説明

操船支援装置およびそれを備えた船舶

【課題】操作系の持ち替えの手間を省き、操船を容易にする。
【解決手段】レバー7およびその頭部に設けられたノブ8は、ジョイスティック型の操作手段を構成している。航走制御装置20は、第1および第2目標値演算部21,22ならびに切換部23を備えている。第1目標値演算部21は通常航走モードに対応した目標値を演算し、第2目標値演算部22は平行移動モードに対応した目標値を演算する。目標値は、バウスラスタ10のプロペラ回転速度、ならびに船外機11,12のエンジン回転速度および操舵角を含む。切換部23は、通常航走モードのときは第1目標値演算部21が演算した目標値を選択し、平行移動モードのときは第2目標値演算部22が演算した目標値を選択する。
【効果】通常航走モードと平行移動モードとで操作系を共有できる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
この発明は、推進機および操舵機構を備えた船舶、およびこのような船舶のための操船支援装置に関する。
【背景技術】
【0002】
船尾に備えられた一対の船外機の出力および操舵角を制御することによって、船舶を回頭させることなく横移動させることができる操船支援装置が提案されている(特許文献1)。この操船支援装置では、停泊操船支援開始ボタンを操作すると、通常航走モードから停泊操船支援モードに制御モードが切り換わる。停泊操船支援モードでは、十字ボタンの操作によって船舶を前後左右に横移動させることができる。これにより、離着岸時の操船が容易になる。横移動以外の通常の操船に際しては、操船者は、ステアリングハンドルを操作して操舵角を制御し、リモコンレバーを操作して船外機出力を制御する。
【0003】
通常航走モードでは、一対の船外機の操舵角は等しく設定される。これに対して、停泊操船支援モードでは、目的の移動方向と一対の船外機が発生する推進力の合力方向とが一致するように、各船外機の推進力および操舵角が定められる。したがって、一般に、停泊操船支援モードでは、一対の船外機の操舵角は異なる値となる。たとえば、船舶を真横に横移動させるときには、一方の船外機の推進力方向は斜め前方となり、他方の船外機の推進力方向は斜め後方となる。
【特許文献1】特開2005−200004号公報
【発明の開示】
【課題を解決するための手段】
【0004】
桟橋の近くでは、操船者は、近傍の他の船舶を避けながら離着岸のための操船を行う。したがって、十字ボタンを用いた横移動操船が便利である。一方、桟橋を離れ、近隣の船舶からの距離が広がれば、横移動操船はもはや必要ではなくなる。停泊操船支援モードでは、一対の船外機が発生する推進力を相殺させて船舶の平行移動を達成している。そのため、低速での移動であっても、高いエンジン回転速度を維持する必要がある。したがって、通常航走モードでの操船が可能な状況では、停泊操船支援モードを使わない方がエネルギー効率がよい。
【0005】
停泊操船支援モードから通常航走モードへの移行の際には、十字ボタンを含む横移動操作系から、ステアリングハンドルおよびリモコンレバーを含む通常操作系への持ち替えが必要になる。逆に、通常航走モードから停泊操船支援モードへの移行の際には、通常操作系から横移動操作系への持ち替えが必要になる。離岸時や着岸時には、とくに、港の桟橋付近での移動の際に、操船者は、制御モードを頻繁に切り換える必要に迫られる。それに応じて、操船者は、操作系の持ち替えを頻繁に行う必要に迫られる。しかし、たびたび操作系を持ち替えるのは煩雑である。
【0006】
また、通常操作系および横移動操作系の両方を準備しておく必要があるから、操作系の構成が複雑であり、それに応じてコストも高くつく。さらに、小型船舶では、小さな操船スペースに二種類の操作系を配置するのは必ずしも容易ではない。
そこで、この発明の目的は、操作系の持ち替えの手間を省くことができ、操船を一層容易にすることができる操船支援装置およびそれを備えた船舶を提供することである。
【0007】
上記の目的を達成するための請求項1記載の発明は、推進機および操舵機構を備えた船舶のための操船支援装置であって、船舶の移動および回頭を制御するために操作者により操作される操作手段と、複数の演算モードを有し、前記操作手段による操作入力に応じて、前記推進機のための目標推進力および前記操舵機構のための目標操舵角を含む目標値を演算する目標値演算手段と、前記目標値演算手段の演算モードを切り換える切換手段とを含む、操船支援装置である。
【0008】
操作者は、船舶の移動および回頭を制御するために、操作手段を操作する。これに応答して、目標値演算手段が、目標推進力および目標操舵角を含む目標値を演算する。目標値演算手段は、演算モードに応じて、操作手段の操作入力に対応する目標値を演算する。この演算された目標値に応じて推進機および操舵機構が制御されることになる。こうして、操作手段の操作入力が、複数の演算モードに従う目標値の演算に共通に用いられる。したがって、演算モードに応じて操作手段を変更する必要がない。これにより、操作系の持ち替えの手間を省くことができるから、操船を容易にすることができる。しかも、演算モード毎に異なる操作系を備える必要がないので、操作系の構成を簡素化することができ、それに応じてコストを低減できる。また、操作系の配置スペースを削減できることから、小型の船舶であっても必要な操作系を容易に装備できる。
【0009】
前記目標値演算手段によって求められた目標値に応じて、前記推進機および操舵機構を制御する制御手段がさらに備えられていることが好ましい。このような制御手段は、操船支援装置に備えられてもよいし、推進機および操舵機構に備えられてもよい。
前記切換手段は、所定の操作入力に応答するものでもよいし、所定の切換条件に基づいて演算モードを自動切り替えするものであってもよい。
【0010】
前記目標値演算手段は、異なる態様で目標値を演算する複数の目標値演算ユニット(モジュール)を含むものであってもよい。この場合、前記切換手段は、前記複数の目標値演算ユニットから一つの目標値演算ユニットを選択する選択手段を含むものであってもよい。前記選択手段は、前記複数の目標値演算ユニットから一つの目標値演算ユニットを選択して、その演算結果を出力する選択出力手段であってもよい。また、前記選択手段は、前記複数の目標値演算ユニットから一つの目標値演算ユニットを選択して活性化する選択活性化手段であってもよい。
【0011】
請求項2記載の発明は、前記操船支援装置は、複数の推進機と、この複数の推進機にそれぞれ対応する複数の操舵機構とを備えた船舶に適用されるものであり、前記複数の演算モードは、前記複数の推進機の操舵角を(実質的に)平行に設定する平行モードと、前記複数の推進機の操舵角を非平行とする非平行モードとを含む、請求項1記載の操船支援装置である。
【0012】
平行モードでは推進機の操舵角が平行に設定されるから、船舶に対して効率的に推進力を与えることができる。一方、非平行モードでは、推進機の操舵角が非平行とされるので、複数の推進機が発生する推進力の一部が相殺されることになる。その反面、複数の推進機が発生する力のつり合いを利用して、さまざまな方向へ船舶を横移動させることが可能となる。平行モードは通常航走モードであり、非平行モードは船舶を平行移動させる平行移動モードである。「平行移動」とは、船舶の中心(たとえば瞬間回転中心)が直線的に移動する移動状態をいう。ただし、平行移動モードでは、船舶を回頭しないように制御する場合だけでなく、船舶の回頭が伴う場合もある。また、水流や風に抗して船舶を定点に保持する航走制御もまた、平行移動モードによって実現される。すなわち、平行モード(通常航走モード)は、桟橋近くの混雑した水域から離脱した状況に適した演算モードである。また、非平行モード(平行移動モード)は桟橋近くの混雑した水域での航走時、とくに離岸時および着岸時に適した演算モードである。非平行モードでは、船舶を回頭させることなく平行移動させることも、船舶を回頭させながら移動させることも可能である。
【0013】
前記複数の推進機は、船尾において推進力を発生する一対の推進機を含むことが好ましい。一対の推進機が発生する推進力の釣り合いを利用して、船舶の平行移動を実現できる。
請求項3記載の発明は、前記切換手段は、前記船舶の状態に応じて、前記目標値演算手段の演算モードを切り換えるものである、請求項1または2記載の操船支援装置である。この構成により、演算モードが船舶の状態に応じて自動で切り換わるので、演算モードの切換えのための操作も必要ではない。したがって、操船が一層容易になる。
【0014】
請求項4記載の発明は、前記船舶の状態は、船舶の運転状態および船舶周囲の環境の少なくとも一つを含む、請求項3記載の操船支援装置である。この構成によれば、船舶の運転状態や船舶周囲の環境に応じて演算モードが切り換わる。これにより、適切な演算モードが自動的に選択されるから、快適な操船が可能となる。船舶の運転状態とは、たとえば、船舶の速度や推進機の出力(たとえば回転速度)である。また、船舶周囲の環境とは、たとえば、船舶の現在位置や船舶周囲の障害物の有無である。
