説明

新規酵母およびそれを用いたアルコール飲料の製造方法

【課題】 グリセロールを高生産し、発酵能が維持された酵母の選抜・育種を行うこと、および当該酵母を使用して品質の改善されたアルコール飲料を製造する方法を提供すること。
【解決手段】 グリセロール生産量が顕著に高いサッカロミセス・セレビシエHGP-C-2(FERM P-20913)並びに当該酵母を用いることを特徴とするアルコール飲料の製造方法を提供する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、グリセロールを高生産する新規酵母およびそれを用いたグリセロール含量の高いアルコール飲料の製造方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
グリセロールはアルコール発酵の副産物として生産され、各種の酒に含有するもので、香味形成に重要な役割を果たしている。果実酒においてはいわゆる「貴腐ワイン」などのグリセロール含量の高い酒が存在するが、このグリセロールは、原料となるブドウ自体または、それに付着したボトリティス・シネリア(Botrytis cinerea)などのカビによってグリセロール量が増したブドウに由来するものであり、人為的にグリセロール量の増大を図っているものではない。また、貴腐ワインの製造には、ボトリティス・シネリアなどの菌の生育に都合の良い温度、湿度等の気象条件が必須であり、この条件が備わる地域は限定される。
【0003】
グリセロールは、酒類において「コク」「ふくらみ」「濃厚さ」に関与する成分としてあげられる。また、ワインにおいては格付けとグリセロール量との相関関係が認められ、上等酒ほどグリセロール量が多いとされている。このように、グリセロールは酒類の香味を左右する成分として重要であるため、近年、グリセロールを高生産する酵母の開発が行われている(特許文献1〜3参照)。
しかしながら、それらのグリセロール生産量は、果実酒においては官能的に十分な量とは言えず、さらにグリセロール生産能の高められた酵母の取得が望まれていた。
【0004】
【特許文献1】特許第2064536号
【特許文献2】特開平9−224652号公報
【特許文献3】特開平10−210968号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
そこで本発明は、従来のグリセロール高生産酵母よりもグリセロール生産能が高い、新たなグリセロール高生産酵母を取得し、それを用いたグリセロール含量の高いアルコール飲料の製造方法を開発することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明者らは、鋭意研究を進めた結果、酵母について変異処理と2種類の薬剤耐性処理を順次行うことで、従来の酵母に比べ著しくグリセロールを高生産する酵母を取得するに至った。
また、この方法で取得した酵母を使用することにより、ボディ感があり、香味に優れたアルコール飲料の製造に成功した。
本発明は、これらの知見に基いて完成されたものである。
【0007】
すなわち、請求項1に記載の本発明は、サッカロミセス・セレビシエ(Saccharomyces cerevisiae)「きょうかい酵母」ぶどう酒用3号酵母を親株とし、親株よりもグリセロール生産能が著しく優れており、かつ親株由来の発酵能を維持しているサッカロミセス・セレビシエHGP-C-2株(FERM P-20913)である。
請求項2記載の本発明は、請求項1に記載のサッカロミセス・セレビシエ(Saccharomyces cerevisiae)HGP-C-2株(FERM P-20913)を用いることを特徴とするアルコール飲料の製造方法である。
【発明の効果】
【0008】
本発明により、グリセロール生産量が約2.5倍と顕著に高く、発酵能が維持された酵母を提供することができる。本酵母を使用することにより、酒質にボディ感があり、香味に優れており、官能的にも良好なアルコール飲料の製造が可能となる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0009】
以下、本発明を詳細に説明する。
本発明に係る酵母は、清酒、合成清酒、焼酎、ビール、みりん、果実酒、リキュール類、雑酒などのアルコール飲料、特にワインなどの果実酒の製造に好適に用いられる。本発明に係る酵母は、以下に示す方法によって取得することができる。
【0010】
まず、日本醸造協会から配布されている「きょうかい酵母」ぶどう酒用3号酵母を親株として、変異誘発により変異株を取得する。変異誘発剤は特に限定するものではなく、UVやエチルメタンスルホネートによる処理など公知の方法を利用できる。
