説明

新規過酸化水素生成型NADHオキシダーゼ

【課題】Brevibacterium属微生物由来のpH安定性及び熱安定性に優れた新規NADHオキシダーゼの提供。
【解決手段】下記の理化学的性質を有するBrevibacterium属微生物由来のNADHオキシダーゼ:
(1)酸素を受容体としてNADHの酸化反応を触媒し、NAD+と過酸化水素を生成する;
(2)至適pHは8〜10付近である;
(3)70℃、1時間の熱処理でも失活せず、80%以上の残存活性を有する;
(4)至適温度は50〜70℃である;
(5)アンモニウム塩により活性化される;及び
(6)分子量はSDS-PAGEで測定した場合50〜60kDaである。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、還元型ニコチンアミドアデニンジヌクレオチド(NADH)オキシダーゼ及びその製造法に関する。より詳しくは本発明は、酸素分子(O2)存在下にNADHを基質特異的に酸化して過酸化水素(H2O2)を生成し、Brevibacterium属微生物から得られるNADHの測定等に有用なNADHオキシダーゼ、及びその製造法に関する。
【背景技術】
【0002】
還元型補酵素(NADH)を酸化型補酵素(NAD+)へと再生する酵素は、酸化還元酵素と組み合わせることにより各種アルコールを酸化することができることから非常に有用である。NADHオキシダーゼについて種々報告がある(特許文献1〜11を参照)。
【0003】
【特許文献1】特開平7-163378号公報
【特許文献2】特開2003―116585号公報
【特許文献3】国際公開第1WO2004/011670号パンフレット
【特許文献4】欧州特許公開第1285962号公報
【特許文献5】特開平8-196281号公報
【特許文献6】欧州特許公開第623677号公報
【特許文献7】特開平5-344890号公報
【特許文献8】特開平5-84072号公報
【特許文献9】特外平4-365478号公報
【特許文献10】欧州特許公開第385415号公報
【特許文献11】特開平2-107186号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
本発明は、Brevibacterium属微生物由来のpH安定性及び熱安定性に優れた新規NADHオキシダーゼの提供を目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0005】
種々の微生物から単離されたオキシダーゼは多数知られている。しかしながら、Brevibacterium属微生物から単離された例はなかった。
【0006】
一般的にアルコールの酸化反応を行う酸化還元酵素の最適pHは弱アルカリ性の9〜10程度である。従って、NADの再生を行うNADHオキシダーゼの最適pHもこれと同じ範囲であることが望ましい。しかし、ラクトバチルス由来のNADHオキシダーゼ(デグサ特許)の最適pHは6付近であり、再生系酵素として適当ではない。また、再生系酵素としては高い熱安定性が求められる。
【0007】
本発明者らは、これらの優れた特性の酵素を得ようと鋭意検討を行なった。その結果、本発明者等が新たに分離したBrevibacterium属微生物由来のNADHオキシダーゼが、アルカリ側に至適pHを有し、また熱安定性も高いことを見出し、本発明を完成させるに至った。
【0008】
すなわち、本発明は以下の通りである。
[1] 下記の酵素学的性質を有するBrevibacterium属微生物由来のNADHオキシダーゼ:
(1)酸素を受容体としてNADHの酸化反応を触媒し、NAD+と過酸化水素を生成する;
(2)至適pHは8〜10付近である;
(3)70℃、1時間の熱処理でも失活せず、80%以上の残存活性を有する;
(4)至適温度は50〜70℃である;
(5)アンモニウム塩により活性化される;及び
(6)分子量はSDS-PAGEで測定した場合50〜60kDaである。
[2] さらに、以下の酵素学的性質を有する[1]の酵素:
(7)NADPHに対する酸化活性は小さく、さらに、FADやFMNによる活性化は認められない;及び
(8)Kmは約0.022mMである。