【0015】
請求項5記載の発明は、前記船舶の状態は、前記船舶の速度を含み、前記切換手段は、前記船舶の速度に応じて、前記目標値演算手段の演算モードを切り換える、請求項3または4記載の操船支援装置である。この構成によれば、船舶の速度に応じて、演算モードを自動切換することができる。
より具体的には、前記切換手段は、前記船舶の速度と所定の速度しきい値とを比較し、その比較結果に応じて前記目標値演算手段の演算モードを切り換えるものであってもよい。この構成によれば、船舶の速度と速度しきい値との比較結果に応じて、演算モードが切り換わる。たとえば、低速航走中は非平行モードが選択され、高速走行中は平行モードが選択される。これにより、離岸時および着岸時は非平行モードとなるから、離岸および着岸のための操船が容易になる。一方、桟橋近くの混雑した水域から離れていて高速に航走しているときには平行モードとなるので、推進機が発生する推進力を効率的に利用することができる。
【0016】
なお、前進方向の船舶の速度と、後進方向の船舶の速度に対して、等しい速度しきい値が適用されてもよいし、異なる速度しきい値が適用されてもよい。たとえば、前進方向の船舶速度に対して適用される速度しきい値を後進方向の船舶速度に対して適用される速度しきい値よりも大きく設定してもよい。船舶が航走中に受ける抵抗は、前進時には比較的小さく、後進時には比較的大きい。そこで、後進方向の船舶速度に対して適用される速度しきい値を比較的小さく設定しておけば、前進時および後進時において同等の操作入力でモードの切り換えを生じさせることができる。これにより、違和感を抑制できる。
【0017】
また、非平行モードから平行モードへの切換えの判断に第1の速度しきい値を適用し、平行モードから非平行モードへの切換えの判断には前記第1の速度しきい値とは異なる第2の速度しきい値を適用してもよい。たとえば、第1の速度しきい値を第2の速度しきい値よりも大きな値としてもよい。これにより、演算モードの切換えに対してヒステリシスを与えることができ、頻繁な演算モード遷移を抑制できる。
【0018】
請求項6記載の発明は、前記船舶の状態は、船舶の位置情報および船舶周囲の障害物の有無に関する障害物情報のうちの少なくとも一つを含む、請求項3〜5のいずれか一項に記載の操船支援装置である。
この構成によれば、船舶の位置や船舶周囲の障害物の有無に応じて演算モードが切り換わる。たとえば、船舶の位置が所定水域内(たとえば桟橋の近傍)に位置しているときには非平行モードが選択され、当該所定水域外に位置しているときには平行モードが選択されるとよい。また、船舶周囲の所定距離内の領域に障害物が存在しているときには非平行モードが選択され、当該領域内に障害物が存在していないときには平行モードが選択されるとよい。
【0019】
請求項7記載の発明は、船舶周囲の障害物の有無を検出する障害物センサの検出信号を受け取って、船舶周囲の障害物の有無を判定する障害物判定手段をさらに含み、前記切換手段は、前記障害物判定手段による判定結果に応じて前記目標値演算手段の演算モードを切り換えるものである、請求項3〜5のいずれか一項に記載の操船支援装置である。
この構成によれば、障害物センサによって障害物が検出され、その検出結果に応じて演算モードが切り換わる。より具体的には、船舶周囲の所定距離内の領域で障害物が検出されると、非平行モードが選択されるとよい。これにより、障害物を回避する操船を容易に行うことができる。
【0020】
前記障害物センサとしては、レーザセンサや超音波センサ等の距離測定センサが用いられてもよい。
請求項8記載の発明は、前記操作手段は、傾倒可能なレバーと、前記レバーの傾倒を検出する傾倒検出手段を有する入力検出手段とを含む、請求項1〜7のいずれか一項に記載の操船支援装置である。
【0021】
この構成によれば、レバーを傾倒させることによって、船舶の移動および回頭を制御するための操作を行うことができる。レバーは、操船者が手で操作するものであってもよいし、足で操作するものであってもよい。
レバーのほかにも、ペダルその他の操作部材を操作手段として適用することが可能である。
【0022】
請求項9記載の発明は、前記レバーは、前後方向への傾倒が可能なものであり、前記操作手段は、回動可能な回動操作部をさらに含み、前記入力検出手段は、さらに前記回動操作部の回動操作を検出する回動検出手段を有するものである、請求項8記載の操船支援装置である。
この構成によれば、たとえば、レバーを前後方向に傾倒させることによって推進力の方向および推進力の大きさを制御するための操作を行うことができ、回動操作部を回動することによって回頭操作を行うことができる。
【0023】
回動操作部は、レバーと一体的に設けられ当該レバーの軸方向まわりに回動可能なものとしてもよい。これにより、ジョイスティック型の操作手段を構成できる。回動操作部は、レバーがその軸線まわりに回動する構成とすることもでき、レバーに対して当該レバーの軸線周りに相対的に回動する回動操作子を結合した構成とすることもできる。むろん、回動操作部をレバーとは別に設ける構成としてもよい。
【0024】
請求項10記載の発明は、前記複数の演算モードは、前記レバーの傾倒操作を前記推進機出力の調整に割り当て、前記回動操作部の回動操作を前記操舵機構の操舵角の調整に割り当てて目標値を演算する第1モード(通常航走モード、平行モード)と、前記レバーの傾倒方向を船舶の進行方向の調整に割り当て、前記回動操作部の回動操作を船舶の回頭の調整に割り当てて目標値を演算する第2モード(平行移動モード、非平行モード)とを含む、請求項9記載の操船支援装置である。
【0025】
この構成により、第1モードでは、レバーの傾倒によって推進力を調整でき、回動操作部の回動操作によって操舵角を調整できる。一方、第2モードでは、レバーの傾倒によって船舶の進行方向を定めることができ、回動操作部の回動操作によって船舶の回頭(たとえば角速度)を調整できる。このようにして、第1および第2モードにおいて、レバーの傾倒および回動操作部の回動に対して、異なる役割を与えることができる。
【0026】
請求項11記載の発明は、前記レバーは、前後方向および左右方向に傾倒可能なものであり、前記複数の演算モードは、前記レバーの前後方向傾倒操作を前記推進機出力の調整に割り当て、前記レバーの左右方向傾倒操作を前記操舵機構の操舵角の調整に割り当てて目標値を演算する第1モード(通常航走モード、平行モード)と、前記レバーの傾倒方向を船舶の進行方向に割り当てて目標値を演算する第2モード(横移動モード、非平行モード)とを含む、請求項8または9記載の操船支援装置である。
【0027】
この構成によれば、レバーを前後左右に傾倒させることで、推進機の出力および操舵角を調整できる。具体的には、第1モードでは、レバーを前後方向に傾倒させることで推進力を調整でき、レバーを左右方向に傾倒させることで操舵角を調整できる。また、第2モードでは、レバーの傾倒方向を船舶の目標進行方向として、推進力および操舵角が定められることになる。こうして、第1および第2モードに対して、レバーを共用できる。
【0028】
第2モードにおいては、さらに、回動操作部の回動操作を船舶の回頭の調整に割り当てて目標値を演算してもよい。
請求項12記載の発明は、前記操作手段からの操作入力がされていないことを条件に、前記演算モードを切り換えるものである、請求項1〜11のいずれか一項に記載の操船支援装置である。
【0029】
この構成によれば、操作手段からの操作入力がされていないときに演算モードが切り換わるので、演算モードの切換えに起因する乗船者の違和感を抑制できる。「操作入力がされていない」とは、推進機から推進力が発生されない操作範囲(不感帯)内における操作を含む趣旨である。
請求項13記載の発明は、船体と、この船体に取り付けられた推進機および操舵機構と、前記推進機および操舵機構のための目標値を演算する請求項1〜12のいずれか一項に記載の操船支援装置とを含む、船舶である。
【0030】
この構成によれば、複数の演算モードに対して操作系を共用できる。そのため、演算モード毎に操作系を持ち替える必要がないので、操船が簡単になる。また、複数の演算モードに対応した複数の操作系を準備する必要がないので、操作系の構成を簡素化でき、かつ、その設置スペースを削減できる。
なお、船舶は、クルーザ、釣り船、ウォータージェット、水上滑走艇(watercraft)のような比較的小型のものであってもよい。
【0031】
また、船舶に備えられる推進機は、船外機(アウトボードモータ)、船内外機(スターンドライブ。インボードモータ・アウトボードドライブ)、船内機(インボードモータ)、ウォータージェットドライブのいずれの形態であってもよい。船外機は、原動機(エンジンまたは電動モータ)および推進力発生部材(プロペラ)を含む推進ユニットを船外に有し、さらに、推進ユニット全体を船体に対して水平方向に回動させる操舵機構が付設されたものである。船内外機は、原動機が船内に配置され、推進力発生部材および舵切り機構を含むドライブユニットが船外に配置されたものである。船内機は、原動機およびドライブユニットがいずれも船体に内蔵され、ドライブユニットからプロペラシャフトが船外に延び出た形態を有する。この場合、操舵機構は別途設けられる。ウォータージェットドライブは、船底から吸い込んだ水をポンプで加速し、船尾の噴射ノズルから噴射することで推進力を得るものである。この場合、操舵機構は、噴射ノズルと、この噴射ノズルを水平面に沿って回動させる機構とで構成される。
