説明

新規オリゴヌクレオチドとそれを用いた酵母評価方法

【課題】本発明は、遺伝的な性質の変化に着目し、酵母の低温増殖能の簡便な評価方法を提供することを目的とする。更に、本発明は、同時に観察される2つの形質である低温増殖能及び高温生育性の原因を、遺伝子レベルで評価することを特徴としている。
【解決手段】本発明は、Saccharomyces属酵母のKEX2遺伝子またはKEX2遺伝子と相同性のある遺伝子の配列の全長または一部を標的とし、合成ヌクレオチドを核酸合成のプライマーとして機能させ遺伝子増幅することによって、KEX2遺伝子のすべてまたは一部の欠損、または配列の違いを検出することを特徴とする酵母の評価方法である。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、下面発酵ビール酵母を評価するのに利用可能なオリゴヌクレオチド及びそれを利用した下面発酵ビール酵母の評価方法に関する。
【背景技術】
【0002】
下面発酵ビール酵母の醸造上重要な特性を評価し適切に制御することは、製品ビールの品質保証にとって重要である。下面発酵ビール酵母をいろいろな環境下で使用しているうちに性状の変化が生じ、そのまま使用していると健全な醸造を行えなくなる場合がある。酵母の性状変化には、一時的な性状変化と遺伝的な性状変化がある。遺伝的な性状変化は、酵母の遺伝子レベルで変化が起き、もはやその性状は元には戻らない。従って、遺伝的に性状変化した酵母を早い時期に検出すること、及び性状変化が起こりにくい安定な酵母を選択することが望まれる。このため変化しやすい性状を評価する方法がこれまでに数多く提案されている。
【0003】
下面発酵ビール酵母の変化しやすい性状としては、凝集性、発酵力及び低温増殖能があげられる。凝集性を評価する方法に関しては、Burns法や、凝集性遺伝子FL05のORF配列を利用する下面発酵ビール酵母の凝集性有無の判定方法(特許文献1)による酵母の評価方法が確立されている。一方、発酵力に関しては、フラスコスケールで発酵させたときのエキスの低下や炭酸ガス放出による重量減少を測定する方法がある。また、低温増殖不良が原因でおこる発酵不良に関しては、同時に観察されるもう1つの形質である高温生育性を利用して評価する方法が確立されている(特許文献2)。
【特許文献1】特願平11−338935号明細書
【特許文献2】特開平2003−296号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
本発明は、遺伝的な性質の変化に着目し、酵母の低温増殖能の簡便な評価方法を提供することを目的とする。更に、本発明は、同時に観察される2つの形質である低温増殖能及び高温生育性の原因を、遺伝子レベルで評価することを特徴としている。
【課題を解決するための手段】
【0005】
そこで、本発明者らは鋭意検討の結果、Saccharomyces属試料酵母のKEX2遺伝子またはKEX2遺伝子と相同性のある遺伝子が欠損する、または塩基配列の一部が変化した酵母は低温増殖不良及び高温生育性を示すことを見出し、本発明を完成させた。
すなわち、第1の発明は、Saccharomyces属酵母のKEX2遺伝子またはKEX2遺伝子と相同性のある遺伝子の配列の全長または一部の違いを検出することを特徴とする酵母の評価方法である。
第2の発明は、第1の発明において合成ヌクレオチドを核酸合成のプライマーとして機能させ遺伝子増幅することによって、KEX2遺伝子またはKEX2遺伝子と相同性のある遺伝子のすべてまたは一部の欠損を検出することを特徴とする評価方法である。
第3の発明は、第1の発明において配列の違いを検出することを特徴とする評価方法である。
第4の発明は、第1の発明においてKEX2遺伝子と相同性のある遺伝子が配列番号1の塩基配列であることを特徴とする評価方法である。
第5の発明は、第1の発明においてSaccharomyces属酵母の低温増殖能を評価することを特徴とする評価方法である。
第6の発明は、第1の発明においてSaccharomyces属酵母の高温生育性を評価することを特徴とする評価方法である。
第7の発明は、第1の発明において酵母がSaccharomyces cerevisiaeである評価方法である。
第8の発明は、第1の発明において酵母が醸造用酵母である評価方法である。
第9の発明は、第1の発明において酵母が下面発酵ビール酵母である評価方法である。
【発明の効果】
【0006】
本発明により、酵母の遺伝子レベルの変化によって増殖力および発酵力が低下した酵母を発酵試験をすることなく簡便に検出、評価することができるので、醸造用酵母の品質管理に大変有用である。
【発明を実施するための最良の形態】
【0007】
本発明で実施する遺伝子増幅(PCR)に関する技術は既に公知(Science 230, 1350(1985))であり、現在広い分野で利用されている。PCRに用いるプライマーの配列は、実施例として配列番号2、配列番号3、配列番号4、配列番号5に示したが、KEX2遺伝子のすべてまたは一部を含む配列を増幅させるようなプライマーであればよく、配列番号2、配列番号3、配列番号4、配列番号5に限定されない。
本発明で実施する遺伝子配列決定に関する技術は既に公知であり、現在広い分野で利用されている。配列の決定は、beckman coulter社のCEQ Dye Terminator Cycle Sequencing with Quick Start Kit及びCEQ 8000 Genetic Anlysis Systemを用いて行った。配列の比較は実施例として配列番号1の143〜1723及び配列番号6の1〜1582に示す部分で行ったが、配列番号1に示す塩基配列のどの部分でもよく、実施例に限定されない。
ビール酵母、清酒酵母、パン酵母、ワイン酵母などの醸造用酵母は、Saccharomyces属酵母に分類される。そのうち、上面発酵ビール酵母、清酒酵母、パン酵母、ワイン酵母はSaccharomyces cerevisiaeに分類される。一方、下面発酵ビール酵母はS.cerevisiaeS.bayanus が交雑した酵母で、両酵母由来の染色体を併せ持っている。本発明は、既知のS.cerevisiae KEX2遺伝子の配列を用いて上面ビール酵母、清酒酵母、パン酵母、ワイン酵母などのSaccharomyces属酵母の低温増殖能及び高温生育性を評価する方法である。更に、下面発酵ビール酵母由来S.bayanusタイプの染色体より単離した、KEX2遺伝子と相同性のある配列番号1に示す新規の配列を用いて、下面発酵ビール酵母の低温増殖能を評価する方法である。
KEX2遺伝子は、蛋白質Kexinをコードしている。Kexinは酵母のトランスゴルジ体に存在し(Bryant NJ and Boyd A,J Cell Sci 106:815-22(1993))、Lys-Arg-XaaのArg-Xaaの間、及びArg-Arg-XaaのArg-Xaaの間を切断するエンドプロテアーゼ(Fuller RS,et al.,Proc Natl Acad Sci USA 86(5):1434-1438(1989))で、基質としてα−ファクター前駆体(Julius D,et al.,Cell 37(3):1075-89(1984))及びキラートキシン前駆体が知られている。
以下に、本発明を実施例によりさらに具体的に説明するが、本発明はこれら実施例に限定されない。
【実施例1】
【0008】
(1)S.cerevisiaeYPH500を使用した。
(2)KEX2遺伝子の配列を含む領域を増幅するよう、以下の配列のPCRプライマーを設計した。
5’-atgaaagtgaggaaatatatt-3’(配列番号2)
5’-tcacgatcgtccggaagatgg-3’(配列番号3)
5’-tttttggcctcgtcacataattataaactactaacccattatcag-3’(配列番号4)
5’-aaaaaaatgctattttgtaatttgaagctttctgtacatatcgaa-3’(配列番号5)
(3)KEX2遺伝子を欠失させた酵母のPCRを実施し、増幅産物の有無または、増幅産物の断片長を正常株と比較した(図1)。
(4)試料酵母は正常株に比べて低温増殖不良(図2)及び高温生育性(図3)を示した。従って、(3)に示す方法により、酵母の低温増殖能及び高温生育性を評価することができる。
【実施例2】
【0009】
(1)下面発酵ビール酵母BF1を使用した。
(2)下面発酵ビール酵母のS.bayanusタイプの、KEX2遺伝子と相同性のある遺伝子の配列を決定した(配列番号1)。
(3)試料下面発酵ビール酵母のS.bayanusタイプの、KEX2遺伝子と相同性のある遺伝子の配列を決定した(配列番号6)。
(4)配列番号1の143〜1723と配列番号6の1〜1582を比較したところ、以下のような差異が認められた。
配列番号1の404番目の塩基「g」と配列番号6の262番目の塩基「a」
配列番号1の756番目の塩基「t」と配列番号6の614番目の塩基「a」
配列番号1の852〜853番目の塩基「ca」と配列番号6の710〜712番目の塩基「cca」
配列番号1の875番目の塩基「a」と配列番号6の734番目の塩基「g」
配列番号1の1041番目の塩基「g」と配列番号6の900番目の塩基「a」
配列番号1の1117番目の塩基「a」と配列番号6の976番目の塩基「g」
配列番号1の1723番目の塩基「t」と配列番号6の1582番目の塩基「c」
(5)試料酵母は正常株に比べ、低温増殖不良(表1)を示した。従って、(4)に示す方法により、酵母の低温増殖能を評価することができる。
【0010】
【表1】

