説明

撥水撥油膜の形成方法

【課題】合成樹脂製部材に対する撥水撥油膜の形成方法として、高い撥水撥油性が求められる用途に好適な方法を提供する。
【解決手段】合成樹脂製部材の表面を親水性にする親水化処理工程と、前記部材を、水と、アルコキシ金属塩と、低級アルコールと、金属酸化物微粒子と、を必須成分とし、pHが6以下である第一の溶液に接触させた後、アルカリ金属塩を含有し、pHが11〜13である第二の溶液に接触させることにより、前記部材の表面に金属酸化物層を形成する金属酸化物層形成工程と、その後に、前記部材を、フッ素系カップリング剤と、水と、低級アルコールと、を含有し、pHが6以下である第三の溶液に接触させた後に、アルカリ金属塩を含有し、pHが11〜13である第四の溶液に接触させることにより、前記金属酸化物層の上に撥水撥油層を形成する撥水撥油層形成工程と、を含む。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、合成樹脂製部材の表面に撥水撥油膜を形成する方法に関する。
【背景技術】
【0002】
撥水撥油膜は、調理器具等の一般家庭用器具から半導体製造装置等の先端工業分野まで応用範囲が広く、要求される性能はより高くなってきている。特に、転がり軸受の合成樹脂製のシールリップには、高い撥水撥油性が要求されている。
特許文献1には、ガラス基板等の部材の表面を超撥水処理する方法として、アルコール、テトラアルコキシシラン、平均粒径が5〜20nmである疎水性シリカ微粒子、および水を含み、pHが2〜3に調整されたコーティング溶液に、部材を浸漬した後、引き上げて乾燥する方法が記載されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】特開2006―232870号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
本発明の課題は、合成樹脂製部材に対する撥水撥油膜の形成方法として、高い撥水撥油性が求められる用途に好適な方法を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0005】
上記課題を解決するために、本発明は、合成樹脂製部材の表面に撥水撥油膜を形成する方法であって、前記部材の表面を親水性にする親水化処理工程と、前記部材を、水と、金属種がシリコン、チタン、もしくはアルミニウムで、アルキル部分の炭素数が1〜6の低級アルキルであるアルキルアルコキシ金属塩、またはハロゲンアルコキシ金属塩と、炭素数1〜6の低級アルコールと、平均粒径が1nm以上200nm以下である金属酸化物微粒子(シリカ、チタニア、アルミナ、マグネシア、酸化カルシウム、酸化亜鉛等からなる微粒子)と、を必須成分とし、pHが6以下である第一の溶液に接触させた後、アルカリ金属塩を含有し、pHが11〜13である第二の溶液に接触させることにより、前記部材の表面に金属酸化物層を形成する金属酸化物層形成工程と、前記金属酸化物層形成工程の後に、前記部材を、シリコン、チタン、またはアルミニウムを含有するフッ素系カップリング剤と、水と、炭素数1〜6の低級アルコールと、を含有し、pHが6以下である第三の溶液に接触させた後に、アルカリ金属塩を含有し、pHが11〜13である第四の溶液に接触させることにより、前記金属酸化物層の上に撥水撥油層を形成する撥水撥油層形成工程と、を含む撥水撥油膜の形成方法を提供する。
【0006】
前記第一の溶液は、前記金属酸化物微粒子として、平均粒径が1nm以上200nm以下であるシリカ、チタニア、またはアルミナからなる微粒子を0.1重量%以上5.0重量%以下の割合で含有することが好ましい。
前記親水化処理工程としては、プラズマ処理、グロー放電、コロナ放電、紫外線照射等により、前記部材の表面に水酸基を形成する方法が挙げられる。
【0007】
この方法によれば、金属酸化物層形成工程で使用する第一の溶液のpHを6以下とすることで、前記アルキルアルコキシ金属塩またはハロゲンアルコキシ金属塩の加水分解反応が促進される。また、第二の溶液のpHを11以上13以下とすることにより、前記加水分解反応生成物の水酸基(−OH)と前記部材の表面の水酸基(−OH)との脱水縮合反応が促進される。その結果、前記部材の表面に金属酸化物層が強固に化学結合された状態で形成される。
