説明

新規有機化合物およびそれを有するエレクトロクロミック素子

【課題】酸化還元反応の繰り返しに対して高い安定性を有するとともに、電気的中性の状態で消色し高い透明性を有し、かつ着色時の温度変化に対する色安定性に優れた新規エレクトロクロミック化合物を提供する。
【解決手段】下記一般式[1]で示されることを特徴とする有機化合物を提供する。


[1]AおよびA’はそれぞれ独立に水素原子、炭素原子数1以上20以下のアルキル基、炭素原子数1以上20以下のアルコキシ基、アリール基から選ばれる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は新規有機化合物およびそれを有するエレクトロクロミック素子に関する。
【背景技術】
【0002】
電気化学的な酸化還元反応により、物質の光学吸収の性質(呈色状態や光透過度)が変化するエレクトロクロミック(以下ECと省略する場合がある)材料としては種々の材料が報告されている。無機EC材料としては、WO等の金属酸化物を用いるものが知られている。有機EC材料としては、特許文献1に記載の導電性高分子を用いたEC素子や非特許文献1に記載のオリゴチオフェン等の有機低分子を用いたEC材料等が知られている。
【0003】
特許文献1の導電性高分子は、これら導電性高分子を電気化学的に酸化または還元すると、主鎖のπ共役鎖長が変わり、吸収波長が変化する。
【0004】
これら導電性高分子は、中性状態では可視光領域に吸収を有するため着色しており、酸化された状態では、吸収波長が長波長側(赤外領域側)へシフトする、すなわち可視光領域に吸収を有さなくなるので、EC素子は消色する。
【0005】
また、非特許文献1のオリゴチオフェン系化合物においては、溶液中においてオリゴチオフェン誘導体を酸化及び還元することによりその吸収波長が変化すること、およびオリゴチオフェン誘導体の末端基を置換基でブロックすることにより酸化重合が抑制できることを開示している。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特開昭56−67881号公報
【非特許文献】
【0007】
【非特許文献1】M.G.Hill,J.F.Penneau,B.Zinger,K.R.Mann,L.L.Miller,Chemistry of Materials,4(1992)1106
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
特許文献1では、不安定なラジカルカチオンを分子内で非局在化することで安定性を高めている。しかし、その安定性は十分ではなく、酸化還元反応を繰り返した場合、材料が劣化し性能が低下する課題がある。
【0009】
また、この導電性高分子は、中性状態で可視光に吸収帯を有する。そのため電気化学反応が不十分な部分がある場合は、消え残りが生じ、高透明性を発現することは困難である。
【0010】
非特許文献1では、オリゴチオフェン系化合物等のπ電子を有する芳香族系化合物が開示されている。
【0011】
開示された芳香族化合物の酸化による生成物は、ラジカルカチオン単量体と、そのπ電子雲の重なりにより生じる二量体(π−ダイマー)との平衡反応にある。
【0012】
π−ダイマーの吸収波長と単量体ラジカルカチオンの吸収波長とは異なる。さらに、π−ダイマーと単量体ラジカルカチオンとの存在比は温度依存性がある。
【0013】
すなわち、着色時の光吸収波長や光吸収強度の温度依存性があるため、EC素子をデバイスとして用いる際、温度によって着色時の色が変わるという課題があった。
【0014】
そこで、本発明は、酸化還元繰り返し時の安定性および消色時に可視光領域に光吸収を持たない高い透明性を有し、かつ着色時のπ−ダイマー生成を抑制し温度変化に対する色安定性に優れた有機化合物を提供することを目的とする。また、その有機化合物を有するEC素子を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0015】
よって、本発明は下記の一般式[1]で示されることを特徴とする有機化合物を提供する。
【0016】
【化1】


[1]
【0017】
一般式[1]において、A1乃至A4はそれぞれ独立に水素原子、炭素原子数1以上20以下のアルキル基、炭素原子数1以上20以下のアルコキシ基、アリール基から選ばれる。ただし、A1乃至A4の少なくともいずれかひとつは前記アルキル基または前記アルコキシ基または前記アリール基である。
【0018】
前記アリール基は炭素原子数1以上4以下のアルキル基または炭素原子数1以上4以下のアルコキシ基を置換基として有してよい。
【0019】
R1乃至R4はそれぞれ独立に水素原子、ハロゲン原子、または、炭素原子数1以上20以下のアルキル基、炭素原子数1以上20以下のアルコキシ基、炭素原子数1以上20以下のアルキルエステル基、アリール基、シアノ基を表す。
【0020】
前記アリール基は炭素数1以上4以下のアルキル基を置換基として有してよい。
【発明の効果】
【0021】
本発明によれば、酸化還元反応の繰り返しに対して高い安定性を有するとともに、電気的中性の状態で消色し高い透明性を有し、かつ着色時の温度変化に対する色安定性に優れた有機化合物を提供できる。
【図面の簡単な説明】
【0022】
【図1】本実施形態に係る有機化合物の一例の分子モデルを示した図である。
【図2】例示化合物B−1およびB−2の中性状態における紫外可視吸収スペクトルを示した図である。
【図3】例示化合物B−1の酸化に伴う透過率の変化を示した図である。
【発明を実施するための形態】
【0023】
本発明に係る有機化合物は下記一般式[1]で示される。
【0024】
【化2】