上記変異株を糖濃度20%のYPGC培地(グルコース20%、ペプトン1%、酵母エキス0.5%、リン酸二水素カリウム0.1%、硫酸マグネシウム七水和物0.05%)に接種し、10〜40℃で3〜20日間、好ましくは20〜37℃で5〜10日間静置培養した後、培養上清のグリセロール含量を測定し、比較的グリセロール生産量の高い株を取得する。
【0011】
次に、得られた株を1〜30mMアリルアルコールを含むYPGC寒天培地に塗布し、この培地で増殖したアリルアルコール耐性株について、上記と同様に糖濃度20%のYPGC培地で発酵させ、グリセロール生産量が高い株を選抜する。
さらに、選抜したアリルアルコール耐性株を1〜20ppmカナバニンを含むYNB(イーストニトロゲンベース0.67%、グルコース2%)寒天培地に塗布し、生育したカナバニン耐性株について、上記と同様に糖濃度20%のYPGC培地で発酵させ、グリセロール生産量が高い株を選抜する。
【0012】
上記で選抜した株について発酵試験を行い、親株よりもグリセロール生産量が著しく高く、親株由来の発酵能が維持され、オフフレーバーのない酵母を選抜する。
このようにして、目的とする酵母を選抜し、これをサッカロミセス・セレビシエHGP-C-2株と命名した。本菌株は、独立行政法人産業技術総合研究所特許生物寄託センターに寄託されており、その受託番号はFERM P-20913である。
【0013】
なお、本発明に係る酵母は、トリフェニルテトラゾリウムクロライド(TTC)寒天重層法において赤色を呈し、呼吸欠損株ではないことが確認されている。したがって、本発明の酵母は、特許文献1記載のアリルアルコール耐性かつ呼吸欠損株であるサッカロミセス・セレビシエK7-CAl-29株(FERM P-11677)とは全く異なる菌株であることが明らかである。
【0014】
本発明の高グリセロール生産酵母は、親株と同等の発酵能を維持している。よって、本発明の酵母を用いてアルコール飲料を製造する場合は、従来一般的に行われている製造方法に従って製造することができる。
特にワインを製造する場合には、発酵温度を15〜30℃とすることにより、本発明の酵母の特性を発揮することができる。
本発明の酵母を用いることにより、グリセロールを高含有するため、酒質にボディ感があり、かつ優れた香味を持つアルコール飲料を製造することができる。
【0015】
以下、本発明を実施例により詳しく説明するが、本発明はこれらに限定されるものではない。
【実施例1】
【0016】
(グリセロール高生産酵母の作出)
日本醸造協会から配布されている「きょうかい酵母」ブドウ酒用3号酵母(KW-3)を、YPD培地(グルコース2%、ペプトン2%、酵母エキス1%)で30℃、2日間静置培養後、集菌し、蒸留水で2回洗浄した。これを蒸留水に懸濁し、スターラーで攪拌しながら、30cmの距離から紫外線照射を行った。紫外線照射した菌体をYPD寒天培地で30℃、7日間培養し、生育したコロニーをUV変異株として採取した。
生存率0.1%前後の時点のコロニーをUV変異株として採取して、糖濃度20%のYPGC培地(グルコース20%、ペプトン1%、酵母エキス0.5%、リン酸二水素カリウム0.1%、硫酸マグネシウム七水和物0.05%)で30℃、7日間培養し、上清のグリセロール濃度を測定して、グリセロール生産量の多い株を取得した。なお、グリセロールの定量はロシュ・ダイアグノスティック社製F-キットを用いて行った(以下同様)。
【0017】
次に、上記で取得した株をYPGC培地(グルコース2%、ペプトン1%、酵母エキス0.5%、リン酸二水素カリウム0.1%、硫酸マグネシウム七水和物0.05%)で30℃、2日間静置培養後、20mMアリルアルコールを含むYPGC寒天培地で30℃、7日間培養し、生育したコロニーを、アリルアルコール耐性株として採取した。上記と同様にして、この耐性株のグリセロール生産量を測定して、生産量の多い株を取得した。
さらに、上記で取得した株をYPD培地で静置培養して、集菌、洗浄後、10ppmカナバニンを含むYNB(イーストニトロゲンベース0.67%、グルコース2%)寒天培地で30℃、7日間培養し、生育したコロニーをカナバニン耐性株として取得した。この耐性株のグリセロール生産量を測定して、生産量の多いHGP-A-1株、HGP-C-1株およびHGP-C-2株を取得した(表1)。この中から、特にグリセロール生産能の高いHGP-C-2株を選抜した。
表1に示すように、HGP-C-2は親株KW-3に比べて2.49倍と著しくグリセロール生産量が高かった。
【0018】
【表1】