【0008】
また、撥水撥油層形成工程で使用する第三の溶液のpHを6以下とすることで、前記フッ素系カップリング剤の加水分解反応が促進される。また、第四の溶液のpHを11以上13以下とすることにより、前記加水分解反応生成物の水酸基(−OH)と前記金属酸化層表面の水酸基(−OH)との脱水縮合反応が促進される。その結果、前記金属酸化物層の表面に撥水撥油層が強固に化学結合された状態で形成される。
【0009】
さらに、金属酸化物層形成工程で、金属酸化物層(アルコキシ金属塩を構成する金属の酸化物からなる層)が被成膜部材表面に生成する際に、第一の溶液に含まれる金属酸化物微粒子が被成膜部材表面に結合することで、金属酸化物層が密に形成される。また、形成された金属酸化物層の表面に微粒子に起因する凹凸が形成されて、表面積率(表面が平滑面であると仮定した面積に対する実際の表面積の比率)が増大する。金属酸化物層の表面積率が増大すると、その上の層である撥水撥油層の表面積率も増大し、密な撥水撥油層が形成されることになるため、撥水撥油膜の撥水撥油性能が向上するとともに、撥水撥油膜が被成膜部材表面に対して強固に結合される。金属酸化物層および撥水撥油層の表面積率は1.1以上であることが好ましい。
【0010】
アルコキシ金属塩(前記アルキルアルコキシ金属塩およびハロゲンアルコキシ金属塩)の具体例としては、金属種がシリコンである、テトラメトキシシラン、テトラエトキシシラン、テトラプロポキシシラン、テトラブトキシシラン、テトラクロロシラン、金属種がチタンである、テトラメトキシチタネート、テトラエトキシチタネート、テトラプロポキシチタネート、テトラブトキシチタネート、金属種がアルミナである、トリメトキシアルミネート、トリエトキシアルミネート、トリプロポキシアルミネートが挙げられる。
【0011】
第一の溶液に含まれる金属酸化物微粒子をなす金属酸化物の金属種とアルコキシ金属塩の金属種は、同じであることが特に好ましい。
金属酸化物微粒子の平均一次粒径は、好ましくは2nm以上100nm以下、より好ましくは2nm以上80nm以下、さらに好ましくは10nm以上50nm以下である。また、平均一次粒径が異なる金属酸化物微粒子を混合して使用することも可能である。平均一次粒径が1nm未満では、表面積率の増大効果が少なく、200nmを超えると、被成膜部材表面から脱落しやすくなる。
【0012】
金属酸化物微粒子の溶液中の含有率は0.1以上3質量%以下とすることが好ましく、0.2質量%以上〜2.5質量%以下がさらに好ましい。金属酸化物微粒子の溶液中の含有率が0.1質量%未満では、金属酸化物層を密にする効果が少なく、5質量%を超えると、被成膜部材表面に金属酸化物の微粒子が過度に重なった状態で堆積することになり、これに伴って微粒子が脱落することで撥水撥油膜に欠陥が生じ易くなる。
【0013】
金属酸化物微粒子の形状は、特に限定はなく、球形、矩形、扁平形、繊維状、ウイスカー状のもの等を使用できる。例えば、繊維状のものであれば、繊維の長さを1nm以上200nm以下とすることができる。また、異なる形状のものを混合して使用してもよい。また、平均一次粒径が1nm以上200nm以下であれば、多孔質のもの等を使用することも可能である。
【0014】
第一の溶液の組成の一例を具体的に述べると、アルコキシ金属塩が1質量%以上10質量%以下、水が1質量%以上20質量%以下、アルコールが30質量%以上95質量%以下、金属酸化物の微粒子が0.1質量%以上5質量%以下であって、塩酸によりpHが6以下に調整されているものである。この場合、塩酸以外の成分をあらかじめ混合し、金属酸化物微粒子が均一になるよう数十分〜数時間攪拌した後、最後に塩酸を用いてpH調整を行うことが好ましい。
【0015】
前記第二の溶液および第四の溶液は、特に、水酸化ナトリウム水溶液であることが好ましい。また、炭酸ナトリウム、炭酸カリウム、炭酸水素ナトリウム等のアルカリ金属の炭酸塩等も使用できる。また、各種のpH緩衝剤を併用してもよい。
また、前記第一の溶液および第三の溶液が炭素数1〜6の低級アルコールを含むことにより、前記アルコキシ金属塩およびフッ素系カップリング剤の溶解度を高め、安定した溶液となる。炭素数1〜6の低級アルコールとしては、メタノール、エタノール、1−プロパノール、2−プロパノール、ブタノール、ヘキサノール、シクロヘキサノール等が好適に使用できる。より好ましくは、エタノールを用いる。
