説明

新規微生物及びアルカン類の分解方法

【課題】バイオレメディエーション技術の欠点の一つである低温期における活性低下を克服し、その汎用性を高めるために、低温でアルカン等の分解活性の高い微生物を分離し、それを利用したバイオオーギュメンテーション技術を提供する。
【解決手段】産業技術総合研究所特許生物寄託センターに寄託された新規微生物ロドコッカス(Rhodococcus) sp. SCRC−40412(FERM P−20650)菌株、またはロドコッカス(Rhodococcus) sp. SCRC−42236(FERM P−20651)菌株により、アルカン及び/又はアルケンを分解させる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、アルカンまたはアルケン(以下、アルカン類という)、例えばn−ヘキサデカン等を効率よく分解することができる新規微生物に関するものである。
【背景技術】
【0002】
バイオレメディエーションは環境中の汚染物質を微生物の代謝能を利用して分解浄化する技術であり、環境負荷が小さく、処理コストが低いなどの利点を有しているが、冬季などの低温期に分解活性が低下する、高濃度汚染には適していないなどの欠点も有しており、石油類による汚染土壌の浄化技術は物理的化学的手法が主流になっている。従って、バイオレメディエーションを普及させるには、浄化対象となる土壌の温度においても生育して高い分解活性を示す分解菌の探索が望まれる。土壌温度は気温に影響され、地表面から深くなるほど変動が少ないので、浄化対象となる土壌温度は1日の平均気温に近づくと考えられる。
【0003】
石油類分解に関する分解菌の基質分解率は一般に30℃前後で測定されており、低温度下での分解率を記載した情報は少ない。例えばn−ヘキサデカンに関しては0.05%濃度を28℃下、2週間で95%分解するフラボバクテリウム(例えば、特許文献1参照)、0.01%濃度を23℃下、2週間で約50%無機化するロドコッカス属(例えば、非特許文献1参照)が知られている。しかしながら、例えば1971年から2000年までの30年間における1日の平均気温が20℃以上の日数は、札幌が52日、東京が126日、新潟が109日、名古屋が130日、大阪が141日、福岡が137日、鹿児島が162日、那覇が241日であり、平均気温が30℃を越える都市はない。従って、平均的な環境温度における分解活性としては十分とは言えない。また、基質の初期濃度も実用的とは言えない。
【0004】
【特許文献1】特開平6−80号公報
【非特許文献1】L. G. Whyte et. al. Appl. Environ. Microbiol., 64, 2578−2584(1998)
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
本発明の目的は、バイオレメディエーション技術の欠点の一つである低温期における活性低下を克服し、その汎用性を高めるために、低温でアルカン等の分解活性の高い微生物を分離し、それを利用したバイオオーギュメンテーション技術を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明者らは、上記課題を解決すべく、本発明者らの保存菌株を対象に平均的な環境温度領域、特に20℃において高いn−ヘキサデカン分解活性を有する微生物を鋭意探索した結果、ロドコッカスsp. SCRC−40412とロドコッカスsp. SCRC−42236とを見出し、本発明を完成した。
【0007】
即ち本発明は、ロドコッカス(Rhodococcus) sp. SCRC−40412(FERM P−20650)菌株である。また本発明は、ロドコッカス(Rhodococcus) sp. SCRC−42236(FERM P−20651)菌株である。さらに本発明は、これらの菌株により、アルカン類を分解させることを特徴とする、アルカン類の分解方法である。以下に本発明を更に詳細に説明する。
【0008】
本発明者らは、アルカン類を分解するロドコッカスsp.SCRC−40412及びSCRC−42236を次のようにして見出した。まず、グリセロールを含む溶媒に懸濁凍結してある保存菌株を栄養培地で前培養した。次に中試験管にペプトン0.05%、酵母エキス0.01%からなる液体培地3mLを入れ、n−ヘキサデカン30mgを加えた後、保存菌株の前培養液を植菌して20℃振盪培養を行い、培養液の白濁度を目視で観察した。
【0009】
次に30mLガラス遠沈管にペプトン0.05%、酵母エキス0.01%からなる液体培地3mLを入れ、n−ヘキサデカン30mgを加えた後、上記培養液の白濁度の高い菌株を栄養培地で前培養して植菌し、20℃で振盪培養を行った。適当な培養時間の後、全培養液からクロロホルムメタノール混合溶媒で培養液中のn−ヘキサデカンを抽出して、シリカゲル薄層クロマトグラフィー―水素炎イオン化検出法により分析して、この定量値から各菌株の分解率を算出して比較した。この分解率の比較により、分解率の高いロドコッカスsp.SCRC−40412及びSCRC−42236を選抜した。なお、SCRC−40412は能取湖で捕獲した貝類から分離した新規細菌であり、SCRC−42236は九十九里近海で捕獲した魚類の腸内容物から分離した新規細菌である。
【0010】
このロドコッカスsp.SCRC−40412及びSCRC−42236株の16S rDNA塩基配列相同性の解析結果(%)は表1のとおりである。
【0011】
【表1】

