摺動部材寿命診断装置及び摺動部材寿命診断方法
【課題】摺動部材の寿命を容易に診断できる摺動部材寿命診断装置及び摺動部材寿命診断方法を提供する。
【解決手段】摺動部材寿命診断装置1に接続されたCCDカメラ2は、使用中の摺動部材7の摺動面を時系列に順次撮影し、複数の写真画像を順次コンピュータ装置3に送信する。診断アプリケーション42は、送信された写真をRGB分解して各RGB成分のヒストグラムを作成し、作成したヒストグラムの標準偏差を求める。診断アプリケーション42は、標準偏差の時系列変化を監視し、標準偏差の時系列変化が定常状態から非定常状態へと移行したとき、摺動部材が寿命に達したと診断する。
【解決手段】摺動部材寿命診断装置1に接続されたCCDカメラ2は、使用中の摺動部材7の摺動面を時系列に順次撮影し、複数の写真画像を順次コンピュータ装置3に送信する。診断アプリケーション42は、送信された写真をRGB分解して各RGB成分のヒストグラムを作成し、作成したヒストグラムの標準偏差を求める。診断アプリケーション42は、標準偏差の時系列変化を監視し、標準偏差の時系列変化が定常状態から非定常状態へと移行したとき、摺動部材が寿命に達したと診断する。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、摺動部材寿命診断装置及び摺動部材寿命診断方法に関し、さらに詳しくは、2以上の摺動部材が互いに摺動する摺動系を構成する摺動部材の寿命を診断する摺動部材寿命診断装置及び摺動部材寿命診断方法に関する。
【背景技術】
【0002】
摺動系は、2以上の物体が互いに摺動する力学系の総称である。図14に示すように、摺動系では、摺動部材100と摺動部材200とが潤滑剤300を介して接触しながら繰り返し相対運動する。摺動系は産業用途の機械設備や装置に現れる力学系であり、たとえば、列車とレール、エンジンシリンダとピストン、ドリル加工や塑性加工における被加工材と工具等は摺動系を構成する。
【0003】
摺動系を構成する摺動部材は、摺動中に摺動面を通じて摩擦熱や応力の影響を受け、摩耗する。特に、塑性加工に利用されるロールや押出工具といった摺動部材は、使用時間が長くなると、割れやチッピングが生じ、さらには疲労破壊に至る。製品の製造設備に設置された摺動部材が使用中に疲労破壊等により割損すれば、生産性を低下するだけでなく、操業の安全性にも問題が生じる。そのため、使用中の摺動部材の寿命を診断し、摺動部材が寿命により疲労破壊等を起こす前に摺動部材を交換する必要がある。
【0004】
特開平6−709号公報では、ドリル加工装置の寿命診断方法について開示されている。これによれば、摺動部材であるドリル刃部の温度を測定し、その測定結果に基づいて寿命診断が可能であるとしている。しかしながら、温度による寿命測定はその精度に問題が生じる場合がある。たとえば、鉄鋼の熱間加工工程に代表される高温下での加工プロセスでは、摺動部材の温度を正確に測定するのは困難である。
【0005】
特開2003−270176号公報及び特開2003−65978号公報では、陽電子消滅測定法により金属材料の寿命を診断する方法が開示されている。金属摺動部材の摺動面を含む部分では、摺動により塑性変形が与えられ、転位や欠陥が増殖する。金属材料の疲労破断現象は、転位、欠陥、粒界、析出物等の挙動に基づいて発生する。この診断方法では、陽電子消滅測定法により転位、欠陥、粒界、析出物等の挙動を検知し、金属材料の寿命を診断できるとしている。しかしながら、陽電子消滅測定法は測定に時間がかかり、容易に寿命を診断できない。また、摺動部材の摺動面に陽電子を入射させるための設備は複雑であり、コストもかかる。
【特許文献1】特開平6−709号公報
【特許文献2】特開2003−270176号公報
【特許文献3】特開2003−65978号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明の目的は、摺動部材の寿命を容易に診断できる摺動部材寿命診断装置及び摺動部材寿命診断方法を提供することである。
【課題を解決するための手段及び発明の効果】
【0007】
摺動系のように摩擦を伴う力学系の場合、摺動部材の摺動面の状態が摺動中に変化する。このように、摺動初期の状態と異なる状態が出現する現象はトライボミューテーションと呼ばれている。トライボミューテーションの出現により、摺動系は、系の反応や変化が鈍くなる動的定常状態(Dynamical Steady state)になる。
【0008】
動的定常状態の一例として、摺動部材であるシリコン部材を炭素部材と摺動させた場合の、断熱摺動系における摺動シミュレーションの結果について説明する。シミュレーションは分子動力学法により実施し、摺動速度=5m/secでシリコン部材を炭素部材と摺動させ、ラグラジアン値(系の運動エネルギから位置エネルギを差分した物理量)の負値と摺動距離(オングストローム:Å)との関係について求めた。図1にその結果を示す。
【0009】
図1に示すように、ラグラジアン値は摺動初期に単調増加するが、摺動距離約20Åで急峻に減少し、その後摺動距離が増加しても、ラグラジアン値は−5.60(eV/atom)近傍で一定となる。
【0010】
摺動初期(摺動距離0〜20Å)のラグラジアン値の増加はシリコン部材の歪みエネルギの蓄積量が増大していることを示し、摺動距離約20Åにおけるラグラジアン値の急峻な減少は、応力誘起によりシリコン部材表面がアモルファス相へ相転移したことを示す。この相転移がトライボミューテーションである。アモルファス相が形成されると、この摺動系では、動的に変化のない安定的な状態が継続するため、ラグラジアン値が一定となる。要するに、トライボミューテーションの出現によりこの摺動系は動的定常状態となる。
【0011】
さらに摺動過程が進むと、断熱摺動系であるため系の温度が上昇する。そのため、摺動距離約95Å付近でラグラジアン値が急上昇し、シリコン部材は溶解破壊される。つまり、シリコン部材は動的定常状態から逸脱する。
【0012】
以上のように、摺動過程の途中で摺動部材の摺動面部分の結晶構造、組織又は化学組成が変化してトライボミューテーションが発生することにより、摺動系は動的定常状態となる。そして、動的定常状態が終了すると、摺動部材は溶融破壊や疲労破壊に至る。したがって、摺動系における動的定常状態を観測し、動的定常状態からの逸脱を検知できれば、摺動系を構成する摺動部材の寿命を診断できる。
【0013】
本発明者らは、摺動面の色の変化に基づいて摺動部材の動的定常状態を認定できることを見出した。以下、詳細を説明する。
【0014】
本発明者らは、以下に示す摺動試験を実施した。図2に示すように、板状の摺動部材50を準備した。摺動部材50は工具鋼板(材質はSKD6、化学組成はC:0.4%、Si:1.0%、Cr:5.0%、V:0.4%、Mo:1.3%、%は質量%)を用いた。また、摺動部材50と共に摺動される被加工材として、摺動部材50と同程度の寸法の2枚の普通鋼板51及び52を準備した。
【0015】
1200℃に加熱した普通鋼板51の上面に常温の摺動部材50を積層し、さらに摺動部材50の上面に1200℃に加熱した普通鋼板52を積層して積層材60を作製した。摺動部材50と普通鋼板51、52との間には潤滑剤を塗布した。
【0016】
続いて、作製した積層材60を圧延した。具体的には、上下に2つのロール53を有する板圧延用ロール圧延機を用いて積層材60を1回圧延した。このとき、圧下率を40%とした。圧延により、ロール53に接触する普通鋼板51及び52は、摺動部材50よりも圧延方向に延伸するため、摺動部材50は普通鋼板51及び52と摺動した。
【0017】
圧延後、普通鋼板51及び52を新しい普通鋼板51及び52と交換して新たな積層材60を作製した。このとき、摺動部材50は交換せずにそのまま積層材60に使用した。続いて、1回目(1パス目)の圧延と同様に積層材60を圧延した。同様の方法で、摺動部材50が破断するまで複数回(複数パス)圧延を実施した。本試験では、摺動部材50は12回圧延した後に破断した。
【0018】
1回の圧延が終了するごとに、摺動部材50の圧延方向長さと圧延1回当たりの伸び量とを求めた。さらに、1回の圧延が終了するごとに、摺動部材50の摺動面をデジタルカメラで撮影し、得られた写真画像を用いて摺動面の色の時系列変化を調査した。具体的には、得られた写真画像をRGB分解し、図3に示すように赤色(R)成分、緑色(G)成分、青色(B)成分、及び明度(L)成分のヒストグラムを作成した。さらに摺動面の色に関する特徴量として、作成された各ヒストグラムの標準偏差σを求めた。
【0019】
図4Aに摺動部材50の圧延方向長さ及び圧延1回当たりの伸び量と圧延回数との関係を示す。また、図4BにRGB分解により得られた各成分(R、G、B、L)の標準偏差σと圧延回数との関係を示す。図4A中の「●」は各圧延後の摺動部材50の圧延方向長さを示す。また、「○」は1パスあたりの各圧延における伸び量を示す。たとえば、圧延前(0回目)上にプロットされた伸び量「○」は圧延前の摺動部材50の圧延方向長さと1回目の圧延後の摺動部材50の圧延方向長さとの差分値である。また、図4B中のσL(図中●)は明度成分の標準偏差、σR(図中○)はR成分の標準偏差、σG(図中□)はG成分の標準偏差、σB(図中■)はB成分の標準偏差を示す。
【0020】
図4Aを参照して、摺動部材50の伸び量「○」は、1回目の圧延では高い伸び量を示すが、2回目〜8回目における伸び量は低く図中のしきい値以下となり、8回目以降伸び量が急上昇して破断に至った。2回目〜8回目においては伸び量が低いため、この期間において加工硬化や潤滑剤との反応により摺動面にトライボミューテーションが出現し、動的定常状態となっていたと考えられる。
【0021】
一方、図4Bを参照して、各成分の標準偏差σ(σL、σR、σG、σB)も2回目の圧延で急峻に低下し、2回目〜8回目の間でほぼ一定となった。そして、8回目以降、標準偏差σは再び上昇した。要するに、標準偏差σの時系列変化は摺動部材50の伸び量の時系列変化と対応した。
【0022】
以上の実験結果より、本発明者らは、摺動部材の摺動面の色の時系列変化を監視し、その色の時系列変化に基づいて動的定常状態を把握できることを見出した。そして、色の時系列変化を監視することで摺動部材の寿命を診断できると考え、以下の発明に想到した。
【0023】
本発明による摺動部材寿命診断装置は、撮影手段と、色情報取得手段と、記憶手段と、診断手段とを備える。撮影手段は、使用中の摺動部材の摺動面を時系列に順次撮影して摺動面の複数の写真画像を得る。色情報取得手段は、摺動面の色情報を写真画像ごとに取得する。記憶手段は、取得された色情報を記憶する。診断手段は、記憶手段に記憶された色情報に基づいて摺動面の色の時系列変化を監視し、色の時系列変化が定常状態から非定常状態へと移行したとき、摺動部材が寿命に達したと診断する。
【0024】
本発明による摺動部材寿命診断装置は、摺動部材の摺動面の色の時系列変化を監視し、色の時系列変化が定常状態から非定常状態に移行したとき、摺動部材が動的定常状態から逸脱したと判断し、摺動部材が寿命に達したと診断する。このように、本発明による摺動部材寿命診断装置では、摺動部材が動的定常状態から逸脱した時期を摺動面の色の時系列変化に基づいて容易に判断できる。したがって、摺動部材の寿命を容易に判断できる。
