説明

新規薬剤の同定のためのスクリーニング方法

薬剤候補を同定するためのスクリーニング方法であって、次の工程:a)天然に生じる病原性非識別tRNAシンテターゼをコードする遺伝子配列を含む発現ベクターを取得し;b)単離された哺乳動物細胞を発現ベクターで形質転換し;c)(b)から得られる組換え細胞を、病原性tRNAシンテターゼの発現を可能にする条件下で栄養培地中で増殖させ、病原性tRNAシンテターゼを発現させて細胞死又は細胞分裂速度の減少を生じさせから得られる組換え細胞を、細胞死又は細胞分裂速度の減少を生じさせ;d)試験される物質を提供し;e)得られた細胞増殖を分析することを含み、ここで細胞増殖の増加があれば、該物質が病原性tRNAシンテターゼの活性を選択的に阻害しその細胞オルソログに影響を及ぼさず、該物質が薬剤候補である方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は新規の薬剤の同定を可能にする新規なスクリーニング方法に関する。特に、本発明は、とりわけ抗菌剤及び抗真菌剤として有用であるアミノアシル−tRNAシンテターゼ(ARS)の選択のためのスクリーニング方法に関する。
【背景技術】
【0002】
現代の薬剤発見プログラムでは、ロボットシステムと組み合わせて化学ライブラリーを使用し、与えられた反応に対する多数の化合物の効果を迅速に評価する。このアプローチ法には二つの大きな欠点がある。第一は、候補化合物を同定するために、簡単にモニターできる生化学アッセイ法をしばしば開発する必要がある。この過程には費用がかかり、選択される薬剤の潜在的なネガティブな効果のため感度が悪い。第二に、このアプローチ法はバイオアベイラビリティ及び毒性パラメータを無視している。最初に選択される殆どの化合物は、溶解性、バイオアベイラビリティ、又は毒性の問題のため、後で捨てられる。
【0003】
アミノアシル−tRNAシンテターゼ(以下いわゆる「ARS」)は、それらが普遍的に分布する必須の酵素で、その祖先の性質が特異的阻害剤の選択を可能にするので、薬剤開発のための理想的な標的になる。また、それらは可溶性で、安定であり、発現が容易で多量の精製ができ、一又は複数の方法によるアッセイが簡単にできる。X線構造は例えば全てのシンテターゼに対して入手でき、アミノアシル化反応メカニズムについて多くのことが知られている(Weygand-Durasevic I.等, "Yeast seryl-tRNA synthetase expressed in Escherichia coli recognizes bacterial serine-specific tRNAs in vivo", Eur. J. Biochem., 1993, vol. 214, pp.869-877を参照)。
【0004】
ARSは同族tRNAに対する特異的アミノ酸のライゲーションを触媒する。この反応は単一の活性部位ドメイン内で起こり、典型的には2段階で進行する。先ず、アミノ酸がATPで活性化されてアミノアシルアデニル酸を形成しピロリン酸を放出する。ついで、アミノ酸がtRNAの3’末端に移動してアミノアシル−tRNA及びAMPを生成する。この2段階反応は、特異的ヌクレオチドトリプレット(tRNAアンチコドン)を特異的アミノ酸に結合させることによって遺伝暗号を樹立する。各アミノ酸は、普遍的に分布しているそれ自身の特異的ARSによって認識される。
アミノアシル−tRNAシンテターゼはそれぞれおよそ10の酵素の二つのクラスに均等に分割される。あるクラスの全ての酵素は単一ドメインATP結合タンパク質から進化したと思われる。このドメイン内への挿入と変異はtRNAアクセプターステムに結合するためのフレームワークを樹立した。進化の過程にわたって、更なるドメインがこのコア構造に加えられた。
【0005】
アミノアシル−tRNAシンテターゼによるtRNAの認識は大部分はアクセプター系及びtRNAのアンチコドンループとの分子相互作用に依存する(Rich, A. "RNA structure and the roots of protein synthesis", Cold Spring Harb. Symp. Quant. Biol., 2001, vol. 66, pp. 1-16を参照)。酵素の活性部位ドメインはtRNA分子のアクセプターアームに結合し、そこにアミノ酸が結合する。「識別」塩基(普遍的CCA配列に先行する不対塩基)とアクセプターステムはARS活性部位によって認識される最も同一のレメントを持つ。
【0006】
翻訳指向性市販抗生物質の中でtRNAシンテターゼが標的にされる。シュードモン酸 (ムピロシン)はグラム陽性の感染性病原体由来のイソロイシル−tRNAシンテターゼ(IleRS)の阻害剤である。シュードモン酸は、病原体対哺乳動物IleRSに対しておよそ8000倍の選択性を有しているが、薬剤の全身性バイオアベイラビリティの欠如が局所適用へのその使用を制限している。