[3] Brevibacterium sp.KU1309(受託番号:FERM P-21008)由来である[1]又は[2]のNADHオキシダーゼ。
[4] Brevibacterium属微生物を培養し、培養物からNADHオキシダーゼを回収することを含む、[1]〜[3]のいずれかのNADHオキシダーゼの製造法。
[5] Brevibacterium属微生物が、Brevibacterium sp.KU1309(受託番号:FERM P-21008)である[4]のNADHオキシダーゼの製造法。
[6] [1]〜[3]のいずれかのNADHオキシダーゼを用いて、光学活性マンデル酸又はD-フェニルアラニンを製造する方法。
【発明の効果】
【0009】
本発明のNADHオキシダーゼは、pH安定性及び熱安定性に優れており、必要不可欠な補酵素再生系酵素として非常に有用であり高効率な反応プロセスを実現できる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0010】
本発明の酵素は、土壌中に生息するBrevibacterium属微生物より単離することができる。Brevibacterium属微生物の単離は公知の方法で行なうことができる。Brevibacterium属微生物として、Brevibacterium sp.KU1309が挙げられ、Brevibacterium sp.KU1309は、独立行政法人産業技術総合研究所、特許生物寄託センター(日本、茨城県つくば市東1丁目1番地1 中央第6)に2006年8月29日付けで寄託されている(受託番号:FERM P-21008)。
【0011】
Brevibacterium sp.KU1309の菌学的性質は以下の通りである。
(a)形態
(1)細胞の大きさ:0.8×1.0〜1.5μm(24h)、0.8×0.8〜1.0μm(72h)の桿菌。Rod-coccus cycleあり。
(2)グラム染色性:陽性。
(3)胞子の有無:なし。
(4)運動性:なし。
(5)コロニー形態(培地;Nutrient Agar、培養時間24時間):
円形、全縁滑らか、低凸状、光沢あり、黄色。
(6)生育温度:37℃で+、45℃で−。
(7)カタラーゼ:陽性。
(8)オキシダーゼ:陰性。
(9)酸/ガス産生(グルコース):-/-。
(10)O/Fテスト(グルコース):-/-。
【0012】
また、16S rDNA塩基配列を配列番号1に示す。
上記の菌学的性質により、本発明のBrevibacterium sp.KU1309は新種微生物であると同定された。
【0013】
本発明の酵素は、上記微生物培養物より高いアルコール酸化活性を有するNADHオキシダーゼとして精製することができる。微生物の培養は公知の方法で行なうことができる。例えば、普通ブイヨン20g(極東製薬工業)、酵母エキス5g(極東製薬工業)を含む培地を用いて培養すればよい。上記微生物を1〜2日培養し、菌体を破砕し菌体抽出液から本発明の酵素を精製することができる。本発明の酵素の精製も、公知の方法で行なうことができる。例えば、超音波破砕、ガラスビーズを用いる機械的破砕、フレンチプレス、界面活性剤、溶菌酵素などを用い菌体を破砕し抽出液を得て、さらに抽出液については硫安や芒硝などの塩析法、塩化マグネシウムや塩化カルシウムなどの金属凝集法、プロタミンやエチレンイミンポリマーなどの凝集法、熱処理、さらにはイオン交換クロマトグラフィーなどにより精製することができる。例えば、Butyl toyopearlカラム(東ソー)を用いて行なえばよい。
【0014】
本発明の酵素の酵素活性はNADHがNADへ酸化されると減少する340nmの吸光度を吸光光度計で測定することにより測定することができる。NADH1μモルを1分間あたりに酸化する酵素量を1単位(U)とする。
【0015】
本発明のNADHオキシダーゼは以下の性質を有する。
(1)本発明の酵素は以下の反応式で酸素を受容体としてNADHの酸化反応を触媒し、NAD+と過酸化水素を生成する
NADH + H+ + O2 → NAD+ + H22
(2)本発明の酵素の至適pHは8〜10付近であり、酸化還元酵素と共にアルコールの酸化反応を行う際に、好適である;
