説明

新規アルドキシム脱水酵素およびその利用方法

【課題】微生物のニトリル合成経路で作用するアルドキシム脱水酵素またはその遺伝子を単離し、これを利用してニトリルの生物学的合成を可能にする。
【解決手段】シュードモナス属に属する微生物由来の新規アルドキシム脱水酵素遺伝子の単離と、該遺伝子を用いたアルドキシム脱水酵素タンパク質の遺伝子工学的生産。さらに、前記アルドキシム脱水酵素タンパク質またはその遺伝子を導入した形質転換体を利用した、ニトリル化合物の生物学的合成。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、シュードモナス属に属する微生物由来の新規アルドキシム脱水酵素タンパク質およびその遺伝子、ならびにこれらの利用方法に関する。
【背景技術】
【0002】
微生物のニトリル代謝経路にはニトリルから直接カルボン酸を生成するニトリラーゼ系と、ニトリルからアミドを経てカルボン酸を生成するニトリルヒドラターゼ系が存在する。このニトリル代謝経路ではたらく各酵素は、学術研究上重要であると同時に、工業的にも高い利用価値を有する。
【0003】
ニトリルヒドラターゼは、温和な条件下でニトリルをアミド化合物に変換できるため、従来からアミド化合物の工業的生産に利用されてきた。例えば、ロドコッカス・ロドクロスJ−1株(Rhodococcus rhodochrous J-1)由来のニトリルヒドラターゼを利用した、アクリルアミドやニコチンアミドの工業的生産(例えば、非特許文献1および2参照);シュードモナス・クロロラフィスB23株(Pseudomonas chlororaphis B23)由来のニトリルヒドラターゼを利用した、5−シアノ吉草酸アミド(ヘルビシド(herbicide)の中間体)の工業的生産(例えば、前記非特許文献2および非特許文献3参照)等が公知である。
【0004】
ニトリル代謝経路ではたらく一連の酵素:例えば、ニトリルをアミドに変換するニトリルヒドラターゼとアミドをカルボン酸に変換するアミダーゼやこれらのアクセサリータンパク等は、ゲノム上クラスターを形成する(例えば、非特許文献4参照)。このようにニトリルの分解経路については、タンパクや遺伝子レベルでその詳細が明らかになってきたが、ニトリルの合成経路については、未だ不明な点が多い。
【0005】
アルドキシムは、ニトリル生合成の中間体候補物質の1つとして知られている(例えば、非特許文献5参照)。例えば、ある種の高等植物においては、トリプトファン由来のインドールアセトアルドキシムが脱水されてインドールアセトニトリルになることが報告されている(例えば、前記非特許文献5および非特許文献6−8参照)。また、アルドキシムを青酸グリコシドやグルコシノレートに変換する微生物も知られている(例えば、フェニルプロピオンアルドキシムをフェニルエチルグルコシノレートに変換するNasturtium officinale等:非特許文献9参照)。さらに、これらのアルドキシム以外にも、いくつかの天然のアルドキシム化合物が微生物中から見出されている(例えば、真菌Penicillium olsoniiにおける2-(4-hydroxyphenyl)-2-oxoacetaldehyde oxime等:非特許文献10参照)。
【0006】
しかしながら、アルドキシムに作用する酵素については、アルドキシムからニトリル合成を行う2つの酵素しか精製されてはいない。これらの遺伝子は異なるスーパーファミリーに属し、1つは、CYP71E1:ソルガムのdhurrin生合成に関与するチトクロームP450であり(例えば、非特許文献11参照)、p-フェニルアセトアルドキシムからp-ヒドロキシフェニツアセトニトリルへの変換を触媒する。もう1つは、Bacillus sp. OxB-1株のニトリル代謝で機能するフェニルアセトアルドキシム脱水酵素(例えば、非特許文献12参照)であり、フェニルアセトアルドキシムからフェニルアセトニトリルへの脱水を触媒する。バシラス属由来のフェニルアセトアルドキシム脱水酵素はヘムとの結合が弱く、酵素活性にはFMNを必要とすることがわかっているが、共因子の機能等、詳細な性質はまだわかっていない。このように、ニトリル合成経路で作用する酵素の生化学的、遺伝子情報はまだ限られたものである。
【0007】
アルドキシムからニトリルへの化学的変換には厳しい条件を必要とすることが知られている(例えば、非特許文献13参照)。したがって、生物学的に温和な条件でニトリルを合成することができれば、ニトリル化合物の工業的生産、ひいてはアミド化合物の工業的生産にとって、重要な意味を持つ。
【0008】
【非特許文献1】Kobayashi, M., and Shimizu, S. (1998) Nature Biotechnol. 1 6 , p733-736
【非特許文献2】Yamada, H., and Kobayashi, M. (1996) Biosci. Biotechnol. Biochem. 6 0 , p1391-1400
【非特許文献3】Yamada, H., Shimizu, S., and Kobayashi, M. (2001) Chemical Records 1 , p152-161
【非特許文献4】Nishiyama, M., Horinouchi, S . , Kobayashi, M., Nagasawa, T., Yamada, H., and Beppu, T. (1991) J. Bacteriol. 173 , p2465-2472
【非特許文献5】Sibbesen, O., Koch, B., Rouze, P., Moller, B. L., and Halkier, B. A. (1995) in Amino Acids and Their Derivatives in Higher Plants (Wallsgrove, R. M., ed.), pp. 227-241, Cambridge University Press, Cambridge
【非特許文献6】Mahadevan, S. (1973) Ann. Rev. Plant Physiol. 24 , p69-88
【非特許文献7】Hansen, C. H., Du, L., Naur, P., Olsen, C. E., Axelsen, K. B., Hick, A. J., Pickett, J. A., and Halkier, B. A. (2001) J. Biol. Chem. 276 , p24790-24796