16S rDNA塩基配列解析では両菌株ともロドコッカスグラベルラス(Rhodococcus globerulus)に最も近い。
【0012】
またロドコッカスsp.SCRC−40412及びSCRC−42236の菌学的性質は表2のとおりである。
【0013】
【表2】

なお、生育温度の上限は、SCRC−40412は35℃、SCRC−42236は32℃であった。
【0014】
SCRC−40412及びSCRC−42236は以上の菌学的性質から分類学上の位置を「バージーズ・マニュアル・オブ・システマティック・バクテリオロジー」に従って検索した結果、ロドコッカス属に属すると考えられた。しかし、16S rDNA塩基配列では最も近縁のロドコッカスグラベルラスと比較して、生育温度と糖の発酵性に違いが見られた。又、SCRC−40412はイノシトールとグルコン酸ナトリウムを資化する点でロドコッカスグラベラスとは異なる。ロドコッカス属の中には生育温度の上限が30℃で、ヘキサデカンを分解する種も知られているが、20℃における分解率の記載がなく、16S rDNA塩基配列はロドコッカスエリスロポリスと99.8%の相同性を有する点でSCRC−40412およびSCRC−42236とは異なる(P. Rapp and L.H. E. Gabriel−Jurgens, Microbiology, 149, 2879−2890(2003))。現在のところ、16S rDNA塩基配列及び菌学的性質がSCRC−40412およびSCRC−42236と一致する種は見当たらないので、これらの菌株は新菌株と考えられる。これらの菌株は、産業技術総合研究所特許生物寄託センターに受託番号FERM P−20650(SCRC−40412)及びFERM P−20651(SCRC−42236)として寄託されている。
【0015】
これらの菌株は、アルカン類を炭素源として利用するので、結果としてアルカン類を分解することができる。アルカン類としては特に限定はないが、好ましくは炭素数14〜36のアルカン類であり、例えばn−ヘキサデカン等をあげることができる。また環状構造を有するものであってもよい。
【0016】
アルカン類の分解方法には特に限定はなく、これらの菌株に無機質、水分、および空気の存在下、アルカン類を接触させればよい。菌株の使用にあたり、菌体としてはその生細胞、凍結物、または凍結乾燥物のいずれを用いることもできる。また分解させる時の温度は、分解させるアルカン類の種類に応じて適宜選択すればよいが、30℃以下で効率よくアルカン類を分解することができる。また平均的な環境温度において充分な分解活性を有し、例えばn−ヘキサデカンでは20℃前後で充分に分解することができる。
【0017】
また本発明の方法により、土壌または水中などの環境中に存在するアルカン類を分解することができるため、汚染された環境の浄化を行うことができる。特に本発明による微生物は、30℃以下で効率よくアルカン類を分解することができ、また平均的な環境温度下で顕著な分解活性を有しながらも、前述のように生育温度の上限が低いため、環境中で無制限に増殖する恐れが小さい。従って、本発明による微生物は、環境浄化に用いられるだけでなく、開放系でのバイオレメディエーションにも好適に用いることができる。
【発明の効果】
【0018】
本発明による微生物は、アルカン類を環境温度下で効率よく分解することができ、その一方で生育温度の上限が低いために、環境浄化、特に開放系でのバイオレメディエーションに用いることができる。ことに石油類汚染土壌・地下水などの浄化は社会的に要求されており、平成17年3月に経済産業省と環境省の統一指針が告示されたことなどから、分解微生物を用いる環境浄化技術の開発と利用が促進されると見込まれ、本発明はその技術の一つとして利用される可能性が高い。
【実施例】
【0019】
以下に実施例を挙げて本発明を説明する。しかし本発明はこれら実施例のみに限定されるものではない。
【0020】
実施例−1
ロドコッカスsp.SCRC−40412及び42236を表3に示した培地1の3mLそれぞれに植菌し、20℃で24時間培養した。n−ヘキサデカン10mgを入れた30mLガラス遠沈管に各々の培養液を1mLづつ添加して、通気性のあるシリコ栓を取り付け、20℃で振盪培養を開始した。なお、分解実験は2系列で行った。
【0021】
振盪培養12日目にクロロホルム/メタノール(1:2,v/v)を3mL、内部標準物質としてドコサン酸メチルエステル10mgを含むクロロホルム1mL、蒸留水を1mL加えてn−ヘキサデカンを振盪抽出した。更にクロロホルム1mLを加えた振盪抽出を2回繰り返し、抽出液を併せてその一部をシリカゲル薄層クロマトグラフィー―水素炎イオン化検出法により分析した。表4に用いた両株の培養液の濁度(OD610nm)と培養12日目のn−ヘキサデカンの量を示した。尚、培養液の代わりに未植菌の同じ培地1mLを添加した試料をコントロールとした。
【0022】
未植菌の培地を添加したコントロールのn−ヘキサデカンが7.4±0.3mgであったのに対し、ロドコッカスsp.SCRC−40412と42236の培養液を添加した試料は各々3.6±0.3mgと1.8±0.2mgであり、おのおのコントロールに対して0.49±0.04と0.25±0.02に減少した。
【0023】
【表3】