【発明を実施するための最良の形態】
【0032】
以下では、この発明の実施の形態を、添付図面を参照して詳細に説明する。
図1は、この発明の一実施形態に係る船舶1の構成を説明するための概念図である。この船舶1は、クルーザやボートのような比較的小型の船舶である。この船舶1の船体2には、一つのバウスラスタ10と、一対の船外機11,12が取り付けられている。船外機11,12は、船体2の船尾(トランサム)3に取り付けられている。この一対の船外機11,12は、船体2の船尾3および船首4を通る中心線5に対して、左右対称な位置に取り付けられている。すなわち、一方の船外機11は、船体2の左舷後部に取り付けられており、他方の船外機12は、船体2の右舷後部に取り付けられている。そこで、以下では、これらの船外機を区別するときには、それぞれ、「左舷船外機11」、「右舷船外機12」と呼ぶ。一方、バウスラスタ10は、船体2の船首4の付近に取り付けられている。このバウスラスタ10は、中心線5に交差する左右方向への推進力を発生する推進ユニットである。より具体的には、バウスラスタ10は、電動モータ10aと、これにより正転または逆転駆動されるプロペラ10bとを含む。プロペラ10bが生成する推進力は、船舶1の中心線に交差(直交)する水平方向(左右方向)に沿う。以下、バウスラスタ10および船外機11,12を総称するときには、「推進機10〜12」などという場合がある。
【0033】
バウスラスタ10には、電動モータ10aの回転方向および回転速度を制御する電子制御ユニット(ECU)9が内蔵されている。左舷船外機11および右舷船外機12には、それぞれ、電子制御ユニット13,14(以下、「船外機ECU13」、「船外機ECU14」という。)が内蔵されている。ただし、図1では、便宜上、推進機10〜12の本体部分とECU9,13,14とは分離して表してある。
【0034】
船体2の操船席には、操船のための操作台6が設けられている。操作台6には、ジョイスティック状のレバー7が備えられている。レバー7の頭部には、レバー7の軸線まわりに回動操作することができるノブ8が設けられている。レバー7は、前後左右の自由な方向に傾倒させることができるようになっている。前後方向の傾倒量および左右方向の傾倒量は、それぞれセンサ(ポテンショメータその他の位置センサ)によって検出される。ノブ8の回動操作量は、別のセンサ(ポテンショメータその他の位置センサ)によって検出される。
【0035】
レバー7の傾倒量およびノブ8の回動操作量を表す信号は、航走制御装置20に入力されるようになっている。航走制御装置20は、マイクロコンピュータを含む電子制御ユニット(ECU)である。航走制御装置20は、船体2内に配置されたLAN(ローカル・エリア・ネットワーク。以下「船内LAN」という。)25を介して、ECU9,13,14との間で通信を行う。より具体的には、航走制御装置20は、船外機ECU13,14から、船外機11,12に備えられたエンジンの回転速度を取得する。そして、航走制御装置20は、船外機ECU13,14に対して、目標シフト位置(前進、ニュートラル、後進)、目標エンジン回転速度および目標操舵角を表すデータを与えるようになっている。また、航走制御装置20は、バウスラスタ10に対応したECU9からプロペラ10bの回転速度情報を取得する。そして、航走制御装置20は、バウスラスタ10に対応したECU9に対して、電動モータ10aの目標回転方向および目標回転速度を与える。
【0036】
また、航走制御装置20には、速度センサ16、位置検出装置17および障害物センサ18の出力信号が入力されている。速度センサ16は、船舶1の前進速度および後進速度を検出して速度信号を出力するものである。速度センサ16は対水速度を検出するものでも、対地速度を検出するものでもよい。具体的には、速度センサ16は、ピトー管を用いて構成することができる。位置検出装置17は、船舶1の現在位置信号を生成するものであり、たとえば、GPS(Global Positioning System)衛星からの電波を受信して現在位置情報を生成するGPS受信機で構成することができる。障害物センサ18は、船舶1の周囲の障害物を検出するものであり、たとえば、レーザレーダや超音波センサに代表される距離測定装置で構成することができる。
【0037】
航走制御装置20は、通常航走モードおよび平行移動モード(停泊操船支援モード)を含む複数の制御モードに従う制御動作を行う。
通常航走モードでは、航走制御装置20は、レバー7の左右への傾倒操作またはノブ8のいずれか一方の回動操作に応じて、船外機11,12の目標操舵角を等しい値に設定する。したがって、船外機11,12は、互いに平行な方向に推進力を発生することになる。また、航走制御装置20は、各船外機11,12の目標エンジン回転速度および目標シフト位置を、レバー7の前後への傾倒操作量に応じて設定する。バウスラスタ10は停止状態に制御される。
【0038】
平行移動モードでは、航走制御装置20は、レバー7の傾倒方向に船舶1を平行移動させ、ノブ8の回動操作量に応じた角速度で船舶1が回頭するように船外機11,12の目標シフト位置、目標エンジン回転速度および目標操舵角を設定する。また、航走制御装置20は、バウスラスタ10の電動モータ10aに対して、目標回転方向および目標回転速度を設定する。平行移動モードでは、一般に、左右の船外機11,12が発生する推進力の方向は非平行となる。
【0039】
図2は、船外機11,12の共通の構成を説明するための図解的な断面図である。船外機11,12は、推進ユニット30と、この推進ユニット30を船体2に取り付ける取り付け機構31とを有している。取り付け機構31は、船体2の後尾板に着脱自在に固定されるクランプブラケット32と、このクランプブラケット32に水平回動軸としてのチルト軸33を中心に回動自在に結合されたスイベルブラケット34とを備えている。推進ユニット30は、スイベルブラケット34に、操舵軸35まわりに回動自在に取り付けられている。これにより、推進ユニット30を操舵軸35まわりに回動させることによって、操舵角(船体2の中心線に対して推進力の方向がなす方位角)を変化させることができる。また、スイベルブラケット34をチルト軸33まわりに回動させることによって、推進ユニット30のトリム角を変化させることができる。トリム角は、船体2に対する船外機11,12の取り付け角に対応する。
【0040】
推進ユニット30のハウジングは、トップカウリング36とアッパケース37とロアケース38とで構成されている。トップカウリング36内には、駆動源となるエンジン39がそのクランク軸の軸線が上下方向となるように設置されている。エンジン39のクランク軸下端に連結される動力伝達用のドライブシャフト41は、上下方向にアッパケース37内を通ってロアケース38内にまで延びている。
【0041】
ロアケース38の下部後側には、推進力発生部材となるプロペラ40が回転自在に装着されている。ロアケース38内には、プロペラ40の回転軸であるプロペラシャフト42が水平方向に通されている。このプロペラシャフト42には、ドライブシャフト41の回転が、クラッチ機構としてのシフト機構43を介して伝達されるようになっている。
シフト機構43は、ドライブシャフト41の下端に固定されたベベルギヤからなる駆動ギヤ43aと、プロペラシャフト42上に回動自在に配置されたベベルギヤからなる前進ギヤ43bと、同じくプロペラシャフト42上に回動自在に配置されたベベルギヤからなる後進ギヤ43cと、前進ギヤ43bおよび後進ギヤ43cの間に配置されたドッグクラッチ43dとを有している。
【0042】
前進ギヤ43bは前方側から駆動ギヤ43aに噛合しており、後進ギヤ43cは後方側から駆動ギヤ43aに噛合している。そのため、前進ギヤ43bおよび後進ギヤ43cは互いに反対方向に回転されることになる。
一方、ドッグクラッチ43dは、プロペラシャフト42にスプライン結合されている。すなわち、ドッグクラッチ43dは、プロペラシャフト42に対してその軸方向に摺動自在であるけれども、プロペラシャフト42に対する相対回動はできず、このプロペラシャフト42とともに回転する。
【0043】
ドッグクラッチ43dは、ドライブシャフト41と平行に上下方向に延びるシフトロッド44の軸周りの回動によって、プロペラシャフト42上で摺動される。これにより、ドッグクラッチ43dは、前進ギヤ43bと結合した前進位置と、後進ギヤ43cと結合した後進位置と、前進ギヤ43bおよび後進ギヤ43cのいずれとも結合されないニュートラル位置とのいずれかのシフト位置に制御される。