【0007】
シンテターゼに対して産生された他の既知の天然産物阻害剤(例えばボレリジン(borrelidin)、フラノマイシン(furanomycin)、グラナチシン(granaticin))が存在しているが、これらの何れも阻害活性の欠如、乏しい特異性、又は乏しいバイオアベイラビリティのために市販抗生物質にまで至っていない。よって、ARS阻害剤を選択するためのより効率的な方法が、大きな化学ライブラリーをスクリーニングし見込みのある薬剤候補を同定するために必要とされている。
【発明の概要】
【0008】
本願の目的はARS阻害剤の選択のためのスクリーニング方法を提供することである。
潜在的なリード化合物の所望される効果が哺乳動物細胞の救出及び/又は増殖の刺激であり与えられた反応の阻害又は細胞培養の増殖停止ではないことを意味するポジティブなスクリーニング方法が提供される。よって、ここに提案されるポジティブな選択では、哺乳動物細胞(特にヒト細胞)の増殖が標的ARSの毒性作用を阻害可能な分子によって救出される。該効果は培養密度を測定することによって簡単にモニターすることができ、早く安価な方法である。
【0009】
よって、本発明の一態様は、薬剤候補を同定するためのスクリーニング方法であって、次の工程:a)天然に生じる病原性非識別tRNAシンテターゼをコードする遺伝子配列を含む発現ベクターを取得し;b)単離された哺乳動物細胞を発現ベクターで形質転換し;c)(b)から得られる組換え細胞を、病原性tRNAシンテターゼの発現を可能にする条件下で栄養培地中で増殖させ、病原性tRNAシンテターゼを発現させて細胞死又は細胞分裂速度の減少を生じさせ;d)試験される物質を提供し;e)得られた細胞増殖を分析することを含み、ここで細胞増殖の増加があれば、該物質が病原性tRNAシンテターゼの活性を阻害しその細胞オルソログに影響を及ぼさず、該物質が薬剤に対する候補であることになる方法の提供である。
好ましくは、単離された哺乳動物細胞は単離されたヒト細胞である。
【0010】
本発明のスクリーニング方法は、非特異的なARSが細胞に対して毒性であり、この毒性が活性部位を操作することなく達成することができるならば、ヒト病原体のARSを操作してヒトtRNAをミスチャージさせ、よってこのタンパク質を発現することのある哺乳動物細胞を死滅させるか、又はその増殖速度に影響を及ぼすことになるとの方策に基づいている。薬剤に対する候補分子が酵素の活性部位に結合する化合物であるならば、毒性ARSの触媒活性がこのプロセスでは操作されなかったので、対象の病原体由来の野生型ARSで等しく活性があるであろう。
【0011】
有利には、本発明のスクリーニング方法に従って薬剤候補として同定された分子は、非特異的ARSの毒性効果を復帰させるその能力のために選択された小分子であるが、また同時に細胞膜を通過し、病原性シンテターゼを阻害でき、そのヒトオルソログを阻害せず、細胞代謝の他の側面に影響を及ぼさないものとして特徴付けられる。従って、上記薬剤候補は病原体を特異的に死滅させ、宿主細胞に対しては毒性ではない。
【0012】
特段の記載がない限り、ここで使用される全ての技術及び科学用語はこの発明の属する分野の通常の技量を備えた者によって一般的に理解されるところの意味を有している。ここに記載されたものと類似した又は均等な方法及び材料を本発明の実施に使用することができる。明細書及び特許請求の範囲の全体を通して、「含む」と該語句の変形、例えば「含んでいる」は他の技術的特徴、付加物、成分、又は工程を排除することを意図するものではない。本発明の更なる目的、利点及び特徴は本明細書にあたると当業者には明らかになるであろうし、あるいは本発明の実施によって習得できる。次の実施例と図面は例証のために提供されるもので、本発明を限定することを意図するものではない。
【図面の簡単な説明】
【0013】
【図1】Hela細胞におけるピロリ菌GFPGRS2の発現を表す。モック(偽)又はピロリ菌GFPGRS2を一過性に形質移入したホールセルライセートに還元条件下でSDS/PAGEを施した。GFPGRS2はポリクローナル抗GFP抗体を使用する免疫ブロット法によって検出した。
【図2】ピロリ菌GFPGRS2の発現が細胞死の増加を生じることを示している。GFP(灰色)又はピロリ菌GFPGRS2(黒)をHeLa細胞に一過性に形質移入させ、16時間後に新鮮培地を加えた。細胞死を、新鮮培地の添加から1、2又は3日後にPI染色によって検査した。死んだ形質移入細胞(「dtc」と略)のパーセント対死んだ非形質移入細胞(「dntc」と略)のパーセントの比をy軸に示す。各条件に対して3通りの試料をカウントし、標準偏差を示す。
【発明を実施するための形態】
【0014】
