説明

撥水性皮膜、流体流通流路および撥水性皮膜の形成方法

【課題】長期に亘り安定して空気層を保持することができ、さらに高流速域においても安定して空気層を保持することができる撥水性皮膜およびこの撥水性皮膜の形成方法を提供することを目的とする。
【解決手段】撥水性皮膜10は、平均気孔径が5nm〜50nmの複数の気孔21を有し、気孔率が25〜75体積%である皮膜層20と、この皮膜層20に含有されたウィスカ30とを具備する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、流体の関与する機器やシステムにおいて、流体(液体)と接触する部材表面に対し、流体との摩擦抵抗を低減するための撥水性皮膜を形成する技術に関するもので、具体的には、冷却水の通路面、水車部品の表面、液体を輸送するパイプライン内面、船舶の船底等に設けられることが最適であり、流体との摩擦抵抗を低減する撥水性皮膜、この撥水性皮膜を内面に形成した流体流通流路、および撥水性皮膜の形成方法に関する。
【背景技術】
【0002】
一般的に、配管内に流体を通過させた場合、配管内において圧力損失が生じるため、配管の入口における圧力よりも配管の出口における圧力が低下する。この圧力損失は、配管の流路断面積が小さいほど、また、配管の長さが長いほど大きくなる。圧力損失は、流体と配管の表面における摩擦抵抗によるエネルギ損失等によって生じ、この圧力損失をより小さくすることができれば、機器やシステムのエネルギ効率を向上させることができるため、さまざまな研究開発がなされている。
【0003】
渡辺らは、流路断面形状が長方形の配管および流路断面形状が正方形の配管に水を通過させたときの圧力損失について検討を行い、配管の内面に撥水性皮膜を形成した場合、通常の配管の場合よりも圧力損失が低減することを確認している。この場合の圧力損失の低減率は、流路断面形状が正方形の配管を使用したときで約22%であり、理論的解析により、この圧力損失の低減は、配管の内面の表面における流体の滑りにより生じるものと推察されている(例えば、非特許文献1参照。)。しかしながら、この圧力損失の低減は、流体の流速が小さく、レイノルズ数が小さい層流域のみで生じ、流体の流速が大きく、レイノルズ数が大きい乱流域では生じない。
【0004】
また、渡辺らは、回転円板の水中における摩擦係数に対しても同様の検討を行っている。この結果、回転円板の表面に撥水性の皮膜を形成した場合、摩擦係数が30%前後低減することが確認されている(例えば、非特許文献2参照。)。この場合も圧力損失の低減の場合と同様に、摩擦係数の低減は、流体の流速が小さく、レイノルズ数が小さい層流域のみで生じ、流体の流速が大きく、レイノルズ数が大きい乱流域では生じない。
【0005】
一方、長谷川らは、流路断面形状が矩形の配管内面の上下面に、撥水性の壁を形成して圧力損失を測定した結果、通常の壁と比較して約4.5%の流動抵抗の低減を確認している。この抵抗の低減は、撥水性の壁に形成した微細凹凸の形状に大きく依存し、完全に滑らかな面では圧力損失の低減は認められず、空気を保持しやすい微細構造を形成した場合に圧力損失の低減が認められたとしている(例えば、非特許文献3参照。)。ただし、この実験の際のレイノルズ数は1300以下の層流域であり、これ以上の流速での測定は行っていない。
【0006】
上記の研究等より次のことがわかる。流体の流路に撥水性皮膜を形成することにより、圧力損失を低減させることが可能と考えられるが、撥水性皮膜だけでは、圧力損失の低減は達成できず、撥水性皮膜が空気層を保持していることが必要である。また、上記の圧力損失の低減は、すべてレイノルズ数の小さい層流域のみで生じ、流速が大きく、レイノルズ数の大きい乱流域では生じていない。
【0007】
また、撥水性皮膜に空気層を保持させるための方法として、撥水性皮膜の表面に微細な凹凸構造を形成する技術が開示されている(例えば、特許文献1参照。)。この技術では、人工的に凹凸構造を形成する方法として、研摩や研削等の機械加工、酸やアルカリによる化学反応、電極による電気分解、金属による鋳造等が挙げられている。
【0008】
また、精密切削加工、蒸着、エッチング、塗装等の手段により、固体表面に凹凸を形成し固体界面の表面エネルギを小さくして、固体と液体との間の流動抵抗を低減する技術が開示されている(例えば、特許文献2参照。)。
【0009】
