説明

新規乳酸菌株

【課題】 発酵乳製品等を製造する際に有用な新規乳酸菌株を提供すること。
【解決手段】 細胞膜結合性アデノシントリホスファターゼ(ATPase)活性が低下しているラクトバチルス・デルブルッキー・サブスピーシズ・ブルガリクス(Lactobacillus delbrueckii subsp. bulgaricus)変異株。該変異株は、酸性側で急速に乳酸生成及び生育が低下するので、発酵乳やチーズ等の発酵乳製品を製造する際に有用である。

【発明の詳細な説明】
【0001】
【発明の属する技術分野】本発明は、細胞膜結合性アデノシントリホスファターゼ(ATPase)活性が低下しているラクトバチルス・デルブルッキー・サブスピーシズ・ブルガリクス(Lactobacillus delbrueckii subsp. bulgaricus) 変異株に関する。
【0002】
【従来の技術】ATPaseは、マグネシウムイオン又はカルシウムイオンの存在下、アデノシン三リン酸のγ位のリン酸を加水分解してアデノシン二リン酸と無機リン酸に分解する酵素であるが、この加水分解反応の際に生成するエネルギーが生体にとって重要であることが知られている。そして、乳酸菌のラクトバチルス・デルブルッキー・サブスピーシズ・ブルガリクス(Lactobacillus delbrueckii subsp. bulgaricus) には、大腸菌等と同様に細胞膜結合性ATPaseが存在することが知られている。しかし、この細胞膜結合性ATPaseがラクトバチルス・デルブルッキー・サブスピーシズ・ブルガリクス(Lactobacillus delbrueckii subsp. bulgaricus) の糖代謝やエネルギー生産に及ぼす影響については解明されていない。さらに、この細胞膜結合性ATPase活性が低下しているラクトバチルス・デルブルッキー・サブスピーシズ・ブルガリクス(Lactobacillus delbrueckii subsp. bulgaricus) の菌株は知られていない。
【0003】一方、大腸菌K-12株のピルビン酸生産菌より形質導入によって細胞膜結合性ATPase欠失変異株を誘導し、その発酵パターンを親株と比較したところ、細胞膜結合性ATPase欠失変異株では菌体のエネルギーレベルが低下するため解糖系が活性化し、菌体当たりの糖消費及びピルビン酸生産能が顕著に増大することが知られている。
【0004】また、細胞膜結合性ATPase活性が低下している乳酸桿菌ラクトバチルス・ヘルベチカス(Lactobacillus helveticus)菌株 (特許第 2824821号公報) 及び乳酸球菌ラクトコッカス・ラクチス・サブスピーシズ・ラクチス(Lactococcus lactissubsp.lactis)菌株 (特開平9-9954号公報) を選択して、それぞれの菌株を使用して乳酸酸度の上昇を抑制した発酵乳製品が提案されている。
【0005】
【発明が解決しようとする課題】本発明者らは、ラクトバチルス・デルブルッキー・サブスピーシズ・ブルガリクス(Lactobacillus delbrueckii subsp. bulgaricus) に関し、種々研究を進めていたところ、細胞膜結合性ATPase活性が低下したラクトバチルス・デルブルッキー・サブスピーシズ・ブルガリクス(Lactobacillus delbrueckii subsp.bulgaricus) を見出した。したがって、本発明は、細胞膜結合性ATPase活性が低下しているラクトバチルス・デルブルッキー・サブスピーシズ・ブルガリクス(Lactobacillus delbrueckii subsp. bulgaricus) 変異株を提供することを課題とする。本発明の細胞膜結合性ATPase活性が低下しているラクトバチルス・デルブルッキー・サブスピーシズ・ブルガリクス(Lactobacillus delbrueckii subsp. bulgaricus) 変異株は、酸性側で急速に乳酸生成及び生育が低下するので、発酵乳やチーズ等の発酵乳製品を製造する際に有用である。
【0006】
【課題を解決するするための手段】本発明の細胞膜結合性ATPase活性が低下しているラクトバチルス・デルブルッキー・サブスピーシズ・ブルガリクス(Lactobacillus delbrueckii subsp. bulgaricus) 変異株は、以下のようにして得ることができる。ラクトバチルス・デルブルッキー・サブスピーシズ・ブルガリクス(Lactobacillus delbrueckii subsp. bulgaricus) 親株からネオマイシン自然耐性株を取得し、このネオマイシン自然耐性株の中、親株よりも生育が低下した生育低下株を得る。そして、この生育低下株のATPase活性を測定し、親株のATPase活性と比較して10%以下にATPase活性が低下したATPase活性低下株を得る。
