処理により形成された層8(リン酸マンガンの結晶粒子4の群)と、該結晶粒子4の間に分散して介在した硬質粒子5と、を有した化成処理被膜2を被覆した円筒試験片(第一部材)1を得た。
【0029】
また、この摺動部材と摺動する部材(第二部材)として、30×30mm厚さ5mm、表面粗さを中心線平均粗さRa0.3μmにしたクロムモリブデン鋼(SCM420:JIS規格)を浸炭焼入れし、表面硬さHv750の平板試験片を製作した。
【0030】
(試験内容)
実施例品1の円筒試験片と平板試験片を組合せて、リングオンプレート試験機を用いて、摩擦摩耗性能試験を行った。具体的には、潤滑油(SAE5W−30)を給油し、円筒試験片の化成処理被膜を形成した端面を、平板試験片に接触させて荷重100kgf(1000N)を負荷し、平板試験片を固定、円筒試験片を1000rpmで回転させながら、30分間、連続試験を行った。そして、このときに、円筒試験片に作用する摺動抵抗を、装置に取り付けたロードセルにより検出し、摩擦係数を測定した。さらに、試験後の平板試験片の表面の摩耗深さを摩耗量として測定した。この結果を表1に示す。尚、表1に示していないが、試験後の円筒試験片及び平板試験片の表面状態も観察した。
【0031】
[実施例2]
実施例品2の円筒試験片と平板試験片を製作した。実施例品1と異なる点は、円筒試験片の化成処理液に、リン酸鉄化成処理液(日本パーカラインジング社製)を用いた点であり、硬質粒子として、硬さHv3300、平均粒径0.3μmの窒化ケイ素(Si)粒子を用い、この処理溶液中に2〜4wt%となるようにこの硬質粒子を混入した点である。尚、この処理により、円筒試験片の処理表面は、リン酸鉄の非晶質膜に硬質粒子が分散して介在することになる。この実施例品2を用いて、実施例1と同様の試験を行った。その結果を表1に示す。
【0032】
[実施例3]
実施例品3の円筒試験片と平板試験片を製作した。実施例品1と異なる点は、平板試験片の表面に、表面硬さHv2000の非晶質炭素材料の被膜(DLC被膜)を被覆した点であり、基材の表面粗さを調整して、この被膜の表面粗さを中心線平均粗さRa0.6μmにした点である。この実施例品3を用いて、実施例1と同様の試験を行った。その結果を表1に示す。
【0033】
[比較例1]
比較例品1の円筒試験片と平板試験片を製作した。実施例品1と異なる点は、円筒試験片を化成処理していない点である。この比較例品1を用いて、実施例1と同様の試験を行った。その結果を表1に示す。
【0034】
[比較例2]
比較例品2の円筒試験片と平板試験片を製作した。実施例1と異なる点は、円筒試験片を化成処理していない点である。この比較例品2を用いて、実施例1と同様の試験を行った。その結果を表1に示す。
【0035】
【表1】

【0036】
[結果1]
実施例1〜3の平板試験片の摩耗深さは0.4μm以下であり、実施例1〜3の組合せ摺動部材の摩擦係数は、0.08以下であった。一方、比較例1の平板試験片の摩耗深さは、実施例1〜3と同程度であったが、比較例1の組合せ摺動部材の摩擦係数は、実施例1〜3よりも大きかった。また、比較例2の組合せ摺動部材の摩擦係数は、実施例1〜3と同程度であったが、比較例2の平板試験片の摩耗深さは、実施例1〜3よりも大きかった。
【0037】
また、試験後の実施例1〜3の平板試験片の表面粗さは、摺動前(試験前)に比べて小さくなっており、表面の粗度山部が削られてフラット面になっていることがわかった。さらに、試験後の実施例1〜3の円筒試験片の表面を観察すると、表面には化成処理被膜は無くなっていた。
【0038】
[評価1]