(3)本発明の酵素は温度安定性に優れており、70℃、1時間の熱処理でも失活せず、80%以上、好ましくは90%以上、さらにほぼ100%の残存活性を有する。この性質は、物質生産プロセスに於いて好適である;
(4)本発明の酵素の至適温度は50〜70℃、好ましくは約60℃である;
(5)本発明の酵素はアンモニウム塩により活性化される。反応系を弱アルカリ性に保つ際にアンモニア水を用いると、酵素も活性化されるので好適である;
(6)本発明の酵素はZn2+(39%)、Cu2+(42%)、Ag+(37%)などの柔らかい酸に阻害される;
(7)本発明の酵素は、NADPHに対する酸化活性は小さく、さらに、FADやFMNによる活性化は認められない。NADPHを酸化できないという本酵素の特性は、NADHとNADPHが混在する生体試料中のNADH量を選択的に測定できるという利点がある;
(8)本発明の酵素のKmは0.1mM以下、好ましくは約0.02mM例えば0.022mMである;
(9)本発明の酵素を用いてNADHを1mol酸化すると、1molの過酸化水素が生成する;及び
(10)本発明の酵素の分子量はSDS-PAGEで測定した場合、50kDa〜60kDaである。本発明の酵素はホモダイマーを形成し、ゲルろ過で想定した分子量は約100kDaである。
【0016】
本発明の酵素は、酸化反応に必要な還元型補酵素(NADH)を酸化型補酵素(NAD+)へと再生することができる。本発明の酵素を他の酸化還元酵素と組合せることにより各種アルコールを酸化することができる。また、例えば、マンデル酸デヒドロゲナーゼやL-フェニルアラニンデヒドロゲナーゼと組合せ、カップリング反応を行なわせることにより光学活性(S)-マンデル酸や光学活性D-フェニルアラニンを製造することができる。また、本発明の酵素は、H2O2の定量法と組み合わせてNADHが関与する各種脱水素酵素の活性測定及びNADを補酵素とする各種脱水素酵素の基質量の測定に利用できる。
【実施例】
【0017】
本発明を以下の実施例によって具体的に説明するが、本発明はこれらの実施例によって限定されるものではない。
実施例1 酵素の精製
【0018】
(1)細胞の培養
Brevibacterium属微生物Brevibacterium sp.KU1309を土壌から単離し、以下の方法で培養した。単離したBrevibacterium sp.KU1309は、独立行政法人産業技術総合研究所、特許生物寄託センター(日本、茨城県つくば市東1丁目1番地1 中央第6)に2006年8月29日付けで寄託した(受託番号:FERM P-21008)。
【0019】
培地は1リットルあたり、普通ブイヨン20g(極東製薬工業)、酵母エキス5g(極東製薬工業)を溶かしたものを2M 水酸化ナトリウムでpH7.0に調整し120℃、20分加熱滅菌したものを用いた。
【0020】
培地10mlの入った試験管に、固体培地上のBrevibacteriumを白金耳で植菌し、30℃で24時間、振とう培養した。この細胞懸濁液1mlを培地100mlの入った500ml坂口フラスコに加え、30℃で24時間、振とう培養を行い、遠心分離により細胞を回収した。得られた細胞はリン酸緩衝溶液で洗浄し、再び遠心分離により細胞を回収した。これは−20℃でかなり長期保存することができる。
【0021】
(2)酵素精製
無細胞抽出液の調製
湿潤した細胞(20g)を100mMリン酸緩衝溶液(pH7.0)5mM 2-メルカプトエタノールに懸濁し、Dyno-mill(Willy A. Bachofen Co.)で破砕した。この混合物を遠心分離し、上澄みを回収し、これを無細胞抽出液とした。
【0022】
(3)酵素活性の測定
酵素活性は、NADHがNADへ酸化されると減少する340nmの吸光度を吸光光度計で測定して評価した。反応は0.1mM NADH、100mMトリス塩酸(pH8.8)、500mM硫酸アンモニウムに酵素溶液を加えて行った。1ユニットはNADH1μモルを1分間あたりに酸化する酵素量として定義した。
【0023】
(4)硫安分画