【0025】
好ましくは、色情報取得手段は、写真画像が得られるごとに、摺動面の色に関する特徴量を色情報として取得する。診断手段は、判断手段と、認定手段とを備える。判断手段は、取得された特徴量が基準範囲内であるか否かを特徴量が取得されるごとに判断する。認定手段は、判断手段による判断の結果、特徴量が基準範囲内から基準範囲外となったとき、摺動部材が寿命に達したと認定する。
ここで、摺動面の色に関する特徴量とは、たとえば、写真画像をRGB分解することにより得られる各成分(R成分、G成分、B成分)の平均値や、各成分のヒストグラムに基づいて求められる標準偏差である。また、各成分に基づいて求められる明度成分の平均値やそのヒストグラムにより求められる標準偏差を特徴量としてもよい。また、各写真画像の分解スペクトルの平均値や、フーリエ変換により求められるパワースペクトルや自己相関関数に基づく優先波長を特徴量としてもよい。要するに、特徴量とは摺動面の色又は色分布の状況を数値化したものである。
【0026】
この場合、特徴量を基準範囲と比較することにより摺動面の色の時系列変化の状態(定常状態か否か)を容易に判断できる。
【0027】
好ましくは、判断手段は、特徴量が基準範囲内であると判断したとき、色の時系列変化が定常状態であることを示す定常状態情報を記憶手段に登録する。認定手段は、判断手段により特徴量が基準範囲外と判断され、かつ、記憶手段が定常状態情報を登録しているとき、摺動部材が寿命に達したと認定する。
【0028】
この場合、判断手段の判断結果と定常状態情報とに基づいて、定常状態から非定常状態への移行時期を容易に判断できる。
【0029】
好ましくは、色情報取得手段は、摺動面の色に関する特徴量を色情報として取得する。診断手段は、変化量算出手段と、判断手段と、認定手段とを備える。変化量算出手段は、所定期間ごとの特徴量の変化量を算出する。判断手段は、変化量が基準範囲内であるか否かを変化量を算出するごとに判断する。認定手段は、判断手段による判断の結果、変化量が基準範囲内から基準範囲外となったとき、摺動部材が寿命に達したと認定する。
【0030】
この場合、所定期間ごとの特徴量の変化量を基準範囲と比較する。要するに、摺動面の色の時系列変化を所定期間ごとの特徴量の変化(傾き)で判断する。そのため、色の時系列変化が定常状態であるか否かを容易に判断できる。
【0031】
本発明による摺動部材寿命診断方法は、上述の摺動部材寿命診断装置の動作方法である。また、本発明による摺動部材寿命診断プログラムは、摺動部材寿命診断方法をコンピュータに実行させるためのプログラムである。
【発明を実施するための最良の形態】
【0032】
以下、図面を参照し、本発明の実施の形態を詳しく説明する。図中同一又は相当部分には同一符号を付してその説明は繰り返さない。
【0033】
[第1の実施の形態]
[構成]
図5を参照して、本実施の形態による摺動部材寿命診断装置1は、CCDカメラ2と、コンピュータ装置3とを備える。これらはケーブル等により互いに接続される。
【0034】
CCDカメラ2は、製品の製造設備等に設置された摺動部材7の摺動面71を撮影し、摺動面71の写真画像を得る。CCDカメラ2は摺動部材7の摺動面71を撮影できるように配置される。CCDカメラ2は所定期間ごとに摺動面71を撮影し、得られた写真画像をケーブルを介してコンピュータ装置3に送信する。
【0035】
コンピュータ装置3は、ハードディスクドライブ(HDD)4と、CPU5と、メモリ6と、ディスプレイ8とを備え、これらは図示しないバスにより相互に接続される。
【0036】
HDD4は、CCDカメラ2から送信された写真画像を蓄積する。ハードディスクドライブ4はさらに、色情報データベース41と、診断アプリケーション(プログラム)42とを蓄積する。
【0037】
色情報データベース41は、時系列に順次送信される写真画像をRGB分解して得られた色情報を記憶する。図6に色情報データベース41の構造を示す。図6を参照して、色情報データベース41は、写真画像ごとに付与される画像番号nを登録するためのフィールドと、画像番号nに対応する写真画像のRGB成分及び明度成分のヒストグラムデータHDを登録するためのフィールドと、摺動面71の色に関する特徴量として各ヒストグラムデータHDの標準偏差σnを登録するためのフィールドとを有する。
【0038】
画像番号n(nは0を含む自然数)は写真画像の撮影順に付与される。ヒストグラムデータHDnは、R成分のヒストグラムデータHDRnと、G成分のヒストグラムデータHDGnと、B成分のヒストグラムデータHDBnと、明度(L)成分のヒストグラムデータHDLnとを含む。以下、各ヒストグラムデータを総称する場合、単にヒストグラムデータHDnという。
【0039】
摺動面71の色に関する特徴量である標準偏差σnは、ヒストグラムデータHDRnの標準偏差であるσRnと、ヒストグラムデータHDGnの標準偏差であるσGnと、ヒストグラムデータHDBnの標準偏差であるσBnと、ヒストグラムデータHDLnの標準偏差であるσLnとを含む。以下、各標準偏差を総称する場合、単に標準偏差σnという。
【0040】
色情報データベース41は、摺動部材7が動的定常状態であるか否かを判断するときに利用される。
【0041】
診断アプリケーション42は、CCDカメラ2に摺動面71の撮影を所定期間ごとに指示する。また、撮影により得られた写真画像をRGB解析し、R、G、B各成分及び明度成分のヒストグラムデータHDnを作成し、特徴量として各ヒストグラムの標準偏差値σnを算出する。診断アプリケーション42は、算出された標準偏差値σnに基づいて摺動部材7が動的定常状態であるか否かを判断し、摺動部材7の寿命を診断する。
【0042】
診断アプリケーション42は、メモリ6にロードされ、CPU5で実行されることにより、上述の動作を行う。
【0043】
[摺動部材寿命診断方法の概要]
次に、上述した摺動部材寿命診断装置1(以下、単に診断装置1という)を用いた摺動部材寿命診断方法の概要を説明する。
【0044】
製品の製造装置等に摺動部材7を新たに設置して使用を開始した後、診断装置1は、所定時間ごとに摺動面71を撮影して摺動面71の写真画像を得る。診断装置1は、得られた写真画像をRGB分解し、ヒストグラムデータHDnを作成する。ヒストグラムデータHDnを作成後、診断装置1は、特徴量として標準偏差σnを算出する。診断装置1は標準偏差σnに基づいて摺動面71の色の時系列変化を監視し、摺動部材7の寿命を診断する。
【0045】
図7は所定時間Δtごとに求めた摺動部材7の色成分の標準偏差σnと時刻tとの関係を模式的に示す図である。図7を参照して、使用中の摺動部材7の状態は、大きく3つの段階(第1段階〜第3段階)に分けることができる。第1段階は、摺動部材7の使用を開始してから摺動部材7が動的定常状態に移るまでの期間である。第一段階での標準偏差σnは、その変化量が大きく、非定常状態である。第2段階は、摺動部材7が動的定常状態を維持している期間である。第2段階での標準偏差σnは、その変化量が小さく、定常状態である。第3段階は、摺動部材7が動的定常状態から逸脱し、破断に至る期間である。第3段階での標準偏差σnは、その変化量が大きく、非定常状態である。
【0046】
診断装置1は、所定期間Δtごとに求めた標準偏差σnが基準範囲内(0〜REF0)であるか否かを判断することにより、摺動部材7が第1〜第3段階のいずれの段階であるかを認定する。具体的には、診断装置1は、時刻t2で、標準偏差σ2が基準範囲内(0〜REF)となるため、診断装置1は時刻t2において、摺動部材7が第1段階から動的定常状態である第2段階に移行したと認定する。時刻t3〜時刻t9の標準偏差σ3〜σ9も基準範囲内であるため、診断装置1は時刻t2〜時刻t9における摺動部材7は第2段階であると認定する。要するに、時刻t2〜時刻t9まで摺動部材7は動的定常状態を維持していると判断する。
【0047】
時刻t10で、標準偏差σ10が基準値REF0よりも大きくなるため、診断装置1は摺動部材7が第2段階から第3段階(非定常状態)に移行したと認定する。そのため、診断装置1は摺動部材7が寿命に達しており、破断する可能性がある旨の警告を製造装置を操作するオペレータに通知する。診断装置1は、たとえば、ディスプレイ8に表示して警告を通知してもよいし、音声により通知してもよい。
【0048】
以上のとおり、摺動部材7の摺動面71の色に関する特徴量としてヒストグラムデータHDnの標準偏差σnを求め、標準偏差σnが基準範囲内(0〜REF0)であるか否かを判断することにより、摺動部材7が第2段階から第3段階に移行する時期を容易に認定できる。そのため、摺動部材7の交換時期(寿命)を容易に診断できる。以下、診断装置1の動作の詳細を説明する。
【0049】
[摺動部材寿命診断装置の動作フロー]
製造設備等に新たに設置された摺動部材7の摺動面71を撮影できるようCCDカメラ2を設置した後、診断装置1内の診断アプリケーション42は、図8に示す摺動部材寿命診断処理を実行する。以下、摺動部材7の状態(第1〜第3段階)が図7に示すように推移すると仮定して、診断装置1の動作を説明する。
【0050】
図7及び図8を参照して、時刻t0において、診断装置1内の診断アプリケーション42はまず、画像番号n=0とし(S1)、状態フラグを「0」とする(S2)。ここで、状態フラグとは摺動部材7の状態が第1〜第3段階のいずれであるかを示す定常状態情報(フラグ)である。図9に示すように、状態フラグが「0」の場合、摺動部材7が第1段階であることを示し、状態フラグが「1」の場合、摺動部材7が第2段階(動的定常状態)であることを示す。状態フラグが「2」の場合、摺動部材7が第3段階(非定常状態)であることを示す。状態フラグはHDD4に登録される。時刻t0の場合、摺動部材7は第1段階であるため、ステップS2において診断装置1は状態フラグ=0とする。
【0051】
続いて、診断アプリケーション42は、撮影処理を実行する(S3)。具体的には、診断アプリケーション42は、CCDカメラ2に摺動面71を撮影するよう指示し、CCDカメラ2が摺動面71を撮影する(S31)。CCDカメラ2は撮影により得られた写真画像をコンピュータ装置3に送信する。診断アプリケーション42は、送信された写真画像に画像番号n(ここではステップS1で決定された画像番号n=0)を付してHDD4に保存する(S32)。
【0052】
次に、診断アプリケーション42は、保存された写真画像に対して画像解析処理を実行し、摺動面71の色に関する特徴量を求める(S4:画像解析処理)。画像解析処理において、診断アプリケーション42はまず、写真画像をRGB分解し(S41)、分解された各成分(R、G、B成分)及び明度成分のヒストグラムデータHDn(時刻t0ではHD0)を作成する(S42)。ヒストグラムデータHD0を作成後、診断アプリケーション42は特徴量としてヒストグラムデータHD0の標準偏差σ0を算出する(S43)。診断アプリケーション42は、ヒストグラムデータHD0と標準偏差σ0とを色情報データベース41に登録する(S44)。