【実施例2】
【0019】
(果汁発酵試験)
特許文献1記載のアリルアルコール耐性株サッカロミセス・セレビシエK7-CAl-29株(FERM P-11677)および、実施例1で取得したグリセロール高生産株とその親株について、果汁の発酵試験を行った。
すなわち、糖度20%に補糖した甲州果汁に上記酵母を5%加え、25℃で7日間発酵させた。発酵終了後、発酵液の上清について実施例1と同様にグリセロール生産量を測定した。結果を表2に示す。
【0020】
【表2】

【実施例3】
【0021】
(ワイン小仕込み試験)
HGP-C-2および親株KW-3を用いてワインの小仕込み試験を行った。
すなわち、上記酵母をYPD培地で2日間静置培養し、さらに果汁で拡大培養した。果汁はシャルドネ、リースリング、甲州それぞれの果実を除梗、圧搾したものをそのまま使用した。次に、先の拡大培養で用いたそれぞれの果汁に補糖して糖度22%としたものに、得られた酵母培養液を5%添加した。その後、常法に従い発酵を行い、もろみ管理をした。このようにして製造したワインの成分を表3に示す。
表3より、HGP-C-2を用いて醸造したワインは、親株を用いたワインに比べてグリセロール含量が著しく多いことが分かった。また、アルコールの生成は両株において大きな差が見られなかったことから、本発明の新規酵母HGP-C-2は、従来の酵母と同等の発酵能を有していることが分かった。
【0022】
【表3】

【実施例4】
【0023】
(ワインの官能試験)
実施例3において醸造したシャルドネワインについて、経験豊富なパネラー9名による官能試験を行った結果を表4に示す。なお、官能試験は5を良とし、3を普通、1を悪と評価する5段階の評価を各自が行い、その平均値を評点とした。
その結果、HGP-C-2を用いて醸造したワインは、親株より非常に高い評価を得ることができた。グリセロール含量が多いことにより、味にふくらみがある優れたワインが得られた。
【0024】
【表4】

【産業上の利用可能性】
【0025】
本発明により、グリセロール生産量が顕著に高い新規の醸造用酵母を提供することができる。本酵母を使用することにより、酒質にボディ感があり、香味がよく、官能的にも良いアルコール飲料の製造が可能である。
従って本発明は、酒造業界に貢献することができる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
サッカロミセス・セレビシエ(Saccharomyces cerevisiae)「きょうかい酵母」ぶどう酒用3号酵母を親株とし、親株よりもグリセロール生産能が著しく優れており、かつ親株由来の発酵能を維持しているサッカロミセス・セレビシエHGP-C-2株(FERM P-20913)。
【請求項2】
請求項1に記載のサッカロミセス・セレビシエHGP-C-2株(FERM P-20913)を用いることを特徴とするアルコール飲料の製造方法。

【公開番号】特開2008−42(P2008−42A)
【公開日】平成20年1月10日(2008.1.10)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−171093(P2006−171093)
【出願日】平成18年6月21日(2006.6.21)
【出願人】(591108178)秋田県 (126)
【Fターム(参考)】