【0007】このようにして得られたラクトバチルス・デルブルッキー・サブスピーシズ・ブルガリクス(Lactobacillus delbrueckii subsp. bulgaricus) のATPase活性低下株は、発酵過程においてpHが低下すると本来、 H+ を排出する細胞膜結合性ATPaseが低下しているため、 H+ がうまく排出されずに菌体内のpHが低下する。そのため、その生育が抑制され、乳酸の生成量が低下するので、発酵後に乳酸の生成を抑制する必要がある発酵乳製品等の製造に利用することが可能である。親株とATPase活性低下株の発酵特性を比較すると、培養20時間まではその生育に差は認められないが、その後ATPase活性低下株の生育が低下した。培養36時間後には、ATPase活性低下株の酸生成能は極端に低下し、培養液のpHは親株4.06に対し4.52であった。
【0008】以下に実施例を示し、本発明を詳しく説明する。
【実施例1】(1) ネオマイシン耐性株の取得市販の発酵乳から分離したラクトバチルス・デルブルッキー・サブスピーシズ・ブルガリクス(Lactobacillus delbrueckii subsp. bulgaricus) SBT 0164を親株としてネオマイシン自然耐性株を取得した。すなわち、親株を市販のMRS液体培地を1/2希釈した培地(1/2MRS液体培地)3ml中に接種し、37℃で一晩培養した後、得られた培養物を3,500rpm、10分、4℃で遠心集菌後、0.85%塩化ナトリウム溶液で2回洗浄し、同溶液3mlに懸濁した。その懸濁菌液を25〜50μg/ml濃度のネオマイシンを含む1/2MRS液体培地寒天平板培地(1/2MRS液体培地に寒天 15g/lを添加した培地)に 0.1mlを塗抹し、37℃で3 日間嫌気培養した。そして、生育したネオマイシン耐性株 108株を取得した。
【0009】(2) 生育低下株の取得上記のネオマイシン耐性株を1/2MRS液体培地中で振盪培養し、親株よりも生育が低下した生育低下株4株を取得した。
【0010】(3) ATPase活性の測定上記の生育低下株のATPase活性を測定した。なお、ATPase活性の測定は次のような方法により行った。まず、生育低下株を1/2MRS液体培地が3ml入ったスクリューキャップ付き試験管で16時間培養したものを1/2MRS液体培地3mlの入ったスクリューキャップ付き試験管に660 nmにおける吸光度が約0.03となるように接種し、37℃で静置培養した。18時間培養して得られた定常期の菌体を 8,000×g 、10分、4℃で遠心集菌後、同条件で 2.5mM塩化マグネシウムを含む 100mMトリス−塩酸緩衝液(pH 8)で2回洗浄した。その後、湿菌体1gを同緩衝液5mlに懸濁して超音波処理し、4℃で遠心分離 (20,000×g、10分間) して上清を回収した。そして、この上清を4℃で超遠心分離(100,000×g、1時間) して沈澱を回収し、同緩衝液に懸濁して粗酵素液とした。粗酵素液は氷冷して4℃で保存し、24時間以内に使用した。一方、 5.0mM塩化マグネシウムを含む50mMトリス−塩酸緩衝液(pH 7)に基質として5mMアデノシントリリン酸ナトリウムを溶解して基質溶液とした。
【0011】上記の基質溶液 500μl と粗酵素液 100μl を混合し、37℃で10分間反応させた後、氷冷した0.1N塩酸 300μl を添加して反応を停止した。そして、表1に示した組成の発色液 2.1mlを添加して18℃で10分間発色させた後、3,000rpmで10分間遠心分離して沈澱を除去し、 660nmにおける吸光度を測定した。標準物質をKH2PO4とした標準曲線より遊離された無機リン酸をその吸光度より算出した。酵素活性は1分間に遊離した無機リン酸量で示した。比活性は、ウシ血清アルブミン(BSA)を標準とし、Bio-Rad プロテイン・アッセイキットで測定した蛋白質1mg あたりの酵素活性で示した(H.Kobayashi and Anraku, J.Biochem, 71, 387-399(1972))。
【0012】
【表1】
──────────────────────────────────── 5N硫酸 10ml 2.5%モリブデン酸アンモニウム 10ml 3%硫酸水素ナトリウム−1%パラメチルアミノフェノール硫酸 10ml 水 40ml────────────────────────────────────
【0013】(4) 低ATPase活性株の取得表2に示した通り、親株のATPase活性の10%以下のATPase活性を示した4株を取得した。なお、ATPase活性の最も低い株は親株のATPase活性の7%であった。このATPase活性の最も低い株、ATPase活性低下株B株をラクトバチルス・デルブルッキー・サブスピーシズ・ブルガリクス(Lactobacillus delbrueckii subsp. bulgaricus) SBT 10757 として、工業技術院生命工学工業技術研究所に寄託した (受託番号:FERM P-17555)。
【0014】