ここで使用される場合、「非識別ARN−tシンテターゼ」(「ND ARN−tシンテターゼ」と略)なる用語は、その生物学的機能がtRNAの一を越えるタイプを同じアミノ酸でアミノアシル化することであるアミノアシル−tRNAシンテターゼを意味する。例えば、殆どの細菌は、グルタミンの代わりにその同族アミノ酸のグルタメートでtRNAGlnをアミノアシル化することができる GluRS酵素を含んでいる。この反応は、グルタメートでアミノアシル化されたtRNAGlnの一過性形態が迅速に改変され、アミノ酸グルタメートがグルタミンに転換されるので、この酵素を有する細胞に対して毒性ではない。本発明において使用される場合、「非特異的」又は「非標準」なる用語は「非識別」なる用語と同じ意味を有している。
【0015】
「天然に生じる病原性」なる用語は、本発明に係る非識別tRNAシンテターゼが、哺乳動物に対して病原性であり遺伝子操作がなされていない生物から得られるものと理解されなければならない。
本発明の第一の側面の一実施態様では、工程(a)で得られた発現ベクターが、天然に生じる病原性非識別tRNAシンテターゼのtRNA基質をコードする遺伝子配列をまた含む。
本発明の第一の側面の他の実施態様では、哺乳動物細胞は、天然に生じる病原性非識別tRNAシンテターゼのtRNA基質をコードする遺伝子配列を含む第二発現ベクターを使用して工程(b)において形質転換される。
【0016】
本発明の発明者等は、病原性非識別tRNAシンテターゼとそのtRNA基質をコードする遺伝子の同時発現が双方の遺伝子を発現する細胞において毒性を誘導する上記非識別tRNAシンテターゼの能力を増加させうることを見いだした。
天然に生じる病原性非識別tRNAシンテターゼのtRNA基質をコードする遺伝子配列は好適なデータベース(例えば、3種の異なった単離体由来のピロリ菌全ゲノム配列はGenebank参照番号NC_000915.1、NC_008086.1、及びNC_000921.1として見出すことができる)から入手できる。
【0017】
本発明の一実施態様では、天然に生じる病原性非識別tRNAシンテターゼはGlu−tRNAシンテターゼ及びAsp−tRNAシンテターゼからなる群から選択される。
アミノアシル−tRNAシンテターゼのなかで、グルタミル−及びグルタミニル−tRNAシンテターゼ(それぞれGluRS及びGlnRS)及びアスパルチル−及びアスパラギニル−tRNAシンテターゼ(それぞれAspRS及びAsnRS)はそれぞれ配列的及び進化的に関連している(Brown, J. R.等, "Gene descent, duplication, and horizontal transfer in the evolution of glutamyl- and glutaminyl-tRNA synthetases", J. Mol. Evol. 1998, vol. 49, p.485-495;Hong, K. W.等, "Retracing the evolution of amino acid specificity in glutaminyl-tRNA synthetase", FEBS Lett, 1999,. vol. 434, p. 149-154を参照)。
【0018】
真核生物(eukarya)及びある種の細菌では、GlnRS及びGluRS(GluRS−D)がそれぞれ高度に特異的なtRNAアミノアシル化反応を触媒する。GluRS−DはGluでtRNAGln はミスアシル化せず、GlnRSはGlnではtRNAGluをミスアシル化しない。
これに対して、古細菌及び殆どの細菌は機能的GlnRSをコードせず、Gln−tRNAGlnは間接的に生合成される(Wilcox, M. & Nirenberg, "Transfer RNA as a cofactor coupling amino acid synthesis with that of protein", 1968, Proc. Natl. Acad. Sci. USA, vol. 61, p. 229-236を参照)。
【0019】
先ず、tRNAGlnは非識別GluRS(GluRS−ND)によってミスアシル化されて、Glu−tRNAGln(式1)を形成する。[GluRS−NDはなおその同族反応を触媒してGlu−tRNAGluを生産する]。ついで、ミスアシル化Glu−tRNAGln中間体がグルタミン依存性Glu−tRNAGlnアミドトランスフェラーゼ(Glu−Adt)(式2)によってアミド基転移修飾される。
Glu+tRNAGln+ATP+GluRS−ND→Glu−tRNAGln+AMP+PPi(式1)
Gln+Glu−tRNAGln+ATP+Glu−Adt→Gln−tRNAGln+Glu+ADP(式2)
AspRS及びAsnRSに対して類似の状況が存在している:
Asp+tRNAAsn+ATP+AspRS−ND→Asp−tRNAAsn+AMP+PPi(式3)