【0044】
ドッグクラッチ43dが前進位置にあるとき、前進ギヤ43bの回転がドッグクラッチ43dを介してプロペラシャフト42に伝達される。これにより、プロペラ40は、一方向(前進方向)に回転し、船体2を前進させる方向の推進力を発生する。一方、ドッグクラッチ43dが後進位置にあるとき、後進ギヤ43cの回転がドッグクラッチ43dを介してプロペラシャフト42に伝達される。後進ギヤ43cは、前進ギヤ43bとは反対方向に回転するため、プロペラ40は、反対方向(後進方向)に回転し、船体2を後進させる方向の推進力を発生する。ドッグクラッチ43dがニュートラル位置にあるとき、ドライブシャフト41の回転はプロペラシャフト42に伝達されない。すなわち、エンジン39とプロペラ40との間の駆動力伝達経路が遮断されるので、いずれの方向の推進力も生じない。
【0045】
エンジン39に関連して、このエンジン39を始動させるためのスタータモータ45が配置されている。スタータモータ45は、船外機ECU13,14によって制御される。また、エンジン39のスロットルバルブ46を作動させてスロットル開度を変化させ、エンジン39の吸入空気量を変化させるためのスロットルアクチュエータ51が備えられている。このスロットルアクチュエータ51は、電動モータからなっていてもよい。このスロットルアクチュエータ51の動作は、船外機ECU13,14によって制御される。エンジン39には、さらに、クランク軸の回転を検出することによってエンジン39の回転速度を検出するためのエンジン回転検出部48が備えられている。
【0046】
また、シフトロッド44に関連して、ドッグクラッチ43dのシフト位置を変化させるためのシフトアクチュエータ52(クラッチ作動装置)が設けられている。このシフトアクチュエータ52は、たとえば、電動モータからなり、船外機ECU13,14によって動作制御される。
さらに、推進ユニット30に固定された操舵ロッド47には、船外機ECU13,14によって制御される操舵アクチュエータ53が結合されている。操舵アクチュエータ53は、たとえば、DCサーボモータおよび減速器を含む構成とすることができる。この操舵アクチュエータ53を駆動することによって、推進ユニット30を操舵軸35まわりに回動させることができ、舵取り操作を行うことができる。このように、操舵アクチュエータ53、操舵ロッド47および操舵軸35を含む操舵機構50(電動ステアリング装置)が形成されている。この操舵機構50には、操舵角を検出するための操舵角センサ49が備えられている。操舵角センサ49は、たとえば、ポテンショメータからなる。
【0047】
また、クランプブラケット32とスイベルブラケット34との間には、たとえば液圧シリンダを含み、船外機ECU13,14によって制御されるトリムアクチュエータ(チルトトリムアクチュエータ)54が設けられている。このトリムアクチュエータ54は、チルト軸33まわりにスイベルブラケット34を回動させることにより、推進ユニット30をチルト軸33まわりに回動させる。これらは、推進ユニット30のトリム角を変化させるためのトリム機構56を構成している。トリム角は、トリム角センサ55によって検出されるようになっている。トリム角センサ55の出力信号は船外機ECU13,14に入力される。
【0048】
図3Aはレバー7およびノブ8の構成を拡大して示す図解的な側面図であり、図3Bはその平面図である。図3Aの紙面の表面から裏面に向かう方向、図3Bの紙面の下方から上方に向かう方向が、船舶1の前進方向+Xに対応する。この前進方向+Xを基準として、後進方向−X、右方向+Y、左方向−Yが各図に示されている。
レバー7は、操作台6から突設されており、任意の方向へ傾倒自在である。このレバー7の遊端部に略球体状のノブ8が取り付けられている。
【0049】
レバー7の中立位置は、操作台6の表面に対して直立した位置である。操船者が、ノブ8を把持し、レバー7を所望の方向に向けて中立位置から傾倒させると、航走制御装置20が、レバー7の傾倒位置(傾倒方向および傾倒量)に基づいてバウスラスタ10および船外機11,12における推進力およびその方向を制御する。したがって、操船者は、レバー7を操作することにより、船舶1の進行速度および進行方向を制御することができる。
【0050】
前後方向X(+X,−X)におけるレバー7の傾倒量Lxは、操作台6に備えられた第1位置センサ61によって検出され、航走制御装置20に与えられる。同様に、左右方向Y(+Y,−Y)におけるレバー7の傾倒量Lyは、操作台6に備えられた第2位置センサ62によって検出され、航走制御装置20に与えられる。さらに、ノブ8の回動操作位置(回動操作方向および回動操作量)Lzを検出するための第3の位置センサ63が操作台6に備えられており、その出力信号が航走制御装置20に与えられるようになっている。第1〜第3位置センサ61〜63は、それぞれ、ポテンショメータで構成することができる。
【0051】
レバー7を中立位置から前側へ所定量傾倒させたときのレバー7の傾倒位置は、前進シフトイン位置である。すなわち、通常航走モードにおいて、前進シフトイン位置までレバー7を前方に傾倒させると、航走制御装置20は、船外機11,12の目標シフト位置を、ニュートラル位置から前進位置に変更する。また、レバー7を中立位置から後側へ所定量傾倒させたときのレバー7の傾倒位置は、後進シフトイン位置である。すなわち、通常航走モードにおいて、後進シフトイン位置までレバー7を後方に傾倒させると、航走制御装置20は、船外機11,12の目標シフト位置を、ニュートラル位置から後進位置に変更する。レバー7が前進シフトイン位置と後進シフトイン位置との間にある場合には、航走制御装置20は、目標シフト位置をニュートラル位置に設定し、目標エンジン回転速度をアイドル回転速度に設定する。このとき、エンジン39の駆動力はプロペラ40に伝達されないので、船外機11,12からの推進力は発生しない。
【0052】
レバー7を前進シフトイン位置からさらに前方へ傾倒させると、航走制御装置20は、その傾倒量が多いほど目標エンジン回転速度を大きくする。同様に、レバー7を後進シフトイン位置からさらに後方へ傾倒させると、航走制御装置20は、その傾倒量が多いほど目標エンジン回転速度を大きくする。こうして、船外機11,12が発生する前進方向または後進方向の推進力の大きさを調整することができる。
【0053】
一方、通常航走モードにおいて、航走制御装置20は、ノブ8の回動操作位置に応じた目標操舵角を設定する。この目標操舵角に応じて船外機11,12の操舵機構50が制御される。これにより、ノブ8の操作によって、舵取り制御を行うことができる。
図4は、船舶1の主要部の電気的構成を説明するためのブロック図である。航走制御装置20は、CPU(中央処理装置)およびメモリを含むマイクロコンピュータを備えていて、このマイクロコンピュータが所定のソフトウェア処理を実行することにより、実質的に複数の機能処理部として動作する。この機能処理部には、第1および第2目標値演算部21,22と、切換部23とが含まれている。第1目標値演算部21は、通常航走モードのための目標値を演算する。第2目標値演算部22は、平行移動モードのための目標値を演算する。切換部23は、第1および第2目標値演算部21,22のいずれかによって演算される目標値を船舶1の状態に応じて選択する。切換部23によって選択された目標値は、バウスラスタ10のためのECU9、左舷船外機11のための船外機ECU13、および右舷船外機12のための船外機ECU14へと与えられる。
【0054】
バウスラスタ10は、プロペラ10bを駆動する電動モータ10aと、電動モータ10aの回転速度(すなわち、プロペラ10bの回転速度)を検出する回転センサ10cとを有している。航走制御装置20は、ECU9に対して、目標回転方向および目標回転速度を含む目標値を与える。ECU9は、回転センサ10cからフィードバックされる回転信号を用い、目標回転方向および目標回転速度に基づいて電動モータ10aをフィードバック制御する。
【0055】
船外機11,12のECU13,14は、航走制御装置20から与えられる目標値に応じて、対応するスロットルアクチュエータ51、シフトアクチュエータ52および操舵アクチュエータ53を制御する。この場合の目標値は、目標シフト位置、目標エンジン回転速度および目標操舵角を含む。ECU13,14には、エンジン回転検出部48が検出するエンジン回転速度および操舵角センサ49が検出する操舵角が入力されている。ECU13,14は、エンジン回転検出部48によって検出されるエンジン回転速度が目標エンジン回転速度に一致するように、スロットルアクチュエータ51を制御する。また、ECU13,14は、操舵角センサ49によって検出される操舵角が目標操舵角に一致するように、操舵アクチュエータ53を制御(たとえばPD(比例微分)制御)する。
【0056】