【0053】
画像解析処理を実行後、診断アプリケーション42は、診断処理を実行する(S5)。診断処理では、診断アプリケーション42は、摺動部材7が、第1段階にあるか、動的定常状態である第2段階にあるか、動的定常状態から逸脱した第3段階(非定常状態)にあるかを認定する。
【0054】
診断アプリケーション42はまず、標準偏差σ0が基準範囲(0〜REF0)内であるか否かを判断する(S51)。時刻t0において、診断アプリケーション42は、標準偏差σ0が基準値範囲外であると判断する(S51でNO)。ここで、状態フラグは「0」であるため(S52及びS57でNO)、診断アプリケーション42は診断処理を終了する。つまり、診断アプリケーション42は、時刻t0では摺動部材7が第1段階であると認定する。
【0055】
診断処理を終了後、診断アプリケーション42は画像番号nをインクリメントしてn=1とし(S6)、所定時間Δtが経過したか否かを監視する(S7)。
【0056】
時刻t1において、診断アプリケーション42は、時刻0から所定期間Δtが経過したと判断する(S7でYES)。このとき、テップS3に戻り、診断アプリケーション42は、撮影処理(S3)を実行し画像番号n=1の写真画像を取得する。
【0057】
続いて、診断アプリケーション42は、画像番号n=1の写真画像に対して画像解析処理を実行する(S4)。これにより、診断アプリケーション42は、画像番号n=1における標準偏差σ1を求め、色情報データベース41に登録する。
【0058】
続いて、診断アプリケーション42は診断処理を実行する(S5)。標準偏差σ1は基準範囲外であり(S51でNO)、かつ、状態フラグは「0」である(S52及びS57でNO)。そのため、診断アプリケーション42は、摺動部材7が第1段階のままであると判断し、診断処理を終了する。診断処理後、診断アプリケーション42は、ステップ6に進んで画像番号nをインクリメントして2にする(S6)。
【0059】
時刻t2において、診断アプリケーション42は時刻t1から所定期間Δtが経過したと判断し(S7でYES)、ステップS3に戻る。診断アプリケーション42は、画像番号n=2の写真画像を撮影し(S3)、画像処理解析を実行して標準偏差σ2を求める(S4)。
【0060】
診断アプリケーション42は標準偏差σ2を用いて診断処理を実行する(S5)。その結果、ステップS51で標準偏差σ2が基準範囲内であると判断する(S51でYES)。このとき、診断アプリケーション42は、HDD4に登録された状態フラグが「0」であるか否かを判断する(S53)。定常状態フラグ=0であるため(S53でYES)、診断アプリケーション42は、摺動部材7の状態が第1段階から第2段階(動的定常状態)に移行したと認定し、HDD4に登録された状態フラグを「0」から「1」に更新する(S54)。
【0061】
以上の動作により、診断アプリケーション42は、時刻2において、摺動部材7が動的定常状態になったと認定できる。
【0062】
続いて、時刻t3において、診断アプリケーション42は画像番号n=3の写真画像撮影処理を実行し(S3)、画像解析処理を実行して(S4)、標準偏差σ3を得る。診断処理(S5)において、診断アプリケーション42は、標準偏差σ3が基準範囲内であると判断する(S51でYES)。このとき、診断アプリケーション42は、HDD4に登録された状態フラグが「1」であると判断するため(S53でNO)、動的定常状態が継続していると判断し、そのまま診断処理を終了する。時刻t4〜時刻t9における診断アプリケーション42の動作も、時刻t3の場合と同様である。
【0063】
時刻t10での診断処理において(S5)、診断アプリケーション42は、標準偏差σ10が基準範囲外であると判断する(S51でNO)。このとき、診断アプリケーション42は状態フラグが「1」であるか否か判断する(S52)。状態フラグは「1」であるため(S52でYES)、診断アプリケーション42は、摺動部材7が第2段階(動的定常状態)から第3段階(非定常状態)に移行したと認定する。つまり、摺動部材7が動的定常状態から逸脱し、寿命に達したと認定する。
【0064】
このとき、診断アプリケーション42は、状態フラグを「2」とし(S55)、摺動部材7が設置された製造装置のオペレータに、摺動部材7が寿命に達し、破断する可能性がある旨の警告を通知する(S56)。警告は、たとえば、ディスプレイ8に表示することにより通知されてもよいし、音声により通知されてもよい。オペレータは、警告通知により、摺動部材7の交換時期を確認できる。
【0065】
なお、時刻t11での診断処理において(S5)、診断アプリケーション42は、標準偏差σ11が基準範囲外であると判断する(S51でNO)。このとき、診断アプリケーション42は状態フラグが「2」であると判断するため(S52でNO、S57でYES)、再度警告通知を行う(S56)。要するに、第3段階に移行した後は、判断処理を実行するごとに警告を通知する(S56)。摺動部材7が寿命に達したことをオペレータに伝えるためである。
【0066】
以上、本発明の実施の形態による寿命診断方法では、摺動部材7の状態が第1〜第3段階のいずれの段階であるかを摺動面71の色の時系列変化に基づいて判断する。これにより、摺動部材7が動的定常状態から逸脱した時期を容易に認定できるため、摺動部材7の適切な交換時期を決定できる。
【0067】
特徴量として使用される標準偏差σnは、標準偏差σRn、σGn、σBn、σLnのうちのいずれか1つに決定すればよい。たとえば、特徴量を明度成分の標準偏差σLnとすれば、ステップS5の診断処理では標準偏差σLnが基準範囲内であるか否かを判断する(S51)。また、各標準偏差σRn、σGn、σBn、σLnの全てを基準範囲と比較して、全ての標準偏差が基準範囲内である場合にステップS51でYESと判断してもよい。
【0068】
[第2の実施の形態]
第1の実施の形態では、各時刻で算出された標準偏差σnが基準範囲内(0〜REF0)であるか否かを判断することにより、摺動部材7が動的定常状態から逸脱する時期を認定したが、他の方法により認定してもよい。
【0069】
以下、所定期間における標準偏差σnの変化量に基づいて摺動部材7が動的定常状態から逸脱する時期を認定する方法について説明する。
【0070】
図10に第2の実施の形態における診断装置1の動作フローを示す。図10を参照して、図8中の診断処理(S5)が新たな診断処理(S10)に置換されている。その他のステップS1〜S4、S6及びS7は図8と同じである。
【0071】
図10の動作フローでは、摺動面71の色の時系列変化として時刻tnの標準偏差σnと時刻tn-1の標準偏差σn−1との傾き(以下、変化量Δσnという)を求め、変化量Δσnが基準範囲内であれば、摺動部材7が動的定常状態であると認定する。以下、図7及び図10を参照して、詳細を説明する。
【0072】
時刻t0において、診断アプリケーション42は、撮影処理(S3)及び画像解析処理(S4)を実行し、標準偏差σ0を求める。診断処理(S10)において、診断アプリケーション42はまず、色情報データベース41に標準偏差σn−1が登録されているか否かを判断する(S101)。時刻t0では標準偏差σn−1は登録されていないため(S101でNO)、診断処理を終了する。
【0073】
時刻t1での診断処理(S10)において、診断アプリケーション42は、標準偏差σn−1(つまりσ0)が色情報データベース41に登録されていると判断する(S101でYES)。このとき、診断アプリケーション42は、以下の式(1)に基づいて変化量Δσn(時刻t1ではΔσ1)を算出する(S102)。
【0074】
Δσn=σn−σn−1 (1)
要するに、変化量Δσnは標準偏差σnから標準偏差σn−1を差分した値である。変化量Δσ1を算出した後、算出した変化量Δσ1が以下の式(2)を満たすか否かを判断する(S103)。
【0075】
−REF1<Δσn<REF1 (2)
要するに、変化量Δσnが基準範囲(−REF1〜REF1)内であるか否かを判断する。REF1は実験等により予め決定された基準値である。
【0076】
時刻t1で診断アプリケーション42は、変化量Δσ1が式(2)を満足しないと判断する(S103でNO)。このとき、状態フラグは「0」であるため(S104でYES)、診断アプリケーション42は診断処理を終了する。
【0077】
時刻t3における診断処理(S10)で、診断アプリケーション42は、変化量Δσ3が式(2)を満たすと判断する(S103でYES)。このとき、状態フラグは「0」であるため(S109でNO)、診断アプリケーション42は状態フラグを「0」から「1」に更新する(S105)。つまり、診断アプリケーション42は時刻t3において摺動部材7が第1段階から第2段階(動的定常状態)に移行したと判断する。時刻t4〜時刻t9までの診断処理(S10)は、時刻t3と同様の動作となる。
【0078】
時刻t10の診断処理(S10)において、診断アプリケーション42は、変化量Δσ10が式(2)を満たさないと判断する(S103でNO)。このとき、状態フラグは「0」ではなく「1」であるため(S104及びS106でNO)、診断アプリケーション42は状態フラグを「1」から「2」に更新する(S107)。つまり、診断アプリケーション42は、摺動部材7が動的定常状態から逸脱し、非定常状態である第3段階に移行したと認定する。このとき、診断アプリケーション42は、摺動部材7が設置された製造装置のオペレータに、摺動部材7が寿命に達し、破断する可能性がある旨の警告を通知する(S108)。
【0079】
なお、時刻t11における診断処理(S10)において、診断アプリケーション42は、変化量Δσ11が式(2)を満たさないと判断する(S103でNO)。このとき、状態フラグは「2」であるため(S104でNO、S106でYES)、診断アプリケーション42は、警告を再度通知する(S108)。
【0080】
以上、診断アプリケーション42は、所定期間Δtにおける標準偏差σnの変化量Δσnに基づいて摺動部材7が動的定常状態から逸脱する時期を容易に認定できる。
【0081】
以上、本実施の形態について説明したが、基準範囲を構成する基準値REF0及びREF1は、摺動試験や摺動部材を設置する製造装置の操業条件(例えば、工具交換時期)、さらに安全係数などを鑑みながら適宜実験や試験で決定することができる。また、操業や実験回数(N数)が多くなれば画像解析処理により得られた特徴量(標準偏差σn)と摺動部材7の寿命との相関もより明確になってくるため、学習とフィードバック作用で基準範囲を適宜設定し直せば、寿命推定もより精度の高いものになる。
【0082】
また、本実施の形態では、撮影装置としてCCDカメラ2を使用したが、他の撮影装置を使用してもよい。たとえば、通常の市販デジタルカメラ、長距離顕微鏡小型カメラなど様々な光学系が利用可能である。倍率や解像度も、特に問われることはなく市販デジタルカメラで十分に効用を発揮できる摺動系も存在する。重要なのは摺動系の動的定常状態を検知することであるため、最適な撮影装置の種類、倍率、解像度を実験等に基づいて適宜決定すれば良い。
