説明

放射線被ばくによる生体障害の予防または治療用薬剤及びその投与キット

【課題】放射線被ばくにより起こる生体障害を有効に予防または治療するための薬剤を提供すること。
【解決手段】下記式で表されるファルネソールのアミノ酸誘導体を放射線被ばくした被検体に投与することにより、放射線被ばくによる生体障害の予防または治療を有効に行うことができる。


式中、Rは窒素置換基を有するカルボン酸残基を表す。ファルネシル基の2位と6位の幾何異性は2E、6E体、2Z/E、6Z/E体を表す。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、新規な放射線被ばくによる生体障害の予防または治療用薬剤及びその投与キットに関する。
【背景技術】
【0002】
ファルネソールはバラやレモングラス等の植物の精油に含まれる直鎖セスキテルペンアルコールであり、花精油の芳香成分である。ファルネソールは香料や皮膚保護剤として使用され(特許文献1)、医薬としては、高脂血症防止効果や抗真菌作用などの効果が報告されている(非特許文献1)。さらに最近、ペルオキシソーム増殖剤応答性受容体(PPAR)と呼ばれる核内受容体型の転写因子の活性を上昇させる効果が報告された(非特許文献2、非特許文献3)。またファルネソールや、その誘導体はガン細胞にアポトーシスを引き起こす抗がん活性を有することも報告されている(非特許文献4、非特許文献5)。
一方、ファルネソールは液体であるが、水に全く溶解しない揮発性の化合物である。このため、ファルネソールの水溶性製剤または水性化粧品の調製には大量の非イオン性界面活性剤の添加による可溶化法等が検討されたが、大量の界面活性剤はアナフィラキシーショック等の重篤な問題を生じる場合がある。この点を改良すべく、ファルネソールの一連の誘導体が作成された。
一方、原子力発電に携わる作業者・技術者、放射線を利用する測定機器類の取扱者、および癌の放射線治療を行う医師・技術者は常に放射線被ばくによる健康障害に直面している。また、航空機の操縦士や乗務員の宇宙線被ばくが問題になっている。さらに、放射線治療を受けている癌患者は吐き気や下痢などの副作用に悩まされる場合が多い。X線CTなど放射線を利用して健康診断を受ける人の微量の放射線被ばくによる発癌リスクも問題になっている。このように、職業人と一般人とを問わず、放射線被ばくによる生体障害リスクを克服する抗放射線被ばく障害剤の開発研究は社会の重要な課題である。しかしながら、放射線被ばくによる生体障害を予防および治療するための抗放射線被ばく障害剤で実用化されている薬剤は極めて少ない。例えば、米国ではアミフォスチン(Amifostine)が頭頚部の放射線癌治療において口腔乾燥症の予防に認可されている(非特許文献6参照)。また、放射線被ばくによる生体障害を効果的に防御する放射線防護剤として各種アミノチオール類が報告されている(非特許文献7参照)。また乳酸桿菌の放射線防護剤としての有効性も報告されている(非特許文献8参照)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】特許第3811112号
【非特許文献】
【0004】
【非特許文献1】Biochem J., 144, 585-592 (1974).
【非特許文献2】Au-Yeung KK, Liu PL, Chan C, Wu WY, Lee SS, Ko JK, Cancer Invest. 2008 Aug;26(7):708-17.
【非特許文献3】Duncan RE, Archer MC, Lipids. 2008 Jul;43(7):619-27.
【非特許文献4】Mo H. and C.E. Elson, Exp. Biol. Med. 229, 567-585, 2004.
【非特許文献5】Hamada M, Ohata I, Fujita K, Usuki Y, Ogita A, Ishiguro J, Tanaka T.,J Biochem. 2006 Dec;140(6):851-9.
【非特許文献6】J. Cancer Research, 1807-1812(2004).
【非特許文献7】菅原努ほか著、「放射線と医学」、共立出版株式会社、1986年
【非特許文献8】Radiat.Res. 125、293-297(1991)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
本発明の目的は、放射線被ばくにより起こる生体障害を有効に予防または治療するための薬剤を提供することである。
また、本発明の目的は、放射線被ばくによる生体障害を予防または治療するための薬剤を、放射線被ばく後、迅速に投与することができる前記薬剤の投与キットを提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明者らは、ファルネソールのアミノ酸誘導体を投与することにより、放射線被ばくによる生体障害を有効に予防あるいは治療する作用があることを見いだした。
【0007】
本発明は、下記式で表されるファルネソールのアミノ酸誘導体を含む、放射線被ばくによる生体障害の予防または治療用薬剤を提供する。