無細胞抽出液を0℃で攪拌しながら、硫酸アンモニウムを35%飽和の濃度となるまで15分間かけて少しずつ添加した。その後さらに1時間攪拌した。遠心分離により沈殿を除去し、上澄みに65%飽和となるまで硫酸アンモニウムを15分間かけて加えた。加え終わってから1時間攪拌した後、遠心分離により沈殿を回収した。この沈殿を10mMリン酸緩衝溶液、5mM 2-メルカプトエタノール、30%飽和硫酸アンモニウムを含む10mMリン酸緩衝溶液(pH7.0)に溶解した。
【0024】
(5)クロマトグラフィー
5mM 2-メルカプトエタノール、飽和30%硫酸アンモニウムを含む10mMリン酸緩衝溶液(=緩衝溶液A)で平衡化したPhenyl toyopearlカラム(東ソー、カラム体積150ml)に試料をのせた。Econo Gradient Pump(Bio Rad)を用いてクロマトグラフィーを行った(流速1.5ml/min)。450mlの緩衝溶液Aで洗浄したのち、450mlの緩衝溶液Aと450mlの5mM 2-メルカプトエタノール、20%飽和硫酸アンモニウムを含む10mMリン酸緩衝溶液B(pH7.0)の硫酸アンモニウム直線勾配でタンパク質を溶出させた。各フラクションの酵素活性を調べ、活性フラクションを集めて、10mMリン酸緩衝溶液(pH7.0)に透析した。このフラクションプールを5mM 2-メルカプトエタノール、200mM NaClを含む10mMリン酸緩衝溶液(pH7.0)(緩衝溶液C)で平衡化されたDEAE toyopearlカラム(東ソー、カラム体積50ml)にのせた。150mlの緩衝溶液Cで洗浄後、150mlの緩衝溶液Cと150mlの5mM 2-メルカプトエタノール、300mM NaClを含む10mMリン酸緩衝溶液(pH7.0)(=緩衝溶液D)による、NaCl直線勾配でタンパク質を溶出した(流速1ml/min)。これらの中から活性のあるフラクションを回収し、30%飽和となるまで硫酸アンモニウムを加えた。この溶液を、5mM 2-メルカプトエタノール、30%飽和硫酸アンモニウムを含む10mMリン酸緩衝溶液(pH7.0)(=緩衝溶液E)で平衡化したButyl toyopearlカラム(東ソー、カラム体積10ml)にのせた。30mlの緩衝溶液Eで洗浄後、30mlの緩衝溶液Eと30mlの5mM 2-メルカプトエタノール、15%飽和硫酸アンモニウムを含む10mMリン酸緩衝溶液(pH7.0)(=緩衝溶液F)の硫酸アンモニウム直線勾配でタンパク質を溶出した(流速1ml/min)。活性なフラクションを回収し、10mMリン酸緩衝溶液(pH7.0)に透析した。Butyl toyopearlカラムによる各クラクションの酵素活性を図1Aに示す。図1Aに示すように単一ピークが認められた。さらに、精製後にSDS-PAGEを行った。CBBによる染色では50kDa付近(56.8kDa)に均一なバンドを確認することができた(図1B)。
精製過程における酵素活性、収率を次の表1にまとめた。
【0025】
【表1】

【0026】
実施例2 Brevibacterium sp.から単離したNADHオキシダーゼの酵素学的性質
(1)pH依存性
pH5.5〜11.5の範囲で酸化反応の最適pHを測定した。緩衝溶液は各pH範囲に適した緩衝溶液、すなわちMES(pH5.5〜6.5)、MOPS(pH6.5〜7.4)、HEPES(pH7.0〜8.0)、Tris(pH7.5〜8.8)、グリシン(pH8.8〜10.4)、CAPS(pH9.4〜10.8)、リン酸ナトリウム(pH10.54〜11.52)を用いた。各pHでの相対反応速度を図2にまとめた。
本酵素は、アルカリ側pH8.5〜10)に至適pHを有することが判明した。
【0027】
(2)pH安定性
酵素をpH4.5〜11.5の各pHで70℃、1時間インキュベートし、その後の残存活性を測定した。緩衝溶液はクエン酸(pH4.7)、MES(pH5.5、6.3)、MOPS(pH6.6、7.4)、Tris(pH7.4、8.5)、TAPS(pH8.4、9.2)、CAPS(pH9.4、10.2)、リン酸ナトリウム(pH10.5、11.5)を用いた。
70℃の加熱を行っていない状態を100%として残存活性をプロットしたのが図3である。
図に示すようにpH6〜10の広いpH範囲で安定であった。
【0028】
(3)熱安定性