【0083】
摺動部材の摺動面内の撮影領域についても、実験や試験によって適宜決定することができる。摺動部材の摺動面全体を解析すれば動的定常状態が検知できる系もあるし、大型の工具の場合には疲労しやすい領域が実験的に分かっている場合も多いため、その領域を解析して色の特徴量を求めることにより、動的定常状態を検知できる。
【0084】
本実施の形態では、摺動面71をRGB分解して各成分(R、G、B)及び明度(L)を求め、各成分のヒストグラムから求めた標準偏差を摺動面71の色の特徴量としたが、特徴量は他の数値データでもよい。たとえば、摺動面の色分布が顕著に変化する系では、分解スペクトルの平均値を特徴量にしてもよい。また、フーリエ変換によるパワースペクトルや自己相関関数による優先波長を特徴量にしてもよい。重要なのは、写真画像(デジタル画像)から色に関する特徴量を求め、その特徴量に基づいて摺動部材が動的定常状態から逸脱する時期を認定することである。特徴量を何にするかは、適宜実験で決定すればよい。
【実施例】
【0085】
図11に示す摺動装置を利用して、摺動磨耗試験を実施した。摺動装置は、摺動部材SAMを固定するサンプル固定治具70と、回転定盤73とを備える。サンプル固定治具70の下端には摺動部材SAMが固定される。回転定盤73は、その上面を摺動部材SAMの下面と接触させながら回転する。つまり、摺動部材SAMと回転定盤73とは摺動系を構成する。摺動部材SAMの下面(摺動面)の面積は2×3.7mm2とした。
【0086】
サンプル固定治具70には、図示しない加熱及び冷却装置が取り付けられ、加熱及び冷却装置により、摺動部材SAMの温度調整を行った。摺動部材SAMの温度は、サンプル固定治具70に設けた熱電対72によりモニタニングした。
【0087】
回転定盤73の上面には、シリカ砥粒が固定された研磨ペーパー(P800)を貼付し、回転定盤73を回転させて摺動部材SAMを一方向に磨耗させた。このとき、荷重調整装置71により摺動部材SAMと回転定盤73の上面との接触圧を調整した。摺動速度は0.66m/sとした。
【0088】
摺動部材SAMは、パーライト組織を示す元素成分(化学組成、C:0.72%、Si:0.07%、Mn:0.19%、S:0.001%未満、Cr:0.03%、V:0.01%未満、%は質量%)の鋼材とした。
【0089】
摺動磨耗試験中は、所定期間ごとに摺動装置から摺動部材SAMを取り出し、その質量変化から摩耗深さを算出した。さらに、摺動面を撮影した写真画像をコンピュータ装置に取り込み、RGB分解を行って各成分(R、G、B成分)及び明度成分のヒストグラムを作成し、各ヒストグラムの標準偏差σを求めた。
【0090】
図12Aに摺動磨耗試験により得られた摺動距離(m)と磨耗深さ(μm)との関係を示す。図12Bは図12A中の摺動距離が0〜2000mまでの摺動距離と磨耗深さとの関係を示す図である。
【0091】
図12A及びBを参照して、摺動部材SAMの磨耗深さの時系列変化は、3つの段階に分けられた。すなわち、試験開始初期(摺動距離=0〜約200m)の第1段階では、磨耗深さが急峻に増大し、磨耗速度が大きかった。摺動距離が200mを超えたころから、磨耗速度は低下して一定となり、定常状態(第2段階)となった。摺動部材SAMが動的定常状態になったと考えられる。その後摺動距離が16000mを超えたあたりから、磨耗速度が大きくなり非定常状態(第3段階)となり、磨耗深さが急峻に増大して破壊磨耗に至った。
【0092】
各段階における摺動部材SAMの摺動面をSEM観察した。磨耗速度が非定常状態であった第1段階では試験開始前と同じパーライト組織であったものの、磨耗速度が定常状態となった第2段階では、摺動面がせん断変形し、塑性流動が生じていた。さらに、塑性流動により表層のラメラ間隔が微細化されていた。要するに、第2段階において、摺動部材SAMにトライボミューテーションが出現した。第3段階の摺動面には、微小な亀裂や剥離現象が観察された。
【0093】
図13に所定期間ごとに撮影された摺動面の色の時系列変化と摺動距離との関係を示す。具体的には、所定期間ごとに摺動面をRGB分解し、各成分(R、G、B)及び明度(L)のヒストグラムを作成し、各ヒストグラムの標準偏差σR、σG、σB及びσLを求めた。図13中の曲線Dは、図12Aと同じ磨耗深さを示す。
【0094】
摩耗速度が定常状態になる第2段階では、各成分の標準偏差σの変化量も低下し、定常状態となった。また、磨耗速度が再び上昇した第3段階では、各成分の標準偏差σも急上昇し、非定常状態となった。この結果、磨耗深さの時系列変化は標準偏差σの時系列変化とよい相関を示した。これにより、摺動面の色の時系列変化を監視し定常状態から非定常状態に移行する時期を検知することにより、摺動部材の寿命時期を容易に診断できることが示唆された。
このように、摺動系の特徴であるトライボミューテーションに伴う動的定常状態は、本発明による摺動部材寿命診断方法により比較的容易に認定でき、本発明による摺動部材寿命診断方法は、種々の摺動系に応用が可能であると考えられる。
【0095】
以上、本発明の実施の形態を説明したが、上述した実施の形態は本発明を実施するための例示に過ぎない。よって、本発明は上述した実施の形態に限定されることなく、その趣旨を逸脱しない範囲内で上述した実施の形態を適宜変形して実施することが可能である。
【図面の簡単な説明】
【0096】
【図1】断熱摺動系の摺動シミュレーションにより求めたラグラジアン値と摺動距離との関係を示す図である。
【図2】摺動試験を説明するための模式図である。
【図3】図2に示した摺動試験により得られた摺動部材表面の各成分(R、G、B及び明度成分)のヒストグラムである。
【図4A】図2に示した摺動試験により得られた摺動部材の圧延方向長さと圧延回数との関係を示す図である。
【図4B】図2に示した摺動試験により得られた摺動部材表面の各RGB成分の標準偏差と圧延回数との関係を示す図である。
【図5】本発明の実施の形態による摺動部材寿命診断装置の構成を示す機能ブロック図である。
【図6】図5に示した色情報データベースのデータ構造を示す図である。
【図7】本実施の形態による摺動部材寿命診断方法を説明するための模式図である。
【図8】図5に示した摺動部材寿命診断装置の動作の詳細を示すフロー図である。
【図9】図8中のステップ2で登録される状態フラグの内容を説明するための図である。
【図10】本発明の第2の実施の形態による摺動部材診断装置の動作の詳細を示すフロー図である。
【図11】実施例における摺動装置の構成を示す模式図である。
【図12A】図11の摺動装置を用いた摺動磨耗試験により得られた摺動部材の磨耗深さと摺動距離との関係を示す図である。
【図12B】図12Aの一部の拡大図である。
【図13】実施例における摺動磨耗試験により得られた摺動部材表面の標準偏差と摺動距離との関係を示す図である。
【図14】摺動系を説明するための模式図である。
【符号の説明】
【0097】
1 摺動部材寿命診断装置
2 カメラ
3 コンピュータ装置
4 ハードディスクドライブ
7,50 摺動部材
41 色情報データベース
42 診断アプリケーション
【技術分野】
【0001】
本発明は、摺動部材寿命診断装置及び摺動部材寿命診断方法に関し、さらに詳しくは、2以上の摺動部材が互いに摺動する摺動系を構成する摺動部材の寿命を診断する摺動部材寿命診断装置及び摺動部材寿命診断方法に関する。
【背景技術】
【0002】
摺動系は、2以上の物体が互いに摺動する力学系の総称である。図14に示すように、摺動系では、摺動部材100と摺動部材200とが潤滑剤300を介して接触しながら繰り返し相対運動する。摺動系は産業用途の機械設備や装置に現れる力学系であり、たとえば、列車とレール、エンジンシリンダとピストン、ドリル加工や塑性加工における被加工材と工具等は摺動系を構成する。
【0003】
摺動系を構成する摺動部材は、摺動中に摺動面を通じて摩擦熱や応力の影響を受け、摩耗する。特に、塑性加工に利用されるロールや押出工具といった摺動部材は、使用時間が長くなると、割れやチッピングが生じ、さらには疲労破壊に至る。製品の製造設備に設置された摺動部材が使用中に疲労破壊等により割損すれば、生産性を低下するだけでなく、操業の安全性にも問題が生じる。そのため、使用中の摺動部材の寿命を診断し、摺動部材が寿命により疲労破壊等を起こす前に摺動部材を交換する必要がある。
【0004】
特開平6−709号公報では、ドリル加工装置の寿命診断方法について開示されている。これによれば、摺動部材であるドリル刃部の温度を測定し、その測定結果に基づいて寿命診断が可能であるとしている。しかしながら、温度による寿命測定はその精度に問題が生じる場合がある。たとえば、鉄鋼の熱間加工工程に代表される高温下での加工プロセスでは、摺動部材の温度を正確に測定するのは困難である。
【0005】
特開2003−270176号公報及び特開2003−65978号公報では、陽電子消滅測定法により金属材料の寿命を診断する方法が開示されている。金属摺動部材の摺動面を含む部分では、摺動により塑性変形が与えられ、転位や欠陥が増殖する。金属材料の疲労破断現象は、転位、欠陥、粒界、析出物等の挙動に基づいて発生する。この診断方法では、陽電子消滅測定法により転位、欠陥、粒界、析出物等の挙動を検知し、金属材料の寿命を診断できるとしている。しかしながら、陽電子消滅測定法は測定に時間がかかり、容易に寿命を診断できない。また、摺動部材の摺動面に陽電子を入射させるための設備は複雑であり、コストもかかる。
【特許文献1】特開平6−709号公報
【特許文献2】特開2003−270176号公報
【特許文献3】特開2003−65978号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明の目的は、摺動部材の寿命を容易に診断できる摺動部材寿命診断装置及び摺動部材寿命診断方法を提供することである。
【課題を解決するための手段及び発明の効果】
【0007】
摺動系のように摩擦を伴う力学系の場合、摺動部材の摺動面の状態が摺動中に変化する。このように、摺動初期の状態と異なる状態が出現する現象はトライボミューテーションと呼ばれている。トライボミューテーションの出現により、摺動系は、系の反応や変化が鈍くなる動的定常状態(Dynamical Steady state)になる。
【0008】
動的定常状態の一例として、摺動部材であるシリコン部材を炭素部材と摺動させた場合の、断熱摺動系における摺動シミュレーションの結果について説明する。シミュレーションは分子動力学法により実施し、摺動速度=5m/secでシリコン部材を炭素部材と摺動させ、ラグラジアン値(系の運動エネルギから位置エネルギを差分した物理量)の負値と摺動距離(オングストローム:Å)との関係について求めた。図1にその結果を示す。
【0009】
図1に示すように、ラグラジアン値は摺動初期に単調増加するが、摺動距離約20Åで急峻に減少し、その後摺動距離が増加しても、ラグラジアン値は−5.60(eV/atom)近傍で一定となる。