[1]
【0025】
一般式[1]において、A1乃至A4はそれぞれ独立に水素原子、炭素原子数1以上20以下のアルキル基、炭素原子数1以上20以下のアルコキシ基、アリール基から選ばれる。ただし、A1乃至A4の少なくともひとつは前記アルキル基または前記アルコキシ基または前記アリール基である。
【0026】
前記アリール基は炭素原子数1以上4以下のアルキル基または炭素原子数1以上4以下のアルコキシ基を置換基として有してよい。
【0027】
R1乃至4はそれぞれ独立に水素原子、ハロゲン原子、または、炭素原子数1以上20以下のアルキル基、炭素原子数1以上20以下のアルコキシ基、炭素原子数1以上20以下のアルキルエステル基、アリール基、シアノ基を表す。
【0028】
前記アリール基は炭素数1以上4以下のアルキル基を置換基として有してよい。
【0029】
A1乃至A4で表される炭素原子数が1以上20以下のアルキル基としては、メチル基、エチル基、ノルマルプロピル基、イソプロピル基、n−ブチル基、tert−ブチル基、ペンチル基、オクチル基、ドデシル基、シクロヘキシル基、ビシクロオクチル基、アダマンチル基等が挙げられる。
【0030】
さらに、アルキル基中の水素原子がフッ素原子に置換されて、例えば、トリフルオロメチル基等となっていてもよい。
【0031】
A1乃至A4で表わされる炭素原子数が1以上20以下のアルコキシ基としては、例えば、メトキシ基、エトキシ基、イソプロポキシ基、n−ブトキシ基、tert−ブトキシ基、エチルヘキシルオキシ基、オクチルオキシ基、デシルオキシ基等が挙げられる。
【0032】
A1乃至A4で表されるアリール基としては、例えばフェニル基、ビフェニル基、ターフェニル基、フルオレニル基、ナフチル基、フルオランテニル基、アンスリル基、フェナンスリル基、ピレニル基、ペリレニル基等が挙げられる。
【0033】
上記アリール基がさらに有してもよい置換基として、ハロゲン原子、炭素原子数1以上4以下のアルキル基、炭素原子数1以上4以下のアルコキシ基、アリール基が挙げられる。
【0034】
R1乃至R4で表されるアルキル基、アルコキシ基、アリール基の具体例は、上述したA1乃至A4に設けられる置換基であるアルキル基、アルコキシ基、アリール基の具体例と同様である。またアルキル基は、水素原子がフッ素原子に置換されていてもよい。
【0035】
A1乃至A4の少なくともひとつは前記アルキル基または前記アルコキシ基または前記アリール基である。
【0036】
図1は、本発明に係る有機化合物の中でA1乃至A4がイソプロポキシ基またはメトキシ基の場合の分子の立体構造を示している。
【0037】
符号1はジチエノチオフェン骨格であり、符号2はケージ部位となるイソプロポキシ基およびメトキシ基を有するフェニル基である。
【0038】
コア部位であるジチエノチオフェン骨格は、ケージ部位であるA1乃至A4を有するフェニル基によって、他分子との分子間接触が困難な構造となる。
【0039】
コアの光吸収部位となるジチエノチオフェン構造をA1乃至A4の置換基が立体的に保護する効果を発揮するためには、A1乃至A4の置換基は嵩高い置換基が好ましい。
【0040】
具体的にはメチル基、エチル基、プロピル基、イソプロピル基、n−ブチル基、イソブチル基、sec−ブチル基、tert−ブチル基、ドデシル基、メトキシ基、イソプロポキシ基、tert−ブトキシ基、エチルヘキシルオキシ基、フェニル基、ビフェニル基が好ましい。このフェニル基、ビフェニル基はアルキル基を置換基として有してよい。
【0041】
つまり、炭素原子数1以上4以下のアルキル基や炭素原子数1以上4以下のアルコキシ基、置換あるいは無置換のアリール基が好ましい。
【0042】
A1乃至A4で表される置換基は、コア部位のジチエノチオフェン構造の電子密度を上げることでコア部位に生成したラジカルカチオンを安定化させることができるので、電子供与性の物がより望ましい。
【0043】
電子供与性が高く嵩高い置換基としてはイソプロポキシ基、tert−ブトキシ基、エチルヘキシルオキシ基などの低級のアルコキシ基が特に望ましい。
【0044】
A1およびA3の組またはA2およびA4の組の少なくともひとつがアルキル基またはアルコキシ基またはアリール基である場合、他方の組は水素原子でも構わない。
【0045】
R1乃至R4で表される置換基として、アルキル基、アルコキシ基、アリール基は、上述したA1乃至A4に設けられる置換基であるアルキル基、アルコキシ基、アリール基の具体例と同様である。
【0046】
およびRで表されるアルキルエステル基としては、メチルエステル基、エチルエステル基、n−プロピルエステル基、イソプロピルエステル基、n−ブチルエステル基、tert−ブチルエステル基、ペンチルエステル基、イソペンチルエステル基、tert−アミルエステル基、ヘキシルエステル基、ヘプチルエステル基、オクチルエステル基、エチルヘキシルエステル基、シクロペンチルエステル基、シクロヘキシルエステル基等が挙げられる。
【0047】
これらのR1乃至R4で表される置換基のうち、電子供与性の置換基はコアのジチエノチオフェン部位の電子密度を高める効果がある。
【0048】
R1乃至R4で表される置換基の電子供与により酸化電位が低くなり、EC素子とした際の駆動電圧を低くする効果、および酸化により生成するラジカルカチオンの安定性を高める効果がある。
【0049】
そのため、R1乃至R4で表される置換基としては、特にメチル基、イソプロピル基、メトキシ基、イソプロポキシ基等の低級アルキル基および低級アルコキシ基が好ましい。これらの置換基は電子供与性が高いためである。
【0050】
これらのR1乃至R4で表される置換基のうち、アルコキシ基やアルキルエステル基等の極性置換基は、極性溶媒への溶解性を高めることができるため、エレクトロクロミック層および電解質層がともに溶液層であるEC素子に好適に用いられる。
【0051】
これは、EC材料をEC層および電解質層に高濃度溶解することで、着色時の高コントラスト化が可能となるためである。
【0052】
この観点では、R1乃至R4で表される置換基としては、特にメチルエステル基、イソプロピルエステル基、tert−ブチルエステル基、メトキシ基、イソプロポキシ基が好ましい。
【0053】
アルキルエステル等の極性基は、ジチエノチオフェンに結合するフェニル基のメタ位またはパラ位に設けられることが好ましい。
【0054】
酸化により生成するジチエノチオフェンのラジカルカチオンとエステル等の極性基との副反応や、酸化還元に伴う電解重合等の副反応を抑制するためである。
【0055】
すなわち、置換基Rを分子内に導入する場合、下記一般式[2]で表わされる構造式中、R21、R22、R23のうち少なくとも一つがハロゲン原子、アルキル基、アルコキシ基、アルキルエステル基、アリール基、シアノ基であることが好ましい。
【0056】
【化3】