MOPS緩衝溶液(pH6.6)中での熱に対する安定性の検討を行った。各温度で1時間インキュベートし、その後の活性を室温で測定した。これを図4のグラフの(◆)で示した。また各温度(30℃〜70℃)で酵素活性を測定し、これを図4のグラフに(□)で示した。
図に示すように70℃、1時間のインキュベートに対してほぼ100%安定であった。
【0029】
(4)塩の効果
各種塩を加えて反応を行い、340nmの吸光度を測定し反応速度を決定した。図5Aに各種塩の酵素活性に対する効果を示す。このようにアンモニウム塩を加えることに酵素活性は上昇することがわかった。そこで、アンモニウム塩濃度の酵素活性に対する影響を調べた。方法は、硫酸アンモニウムを0Mから4.35Mの各濃度存在下で反応を行い、反応速度の相対値を算出した。図5Bにアンモニウム塩の酵素活性に対する効果を示す。
図に示すように、活性にはアンモニウム塩が必要であり、活性が最大となるアンモニウム塩濃度([NH4+])は、3.0Mであった。
【0030】
(5)阻害実験
酵素溶液を100mM Tris-HCl(pH8.8)に加え、さらに阻害剤を終濃度1mMとなるように加え、3分間室温でインキュベートした。その後、NADHを10μM、(NH4)2SO4を500mMとなるように加え、340nmの吸光度を測定することにより、反応速度を決定した。
図6に相対活性値を示す。図6に示すように、Zn2+(39%)、Cu2+(42%)、Ag+(37%)などの柔らかい酸に阻害された。
【0031】
(6)速度論的解析
速度論的解析はNADH濃度を10μMから100μMの間で反応速度を測定し、この値からLineweaver-Burkプロットを作成した。反応は次のように行った。反応液{NOX;0.28ug/ml、NADH;10μM-100μM、(NH4)2SO4; 500mM、Tris-HCl;100mM (pH8.8)}を吸光光度計用セルに入れ、340nmの吸光度を測定することにより、反応速度を決定した。
【0032】
図7AにLineweaber-Burkプロットの結果を示す。
表2にNADHに対するKineticsを示す。
【0033】
【表2】

【0034】
表3に基質及びCofactorによる活性を示す。
【0035】
【表3】

【0036】
本発明の酵素のKmは0.022mMとかなり小さかった。また、NADPHに対する酸化活性は小さかった。さらに、FADやFMNによる活性化は認められなかった。
【0037】
(7)酵素による酸素分子の還元状態
NOXはH2O副生型とH2O2副生型に分類される。図8Aに示すアッセイ法を用いてH2O2の生成確認と定量を行った。
【0038】
まず、既知濃度の過酸化水素とo-ジアニシジン、ペルオキシダーゼを用いて反応を行い、[H2O2] vs Abs460の検量線を作成した。これによって得られたプロットが、図8Bの(◆)である。つづいて、実際にNOXでのNADH酸化反応を行い、反応後に生成した過酸化水素濃度を測定した。すなわち、NOXによる酸化反応をNADH濃度を75μM、100μM、150μMで行い、十分な反応時間で反応を完了した。反応の完了は吸光光度計により確認した。この反応液50μlを、o-ジアニシジン、ペルオキシダーゼを含む100mMのリン酸緩衝溶液(pH7.0)に加え、吸光度を測定した。これにより得られたプロットが図8Bの(□)で示した。一番左から、NADH濃度が75、100及び150μMの時のAbs460である。これは[H2O2]濃度と同じ値をとっていることがわかる。
【0039】
このことから、H2O2の生成が確認できた。またNADHを1mol酸化すると、1molの過酸化水素が生成することがわかった。
【0040】
実施例3 NADHオキシダーゼの利用例
(i)マンデル酸デヒドロゲナーゼとの併用による光学活性マンデル酸の調製
Enterococcus faecalis IAM 10071からのマンデル酸デヒドロゲナーゼ(Tamura, Y., et al. 2002. Appl. Environ. Microbiol. 68:957-957)とBrevibacteriumsp.からのNADHオキシダーゼを組み合わせることで、マンデル酸の酸化を行った。
【0041】
マンデル酸デヒドロゲナーゼは簡易精製して用いた。以下に方法を示す。