また、基材の表面に樹脂層を形成し、この樹脂層の上に疎水性粒子をコーティングした後、プレスして樹脂層中に疎水性粒子の一部を埋め込み、疎水性粒子の一部を樹脂層の表面上に突出させ、樹脂の固化により疎水性粒子を固定化して微細な凹凸表面を形成する技術が開示されている(例えば、特許文献3参照。)。
【0010】
さらに、特定の粉体を樹脂に調製し、得られる調製物を基材の表面に塗布して、塗膜の表面に粉体による凹凸を形成し、空気膜保持性能を得る技術が開示されている(例えば、特許文献4参照。)。
【特許文献1】特開平9−279363号公報
【特許文献2】特開2000−87921号公報
【特許文献3】特開平9−53612号公報
【特許文献4】特開平8−26176号公報
【非特許文献1】渡辺敬三、YANUAR、大木戸勝利、水沼博、“超撥水性矩形管の抵抗減少効果に関する研究”,機械学会論文集,62−601,B(1996),p3330−3334
【非特許文献2】渡辺敬三、小方聡、“超撥水性回転円板のニュートン流体における摩擦抵抗の低減について”,機械学会論文集,63−612,B(1997),p2752−2756
【非特許文献3】長谷川雅人、角波雅之、磯野耕誠、上野久儀、“上下壁面にはっ水性微細構造を有する矩形管内流れの流動特性”,第42回日本伝熱シンポジウム講演論文集,B122,(2005−6)
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0011】
しかしながら、上記した従来のような撥水性皮膜に凹凸を形成する方法では、一時的に皮膜に空気層を形成することができたとしても、長期に亘り安定して空気層を保持することは難しかった。また、低流速域では皮膜に空気層は保持されるが、高流速域では皮膜から空気層が剥がれてしまい、安定した空気層の維持が難しかった。
【0012】
そこで、本発明は、上記課題を解決するためになされたものであり、長期に亘り安定して空気層を保持することができ、さらに高流速域においても安定して空気層を保持することができる撥水性皮膜およびこの撥水性皮膜の形成方法を提供することを目的とする。また、この撥水性皮膜が形成された流体輸送用配管を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0013】
本発明者らは、流体との摩擦低減のための撥水性皮膜構造に関し、鋭意研究を重ねた結果、撥水性皮膜に適切な気孔径を有する微細な気孔を適切な気孔率で形成し、かつこの撥水性皮膜にウィスカを含有することにより、長期に亘り安定して空気層を保持することができ、さらに低流速域のみならず、高流速域においても安定して空気層を保持することができることを見出し、本発明を完成したものである。
【0014】
すなわち、本発明に係る撥水性皮膜は、平均気孔径が5nm〜50nmの複数の気孔を有し、気孔率が25〜75体積%である皮膜層と、前記皮膜層に含有されたウィスカとを具備することを特徴とする。
【0015】
本発明に係る流体流通流路は、液体が流通する流路であって、該流路を構成する内壁面の少なくとも一部に、上記した撥水性皮膜が形成されていることを特徴とする。
【0016】
本発明に係る撥水性皮膜の製造方法は、撥水性の皮膜層を形成可能な組成物に、気孔形成用物質およびウィスカを配合し、調製して撥水性皮膜形成用組成物を調製する調製工程と、前記調製工程で得られた撥水性皮膜形成用組成物を用い、基材の表面に皮膜を形成する皮膜形成工程と、前記皮膜形成工程で形成された皮膜から前記気孔形成用物質を消失させ、気孔を形成する気孔形成工程とを具備することを特徴とする。
【発明の効果】
【0017】
本発明に係る撥水性皮膜およびこの撥水性皮膜が形成された流体輸送用配管によれば、長期に亘り安定して空気層を保持することができ、さらに高流速域においても安定して空気層を保持することができる。また、本発明に係る撥水性皮膜の形成方法によれば、長期に亘り安定して空気層を保持することができ、さらに高流速域においても安定して空気層を保持することができる撥水性皮膜を形成することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0018】
以下、本発明の実施の形態について、図面を参照して説明する。
【0019】
図1は、本発明に係る一実施の形態の撥水性皮膜10を基材40上に形成したときの断面を模式的に示す図である。
【0020】
図1に示すように、本発明に係る一実施の形態の撥水性皮膜10は、皮膜層20と、この皮膜層20に含有されたウィスカ30とを備えている。また、皮膜層20には、微細な連続する複数の気孔21が形成されている。