第1目標値演算部21は、目標値設定部21Aと、推進力配分部21Bとを備えている。目標値設定部21Aは、レバー7の前後方向の操作に応じて目標シフト位置および目標エンジン回転速度を生成する。また、目標値設定部21Aは、ノブ8の回動操作に応じて目標操舵角を生成する。別の動作例として、目標値設定部21Aは、レバー7の前後方向の操作に応じて目標シフト位置および目標エンジン回転速度を設定する一方で、レバー7の左右方向の操作に応じて目標操舵角を生成するようにしてもよい。推進力配分部21Bは、目標値設定部21Aによって生成された目標値(目標シフト位置、目標エンジン回転速度および目標操舵角)を左右の船外機11,12に対応した船外機ECU13,14に配分する。これらの目標値は、左右の船外機11,12間で互いに等しい値である。バウスラスタ10の電動モータ10aについては推進力配分部21Bは、その目標回転速度を零に設定する。
【0057】
目標値設定部21Aは、レバー7の前後方向の傾倒量に応じて目標シフト位置および目標エンジン回転速度を生成する。より具体的には、レバー7の前方への傾倒量が前進シフトイン位置に相当する値以上であれば、目標値設定部21Aは、目標シフト位置を前進位置とする。さらに、目標値設定部21Aは、レバー7が前進シフトイン位置を超えてさらに前方へ傾倒されると、その傾倒量が大きいほど大きな目標エンジン回転速度を設定する。同様に、レバー7の後方への傾倒量が後進シフトイン位置に相当する値以上であれば、目標値設定部21Aは、目標シフト位置を後進位置とする。さらに、目標値設定部21Aは、レバー7が後進シフトイン位置を超えてさらに後方へ傾倒されると、その傾倒量が大きいほど大きな目標エンジン回転速度を設定する。レバー7の前後方向の傾倒位置が前進シフトイン位置および後進シフトイン位置のいずれにも達していないときは、目標値設定部21Aは、目標シフト位置をニュートラル位置とする。さらに、レバー7の傾倒位置が前進シフトイン位置から後方シフトイン位置までの範囲内であるときは、目標値設定部21Aは、目標エンジン回転速度をアイドル回転速度とする。
【0058】
また、目標値設定部21Aは、ノブ8の回動操作量および回動方向に応じて、目標操舵角を設定する。具体的には、右方向へのノブ8の回動操作に対しては、右旋回のための目標操舵角が設定され、その絶対値(中立位置からの偏角)は中立位置からの回動操作量が大きいほど大きくされる。同様に、左方向へのノブ8の回動操作に対しては、左旋回のための目標操舵角が設定され、その絶対値は中立位置からの回動操作量が大きいほど大きくされる。
【0059】
レバー7の左右への傾倒を目標操舵角の設定に用いる場合には、目標値設定部21Aは、レバー7の右方向への傾倒操作に対しては、右旋回のための目標操舵角を設定する。同様に、レバー7の左方向への傾倒操作に対しては、目標値設定部21Aは、左旋回のための目標操舵角を設定する。いずれの場合も、レバー7の中立位置からの傾倒量が大きいほど、目標操舵角は、その絶対値(中立位置からの偏角)が大きな値とされる。なお、レバー7の左右方向の傾倒に関して、中立位置付近の所定範囲を不感帯として設定しておくことが好ましい。これにより、操船者の意図しない操舵角変化を抑制できる。
【0060】
第2目標値演算部22は、目標値設定部22Aと、推進力配分部22Bとを備えている。目標値設定部22Aは、レバー7およびノブ8の操作に応じて、船舶1の全体に作用させるべき目標推進力および目標進行方向ならびに目標回頭速度(旋回角速度)を目標値として設定する。より具体的には、目標値設定部22Aは、レバー7の傾倒方向に応じた方向に、レバー7の傾倒量に応じた推進力で、船舶1を平行移動させるための目標推進力および目標進行方向を生成する。さらに、目標値設定部22Aは、ノブ8の回動操作方向および回動操作量に応じて、目標回頭速度を生成する。推進力配分部22Bは、目標値設定部22Aによって設定された目標値に応じて、推進機10〜12からそれぞれ発生させるべき推進力およびその方向を表す個別の目標値を演算する。すなわち、推進力配分部22Bは、バウスラスタ10に関しては、目標回転方向および目標回転速度を演算する。また、推進力配分部22Bは、船外機11,12に関しては、目標シフト位置、目標エンジン回転速度および目標操舵角を演算する。この場合、船外機11,12に与えられる目標値は、一般には、等しい値とならない。
【0061】
一つの動作例において、切換部23は、速度センサ16によって検出される船舶1の速度(前進速度および後進速度)に応じて、制御モードを切り換える。また、別の動作例においては、切換部23は、位置検出装置17によって検出される船舶1の位置および障害物センサ18による障害物の検出結果に応じて、制御モードを切り換える。いずれの場合も、切換部23は、第1目標値演算部21による演算結果を選択する通常航走モードと、第2目標値演算部22による演算結果を選択する平行移動モードとの間で制御モードを切り換える。切換部23によって選択された演算結果(目標値)は、バウスラスタ10、左舷船外機11および右舷船外機12のECU9,13,14へと送られる。
【0062】
図5Aは、通常航走モードにおけるレバー7の操作と船外機11,12の動作とを説明するための図である。レバー7の前後方向の傾倒量Lxは、前方側に対して正符号、後方側に対して負符号が与えられるものとする。そして、前進シフトイン位置よりも前方側、および後進シフトイン位置よりも後方側の傾倒量Lxに対して、第1目標値演算部21の目標値設定部21Aは、nd=cx×Lxにより、目標エンジン回転速度ndを設定する。ただし、目標エンジン回転速度ndは前進回転に対して正符号、後進回転に対して負符号が与えられるものとする。また、cxは係数(たとえば定数)である。さらに、目標値設定部21Aは、ノブ8の回動操作量Lzに応じて、δd=cz×Lzにより、目標操舵角δdを設定する。ただし、czは係数(たとえば定数)であり、回動操作量Lzは、たとえば、右方向操作に対して正符号、左方向操作に対して負符号が与えられるものとする。したがって、目標操舵角δdは、右方向操舵に対して正符号、左方向操舵に対して負符号を有することになる。このように、レバー7はスロットルレバーとしての役割を果たし、ノブ8は、ステアリングハンドルの役割を果たす。
【0063】
第1目標値演算部21の推進力配分部21Bは、バウスラスタ10の目標回転速度を零に設定するとともに、左舷船外機11のエンジン回転速度nLおよび右舷船外機12の目標エンジン回転速度nRを、nL=nR=ndとする。また、推進力配分部21Bは、左舷船外機11の目標操舵角δLおよび右舷船外機12の目標操舵角δRを、δL=δR=δdとする。これにより、通常航走モードでは、バウスラスタ10は停止状態とされる一方で、左右の船外機11,12は、平行な方向に等しい推進力を発生することになる。
【0064】
図5Bは、他の動作例を示す図である。すなわち、通常航走モードにおけるレバー7の操作と船外機11,12の動作との関係に関する別の例が示されている。目標エンジン回転速度ndの設定については、図5Aの動作例と同様であり、第1目標値演算部21の目標値設定部21Aは、レバー7の前後方向の傾倒量Lxに応じて、nd=cx×Lxにより、目標エンジン回転速度ndを設定する。一方、目標操舵角δdについては、ノブ8の回動操作ではなく、レバー7の左右方向の傾倒量Lyに応じて設定される。すなわち、目標値設定部21Aは、レバー7の左右方向の傾倒量Lyに応じて、δd=cy×Lyにより、目標操舵角δdを設定する。ただし、cyは係数(たとえば定数)であり、傾倒量Lyは右側傾倒に対して正符号、左側傾倒に対して負符号が与えられるものとする。したがって、目標操舵角δdは、右方向操舵に対して正符号、左方向操舵に対して負符号を有することになる。このように、レバー7の前後方向操作がスロットルレバーの操作に対応付けられ、レバー7の左右方向の操作がステアリングハンドルの操作に対応付けられることになる。
【0065】
第1目標値演算部21の推進力配分部21Bの働きは、図5Aの動作例の場合と同様である。
図6は、平行移動モード(停泊操船支援モード)におけるレバー7の操作とバウスラスタ10および船外機11,12の動作とを説明するための図である。この実施形態では、平行移動モードにおいて、船外機11,12の操舵角は、予め定める一定値に設定される。たとえば、第2目標値演算部22は、左舷船外機11の目標操舵角δLを−π/6(rad)に固定し、右舷船外機12の目標操舵角δRをπ/6(rad)に固定する。バウスラスタ10の操舵角δF(プロペラが発生する推進力の方向)は、機械的に固定されていて、π/2(rad)である。ここで、「操舵角」は、船体2の中心線5(図1参照)に対するプロペラ回転軸線の偏角であり、船首から船尾に向かう方向を0度とし、これに対して左回り方向を正にとり、右回り方向を負にとったものである。プロペラ回転軸線は、バウスラスタ10については、プロペラ10bから右方向に向かう方向に延び、船外機11,12については、当該船外機11,12から船舶後方へ離れる方向に延びるものとする。
【0066】