[2]
【0057】
(一般式[2]において、R24、R25は水素原子である)
R4で表される置換基も一般式[2]と同様である。
【0058】
本発明に係る有機化合物は、光吸収部位となるコアのジチエノチオフェン構造と、ジチエノチオフェンの2位および6位にオルト位に置換基を有するフェニル基、およびジチエノチオフェンの3位および5位にフェニル基が導入された構造とから構成されている。
【0059】
本発明に係る有機化合物の構造のコアとなるジチエノチオフェン構造は、光吸収部位である。
【0060】
このジチエノチオフェン構造は、3つのチオフェン環が縮環した構造を有している。ジチエノチオフェンは、導電性高分子と比較してπ共役系が短い。
【0061】
π共役系が短いことは吸収光のエネルギーが高いことを示し、エネルギーが高い光はその波長が短い。
【0062】
本発明に係る有機化合物は中性状態で紫外領域に光吸収を持ち、可視光領域に吸収を持たないので、高い透明性を示す。また、酸化状態においては可視光領域に光吸収を有し着色状態となる。
【0063】
本発明に係る化合物は、電気化学反応が不十分な部分があったとしても、酸化される前の状態で可視光領域に吸収帯を有さないため、高い透明性を維持できる。
【0064】
これに対して、導電性高分子の場合は酸化される前の状態で可視光領域に光吸収を有するため、酸化状態においても、電気化学反応が不十分な部分には可視光領域に吸収帯を有する消え残りが見られる場合がある。
【0065】
本発明に係る化合物のコア部位であるジチエノチオフェンは分子平面性が高い。
【0066】
それゆえ共鳴構造により、酸化状態時に生成するラジカルカチオンの安定性を高める効果があるものの、ジチエノチオフェンのラジカルカチオンの安定性は十分ではない。
【0067】
そこで、本発明に係る化合物はジチエノチオフェンの2位および6位に、オルト位に置換基を有するフェニル基を導入した。
【0068】
置換基を有する嵩高いフェニル基を導入することで、ラジカルカチオンを生成するジチエノチオフェン骨格を立体障害により保護する効果を有する。
【0069】
ラジカルカチオンの不安定性は、ラジカルの高い反応性によるラジカル同士の再結合や、ラジカルによる他分子の水素引き抜き等に起因する。つまり、ラジカルと他分子との接触によりラジカルが反応することに起因する。
【0070】
そのため、ジチエノチオフェンと結合するオルト位に置換を有するフェニル基による立体障害の効果がラジカルカチオンの安定性を高める効果は高い。なぜならば、立体障害基が他分子との接触を抑制するためである。
【0071】
例えば、ジチエノチオフェン骨格をその平面と考えると、上記オルト位に置換基を有するフェニル基はジチエノチオフェンの平面と垂直に近い平面に存在する。
【0072】
従って、嵩高いオルト位に置換基を有するフェニル基が立体障害となることで、ジチエノチオフェン骨格は、他分子との接触が抑制される効果がある(ケージ効果)。
【0073】
この立体障害性基A1乃至A4を有するフェニル基の部位(ケージ部位)の構造は、ジチエノチオフェン部位(コア部位)を他の分子等との接触を抑制するので、コア部分を包摂するような分子形状がより望ましい。
【0074】
従って、フェニル基に導入する置換基は嵩高いことが望ましい。
【0075】
コア部位とケージ部位との間には電子共鳴効果が小さいことが好ましい。すなわち、コア部位とケージ部位との間で共役構造を形成しないことが好ましい。
【0076】
そのためには、コア部位とケージ部位とが成す二面角が、90°に近いことが好ましい。
【0077】
この観点ではケージ部位であるフェニル基の両オルト位を置換基で置換したものが片側置換のフェニル基に比べて望ましい。
【0078】
これにより、コア部位に局在的に存在するHOMO(最高被占分子軌道)のケージ部位へのしみだしを減少させることができる。
【0079】
実際の分子においては量子化学的な揺らぎがあるので分子軌道は完全には断絶しないものの、ケージ部位とコア部位のπ電子の軌道が直交している場合には共鳴がない。
【0080】
このことから、コア部位と連結するケージ部位であるフェニル基はコア部位の分子面に対して90°に近い角度を有することが望ましい。
【0081】
本発明に係る化合物が有するケージ効果においては、酸化電位の低いコア部位に対して、酸化電位がコア部位よりも高いケージ部位を設けることが好ましい。
【0082】
酸化電位が高い部位は酸化に対して安定である。
【0083】
このような構成においては酸化時のラジカルおよびカチオンをコア部位に局在化させるため、分子外部からの接触をうけにくいので、ラジカルカチオン状態の安定性を大幅に改善できる。
【0084】
本発明に係る化合物は、そのコア部位であるジチエノチオフェンの3位および5位にフェニル基を設けることで、3つの効果を有している。
【0085】
1つ目の効果は、立体障害性基A1乃至A4を有するフェニル基の部位(ケージ部位)によるケージ効果をより高める効果である。
【0086】
ジチエノチオフェンの3位および5位にフェニル基が置換されているため、ジチエノチオフェンの2位および6位のフェニル基の平面は、ジチエノチオフェンの平面とより90°近い角度で交わった分子構造をとりやすくなる。
【0087】
なぜならば、立体障害性基A1乃至A4はジチエノチオフェンの3位および5位のフェニル基による立体障害のため、ジチエノチオフェンの平面とより90°に近い角度で交わった分子構造を取った方がエネルギー的に安定であるためである。
【0088】
2つ目の効果は、ジチエノチオフェンの3位および5位に存在する水素原子をフェニル基で置き換えることにより、ラジカルカチオンと反応する可能性のある水素原子が除去されるので、安定性が高まる効果である。
【0089】
3つ目の効果は、他分子との接触を抑制するため、酸化により生成するラジカルカチオンの二量体(π−ダイマー)の形成を抑制する効果もある。
【0090】
π−ダイマーは、ラジカルカチオン単量体のπ電子雲の重なりにより生じることが知られている。
【0091】
本発明に係る有機化合物は、ケージ部位によりジチエノチオフェン分子同士の距離を引き離しジチエノチオフェン部位を孤立させることで、π電子雲の重なりを抑制することができる。
【0092】
本発明に係る有機化合物は、π−ダイマーの形成を抑制し、単量体の存在比率が高い。
【0093】
そのため、酸化状態では、ラジカルカチオン単量体に起因する吸収による着色が現れる。
【0094】
本発明に係る有機化合物は、π−ダイマーの形成を抑制するので、温度変化によるエレクトロクロミック特性(色特性)の変化を抑制できる。
【0095】
単色性が要求されるデバイスとしてEC素子を用いる場合、π−ダイマー形成の抑制は、吸収スペクトルの単色化の面で効果が大きい。
【0096】
以下に本発明に係る化合物の具体的な構造式を例示する。但し、本発明に係る化合物はこれらに限定されるものではない。
【0097】
【化4】