【0016】
前記第三の溶液に含まれる、シリコン、チタン、またはアルミニウムを含有するフッ素系カップリング剤としては、第一の溶液に含まれる金属酸化物微粒子の金属種、あるいは、第一の溶液に含まれるアルコキシ金属塩の金属種と同じ金属種を有するものであることが好ましい。また、金属種がシリコンであるフッ素系カップリング剤(フッ素系シランカップリング剤)を使用することが好ましい。
【0017】
具体的には、1H,1H,2H,2H,−パーフルオロデシルトリエトキシシラン、1H,1H,2H,2H−パーフルオロデシルトリメトキシシラン、1H,1H,2H,2H−パーフルオロデシルトリクロロシラン−3−ヘプタフルオロイソプロポキシプロピルトリクロロシラン、1H,1H,2H,2H−パーフルオロドデシルトリエトキシシラン、3−トリフルオロアセトキシプロピルトリメトキシシラン等が使用できる。
【発明の効果】
【0018】
本発明の方法によれば、合成樹脂製部材に対する撥水撥油膜の形成方法として、高い撥水撥油性が求められる用途に好適な撥水撥油膜を形成することができる。
【図面の簡単な説明】
【0019】
【図1】本発明の方法で形成された撥水撥油膜の構造を示す図である。
【図2】本発明の方法で撥水撥油膜が形成された実施例の軸受と撥水撥油膜が形成されていない比較例の軸受について、軸受外への潤滑剤の漏洩率を測定し結果を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0020】
以下、本発明の実施形態について説明する。
[接触角の測定]
合成樹脂製部材として、ポリアミド6,6製で表面が平滑な板状物(PA66板)と、ポリアミド4,6製で表面が平滑な板状物(PA46板)を用意した。PA66板およびPA46板の大きさは40mm×50mm×厚さ1mmであり、PA66板およびPA46板の被成膜表面の平均表面粗さ(Ra)は0.001μmである。
【0021】
溶液Aとして、テトラエトキシシランを6.1質量%、水を6.1質量%、エタノールを87.0質量%、平均一次粒径が30nmのシリカ微粒子を0.8質量%の各割合で含有し、pHが3.0になるように塩酸を加えた水溶液を調製した。この溶液は、先ず、エタノールに各微粒子を加えて密封防爆型ホモジナイザーで攪拌分散させた後に、テトラエトキシシランと塩酸と水を加えることで調製した。
【0022】
溶液Bとして、pH12の水酸化ナトリウム水溶液を調製した。
溶液Cとして、1H,1H,2H,2H−パーフルオロデシルトリエトキシシランを16.0質量%、水を5.5質量%、エタノールを78.5質量%の各割合で含有し、pHが3.0になるように塩酸を加えた水溶液を調製した。
溶液Dとして、テトラエトキシシランを6.1質量%、水を6.1質量%、エタノールを87.8質量%の各割合で含有し、pHが3.0になるように塩酸を加えた水溶液を調製した。
【0023】
サンプルNo. 1では、PA66板の被成膜表面に対してプラズマ処理を行うことにより表面を親水化処理した後、メタノールで超音波洗浄して乾燥させた。その直後に、約25℃に保持したPA66板に、約25℃の溶液A(第一の溶液)を塗布した。塗布した溶液Aの揮発成分が蒸発した後、速やかに約25℃の溶液B(第二の溶液)を塗布した。その後、エタノールですすぎ、120℃のクリーンオーブンで30分間乾燥を行った。その後、エタノールで超音波洗浄を行った。この段階で、PA66板の表面に凹凸状のシリカ被膜(金属酸化物層)が形成されている。
【0024】
次に、PA66板を、約25℃の溶液C(第三の溶液)に大気圧下で30分間浸漬した。浸漬中は、緩やかに溶液Cを攪拌した。30分間の浸漬後、PA66板を引き上げて、速やかに約25℃の溶液B(第四の溶液)に大気圧下で30分間浸漬した。30分間の浸漬後、PA66板を引き上げてエタノールですすいだ後、120℃のクリーンオーブンで30分間乾燥を行った。その後、エタノールで超音波洗浄を行った。この段階で、シリカ被膜(金属酸化物層)の上に撥水撥油層が形成されている。
【0025】