【0010】
摺動初期(摺動距離0〜20Å)のラグラジアン値の増加はシリコン部材の歪みエネルギの蓄積量が増大していることを示し、摺動距離約20Åにおけるラグラジアン値の急峻な減少は、応力誘起によりシリコン部材表面がアモルファス相へ相転移したことを示す。この相転移がトライボミューテーションである。アモルファス相が形成されると、この摺動系では、動的に変化のない安定的な状態が継続するため、ラグラジアン値が一定となる。要するに、トライボミューテーションの出現によりこの摺動系は動的定常状態となる。
【0011】
さらに摺動過程が進むと、断熱摺動系であるため系の温度が上昇する。そのため、摺動距離約95Å付近でラグラジアン値が急上昇し、シリコン部材は溶解破壊される。つまり、シリコン部材は動的定常状態から逸脱する。
【0012】
以上のように、摺動過程の途中で摺動部材の摺動面部分の結晶構造、組織又は化学組成が変化してトライボミューテーションが発生することにより、摺動系は動的定常状態となる。そして、動的定常状態が終了すると、摺動部材は溶融破壊や疲労破壊に至る。したがって、摺動系における動的定常状態を観測し、動的定常状態からの逸脱を検知できれば、摺動系を構成する摺動部材の寿命を診断できる。
【0013】
本発明者らは、摺動面の色の変化に基づいて摺動部材の動的定常状態を認定できることを見出した。以下、詳細を説明する。
【0014】
本発明者らは、以下に示す摺動試験を実施した。図2に示すように、板状の摺動部材50を準備した。摺動部材50は工具鋼板(材質はSKD6、化学組成はC:0.4%、Si:1.0%、Cr:5.0%、V:0.4%、Mo:1.3%、%は質量%)を用いた。また、摺動部材50と共に摺動される被加工材として、摺動部材50と同程度の寸法の2枚の普通鋼板51及び52を準備した。
【0015】
1200℃に加熱した普通鋼板51の上面に常温の摺動部材50を積層し、さらに摺動部材50の上面に1200℃に加熱した普通鋼板52を積層して積層材60を作製した。摺動部材50と普通鋼板51、52との間には潤滑剤を塗布した。
【0016】
続いて、作製した積層材60を圧延した。具体的には、上下に2つのロール53を有する板圧延用ロール圧延機を用いて積層材60を1回圧延した。このとき、圧下率を40%とした。圧延により、ロール53に接触する普通鋼板51及び52は、摺動部材50よりも圧延方向に延伸するため、摺動部材50は普通鋼板51及び52と摺動した。
【0017】
圧延後、普通鋼板51及び52を新しい普通鋼板51及び52と交換して新たな積層材60を作製した。このとき、摺動部材50は交換せずにそのまま積層材60に使用した。続いて、1回目(1パス目)の圧延と同様に積層材60を圧延した。同様の方法で、摺動部材50が破断するまで複数回(複数パス)圧延を実施した。本試験では、摺動部材50は12回圧延した後に破断した。
【0018】
1回の圧延が終了するごとに、摺動部材50の圧延方向長さと圧延1回当たりの伸び量とを求めた。さらに、1回の圧延が終了するごとに、摺動部材50の摺動面をデジタルカメラで撮影し、得られた写真画像を用いて摺動面の色の時系列変化を調査した。具体的には、得られた写真画像をRGB分解し、図3に示すように赤色(R)成分、緑色(G)成分、青色(B)成分、及び明度(L)成分のヒストグラムを作成した。さらに摺動面の色に関する特徴量として、作成された各ヒストグラムの標準偏差σを求めた。
【0019】
図4Aに摺動部材50の圧延方向長さ及び圧延1回当たりの伸び量と圧延回数との関係を示す。また、図4BにRGB分解により得られた各成分(R、G、B、L)の標準偏差σと圧延回数との関係を示す。図4A中の「●」は各圧延後の摺動部材50の圧延方向長さを示す。また、「○」は1パスあたりの各圧延における伸び量を示す。たとえば、圧延前(0回目)上にプロットされた伸び量「○」は圧延前の摺動部材50の圧延方向長さと1回目の圧延後の摺動部材50の圧延方向長さとの差分値である。また、図4B中のσL(図中●)は明度成分の標準偏差、σR(図中○)はR成分の標準偏差、σG(図中□)はG成分の標準偏差、σB(図中■)はB成分の標準偏差を示す。
【0020】
図4Aを参照して、摺動部材50の伸び量「○」は、1回目の圧延では高い伸び量を示すが、2回目〜8回目における伸び量は低く図中のしきい値以下となり、8回目以降伸び量が急上昇して破断に至った。2回目〜8回目においては伸び量が低いため、この期間において加工硬化や潤滑剤との反応により摺動面にトライボミューテーションが出現し、動的定常状態となっていたと考えられる。
【0021】
一方、図4Bを参照して、各成分の標準偏差σ(σL、σR、σG、σB)も2回目の圧延で急峻に低下し、2回目〜8回目の間でほぼ一定となった。そして、8回目以降、標準偏差σは再び上昇した。要するに、標準偏差σの時系列変化は摺動部材50の伸び量の時系列変化と対応した。
【0022】
以上の実験結果より、本発明者らは、摺動部材の摺動面の色の時系列変化を監視し、その色の時系列変化に基づいて動的定常状態を把握できることを見出した。そして、色の時系列変化を監視することで摺動部材の寿命を診断できると考え、以下の発明に想到した。
【0023】
本発明による摺動部材寿命診断装置は、撮影手段と、色情報取得手段と、記憶手段と、診断手段とを備える。撮影手段は、使用中の摺動部材の摺動面を時系列に順次撮影して摺動面の複数の写真画像を得る。色情報取得手段は、摺動面の色情報を写真画像ごとに取得する。記憶手段は、取得された色情報を記憶する。診断手段は、記憶手段に記憶された色情報に基づいて摺動面の色の時系列変化を監視し、色の時系列変化が定常状態から非定常状態へと移行したとき、摺動部材が寿命に達したと診断する。
【0024】
本発明による摺動部材寿命診断装置は、摺動部材の摺動面の色の時系列変化を監視し、色の時系列変化が定常状態から非定常状態に移行したとき、摺動部材が動的定常状態から逸脱したと判断し、摺動部材が寿命に達したと診断する。このように、本発明による摺動部材寿命診断装置では、摺動部材が動的定常状態から逸脱した時期を摺動面の色の時系列変化に基づいて容易に判断できる。したがって、摺動部材の寿命を容易に判断できる。
【0025】
好ましくは、色情報取得手段は、写真画像が得られるごとに、摺動面の色に関する特徴量を色情報として取得する。診断手段は、判断手段と、認定手段とを備える。判断手段は、取得された特徴量が基準範囲内であるか否かを特徴量が取得されるごとに判断する。認定手段は、判断手段による判断の結果、特徴量が基準範囲内から基準範囲外となったとき、摺動部材が寿命に達したと認定する。
ここで、摺動面の色に関する特徴量とは、たとえば、写真画像をRGB分解することにより得られる各成分(R成分、G成分、B成分)の平均値や、各成分のヒストグラムに基づいて求められる標準偏差である。また、各成分に基づいて求められる明度成分の平均値やそのヒストグラムにより求められる標準偏差を特徴量としてもよい。また、各写真画像の分解スペクトルの平均値や、フーリエ変換により求められるパワースペクトルや自己相関関数に基づく優先波長を特徴量としてもよい。要するに、特徴量とは摺動面の色又は色分布の状況を数値化したものである。
【0026】
この場合、特徴量を基準範囲と比較することにより摺動面の色の時系列変化の状態(定常状態か否か)を容易に判断できる。
【0027】
好ましくは、判断手段は、特徴量が基準範囲内であると判断したとき、色の時系列変化が定常状態であることを示す定常状態情報を記憶手段に登録する。認定手段は、判断手段により特徴量が基準範囲外と判断され、かつ、記憶手段が定常状態情報を登録しているとき、摺動部材が寿命に達したと認定する。
【0028】
この場合、判断手段の判断結果と定常状態情報とに基づいて、定常状態から非定常状態への移行時期を容易に判断できる。
【0029】
好ましくは、色情報取得手段は、摺動面の色に関する特徴量を色情報として取得する。診断手段は、変化量算出手段と、判断手段と、認定手段とを備える。変化量算出手段は、所定期間ごとの特徴量の変化量を算出する。判断手段は、変化量が基準範囲内であるか否かを変化量を算出するごとに判断する。認定手段は、判断手段による判断の結果、変化量が基準範囲内から基準範囲外となったとき、摺動部材が寿命に達したと認定する。
【0030】
この場合、所定期間ごとの特徴量の変化量を基準範囲と比較する。要するに、摺動面の色の時系列変化を所定期間ごとの特徴量の変化(傾き)で判断する。そのため、色の時系列変化が定常状態であるか否かを容易に判断できる。
【0031】
本発明による摺動部材寿命診断方法は、上述の摺動部材寿命診断装置の動作方法である。また、本発明による摺動部材寿命診断プログラムは、摺動部材寿命診断方法をコンピュータに実行させるためのプログラムである。
【発明を実施するための最良の形態】
【0032】
以下、図面を参照し、本発明の実施の形態を詳しく説明する。図中同一又は相当部分には同一符号を付してその説明は繰り返さない。
【0033】
[第1の実施の形態]
[構成]
図5を参照して、本実施の形態による摺動部材寿命診断装置1は、CCDカメラ2と、コンピュータ装置3とを備える。これらはケーブル等により互いに接続される。
【0034】
CCDカメラ2は、製品の製造設備等に設置された摺動部材7の摺動面71を撮影し、摺動面71の写真画像を得る。CCDカメラ2は摺動部材7の摺動面71を撮影できるように配置される。CCDカメラ2は所定期間ごとに摺動面71を撮影し、得られた写真画像をケーブルを介してコンピュータ装置3に送信する。
【0035】
コンピュータ装置3は、ハードディスクドライブ(HDD)4と、CPU5と、メモリ6と、ディスプレイ8とを備え、これらは図示しないバスにより相互に接続される。
【0036】
HDD4は、CCDカメラ2から送信された写真画像を蓄積する。ハードディスクドライブ4はさらに、色情報データベース41と、診断アプリケーション(プログラム)42とを蓄積する。
【0037】
色情報データベース41は、時系列に順次送信される写真画像をRGB分解して得られた色情報を記憶する。図6に色情報データベース41の構造を示す。図6を参照して、色情報データベース41は、写真画像ごとに付与される画像番号nを登録するためのフィールドと、画像番号nに対応する写真画像のRGB成分及び明度成分のヒストグラムデータHDを登録するためのフィールドと、摺動面71の色に関する特徴量として各ヒストグラムデータHDの標準偏差σnを登録するためのフィールドとを有する。
【0038】
画像番号n(nは0を含む自然数)は写真画像の撮影順に付与される。ヒストグラムデータHDnは、R成分のヒストグラムデータHDRnと、G成分のヒストグラムデータHDGnと、B成分のヒストグラムデータHDBnと、明度(L)成分のヒストグラムデータHDLnとを含む。以下、各ヒストグラムデータを総称する場合、単にヒストグラムデータHDnという。
【0039】