【0098】
【化5】

【0099】
【化6】

【0100】
【化7】

【0101】
【化8】

【0102】
【化9】

【0103】
例示化合物のうち、A群に示す化合物は一般式[1]のA1乃至A4がアルキル基または水素原子であり、B群に示す化合物はA1乃至A4がアルコキシ基または水素原子であり、C群に示す化合物はA1乃至A4がアリール基または水素原子である。
【0104】
一方、D群に示す化合物は、一般式[1]のR1乃至R4で表される基の一部が、水素原子以外のハロゲン原子、アルキル基、アルコキシ基、アリール基、シアノ基で置換された化合物である。
【0105】
A1乃至A4で示される構造は置換フェニル基のオルト位に存在するため、そのケージ効果によりコアのジチエノチオフェン構造を立体障害で保護する骨格となっている。
【0106】
よって、これらの化合物をEC材料として用いたEC素子では、酸化還元反応の繰り返しに対する耐久性が高く、またπ−ダイマーの形成を抑制することで温度変化に対する着色時の色特性安定性に優れる。
【0107】
本発明に係る有機化合物は、下記式[3]で示される反応を用いて合成できる。式中Xはハロゲン原子である。3,5−ジブロモジチエノチオフェンのハロゲン体と置換基Rを含んだフェニルボロン酸もしくはフェニルボロン酸エステル化合物とのPd触媒によるカップリング反応により、ジチエノチオフェンの3,5位にフェニル基を導入し、さらに2,6位をハロゲン化した後、オルト位にA1からA4で示される置換基を有するフェニル基のボロン酸もしくはボロン酸エステル化合物と再度カップリング反応を行うことで合成することができる。尚、前記カップリング反応において、ハロゲン体とボロン酸含有化合物の組み合わせは、逆の組み合わせ(ジチエノチオフェンのボロン酸誘導体+ハロゲン体含有フェニル基)でも可能である。
【0108】
【化10】