【0021】
皮膜層20は、撥水性皮膜を形成するものとして公知な撥水性を有する材料で形成される。皮膜層20を形成する公知の材料として、例えば、酸化ケイ素を主成分とする材料、酸化アルミニウムを主成分とする材料、酸化ジルコニウムを主成分とする材料、フッ素樹脂を主成分とする材料、さらにはこれらを混合した材料などが挙げられる。これらの中でも、特にフッ素樹脂を主成分とする材料は、高い撥水性を示すととともに、化学的にも極めて安定であるため、より好適な材料である。さらに、フッ素樹脂を主成分とする材料を用いることで、皮膜層20に上記した微細な連続する複数の気孔21を形成することが容易となる。また、酸化ケイ素を主成分とする組成物として、例えば、SiO−ZrO系等の組成物が挙げられる。この組成物により形成された皮膜層20は、化学的、熱的に安定であり、さらに、皮膜層20中に上記した気孔21を形成するのが容易であるとともに、メチル基、フッ素基等の撥水性の基を付与することが比較的容易である。
【0022】
また、皮膜層20は、平均気孔径が5nm〜50nmの複数の気孔21を有する。皮膜層20に形成された気孔21は、各気孔21が個々に閉鎖された状態で形成されずに、気孔21は皮膜層全体に亘って連続的に連通して繋がった状態に形成される。また、皮膜層20における気孔率は、25〜75体積%である。ここで、気孔率とは、皮膜層全体の体積に対する、気孔21による空洞部全体の体積の割合である。なお、図1における断面図では、気孔21が連続的に連通して繋がった状態となっていないように見えるが、3次元的には連続的に連通して繋がった状態となっている。
【0023】
ここで、皮膜層20に形成される気孔21の平均気孔径を5nm〜50nmとするのが好ましいのは、平均気孔径が50nmより大きい場合には、気孔中への流体の進入が十分に抑制されず、空気層が安定に保持されないからである。一方、平均気孔径が5nmよりも小さい場合には、気孔21内への流体の進入が抑制されるものの、空気層の形成が困難となるからである。なお、ここでの気孔21の平均気孔径は、例えば、ガス吸着法、水銀圧入法等の方法により求めたものである。また、本発明において、流体としては、液体の流体が想定され、この液体については後に説明する。
【0024】
また、皮膜層20における気孔率を25〜75体積%とするのが好ましいのは、気孔率が25体積%より小さい場合には、各気孔21が個々に閉鎖された状態となり、連続的に連通して繋がった状態の気孔が形成され難く、十分な空気層の形成ができないからである。一方、気孔率が75体積%より大きい場合には、皮膜層20の機械的強度や耐久性が不十分となり、剥がれ等の問題が生じるからである。なお、ここでの気孔率は、例えば、ガス吸着法、水銀圧入法等の方法により求めたものである。また、皮膜層20において、気孔21を連続させて形成し、隣接する気孔どうしが連通する構成とするのが好ましいのは、この連続気孔により、表面に対し常に空気を供給して空気層を構成することができ、安定した空気層の形成に寄与するからである。
【0025】
また、基材40の表面に対する皮膜層20を形成(気孔21の形成を除く)は、通常の皮膜形成方法を用いて行われ、具体的には、CVD、PVD、溶射等の乾式コーティングやディップコーティング、スプレーコーティング、フローコーティング、スピンコーティング、ロールコーティング等の湿式コーティング等で行うことができるが、これらに限定されるものではない。また、皮膜層20を形成する基材40は、金属、樹脂、セラミックス等の撥水性皮膜を形成することができるものであれば特に限定されるものではなく、用途に応じて適宜に選択することができる。
【0026】
また、皮膜層20の厚さは、0.1μm〜50μmであることが好ましい。この範囲が好ましいのは、皮膜層20の厚さが0.1μmより薄い場合には、部分的に皮膜が形成されていない部位が生じたり、わずかな摩耗により皮膜が破損して、十分な撥水性を維持することができないからである。一方、皮膜層20の厚さが50μmより厚い場合には、基材40の表面との密着強度が低下し、剥がれ等の問題が発生するからである。なお、皮膜層20の厚さは、例えば、蛍光X線分析法、光を照射しその干渉を利用したもの、SEM(走査型電子顕微鏡)による直接観察等によって計測される。
【0027】