Asn+Asp−tRNAAsn+ATP+Asp−Adt→Asn−tRNAAsn+Asp+ADP(式4)
このようにして、遺伝暗号のフィデリティが、同族GlnRS又はAsnRSの不在にかかわらず、正確に維持される。
【0020】
しかしながら、この修飾工程を触媒することができない細胞中へのNDGluRSの導入は、グルタメートでアミノアシル化されたtRNAGlnの蓄積を生じ、最終的に生物体によって合成されているタンパク質中に大きな突然変異誘発を生じるので、細胞に対して毒性である。この効果は、tRNAGln中のグルタメートをグルタミンに転換させる能力を欠く生物である大腸菌中でNDGluRSを発現させることによって証明された。
【0021】
本発明において、「発現ベクター」はDNA(例えば異種性核酸)の所望のセグメントが挿入される担体分子を意味する。ベクターは宿主細胞中に外来DNAを導入するものである。より詳細には、「発現ベクター」は適切な宿主中においてDNAを発現させることができる適切なコントロール配列に作用可能に連結されたDNA配列を含むDNAである。かかるコントロール配列は転写をなすプロモーター、かかる転写を制御する任意のオペレーター配列、適切なmRNAリボソーム結合部位をコードする配列、及び転写と翻訳の終結を制御する配列を含む。ベクターはプラスミド、ファージ粒子、又は単に潜在的なゲノム挿入断片でありうる。適切な宿主にひとたび形質転換されると、ベクターは複製し、宿主ゲノムに独立して機能し得、又はある場合には、ゲノム自体に組み込まれ、上記遺伝子を構成的に又は遺伝子発現の誘導因子での細胞処理後に発現する安定な細胞株を生成しうる。「プラスミド」及び「ベクター」なる用語は、プラスミドが現在ベクターの最も一般的に使用される形態であるので、しばしば相互に交換可能に使用される。しかしながら、本発明は均等な機能をもたらし当該分野で知られ又は知られるようになったベクターの他の形態を含むものである。
発現ベクターは典型的には他の機能的に重要な核酸配列、例えば抗生物質耐性タンパク質をコードする発現カセット、複数クローニング部位、複製配列等々を更に含む。
【0022】
本発明の一実施態様では、発現ベクターは、ウイルス又は非ウイルスプラスミド、コスミド、ファージミド、シャトルベクター、ヤク等々からなる群から選択される。好ましくは発現ベクターはアデノウイルスである。
本発明の他の実施態様では、ベクターは遺伝子発現のためのテトラサイクリン依存性調節系を更に含む。
本発明の更に他の実施態様では、ベクターは選択マーカーを含む。好ましくは選択マーカーはハイグロマイシンである。
更にまた別の実施態様では、病原体は、例えば肺炎連鎖球菌のようなその遺伝暗号の翻訳に対して非特異的ARSを利用する生物からなる群から選択される。
【0023】
ここで使用される場合、「形質転換」及び「形質移入」なる用語は(単離されたヒト細胞を含む)原核又は真核宿主細胞の何れかに外来の核酸(例えばDNA)を導入するための当該分野で認識された様々な技術の任意のものを意味する。核酸を含む発現ベクターを宿主細胞中に導入(形質導入)して形質導入された組換え細胞を生産し、又は細胞の核DNAに組み込まれた遺伝子を含む安定な細胞株を生産するために適した手段は当該分野でよく知られている。宿主細胞を形質転換し又は形質導入するために適した方法は、Molecular Cloning: A Laboratory Manual,3版, J. Sambrook及びD. W. Russell編 (Cold Spring Harbor Laboratory Press, Cold Spring Harbor, NY, 2000)、及び他の実験室マニュアルに見出される。
細菌株の増殖及び保存のための方法はMolecular Cloning: A Laboratory Manual,3版, J. Sambrook及びD. W. Russell編 (Cold Spring Harbor Laboratory Press, 2000)に開示されている。
【0024】
ヒト細胞における遺伝子の発現を制御し、基底の発現の存在を抑圧することは当業者によく知られているようにチャレンジングである(Rai等, "Expression systems for production of heterologous proteins", Current Science, 2001, vol. 80, pp. 1121-11を参照)。本発明者等は我々のテスター株を運ぶヒト細胞のタンパク質発現の分野での2つの最近の発展を利用した。第一に、テトラサイクリン制御 Tet-ON-及びプロゲステロンアンタゴニストRU 486-制御遺伝子発現系に基づくアデノウイルスベースの遺伝子発現ベクターが使用された。このベクターは多くの細胞型において機能し得、タンパク質発現の制御は密に制御されることが示されている(Edholm, D.等, "Adenovirus vector designed for expression of toxic proteins", J. Virology, 2001, vol. 75, pp. 9579-9584を参照)。