上述した結果1から、実施例1〜3の組合せ摺動部材が、比較例1及び2に比べて、低摩耗及び低フリクション化が図れた理由としては、図2(a)に示す摺動開始時には、平板試験片6の表面粗さが大きく、たとえ潤滑油7を供給していたとしても、円筒試験片(摺動部材)1の摺動面に、平板試験片6の表面が接触するが、その後、図2(b)に示すように、円筒試験片1の表面は、リン酸マンガン化成処理、またはリン酸鉄化成処理により形成された層によって、早期に平板試験片6の表面に馴染むと共に、硬質粒子により平板試験片6の表面粗さは小さくなり粗度山部が削られ、ラッピングされたと考えられる。また、平板試験片の表面にうねりがある場合も、そのうねりは同様に矯正されると考えられる。
【0039】
この結果、摺動の早期の段階で、円筒試験片1の表面と平板試験片6の表面との間に、潤滑油7による油膜が形成され、境界混合潤滑から流体潤滑の状態に変化することにより、摩擦係数が低減され、摩耗も抑制されたと考えられる。そして、試験後の実施例1〜3の円筒試験片の表面には化成処理被膜が無くなっていたことから、硬質粒子(SiC粒子、Si粒子)も無くなっており、それにより、平板試験片6の表面はそれ以上摩耗することは無いと考えられる。
【0040】
また、このような考察から、比較例2の平板試験片のDLC被膜の表面は、摺動に合わせて表面粗さを小さくすることができなかったため、実施例3に比べて摩耗深さが大きくなったと考えられる。
【0041】
また、平板試験片の表面をラッピングすることが可能な粒子としては、表1の実施例1〜3に示すように、SCM420を浸炭焼入れした表面硬さ、またはDLC被膜の表面硬さよりも硬い表面硬さを有した硬質粒子である必要があり、実施例1の硬質粒子は、平板試験片の表面硬さの3.3倍、実施例2は4.4倍、実施例3は1.25倍程度であることから、この硬質粒子の硬さは、平板試験片(相手部材)の表面硬さの1.2倍〜5倍程度が好ましいと考えられる。そして、このような関係を満たすことができるのであれば、硬質粒子としては、炭化珪素(SiC)、窒化ケイ素(Si)に限定されず、酸化ケイ素、酸化アルミニウム、ニオブ、タングステン、バナジウム、及びこれらの組合せからなる群から選択される粒子であってもよいと考えられる。
【0042】
また、実施例1〜3の硬質粒子は、その平均粒径が、0.3μm、0.5μmであり、この硬質粒子により表面を鏡面化し、摺動時に流体潤滑の状態を可能にするには、硬質粒子の平均粒径は、0.1〜1.5μmの範囲が好ましいと考えられる。
【0043】
[実施例4]
実施例品1の円筒試験片の製作したのと同様の方法で、図3に示すようなバルブリフタ10をクロムモリブデン鋼(SCM420)により製作後、浸炭焼入れし、一方、カム24と摺動する表面に、実施例品1と同じ条件で、硬質粒子としてSiCを含んだリン酸マンガン化成処理被膜を形成した。
【0044】
そして、この実施例品4のバルブリフタ10を用いてトルク測定試験を行った。図3に示すように、2L(2000cc)の直打式動弁系エンジン(直列4気筒)のシリンダヘッド単体試験機20を用いて試験を行った。具体的には、表面粗さが中心線平均粗さRa0.3μmの合金鋳鉄チルカム24をモータ21に連結し、このカム24とモータ21との間にトルク計22を組み入れて、回転数1000rpm、試験時間(摺動時間)4時間の条件でモータ21を駆動させて、トルク計22によりカム駆動トルクを測定した。
【0045】
[比較例3]
実施例品4と同じようにして、バルブリフタを製作した。実施例品4と異なる点は、SiCの粒子を含有させずにリン酸マンガン化成処理を行った点である。そして、比較例品3も同様に、シリンダヘッド単体試験機20を用いて、カム駆動トルクの測定試験を行った。
【0046】
[結果2]
図4は、比較例3の初期カム駆動トルクを計測したカム駆動トルクで除算した値(カム駆動トルク比)を示しており、実施例4のバルブリフタは、初期の状態(試験開始から1時間程度)において、急激にカム駆動トルク比が低下し、約0.8程度まで、カムトルク比が低下した。また、比較例3も、カム駆動トルク比は低下したが、実施例4ほど大きな低下は認められなかった。