サンプルNo. 2では、PA46板の被成膜表面に対してプラズマ処理を行うことにより表面を親水化処理した後、メタノールで超音波洗浄して乾燥させた。その直後に、約25℃に保持したPA46板に、約25℃の溶液A(第一の溶液)を塗布した。塗布した溶液Aの揮発成分が蒸発した後、速やかに約25℃の溶液B(第二の溶液)を塗布した。その後、エタノールですすぎ、120℃のクリーンオーブンで30分間乾燥を行った。その後、エタノールで超音波洗浄を行った。この段階で、PA46板の表面に凹凸状のシリカ被膜(金属酸化物層)が形成されている。
【0026】
次に、PA46板を、約25℃の溶液C(第三の溶液)に大気圧下で30分間浸漬した。浸漬中は、緩やかに溶液Cを攪拌した。30分間の浸漬後、PA46板を引き上げて、速やかに約25℃の溶液B(第四の溶液)に大気圧下で30分間浸漬した。30分間の浸漬後、PA46板を引き上げてエタノールですすいだ後、120℃のクリーンオーブンで30分間乾燥を行った。その後、エタノールで超音波洗浄を行った。この段階で、シリカ被膜(金属酸化物層)の上に撥水撥油層が形成されている。
【0027】
サンプルNo. 3では、PA66板の被成膜表面に対してプラズマ処理を行うことにより表面を親水化処理した後、メタノールで超音波洗浄して乾燥させた。その直後に、PA66板を約25℃の溶液Cに大気圧下で30分間浸漬した。浸漬中は、緩やかに溶液Cを攪拌した。30分間の浸漬後、PA66板を引き上げて、速やかに約25℃の溶液Bに大気圧下で30分間浸漬した。30分間の浸漬後、PA66板を引き上げてエタノールですすいだ後、120℃のクリーンオーブンで30分間乾燥を行った。その後、エタノールで超音波洗浄を行った。この段階で、PA66板の表面に撥水撥油層が形成されている。
【0028】
サンプルNo. 4では、PA66板の被成膜表面に対してプラズマ処理を行うことにより、表面を親水化処理した後、メタノールで超音波洗浄して乾燥させた。その直後に、PA66板を約25℃の溶液Dに大気圧下で30分間浸漬した。浸漬中は、緩やかに溶液Aを攪拌した。30分間の浸漬後、PA66板を引き上げて、速やかに約25℃の溶液B大気圧下で30分間浸漬した。浸漬中は、緩やかに溶液Bを攪拌した。30分間の浸漬後、PA66板を引き上げてエタノールですすいだ後、120℃のクリーンオーブンで30分間乾燥を行った。その後、エタノールで超音波洗浄を行った。この段階で、PA66板の表面にシリカ被膜(金属酸化物層)が形成されている。
【0029】
次に、PA66板を、約25℃の溶液Cに大気圧下で30分間浸漬した。浸漬中は、緩やかに溶液Cを攪拌した。30分間の浸漬後、PA66板を引き上げて、速やかに約25℃の溶液Bに大気圧下で30分間浸漬した。30分間の浸漬後、PA66板を引き上げてエタノールですすいだ後、120℃のクリーンオーブンで30分間乾燥を行った。その後、エタノールで超音波洗浄を行った。この段階で、シリカ被膜(金属酸化物層)の上に撥水撥油層が形成されている。
【0030】
サンプルNo. 5では、PA66板の被成膜表面に対してプラズマ処理を行わずに、メタノールで超音波洗浄して乾燥させた。その直後に、約25℃に保持したPA66板に、約25℃の溶液A(第一の溶液)を塗布した。塗布した溶液Aの揮発成分が蒸発した後、速やかに約25℃の溶液B(第二の溶液)を塗布した。その後、エタノールですすぎ、120℃のクリーンオーブンで30分間乾燥を行った。その後、エタノールで超音波洗浄を行った。この段階で、PA66板の表面に凹凸状のシリカ被膜(金属酸化物層)が形成されている。
【0031】
次に、PA66板を、約25℃の溶液C(第三の溶液)に大気圧下で30分間浸漬した。浸漬中は、緩やかに溶液Cを攪拌した。30分間の浸漬後、PA66板を引き上げて、速やかに約25℃の溶液B(第四の溶液)に大気圧下で30分間浸漬した。30分間の浸漬後、PA66板を引き上げてエタノールですすいだ後、120℃のクリーンオーブンで30分間乾燥を行った。その後、エタノールで超音波洗浄を行った。この段階で、シリカ被膜(金属酸化物層)の上に撥水撥油層が形成されている。
【0032】