[3]
【0109】
次に、本実施形態に係るEC素子について説明する。
【0110】
本実施形態に係るEC素子の第一の態様は、一対の電極と前記一対の電極の間に配置されるエレクトロクロミック層および電解質層とを有する素子である。このEC層が本発明に係る有機化合物を有する。
【0111】
本実施形態に係るEC素子は、電極基板上に本発明に係る有機化合物を成膜することにより得ることができる。
【0112】
成膜法としては特に限定されないが、例えば、スピンコーティング、ディッピング、キャスト法、LB法、インクジェット法等の塗布法や、真空蒸着法、イオン化蒸着法、スパッタリング、プラズマなどにより膜を形成することができる。
【0113】
溶液による塗布の方法において用いられる溶媒としては、EC化合物を溶解し、塗布後揮発等により除去されうるものであれば、特に限定されない。
【0114】
例えば、ジメチルスルホキシド、ジメチルアセトアミド、ジメチルホルムアミド、N−メチルピロリドン、プロピレングリコールメチルエーテルアセテート、ジメトキシエタン、アセトニトリル、プロピオンニトリル、テトラヒドロフラン、ジオキサン、メタノール、エタノール、プロパノール、クロロホルム、トルエン、キシレン、メチルエチルケトン、シクロヘキサノン等が挙げられる。
【0115】
イオン伝導層に用いるイオン伝導性物質としては、イオン解離性の塩で、溶液に良好な溶解性、あるいは固体電解質に高い相溶性を示し、EC化合物の着色を確保できる程度に電子供与性を有するアニオンを含む塩であれば特に限定されない。
【0116】
例えば液系イオン伝導性物質、ゲル化液系イオン伝導性物質あるいは固体系イオン伝導性物質等を用いることができる。
【0117】
上記液系イオン伝導性物質としては、溶媒に塩類、酸類、アルカリ類等の支持電解質を溶解したもの等を用いることができる。上記溶媒としては、支持電解質を溶解できるものであれば特に限定されないが、特に極性をするものが好ましい。
【0118】
具体的には水や、メタノール、エタノール、プロピレンカーボネート、エチレンカーボネート、ジメチルスルホキシド、ジメトキシエタン、アセトニトリル、γ−ブチロラクトン、γ−バレロラクトン、スルホラン、ジメチルホルムアミド、ジメトキシエタン、テトラヒドロフラン、アセトニトリル、プロピオンニトリル、ジメチルアセトアミド、メチルピロリジノン、ジオキソラン等の有機極性溶媒が挙げられる。
【0119】
支持電解質としての塩類は、例えば各種のアルカリ金属塩、アルカリ土類金属塩などの無機イオン塩や4級アンモニウム塩や環状4級アンモニウム塩などがあげられる。
【0120】
具体的にはLiClO、LiSCN、LiBF、LiAsF、LiCFSO、LiPF、LiI、NaI、NaSCN、NaClO、NaBF、NaAsF、KSCN、KCl等のLi、Na、Kのアルカリ金属塩等や、(CHNBF、(CNBF、(n−CNBF、(CNBr、(CNClO、(n−CNClO等の4級アンモニウム塩および環状4級アンモニウム塩等が挙げられる。
【0121】
上記ゲル化液系イオン伝導性物質としては、上記液系イオン伝導性物質に、さらにポリマーやゲル化剤を含有させたりして粘稠性が高いもの若しくはゲル状としたもの等を用いることができる。
【0122】
上記ポリマー(ゲル化剤)としては、例えばポリアクリロニトリル、カルボキシメチルセルロース、ポリ塩化ビニル、ポリエチレンオキサイド、ポリプロピレンオキサイド、ポリウレタン、ポリアクリレート、ポリメタクリレート、ポリアミド、ポリアクリルアミド、ポリエステル、ナフィオン(登録商標)などが挙げられる。
【0123】
上記固体系イオン伝導性物質としては、室温で固体であり、かつイオン伝導性を有するものであれば特に限定されず、ポリエチレンオキサイド、オキシエチレンメタクリレートのポリマー、ナフィオン(登録商標)、ポリスチレンスルホン酸などが挙げることができる。
【0124】
これらの電解質材料は、単独で使用してもよく、あるいは複数併用してもよい。
【0125】
電極材料としては、例えば、酸化インジウムスズ合金(ITO)、酸化スズ(NESA)、酸化インジウム亜鉛(IZO)、酸化銀、酸化バナジウム、酸化モリブデン、金、銀、白金、銅、インジウム、クロムなどの金属や金属酸化物、多結晶シリコン、アモルファスシリコン等のシリコン系材料、カーボンブラック、グラファイト、グラッシーカーボン等の炭素材料などを挙げられる。
【0126】
また、ドーピング処理などで導電率を向上させた導電性ポリマー(例えば、ポリアニリン、ポリピロール、ポリチオフェン、ポリアセチレン、ポリパラフェニレン、ポリエチレンジオキシチオフェン(PEDOT)とポリスチレンスルホン酸の錯体など)も好適に用いられる。
【0127】
本実施形態に係るEC素子は光学フィルタに用いることができる。光学フィルタとしては、NDフィルタや波長を変調するフィルタ等が挙げられる。
【0128】
本実施形態に係るEC素子を有する光学フィルタは、カメラ等の撮像素子に用いることができる。その際に、光学フィルタが取り付けられる位置は限定されるものではない。具体的には、撮像素子の前であっても、レンズ等の撮像光学系と一体となっていても、撮像光学系と撮像素子との間にあってもよい。
【0129】
光学フィルタの駆動はTFT素子等のスイッチング素子よって制御される。このスイッチング素子はEC素子に接続されており、EC素子の駆動を制御する。
【0130】
撮像素子の前にある場合は、撮像装置が光学フィルタを有してもよい。
【0131】
撮像光学系と一体となる場合は、光学フィルタを有するレンズユニットとなる。
【0132】
光学フィルタは、透明性も必要とされるため、可視光領域に光吸収を示さないITO、IZO、NESA、導電率を向上させた導電性ポリマーが電極として特に好ましく用いられる。
【0133】
これらはバルク状、微粒子状など様々な形態で使用できる。尚、これらの電極材料は、単独で使用してもよく、あるいは複数併用してもよい。
【0134】
本実施形態に係るEC素子の形成方法は特に限定されず、電極基板上にEC層を形成し、基板とシールされた対向電極の基板との間に設けた間隙に、真空注入法、大気注入法、メニスカス法等によって注入する方法や、電極基板またはEC層を成膜した電極基板上にイオン伝導性物質の層を形成した後、対向電極基板を合わせる方法や、フィルム状のイオン導電性物質を用いて合わせる方法等を用いることができる。
【0135】
本実施形態に係るEC素子の第二の態様は、一対の電極と前記一対の電極の間に配置されるエレクトロクロミック層および電解質層が溶液層である素子である。
【0136】
この場合の溶液層はエレクトロクロミック材料が溶解するとともに、支持電解質を溶解できるものであれば特に限定されないが、極性を有する(誘電率が高い)ものが好ましい。
【0137】
具体的には水や、メタノール、エタノール、プロピレンカーボネート、エチレンカーボネート、ジメチルスルホキシド、ジメトキシエタン、アセトニトリル、γ−ブチロラクトン、γ−バレロラクトン、スルホラン、ジメチルホルムアミド、ジメトキシエタン、テトラヒドロフラン、アセトニトリル、プロピオンニトリル、ベンゾニトリル、ジメチルアセトアミド、メチルピロリジノン、ジオキソラン等の有機極性溶媒が挙げられる。
【0138】
本実施形態に係るエレクトロクロミック素子は、耐久性、消色時の高透明性、および着色時の吸収波長の温度安定性に優れるため、カメラ等の撮像素子への入射光量の制御および入射波長分布特性の制御に好適に用いることができる。
【0139】
入射波長分布の制御をすることで、撮像時の色温度変換が有利になる。すなわち、EC素子を撮像素子につながる光学系(レンズ系)の光路内に設置することにより、撮像素子が受光する光量もしくは入射波長分布特性を制御することができる。
【0140】
EC素子が消色状態では高透明性を発揮できるので入射光が高い透過率で透過する。また着色状態では、入射光の透過率が低くなるので、撮像素子が受光する光量は小さくなる。
【0141】
また酸化還元繰り返し特性に優れ長寿命化を達成することができるとともに、温度変化に対する着色時の色安定性に優れているため広範囲の温度で使用しても安定した光学的特性を得ることができる。
【実施例】
【0142】
[実施例1]
<例示化合物B−2の合成>
【0143】
【化11】