ウィスカ30は、アスペクト比が5以上であることが好ましい。ここで、アスペクト比は、ウィスカ30の縦の長さと横の長さの比であり、ここでは、縦の長さをウィスカ30の短手方向の長さ、横の長さをウィスカ30の長手方向の長さとし、短手方向の長さに対する長手方向の長さを示す。例えば、ウィスカ30が、針状に形成されている場合、ウィスカ30の直径に対するウィスカ30の長さが、アスペクト比となる。アスペクト比を5以上とすることが好ましいのは、上記した皮膜層20に形成される気孔21にウィスカ30が存在する場合、気孔21への流体の進入が抑制され、空気層を安定して保持することができるからである。なお、アスペクト比の上限値は、ウィスカ30どうしが絡まりやすくなり、製造上安定した性能の皮膜を得ることが難しくなることから100以下とすることが好ましい。
【0028】
また、ウィスカ30の平均径(平均直径)は、100nm以下であることが好ましい。この範囲が好ましいのは、皮膜層20に形成される気孔21にウィスカ30が存在する場合、気孔21内おける空気層をより複雑な形状に形成することができ、気孔21への流体の進入が抑制され、空気層を安定して保持することができるからである。なお、ウィスカ30の平均径の下限値は、ウィスカ30どうしが絡まりやすくなるため、製造上安定した性能の皮膜を得ることが難しくなることから1nm以上とすることが好ましい。
【0029】
さらに、ウィスカ30は、気孔21を除いた撥水性皮膜全体に対して、2〜30体積%含有されることが好ましい。この範囲の含有率が好ましいのは、含有率が2体積%より小さい場合には、ウィスカ30によって空気層を保持する効果が小さいからであり、含有率が30体積%より大きい場合には、ウィスカ30の脱落が生じ、撥水性皮膜10の機械的強度や耐久性が低下し、十分な強度特性が得られないからである。
【0030】
また、ウィスカ30を構成する材料として、金属酸化物、金属窒化物、金属炭化物、金属ケイ化物等のセラミックスあるいはカーボン等が挙げられる。なお、結晶質、非晶質は問わない。ウィスカ30を構成する材料として、具体的には、酸化チタン、酸化ジルコニウム、酸化アルミニウム、酸化ケイ素、酸化クロム、酸化イットリウム、酸化ニオブ等の金属酸化物、窒化ケイ素、窒化チタン、窒化ジルコニウム、窒化クロム等の金属窒化物、炭化ケイ素、炭化チタン、炭化ジルコニウム、炭化クロム等の金属炭化物、ケイ化モリブデン、ケイ化タングステン等の金属ケイ化物が挙げられる。また、特に、カーボンは、それ自身が撥水性を有するとともに、化学的にも安定であり、環境面においても実用性の高い材料である。さらに、カーボンナノチューブを用いてもよく、このカーボンナノチューブは、チューブ内に空洞を有するとともに、粒子形状が所定のアスペクト比を有するため、空気層を保持するために極めて好適である。なお、気孔形成用物質を消失させて気孔を形成する際に焼成処理を施す場合には、ウィスカ30を構成する材料は、その焼成処理の温度等の条件に基づいて適宜に選択される。
【0031】
ここで、ウィスカ30は、皮膜層20内にそのすべてが含有されても、すなわち、ウィスカ30の一部が皮膜層20から外部に突出することなく含有されても、撥水効果および気孔21における空気層の保持効果は得られるが、図1に示すように、ウィスカ30の一部を皮膜層20から外部に突出させて含有させることがより好ましい。この皮膜層20から外部に突出された複数のウィスカ30によって、皮膜層20の表面に空気層を安定して保持することができる。また、この外部に突出された複数のウィスカ30によって形成される空気層は、少なくとも一部が、皮膜層20の表面に形成される気孔21上に形成され、皮膜層20における気孔21と連通した状態に形成されることが好ましい。
【0032】
また、撥水性皮膜10において、撥水性皮膜10と、撥水性皮膜10に接触する液体との接触角が90度以上であることが好ましい。ここで、図2は、撥水性皮膜10と、撥水性皮膜10に接触する液体50との接触角について説明するための断面図である。
【0033】
図2に基づいて、接触角θは、次の式(1)によって定義される。
θ=2Tan−1(h/r) …式(1)
【0034】
ここで、hは、撥水性皮膜10に接触する液体50の最大高さであり、2rは、撥水性皮膜10に接触する液体50の接触部分の長さである。
【0035】
本発明に係る撥水性皮膜10において、撥水性皮膜10と、撥水性皮膜10に接触する液体との接触角が90度以上であることが好ましいとしたのは、接触角が90度より小さい場合には、固体との界面における液体50の滑りが不十分となり、圧力損失を低減する効果が小さくなるからである。なお、接触角θの上限値は、特に限定されるものではなく、接触角θが大きいほどより滑りの効果が大きくなるため、接触角θは大きいほど好ましい。