サンプルNo. 6では、PA46板の被成膜表面に対してプラズマ処理を行わずに、メタノールで超音波洗浄して乾燥させた。その直後に、約25℃に保持したPA46板に、約25℃の溶液A(第一の溶液)を塗布した。塗布した溶液Aの揮発成分が蒸発した後、速やかに約25℃の溶液B(第二の溶液)を塗布した。その後、エタノールですすぎ、120℃のクリーンオーブンで30分間乾燥を行った。その後、エタノールで超音波洗浄を行った。この段階で、PA46板の表面に凹凸状のシリカ被膜(金属酸化物層)が形成されている。
【0033】
次に、PA46板を、約25℃の溶液C(第三の溶液)に大気圧下で30分間浸漬した。浸漬中は、緩やかに溶液Cを攪拌した。30分間の浸漬後、PA46板を引き上げて、速やかに約25℃の溶液B(第四の溶液)に大気圧下で30分間浸漬した。30分間の浸漬後、PA46板を引き上げてエタノールですすいだ後、120℃のクリーンオーブンで30分間乾燥を行った。その後、エタノールで超音波洗浄を行った。この段階で、シリカ被膜(金属酸化物層)の上に撥水撥油層が形成されている。
【0034】
サンプルNo. 1、2、4〜6では、図1に示すように、板状物(PA66板およびPA46板)1の表面にシリカ被膜からなる金属酸化物層2が化学結合された状態で形成され、その上に、フルオロアルキルトリシロキサンの単分子膜からなる撥水撥油層3が化学結合された状態で形成されている。そして、サンプルNo. 1、2、5、6では金属酸化物層2の表面が凹凸状に形成されているが、サンプルNo. 4では金属酸化物層2の表面が平坦である。また、サンプルNo. 3では金属酸化物層2がなく、PA66板1の表面に直接、フルオロアルキルトリシロキサンの単分子膜からなる撥水撥油層3が化学結合された状態で形成されている。
【0035】
このようにして撥水撥油膜が形成されたNo. 1〜6のPA66板およびPA46板の表面と、プラズマ処理を行った後で撥水撥油膜が形成される前のPA66板(No. 7)およびPA64板(No. 8)の表面について、水(蒸留水)及び100℃での粘度が8mm2 /sのポリ−α−オレフィン油(PAO)を用いて、25℃での接触角を測定した。接触角は、試料液と試料表面が接触してから20秒後に測定した。
【0036】
その結果を表1に示す。なお、No. 1および2の水の接触角は、水滴が転がって板上に留まらなかったため測定できなかった。
【0037】
【表1】

【0038】
この結果から分かるように、被成膜表面にプラズマ処理を行い、金属酸化物微粒子を0.8質量%含有する溶液Aを用いてシリカ被膜を形成した後に、溶液Cを用いて撥水撥油層を形成したNo. 1および2は、シリカ被膜を形成しない以外はNo. 1と同じ処理をしたNo. 3および、金属酸化物微粒子を含まない溶液Dを用いた以外はNo. 1と同じ処理をしたNo. 4と比較して、優れた撥水撥油性能を有する。また、No. 1および2で形成された撥水撥油層は、表面積率が1.1以上であり、水滴が留まらないほどの高い撥水性と、接触角90°以上の高い撥油性が得られた。
また、被成膜表面にプラズマ処理を行っていない点のみがNo. 1および2と異なるNo. 5および6は、No. 1〜4と比較して撥水撥油性能が低かった。
【0039】
[密封軸受としての性能]
呼び番号6203の深溝玉軸受の内輪および外輪のシールを取り付けるシール溝に、以下の方法で撥水撥油膜を形成した。この軸受の内輪および外輪は、高炭素クロム鋼第2種(SUJ2)製で熱処理を施して硬さをHRC60に調整したものである。
【0040】
内輪および外輪をメタノールで超音波洗浄して乾燥させた直後に、約25℃の溶液A(第一の溶液)をシール溝に塗布した後、約25℃の溶液B(第二の溶液)を塗布して30分間放置した。次に、内輪および外輪をエタノールですすいだ後、120℃のクリーンオーブンで30分間乾燥を行った。その後、エタノールで超音波洗浄を行った。この段階で、シール溝の表面に凹凸状のシリカ被膜(金属酸化物層)が形成されている。
【0041】
次に、内輪および外輪を、約25℃の溶液C(第三の溶液)をシール溝に塗布した後、約25℃の溶液B(第四の溶液)を塗布して30分間放置した。次に、内輪および外輪をエタノールですすいだ後、120℃のクリーンオーブンで30分間乾燥を行った。その後、エタノールで超音波洗浄を行った。この段階で、シール溝のシリカ被膜(金属酸化物層)の上に撥水撥油層が形成されている。
【0042】