【非特許文献8】Bak, S . , Tax, F. E., Feldmann, K. A., Galbraith, D. W., and Feyereisen, R. (2001) Plant Cell 13 , p101-111
【非特許文献9】Underhill, E. W. (1967) Eur. J. Biochem. 2 , p61-63
【非特許文献10】Amade, P., Mallea, M., and Bouaicha, N. (1994) J. Antibiotics 47 , p201-207
【非特許文献11】Bak, S., Kahn, R. A., Nielsen, H. L., Moller, B. L., and Halkier, B. A. (1998) Plant Mol. Biol. 36 , p393-405
【非特許文献12】Kato, Y., Nakamura, K., Sakiyama, H., Mayhew, S. G., and Asano, Y. (2000) Biochemistry 39 , p800-809
【非特許文献13】Xie, S. X., Kato, Y., and Asano, Y. (2001) Biosci. Biotechnol. Biochem. 65 , p2666-2672
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
本発明は、微生物のニトリル合成経路で作用するアルドキシム脱水酵素を単離し、これを利用することにより、アミド化合物の出発物質であるニトリル化合物の生物学的合成を可能にすることを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明者らは上記課題を解決するために鋭意研究し、Pseudomonas chlororaphis B23株のニトリルヒドラターゼ遺伝子近傍の配列からアルドキシム脱水酵素をコードする新規遺伝子の単離に成功した。さらに、該遺伝子を用いて、アルドキシム脱水酵素の遺伝子工学的生産に成功した。このアルドキシム脱水酵素を利用すれば、アミド化合物の出発物質であるニトリル化合物をアルドキシムから温和な条件で製造することが可能になる。
【0011】
すなわち、本発明は、以下の(1)〜(6)を提供するものである。
(1)以下の(a)または(b)のタンパク質をコードする遺伝子。
(a)配列番号2で表されるアミノ酸配列からなるタンパク質
(b)配列番号2で表されるアミノ酸配列において1または数個のアミノ酸が欠失、置換もしくは付加されたアミノ酸配列からなり、かつアルドキシム脱水酵素のサブユニットとして機能しうるタンパク質
(2)以下の(c)または(d)のDNAからなる遺伝子。
(c)配列番号1で表される塩基配列からなるDNA
(d)配列番号1で表される塩基配列からなるDNAと相補的な塩基配列からなるDNAとストリンジェントな条件下でハイブリダイズし、かつアルドキシム脱水酵素のサブユニットとして機能しうるタンパク質をコードするシュードモナス属に属する微生物由来のDNA
(3)上記(1)または(2)記載の遺伝子を含有する、組換えベクター。
(4)上記(3)記載のベクターを宿主に導入して得られる、形質転換体。
(5)上記(4)記載の形質転換体を培養し、得られる培養物からアルドキシム脱水酵素活性を有するタンパク質を採取することを特徴とする、アルドキシム脱水酵素の製造方法。
(6)上記(4)記載の形質転換体をアルドキシム化合物に作用させてニトリル化合物を得ることを特徴とする、ニトリル化合物の製造方法。
【発明の効果】
【0012】
本発明は、シュードモナス属に属する微生物由来の新規アルドキシム脱水酵素およびその遺伝子を提供する。該酵素やその遺伝子を利用すれば、アミド合成の出発物質であるニトリル化合物を温和な条件で製造することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0013】
以下、本発明について詳細に説明する。
1.アルドキシム脱水酵素
本発明にかかるタンパク質は、Pseudomonas chlororaphis B23株から単離されたアルドキシム脱水酵素(Aldoxim dehydratase)活性を有する新規タンパク質である。該タンパク質は、アルドキシム化合物を脱水して、対応するニトリル化合物に変換する「アルドキシム脱水酵素活性」を有する。
【0014】
本発明のアルドキシム脱水酵素タンパクは、以下のような性質を有する。
構造について:
(1)分子量は約76.2kDa、352アミノ酸残基からなる2つの同一サブユニットから構成されるホモダイマーである。
(2)酵素中にヘムを含むヘムタンパクである。
(3)還元条件下でのラマンスペクトルから予測される構造は、還元状態のデオキシミオグロビンや還元状態のホースラディッシュパーオキシダーゼに類似している。
(4)酵素中には、鉄以外の金属として、カルシウムが含まれる。
酵素活性について:
(1)酵素はヘムがフェロフェム(2価鉄)状態にあるとき触媒作用を示す。すなわち、酵素は還元状態で活性である。
(2)酵素活性にはFMNを必要としない(この点で、公知のBacillus属由来のフェニルアセトアルドキシム脱水酵素と異なる)。
(3)酵素活性は、ヒドロキシルアミン、硝酸銀により強い阻害を受ける。
基質特異性について:
基質としては、脂肪族アルドキシム、特にC1〜C6の脂肪族アルドキシムが好ましく、ブチルアルドキシムが最も好適である。芳香族アルドキシムに対してはほとんど酵素活性を示さない。
【0015】
本発明のアルドキシム脱水酵素タンパク質を構成するサブユニットは配列番号2に示すアミノ酸配列を有する。しかしながらこの配列に限定されず、配列番号2に示すアミノ酸配列において、1または数個のアミノ酸が欠失、置換もしくは付加された他のアミノ酸配列からなるタンパク質も、それがアルドキシム脱水酵素のホモダイマーを構成するサブユニットの1つとして機能する限り、本発明のアルドキシム脱水酵素タンパク質のサブユニットに含まれる。なお、前記欠失、置換、付加等の変異の数は、全アミノ酸数に対して好ましくは1〜10個、さらに好ましくは1〜5個である。
