説明

新規骨格を有する金属化合物

本発明は、金属酸化膜や化学吸着膜の形成用材料などとして有用であり、酸や塩基によりpHを調整したり、分散安定化剤を添加しなくとも有機溶媒中で凝集することがない、新規な結晶構造を有する金属化合物を提供することを目的とする。1分子内に、空間的に6つの金属原子が五角錐の頂点に位置する配置を2つ含む結晶構造を有することを特徴とする金属化合物。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
本発明は、金属酸化膜および化学吸着膜の形成材料や、有機−無機複合ハイブリッド材料等として有用な、新規結晶構造を有する金属化合物およびチタン化合物に関する。
従来技術:
従来、透明で均質な金属酸化物ゾルの製造方法として、1種若しくは2種以上の金属アルコキシドへの水の添加を−20℃以下の温度で行うことを特徴とする金属酸化物前駆体ゾルの製造方法が知られている。(特開平10−298769号公報を参照)
また、チタンテトラアルコキシドを、1.0倍モル〜1.7倍モルの水を用いて20〜90℃の温度で加水分解する、有機溶剤溶解性の高分子量のラダー状ポリチタノキサンの製造方法が知られている。この方法は、高分子量体においても有機溶剤に溶解し、繊密な薄膜を形成する高分子量のラダー状ポリチタノキサンを提供することを目的としている。(特開平1−129032号公報を参照)
また、水を加えて加熱することにより部分的に加水分解した金属塩1モルに対して、0.1〜2.0モルの水を含有するアルコール溶液を加え、加熱して金属塩を加水分解して金属水酸化物とし、脱水縮合した後、濃縮する金属酸化物前駆体溶液の製造方法が知られている。(特開2001−342018号公報を参照)
しかし、上述したいずれの方法を用いて得られたゾル中の金属酸化物の構造は明らかでなかった。
【発明の開示】
本発明は、金属酸化膜や化学吸着膜の形成用材料等として有用であり、酸や塩基によりpHを調整したり、分散安定化剤を添加しなくとも有機溶媒中で凝集することがない、新規な結晶構造を有する金属化合物を提供することを課題とする。
本発明者らは、チタンテトライソプロポキシドの有機溶媒溶液に、−20℃以下の低温で所定量の水を滴下した後、自然昇温させ、次いで反応液を還流することで微粒子を得た。そして、得られた微粒子の結晶構造を種々の分析手段により解析したところ、この微粒子は、空間的に6つの金属原子が五角錐の頂点に位置する配置を2つ含む新規な結晶構造を有するチタン化合物であるという知見を得た。さらに、このような結晶構造を有する金属化合物は、(i)粒子径が数ナノメートル程度の超微粒子であって、しかも粒子径分布が単分散であること、(ii)有機溶媒中に均一に分散させることができること、(iii)有機溶媒中で安定して存在すること、および(iv)金属酸化物膜および化学吸着膜の形成用材料、並びに有機−無機複合ハイブリッド材料として有用であることを見出し、本発明を完成するに至った。
かくして本発明の第1によれば、1分子内に、空間的に6つの金属原子が5角錐の頂点に位置する配置を2つ含む結晶構造を有することを特徴とする金属化合物が提供される。
本発明の金属化合物は、2つの五角錐が、該五角錐の1つの面を向けて対峙しているものであるのが好ましく、五角錐の1つの面が底面五角形同士であるものがより好ましく、五角錐の面が、一定の角度を持って対峙しているものがさらに好ましい。
本発明の金属化合物は、その結晶構造を構成する各金属原子が架橋型酸素原子によって架橋されているものであるのが好ましく、μ型架橋酸素原子を含むものがより好ましい。
本発明の金属化合物は、アルコキシ基が結合している金属原子を含むものが好ましい。
本発明の金属化合物は、金属原子がチタン原子であるのが好ましい。
また、本発明の金属化合物は、式(1):M(OR)n(式中、Mは金属原子を表し、Rはアルキル基を表し、nは金属原子の原子価を表す。)で表される金属アルコキシド、この金属アルコキシドの2種以上を反応させることにより得られる複合アルコキシド、1種もしくは2種以上の金属アルコキシドと1種もしくは2種以上の金属塩との反応により得られる複合アルコキシド、またはこれらの2種以上の組み合わせの加水分解生成物であるのが好ましい。
本発明の第2によれば、前記金属化合物を該金属化合物に対し0.25倍モル未満の水で処理して得られる分散質が提供される。
本発明の分散質は、有機溶媒中、酸、塩基、及び/または分散安定化剤の非存在下、前記金属化合物に対し0.25倍モル未満の水を用いて得られるのが好ましく、金属−酸素結合を有する分散質であるのがより好ましい。
本発明によれば、酸や塩基によりpHを調整したり、分散安定化剤を添加しなくとも有機溶媒中で凝集することがない、新規な結晶構造を有する金属化合物が提供される。本発明の金属化合物は、金属酸化物膜や化学吸着膜の形成用材料、有機−無機複合ハイブリッド材料等として有用である。
以下、本発明の金属化合物およびチタン化合物について詳細に説明する。
(1)金属化合物
本発明第1は、1分子内に、空間的に6つの金属原子が五角錐の頂点に位置する配置を2つ含む結晶構造を有することを特徴とする金属化合物である。