【0144】
(1)300mLの反応容器で、XX−1(3,5−ジブロモジチエノ[3,2−b:2’,3’−d]チオフェン)1.25g(3.53mmol)、フェニルボロン酸:1.29g(10.59mmol)をトルエン(70ml)に溶解し、窒素で溶存酸素を除去した。次にPd(OAc):15.9mg(0.0706mmol)、2−ジシクロヘキシルフォスフィノ−2’,6’−ジメトキシビフェニル(S−Phos):72.5mg(0.1765mmol)およびりん酸三カリウム:3.75g(17.65mmol)を窒素雰囲気下添加し、140℃にて加熱還流し13時間反応を行った。反応溶液を室温まで冷却後、減圧濃縮し、シリカゲルクロマトグラフィー(移動相:ヘキサン/酢酸エチル)により分離精製し、白色固体粉末のXX−2を得た(1.23g、収率100%)。
【0145】
(2)300mLの反応容器で、(1)で得られたXX−2:1.13g(3.242mmol)をDMF(N,N−ジメチルフォルムアミド)65mlに溶解した。次いで、N−ブロモスクシンイミド:1.44g(8.106mmol)を加え、70℃で24時間撹拌した。反応溶液を室温まで冷却後、クロロホルムで抽出・水洗し、減圧濃縮し、淡黄色粉末のXX−3を得た(1.55g、収率94%)。
【0146】
(3)50mlの反応容器で、XX−3:200mg(0.395mmol)、2−イソプロポキシ−6−メトキシフェニルボロン酸:332mg(1.580mmol)をトルエン/テトラヒドロフラン(3ml/3ml)混合溶媒中で混合し、窒素で溶存酸素を除去した。次にPd(OAc):1.8mg(0.0079mmol)、2−ジシクロヘキシルフォスフィノ−2’,6’−ジメトキシビフェニル(S−Phos):8.13mg(0.0198mmol)およびりん酸三カリウム:455mg(1.98mmol)を窒素雰囲気下添加し、加熱還流し8時間反応を行った。反応溶液を室温まで冷却後、減圧濃縮し、シリカゲルクロマトグラフィー(移動相:ヘキサン/クロロホルム=1/2)により分離精製し、白色固体粉末のB−2を得た(225mg、収率84%)。
【0147】
質量分析(MS)及び核磁気共鳴(NMR)測定により、化合物B−2の構造確認を行った結果、分子量およびNMRピーク積分値の比がその構造と良く一致した。具体的には、マトリックス支援レーザー脱離イオン化法マススペクトル(MALDI−MS)測定により、この化合物のMである676を確認した。また核磁気共鳴スペクトルの測定結果を以下に示す。
H−NMR(CDCl)σ(ppm):7.42(d,4H),7.25−7.21(m,6H),7.18(t,2H),6.51(d,2H),6.50(d,2H),4.40(m,2H),3.61(s,6H),1.20−0.90(s(br),12H).
13C−NMR(CDCl)σ(ppm):159.39,157.23,139.96,136.25,133.90,130.71,130.59,129.90,128.19,127,73,126.94,113.08,106.41,103.48,70.10,55.74,21.65.
【0148】
得られた例示化合物B−2をクロロホルムに溶解し、この溶液について紫外可視分光光度計(日本分光株式会社製V−560)を用いて測定した吸収スペクトル図を図2に示す。
【0149】
吸収ピークが最大強度となるλmaxは紫外領域である307.5nmであった。例示化合物B−2は可視光領域全体にわたって吸収を持たないので、透明な材料である。
【0150】
[実施例2]
<例示化合物B−1の合成>
【0151】
【化12】

【0152】
50mlの反応容器で、実施例1で得られたXX−3:300mg(0.593mmol)、2,6−ジメトキシフェニルボロン酸:431mg(2.37mmol)をトルエン/テトラヒドロフラン(3ml/3ml)混合溶媒中で混合し、窒素で溶存酸素を除去した。次にPd(OAc):2.7mg(0.01186mmol)、2−ジシクロヘキシルフォスフィノ−2’,6’−ジメトキシビフェニル(S−Phos):12.2mg(0.02965mmol)およびりん酸三カリウム:682mg(2.97mmol)を窒素雰囲気下添加し、加熱還流し8時間反応を行った。反応溶液を室温まで冷却後、減圧濃縮し、シリカゲルクロマトグラフィー(移動相:ヘキサン/クロロホルム=1/2)により分離精製し、白色固体粉末のB−1を得た(157mg、収率43%)。
【0153】
質量分析(MS)及び核磁気共鳴(NMR)測定により、化合物の構造確認を行った。具体的には、MALDI−MS測定により、この化合物のMである620を確認した。また核磁気共鳴スペクトルの測定結果を以下に示す。
H−NMR(CDCl)σ(ppm):7.41(d,4H),7.29−7.22(m,6H),7.19(t,2H),6.53(d,4H),3.59(s,12H).
13C−NMR(CDCl)σ(ppm):159.03,140.28,136.09,134.11,130.75,130.19,130.08,128.15,127.66,127.01,112.13,104.12,55,79.
【0154】
得られた例示化合物B−1をクロロホルムに溶解し、この溶液について実施例1と同様に紫外可視分光光度計で測定した結果を図2に示す。吸収ピークが最大強度となるλmaxは紫外領域である309.5nmであり、可視光領域全体にわたって吸収を持たないことから、透明な材料であることが示された。
【0155】
[実施例3および比較例1]
<酸化還元サイクルの安定性>
実施例1で得られた化合物B−2、実施例2で得られた化合物B−1、および比較例として本発明の置換基より立体障害が小さいtert−ブチル基を置換基としてDTT(ジチエノ[3,2−b:2’,3’−d]チオフェン)に導入した化合物(XX−4)について、酸化還元サイクル耐久性の測定を行った。
【0156】
尚、比較例の化合物はtert−ブチルブロミド(2−ブロモ−2−メチルプロパン)とDTTとのフリーデルクラフツ反応により合成した。構造式を下記に示す。
【0157】
【化13】