【0016】
本発明のアルドキシム脱水酵素タンパク質は、2つの同一サブユニットから構成されるホモダイマーである。しかしながら、ホモダイマーは厳密に完全同一のアミノ酸配列を有するサブユニットからなる二量体に限定されず、1または数個程度の微細なアミノ酸の違いを有する実質的に等価なサブユニット間のダイマーであってもよい。
【0017】
2.アルドキシム脱水酵素遺伝子
本発明のアルドキシム脱水酵素遺伝子は、前記アルドキシム脱水酵素タンパク質をコードする遺伝子である。より詳細には、アルドキシム脱水酵素タンパク質ホモダイマーの各サブユニットをコードする遺伝子である。
【0018】
該遺伝子は、Pseudomonas chlororaphis B23株のゲノム中において、アミダーゼ遺伝子の上流域に存在し、該微生物のニトリル代謝経路で働く一連の遺伝子(ニトリルヒドラターゼ遺伝子、アミダーゼ遺伝子、約47kDaのニトリルヒドラターゼアクセリータンパク(P47K)等)と、クラスターを形成する。
【0019】
本発明の遺伝子は、配列番号1に示される1662ヌクレオチドからなる塩基配列を有し、352アミノ酸残基のタンパクをコードする。
【0020】
しかしながら、本発明にかかるアルドキシム脱水酵素タンパク質をコードする遺伝子は、上記配列に限定されず、この遺伝子(配列番号1)とストリンジェントな条件下でハイブリダイズすることができる他の遺伝子も、該遺伝子がアルドキシム脱水酵素のサブユニットとして機能しうるタンパク質をコードする限り、本発明の遺伝子に含まれる。なお、ストリンジェントな条件とは、例えば、ナトリウム濃度が300-2000mMで温度が40-75℃、好ましくはナトリウム濃度が600-900mMで温度が65℃の条件をいう。
【0021】
3.組換えベクター
本発明の組換えベクターは、プラスミド等の公知のベクターに本発明の遺伝子を連結(挿入)して得ることができる。前記ベクターは宿主中で複製可能なものであれば特に限定されず、例えばプラスミドDNA、ファージDNA等が挙げられる。
【0022】
前記プラスミドDNAとしては、大腸菌由来のプラスミド(例えば pBR322, pBR325, pUC18, pUC119, pTrcHis, pBlueBacHis 等)、枯草菌由来のプラスミド(例えば pUB110, pTP5 等)、酵母由来のプラスミド(例えば YEp13, YEp24, YCp50, pYE52 等)などが、ファージ DNAとしてはλファージ等が挙げられる。
【0023】
前記ベクターへの本発明の遺伝子の挿入は、まず、精製されたDNAを適当な制限酵素で切断し、ベクターDNAの適当な制限酵素部位またはマルチクローニングサイトに挿入してベクターに連結する方法が採用される。
【0024】
宿主内で外来遺伝子を発現させるためには、構造遺伝子の前に、適当なプロモーターを配置させる必要がある。前記プロモーターは特に限定されず、宿主内で機能することが知られている任意のものを用いることができる。なおプロモーターについては、後述する形質転換体において、宿主ごとに詳述する。また、必要であればエンハンサー等のシスエレメント、スプライシングシグナル、ポリA付加シグナル、リボソーム結合配列(SD配列)、ターミネーター配列等を配置させてもよい。
【0025】
前記ベクターは、ニトリル代謝系で機能する他の酵素の遺伝子を含んでいてもよい。そのような遺伝子としては、例えば、各種生物由来のニトリルヒドラターゼ遺伝子若しくはアミダーゼ遺伝子(例えば、Pseudomonas Chlororaphis B23のニトリルヒドラターゼ遺伝子、アミダーゼ遺伝子(D90216)、Rhodococcus rhodochrous J1のH型ニトリルヒドラターゼ遺伝子(X64359)、Rhodococcus rhodochrous J1のL型ニトリルヒドラターゼ遺伝子(X64360)、Rhodococcus sp. N774のニトリルヒドラターゼ遺伝子、アミダーゼ遺伝子(X54074)等)、またはニトリラーゼ遺伝子(例えば、Rhodococcus rhodochrous J1のニトリラーゼ遺伝子(D67026)、Rhodococcus rhodochrous K22のニトリラーゼ遺伝子(D12583)、Arabidopsis thaliana(シロイヌナズナ)のニトリラーゼ遺伝子(BT000040)、Alcaligenes faecalisのニトリラーゼ遺伝子(D13419)等)等を挙げることができる。なお、カッコ内の番号は各遺伝子のGenBank Accession Numberを示す。
【0026】
4.形質転換体
本発明の形質転換体は、本発明の組換えベクターを目的遺伝子が発現しうるように宿主中に導入することによって得ることができる。ここで宿主としては、本発明のDNAを発現できるのもであれば特に限定されず、例えば、エッシェリヒア・コリ(Escherichia coli)等のエッシェリヒア属、バチルス・ズブチリス(Bacillus subtilis)等のバチルス属、シュードモナス・プチダ(Pseudomonas putida)等のシュードモナス属、リゾビウム・メリロテイ(Rhizobium meliloti)等のリゾビウム属に属する細菌、またサッカロミセス・セルビシエ(Saccharomyces cervisiae)、チゾサッカロミセス・ポンベ(Schizosaccharomyces. pombe)等の酵母、その他COS細胞、CHO細胞等の動物細胞、あるいはSf19、Sf21等の昆虫細胞を挙げることができる。
【0027】
大腸菌等の細菌を宿主とする場合は、本発明の組換えベクターが各細菌中で自律複製可能であるとともにプロモーター、リボゾーム結合配列、本発明遺伝子、転写終結配列により構成されていることが望ましい。また、プロモーターを制御する遺伝子が含まれていても良い。大腸菌としてはエッシェリヒア・コリ(E. coli)K12、DH1、DH10B(Invitrogen社)、BL21-CodonPlus(DE3)-RIL(ストラタジーン社)、TOP10F等が挙げられ、枯草菌としてはバチルス・ズブチリス(B. subtilis)MI114、207-21 等が挙げられる。
【0028】