平行移動モードにおける船舶1の進行方向および回頭速度(角速度)は、専ら、バウスラスタ10および船外機11,12のプロペラ回転方向およびプロペラ回転速度(つまり、推進力の方向および大きさ)によって調整される。
第2目標値演算部22の目標値設定部22Aは、レバー7の前後方向傾倒量Lxに応じて、前後方向目標スラスト(推進力)Fdx=cx×Lxを求める。また、目標値設定部22Aは、レバー7の左右方向傾倒量Lyに応じて、左右方向目標スラスト(推進力)Fdy=cy×Lyを求める。さらに航走制御装置20は、ノブ8の回動操作量Lzに応じて、船舶1を旋回させるための目標トルクMdz=cz×Lzを求める。ただし、係数cx,cy,czの値は、通常航走モード時とは異なる値である。これらの目標値Fdx,Fdy,Mdzに基づいて、バウスラスタ10、および船外機11,12が生成すべき個別の推進力が、推進力配分部22Bによって求められる。
【0067】
推進力配分部22Bの働きについてより詳細に説明する。説明にあたり、次の記号を導入する。
F:バウスラスタが出力するスラスト
L:左舷船外機が出力するスラスト
R:右舷船外機が出力するスラスト
(xF,yF):船体座標系におけるバウスラスタの位置
(xL,yL):船体座標系における左舷船外機の位置
(xR,yR):船体座標系における右舷船外機の位置
δF:バウスラスタの目標操舵角
δL:左舷船外機の目標操舵角
δR:右舷船外機の目標操舵角
「船体座標系」とは、図7に示すように船舶1の瞬間回転中心80を原点とし、中心線5に沿ってx軸をとり、x軸に直交する水平方向(左右方向)にy軸をとった座標系である。
【0068】
制御のための推進力とモーメントをτ=[FdxdydzT(ただし、Tは行列およびベクトルの転置を表す)と表し、各推進機10,11,12が出力すべき推進力をf=[FFLRTと表すと、fは、次の制御分配行列T(δ)を用いて計算される。
f=T(δ)-1τ ……(1)
制御分配行列T(δ)は、次のように表される。
【0069】
T(δ)=[TFLR] ……(2)
F=[cosδF sinδFFsinδF−yFcosδFT ……(3)
L=[cosδL sinδLLsinδL−yLcosδLT ……(4)
R=[cosδR sinδRRsinδR−yRcosδRT ……(5)
前述のとおり、この実施形態では、δF=π/2(rad)、δL=−π/6(rad)、δR=π/6(rad)としている。これらは一例であり、一般には、T(δ)が逆行列T(δ)-1を持つように定めればよく、固定値である必要もない。
【0070】
このようにして推進力配分部22Bによって目標スラストFd=fおよび目標操舵角δd=[δF δL δRTが定められる。推進力配分部22Bは、さらに、目標スラストFdから、バウスラスタ10の目標回転速度nFと、船外機11,12の目標エンジン回転速度nL,nRを求める。目標回転速度nFの符号は、バウスラスタ10の電動モータ10aの目標回転方向を表す。また、目標エンジン回転速度nL,nRの符号は、船外機11,12の目標シフト位置を表す。こうして求められた目標値nF,nL,nR,δF,δL,δRが、対応する推進機10,11,12のECU9,13,14に分配される。
【0071】
プロペラが発生するスラストTは、次式により得られる。
T=ρD4T(J)n|n| ……(6)
ここで、ρは水の密度、Dはプロペラ直径、nはプロペラ回転速度、Jは前進率であり、次式で与えられる。
J=u/(nD) ……(7)
uはプロペラ後流の速度(船舶の速度。バウスラスタ10に関しては実質的に零と見なせる。)である。KTはスラスト係数であり、前進率Jの関数となっていて、実測やシミュレーションによって求められる。したがって、現在のプロペラ後流の速度とプロペラ回転速度が分かれば、現在発生しているスラストとトルクが分かる。
【0072】
第2目標値演算部22の推進力配分部22Bには、マップ22m(図4参照)が備えられている。このマップ22mには、バウスラスタ10および船外機11,12のそれぞれに対応して、船舶1の速度およびプロペラ回転速度の種々の値に対応するスラスト係数KT(J)が保持されている。
推進力配分部22Bは、速度センサ16によって検出される船舶1の速度、ECU9から与えられる現在のプロペラ回転速度、およびECU13,14から与えられる現在のエンジン回転速度を用いてマップ22mを参照することにより、スラスト係数KTを求める。さらに、推進力配分部22Bは、そのスラスト係数KTを用いて、前記(6)式から、目標スラストFdに対応する各推進機10〜12の目標回転速度nF,nL,nRを求める。
【0073】
バウスラスタ10のECU9は、プロペラ回転速度(電動モータの回転速度)が目標回転速度nFに一致するように、電動モータ10aのフィードバック制御(たとえば、PID(比例積分微分)制御)を実行する。また、船外機11,12のECU13,14は、プロペラ回転速度(エンジン回転速度)が目標回転速度nL,nRに一致するように、スロットルアクチュエータ51をフィードバック制御(たとえば、PID制御)する。
【0074】
図8は、船舶1の速度に応じた制御モードの切換え(切換部23の作用)を説明するためのフローチャートである。初期制御モードは、平行移動モードとされている。すなわち、切換部23は、第2目標値演算部22によって演算される目標値を選択して、推進機10〜12に与える。
航走制御装置20は、速度センサ16により検出された船舶1の速度を取り込む(ステップS1)。
【0075】
平行移動モードのとき(ステップS2:YES)、航走制御装置20は、前進速度(前進方向の速度の絶対値)が所定の前進速度しきい値(たとえば4km/h)を超えているかどうかを判断する(ステップS3)。また、航走制御装置20は、後進速度(後進方向の速度の絶対値)が所定の後進速度しきい値(たとえば2km/h)を超えているかどうかを判断する(ステップS4)。前進速度が前進速度しきい値を超えている場合(ステップS3:YES)、航走制御装置20は、制御モードを平行移動モードから通常航走モードに変更する(ステップS5)。すなわち、切換部23は、第2目標値演算部22によって演算される目標値を選択して、推進機10〜12に与える。後進速度が後進速度しきい値を超えている場合(ステップS4:YES)も同様に、航走制御装置20は、制御モードを平行移動モードから通常航走モードに変更する。前進速度が前進速度しきい値以下(ステップS3:NO)であり、かつ、後進速度が後進速度しきい値以下(ステップS4:NO)であるときは、航走制御装置20は、制御モードを平行移動モードに維持する。
【0076】
このような処理により、船舶1の速度が速くなると、自動的に通常航走モードへと移行することになる。したがって、桟橋付近の混雑した水域を脱して速度を上げると、特別な操作を要することなく、平行移動モードから通常航走モードへと自動で切り換わる。これにより、操作が簡単になる。
一方、通常航走モードのとき(ステップS2:NO)、航走制御装置20は、前進速度が所定の前進速度しきい値(たとえば3km/h)以下かどうかを判断する(ステップS6)。また、航走制御装置20は、後進速度が所定の後進速度(たとえば1km/h)以下かどうかを判断する(ステップS7)。これらの前進速度しきい値および後進速度しきい値は平行移動モードのときに適用される値と等しくてもよいけれども、この実施形態では、異なる値(具体的には小さな値)とされている。これにより、制御モードの遷移に対してヒステリシスが与えられており、制御の安定化が図られている。
【0077】
さらに、航走制御装置20は、レバー7の前後方向の傾倒量が所定の不感帯内かどうかを判断する(ステップS8)。不感帯とは、この場合、通常航走モードにおいて船外機11,12からの推進力が発生されない範囲、すなわち、前進シフトイン位置から後進シフトイン位置までの範囲を意味する。また、航走制御装置20は、ノブ8の回動操作量が所定の不感帯内かどうかを判断する(ステップS9)。この場合の不感帯とは、中立付近のいわゆる遊びの範囲であり、ノブ8の回動操作が船外機11,12の操舵角変化に反映されない所定操作角範囲である。
【0078】
前記ステップS6〜S9の判断が全て肯定されると、航走制御装置20は、制御モードを通常航走モードから平行移動モードへと変更する(ステップS10)。前記ステップS6〜S9のいずれか一つの判断が否定されれば、航走制御装置20は、制御モードを通常航走モードに維持する。
このような処理が行われることによって、船舶1の速度が充分に低速であり、かつ、レバー7およびノブ8が実質的に操作されていないときに、通常航走モードから平行移動モードへと制御モードが遷移する。制御モードの遷移は自動的に行われ、操船者による操作を必要としない。これにより、操作が簡単になる。桟橋近くの水域に近づいて減速するのに伴って、通常航走モードから平行移動モードへと遷移するので、適切な制御モードが自動で選択されることになる。さらに、レバー7およびノブ8の操作位置が不感帯内であるときに制御モードが切り換わるので、推進力および操舵角の急変を回避できる。これにより、操船者その他の乗船者の違和感を抑制できる。