【表2】
──────────────────────────── 比活性(nmol/min/mg protein)──────────────────────────── 親株 20.3 ATPase活性低下株A 1.87 ATPase活性低下株B 1.44 ATPase活性低下株C 2.01 ATPase活性低下株D 1.78────────────────────────────
【0015】なお、このラクトバチルス・デルブルッキー・サブスピーシズ・ブルガリクス(Lactobacillus delbrueckii subsp. bulgaricus) SBT 10757 は、親株のラクトバチルス・デルブルッキー・サブスピーシズ・ブルガリクス(Lactobacillusdelbrueckii subsp. bulgaricus) SBT 0164と同様、以下に示す性質を有していたので、ラクトバチルス・デルブルッキー・サブスピーシズ・ブルガリクス(Lactobacillus delbrueckii subsp. bulgaricus) と同定し得る。
【0016】
A 形態的性状 (1)細胞の形: 桿菌 (2)運動性: なし (3)胞子の有無: なし (4)グラム染色性: 陽性B 培地上の生育状態 (1)培養温度15℃ 生育しない (2)培養温度45℃ 生育する
【0017】
C 生理学的性質 (1)カタラーゼ: 陰性 (2)グルコースよりガスを産生しない。
(3)グルコン酸よりガスを産生しない。
(4)グルコースよりホモ乳酸発酵によりD(−)乳酸を産生する。
(5)各種炭水化物の分解性 1. グルコース: + 2. ラクトース: + 3. フラクトース: + 4. マンノース: − 5. ガラクトース: − 6. シュークロース: − 7. マルトース: − 8. セロビオース: − 9. トレハロース: − 10. メリビオース: − 11. ラフィノース: − 12. メレテトース: − 13. マンニトール: − 14. ソルビトール: − 15. ユースクリン: − 16. サリシン: − 17. アミグダリン: −
【0018】
【試験例1】表3に示した培地を充填した 300ml容三角フラスコに、親株であるラクトバチルス・デルブルッキー・サブスピーシズ・ブルガリクス(Lactobacillus delbrueckii subsp. bulgaricus) SBT 0164とATPase活性低下株としてラクトバチルス・デルブルッキー・サブスピーシズ・ブルガリクス(Lactobacillus delbrueckii subsp. bulgaricus) SBT 10757 をそれぞれ接種し、培養温度37℃で発酵特性を比較し、図1に示した。
【0019】
【表3】
────────────────────ペプトン 5 (g/l)肉エキス 2.5酵母エキス 2.5グルコース 10第二リン酸カリウム 1ツイーン80 0.5クエン酸二アンモニウム 1酢酸ナトリウム 2.5硫酸マグネシウム 0.05硫酸マンガン 0.025────────────────────
【0020】発酵開始から発酵20時間までは親株及びATPase活性低下株共に生育に差は認められないが、それ以降はATPase活性低下株の方が約20%ほど生育が低かった。発酵36時間後のpHは親株が4.06、ATPase活性低下株は4.52であり、ATPase活性低下株の酸生成能は親株に比べて顕著に低下していた。
【0021】
【発明の効果】本発明のラクトバチルス・デルブルッキー・サブスピーシズ・ブルガリクス(Lactobacillus delbrueckii subsp. bulgaricus) のATPase活性低下株は、発酵過程においてpHが低下するとその生育が抑制されるので、発酵後に乳酸の生成を抑制する必要がある発酵乳製品等を製造する際に有用である。
【図面の簡単な説明】
図1親株とATPase活性低下株との発酵特性を比較したものである。

【特許請求の範囲】
【請求項1】 細胞膜結合性アデノシントリホスファターゼ(ATPase)活性が低下しているラクトバチルス・デルブルッキー・サブスピーシズ・ブルガリクス(Lactobacillus delbrueckii subsp. bulgaricus) 変異株。
【請求項2】 ラクトバチルス・デルブルッキー・サブスピーシズ・ブルガリクス(Lactobacillus delbrueckii subsp. bulgaricus) SBT 10757 (FERM P-17555)である請求項1記載の変異株。

【図1】
image rotate


【公開番号】特開2001−95561(P2001−95561A)
【公開日】平成13年4月10日(2001.4.10)
【国際特許分類】
【出願番号】特願平11−279332
【出願日】平成11年9月30日(1999.9.30)
【出願人】(000006699)雪印乳業株式会社 (155)
【Fターム(参考)】