大腸菌等の宿主で発現できるものであれば特に限定されず、例えばtrpプロモーター、lacプロモーター、PLプロモーター、PRプロモーター等の大腸菌由来のプロモーターや、T7プロモーター等のファージ由来のプロモーターを用いることができる。
【0029】
細菌への組換えベクターの導入方法は、細菌にDNAを導入できる方法であれば特に限定されないが、例えばカルシウムイオンを用いる方法(Cohen, SN et al. Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 69 : 2110 (1972))、エレクトロポレーション法等が挙げられる。
【0030】
酵母を宿主とする場合は、例えばサッカロミセス・セルビシエ(S. cervisiae)、チゾサッカロミセス・ポンベ(Shizosaccharomyces. pombe)、ピヒア・パストリス(Pichia pastoris)等が用いられる。この場合、プロモーターとしては酵母で発現しうるもの、例えばgal1プロモーター、gal10プロモーター、ヒートショックタンパク質プロモーター、MFα1プロモーター、PHO5プロモーター、AOXプロモーター等を挙げることができる。
【0031】
酵母への組換えベクターの導入方法としては、例えばエレクトロポレーション法(Becker, D.M. et al. : Methods. Enzymol., 194 : 180 (1990))、スフェロプラスト法(Hinnen, A. et al. : Proc Natl. Acad. Sci. USA, 75 : 1929 (1978))、酢酸リチウム法(Itoh, H. : J. Bacteriol., 153 : 163 (1983))等を挙げることができる。
【0032】
本発明の形質転換体は、本発明のアルドキシム脱水酵素遺伝子とともに、ニトリル代謝系で機能する他の酵素の遺伝子を同時に導入されてもよい。そのような遺伝子としては、前述したような、各種生物由来のニトリルヒドラターゼ遺伝子、アミダーゼ遺伝子、またはニトリラーゼ遺伝子等を挙げることができる。
【0033】
これらの遺伝子は1つのベクターにより本発明のアルドキシム脱水酵素遺伝子と同時に導入されても、あるいは異なるベクターにより別個に導入されてもよいが、協調して機能するために同じプロモーターの支配下に配置されることが必要である。これらの遺伝子は形質転換体内で協調して発現することにより、アルドキシム脱水酵素によって生成したニトリル化合物を、さらにアミド化合物やカルボン酸化合物に変換することができる。
【0034】
5.本発明のアルドキシム脱水酵素の製造
本発明の酵素は、本発明の形質転換体を適当な培地で培養し、その培養物から該酵素活性を有するタンパク質を採取することによって得ることができる。本発明の形質転換体を培養する方法は、宿主に応じて、決定すればよい。例えば、大腸菌や酵母等の微生物を宿主とする形質転換体の場合は、微生物が資化しうる炭素源、窒素源、無機塩類等を含有し、形質転換体を効率的に培養しうる培地であれば、天然培地、合成培地のいずれを用いても良い。
【0035】
培養中は必要に応じてアンピシリンやテトラサイクリン等の抗生物質を培地に添加しても良い。プロモーターとして誘導性のものを用いた発現ベクターで形質転換した微生物を培養する場合は、必要に応じてインデューサーを培地に添加しても良い。例えば、lacプロモーターを用いた発現ベクターで形質転換した微生物を培養する場合は、イソプロピル-β-チオガラクトピラノシド(IPTG)等を、trpプロモーターを用いた発現ベクターで形質転換した微生物を培養する場合は、インドールアクリル酸(IAA)等を培地に添加しても良い。なお、大腸菌を宿主とする形質転換体の培養においては、15℃で7日間培養することにより最大量の酵素タンパク質が得られることが確認されている。
【0036】
培養後、本発明の酵素タンパク質が菌体内または細胞内に生産される場合は、菌体内または細胞を破砕する。一方、本発明のタンパク質が菌体外または細胞外に分泌される場合は、培養液をそのまま用いるか、遠心分離等によって回収する。
【0037】
タンパク質の単離・精製には、例えば硫安沈澱、SDS−PAGE、ゲルろ過、イオン交換クロマトグラフィー、アフィニティークロマトグラフィー等を単独であるいは適宜組み合わせて用いればよい。
【0038】
また本発明のアルドキシム脱水酵素活性は、基質となりうる適当なアルドキシム化合物を含む反応液に該酵素を添加し、生成するニトリルを検出することにより確認することができる。ニトリル化合物の確認は、例えば、ガスクロマトグラフィー、高速液体クロマトグラフィー等を用いることができる。あるいは、本発明のアルドキシム脱水酵素に特異的に結合する抗体を作製し、該抗体を用いたウェスタンブロッティングによって発現を確認することもできる。
【0039】
6.ニトリル化合物、およびアミド化合物の生物学的生産
本発明のアルドキシム脱水酵素タンパク質を利用すれば、温和な条件下でアルドキシム化合物を対応するニトリル化合物に変換することができる。すなわち、本発明は、本発明のアルドキシム脱水酵素タンパク質または、本発明のアルドキシム脱水酵素遺伝子を含む形質転換体を利用した、ニトリル化合物の製造方法を提供する。
【0040】
例えば、前述の形質転換体(例えば、本発明のアルドキシム脱水酵素遺伝子を含む大腸菌)によって大量生産された組換えアルドキシム脱水酵素タンパク質を該酵素が機能しうる条件下で基質であるアルドキシム化合物に作用させる。あるいは、前記形質転換体を含む培地に基質であるアルドキシム化合物を添加し、本発明の酵素が機能しうる条件下で培養する。これにより、アルドキシム化合物は対応するニトリル化合物に変換される。
【0041】
なお、「酵素が機能しうる条件下」とは、本発明のアルドキシム脱水酵素がその酵素活性を適切に発揮しうる条件を意味する。具体的にいえば、本発明の酵素は還元条件下(嫌気的条件)で酵素活性を示すため、前記条件は少なくともそのような還元的条件であることが必要である。還元条件は、例えば、Na2S2O4等の還元剤を、酵素反応液中あるいは培地中に添加することによって達成される。この他、例えば温度は0〜70℃、好ましくは20〜50℃、さらに好ましくは15℃付近、またpHは3〜12、好ましくは5〜10、さらに好ましくは、pH6〜9程度である。
【0042】