【0024】
【表4】

実施例−2
ロドコッカスsp.SCRC−40412をn−ヘキサデカン1.0%を含む表3に示した培地1の3mLに植菌し、20℃で24時間培養した後、濁度(OD610nm)を測定したところ2.15であった。この培養液を氷冷遠心して菌体を集め、培地1の0.1mLに懸濁した。次に、30mLガラス遠沈管にn−ヘキサデカン10mgを入れ、表3の培地1、表5の培地2又は表6の培地3の1mLを入れて懸濁し、上記菌体懸濁液を0.1mLづつ添加した。通気性のあるシリコ栓を取り付け、20℃で振盪培養を開始した。なお、分解実験は2系列で行った。
【0025】
振盪培養14日目に、実施例−1と同様の操作で試料中のn−ヘキサデカンを抽出し、シリカゲル薄層クロマトグラフィー―水素炎イオン化検出法により定量した。その結果を表7に示した。ロドコッカスsp.SCRC−40412株を加えていないコントロールのn−ヘキサデカンが7.5±0.2 mgであったのに対して、培地1、2及び3の試料は2.5±0.1 mg、6.6±0.1 mg及び1.5±0.0 mgであり、各々コントロールの0.33±0.02、0.88±0.03と0.20±0.01に減少した。
【0026】
【表5】