【0025】
あるいは、テスター株のベクターは遺伝子転写物の活性化のためのCre/loxP組換え系に基づく。Creは、分子内(excisive又はinversional)及びloxP部位間の分子間(組込み)部位特異的組換えを媒介するバクテリオファージP1由来の38kDaのリコンビナーゼタンパク質であるCreのDNA切り取り能は、プロモーターと遺伝子のコード領域間の介在終止配列を切除することによって外来遺伝子を活性化するために使用できる。よって、毒性シンテターゼをコードする遺伝子を、その転写開始部位が停止シグナルによってブロックされるベクターでヒト細胞中に導入することができる。組換え、つまり、停止シグナルの切除は、Creの発現が活性化される場合にのみ起こる(Sauer, B等, "Cre/lox: one more step in the taming of the genome", Endocrine, 2002, Vol. 19, pp. 221-228を参照)。
【0026】
テスター株を開発されたので、本発明者等は自動プレートリーダーを使用して96ウェルプレートで単純な増殖モニター試験を設計した。彼らは既に大腸菌における毒性酵素効果の分析のための簡単な手順を考え出していた。この試験が操作可能になった時点で標的シンテターゼの潜在的な新規阻害剤を探すために小分子ライブラリーのスクリーニングが開始される。
【0027】
「試験物質」及び「物質」なる用語は交換可能に用いられ化合物、化合物の混合物(つまり少なくとも2の化合物)、又は一又は複数の化合物を含む天然産物試料を意味する。よって、試験物質の細胞増殖の分析は、標的遺伝子産物の選択的及び非選択的阻害剤の組合せが毒性非識別ARSを含む真核細胞の増殖に対する関連が観測可能なように一を越える増殖阻害剤の阻害活性を包含しうる。
【0028】
全組織又は個体における小分子の効果の試験とヒト細胞培養におけるそれらの試験の選別は、細胞増殖に基づく選択は多因子ベースでの化合物の組合せ又は化合物を同定するので、最も高い可能な識別可能な力を持つスクリーニングを付与する。最初の選択は、シンテターゼの活性をブロックし、細胞膜を横切ることが可能な阻害剤を同定する一方、第二のスクリーニングはヒト細胞代謝に影響を及ぼさなかった分子の検索を更に洗練させる。
【0029】
非識別アミノアシル−tRNAシンテターゼを発現するヒト細胞はその酵素の阻害剤の発見に使用される。非識別アミノアシル−tRNAシンテターゼをコードする遺伝子を含む細胞は、同遺伝子が導入されるときにこれらのタンパク質を合成し、これが非識別アミノアシル−tRNAシンテターゼによって触媒される生化学反応のために細胞死を引き起こす。
【0030】
非識別アミノアシル−tRNAシンテターゼによって引き起こされる細胞死は、分光光度計又は細胞死をモニターする目的のために設計された任意の他の装置を使用する様々な商業的又は標準的な方法(ニュートラルレッド取り込み、WST1、LDHレベル、ATPレベル等々)によってモニターすることができる。
【0031】
非識別アミノアシル−tRNAシンテターゼによって引き起こされる毒性効果を除去するその能力について試験される化合物は、非識別アミノアシル−tRNAシンテターゼをコードする遺伝子の発現の誘導の前、誘導中又は誘導後に細胞に添加される。遺伝子の誘導後に、各細胞培養中における細胞の死滅を、試験される各化合物の存在下又は不在下でモニターする。
化合物の不在下で同培養物の細胞死の速度に関して培養物の細胞死の速度の減少を引き起こす化合物は、細胞死を引き起こす非識別アミノアシル−tRNAシンテターゼの潜在的な阻害剤であると考えられる。
【0032】
よって、本発明の一実施態様では、天然に生じる病原性非識別tRNAシンテターゼは細菌から生じ、物質は試験されて、それが組換え哺乳動物細胞中に発現された細菌由来の非識別tRNAシンテターゼの機能を選択的に阻害することによって作用する抗菌剤であるかどうかが決定される。
本発明の他の実施態様では、天然に生じる病原性非識別tRNAシンテターゼは真菌から生じ、物質は試験されて、それが組換え哺乳動物細胞中に発現された真菌由来の非識別tRNAシンテターゼの機能を選択的に阻害することによって作用する抗真菌剤であるかどうかが決定される。
【0033】
本発明の別の実施態様では、天然に生じる病原性非識別tRNAシンテターゼは原生動物から生じ、物質は試験されて、それが組換え哺乳動物細胞中に発現された原生動物由来の非識別tRNAシンテターゼの機能を選択的に阻害することによって作用する抗寄生虫薬であるかどうかが決定される。