基質としては、脂肪族アルドキシム、特にC1〜C6程度の脂肪族アルドキシムが好ましく、ブチルアルドキシムが最も好ましい。
【0043】
こうして製造されるニトリルは、ニトリルヒドラターゼによるアミド化合物製造の出発物質となる。したがって、本発明の方法はニトリル化合物のみならず、アミド化合物の工業的生産にも利用できる。
【実施例】
【0044】
以下、本発明を実施例により具体的に説明するが、本発明の範囲はこれらに限定されるものではない。
【0045】
〔実施例1〕アルドキシム脱水酵素コーディング領域の探索
Pseudomonas chlororaphis B23由来のニトリルヒドラターゼ系に関連する遺伝子のコーディング領域はクラスター化しており、ニトリルヒドラターゼ遺伝子を中心として、その上流域にアミダーゼ遺伝子が、また下流域に約47kDaのニトリルヒドラターゼアクセリータンパク(P47K)、機能未知のOrfEが存在する(図9)。一方、大腸菌においてニトリルヒドラターゼを最大限に発現させるためには推定38kDaのタンパクが必要であることがわかっている(Nishiyama M. et al, (1991) J. Bacteriol. 173, p2465-2472)。そこで、アミダーゼ遺伝子の上流域より、前述のニトリルヒドラターゼ系遺伝子とクラスター化する分子量約38kDaのタンパクをコードするORFを探索した。
【0046】
その結果、図1に示す、1056ヌクレオチド、352アミノ酸残基からなり、推定約40127Daの分子量を有するORF(配列番号1)が見つかった。以下、このORFをoxdAと呼ぶ。このoxdAの開始コドンから8ヌクレオチド上流にはリボゾーム結合サイト(GAGGA)が存在することが確認された。またBLASTを用いた検索により、oxdA はBacillus sp. OxB-1株由来のフェニルアセトアルドキシム脱水酵素遺伝子:OxB-1(Kato Y., et al, (2000) Biochemistry 39, p800-809)と約32%の相同性を有することが確認された(図2)。
【0047】
〔実施例2〕oxdA(アルドキシム脱水酵素遺伝子)の大腸菌における発現
Maniatis T. らの方法(Maniatis T. et al., Molecular Cloning: A Laboratory Manual, 2nd edition, Cold Spring Harbor Laboratory, Cold Spring Habor, N.Y.)に従い、oxdAの大腸菌における発現を試みた。
【0048】
(1)pPCN4の調製
ニトリルヒドラターゼ遺伝子近傍の配列を含むプラスミドpPCN4を、これを含む大腸菌JM105/pPCN4株(寄託番号FERM BP-2779;特開平3−251184号)より、常法に従って調製した。
【0049】
(2)oxdAの増幅
実施例1で選択されたoxdAの塩基配列を基に、以下のプライマーを合成し、pPCN4を鋳型としてPCRを行った。
Forward Primer:5'-CATATGGAATCTGCGATCGACACGC-3'(配列番号3)
Reverse Primer:5'-ACGCGTCGACTCAGGTGGGCGCGACAACGGC-3'(配列番号4)
PCR条件:94℃ 30sec、55℃ 30sec、68℃ 30sec を30サイクル
Forward PrimerはNdeI認識配列(下線部)を含み、oxdAの開始コドンから22塩基に対応する。Reverse Primerは、SalI認識配列(下線部)を含み、oxdA の3'末端の配列に相補的な21塩基に対応する。
【0050】
(3)発現ベクターの構築
得られた増幅断片はpUC18ベクターにサブクローニングし、DNA配列をABI Prism 310 genetic analyzer(Applied Biosystems製)を用いて確認した。次いで、このベクターをNdeIとSalIで切断し、pET-24a(+)(Novagen製)のNdeI-SalI領域に挿入し、得られたプラスミドをpET-oxdAと命名した。pET-oxdA中において、oxdAはT7プロモーターの支配下にある。
【0051】
(4)形質転換体による発現実験
次いで、pET-oxdAを大腸菌BL21-CodonPlus(DE3)-RIL(ストラタジーン社)に導入し、得られた形質転換体を用いて発現実験を行った。形質転換体は50μg/mlカナマイシンと34μg/mlクロラムフェニコールを含む2×YT 培地240ml中37℃で振とう培養した。オーバーナイトで培養後、全培養物を同じ培地48Lに接種し、37℃で2時間振とう培養した。ここにIPTGを最終濃度0.1mMとなるように添加して、T7プロモーターを誘導し、さらに15℃で7日間培養した。
【0052】
37℃の培養条件下では、oxdA遺伝子産物は完全な封入体として発現した。可溶性酵素の収量を増やすために培養条件を検討した結果、15℃で7日間培養することにより、可溶性タンパク中、約10%の遺伝子産物を発現させることに成功した。
【0053】
〔実施例3〕oxdA(アルドキシム脱水酵素遺伝子)産物の精製
実施例2で得られたoxdA遺伝子産物の精製は、0-4℃で、5mM 2MEを含むリン酸カリウム緩衝液(pH7.0)を用いて行った。まず、遠心(15,000×g、30分)により菌体を集め、1mMのジチオスレイトールを含む100mM緩衝液で2回洗浄し、ソニケーション(Insonator Model 201M:KUBOTA製)により菌体を破壊し、菌体を含まない抽出物を集めた。さらに遠心して残った菌体を取り除き、上清を硫酸アンモニウム(40〜60%)で分画し、10mM緩衝液に透析した。透析後の液は10mM緩衝液で等張化したDEAE-Sephacelカラム(5×25cm:Amersham Pharmacia製)に供し、KCl 0.1-0.4Mの直線グラジエントをかけた10mM緩衝液1.2Lでタンパクを溶出させた。
【0054】