式中、Rは窒素置換基を有するカルボン酸残基を表す。ファルネシル基の2位と6位の幾何異性は2E、6E体、2Z/E、6Z/E体を表す。
【0008】
本発明は更に、下記式で表されるファルネソールのアミノ酸誘導体を含む、放射線被ばくによる生体障害の予防または治療用薬剤を提供する。

上記式において、R1は同じでも異なっていてもよく、水素原子またはメチル基を表し、R2は同じでも異なっていてもよく、水素原子またはメチル基を表し、Xは酸付加塩を形成する酸を表す。ファルネシル基の2位と6位の幾何異性は2E、6E体、2Z/E、6Z/E体を表す。
本発明はまた、上記薬剤を含む、放射線被ばくによる生体障害の予防または治療用薬剤投与キットを提供する。
【発明の効果】
【0009】
本発明の薬剤により、放射線被ばくによる生体障害を有効に予防または治療をすることができる。例えば、本発明の薬剤を投与することにより、原子力発電に携わる作業者・技術者、放射線を利用する測定機器類の取扱者、および癌の放射線治療を行う医師・技術者は常に放射線被ばくによる健康障害または航空機の操縦士や乗務員の宇宙線被ばくを予防または治療することができる。また、放射線治療を受けている癌患者、X線CTなど放射線を利用して健康診断を受ける人に対しても放射線被ばくによる様々な障害を予防または治療することができる。
また、本発明の薬剤を投与するための投与キットを用いることにより、原子力発電所などにおいて、放射線被ばくが生じた後、迅速に本発明の薬剤を投与して、放射線被ばくの生体障害を予防または治療することができる。
【図面の簡単な説明】
【0010】
【図1】本発明の薬剤を投与した放射線被ばくマウスの生存率を示す図である。
【図2】本発明の薬剤の投与する時期と生体障害の予防または治療効果との相関関係を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0011】
(1)放射線被ばく障害の予防または治療用薬剤
本発明の放射線被ばくによる生体障害(以下、単に「放射線被ばく障害」ともいう)の予防または治療用薬剤は、下記式で表されるファルネソールのアミノ酸誘導体を含むことが必須である。
【0012】