摺動面71の色に関する特徴量である標準偏差σnは、ヒストグラムデータHDRnの標準偏差であるσRnと、ヒストグラムデータHDGnの標準偏差であるσGnと、ヒストグラムデータHDBnの標準偏差であるσBnと、ヒストグラムデータHDLnの標準偏差であるσLnとを含む。以下、各標準偏差を総称する場合、単に標準偏差σnという。
【0040】
色情報データベース41は、摺動部材7が動的定常状態であるか否かを判断するときに利用される。
【0041】
診断アプリケーション42は、CCDカメラ2に摺動面71の撮影を所定期間ごとに指示する。また、撮影により得られた写真画像をRGB解析し、R、G、B各成分及び明度成分のヒストグラムデータHDnを作成し、特徴量として各ヒストグラムの標準偏差値σnを算出する。診断アプリケーション42は、算出された標準偏差値σnに基づいて摺動部材7が動的定常状態であるか否かを判断し、摺動部材7の寿命を診断する。
【0042】
診断アプリケーション42は、メモリ6にロードされ、CPU5で実行されることにより、上述の動作を行う。
【0043】
[摺動部材寿命診断方法の概要]
次に、上述した摺動部材寿命診断装置1(以下、単に診断装置1という)を用いた摺動部材寿命診断方法の概要を説明する。
【0044】
製品の製造装置等に摺動部材7を新たに設置して使用を開始した後、診断装置1は、所定時間ごとに摺動面71を撮影して摺動面71の写真画像を得る。診断装置1は、得られた写真画像をRGB分解し、ヒストグラムデータHDnを作成する。ヒストグラムデータHDnを作成後、診断装置1は、特徴量として標準偏差σnを算出する。診断装置1は標準偏差σnに基づいて摺動面71の色の時系列変化を監視し、摺動部材7の寿命を診断する。
【0045】
図7は所定時間Δtごとに求めた摺動部材7の色成分の標準偏差σnと時刻tとの関係を模式的に示す図である。図7を参照して、使用中の摺動部材7の状態は、大きく3つの段階(第1段階〜第3段階)に分けることができる。第1段階は、摺動部材7の使用を開始してから摺動部材7が動的定常状態に移るまでの期間である。第一段階での標準偏差σnは、その変化量が大きく、非定常状態である。第2段階は、摺動部材7が動的定常状態を維持している期間である。第2段階での標準偏差σnは、その変化量が小さく、定常状態である。第3段階は、摺動部材7が動的定常状態から逸脱し、破断に至る期間である。第3段階での標準偏差σnは、その変化量が大きく、非定常状態である。
【0046】
診断装置1は、所定期間Δtごとに求めた標準偏差σnが基準範囲内(0〜REF0)であるか否かを判断することにより、摺動部材7が第1〜第3段階のいずれの段階であるかを認定する。具体的には、診断装置1は、時刻t2で、標準偏差σ2が基準範囲内(0〜REF)となるため、診断装置1は時刻t2において、摺動部材7が第1段階から動的定常状態である第2段階に移行したと認定する。時刻t3〜時刻t9の標準偏差σ3〜σ9も基準範囲内であるため、診断装置1は時刻t2〜時刻t9における摺動部材7は第2段階であると認定する。要するに、時刻t2〜時刻t9まで摺動部材7は動的定常状態を維持していると判断する。
【0047】
時刻t10で、標準偏差σ10が基準値REF0よりも大きくなるため、診断装置1は摺動部材7が第2段階から第3段階(非定常状態)に移行したと認定する。そのため、診断装置1は摺動部材7が寿命に達しており、破断する可能性がある旨の警告を製造装置を操作するオペレータに通知する。診断装置1は、たとえば、ディスプレイ8に表示して警告を通知してもよいし、音声により通知してもよい。
【0048】
以上のとおり、摺動部材7の摺動面71の色に関する特徴量としてヒストグラムデータHDnの標準偏差σnを求め、標準偏差σnが基準範囲内(0〜REF0)であるか否かを判断することにより、摺動部材7が第2段階から第3段階に移行する時期を容易に認定できる。そのため、摺動部材7の交換時期(寿命)を容易に診断できる。以下、診断装置1の動作の詳細を説明する。
【0049】
[摺動部材寿命診断装置の動作フロー]
製造設備等に新たに設置された摺動部材7の摺動面71を撮影できるようCCDカメラ2を設置した後、診断装置1内の診断アプリケーション42は、図8に示す摺動部材寿命診断処理を実行する。以下、摺動部材7の状態(第1〜第3段階)が図7に示すように推移すると仮定して、診断装置1の動作を説明する。
【0050】
図7及び図8を参照して、時刻t0において、診断装置1内の診断アプリケーション42はまず、画像番号n=0とし(S1)、状態フラグを「0」とする(S2)。ここで、状態フラグとは摺動部材7の状態が第1〜第3段階のいずれであるかを示す定常状態情報(フラグ)である。図9に示すように、状態フラグが「0」の場合、摺動部材7が第1段階であることを示し、状態フラグが「1」の場合、摺動部材7が第2段階(動的定常状態)であることを示す。状態フラグが「2」の場合、摺動部材7が第3段階(非定常状態)であることを示す。状態フラグはHDD4に登録される。時刻t0の場合、摺動部材7は第1段階であるため、ステップS2において診断装置1は状態フラグ=0とする。
【0051】
続いて、診断アプリケーション42は、撮影処理を実行する(S3)。具体的には、診断アプリケーション42は、CCDカメラ2に摺動面71を撮影するよう指示し、CCDカメラ2が摺動面71を撮影する(S31)。CCDカメラ2は撮影により得られた写真画像をコンピュータ装置3に送信する。診断アプリケーション42は、送信された写真画像に画像番号n(ここではステップS1で決定された画像番号n=0)を付してHDD4に保存する(S32)。
【0052】
次に、診断アプリケーション42は、保存された写真画像に対して画像解析処理を実行し、摺動面71の色に関する特徴量を求める(S4:画像解析処理)。画像解析処理において、診断アプリケーション42はまず、写真画像をRGB分解し(S41)、分解された各成分(R、G、B成分)及び明度成分のヒストグラムデータHDn(時刻t0ではHD0)を作成する(S42)。ヒストグラムデータHD0を作成後、診断アプリケーション42は特徴量としてヒストグラムデータHD0の標準偏差σ0を算出する(S43)。診断アプリケーション42は、ヒストグラムデータHD0と標準偏差σ0とを色情報データベース41に登録する(S44)。
【0053】
画像解析処理を実行後、診断アプリケーション42は、診断処理を実行する(S5)。診断処理では、診断アプリケーション42は、摺動部材7が、第1段階にあるか、動的定常状態である第2段階にあるか、動的定常状態から逸脱した第3段階(非定常状態)にあるかを認定する。
【0054】
診断アプリケーション42はまず、標準偏差σ0が基準範囲(0〜REF0)内であるか否かを判断する(S51)。時刻t0において、診断アプリケーション42は、標準偏差σ0が基準値範囲外であると判断する(S51でNO)。ここで、状態フラグは「0」であるため(S52及びS57でNO)、診断アプリケーション42は診断処理を終了する。つまり、診断アプリケーション42は、時刻t0では摺動部材7が第1段階であると認定する。
【0055】
診断処理を終了後、診断アプリケーション42は画像番号nをインクリメントしてn=1とし(S6)、所定時間Δtが経過したか否かを監視する(S7)。
【0056】
時刻t1において、診断アプリケーション42は、時刻0から所定期間Δtが経過したと判断する(S7でYES)。このとき、テップS3に戻り、診断アプリケーション42は、撮影処理(S3)を実行し画像番号n=1の写真画像を取得する。
【0057】
続いて、診断アプリケーション42は、画像番号n=1の写真画像に対して画像解析処理を実行する(S4)。これにより、診断アプリケーション42は、画像番号n=1における標準偏差σ1を求め、色情報データベース41に登録する。
【0058】
続いて、診断アプリケーション42は診断処理を実行する(S5)。標準偏差σ1は基準範囲外であり(S51でNO)、かつ、状態フラグは「0」である(S52及びS57でNO)。そのため、診断アプリケーション42は、摺動部材7が第1段階のままであると判断し、診断処理を終了する。診断処理後、診断アプリケーション42は、ステップ6に進んで画像番号nをインクリメントして2にする(S6)。
【0059】
時刻t2において、診断アプリケーション42は時刻t1から所定期間Δtが経過したと判断し(S7でYES)、ステップS3に戻る。診断アプリケーション42は、画像番号n=2の写真画像を撮影し(S3)、画像処理解析を実行して標準偏差σ2を求める(S4)。
【0060】
診断アプリケーション42は標準偏差σ2を用いて診断処理を実行する(S5)。その結果、ステップS51で標準偏差σ2が基準範囲内であると判断する(S51でYES)。このとき、診断アプリケーション42は、HDD4に登録された状態フラグが「0」であるか否かを判断する(S53)。定常状態フラグ=0であるため(S53でYES)、診断アプリケーション42は、摺動部材7の状態が第1段階から第2段階(動的定常状態)に移行したと認定し、HDD4に登録された状態フラグを「0」から「1」に更新する(S54)。
【0061】
以上の動作により、診断アプリケーション42は、時刻2において、摺動部材7が動的定常状態になったと認定できる。
【0062】
続いて、時刻t3において、診断アプリケーション42は画像番号n=3の写真画像撮影処理を実行し(S3)、画像解析処理を実行して(S4)、標準偏差σ3を得る。診断処理(S5)において、診断アプリケーション42は、標準偏差σ3が基準範囲内であると判断する(S51でYES)。このとき、診断アプリケーション42は、HDD4に登録された状態フラグが「1」であると判断するため(S53でNO)、動的定常状態が継続していると判断し、そのまま診断処理を終了する。時刻t4〜時刻t9における診断アプリケーション42の動作も、時刻t3の場合と同様である。
【0063】
時刻t10での診断処理において(S5)、診断アプリケーション42は、標準偏差σ10が基準範囲外であると判断する(S51でNO)。このとき、診断アプリケーション42は状態フラグが「1」であるか否か判断する(S52)。状態フラグは「1」であるため(S52でYES)、診断アプリケーション42は、摺動部材7が第2段階(動的定常状態)から第3段階(非定常状態)に移行したと認定する。つまり、摺動部材7が動的定常状態から逸脱し、寿命に達したと認定する。
【0064】
このとき、診断アプリケーション42は、状態フラグを「2」とし(S55)、摺動部材7が設置された製造装置のオペレータに、摺動部材7が寿命に達し、破断する可能性がある旨の警告を通知する(S56)。警告は、たとえば、ディスプレイ8に表示することにより通知されてもよいし、音声により通知されてもよい。オペレータは、警告通知により、摺動部材7の交換時期を確認できる。
【0065】
なお、時刻t11での診断処理において(S5)、診断アプリケーション42は、標準偏差σ11が基準範囲外であると判断する(S51でNO)。このとき、診断アプリケーション42は状態フラグが「2」であると判断するため(S52でNO、S57でYES)、再度警告通知を行う(S56)。要するに、第3段階に移行した後は、判断処理を実行するごとに警告を通知する(S56)。摺動部材7が寿命に達したことをオペレータに伝えるためである。