【0158】
耐久性の測定は、作用電極にグラッシーカーボン、対向電極に白金、参照電極に銀を用い、支持電解質としてのテトラブチルアンモニウム過塩素酸塩のジクロロメタン溶液(0.1mol/L)中、各化合物を溶解(1.0×10−4mol/L)した溶液で行った。
【0159】
この溶液について、化合物の酸化電位以上である+0.8V(B−2およびB−1)、または+1.2V(XX−4)(vs.Ag/Ag+)/3秒間の定電位酸化と、0V(vs.Ag/Ag+)/3秒間の定電位還元からなる矩形波電位プログラムを20000回繰り返した。
【0160】
20000回の酸化還元サイクル前および後のCV測定における酸化ピーク電流量の変化を表1にまとめた。
【0161】
ここで酸化ピーク電流変化率とは、初期の電流量を100%としてそこからの変動量を加算して示したものである。
【0162】
【表1】

【0163】
比較例1の化合物XX−4においては、20000回の酸化還元サイクル後には酸化ピーク電流量が減少し劣化が示唆された。
【0164】
これに対して、実施例1および2の化合物(B−2、B−1)においては、20000回の酸化還元サイクル後も酸化電流量に殆ど変化は見られなかった。
【0165】
これら酸化還元サイクルの耐久安定性における本発明の化合物が優れている結果は、比較例1のXX−4に比べ、本発明の化合物B−2、B−1においてはケージ部位である嵩高い置換基がDTT部位を立体的に保護した構造をとっていることを示している。
【0166】
また、ジチエノチオフェンの3位および5位の副反応点となりうる水素原子が置換フェニル基により除去され、酸化時に生成するDTTのラジカルカチオンの副反応や劣化反応を抑制しているので、耐久安定性が高められているためであると考えられる。
【0167】
[実施例4]
<酸化吸収スペクトルの測定(π−ダイマー形成の有無)>
実施例1で得られた化合物B−2、および実施例2で得られた化合物B−1について、酸化時の吸収スペクトルを測定し、π−ダイマー形成の有無の確認を行った。
【0168】
酸化吸収スペクトルの測定は、作用電極に白金、対向電極に白金、参照電極に銀を用い、支持電解質としてのテトラブチルアンモニウム過塩素酸塩のジクロロメタン溶液(0.1mol/L)中、各化合物を溶解(5.0×10−4または1.7×10−4mol/L)した溶液で行った。
【0169】
この溶液について、化合物の酸化電位以上である+0.9V(vs.Ag/Ag+)の定電位酸化を行い、透過率変化を測定した。実施例2の化合物B−1の結果を図3に示す。
【0170】
酸化前の消色状態においては可視域に吸収を示さず、透過率は全可視光領域にわたってほぼ100%であった。
【0171】
これに対して、酸化に伴い赤紫色に着色し510nm付近に光吸収ピークを示すとともに、透過率は20.3%まで低下した。
【0172】
この酸化着色状態は、還元により再度無色透明に戻り、酸化還元に伴うエレクトロクロミック特性が確認された。
【0173】
前記酸化ピークは、シングルピーク(単峰性)であり、また2種類の濃度(5.0×10−4または1.7×10−4mol/L)によらず吸収ピークの形状および波長は変化しなかった。
【0174】
また、実施例1の化合物B−1についても同様に、酸化によりシングルピークの吸収による透過率変化を示し、その吸収ピーク形状や吸収波長は濃度により変化を示さなかった。
【0175】
π−ダイマーを形成する化合物の酸化状態においては、π−ダイマーの吸収波長と単量体ラジカルカチオンの吸収波長は異なるため、酸化吸収ピークは二峰性となり、またその二つのピーク強度比は濃度に応じて変化することが知られている。
【0176】
従って、本発明に係る有機化合物においては、π−ダイマー形成が抑制されていることが示された。
【0177】
[実施例5]
<例示化合物D−11の合成>
【0178】
【化14】