式中、Rは窒素置換基を有するカルボン酸残基を表す。ファルネシル基の2位と6位の幾何異性は2E、6E体、2Z/E、6Z/E体を表す。
【0013】
本明細書において、「カルボン酸残基」とは、カルボン酸のカルボキシル基(COOH)からOH基が除去された残基を意味する。
1の「窒素置換基を有するカルボン酸残基」を与える「窒素置換基を有するカルボン酸」の好ましい例としては、アミノ酸、N-アシルアミノ酸、N-アルキルアミノ酸、N,N-ジアルキルアミノ酸、ピリジンカルボン酸およびそれらの生理学的に許容されるハロゲン化水素酸塩、アルキルスルホン酸塩、酸性糖塩の残基からなる群より選択されるものが挙げられる。
【0014】
「窒素置換基を有するカルボン酸残基」において、アルキル置換アミノ基のアルキル基とは、炭素数1〜6の直鎖もしくは分岐のアルキル基、例えばメチル基、エチル基、n-プロピル基、n-ペンチル基、n-ヘキシル基、イソプロピル基、イソブチル基、1-メチルプロピル基、tert-ブチル基、1-エチルプロピル基、イソアミル基などを例示することが可能であり、特にメチル基、エチル基が好ましい。
アシル置換アミノ基のアシル基とは炭素数1〜6の直鎖もしくは分岐のアルキル基を炭化水素鎖とするアシル基が好ましく、アルキル基部分の具体例については前述の通りである。
【0015】
また、「窒素置換基を有するカルボン酸残基」におけるアミノ基とカルボニル基の間は、好ましくは炭素数1〜6の直鎖、分岐または環状のアルキレン基で結合される。分岐状のアルキレン基とは、例えば、イソプロピル基、イソブチル基、1-メチルプロピル基、tert-ブチル基、1-エチルプロピル基などのアルキル基から誘導されたアルキレン基を意味する。環状アルキレン基とは、シクロペンタン環、シクロヘキサン環、あるいはメチルシクロヘキサン環などを構造中に含むアルキレン基を意味する。アルキレン基として特に好ましいのはメチレン基あるいはエチレン基である。
【0016】
「窒素置換基を有するカルボン酸残基」中の窒素置換基は塩を形成してもよく、例えば、ハロゲン化水素酸塩としては、塩酸塩、臭化水素酸塩などが好ましい。本発明において、ハロゲン化水素酸塩は融点が原体のファルネソールよりも高く、製剤化にあたっての取扱が容易になる利点がある。また、アルキルスルホン酸塩としてはメタンスルフォン酸塩などが例示される。糖酸塩としてはグルコン酸塩、グルコヘプタン酸塩、ラクトビオン酸塩などが例示される。
【0017】
更に、ファルネソールカルボン酸エステルとしては下記一般式(1’)で表される化合物が好ましい。

【0018】
上記式において、R1は同じでも異なっていてもよく、水素原子またはメチル基を表し、R2は同じでも異なっていてもよく、水素原子またはメチル基を表し、Xは酸付加塩を形成する製薬的に許容できる酸を表す。
1はいずれも水素原子であることが好ましい。R2はいずれもメチル基であることが好ましい。
Xは、アミノ基部分に対する酸付加塩を形成する製薬的に許容できる酸を意味する。製薬的に許容できる酸とは、塩酸、臭化水素酸、フッ化水素酸、硫酸、硝酸、リン酸などの無機酸ならびに酢酸、プロピオン酸、グリコール酸、安息香酸、桂皮酸、マンデル酸、メタンスルホン酸、p-トルエンスルホン酸、サリチル酸などの有機酸が挙げられる。
塩化水素酸、臭化水素酸、フッ化水素酸からなる群から選択される酸が特に好ましい。
【0019】
上記本発明の化合物は、下記方法により製造することができる。
下記一般式(2)で表されるファルネソールと窒素置換基を有するカルボン酸、もしくはその反応性酸誘導体、またはこれらのハロゲン化水素酸塩とを、常法によりエステル化反応を行うことにより、本発明のファルネソールカルボン酸エステル(1)を得ることができる。一般式(2)におけるファルネシル基の幾何異性は、前記一般式(1)における説明の通りである。(一般式(1)の説明において立体異性についての記載はありません。補充をお願いします。)
【0020】