【0079】
なお、前進速度しきい値および後進速度しきい値は、等しい値であってもよいけれども、前進速度しきい値を後進速度しきい値よりも大きく設定しておくことが好ましい。船舶1が航走中に受ける抵抗は、前進時には比較的小さく、後進時には比較的大きい。そこで、後進速度しきい値を前進速度しきい値よりも小さく設定しておけば、前進時および後進時において同等の操作入力で制御モードの切り換えを生じさせることができる。これにより、違和感を抑制できる。
【0080】
舵取り操作をノブ8ではなくレバー7の左右傾倒によって行う場合(図5B参照)には、航走制御装置20は、ステップS9において、レバー7の左右方向の傾倒量が所定の不感帯内にあるかどうかを判断する。すなわち、ステップS9における判断は、船外機11,12の操舵角が中立位置にあるかどうかの判断である。
図9は、船舶の速度に加えて、船舶の現在位置および船舶周囲の障害物の有無に応じて制御モードを切り換える処理(切換部23の作用)を説明するためのフローチャートである。図9において、図8に示された各ステップと同等の処理が行われるステップには同一参照符号を付すこととする。
【0081】
初期制御モードは、平行移動モードとされている。
航走制御装置20は、速度センサ16により検出された船舶1の速度、位置検出装置17により検出された船舶1の現在位置、および障害物センサ18からの検出結果(障害物情報)を取得する(ステップS1,S21,S22)。
平行移動モードのとき(ステップS2:YES)、航走制御装置20は、現在位置情報に基づいて、船舶1が指定区域内に位置しているかどうかを判断する(ステップS23)。指定区域は、平行移動モードが適切な区域として予め設定されている領域(たとえば桟橋近辺の水域)である。たとえば、地形情報を含む地図データベースを記録した記録媒体が航走制御装置20に備えられており、その地図データベース上において、予め所定の区域が指摘区域として登録されている。航走制御装置20は、地図データベースを参照することによって、現在位置情報が指定区域内かどうかを判断する。現在位置情報が指定区域内を表すときには(ステップS23:YES)、航走制御装置20は、制御モードを平行移動モードに維持する。さらに、航走制御装置20は、障害物情報を参照し、船舶1の周辺に障害物が存在しているかどうかを判断する(ステップS24)。より具体的には、障害物センサ18によって周辺の障害物までの距離が検出される場合には、最も近い障害物までの距離が所定値以下かどうかが判断される。この判断が肯定されれば、航走制御装置20は、制御モードを平行移動モードに維持する。
【0082】
このような処理により、現在位置が指定区域内であるときや、障害物が近くにあるときには、制御モードが平行移動モードに維持される。
現在位置が指定区域内でなく(ステップS23:NO)、かつ周辺に障害物が存在していないとき(ステップS24:NO)には、船舶1の速度に関する判断が行われる。すなわち、航走制御装置20は、前進速度が前進速度しきい値(たとえば4km/h)を超えているかどうかを判断する(ステップS3)。また、航走制御装置20は、後進速度が後進速度しきい値(たとえば2km/h)を超えているかどうかを判断する(ステップS4)。前進速度が前進速度しきい値を超えている場合(ステップS3:YES)、航走制御装置20は、制御モードを平行移動モードから通常航走モードに変更する(ステップS5)。後進速度が後進速度しきい値を超えている場合(ステップS4:YES)も同様に、航走制御装置20は、制御モードを平行移動モードから通常航走モードに変更する。前進速度が前進速度しきい値以下(ステップS3:NO)であり、かつ、後進速度が後進速度しきい値以下(ステップS4:NO)であるときは、航走制御装置20は、制御モードを平行移動モードに維持する。
【0083】
このような処理により、現在位置が指定区域外であり、かつ、近くに障害物が存在しないことを条件に、船舶1の速度が速くなると、自動的に通常航走モードへと移行することになる。したがって、平行移動モードから通常航走モードへの自動で切換えを適切に行うことができる。
一方、通常航走モードのとき(ステップS2:NO)、航走制御装置20は、船舶1の現在位置情報に基づいて、船舶1が指定区域内に位置しているかどうかを判断する(ステップS25)。航走制御装置20は、さらに、障害物情報に基づいて、船舶1の周辺に障害物が存在しているかどうかを判断する(ステップS26)。現在位置が指定区域内でなく(ステップS25:NO)、かつ近くに障害物が存在しない(ステップS26:NO)には、航走制御装置20は、制御モードを通常航走モードに維持する。
【0084】
このような処理が行われることによって、船舶1の現在位置と、周辺における障害物の有無とに基づいて、通常航走モードを適切に維持できる。
現在位置が指定区域内(ステップS25:YES)であるか、または周辺に障害物が存在している(ステップS26:YES)ときには、船舶1の速度に関する判断が行われる。すなわち、航走制御装置20は、前進速度が前進速度しきい値(たとえば3km/h)以下かどうかを判断する(ステップS6)。また、航走制御装置20は、後進速度が後進速度(たとえば1km/h)以下かどうかを判断する(ステップS7)。さらに、航走制御装置20は、レバー7の前後方向の傾倒量が所定の不感帯内かどうかを判断する(ステップS8)。また、航走制御装置20は、ノブ8の回動操作量(またはレバー7の左右方向の傾倒量)が所定の不感帯内かどうかを判断する(ステップS9)。
【0085】
前記ステップS6〜S9の判断が全て肯定されると、航走制御装置20は、制御モードを通常航走モードから平行移動モードへと変更する(ステップS10)。前記ステップS6〜S9のいずれか一つの判断が否定されれば、航走制御装置20は、制御モードを通常航走モードに維持する。
このような処理が行われることによって、現在位置が指定区域内であるか、または周辺に障害物が存在する状況では、一定条件下で通常航走モードから平行移動モードへと制御モードが自動的に遷移する。これにより、船舶1の状態に応じた制御モードの選択をより適切に行うことができる。
【0086】
以上のように、この実施形態によれば、通常航走モードおよび平行移動モードの両方に対してレバー7およびノブ8を共通に用いることができる。したがって、操船者は、制御モードに応じて操作系を持ち替える必要がない。これにより、出港時および帰港時における操作を簡単にすることができる。しかも、制御モードの切換えは、船舶1の速度、現在位置、周辺の障害物の状況に応じて、自動で行われる。これにより、操船が一層容易になる。また、通常航走モードと平行移動モードとで操作系を共有できるので、操作系全体の構成を簡素化でき、それに応じてコストを削減できるうえ、操作系の設置スペースの削減も可能となる。
【0087】
図10は、この発明の他の実施形態に係る船舶の主要部の電気的構成を示すブロック図である。この図10において、前述の図4に示された各部と同等の部分には同一参照符号を付すこととする。前述の実施形態では、制御モードを切り換える切換部23は、第1および第2目標値演算部21,22の演算結果(目標値)のいずれかを選択して推進機10〜12に供給するようになっている。これに対して、この実施形態では、切換部23は、第1および第2目標値演算部21,22のいずれか一方を活性化し、他方を非活性状態とする。そして、当該活性状態の目標値演算部21,22が生成する目標値が、推進機10〜12に供給される。この構成によっても、前述の第1の実施形態と同様の作用効果を達成できる。
【0088】
以上、この発明の実施形態について説明してきたけれども、この発明はさらに他の形態で実施することもできる。たとえば、前述の実施形態では、推進機の出力に関する目標値として、電動モータまたはエンジンの目標回転速度が演算されているけれども、目標スロットル開度、目標スラスト、目標速度などを用いることもできる。また、前述の実施形態では、船舶の回頭に関する目標値として目標操舵角が演算されているけれども、目標ヨー角速度を用いることもできる。
【0089】
また、図8および図9に示した処理において、船舶1の速度を用いた判断は、船外機11,12のエンジン回転速度を用いた判断に置き換えることができる。具体的には、平行移動モードのときに、エンジン回転速度が所定のしきい値を超えていることを条件に、制御モードを通常航走モードに変更することとしてもよい。また、通常航走モードのときに、エンジン回転速度が前記しきい値以下であることを平行移動モードへの遷移のための条件としてもよい。
【0090】
また、前述の実施形態では、制御モードが自動で切り換わる例を示したけれども、制御モードの切換えを手動で行うためのモード切換操作手段(たとえば、モード切換ボタン)を備えてもよい。この場合でも、通常航走モードと平行移動モードとに共通の操作系を用いることができるから、操作系の持ち替えに伴う煩雑さを回避できる。