【0036】
また、撥水性皮膜10に接触する液体50は、水または水を含む液体であることが好ましく、使用する液体の種類に応じて、液体に対する接触角が90度以上となる皮膜層20が使用される。ここで、水または水を含む液体に対する接触角が90度以上となる皮膜層20として、例えば、フッ素樹脂を主成分とする材料、酸化ケイ素を主成分とする材料、酸化アルミニウムを主成分とする材料、酸化ジルコニウムを主成分とする材料、あるいはこれらを混合した材料などが挙げられる。また、水を含む液体として、水溶性または水に不溶の無機化合物または有機化合物を含む水系の液体等が挙げられ、具体的には、海水、河川水、不凍液(エチレングリコール系、プロピレングリコール系等)、錆び止め剤を含む水等が挙げられる。
【0037】
次に、本発明に係る撥水性皮膜10の製造方法について説明する。
【0038】
まず、撥水性の皮膜層20を形成可能な組成物に、気孔形成用物質およびウィスカ30を配合し、調製して撥水性皮膜形成用組成物を調製する(調整工程)。ここで、気孔形成用物質は、気孔21を形成するために配合される物質であり、皮膜を形成するまでの工程においては、粒状の固形状または液体状で存在し、皮膜を形成し、気孔21を形成する際に消失する。例えば、撥水性の皮膜層20を形成可能な組成物がセラミック形成用の組成物である場合には、気孔形成用物質として、焼成温度以下で蒸発または昇華する物質が用いられる。また、焼成処理を施さない場合、あるいは焼成および熱処理温度が比較的低い場合には、気孔形成用物質として、基材40の表面に形成された皮膜を水または溶液に浸漬することによって、水または溶液中に溶解、溶出する物質が用いられる。
【0039】
この気孔形成用物質として、具体的には、例えばポリエチレングリコール等が挙げられるが、皮膜形成時の焼成または皮膜形成後の溶出等により除去可能なものであれば、その材質は特に限定されるものではない。例えば、上記したポリエチレングリコールは、広い範囲の分子量のものが安価で市販されているため、気孔形成用物質としてこのポリエチレングリコールを用いた場合には、製造コストの削減を図ることができる。さらに、ポリエチレングリコールの沸点が150〜200℃と低いことから、セラミックスで皮膜を形成する際には焼成と同時に消失させることができる。また、ポリエチレングリコールは水に可溶性であるため、形成された皮膜を水や水溶液に浸漬させ、超音波処理しながらポリエチレングリコールを溶解、溶出させて消失させることもできる。このように、ポリエチレングリコールは、焼成処理を施す場合および焼成処理を施さない場合などに使用することができるので、気孔形成用物質として好適な化合物である。
【0040】
なお、撥水性皮膜10の気孔21は、上記した気孔形成用物質が消失して形成されるものであるため、気孔形成用物質の分子量や分子形状等と密接に関連し、所望の平均気孔径や気孔形状に合わせて所定の分子量および分子形状を有する気孔形成用物質を選択することができる。すなわち、形成したい平均気孔径と近い分子量、あるいは形成したい気孔形状と近い形状の気孔形成用物質を選択すればよく、これにより平均気孔径および気孔形状を調整することができる。さらに、気孔形成用物質の配合比を調整することで、撥水性皮膜10における気孔率を調整することができる。
【0041】
この気孔形成用物質の配合量は、気孔形成用物質が消失した際に、皮膜層20における気孔率が前述した範囲(25〜75体積%)となるように設定される。気孔率を前述した範囲(25〜75体積%)となるように気孔形成用物質の配合量を設定するためには、撥水性の皮膜層20を形成可能な組成物とウィスカ30の体積に対する気孔形成用物質の体積の比率から算出することができる。また、ウィスカ30の配合量は、気孔21を除いた撥水性皮膜全体に対して、ウィスカ30の含有率が2〜30体積%となるように設定される。
【0042】
なお、上記した調整工程において、配合された気孔形成用物質およびウィスカ30を均一に分散させるために、ポットミル、攪拌羽による攪拌機、回転子によるスターラなどで攪拌して撥水性皮膜形成用組成物を形成することが好ましい。
【0043】
続いて、調製工程で得られた撥水性皮膜形成用組成物を用い、基材の表面に皮膜を形成する(皮膜形成工程)。この皮膜形成工程で、撥水性皮膜形成用組成物を、例えば、ディップコーティング、スプレーコーティング、フローコーティング、スピンコーティング、ロールコーティング等の湿式コーティングにより、基材40の表面を覆った後、乾燥または熱処理され、皮膜が形成される。この乾燥または熱処理の条件は、皮膜を形成する物質の種類により最適な条件が選択される。