MRS培地10mlの入った試験管にEnterococcus faecalis IAM 10071を固体培地から白金耳を用いて植菌し、30℃で24時間振とう培養した。この培養液をMRS培地1.2リットルの入った5リットルの三角フラスコ(バッフルつき)に全量移し、30℃で48時間、旋回培養した。培養液から遠心分離によって細胞を回収し、湿潤細胞9.2gを得た。これを100mMトリス塩酸緩衝液(pH7.5)、5mM 2-メルカプトエタノールに懸濁し、ミルによって細胞を破砕した。遠心分離によって未破砕菌体を除去し、無細胞抽出液を得た。マンデル酸デヒドロゲナーゼの酵素活性はマンデル酸の酸化に伴い生成するNADHの340nmの吸光度を吸光光度計により測定した。反応は50mMラセミ体マンデル酸、1mM NAD+、100mMトリス塩酸(pH8.8)に酵素溶液を加えて行った。25%〜60%飽和の硫酸アンモニウムで沈殿したタンパクを遠心分離によって回収し、10mMトリス塩酸緩衝溶液(pH7.5)に溶解し、同緩衝液で透析した。この酵素溶液を5mM 2-メルカプトエタノール、100mM NaClを含む10mMトリス塩酸(pH7.5)で平衡化したDEAE toyopearlカラム(カラム体積50ml、流速1ml/min)にのせた。平衡化した緩衝溶液で洗浄後、150mlの平衡化した緩衝溶液と150mlの5mM 2-メルカプトエタノール、200mM NaClを含む10mMトリス塩酸(pH7.5)、を用いて直線勾配によりタンパク質を溶出した。このフラクションから活性画分を集め、Amicon Ultra(MILLI PORE)により濃縮してマンデル酸デヒドロゲナーゼの部分精製酵素を得た。
【0042】
マンデル酸デヒドロゲナーゼとNADHオキシダーゼの併用反応は次の組成で行った。2mMラセミ体マンデル酸、0.1mM NAD+、250mM硫酸アンモニウム、100mMトリス塩酸(pH 8.8)、NADHオキシダーゼ0.1U/ml、マンデル酸デヒドロゲナーゼ0.1U/mlの混合物を30℃でインキュベートし、HPLCによりマンデル酸の光学純度を決定した。[HPLC条件:CHIRALCEL OD-H (ダイセル化学工業)、展開相 ヘキサン/イソプロピルアルコール=19/1 0.2%トリフルオロ酢酸、流速0.5ml/min、検出UV 254nm、保持時間(S)−マンデル酸22.14min,(R)−マンデル酸27.23min]
【0043】
本発明の酵素とマンデル酸デヒドロゲナーゼのカップリング反応の反応機構を図9Aに示す。
この結果、48時間後にはR体のマンデル酸は全て酸化され、光学活性(S)-マンデル酸が得られた。
【0044】
(ii)L-フェニルアラニンデヒドロゲナーゼとの併用によるD−フェニルアラニンの調製
L-フェニルアラニンデヒドロゲナーゼは和光純薬より購入したものを用いた。
反応は次の組成で行った。2.5mM DLフェニルアラニン、0.1mM NAD+、10mM硫酸アンモニウム、100mM CAPS(pH 10.2)、NADHオキシダーゼ0.2U/ml、L-フェニルアラニンデヒドロゲナーゼ0.2U/mlの混合物を30℃でインキュベートし、HPLCによって系中のフェニルアラニンの光学純度を調べた。[HPLC条件:Crownpak CR(+)展開相5.7%過塩素酸、流速0.5ml/min、検出UV200nm、保持時間D-フェニルアラニン18.5min、L-フェニルアラニン25.1min]
【0045】
本発明の酵素とL-フェニルアラニンデヒドロゲナーゼのカップリング反応の反応機構を図9Bに示す。
この結果、48時間後にはL体のフェニルアラニンは全て酸化され、光学活性D-フェニルアラニンが得られた。
【0046】
このように、Brevibacterium sp.からのNADHオキシダーゼは広いpH適性(特に弱アルカリ側)と高い安定性を有しているので、非常に汎用性が高い。
【図面の簡単な説明】
【0047】
【図1A】Butyl toyopearlカラムを用いた本発明の酵素の精製の結果を示す図である。
【図1B】本発明の酵素のSDS-PAGEの結果を示す図である。
【図2】本発明の酵素のpHプロフィールを示す図である。