【図面の簡単な説明】
【0011】
【図1】実施例1のPCR産物の電気泳動図を示す。
【図2】実施例1の低温増殖能を示す図である。
【図3】実施例1の高温増殖性を示す図である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
Saccharomyces属酵母のKEX2遺伝子またはKEX2遺伝子と相同性のある遺伝子の配列の全長または一部の違いを検出することを特徴とする酵母の評価方法。
【請求項2】
合成ヌクレオチドを核酸合成のプライマーとして機能させ遺伝子増幅することによって、KEX2遺伝子またはKEX2遺伝子と相同性のある遺伝子のすべてまたは一部の欠損を検出することを特徴とする請求項1の評価方法。
【請求項3】
配列の違いを検出することを特徴とする請求項1の評価方法。
【請求項4】
KEX2遺伝子と相同性のある遺伝子が配列番号1の塩基配列であることを特徴とする請求項1の評価方法。
【請求項5】
Saccharomyces属酵母の低温増殖能を評価することを特徴とする請求項1の評価方法。
【請求項6】
Saccharomyces属酵母の高温生育性を評価することを特徴とする請求項1の評価方法。
【請求項7】
酵母がSaccharomyces cerevisiaeである請求項1の評価方法。
【請求項8】
酵母が醸造用酵母である請求項1の評価方法。
【請求項9】
酵母が下面発酵ビール酵母である請求項1の評価方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【公開番号】特開2006−34123(P2006−34123A)
【公開日】平成18年2月9日(2006.2.9)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2004−215399(P2004−215399)
【出願日】平成16年7月23日(2004.7.23)
【出願人】(000000055)アサヒビール株式会社 (535)
【Fターム(参考)】