本発明の更に他の実施態様では、天然に生じる病原性非識別tRNAシンテターゼは後生動物から生じ、物質は試験されて、それが組換え哺乳動物細胞中に発現された後生動物由来の非識別tRNAシンテターゼの機能を選択的に阻害することによって作用する阻害剤であるかどうかが決定される。
【実施例】
【0034】
実施例:HeLa細胞中でのピロリ菌グルタミル−tRNAシンテターゼの発現

病原性細菌ピロリ菌(Helicobacter pylori)は2つの必須のグルタミル−tRNAシンテターゼ(GluRS1及びGluRS2)を使用する。GluRS1は基準識別GluRSであり、GluRS2はミスアシル化Glu−tRNAGlnの生産にのみ必須であるので、非基準である。
ピロリ菌非基準GRS2の発現が哺乳動物系において毒性効果を有しており細胞死を生じるかどうかを調べるために、ピロリ菌GFPGRS2をHeLa細胞、ヒト細胞株で発現させ、その推定毒性効果を調べた。
【0035】
発現ベクターの取得
プラスミドベクターGRS2#1(配列番号1)
5'−GTCACCACCATGCTTCGTTTTGCGCCTTCGCCTACAG
及びGRS2#2(配列番号2)
5'−GACTCAATGGTGATGGTGATGATGTGCTTTGAGCCTTAAAACTT
を使用してピロリ菌由来のゲノムDNA(ATCC700392D)からのGRS2を増幅し、コザックコンセンサスリボソーム結合側配列及びHisタグエピトープをそのC末端に加えた。緑色蛍光タンパク質(以下「GFP」という)をGRS2のNH末端に融合させて、標準的なオーバーラップPCR法を使用するフローサイトメトリー及び免疫ブロットによるその検出を容易にした。
【0036】
GFPはGFP−GRS2#1(配列番号3)
5−ATCTCCACCATGGTGAGCAAGGGCGAGGAG
及びGFP−GRS2#2(配列番号4)
5'−CTGTAGGCGAAGGCGCAAAACGAAGCTTGTACAGCTCGTCCATGCCGA
を使用して増幅させ、
GFP−GRS2#3(配列番号5)
5'−TCGGCATGGACGAGCTGTACAAGCTTCGTTTTGCGCCTTCGCCTACAG
及びGFP−GRS2#4(配列番号6)
5'−GATATTCAATGGTGATGGTGATGATGTGCTTTGAGCCTTAAAACTT
を使用してGRS2に結合させた。
【0037】
二つのセグメントを続けてプライマーGFP−GRS2#1及びGFP−GRS2#4と混合し、二次オーバーラップPCRを実施した。増幅産物をPCR2.1−TOPO/TA (Invitrogen)にクローニングした。GFPGRS2/PCR2.1−TOPO/TAをNotIで切断し、挿入して哺乳動物発現ベクターpCMV(BD Biosciences Clontech)を同様にして切り出した。
GFPGRS2/PCR2.1−TOPO/TAはXbaI及びSpeIで切断し、XbaIに挿入し、哺乳動物テトラサイクリン誘導発現pTRE2(BD Biosciences Clontech)にして切り出した。pTRE2はTet−On HeLa細胞株中でGRS2を発現させるために使用した。
【0038】
pTRE2はテトラサイクリン応答性PhCMV−1プロモーター(商業的に得られた)を含む応答性プラスミドである。このプロモーターは42−pbのtetオペレーター配列(tetO)の7コピーからなるTet応答エレメント(TRE)を含む。TREは完全CMVプロモーターの一部であるエンハンサーを欠く最小CMVプロモーターの丁度上流にある。二重安定Hela Tet−On形質移入体では、ハイグロマイシン耐性体はpcDNA3.1/ハイグロマイシンベクター (Invitrogen) からPvuII及びXmnI(平滑末端を形成)で切断し、平滑末端ZraI消化GFPGRS2/pTRE2にサブクローニングした。
全てのベクターの完全性と確実性は標準的な配列決定法によるそのヌクレオチド配列の決定により確認した。
【0039】
細胞の取得
Tet−On HeLa細胞は、リバーサーテトラサイクリン制御トランス活性化因子(rtTA)を発現するヒト子宮頸癌由来細胞であり、BD Biosciences Clontechから入手した。
HeLa細胞及びHeLa Tet−Onを、加湿インキュベーターにおいて5%CO/95%空気下で100U/mlのペニシリン、100μg/mLのストレプトマイシン及び10%の熱不活化仔ウシ血清(Gibcoから)を補填したDMEM培地中で増殖させた。HeLa Tet−On細胞は100μg/mLのG418の存在下に維持した。
細胞を増殖対数期に維持した。接着細胞を、洗浄前に37度で5分間、トリプシン−EDTA溶液と共にインキュベートすることによって剥離させた。
【0040】
細胞の形質移入