【0066】
以上、本発明の実施の形態による寿命診断方法では、摺動部材7の状態が第1〜第3段階のいずれの段階であるかを摺動面71の色の時系列変化に基づいて判断する。これにより、摺動部材7が動的定常状態から逸脱した時期を容易に認定できるため、摺動部材7の適切な交換時期を決定できる。
【0067】
特徴量として使用される標準偏差σnは、標準偏差σRn、σGn、σBn、σLnのうちのいずれか1つに決定すればよい。たとえば、特徴量を明度成分の標準偏差σLnとすれば、ステップS5の診断処理では標準偏差σLnが基準範囲内であるか否かを判断する(S51)。また、各標準偏差σRn、σGn、σBn、σLnの全てを基準範囲と比較して、全ての標準偏差が基準範囲内である場合にステップS51でYESと判断してもよい。
【0068】
[第2の実施の形態]
第1の実施の形態では、各時刻で算出された標準偏差σnが基準範囲内(0〜REF0)であるか否かを判断することにより、摺動部材7が動的定常状態から逸脱する時期を認定したが、他の方法により認定してもよい。
【0069】
以下、所定期間における標準偏差σnの変化量に基づいて摺動部材7が動的定常状態から逸脱する時期を認定する方法について説明する。
【0070】
図10に第2の実施の形態における診断装置1の動作フローを示す。図10を参照して、図8中の診断処理(S5)が新たな診断処理(S10)に置換されている。その他のステップS1〜S4、S6及びS7は図8と同じである。
【0071】
図10の動作フローでは、摺動面71の色の時系列変化として時刻tnの標準偏差σnと時刻tn-1の標準偏差σn−1との傾き(以下、変化量Δσnという)を求め、変化量Δσnが基準範囲内であれば、摺動部材7が動的定常状態であると認定する。以下、図7及び図10を参照して、詳細を説明する。
【0072】
時刻t0において、診断アプリケーション42は、撮影処理(S3)及び画像解析処理(S4)を実行し、標準偏差σ0を求める。診断処理(S10)において、診断アプリケーション42はまず、色情報データベース41に標準偏差σn−1が登録されているか否かを判断する(S101)。時刻t0では標準偏差σn−1は登録されていないため(S101でNO)、診断処理を終了する。
【0073】
時刻t1での診断処理(S10)において、診断アプリケーション42は、標準偏差σn−1(つまりσ0)が色情報データベース41に登録されていると判断する(S101でYES)。このとき、診断アプリケーション42は、以下の式(1)に基づいて変化量Δσn(時刻t1ではΔσ1)を算出する(S102)。
【0074】
Δσn=σn−σn−1 (1)
要するに、変化量Δσnは標準偏差σnから標準偏差σn−1を差分した値である。変化量Δσ1を算出した後、算出した変化量Δσ1が以下の式(2)を満たすか否かを判断する(S103)。
【0075】
−REF1<Δσn<REF1 (2)
要するに、変化量Δσnが基準範囲(−REF1〜REF1)内であるか否かを判断する。REF1は実験等により予め決定された基準値である。
【0076】
時刻t1で診断アプリケーション42は、変化量Δσ1が式(2)を満足しないと判断する(S103でNO)。このとき、状態フラグは「0」であるため(S104でYES)、診断アプリケーション42は診断処理を終了する。
【0077】
時刻t3における診断処理(S10)で、診断アプリケーション42は、変化量Δσ3が式(2)を満たすと判断する(S103でYES)。このとき、状態フラグは「0」であるため(S109でNO)、診断アプリケーション42は状態フラグを「0」から「1」に更新する(S105)。つまり、診断アプリケーション42は時刻t3において摺動部材7が第1段階から第2段階(動的定常状態)に移行したと判断する。時刻t4〜時刻t9までの診断処理(S10)は、時刻t3と同様の動作となる。
【0078】
時刻t10の診断処理(S10)において、診断アプリケーション42は、変化量Δσ10が式(2)を満たさないと判断する(S103でNO)。このとき、状態フラグは「0」ではなく「1」であるため(S104及びS106でNO)、診断アプリケーション42は状態フラグを「1」から「2」に更新する(S107)。つまり、診断アプリケーション42は、摺動部材7が動的定常状態から逸脱し、非定常状態である第3段階に移行したと認定する。このとき、診断アプリケーション42は、摺動部材7が設置された製造装置のオペレータに、摺動部材7が寿命に達し、破断する可能性がある旨の警告を通知する(S108)。
【0079】
なお、時刻t11における診断処理(S10)において、診断アプリケーション42は、変化量Δσ11が式(2)を満たさないと判断する(S103でNO)。このとき、状態フラグは「2」であるため(S104でNO、S106でYES)、診断アプリケーション42は、警告を再度通知する(S108)。
【0080】
以上、診断アプリケーション42は、所定期間Δtにおける標準偏差σnの変化量Δσnに基づいて摺動部材7が動的定常状態から逸脱する時期を容易に認定できる。
【0081】
以上、本実施の形態について説明したが、基準範囲を構成する基準値REF0及びREF1は、摺動試験や摺動部材を設置する製造装置の操業条件(例えば、工具交換時期)、さらに安全係数などを鑑みながら適宜実験や試験で決定することができる。また、操業や実験回数(N数)が多くなれば画像解析処理により得られた特徴量(標準偏差σn)と摺動部材7の寿命との相関もより明確になってくるため、学習とフィードバック作用で基準範囲を適宜設定し直せば、寿命推定もより精度の高いものになる。
【0082】
また、本実施の形態では、撮影装置としてCCDカメラ2を使用したが、他の撮影装置を使用してもよい。たとえば、通常の市販デジタルカメラ、長距離顕微鏡小型カメラなど様々な光学系が利用可能である。倍率や解像度も、特に問われることはなく市販デジタルカメラで十分に効用を発揮できる摺動系も存在する。重要なのは摺動系の動的定常状態を検知することであるため、最適な撮影装置の種類、倍率、解像度を実験等に基づいて適宜決定すれば良い。
【0083】
摺動部材の摺動面内の撮影領域についても、実験や試験によって適宜決定することができる。摺動部材の摺動面全体を解析すれば動的定常状態が検知できる系もあるし、大型の工具の場合には疲労しやすい領域が実験的に分かっている場合も多いため、その領域を解析して色の特徴量を求めることにより、動的定常状態を検知できる。
【0084】
本実施の形態では、摺動面71をRGB分解して各成分(R、G、B)及び明度(L)を求め、各成分のヒストグラムから求めた標準偏差を摺動面71の色の特徴量としたが、特徴量は他の数値データでもよい。たとえば、摺動面の色分布が顕著に変化する系では、分解スペクトルの平均値を特徴量にしてもよい。また、フーリエ変換によるパワースペクトルや自己相関関数による優先波長を特徴量にしてもよい。重要なのは、写真画像(デジタル画像)から色に関する特徴量を求め、その特徴量に基づいて摺動部材が動的定常状態から逸脱する時期を認定することである。特徴量を何にするかは、適宜実験で決定すればよい。
【実施例】
【0085】
図11に示す摺動装置を利用して、摺動磨耗試験を実施した。摺動装置は、摺動部材SAMを固定するサンプル固定治具70と、回転定盤73とを備える。サンプル固定治具70の下端には摺動部材SAMが固定される。回転定盤73は、その上面を摺動部材SAMの下面と接触させながら回転する。つまり、摺動部材SAMと回転定盤73とは摺動系を構成する。摺動部材SAMの下面(摺動面)の面積は2×3.7mm2とした。
【0086】
サンプル固定治具70には、図示しない加熱及び冷却装置が取り付けられ、加熱及び冷却装置により、摺動部材SAMの温度調整を行った。摺動部材SAMの温度は、サンプル固定治具70に設けた熱電対72によりモニタニングした。
【0087】
回転定盤73の上面には、シリカ砥粒が固定された研磨ペーパー(P800)を貼付し、回転定盤73を回転させて摺動部材SAMを一方向に磨耗させた。このとき、荷重調整装置71により摺動部材SAMと回転定盤73の上面との接触圧を調整した。摺動速度は0.66m/sとした。
【0088】
摺動部材SAMは、パーライト組織を示す元素成分(化学組成、C:0.72%、Si:0.07%、Mn:0.19%、S:0.001%未満、Cr:0.03%、V:0.01%未満、%は質量%)の鋼材とした。
【0089】
摺動磨耗試験中は、所定期間ごとに摺動装置から摺動部材SAMを取り出し、その質量変化から摩耗深さを算出した。さらに、摺動面を撮影した写真画像をコンピュータ装置に取り込み、RGB分解を行って各成分(R、G、B成分)及び明度成分のヒストグラムを作成し、各ヒストグラムの標準偏差σを求めた。
【0090】
図12Aに摺動磨耗試験により得られた摺動距離(m)と磨耗深さ(μm)との関係を示す。図12Bは図12A中の摺動距離が0〜2000mまでの摺動距離と磨耗深さとの関係を示す図である。
【0091】
図12A及びBを参照して、摺動部材SAMの磨耗深さの時系列変化は、3つの段階に分けられた。すなわち、試験開始初期(摺動距離=0〜約200m)の第1段階では、磨耗深さが急峻に増大し、磨耗速度が大きかった。摺動距離が200mを超えたころから、磨耗速度は低下して一定となり、定常状態(第2段階)となった。摺動部材SAMが動的定常状態になったと考えられる。その後摺動距離が16000mを超えたあたりから、磨耗速度が大きくなり非定常状態(第3段階)となり、磨耗深さが急峻に増大して破壊磨耗に至った。
【0092】
各段階における摺動部材SAMの摺動面をSEM観察した。磨耗速度が非定常状態であった第1段階では試験開始前と同じパーライト組織であったものの、磨耗速度が定常状態となった第2段階では、摺動面がせん断変形し、塑性流動が生じていた。さらに、塑性流動により表層のラメラ間隔が微細化されていた。要するに、第2段階において、摺動部材SAMにトライボミューテーションが出現した。第3段階の摺動面には、微小な亀裂や剥離現象が観察された。
【0093】
図13に所定期間ごとに撮影された摺動面の色の時系列変化と摺動距離との関係を示す。具体的には、所定期間ごとに摺動面をRGB分解し、各成分(R、G、B)及び明度(L)のヒストグラムを作成し、各ヒストグラムの標準偏差σR、σG、σB及びσLを求めた。図13中の曲線Dは、図12Aと同じ磨耗深さを示す。
【0094】
摩耗速度が定常状態になる第2段階では、各成分の標準偏差σの変化量も低下し、定常状態となった。また、磨耗速度が再び上昇した第3段階では、各成分の標準偏差σも急上昇し、非定常状態となった。この結果、磨耗深さの時系列変化は標準偏差σの時系列変化とよい相関を示した。これにより、摺動面の色の時系列変化を監視し定常状態から非定常状態に移行する時期を検知することにより、摺動部材の寿命時期を容易に診断できることが示唆された。
このように、摺動系の特徴であるトライボミューテーションに伴う動的定常状態は、本発明による摺動部材寿命診断方法により比較的容易に認定でき、本発明による摺動部材寿命診断方法は、種々の摺動系に応用が可能であると考えられる。