【0021】
ファルネソールのエステル化反応は常法に従うが、1級又は2級アミノ基、あるいは側鎖に水酸基又はチオール基を有するアミノ酸を用いてエステル化を行う際は、tert-ブトキシカルボニル基(以下t-BOC基と略記)、ベンジルオキシカルボニル基(以下Z基と略記)などの適切な保護基でこれら1級又は2級アミノ基、水酸基、チオール基を保護して用いることが好ましい。
【0022】
また、N,N-ジアルキルアミノ酸はハロゲン化水素酸塩を用いて、ジシクロヘキシルカルボジイミド(以下DCCと略記)、1-エチル-3-(3-ジメチルアミノプロピル)カルボジイミド塩酸塩(EDC)、N,N-ジサクシニミドオキザレート(以下DSO略記)などの活性エステル化試薬の存在下に反応を行うことが好ましい。この際溶媒としては無水ピリジンが好ましい。
また、反応性酸誘導体を用いる方法では、酸ハロゲナイト、特に酸クロリドを用いる方法が好ましい。この際溶媒としては無水ベンゼン−無水ピリジン混合物が好ましい。
【0023】
ハロゲン化水素酸塩、アルキルスルホン酸塩、酸性糖塩は常法により遊離のアミノ酸エステルとハロゲン化水素酸、アルキルスルホン酸、酸性糖のラクトン体を反応させて製造する。また、N-アシルアミノ酸エステルを製造した後、常法によりハロゲン化水素酸で脱保護基化することによってハロゲン化水素酸塩を製造することができる。
【0024】
ファルネソールカルボン酸エステル(1)のハロゲン化水素酸塩は、高融点の結晶性の粉末であり、製剤技術上、取扱が容易かつ簡便であり、高い水溶性を有する。
【0025】
放射線とは、放射性崩壊によって放出される粒子(光子を含む)のつくるビームであって、α線、β線、γ線などがあり、さらにX線や、核反応、素粒子の相互転換で放出される粒子線、宇宙線なども含む。
放射線被ばく障害は、放射線照射、すなわち外部からの放射線が体を直接貫通することにより発症する障害である。被ばく後すぐに発症する急性障害(急性放射線障害)と、特に大量に放射線照射を受けた場合に、遺伝子(DNA)が損傷を受け、ガンや子孫の先天性以上などの遅延性障害がある。
本明細書において、放射線被ばくによる生体障害の予防または治療用薬剤とは、放射線照射前あるいは放射線照射前から照射中にかけて、あるいは放射線照射後に投与することにより、放射線の被ばくにより引き起こされる生体障害(特に急性放射線障害)を抑制あるいは緩和する薬剤を意味する。
【0026】
(2)投与形態及び投与方法
本発明の放射線被ばく障害の予防または治療用薬剤は様々な剤型で投与することができる。投与経路は例えば、経口、静脈、皮下、筋肉、腹腔内投与等が挙げられる。予防効果という観点からは投与法が簡便である経口投与が好ましい。また、放射線被ばく後に効果を迅速に得るという観点からは静脈、皮下、筋肉、腹腔内あるいはこれと同等の効果を奏する経路による投与が好ましい。
本発明の薬剤の剤型としては、例えば、粉末、液剤、散剤、顆粒剤、錠剤、腸溶剤およびカプセル剤などの経口剤や、静脈、皮下、筋肉、腹腔内用等の注射剤、坐剤などの非経口剤が挙げられる。経口投与剤、注射剤等の形態で用いる場合には、本発明の効果を阻害しない範囲内で、これらの剤形に通常使用される様々な賦形剤や添加剤を使用することができる。
また、本発明の化合物は特に水溶性が高いため、静脈内投与可能な製剤、点眼剤、経口製剤、水性塗布剤、スプレー剤などとして好適に用いることができる。
【0027】