一過性形質移入では、20μgの各DNAを、252mMのCaClを含む500μlの水に加えた。ついで、500μlの2×Hepes緩衝生理食塩水バッファー(280mMのNaCl、10mMのKCl、1.5mMのNaHPO、50mMのHEPES、12mMのデキストロース、pH7.1)を滴下してDNA混合物に加えた。16時間後、形質移入混合物を細胞に加え、DNAを含む培地を取り除き、新しい培地を加えた。24時間後、形質移入した細胞を実験に使用した。
二重鎖形質移入体では、Tet−On HeLa細胞を20μgのDNAで形質移入した。形質移入の48時間後に、細胞を24ウェルプレートに分け、選択のために500μg/mLのハイグロマイシンを加えた。およそ15日後、細胞の個々のクローンを選択し96ウェルプレートに配した。フローサイトメトリーによりその発現GFPを調べることによりクローンを選択した。
【0041】
クローンの選択
免疫ブロット法
Laemmliブルー試料バッファー中の全タンパク質抽出物を充填し10%ゲルのSDS−PAGEによって分離した。ゲルをPVDF膜に移し、少なくとも1時間、10%(w・v)ミルクを含むTBS−T(0.5MのTris、1.5MのNaCl)、0.1%(v/v)のTween−20、pH7.4)でブロックした。ついで、ブロットを10%のBSA/TBS−Tのブロッキング溶液中で1:5000にて精製した抗緑色蛍光タンパク質ウサギポリクローナル抗体(Immunokontact)と共にインキュベートした。一次抗体とのインキュベーションの直後にブロットを2回洗浄した後、15分間隔で更に2回洗浄した。最後に、ブロットを前と同じように洗浄前に1時間の間、TBS−T中1:10000で二次抗体(Amershamによって供給された抗ウサギIgG、西洋わさびペルオキシダーゼ結合全抗体)と共にインキュベートし、高感度化学発光(ECL)検出システム(Amersham)を使用して発光させた。
【0042】
フローサイトメトリー実験
10μg/mlのヨウ素化プロピジウム(PI)を、一過性にGFP融合タンパク質を形質移入したHeLa細胞における細胞生存率の決定に使用した。PI染色細胞をCoulter Epics XL (Beckman Coulter)を使用して直ぐに分析し、システムIIソフトウェアを使用して解析した。
これらの技術を使用して得られた結果から、HeLa細胞(ヒト子宮頸癌由来)は空のプラスミド(モック)又はGFP−GRS2/pCMVをコードするプラスミドを用いて一過性に形質移入されたと結論づけされた。
GFPタンパク質の発現は、図1に示されるように、抗GFPポリクローナル抗体を使用して免疫ブロット法によって検出した。
【0043】
細胞死の決定
ピロリ菌非識別GRS2の発現が哺乳動物系において毒性効果を有し細胞死を生じるかどうかを評価するために、ピロリ菌GFPGRS2をHeLa細胞、ヒト細胞株で発現させ、その推定毒性効果を調べた。
図2に示されるようにHeLa細胞におけるピロリ菌GFPGRS2の発現は、PI染色によって測定して、細胞死の増加を生じた。
ピロリ菌GFPGRS2の発現はHeLa細胞中でのGFP発現と比較して細胞生存に有害な効果を有しており、この効果は形質移入の3日後まで続いた。
これらの結果は哺乳動物系におけるピロリ菌GFPGRS2の発現は細胞死の増加を生じることを裏付けている。
【0044】
この細胞死感度の増加は、ピロリ菌GFPGRS2発現HeLa細胞におけるミスフォールドタンパク質のレベル増加を引き起こし、細胞死の増加に至るかもしれないグルタミンの代わりにグルタミン酸の取り込みを増加させたためであるかも知れない。
HeLa細胞でのピロリ菌GFPGRS2の構成的発現が細胞死の増加を生じるので、本発明者等はテトラサイクリン誘導系におけるHeLa Tet-On 細胞においてピロリ菌GFPGRA2を安定に発現させた。
【0045】
候補薬剤の決定
ある物質が候補薬剤であるかどうかを決定するために、これはNDGlu tRNAシンテターゼの存在下でヒト細胞の増殖を許容し又は改善しなければならない(つまり、この化合物は上記非識別ARSに対して阻害活性を有していなければならない)。
tRNAシンテターゼが同族tRNAへの対応アミノ酸の導入を触媒する生化学反応が実施される。この取り込みは、放射標識アミノ酸を使用し、tRNA分子への放射標識の付加を測定してモニターされる。同様の反応は、その阻害が探求されるARSに相同であるヒト酵素によって触媒される。
【0046】
ついで、薬剤候補物質を反応混合物に加える。非識別ARSとそのヒトホモログを選択的に識別する物質の能力は、同族tRNAGluへの放射性アミノ酸の導入を阻害する分子の能力を測定し、そのそれぞれの同族tRNAに対する類似のヒト酵素を阻害する同化合物の能力とこの活性を比較することによって推定される。分子は、病原体からの酵素を阻害できるが類似のヒト酵素はできない場合に特異的である。
【0047】