活性が認められたフラクションを集め、硫酸アンモニウムを70%飽和まで加え、遠心した。得られた沈殿は0.1M緩衝液に溶かし、硫酸アンモニウム(20%飽和)溶液に移した。酵素溶液は硫酸アンモニウム(20%飽和)を含む10mM緩衝液で等張化したTSK gel Butyl-Toyopeal 650Mカラム(5×22cm:東ソー製)にかけ、硫酸アンモニウムの濃度を20%〜5%に下げた同様のバッファー1.2Lで溶出させた。活性画分を集め、70%飽和硫酸アンモニウムで沈殿させた。生じた沈澱を遠心して集め、0.1M緩衝液に溶かし、0.5%硫酸アンモニウムを含む10mM緩衝液に透析した。これを同様の緩衝液で等張化したPhenyl-Sepharose CL-4Bカラム(5×22cm:Amersham Pharmacia製)にかけ、0.5%硫酸アンモニウムを含む10mM緩衝液で完全にウォッシュした後、10mM緩衝液で溶出させた。活性画分を集め、固形の硫酸アンモニウムを70%飽和まで加えて遠心した。得られた沈殿は0.1M緩衝液に溶かし、1mM緩衝液(pH6.8)2Lで3回透析した。
【0055】
透析後の酵素溶液は、遠心後、1mM緩衝液で等張化したCellulofine HApカラム(5×22cm:生化学工業製)にかけた。カラムは1-100mMの直線グラジエントをかけた緩衝液(pH6.8)で溶出し、さらに硫酸アンモニウム(50-60%飽和)で再分画した。沈殿を遠心して集め、0.1M緩衝液に溶かして10mM緩衝液に再度透析し、遠心した。
【0056】
〔実施例4〕oxdA(アルドキシム脱水酵素遺伝子)産物の分子量の測定
(1)SDS-PAGE
精製された酵素をSDS-PAGEに供した(図3)。分子量マーカーとしては、フォスフォリラ-ゼb(94kDa)、BSA(67kDa)、卵白アルブミン(43kDa)、炭酸脱水酵素(30kDa)、大豆トリプシンインヒビター(20.1kDa)、αラクトアルブミン(14.4kDa)を用いた。図3に示すように、oxdA遺伝子産物は約38kDaの分子量を示した。
【0057】
(2)ゲルろ過
次に、未変性の酵素の分子量をゲルろ過により確認した。精製された酵素は、AKTA Purifier(Amersham Biosciences製)に接続させたSuperose 12 HR10/30カラム(Amersham Biosciences製)にかけ、0.15M KClを含む100mM緩衝液を用いて0.5ml/minの流速で溶出した。溶出液の吸収は280〜422nmで記録し、スタンダード:グルタミン酸デヒドロゲナーゼ(290kDa)、乳酸デヒドロゲナーゼ(142kDa)、エノラーゼ(67kDa)、アデニレートキナーゼ(32kDa)、およびチトクロームc(12.4kDa)の動きから酵素の分子量を測定した。その結果、未変性の酵素は76.4kDaの分子量を有することが確認された。この結果とSDS-PAGEによる結果から、oxdA遺伝子産物は2つの同一サブユニットから構成されることが示唆された。
【0058】
〔実施例5〕アルドキシム脱水酵素活性の確認
反応用混合物として、全量200μl中に20μmolのリン酸カリウム緩衝液(pH7.0)、1μmolのブチルアルドキシム(東京化成製)、および適当量の酵素を含むものを用いた。反応はブチルアルドキシムを加えて開始させ、30℃、好気的条件下で5分間行った。100μlのIM KOHを加えて反応を止め、上清を遠心(10,000×g、5分)により集めた。反応生成物は、水素炎イオン化検出器とガスクロパック56(80/100%1メッシュ;GL-Science製)を充填したガラスカラム(3.2mm by 2.1m)を装備したガスクロマトグラフィー(GC-14BPF;SHIMAZU製)で解析した。
【0059】
アルドキシムデヒドラターゼ活性1ユニットは、ブチルアルドキシムからブチロニトリル 1μmol/minの生成を触媒する酵素量として定義し、特異的活性(Specific activity)はタンパク1mgあたりのユニット数で評価した。
【0060】
表1に各精製工程におけるoxdA遺伝子産物(アルドキシム脱水酵素)の酵素活性を示す。最終的に精製された酵素の活性は、好気的条件下で0.758 units/mgであった。
【0061】
【表1】

【0062】
〔実施例6〕アルドキシム脱水酵素の補欠分子の解析
(1)ヘム染色
精製されたアルドキシム脱水酵素は溶液中で赤茶色をしており、酵素中にヘムの存在が予測されたため、未変性でのポリアクリルアミドゲル電気泳動後の酵素について、Klattらの方法(Klatt P. et al., J. Biol. Chem. 271, p7336-7342)にしたがってヘム染色を実施した。すなわち、泳動後のゲルを3,3'-ジメトキシベンチジン/H2O2およびクーマシーブリリアントブルーで染色した。いずれの染色においても、単一バンドが同じ位置に確認された。さらに、この酵素の吸収スペクトルをShimazu UV-1700 PharmaSpec (SHIMAZU製)を用いて測定したところ、415nmにヘムタンパクに特異的なピークが確認された(図4A)。
【0063】
(2)ピリジンヘモクロムのスペクトル
ヘムをピリジンヘモクロムに変換することにより、補欠分子の同定とヘムの定量を行った(Falk, J.E., (1964) Porphyrins and Metalloporphyrins, p.240, Elsevier, Amsterdam)。すなわち、酵素にピリジン(最終濃度20%)と少量のNa2S2O4を加え、15分後に生成するピリジンヘモクロムのスペクトルを測定した。図5に示すよう、418.5nm(Soret)、524nm(β-band)、556nm(α-band)の位置にピークが確認された。さらに、HCl-Aceton処理により補欠分子を抽出し、抽出物中のピリジンヘモクロムのスペクトルを測定したところ、得られたスペクトルは酵素中のピリジンヘモクロムのスペクトルと同じであった。
【0064】
酸-アセトン抽出によりピリジンヘモクロムが抽出できることと、ピリジンヘモクロムのスペクトルの形から、このアルドキシム脱水酵素は補欠分子としてプロトヘムIXを含むことが確認された。そこで、酵素中のヘム含有量を、プロトヘムIXのヘモクロムのモル吸収係数(ε:34.4mM-1cm-1at 557nm)から計算したところ、1モルのサブユニットに0.69モルのヘムが含まれることが確認された。
【0065】
(3)鉄イオンの定量