【0027】
【表6】

【0028】
【表7】

実施例−3
ロドコッカスsp.SCRC−40412を表3に示した培地1の40mLに植菌し、20℃で24時間培養した後、濁度(OD610nm)を測定したところ1.92であった。この培養液0.14mLと2.9mLを遠心して菌体を集め、同じ培地0.1mLに懸濁した。次に、n−ヘキサデカン10mgを入れた30mLガラス遠沈管に表6の組成の培地1mLを入れ、上記菌体懸濁液を添加した。通気性のあるシリコ栓を取り付け、20℃で振盪培養を開始した。なお、分解実験は2系列で行った。
【0029】
振盪培養14日目に、実施例−1と同様の操作で試料中のn−ヘキサデカンを抽出し、シリカゲル薄層クロマトグラフィー―水素炎イオン化検出法により定量した。その結果を表8に示した。ロドコッカスsp.SCRC−40412を加えていないコントロールのn−ヘキサデカンが7.6±0.3mgであったのに対して、ロドコッカスsp.SCRC−40412の培養液2.9mL相当を加えた試料のn−ヘキサデカンは0.4±0.3mgであり、コントロールの5%に低下した。
【0030】
【表8】

実施例−4
ロドコッカスsp.SCRC−40412を表3に示した培地1の40mLに植菌し、20℃で24時間培養した後、培地1で70%に希釈した。次に、n−ヘキサデカン10mgを入れた30mLガラス遠沈管に菌体を懸濁した培地1mL、オートクレーブで120℃、20分間加熱した土壌を0、0.1又は0.3gを入れ、上記菌体懸濁液0.15mLを添加した。通気性のあるシリコ栓を取り付け、20℃で振盪培養を開始した。なお、分解実験は2系列で行った。培養14日目に実施例1と同様にn−ヘキサデカンを抽出し定量した。その結果を表9に示した。
【0031】
土壌0.3gが共存しているスラリー系において、ロドコッカスsp.SCRC−40412を加えていないコントロールのn−ヘキサデカンが7.1±0.4mgであったのに対して、ロドコッカスsp.SCRC−40412を加えた試料のn−ヘキサデカンは3.4±0.1mgであり、コントロールの47%に低下した。
【0032】
【表9】

実施例−5
ロドコッカスsp.SCRC−42236を表3に示した培地1の19mLに植菌し、20℃で24時間培養した後、遠心で菌体を集めた。次に表6に示した培地3の0.8mLに懸濁した。次に、n−ヘキサデカン10mgを入れた30mLガラス遠沈管に菌体を懸濁した培地1mL、オートクレーブで120℃、20分間加熱した土壌を0、0.3又は1.0gを入れ、上記菌体懸濁液0.1mLを添加した。通気性のあるシリコ栓を取り付け、20℃で振盪培養を開始した。なお、分解実験は2系列で行った。培養15日目に、実施例1と同様にn−ヘキサデカンを抽出し定量した。その結果を表10に示した。
【0033】
土壌1.0gが共存しているスラリー系において、ロドコッカスsp.SCRC−42236を加えていないコントロールのn−ヘキサデカンが6.6±0.0mgであったのに対して、ロドコッカスsp.SCRC−42236を加えた試料のn−ヘキサデカンは3.8±0.0mgであり、コントロールの57%に低下した。
【0034】
【表10】


【特許請求の範囲】
【請求項1】
ロドコッカス(Rhodococcus) sp. SCRC−40412(FERM P−20650)菌株。
【請求項2】
ロドコッカス(Rhodococcus) sp. SCRC−42236(FERM P−20651)菌株。
【請求項3】
請求項1または2に記載の菌株により、アルカン及び/又はアルケンを分解させることを特徴とする、アルカン及び/又はアルケンの分解方法。

【公開番号】特開2007−104936(P2007−104936A)
【公開日】平成19年4月26日(2007.4.26)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−297784(P2005−297784)
【出願日】平成17年10月12日(2005.10.12)
【出願人】(000003300)東ソー株式会社 (1,901)
【出願人】(000173762)財団法人相模中央化学研究所 (151)
【Fターム(参考)】