本発明の放射線被ばく障害の予防または治療用薬剤の有効成分であるファルネソールのアミノ酸誘導体は安定化のために、安定化剤と共に使用することが好ましい。安定化剤としては、例えばメチルセルロース、カルボキシメチルセルロース等のセルロース類が挙げられる。
本発明の放射線被ばく障害の予防または治療用薬剤は、医薬的に許容しうる担体もしくは希釈剤などを含有した組成物として使用することができる。このような担体もしくは希釈剤の例としては、例えば、澱粉類、乳糖、ショ糖、ブドウ糖、デキストリン、マンニット、ソルビット、リン酸カルシウム、硫酸カルシウム、トラガカントゴム、ゼラチン、アラビアゴム、メチルセルロース、カルボキシメチルセルロースナトリウム、ポリビニルピロリドン、微結晶セルロース、ステアリン酸マグネシウム、タルク、ポリエチレングリコール、寒天、アルギン酸ナトリウム、カオリンなどの固体希釈剤や、例えば、水、生理食塩水、エタノール、プロピレングリコール、ポリエチレングリコ−ル、グリセリン、ハルトマン液、リンゲル液などの液体希釈剤をあげることができる。
【0028】
本発明の放射線被ばく障害の予防または治療用薬剤が所期の効果を発揮するための薬剤の投与量は、被検体の年齢、体重、被ばくの程度、投与経路、投与方法等により異なり、適宜決定することができるが、例えばファルネソールジメチルグリシンを1日50〜200mg/kg程度の範囲で使用することにより高い効果が認められる。
【0029】
本発明の薬剤は、全身被ばくが予期される原子力発電所作業員や放射線技師など、およびX線や重粒子線などの放射線が腫瘍の局所に照射されるがん患者に対して投与することができる。
本発明の薬剤は、放射線被ばく前、被ばく前から被ばく中、あるいは被ばく直後〜2時間の間に投与してもよい。好ましくは、被ばく直後〜2時間の間、さらに好ましくは被ばく直後〜1時間の間、最も好ましくは被ばく直後に投与する。なお、被ばく直後とは、被ばく後10分以内、さらには5分以内程度に投与することである。
【0030】
本発明の薬剤は放射線被ばく後に投与して予防または治療効果が見られるため、投与キットとして、例えば原子力発電所などに常時備えることにより、放射線被ばくが生じた後、迅速に本発明の薬剤を投与して、放射線被ばくの生体障害を予防または治療することができる。
投与キットは、本発明の薬剤を含み、さらに薬剤の投与形態あるいは投与方法により異なるが、薬剤を被検体に投与するための所定の投与手段を含むことが好ましい。
薬剤を被検体に投与するための手段とは、例えば、注射器、生理食塩水等の液体希釈剤などが挙げられる
また、投与キットには、被検体が放射線被ばくした直後から2時間以内に投与するように指示する指示書を含むことが好ましい。
【0031】
(3)放射線被ばく障害に対する効果
本発明の薬剤の放射線被ばく障害に対する効果を確認する実験として、マウスに対して線量率0.48 Gy/minで7.5GyのX線を全身照射した直後に、本発明の薬剤を0.5%メチルセルロース溶液に溶解したもの(5.48 mg/ml)を腹腔内投与して観察を行った。薬剤を含まない0.5%メチルセルロース溶液を用いたコントロール群では照射30日後の生存率が5%であったのに対し、本発明の薬剤を投与したものは70%以上という高い生存率を示した。
また、さらに照射直後、照射後1時間、2時間、4時間においてそれぞれ薬剤を投与し、放射線被ばく障害を予防または治療できるか否かを試験したところ、照射直後から2時間後の投与まで、コントロール群に対して有意に生存率が向上した。
【実施例】
【0032】
製造例
ファルネソール誘導体の製造方法を以下に示す。
製造方法A