【0044】
続いて、皮膜形成工程で形成された皮膜から気孔形成用物質を消失させ、気孔を形成する(気孔形成工程)。例えば、撥水性皮膜形成用組成物がセラミック形成用の組成物であった場合には、皮膜を焼成する工程を気孔形成工程とすることができ、この焼成によりセラミックからなる撥水性皮膜が形成される。さらに、これと同時に気孔形成用物質は、焼成温度以下で蒸発または昇華するものを用いることとしているため、焼成後には気孔形成用物質は消失して皮膜層20に気孔21が形成される。
【0045】
また、焼成処理を施さない組成物等の場合には、皮膜を形成した後に、この皮膜を水または溶液に浸漬し、気孔形成用物質を溶解、溶出させて皮膜層20に気孔21を形成する。なお、この際、溶解、溶出を促進させるために超音波処理等を施すことが好ましい。
【0046】
上記した撥水性皮膜の製造方法によって、例えば、配管、流体が流通する流体流通流路等の内壁面の少なくとも一部に、本発明に係る撥水性皮膜10が形成される。これによって、配管や流体流通流路を流体が通過する際の圧力損失を低減することができる。なお、撥水性皮膜10は、配管や流体流通流路等の内壁面の一部が流体に接する場合には、少なくともその一部分の領域に形成されていればよく、一方、配管や流体流通流路等の内壁面の全面が流体に接する場合には、内壁面の全面に亘って形成されることが好ましい。
【0047】
上記したように、本発明に係る撥水性皮膜10によれば、皮膜層20に微細な連続する複数の気孔21が形成され、かつ皮膜層20にウィスカ30を含有することで、撥水性を有するとともに、撥水性皮膜内や撥水性皮膜10の表面に空気層を長期に亘り安定して保持することができる。これによって、この撥水性皮膜10が形成された流路面では、流体が空気層を介して撥水性皮膜10と接触しながらスムーズに流れるので、流路内における流体のエネルギ損失が低下し、流路内における圧力損失を低減することができる。
【0048】
この本発明に係る撥水性皮膜10を、例えば、液体を輸送するパイプラインの内面、冷却水の通路面、水車部品の表面、船舶の船底等に形成することによって、圧力損失が低減され、各システムのエネルギ効率を向上させることができる。
【0049】
また、皮膜層20に形成される気孔21の平均気孔径や形状、皮膜層20における気孔率は、気孔形成用物質の分子量、配合量、分子形状、気孔形成用物質自体の形状などによって調整することができる。そのため、この撥水性皮膜10と接触する流体に対して、最適な平均気孔径、気孔率および気孔形状を特定することで、その特定された条件の撥水性皮膜を容易に形成することができる。これによって、使用する流体に最適であり、かつ流路内における圧力損失を低減することができる撥水性皮膜10を形成することができる。
【0050】
次に、本発明に係る撥水性皮膜を備えることで圧力損失が低減できることを実施例1〜実施例3、比較例1〜比較例3に基づいて説明する。
【0051】
(実施例1)
フッ素樹脂を含む水系スラリーに、ポリエチレングリコール#400(和光純薬社製)および平均径が30nmで、アスペクト比が20のカーボンウィスカを配合して分散液(撥水性皮膜形成用組成物)とした。ここで、カーボンウィスカは、撥水性皮膜が形成された際の気孔を除いた撥水性皮膜全体に対して20体積%になるように配合した。また、ポリエチレングリコールの配合量は、皮膜形成後の水中における浸漬処理でポリエチレングリコールが溶出することにより気孔率が50%となるように設定した。なお、気孔率が50%となるようにポリエチレングリコールの配合量の設定は、スラリーを調合する際のフッ素樹脂の固形分の体積、添加するカーボンウィスカの体積および添加するポリエチレグリコールの体積の比率を計算することによって行うことができる。
【0052】
この分散液を、外径が8mm、内径が6mm、長さが1mのアルミニウム管の内面にディピングにより塗布し、塗布後、常温で約15時間乾燥し、大気中120℃で30分間熱処理を施して皮膜を形成した。その後、このアルミニウム管を常温で水中に浸漬させて、超音波処理を施しながら、ポリエチレングリコールを皮膜から溶出させ、気孔を形成し、撥水性皮膜を形成した。
【0053】