【0179】
(1)50mLの反応容器で、XX−1:354.1mg(1.0mmol)、4−メトキシカルボニルフェニルボロン酸:719.9mg(4.0mmol)をトルエン/テトラヒドロフラン(8ml/8ml)混合溶媒に溶解し、窒素で溶存酸素を除去した。次にPd(OAc):9.0mg(0.04mmol)、2−ジシクロヘキシルフォスフィノ−2’,6’−ジメトキシビフェニル(S−Phos):41.0mg(0.10mmol)およびりん酸三カリウム:1.15g(5.0mmol)を窒素雰囲気下添加し、110℃にて加熱還流し8時間反応を行った。反応溶液を室温まで冷却後、減圧濃縮し、シリカゲルクロマトグラフィー(移動相:ヘキサン/酢酸エチル)により分離精製し、白色固体粉末のXX−5を得た(81.5mg、収率17.5%)。
【0180】
(2)100mLの反応容器で、(1)で得られたXX−5:60mg(0.129mmol)をDMF(N,N−ジメチルフォルムアミド)12mlに溶解した。次いで、N−ブロモスクシンイミド:57mg(0.323mmol)を加え、70℃で24時間撹拌した。反応溶液を室温まで冷却後、クロロホルムで抽出・水洗し、減圧濃縮し、淡黄色粉末のXX−6を得た(65mg、収率81%)。
【0181】
(3)50mlの反応容器で、XX−6:60mg(0.096mmol)、2−イソプロポキシ−6−メトキシフェニルボロン酸:81mg(0.386mmol)をトルエン/テトラヒドロフラン(6ml/6ml)混合溶媒に溶解し、窒素で溶存酸素を除去した。次にPd(OAc):2.2mg(0.0096mmol)、2−ジシクロヘキシルフォスフィノ−2’,6’−ジメトキシビフェニル(S−Phos):9.9mg(0.024mmol)およびりん酸三カリウム:111mg(0.482mmol)を窒素雰囲気下添加し、加熱還流し8時間反応を行った。反応溶液を室温まで冷却後、減圧濃縮し、シリカゲルクロマトグラフィー(移動相:ヘキサン/酢酸エチル)により分離精製し、白色固体粉末のD−11を得た(52mg、収率68%)。
【0182】
質量分析(MS)及び核磁気共鳴(NMR)測定により、化合物D−11の構造確認を行った結果、分子量およびNMRピーク積分値の比がその構造と良く一致した。具体的には、MALDI−MS測定により、この化合物のMである792を確認した。また核磁気共鳴スペクトルの測定結果を以下に示す。
H−NMR(CDCl)δ(ppm):7.94(d,4H),7.49(d,4H),7.25(t,2H),6.51(d,2H),6.50(d,2H),4.41(m,2H),3.88(s,6H),3.60(s,6H),1.20−0.90(s(br),12H).
13C−NMR(CDCl)δ(ppm):167.01,159.17,157.09,140.92,139.47,132.86,132.40,130.99,130.31,129.66,128.44,127.60,112.39,106.29,103.45,70.15,55.70,52.04,21.65.
【0183】
得られた例示化合物D−11をクロロホルムに溶解し、実施例1と同様に紫外可視分光光度計で測定した結果、吸収ピークが最大強度となるλmaxは紫外領域である316.0nmであった。例示化合物D−11は可視光領域全体にわたって吸収を持たないので、透明な材料である。
【0184】
尚、素子溶媒の一例として、LiClO(支持電解質、0.1mol/L)の炭酸プロピレン溶液に対する本化合物D−11の溶解性を確認した。その結果、本化合物は9mmol/L溶解し、実施例1の化合物B−2の溶解度(6mmol/L)より高い溶解性を示すことが確認された。これは化合物D−11においては、DTTの3位にエステル基含有フェニル基が置換されているため、極性溶媒である炭酸プロピレンに対する溶解性が向上したと考えられる。
【0185】
<酸化吸収スペクトルの測定>
得られた化合物D−11の酸化吸収スペクトルの測定を、実施例4と同様にテトラブチルアンモニウム過塩素酸塩のジクロロメタン溶液(0.1mol/L)中、D−11を溶解(5.0×10−4mol/L)した溶液で行った。D−11の溶液は、酸化に伴い赤紫色に着色し541.5nmに光吸収ピークを示すとともに、透過率は36.3%まで低下した。この酸化着色状態は、還元により再度無色透明に戻り、酸化還元に伴うエレクトロクロミック特性が確認された。また、この酸化吸収ピークの形状や吸収波長は濃度により変化を示さなかったことから、実施例4と同様にπ−ダイマー形成が抑制されていることが示された。
【0186】
本発明に係る有機化合物がπ−ダイマーの形成を抑制することに優れているのは、ケージ部位となるオルト位置換フェニル基が酸化時に生成するラジカルカチオンの分子間距離を引き離すことで、分子間相互作用を抑制しているためであると考えられる。
【0187】
単色性が要求されるデバイスとしてEC素子を用いる場合、π−ダイマー形成の抑制は、吸収スペクトルの単色化の面で効果が大きい。
【0188】
以上のように本発明に係る有機化合物は、中性で透明であり、酸化還元繰り返しに対する耐久性が高く、π−ダイマーの形成を抑制することに優れた材料である。
【0189】
EC素子に用いた場合、消色時に可視光領域に光吸収を示さず高透明で、耐久性に優れるとともに、着色時の温度変化に対する色特性安定性に優れたEC素子を提供できる。
【符号の説明】
【0190】
1 ジチエノチオフェン骨格
2 フェニル基

【特許請求の範囲】
【請求項1】
下記一般式[1]で示されることを特徴とする有機化合物。
【化1】


[1]
一般式[1]において、A1乃至A4はそれぞれ独立に水素原子、炭素原子数1以上20以下のアルキル基、炭素原子数1以上20以下のアルコキシ基、アリール基から選ばれる。ただし、A1乃至A4の少なくともひとつは前記アルキル基または前記アルコキシ基または前記アリール基である。
前記アリール基は炭素原子数1以上4以下のアルキル基または炭素原子数1以上4以下のアルコキシ基を置換基として有してよい。
R1乃至R4はそれぞれ独立に水素原子、ハロゲン原子、または、炭素原子数1以上20以下のアルキル基、炭素原子数1以上20以下のアルコキシ基、炭素原子数1以上20以下のアルキルエステル基、アリール基、シアノ基を表す。
前記アリール基は炭素数1以上4以下のアルキル基を置換基として有してよい。
【請求項2】
前記A1乃至A4の少なくともひとつは炭素原子数1以上20以下のアルコキシ基であることを特徴とする請求項1に記載の有機化合物。
【請求項3】
前記A1乃至A4の少なくともひとつはメトキシ基またはイソプロポキシ基であることを特徴とする請求項2に記載の有機化合物。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【公開番号】特開2013−14571(P2013−14571A)
【公開日】平成25年1月24日(2013.1.24)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2012−11300(P2012−11300)
【出願日】平成24年1月23日(2012.1.23)
【出願人】(000001007)キヤノン株式会社 (59,756)
【Fターム(参考)】