N,N-ジアルキルアミノ酸塩酸塩3.1 mmol、DCC 3.1 mmol、無水ピリジン30 mlを加え30分間撹拌後、ファルネソール 3.1 mmolを加え、室温で16時間撹拌する。溶媒を減圧下留去し、残渣を蒸留水に懸濁させ、酢酸エチルで可溶性画分を抽出する。抽出液を無水硫酸ナトリウムで脱水後減圧下溶媒を留去し、残渣をシリカゲルフラッシュクロマトグラフィー(溶離溶媒;n-ヘキサン:酢酸エチル)で分離精製し、油状のN,N-ジアルキルアミノ酸ファルネソールエステルを得る。
【0033】
製造方法B
製造方法Aまたは製造方法Eで得られたN,N-ジアルキルアミノ酸ファルネソールエステルを少量のアセトンに溶解し、2倍モル量の塩酸-ジオキサンを加え溶媒を減圧下留去し、残渣をアセトンで再結晶してN,N-ジアルキルアミノ酸ファルネソールエステルの塩酸塩を得る。
【0034】
製造方法C
アミノ酸0.1 molを蒸留水-ジオキサン(1:1, v/v)100 mlに溶解し、トリエチルアミン30 mlを加え、ジ-tert-ブチルジカルボネートを徐々に加え30分間室温で撹拌する。減圧下ジオキサンを留去し、炭酸水素ナトリウム水溶液(0.5 M)50 mlを加え酢酸エチル100 mlで洗う。酢酸エチル層を50 mlの炭酸水素ナトリウム液で洗い、水層を合わせて氷冷下でクエン酸水溶液(0.5 M)を加えて酸性(pH 3)とし、塩化ナトリウムを飽和させた後、酢酸エチルで抽出する(100 ml x 3回)。抽出液を無水硫酸ナトリウムで脱水後減圧下溶媒を留去し、油状残渣にイソプロピルエーテルを加えるか、または冷却にて結晶化させてN-t-BOCアミノ酸を得る。
ファルネソール5 mmol、N-t-BOCアミノ酸5 mmol、DCC 5 mmolを無水ピリジン30 mlに加え室温で20時間撹拌する。溶媒を減圧下留去し、残渣に酢酸エチルを加えて可溶性画分を抽出する(100 ml x 2回)。抽出液を減圧下濃縮し、残渣をシリカゲルカラムクロマトグラフィー(溶離溶媒;n-ヘキサン-酢酸エチル)で分離精製し、ファルネソールN-t-BOC-アミノ酸エステルを得る。
ファルネソールN-t-BOC-アミノ酸エステルを少量のアセトンに溶解し、塩酸-ジオキサン(2.5〜4.0 N)を塩酸量がエステルの20倍モル量に相当する量加え1時間撹拌後、減圧下溶媒を留去する。残渣をアセトン-メタノール系または酢酸エチル-メタノール系で再結晶して、ファルネソールアミノ酸エステルの塩酸塩を得る。
【0035】
製造方法D
製造方法Cで得られたファルネソールアミノ酸エステルの塩酸塩3 mmolを水150 mlに加え、炭酸水素ナトリウムを加えて溶液のpHを7〜8にした後に酢酸エチルで抽出する(100 ml x 3回)。抽出液を無水硫酸ナトリウムで脱水後減圧下溶媒を留去し、油状のファルネソールアミノ酸エステルを得る。
【0036】
製造方法E
ファルネソール3.1 mmolを無水ピリジン−無水ベンゼン(1:1、v/v)30mlに溶解し、N,N-ジアルキルアミノアルカノイルクロリド塩酸塩3.1 mmolを加え1時間撹拌後、蒸留水に懸濁させ、炭酸水素ナトリウムを加えて溶液のpHを7〜8にした後に酢酸エチルで抽出する(100 ml x 3回)。抽出液を無水硫酸ナトリウムで脱水後減圧下溶媒を留去し、残渣をシリカゲルフラッシュクロマトグラフィー(溶離溶媒;n-ヘキサン:酢酸エチル)で分離精製し、油状のファルネソールN,N-ジアルキルアミノ酸エステルを得る。
【0037】
上記製造方法A〜Eにより製造した化合物の例を下記表1〜3に示す。
【0038】
【表1】