以下の方法により金属分析を行った。全てのガラス器具は2M HClで一晩洗浄し、使用前に蒸留水でよくすすいだ。分析に先立って、酵素は1mMのリン酸カリウム緩衝液(pH7.0)に透析した。0.94mgタンパク/mlを含む酵素試料を高周波プラズマ発光分析装置ICPS-8000(27.120MHz:SHIMAZU製)を用いて分析した。酵素の金属含量は標準溶液から検量線を描くことによって求めた。その結果、ホモダイマーを形成している酵素は1モルあたり1.62モルの鉄を含むことが確認された。この結果から、本発明のアルドキシム脱水酵素は鉄とヘムを1:1の比率で含み、すべての鉄イオンはヘム分子中に存在すると考えられた。なお、測定されたヘム含量はタンパクより少ないが、これは精製工程中で一部のヘムが失われたことを示すものであった。同様の結果はバシラス属由来のフェニルアセトアルドキシム脱水酵素の精製工程についても報告されている。ちなみに、該酵素の精製工程では、最終的に酵素1モルあたり0.35モルのヘムしか検出されなかったことが報告されている(Kato Y. et al., (2000) Biochemistry 39, p800-809)。
【0066】
金属分析の結果、この酵素は鉄イオンのほかには1モルあたり1.58モルのカルシウムイオンを含むことが確認されたが、それ以外の金属は検出されなかった。
【0067】
〔実施例7〕酸化還元による酵素活性の変化
表2に示すように、好気的条件下におけるアルドキシム脱水酵素は不活性な状態にあり、酵素の特異的活性は非常に弱いもの(0.758 units/mg)である。この精製された酵素にNa2S2O4を添加すると、415nmのピークが428nmにシフトし(図4A)、同時に酵素の特異的活性は250倍増加する。
【0068】
【表2】

【0069】
Na2S2O4で還元した酵素にさらにCOを加えると428nmのピークは419nmにシフトし(図4A)、酵素の特異的活性は49%を阻害されるが、基質はCO存在下でも脱水される。これらの知見は、酵素中のフェロフェム(2価鉄)状態のヘムに結合したCOは、酵素反応中にブチルアルドキシムによって置換されることを示すものである。他方、好気的条件下では、精製酵素の吸収スペクトルはCOによって変化しないが、酵素に酸化剤であるK3[Fe(CN)6]を加えると、415nmから419nmに吸収のピークがシフトし(図4B)、酵素の活性は全くなくなってしまう。これらのスペクトル特性は、精製された酵素のヘム鉄はフェリフェム(3価鉄)状態にあるが、酵素は還元状態:フェロフェム(2価鉄)状態でなければ活性を示さないことを示すものである。
【0070】
〔実施例8〕還元状態における酵素の特性
以下の実験は、全てNa2S2O4による還元状態下で実施した。
(1)分子量の測定
0.15M KClと10mMのNa2S2O4を含む100mM緩衝液を用いる以外は実施例4と同様にして、Na2S2O4還元後の酵素について、その分子量をゲルろ過により求めた。その結果、酵素の分子量は76.2kDaと測定された。このことから、活性状態(すなわち、還元状態)にある酵素もまたホモダイマーであることが確認された。
【0071】
(2)ラマンスペクトル
Na2S2O4で還元後の酵素について室温でTRS-600/S single monochromator(日本分光製)を用いてラマンスペクトルを測定した。励起にはHe-Cdレーザーからの441.6nm lineを用い、ラマン散乱をレーザー光に対して垂直方向に集めた。分散するラマン散乱はCCD検出機:LN/CCD-1100PBUVAR(Princeton Instruments製)を用いて測定した。
【0072】
還元状態のアルドキシム脱水酵素の高周波数領域(1250-1700cm-1)におけるラマンスペクトル(図6)を既知のヘムタンパクと比較することにより解析した。
【0073】
アルドキシム脱水酵素では1357cm-1にポルフィリンバンドが認められた。この位置はデオキシミオグロビン(1355cm-1)、還元状態のホースラディッシュパーオキシダーゼ(1358cm-1)のポルフィリンバンドと似ている。さらに、他のライン(例えば、1470、1565、1618cm-1)についても、還元状態のデオキシミオグロビン(1472、1563、1618cm-1)、および還元状態のホースラディッシュパーオキシダーゼ(1473、1565、1627cm-1)と近似していた。
【0074】
(3)化学量論
酵素反応におけるアルドキシム消費量とニトリル生成量の関係を測定した。反応は、40μmolのリン酸カリウム緩衝液(pH7.0)、2μmolのブチルアルドキシム、2μmolのNa2S2O4、1μg(12.5pmol)の酵素を含む反応混合物中、30℃、嫌気的条件下で行った。その結果、アルドキシム消費量とニトリル生成量は化学量論的関係にあることが確認された。
【0075】
(4)基質特異性と反応速度
種々のアルドキシムを基質として酵素の脱水活性を調べた。なお、酵素活性の確認は、実施例5に記載した方法を基に、Na2S2O4(最終濃度5mM)を緩衝液に加え、還元条件下で嫌気的に実施した(標準アッセイ B)。結果を表3に示す。
【0076】
【表3】

【0077】
実験に供したアルドキシムのうち、3種のアルドキシムが本酵素の基質となった。また、本実験で用いた芳香族アルドキシムは基質とはならなかった。基質となった3種のアルドキシムのうち、ブチルアルドキシムに対する酵素活性は特に高いものであった。また、E-ブチルアルドキシムとZ-ブチルアルドキシムの各光学活性体に対する基質特異性を調べたところ、本酵素はいずれのアルドキシムについても同様に活性を示すことが確認された。
【0078】
バシラス属由来のフェニルアセトアルドキシム脱水酵素は本酵素に比べてブチルアルドキシムに対して非常に弱い酵素活性しか示さない(表2)。
【0079】
(5)温度とpHによる影響
pH4.0〜11.0の領域における酵素活性を調べた(図7)。その結果、最大の活性はpH5.5で得られ(図7A)、それ以外にはpH9.4で高い酵素活性が得られることが確認された(図7B)。これはバシラス属由来のフェニルアセトアルドキシム脱水酵素ではみられない特性である。さらに、酵素の最適温度は45℃であると確認された。
【0080】