従って、分子を、非識別ARSを元々は含んでいる生物の成長を阻害するその能力について試験する。非識別ARSの選択的阻害と非識別ARSを天然に含む生物の成長を遅らせ又は停止させる能力を示す分子はこの生物の成長を阻害するのに有用な潜在的な薬剤候補であると考えられる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
薬剤候補を同定するためのスクリーニング方法であって、次の工程:
a)天然に生じる病原性非識別tRNAシンテターゼをコードする遺伝子配列を含む発現ベクターを取得し;
b)単離された哺乳動物細胞を発現ベクターで形質転換し;
c)(b)から得られる組換え細胞を、病原性tRNAシンテターゼの発現を可能にする条件下で栄養培地中で増殖させ、病原性tRNAシンテターゼを発現させて細胞死又は細胞分裂速度の減少を生じさせ;
d)試験される物質を提供し;
e)得られた細胞増殖を分析することを含み、
ここで試験される物質の不在下で同一培養の細胞増殖に対して細胞増殖の増加が存在するならば、該物質が病原性tRNAシンテターゼの活性を阻害しその細胞オルソログに影響を及ぼさず、該物質が薬剤候補であることを示す方法。
【請求項2】
工程(a)で得られた発現ベクターが、天然に生じる病原性非識別tRNAシンテターゼのtRNA基質をコードする遺伝子配列をまた含む請求項1に記載の方法。
【請求項3】
哺乳動物細胞が、天然に生じる病原性非識別tRNAシンテターゼのtRNA基質をコードする遺伝子配列を含む第二発現ベクターを使用して工程(b)において形質転換される請求項1に記載の方法。
【請求項4】
天然に生じる病原性非識別tRNAシンテターゼが、Glu−tRNAシンテターゼ及びAsp−tRNAシンテターゼからなる群から選択される請求項1から3の何れか一項に記載の方法。
【請求項5】
発現ベクターが、ウイルス又は非ウイルスプラスミド、コスミド、ファージミド、シャトルベクター及びヤクからなる群から選択される請求項1から4の何れか一項に記載の方法。
【請求項6】
発現ベクターがアデノウイルスベクターである請求項5に記載の方法。
【請求項7】
ベクターが遺伝子発現のためのテトラサイクリン依存性調節系を含む請求項5又は6に記載の方法。
【請求項8】
ベクターが選択マーカーを含む請求項5から7の何れか一項に記載の方法。
【請求項9】
選択マーカーがハイグロマイシンである請求項8に記載の方法。
【請求項10】
天然に生じる病原性非識別tRNAシンテターゼが細菌から生じ、物質が試験されて、それが組換え哺乳動物細胞中に発現された細菌由来の非識別tRNAシンテターゼの機能を選択的に阻害することによって作用する抗菌剤であるかどうかを決定する請求項1から9の何れか一項に記載の方法。
【請求項11】
天然に生じる病原性非識別tRNAシンテターゼが真菌から生じ、物質が試験されて、それが組換え哺乳動物細胞中に発現された真菌由来の非識別tRNAシンテターゼの機能を選択的に阻害することによって作用する抗真菌剤であるかどうかを決定する請求項1から9の何れか一項に記載の方法。
【請求項12】
天然に生じる病原性非識別tRNAシンテターゼが原生動物から生じ、物質が試験されて、それが組換え哺乳動物細胞中に発現された原生動物由来の非識別tRNAシンテターゼの機能を選択的に阻害することによって作用する抗寄生虫薬であるかどうかを決定する請求項1から9の何れか一項に記載の方法。
【請求項13】
天然に生じる病原性非識別tRNAシンテターゼが後生動物から生じ、物質が試験されて、それが組換え哺乳動物細胞中に発現された後生動物由来の非識別tRNAシンテターゼの機能を選択的に阻害することによって作用する阻害剤であるかどうかを決定する請求項1から9の何れか一項に記載の方法。
【請求項14】
組換え哺乳動物細胞が組換えヒト細胞である請求項1から13の何れか一項に記載の方法。

【図1】
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【図2】
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【公表番号】特表2009−540850(P2009−540850A)
【公表日】平成21年11月26日(2009.11.26)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−517200(P2009−517200)
【出願日】平成19年6月28日(2007.6.28)
【国際出願番号】PCT/EP2007/056458
【国際公開番号】WO2008/000785
【国際公開日】平成20年1月3日(2008.1.3)
【出願人】(509005535)
【出願人】(509005557)
【出願人】(509005546)フンダシオ プリバーダ インスティテュート デ レセルカ ビオメディカ (1)
【Fターム(参考)】