形成された撥水性皮膜の厚さは約1μm、平均気孔径は30nm、気孔率は50%であった。また、この撥水性皮膜と、撥水性皮膜に接触する水との接触角は130度であった。また、前述したように(図1参照)、各気孔は、皮膜層全体に亘って連続的に連通して繋がった状態に形成され、カーボンウィスカは、皮膜層からその一部が外部に突出し、さらに気孔内にも存在していた。
【0054】
撥水性皮膜が形成されたアルミニウム管を用いて、アルミニウム管内における圧力損失を計測した。図3は、アルミニウム管内における圧力損失を計測する計測方法の概要を説明するための図である。
【0055】
図3に示すように、アルミニウム管60の内部にポンプ(図示しない)により常温の純水を通過(図3中の矢印の方向)させながら、アルミニウム管60の入口と出口の圧力(静圧)を圧力計70、71により測定し、その計測値に基づいて圧力損失を算出した。なお、計測の際、アルミニウム管60内におけるレイノルズ数は、1000(層流域)であった。また、撥水性皮膜が形成されていない、同じ形状のアルミニウム管を用いて、比較のため同様の方法で圧力損失を計測した。
【0056】
計測の結果、上記した撥水性皮膜が形成されたアルミニウム管における圧力損失は、撥水性皮膜が形成されていないアルミニウム管における圧力損失よりも15%程度低減した。これによって、撥水性皮膜を形成することで、圧力損失が低減することを確認できた。
【0057】
(実施例2)
実施例2で形成した撥水性皮膜は、カーボンウィスカを、撥水性皮膜が形成された際の気孔を除いた撥水性皮膜全体に対して10体積%になるように配合した以外は、実施例1で形成した撥水性皮膜と同じとした。
【0058】
また、圧力損失の計測方法、計測条件および算出方法等は、実施例1におけるものと同じである。
【0059】
計測の結果、上記した撥水性皮膜が形成されたアルミニウム管における圧力損失は、撥水性皮膜が形成されていないアルミニウム管における圧力損失よりも10%程度低減した。これによって、撥水性皮膜を形成することで、圧力損失が低減することを確認できた。
【0060】
(実施例3)
実施例3で形成した撥水性皮膜は、カーボンウィスカを、撥水性皮膜が形成された際の気孔を除いた撥水性皮膜全体に対して5体積%になるように配合した以外は、実施例1で形成した撥水性皮膜と同じとした。
【0061】
また、圧力損失の計測方法、計測条件および算出方法等は、実施例1におけるものと同じである。
【0062】
計測の結果、上記した撥水性皮膜が形成されたアルミニウム管における圧力損失は、撥水性皮膜が形成されていないアルミニウム管における圧力損失よりも6%程度低減した。これによって、撥水性皮膜を形成することで、圧力損失が低減することを確認できた。
【0063】
(比較例1)
比較例1で形成した撥水性皮膜は、カーボンウィスカを、撥水性皮膜が形成された際の気孔を除いた撥水性皮膜全体に対して1体積%になるように配合した以外は、実施例1で形成した撥水性皮膜と同じとした。
【0064】
また、圧力損失の計測方法、計測条件および算出方法等は、実施例1におけるものと同じである。
【0065】
計測の結果、上記した撥水性皮膜が形成されたアルミニウム管における圧力損失は、撥水性皮膜が形成されていないアルミニウム管における圧力損失と同等であり、撥水性皮膜を形成しても、圧力損失は低減しなかった。
【0066】
(比較例2)
比較例2で形成した撥水性皮膜は、カーボンウィスカを、撥水性皮膜が形成された際の気孔を除いた撥水性皮膜全体に対して35体積%になるように配合した以外は、実施例1で形成した撥水性皮膜と同じとした。
【0067】
また、圧力損失の計測方法、計測条件および算出方法等は、実施例1におけるものと同じである。
【0068】
計測の結果、上記した撥水性皮膜が形成されたアルミニウム管における圧力損失は、撥水性皮膜が形成されていないアルミニウム管における圧力損失よりも3%程度低減したが、圧力損失の低減効果は低いものであった。
【0069】
(比較例3)
比較例3で形成した撥水性皮膜は、平均径が200nmのカーボンウィスカを使用した以外は、実施例1で形成した撥水性皮膜と同じとした。すなわち、カーボンウィスカの含有率等は、実施例1で形成した撥水性皮膜と同じとした。
【0070】
また、圧力損失の計測方法、計測条件および算出方法等は、実施例1におけるものと同じである。
【0071】
計測の結果、上記した撥水性皮膜が形成されたアルミニウム管における圧力損失は、撥水性皮膜が形成されていないアルミニウム管における圧力損失よりも4%程度低減したが、圧力損失の低減効果は低いものであった。
【0072】