【図3】本発明の酵素のpH安定性を示す図である。
【図4】本発明の酵素の温度安定性を示す図である。
【図5A】各種塩の本発明の酵素に対する効果を示す図である。
【図5B】アンモニウム塩の本発明の酵素に対する効果を示す図である。
【図6】本発明の酵素の酸による阻害を示す図である。
【図7】本発明の酵素のKineticsを示す図である。
【図8A】本発明の酵素による酸素分子の還元状態を決定する方法を示す図である。
【図8B】本発明の酵素による酸素分子の還元状態を示す図である。
【図9A】本発明の酵素とマンデル酸デヒドロゲナーゼのカップリング反応を示す図である。
【図9B】本発明の酵素とL-フェニルアラニンデヒドロゲナーゼのカップリング反応を示す図である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
下記の酵素学的性質を有するBrevibacterium属微生物由来のNADHオキシダーゼ:
(1)酸素を受容体としてNADHの酸化反応を触媒し、NAD+と過酸化水素を生成する;
(2)至適pHは8〜10付近である;
(3)70℃、1時間の熱処理でも失活せず、80%以上の残存活性を有する;
(4)至適温度は50〜70℃である;
(5)アンモニウム塩により活性化される;及び
(6)分子量はSDS-PAGEで測定した場合50〜60kDaである。
【請求項2】
さらに、以下の酵素学的性質を有する請求項1記載の酵素:
(7)NADPHに対する酸化活性は小さく、さらに、FADやFMNによる活性化は認められない;及び
(8)Kmは約0.022mMである。
【請求項3】
Brevibacterium sp.KU1309(受託番号:FERM P-21008)由来である請求項1又は2に記載のNADHオキシダーゼ。
【請求項4】
Brevibacterium属微生物を培養し、培養物からNADHオキシダーゼを回収することを含む、請求項1〜3のいずれか1項に記載のNADHオキシダーゼの製造法。
【請求項5】
Brevibacterium属微生物が、Brevibacterium sp.KU1309(受託番号:FERM P-21008)である請求項4記載のNADHオキシダーゼの製造法。
【請求項6】
請求項1〜3のいずれか1項に記載のNADHオキシダーゼを用いて、光学活性マンデル酸又はD−フェニルアラニンを製造する方法。

【図1A】
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【図1B】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5A】
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【図5B】
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【図6】
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【図7】
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【図8A】
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【図8B】
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【図9A】
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【図9B】
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【公開番号】特開2008−92832(P2008−92832A)
【公開日】平成20年4月24日(2008.4.24)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−276553(P2006−276553)
【出願日】平成18年10月10日(2006.10.10)
【出願人】(899000079)学校法人慶應義塾 (742)
【Fターム(参考)】