次に、呼び番号6203の深溝玉軸受用のシールとして、芯金とポリアミド4,6製のシールリップからなるシールを用意した。このシールのシールリップ(合成樹脂製部材)に対してプラズマ処理を行うことにより、表面を親水化処理した。次に、このシールをメタノールで超音波洗浄して乾燥させた直後に、シールリップに対して約25℃の溶液A(第一の溶液)を塗布した。次に、約25℃の溶液B(第二の溶液)を塗布して30分間放置した。次に、このシールをエタノールですすいだ後、120℃のクリーンオーブンで30分間乾燥を行った。その後、エタノールで超音波洗浄を行った。この段階で、シールリップの表面に凹凸状のシリカ被膜(金属酸化物層)が形成されている。
【0043】
次に、このシールリップに、約25℃の溶液C(第三の溶液)を塗布した後、約25℃の溶液B(第四の溶液)を塗布して30分間放置した。次に、エタノールですすいだ後、120℃のクリーンオーブンで30分間乾燥を行った。その後、エタノールで超音波洗浄を行った。この段階で、シールリップのシリカ被膜(金属酸化物層)の上に撥水撥油層が形成されている。
【0044】
このようにして得られた内輪、外輪、およびシールを用い、内部に潤滑剤として、100℃での粘度が8mm2 /sのポリ−α−オレフィン油(PAO)を封入して、呼び番号6203の深溝玉軸受に相当する密封型軸受(実施例)を組み立てた。比較例として、上述の撥水撥油膜の形成を行わない以外は全て同じに作製した内輪、外輪、およびシールを用いて組み立てた軸受を用意した。
【0045】
これらの軸受を、回転速度5000rpm、アキシャル荷重19.6N(20kgf)、室温の条件で、3時間回転させ、潤滑剤が軸受の外に漏れる量を測定した。この漏れた量(g)の封入量(g)に対する比率を「漏洩率」として算出した。その結果を図2にグラフで示す。
この結果から分かるように、撥水撥油膜が形成されていない比較例の軸受は、潤滑剤の漏洩率が3時間後に60質量%に近い値となっているのに対して、本発明の方法で撥水撥油膜が形成された実施例の軸受は、3時間後の潤滑剤の漏洩率を10質量%未満にすることができる。
【符号の説明】
【0046】
1 板状物(合成樹脂製部材)
2 金属酸化物層
3 撥水撥油層

【特許請求の範囲】
【請求項1】
合成樹脂製部材の表面に撥水撥油膜を形成する方法であって、
前記部材の表面を親水性にする親水化処理工程と、
前記部材を、水と、金属種がシリコン、チタン、もしくはアルミニウムで、アルキル部分の炭素数が1〜6の低級アルキルであるアルキルアルコキシ金属塩、またはハロゲンアルコキシ金属塩と、炭素数1〜6の低級アルコールと、平均粒径が1nm以上200nm以下である金属酸化物微粒子と、を必須成分とし、pHが6以下である第一の溶液に接触させた後、アルカリ金属塩を含有し、pHが11〜13である第二の溶液に接触させることにより、前記部材の表面に金属酸化物層を形成する金属酸化物層形成工程と、
前記金属酸化物層形成工程の後に、前記部材を、シリコン、チタン、またはアルミニウムを含有するフッ素系カップリング剤と、水と、炭素数1〜6の低級アルコールと、を含有し、pHが6以下である第三の溶液に接触させた後に、アルカリ金属塩を含有し、pHが11〜13である第四の溶液に接触させることにより、前記金属酸化物層の上に撥水撥油層を形成する撥水撥油層形成工程と、
を含む撥水撥油膜の形成方法。
【請求項2】
前記第一の溶液は、前記金属酸化物微粒子として、平均粒径が1nm以上200nm以下であるシリカ、チタニア、またはアルミナからなる微粒子を0.1重量%以上5.0重量%以下の割合で含有する請求項1記載の撥水撥油膜の形成方法。

【図1】
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【図2】
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【公開番号】特開2010−162528(P2010−162528A)
【公開日】平成22年7月29日(2010.7.29)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−65788(P2009−65788)
【出願日】平成21年3月18日(2009.3.18)
【出願人】(000004204)日本精工株式会社 (8,378)
【Fターム(参考)】