なお、本発明に係る撥水性皮膜は、上記したような配管の内壁面以外にも、水や水を含む液体が通過する流路の内壁面に設けることができ、流路における圧力損失を低減することができる。また、本発明の実施形態は、本発明の技術的思想の範囲内で拡張もしくは変更することができ、この拡張、変更した実施形態も本発明の技術的範囲に含まれるものである。
【図面の簡単な説明】
【0073】
【図1】本発明に係る一実施の形態の撥水性皮膜を基材上に形成したとき断面を模式的に示す図。
【図2】撥水性皮膜と、撥水性皮膜に接触する液体との接触角について説明するための断面図。
【図3】アルミニウム管内における圧力損失を計測する計測方法の概要を説明するための図。
【符号の説明】
【0074】
10…撥水性皮膜、20…皮膜層、21…気孔、30…ウィスカ、40…基材。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
平均気孔径が5nm〜50nmの複数の気孔を有し、気孔率が25〜75体積%である皮膜層と、
前記皮膜層に含有されたウィスカと
を具備することを特徴とする撥水性皮膜。
【請求項2】
前記皮膜層の厚さが、0.1μm〜50μmであることを特徴とする請求項1記載の撥水性皮膜。
【請求項3】
前記皮膜層が、フッ素樹脂からなることを特徴とする請求項1または2記載の撥水性皮膜。
【請求項4】
前記ウィスカのアスペクト比が、5以上であることを特徴とする請求項1乃至3のいずれか1項記載の撥水性皮膜。
【請求項5】
前記ウィスカの平均径が、100nm以下であることを特徴とする請求項1乃至4のいずれか1項記載の撥水性皮膜。
【請求項6】
前記ウィスカの含有率が、前記気孔を除いた撥水性皮膜全体に対して、2〜30体積%であることを特徴とする請求項1乃至5のいずれか1項記載の撥水性皮膜。
【請求項7】
前記ウィスカが、カーボンからなることを特徴とする請求項1乃至6のいずれか1項記載の撥水性皮膜。
【請求項8】
前記ウィスカが、セラミックスからなることを特徴とする請求項1乃至6のいずれか1項記載の撥水性皮膜。
【請求項9】
前記撥水性皮膜と、前記撥水性皮膜に接触する液体との接触角が90度以上であることを特徴とする請求項1乃至8のいずれか1項記載の撥水性皮膜。
【請求項10】
前記液体が、水または水を含む液体であることを特徴とする請求項9記載の撥水性皮膜。
【請求項11】
液体が流通する流路であって、該流路を構成する内壁面の少なくとも一部に、請求項1乃至10のいずれか1項記載の撥水性皮膜が形成されていることを特徴とする流体流通流路。
【請求項12】
撥水性の皮膜層を形成可能な組成物に、気孔形成用物質およびウィスカを配合し、調製して撥水性皮膜形成用組成物を調製する調製工程と、
前記調製工程で得られた撥水性皮膜形成用組成物を用い、基材の表面に皮膜を形成する皮膜形成工程と、
前記皮膜形成工程で形成された皮膜から前記気孔形成用物質を消失させ、気孔を形成する気孔形成工程と
を具備することを特徴とする撥水性皮膜の製造方法。
【請求項13】
前記調製工程における、前記気孔形成用物質の配合量は、前記気孔形成工程において気孔形成用物質が消失した際に、皮膜における気孔率が25〜75体積%となる量であり、前記ウィスカの配合量は、前記気孔を除いた撥水性皮膜全体に対して、前記ウィスカの含有率が2〜30体積%となる量であることを特徴とする請求項12記載の撥水性皮膜の製造方法。
【請求項14】
前記気孔形成工程において、前記皮膜形成工程で形成された皮膜を熱処理し、前記気孔形成用物質を蒸発または昇華させることを特徴とする請求項12または13記載の撥水性皮膜の製造方法。
【請求項15】
前記気孔形成工程において、前記皮膜形成工程で形成された皮膜を水または溶液に浸漬し、前記気孔形成用物質を水または溶液中に溶出させることを特徴とする請求項12または13記載の撥水性皮膜の製造方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【公開番号】特開2009−127649(P2009−127649A)
【公開日】平成21年6月11日(2009.6.11)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−300052(P2007−300052)
【出願日】平成19年11月20日(2007.11.20)
【出願人】(000003078)株式会社東芝 (54,554)
【出願人】(395009938)東芝アイテック株式会社 (82)