【0047】
[評価2]
結果2から、実施例4の如く、リン酸マンガン化成被膜に硬質粒子を含有させたバルブリフタを用いた場合には、初期段階でカム表面に馴染みながら、硬質粒子(SiC粒子)が、カム表面をラッピングするので、バルブリフタの摺動面とカムと摺動面が、早期の段階で、摩擦係数が小さくなり、駆動トルクが小さくなったと考えられる。
【産業上の利用可能性】
【0048】
本発明の摺動部材は、内燃機関のシリンダヘッドを構成するバルブリフタなどの摺動する頻度が高く、耐摩耗性が要求されるような環境において使用される摺動部材に特に好適であり、本発明の組合せ摺動部材を内燃機関のシリンダヘッドに適用した場合には、当該シリンダヘッドを構成するバルブリフタの摺動面に組合せ部材の第一部材を用い、カムの摺動面には組合せ摺動部材の第二部材を用いることが好適である。
【図面の簡単な説明】
【0049】
【図1】実施例1〜3の摺動部材(第一部材)の表面の模式図。
【図2】実施例1〜3の組合せ摺動部材を摺動させたときの表面状態を説明するための模式図。
【図3】直打式動弁系エンジンのシリンダヘッド単体試験機の要部を示した図。
【図4】実施例4及び比較例3のトルク測定試験結果を示した図。
【符号の説明】
【0050】
1:摺動部材(円筒試験片),2:化成処理被膜,3:基材,4:結晶粒子,5:硬質粒子,6:第二部材(平板試験片),7:潤滑油,10:バルブリフタ,20:シリンダヘッド単体試験機,21:モータ,22:トルク計

【特許請求の範囲】
【請求項1】
化成処理により形成された層と、該層に分散して介在した硬質粒子と、を有した化成処理被膜を被覆したことを特徴とする摺動部材。
【請求項2】
前記化成化処理により形成された層は、リン酸マンガン化成処理、またはリン酸鉄化成処理により形成されたことを特徴とする請求項1に記載の摺動部材。
【請求項3】
前記硬質粒子は、前記化成処理被膜が摺動する相手部材の表面をラッピングすることが可能な材料であることを特徴とする請求項1又は2に記載の摺動部材。
【請求項4】
前記硬質粒子は、前記相手部材の表面硬さの1.2倍〜5倍の硬さを有することを特徴とする請求項1から3のいずれか一項に記載の摺動部材。
【請求項5】
前記硬質粒子は、窒化ケイ素、炭化ケイ素、酸化ケイ素、酸化アルミニウム、ニオブ、タングステン、バナジウム、及びこれらの組合せからなる群から選択される粒子であることを特徴とする請求項1から4のいずれか一項に記載の摺動部材。
【請求項6】
前記硬質粒子の平均粒径は、0.1〜1.5μmであることを特徴とする請求項1から5のいずれか一項に記載の摺動部材。
【請求項7】
請求項1から6のいずれか一項に記載の摺動部材からなる第一部材と、該第一部材が摺動する面に非晶質炭素材料からなる被膜を被覆した第二部材と、を備えたことを特徴とする組合せ摺動部材。
【請求項8】
基材を化成処理液に浸漬させて、基材表面の化成処理を行うことにより摺動部材を製造する方法であって、
化成処理液に硬質粒子を混入後、該処理液を攪拌し、該硬質粒子を基材表面に沈殿させながら該基材表面の化成処理を行うことを特徴とする摺動部材の製造方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【公開番号】特開2006−348363(P2006−348363A)
【公開日】平成18年12月28日(2006.12.28)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−178218(P2005−178218)
【出願日】平成17年6月17日(2005.6.17)
【出願人】(000003207)トヨタ自動車株式会社 (59,920)
【Fターム(参考)】