また、前述の図9に示した処理では、現在位置情報および障害物情報の両方が用いられているけれども、これらの一方のみが用いられてもよい。
【0091】
さらに、図8および図9の処理では、平行移動モードから通常航走モードへの移行時には、レバー7等の操作位置が不感帯内かどうかの判断がされていない。しかし、通常航走モードにおいてレバー7の左右傾倒を操舵角の制御に割り当てる場合には、レバー7の操作に関する条件を加えることが好ましい。すなわち、平行移動モードで斜めに平行移動しているときに通常航走モードに移行すると、船体2の回頭が始まり、乗船者に違和感を与えるおそれがある。そこで、レバー7の左右方向の傾倒量が微小な角度範囲(不感帯)内であることを、通常航走モードへの移行条件として追加することが好ましい。
【0092】
また、現在の制御モードが通常航走モードか平行移動モードかを表示するインジケータ(たとえばインジケータランプ)を設けてもよい。このようなインジケータは、操作台6に設けることができる。
さらに、前述の実施形態では、推進機として、バウスラスタ10および船外機11,12が備えられている例について説明したけれども、バウスラスタ10は必ずしも必要ではない。すなわち、左右一対の船外機11,12が発生する推進力のつり合いを利用して、平行移動モードにおける操船を実現してもよい。
【0093】
その他、特許請求の範囲に記載された事項の範囲で種々の設計変更を施すことが可能である。
以下に、「課題を解決するための手段」の項に記載した用語と前述の実施形態における用語との対応関係を示す。
推進機:バウスラスタ10、船外機11,12
操舵機構:操舵機構50
船舶:船舶1
操作手段:レバー7、ノブ8
目標値演算手段:第1および第2目標値演算部21,22
切換手段:切換部23
制御手段:ECU9,13,14
目標値演算ユニット:第1および第2目標値演算部21,22
選択出力手段:切換部23(図4)
選択活性化手段:切換部23(図10)
平行モード:通常航走モード
非平行モード:平行移動モード
障害物センサ:障害物センサ18
障害物判定手段:ステップS24,S26(図9)
レバー:レバー7
回動操作部、回動操作子:ノブ8
入力検出手段:第1〜第3位置センサ61〜63
傾倒検出手段:第1および第2位置センサ61,62
回動検出手段:第3位置センサ63
第1モード:通常航走モード
第2モード:平行移動モード
船体:船体2
操船支援装置:レバー7、ノブ8、航走制御装置20
【図面の簡単な説明】
【0094】
【図1】この発明の一実施形態に係る船舶の構成を説明するための概念図である。
【図2】船外機の構成を説明するための図解的な断面図である。
【図3】図3Aはレバーおよびノブの構成を拡大して示す図解的な側面図であり、図3Bはその平面図である。
【図4】船舶の主要部の電気的構成を示すブロック図である。
【図5A】通常航走モードにおけるレバーの操作と船外機の動作との関係に関する一動作例を説明するための図である。
【図5B】通常航走モードにおけるレバーの操作と船外機の動作との関係に関する他の動作例を説明するための図である。
【図6】平行移動モードにおけるレバーの操作とバウスラスタおよび船外機の動作とを説明するための図である。
【図7】船体座標系等を示す図である。
【図8】船舶の速度に応じた制御モードの切換えを説明するためのフローチャートである。
【図9】船舶の速度に加えて、船舶の現在位置および船舶周囲の障害物の有無に応じて制御モードを切り換える処理を説明するためのフローチャートである。
【図10】この発明の他の実施形態に係る船舶の主要部の電気的構成を示すブロック図である。
【符号の説明】
【0095】
1 船舶
2 船体
7 レバー
8 ノブ
9 ECU
10 バウスラスタ
10a 電動モータ
10b プロペラ
10c 回転センサ
11 左舷船外機
12 右舷船外機
13,14 船外機ECU
16 速度センサ
17 位置検出装置
18 障害物センサ
20 航走制御装置
21 第1目標値演算部
21A 目標値設定部
21B 推進力配分部
22 第2目標値演算部
22A 目標値設定部
22B 推進力配分部
23 切換部
30 推進ユニット
39 エンジン
40 プロペラ
43 シフト機構
44 シフトロッド
46 スロットルバルブ
48 エンジン回転検出部
49 操舵角センサ
50 操舵機構
51 スロットルアクチュエータ
52 シフトアクチュエータ
53 操舵アクチュエータ
61 第1位置センサ
62 第2位置センサ
63 第3位置センサ

【特許請求の範囲】
【請求項1】
推進機および操舵機構を備えた船舶のための操船支援装置であって、
船舶の移動および回頭を制御するために操作者により操作される操作手段と、
複数の演算モードを有し、前記操作手段による操作入力に応じて、前記推進機のための目標推進力および前記操舵機構のための目標操舵角を含む目標値を演算する目標値演算手段と、
前記目標値演算手段の演算モードを切り換える切換手段とを含む、操船支援装置。
【請求項2】
前記操船支援装置は、複数の推進機と、この複数の推進機にそれぞれ対応する複数の操舵機構とを備えた船舶に適用されるものであり、
前記複数の演算モードは、前記複数の推進機の操舵角を平行に設定する平行モードと、前記複数の推進機の操舵角を非平行とする非平行モードとを含む、請求項1記載の操船支援装置。
【請求項3】
前記切換手段は、前記船舶の状態に応じて、前記目標値演算手段の演算モードを切り換えるものである、請求項1または2記載の操船支援装置。
【請求項4】
前記船舶の状態は、船舶の運転状態および船舶周囲の環境の少なくとも一つを含む、請求項3記載の操船支援装置。
【請求項5】
前記船舶の状態は、前記船舶の速度を含み、
前記切換手段は、前記船舶の速度に応じて、前記目標値演算手段の演算モードを切り換える、請求項3または4記載の操船支援装置。
【請求項6】
前記船舶の状態は、船舶の位置情報および船舶周囲の障害物の有無に関する障害物情報のうちの少なくとも一つを含む、請求項3〜5のいずれか一項に記載の操船支援装置。
【請求項7】
船舶周囲の障害物の有無を検出する障害物センサの検出信号を受け取って、船舶周囲の障害物の有無を判定する障害物判定手段をさらに含み、
前記切換手段は、前記障害物判定手段による判定結果に応じて前記目標値演算手段の演算モードを切り換えるものである、請求項3〜5のいずれか一項に記載の操船支援装置。
【請求項8】
前記操作手段は、傾倒可能なレバーと、前記レバーの傾倒を検出する傾倒検出手段を有する入力検出手段とを含む、請求項1〜7のいずれか一項に記載の操船支援装置。
【請求項9】
前記レバーは、前後方向への傾倒が可能なものであり、前記操作手段は、回動可能な回動操作部をさらに含み、前記入力検出手段は、さらに前記回動操作部の回動操作を検出する回動検出手段を有するものである、請求項8記載の操船支援装置。
【請求項10】
前記複数の演算モードは、前記レバーの傾倒操作を前記推進機出力の調整に割り当て、前記回動操作部の回動操作を前記操舵機構の操舵角の調整に割り当てて目標値を演算する第1モードと、前記レバーの傾倒方向を船舶の進行方向の調整に割り当て、前記回動操作部の回動操作を船舶の回頭の調整に割り当てて目標値を演算する第2モードとを含む、請求項9記載の操船支援装置。
【請求項11】
前記レバーは、前後方向および左右方向に傾倒可能なものであり、
前記複数の演算モードは、前記レバーの前後方向傾倒操作を前記推進機出力の調整に割り当て、前記レバーの左右方向傾倒操作を前記操舵機構の操舵角の調整に割り当てて目標値を演算する第1モードと、前記レバーの傾倒方向を船舶の進行方向に割り当てて目標値を演算する第2モードとを含む、請求項8または9記載の操船支援装置。
【請求項12】
前記切換手段は、前記操作手段からの操作入力がされていないことを条件に、前記演算モードを切り換えるものである、請求項1〜11のいずれか一項に記載の操船支援装置。
【請求項13】
船体と、
この船体に取り付けられた推進機および操舵機構と、
前記推進機および操舵機構のための目標値を演算する請求項1〜12のいずれか一項に記載の操船支援装置とを含む、船舶。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5A】
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【図5B】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【公開番号】特開2010−126085(P2010−126085A)
【公開日】平成22年6月10日(2010.6.10)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−305123(P2008−305123)
【出願日】平成20年11月28日(2008.11.28)
【出願人】(000010076)ヤマハ発動機株式会社 (3,045)