【0095】
以上、本発明の実施の形態を説明したが、上述した実施の形態は本発明を実施するための例示に過ぎない。よって、本発明は上述した実施の形態に限定されることなく、その趣旨を逸脱しない範囲内で上述した実施の形態を適宜変形して実施することが可能である。
【図面の簡単な説明】
【0096】
【図1】断熱摺動系の摺動シミュレーションにより求めたラグラジアン値と摺動距離との関係を示す図である。
【図2】摺動試験を説明するための模式図である。
【図3】図2に示した摺動試験により得られた摺動部材表面の各成分(R、G、B及び明度成分)のヒストグラムである。
【図4A】図2に示した摺動試験により得られた摺動部材の圧延方向長さと圧延回数との関係を示す図である。
【図4B】図2に示した摺動試験により得られた摺動部材表面の各RGB成分の標準偏差と圧延回数との関係を示す図である。
【図5】本発明の実施の形態による摺動部材寿命診断装置の構成を示す機能ブロック図である。
【図6】図5に示した色情報データベースのデータ構造を示す図である。
【図7】本実施の形態による摺動部材寿命診断方法を説明するための模式図である。
【図8】図5に示した摺動部材寿命診断装置の動作の詳細を示すフロー図である。
【図9】図8中のステップ2で登録される状態フラグの内容を説明するための図である。
【図10】本発明の第2の実施の形態による摺動部材診断装置の動作の詳細を示すフロー図である。
【図11】実施例における摺動装置の構成を示す模式図である。
【図12A】図11の摺動装置を用いた摺動磨耗試験により得られた摺動部材の磨耗深さと摺動距離との関係を示す図である。
【図12B】図12Aの一部の拡大図である。
【図13】実施例における摺動磨耗試験により得られた摺動部材表面の標準偏差と摺動距離との関係を示す図である。
【図14】摺動系を説明するための模式図である。
【符号の説明】
【0097】
1 摺動部材寿命診断装置
2 カメラ
3 コンピュータ装置
4 ハードディスクドライブ
7,50 摺動部材
41 色情報データベース
42 診断アプリケーション
【特許請求の範囲】
【請求項1】
使用中の摺動部材の摺動面を時系列に順次撮影して前記摺動面の複数の写真画像を得る撮影手段と、
前記摺動面の色情報を前記写真画像ごとに取得する色情報取得手段と、
前記取得された色情報を記憶する記憶手段と、
前記記憶手段に記憶された色情報に基づいて前記摺動面の色の時系列変化を監視し、前記色の時系列変化が定常状態から非定常状態へと移行したとき、前記摺動部材が寿命に達したと診断する診断手段とを備えることを特徴とする摺動部材寿命診断装置。
【請求項2】
請求項1に記載の摺動部材寿命診断装置であって、
前記色情報取得手段は、前記写真画像が得られるごとに、前記摺動面の色に関する特徴量を前記色情報として取得し、
前記診断手段は、
前記取得された特徴量が基準範囲内であるか否かを前記特徴量が取得されるごとに判断する判断手段と、
前記判断手段による判断の結果、前記特徴量が基準範囲内から基準範囲外となったとき、前記摺動部材が寿命に達したと認定する認定手段とを備えることを特徴とする摺動部材寿命診断装置。
【請求項3】
請求項2に記載の摺動部材寿命診断装置であって、
前記判断手段は、前記特徴量が前記基準範囲内であると判断したとき、前記色の時系列変化が定常状態であることを示す定常状態情報を前記記憶手段に登録し、
前記認定手段は、前記判断手段により前記特徴量が基準範囲外と判断され、かつ、前記記憶手段が前記定常状態情報を登録しているとき、前記摺動部材が寿命に達したと認定することを特徴とする摺動部材寿命診断装置。
【請求項4】
請求項1に記載の摺動部材寿命診断装置であって、
前記色情報取得手段は、前記摺動面の色に関する特徴量を前記色情報として取得し、
前記診断手段は、
前記所定期間ごとの前記特徴量の変化量を算出する変化量算出手段と、
前記変化量が基準範囲内であるか否かを前記変化量を算出するごとに判断する判断手段と、
前記判断手段による判断の結果、前記変化量が基準範囲内から基準範囲外となったとき、前記摺動部材が寿命に達したと認定する認定手段とを備えることを特徴とする摺動部材寿命診断装置。
【請求項5】
撮影装置と前記撮影装置に接続されたコンピュータとを用いた摺動部材寿命診断方法であって、
使用中の摺動部材の摺動面を前記撮影装置により時系列に順次撮影して前記摺動面の複数の写真画像を得るステップと、
前記摺動面の色情報を前記写真画像ごとに取得するステップと、
前記取得された色情報を前記コンピュータに記憶するステップと、
前記記憶された色情報に基づいて前記摺動面の色の時系列変化を監視し、前記色の時系列変化が定常状態から非定常状態へと移行したとき、前記摺動部材が寿命に達したと診断するステップとを備えることを特徴とする摺動部材寿命診断方法。
【請求項6】
請求項5に記載の摺動部材寿命診断方法であって、
前記色情報を取得するステップは、前記写真画像が得られるごとに、前記摺動面の色に関する特徴量を前記色情報として取得し、
前記診断するステップは、
前記取得された特徴量が基準範囲内であるか否かを前記特徴量が取得されるごとに判断するステップと、
前記判断の結果、前記特徴量が基準範囲内から基準範囲外となったとき、前記摺動部材が寿命に達したと認定するステップとを備えることを特徴とする摺動部材寿命診断方法。
【請求項7】
請求項6に記載の摺動部材寿命診断方法であって、
前記判断するステップは、前記特徴量が基準範囲内であると判断したとき、前記色の時系列変化が定常状態であることを示す定常状態情報を前記コンピュータに登録し、
前記認定するステップは、前記特徴量が基準範囲外と判断され、かつ、前記定常状態情報が登録されているとき、前記摺動部材が寿命に達したと認定することを特徴とする摺動部材寿命診断方法。
【請求項8】
請求項5〜請求項7のいずれか1項に記載のステップを撮影装置に接続可能なコンピュータに実行させるための摺動部材寿命診断プログラム。
【請求項1】
使用中の摺動部材の摺動面を時系列に順次撮影して前記摺動面の複数の写真画像を得る撮影手段と、
前記摺動面の色情報を前記写真画像ごとに取得する色情報取得手段と、
前記取得された色情報を記憶する記憶手段と、
前記記憶手段に記憶された色情報に基づいて前記摺動面の色の時系列変化を監視し、前記色の時系列変化が定常状態から非定常状態へと移行したとき、前記摺動部材が寿命に達したと診断する診断手段とを備えることを特徴とする摺動部材寿命診断装置。
【請求項2】
請求項1に記載の摺動部材寿命診断装置であって、
前記色情報取得手段は、前記写真画像が得られるごとに、前記摺動面の色に関する特徴量を前記色情報として取得し、
前記診断手段は、
前記取得された特徴量が基準範囲内であるか否かを前記特徴量が取得されるごとに判断する判断手段と、
前記判断手段による判断の結果、前記特徴量が基準範囲内から基準範囲外となったとき、前記摺動部材が寿命に達したと認定する認定手段とを備えることを特徴とする摺動部材寿命診断装置。
【請求項3】
請求項2に記載の摺動部材寿命診断装置であって、
前記判断手段は、前記特徴量が前記基準範囲内であると判断したとき、前記色の時系列変化が定常状態であることを示す定常状態情報を前記記憶手段に登録し、
前記認定手段は、前記判断手段により前記特徴量が基準範囲外と判断され、かつ、前記記憶手段が前記定常状態情報を登録しているとき、前記摺動部材が寿命に達したと認定することを特徴とする摺動部材寿命診断装置。
【請求項4】
請求項1に記載の摺動部材寿命診断装置であって、
前記色情報取得手段は、前記摺動面の色に関する特徴量を前記色情報として取得し、
前記診断手段は、
前記所定期間ごとの前記特徴量の変化量を算出する変化量算出手段と、
前記変化量が基準範囲内であるか否かを前記変化量を算出するごとに判断する判断手段と、
前記判断手段による判断の結果、前記変化量が基準範囲内から基準範囲外となったとき、前記摺動部材が寿命に達したと認定する認定手段とを備えることを特徴とする摺動部材寿命診断装置。
【請求項5】
撮影装置と前記撮影装置に接続されたコンピュータとを用いた摺動部材寿命診断方法であって、
使用中の摺動部材の摺動面を前記撮影装置により時系列に順次撮影して前記摺動面の複数の写真画像を得るステップと、
前記摺動面の色情報を前記写真画像ごとに取得するステップと、
前記取得された色情報を前記コンピュータに記憶するステップと、
前記記憶された色情報に基づいて前記摺動面の色の時系列変化を監視し、前記色の時系列変化が定常状態から非定常状態へと移行したとき、前記摺動部材が寿命に達したと診断するステップとを備えることを特徴とする摺動部材寿命診断方法。
【請求項6】
請求項5に記載の摺動部材寿命診断方法であって、
前記色情報を取得するステップは、前記写真画像が得られるごとに、前記摺動面の色に関する特徴量を前記色情報として取得し、
前記診断するステップは、
前記取得された特徴量が基準範囲内であるか否かを前記特徴量が取得されるごとに判断するステップと、
前記判断の結果、前記特徴量が基準範囲内から基準範囲外となったとき、前記摺動部材が寿命に達したと認定するステップとを備えることを特徴とする摺動部材寿命診断方法。
【請求項7】
請求項6に記載の摺動部材寿命診断方法であって、
前記判断するステップは、前記特徴量が基準範囲内であると判断したとき、前記色の時系列変化が定常状態であることを示す定常状態情報を前記コンピュータに登録し、
前記認定するステップは、前記特徴量が基準範囲外と判断され、かつ、前記定常状態情報が登録されているとき、前記摺動部材が寿命に達したと認定することを特徴とする摺動部材寿命診断方法。
【請求項8】
請求項5〜請求項7のいずれか1項に記載のステップを撮影装置に接続可能なコンピュータに実行させるための摺動部材寿命診断プログラム。
【図1】
【図2】
【図3】
【図4A】
【図4B】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【図12A】
【図12B】
【図13】
【図14】
【図2】
【図3】
【図4A】
【図4B】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【図12A】
【図12B】
【図13】
【図14】
【公開番号】特開2007−170833(P2007−170833A)
【公開日】平成19年7月5日(2007.7.5)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−364798(P2005−364798)
【出願日】平成17年12月19日(2005.12.19)
【出願人】(000002118)住友金属工業株式会社 (2,544)
【Fターム(参考)】
【公開日】平成19年7月5日(2007.7.5)
【国際特許分類】
【出願日】平成17年12月19日(2005.12.19)
【出願人】(000002118)住友金属工業株式会社 (2,544)
【Fターム(参考)】
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