さらに、種々の温度およびpHにおける酵素の安定性を調べた。温度については、20℃、100%;25℃、94%;30℃、91%;35℃、78%;40℃、51%;45℃、14%;50℃、3.2%の結果が得られた。一方、pHについては、クエン酸/クエン酸ナトリウム(pH4.4-6.5)、リン酸カルシウム緩衝液(pH6.7-7.9)、Tris/HCl緩衝液(pH7.9-8.8)およびNH4Cl/NH4OH緩衝液(pH8.9-10.4)を用いて試験を行ったところ、酵素は6.0-8.0の領域で最も安定であり、pH10においても、最初の酵素活性の40%の活性を維持していた。
【0081】
(6)酵素活性の阻害物質
表4に挙げる種々の化合物について、酵素活性阻害効果を調べた。
【0082】
【表4】

【0083】
その結果、酵素は硝酸銀に非常に感受性が高いことが確認された。一方、ヨード酢酸のようなチオール試薬、N-エチルマレイミド、p-クロロ安息香酸水銀、および5,5'-ジチオビス2-ニトロ安息香酸にはほとんど阻害効果を示さなかった。酵素活性はヒドロキシルアミンによって完全に阻害された。また、酵素はEDTA等のキレート剤には感受性を示さず、フッ化フェニルメタンスルフォニルのようなセリン修飾剤にもほとんど影響を受けなかった。
【0084】
(7)アルドキシムによるスペクトル変化
ブチルアルドキシムの添加(最終濃度50mM)により、還元状態にある酵素(最終濃度mg/ml)のスペクトルがどのように変化するかを観察した。
【0085】
図8に示すように、ブチルアルドキシムを添加するとすぐに、416nmにピークが現れるが、ブチロニトリルを添加しても416nmにピークは現れなかった。このことは、基質であるアルドキシムは酵素中のフェロフェム(2価鉄)状態のヘムに作用することを示す。酵素反応が進むにつれ、416nmのピークは消失し、10分後には開始時と同じスペクトルが現れる。この状態では、反応液中のブチルアルドキシムは完全に消費されていることから、416nmのピークはブチロニトリル合成反応における中間体に由来するものであることが示唆される。よく似た結果が、アセトアルドキシムを基質として添加したときにも観察された。
【0086】
これらの結果より、本酵素のヘム分子はフェロフェム(2価鉄)状態において、触媒作用の必須部分として機能することが確認された。
【図面の簡単な説明】
【0087】
【図1】図1は、本発明のアルドキシム脱水酵素遺伝子とその近傍の配列を示す。
【図2】図2は、Pseudomonas chlororaphis B23のアルドキシム脱水酵素とバシラス属由来のフェニルアセトアルドキシム脱水酵素(OxB-1)のアミノ酸配列を比較したものである。
【図3】図3は、アルドキシム脱水酵素タンパク質のSDS-PAGEの結果を示す写真である。
【図4】図4は、アルドキシム脱水酵素(最終濃度0.56mg/ml)の吸収スペクトルを示す。4A:実線は精製酵素、破線はNa2S2O4還元後の酵素、細線はNa2S2O4還元後にCOを添加した酵素の結果を示す。4B:実線は精製酵素、破線はK3[Fe(CN)6]酸化後の酵素、細線はKCNを添加した酵素の結果を示す。右上の挿入図は、Na2S2O4還元後にCOを添加した酵素の結果からNa2S2O4還元後の酵素の結果を差し引いたものである。
【図5】図5は、アルドキシム脱水酵素のピリジンヘモクロムの吸収スペクトルを示す。
【図6】図6は、高周波数領域におけるアルドキシム脱水酵素(還元状態:最終濃度0.50mg/ml)のラマンスペクトルを示す。
【図7】図7は、アルドキシム脱水酵素活性に対する、pHと温度の影響をみたグラフである。7A:30℃で5分間反応を行った結果を示す。図中、●:クエン酸/クエン酸ナトリウム、◆:リン酸カルシウム、■:Tris/HCl、▲:NH4Cl/NH4OH。7B:種々の温度で5分間反応を行った結果を示す。
【図8】図8は、基質の添加によるアルドキシム脱水酵素の吸収スペクトルの変化をみた結果である。実線はNa2S2O4還元後の酵素、破線は添加直後、細線は添加10分後の結果を示す。
【図9】図9は、アルドキシム代謝に作用する遺伝子クラスターと、対応する代謝経路を示す図である。B23はPseudomonas chlororaphis B23株を、OxB-1はBacillus sp. OxB-1株を、Psyrは、P. syringae pv. syringae B728a株を示す。
【配列表フリーテキスト】
【0088】
配列番号3−人工配列の説明:プライマー
配列番号4−人工配列の説明:プライマー

【特許請求の範囲】
【請求項1】
以下の(a)または(b)のタンパク質をコードする遺伝子。
(a)配列番号2で表されるアミノ酸配列からなるタンパク質
(b)配列番号2で表されるアミノ酸配列において1または数個のアミノ酸が欠失、置換もしくは付加されたアミノ酸配列からなり、かつアルドキシム脱水酵素のサブユニットとして機能しうるタンパク質
【請求項2】
以下の(c)または(d)のDNAからなる遺伝子。
(c)配列番号1で表される塩基配列からなるDNA
(d)配列番号1で表される塩基配列からなるDNAと相補的な塩基配列からなるDNAとストリンジェントな条件下でハイブリダイズし、かつアルドキシム脱水酵素のサブユニットとして機能しうるタンパク質をコードするシュードモナス属に属する微生物由来のDNA
【請求項3】
請求項1または2記載の遺伝子を含有する、組換えベクター。
【請求項4】
請求項3記載のベクターを宿主に導入して得られる、形質転換体。
【請求項5】
請求項4記載の形質転換体を培養し、得られる培養物からアルドキシム脱水酵素活性を有するタンパク質を採取することを特徴とする、アルドキシム脱水酵素の製造方法。
【請求項6】
請求項4記載の形質転換体をアルドキシム化合物に作用させてニトリル化合物を得ることを特徴とする、ニトリル化合物の製造方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【公開番号】特開2008−295461(P2008−295461A)
【公開日】平成20年12月11日(2008.12.11)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−223029(P2008−223029)
【出願日】平成20年9月1日(2008.9.1)
【分割の表示】特願2003−41682(P2003−41682)の分割
【原出願日】平成15年2月19日(2003.2.19)
【出願人】(000006035)三菱レイヨン株式会社 (2,875)
【Fターム(参考)】