【0039】
【表2】

【0040】
【表3】

【0041】
放射線被ばく障害に対する効果試験
薬物として下記構造のファルネソールジメチルグリシン塩酸塩(以下、「FODMG・HCl」とも表記する)を0.5%メチルセルロース溶液に溶解したもの(5.48 mg/ml)を用意した。

【0042】
(1)照射直後投与群における30日生存率の測定
マウスはC3H、雄、10週齢を使用した。マウスを以下のように2群に分けた。
第1群 照射直後にFODMG・HClを投与 20匹
第2群 コントロール群:照射直後に0.5%メチルセルロース溶液を投与 20匹
(2)照射後投与までの時間を変化させた場合の平均生存日数(防御効果)の測定
マウスはC3H、雄、10週齢を使用した。マウスを以下のように5群に分けた。
第1群 照射直後にFODMG・HClを投与 10匹
第2群 照射後1時間後にFODMG・HClを投与 11匹
第3群 照射後2時間後にFODMG・HClを投与 11匹
第4群 照射後4時間後にFODMG・HClを投与 10匹
第5群 コントロール群:照射直後に0.5%メチルセルロース溶液を投与 10匹
【0043】
上記投与において、薬剤の投与量はいずれも64 mg/kg(0.3 ml)で、腹腔内に投与した。
X線照射は、島津製のPantak HF-320を使用した。線量率0.48 Gy/minで7.5 Gyを全身照射した。
X線照射後、上述のとおり、種々の時間でFODMG・HClを投与した。なお、(1)及び(2)の第1群の「照射直後」とは、照射後5分以内であった。薬剤を投与した後、マウスをケージに戻してそれぞれ30日間飼育し観察を行った。
【0044】
データ解析を以下のように行った。
・生存曲線、30日生存率および平均生存日数を求めた。
・Mantel-Cox検定およびBreslow-Gehan-Wilcoxon検定を用いて、コントロール群に対する各群の生存曲線の有意差を検定した(Stat Viewソフトウェア使用)。
【0045】
(1)の実験における第1群と、第2群(コントロール群)の生存日数と生存率の関係をグラフにあらわした(図1)。
(2)の実験における第5群(コントロール群)の平均生存日数(13.2日)を基準(0%)にして、平均生存日数30日を100%として、各群のマウスの平均生存日数を示し、各群のマウスにおける相対的な防護効果をグラフにあらわした(図2)。
図1から、本発明の薬剤を放射線被ばく直後に投与すると、30日間の生存率が70%以上であった(75%)のに対し、コントロール群では5%であり、本発明の薬剤は放射線被ばくによる生体障害の予防または治療において顕著な効果を奏することがわかる。
また図2からわかるように、照射直後、1時間後、2時間後投与の生存曲線がP<0.05でコントロール群に対して有意に高かった。4時間後投与については、生存率はコントロール群に比べて上がっているものの有意差はなかった。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
下記式で表されるファルネソールのアミノ酸誘導体を含む、放射線被ばくによる生体障害の予防または治療用薬剤。

式中、Rは窒素置換基を有するカルボン酸残基を表す。ファルネシル基の2位と6位の幾何異性は2E、6E体、2Z/E、6Z/E体を表す。
【請求項2】
ファルネソールのアミノ酸誘導体が、更に下記一般式(1’)で表される、請求項1に記載の薬剤。

式中、R1は同じでも異なっていてもよく、水素原子またはメチル基を表し、R2は同じでも異なっていてもよく、水素原子またはメチル基を表し、Xは酸付加塩を形成する酸を表す。ファルネシル基の2位と6位の幾何異性は2E、6E体、2Z/E、6Z/E体を表す。
【請求項3】
1がいずれも水素原子である、請求項2記載の薬剤。
【請求項4】
2がいずれもメチル基である、請求項2または3に記載の薬剤。
【請求項5】
Xが、塩酸、臭化水素酸、フッ化水素酸からなる群から選択される、請求項2〜4のいずれか一項に記載の薬剤。
【請求項6】
請求項1〜5のいずれか一項に記載の薬剤を含む、放射線被ばくによる生体障害の予防または治療用薬剤投与キット。
【請求項7】
さらに、該薬剤を被検体に投与するための手段を含む、請求項6に記載の投与キット。
【請求項8】
請求項1〜4のいずれか一項に記載の薬剤を、被検体が放射線被ばくした直後から2時間以内に投与するように指示する指示書を含む、請求項6または7に記載の投与キット。

【図1】
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【図2】
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【公開番号】特開2010−229051(P2010−229051A)
【公開日】平成22年10月14日(2010.10.14)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−76324(P2009−76324)
【出願日】平成21年3月26日(2009.3.26)
【出願人】(301032942)独立行政法人放射線医学総合研究所 (149)
【出願人】(598015084)学校法人福岡大学 (114)
【Fターム(参考)】