本発明の金属化合物を構成する金属としては特に制限されないが、例えば、アルカリ金属、アルカリ土類金属、短周期型周期律表第IIIB族元素、同周期律表第IVB族元素、同周期律表第VB族元素、遷移金属元素およびランタニド元素からなる群から選ばれる1種または2種以上が挙げられる。これらの中でも、金属酸化物膜および化学吸着膜の形成用材料、並びに複合ハイブリッド材料としての有用性の観点から、チタン、ジルコニウム、アルミニウム、ケイ素、ゲルマニウム、インジウム、スズ、タンタル、タングステン、亜鉛および鉛が好ましく、チタンが特に好ましい。
本発明の金属化合物は、1分子内に、空間的に6つの金属原子が5角錐の頂点に位置する配置を2つ含む結晶構造からなり、この五角錐の1つの面を向けて対峙している構造のものが好ましく、五角錐の面が、一定の角度を持って対峙しているものがさらに好ましい。
また本発明の金属化合物は、その結晶構造を構成する各金属原子が、互いに架橋型酸素原子によって架橋されているものが好ましい。架橋型酸素原子には、2つの金属原子のみと結合するμ型架橋酸素原子、3つの金属原子と結合するμ型架橋酸素原子、及び4つの金属原子と結合するμ型架橋酸素原子等が存在し得るが、本発明の金属化合物は、少なくともμ型架橋酸素原子を有するものが好ましい。
本発明の金属化合物は、金属原子が架橋型酸素原子により架橋され、さらにアルコキシ基が結合している金属原子を含むものが好ましい。アルコキシ基としては特に制限されないが、原料の入手容易性、生産効率等の点から、メトキシ基、エトキシ基、n−プロポキシ基、イソプロポキシ基、n−ブトキシ基等の炭素数1〜4のアルコキシ基が好ましい。結合するアルコキシ基の数は特に制限されず、金属原子の種類や原子価、一分子中に含まれる金属原子の数等に依存する。また、アルコキシ基が複数個の場合、結合するアルコキシ基は全てが同一であっても、種類が異なっていてもよい。
本発明の金属化合物の基本骨格を図1に示す。図1において、1aは紙面表側にある金属原子、1bは紙面奥側にある金属原子をそれぞれ表す。図1に示す基本骨格では、6つの金属原子が五角錐の頂点に位置する配置を2つ含む該五角錐の1つの面を向けて対峙している構造を有する。そして、この五角錐の1つの面が底面五角形同士であって、五角錐の面が一定の角度を保っている。この角度は、金属原子の大きさ等により定まるものであり、例えば、金属原子がチタン原子の場合には約36°である。また、図1においては、分かりやすくするために金属原子同士を結んでいるが、実際には、各金属原子は架橋型酸素原子を介して結合していてもよい。
本発明の金属化合物は、1分子内に、空間的に6つの金属原子が五角錐の頂点に位置する配置を2つ含む結晶構造を有するものであれば、図1に示す基本骨格を有するものに限定されない。例えば、1分子内に、空間的に6つの金属原子が五角錐の頂点に位置する配置を2つ含む結晶構造を有するが、金属原子と金属原子との結合距離がすべて同じではないものや、1分子内に、空間的に6つの金属原子が五角錐の頂点に位置する配置を2つ含む結晶構造を有するが、五角錐の底面に位置する五角形が正五角形ではないもの等も本発明に含まれる。
(2)製造方法
本発明の金属化合物は、式(1):M(OR)nで表される金属アルコキシド(以下、「金属アルコキシド」という。)、この金属アルコキシドを2種以上を反応させることにより得られる複合アルコキシド、1種もしくは2種以上の金属アルコキシドと1種もしくは2種以上の金属塩との反応により得られる複合アルコキシド、前記金属アルコキシドの2種以上の組み合わせ、前記複合アルコキシドの2種以上の組み合わせ、前記金属アルコキシドと複合アルコキシドとの組み合わせ(以下、「金属アルコキシド類」という。)を、有機溶媒中、所定量の水により部分的に加水分解することにより製造することができる。
式(1)で表される金属アルコキシドにおいて、式(1)中、Mは金属原子を表す。金属原子としては、チタン、ジルコニウム、アルミニウム、ケイ素、ゲルマニウム、インジウム、スズ、タンタル、亜鉛、タングステンおよび鉛からなる群から選ばれる1種以上が挙げられ、チタンが特に好ましい。Rはアルキル基を表す。アルキル基の炭素数は特に限定されないが、入手が容易であり、取扱い性にも優れることから、通常1〜10、好ましくは1〜4である。また、nは金属原子の原子価を表す。
式(1)で表される金属アルコキシドの具体例としては、Ti(OCH、Ti(OC、Ti(OC−i)、Ti(OC等のチタンアルコキシド;Zr(OCH、Zr(OC、Zr(OC、Zr(OC等のジルコニウムアルコキシド;Al(OCH、Al(OC、Al(OC−i)、Al(OC等のアルミニウムアルコキシド;Si(OCH、Si(OC、Si(OC−i)、Si(OC−t)等のケイ素アルコキシド;Ge(OC等のゲルマニウムアルコキシド;In(OCH、In(OC、In(OC−i)、In(OC等のインジウムアルコキシド;Sn(OCH、Sn(OC、Sn(OC−i)、Sn(OC等のスズアルコキシド;Ta(OCH、Ta(OC、Ta(OC−i)、Ta(OC等のタンタルアルコキシド;W(OCH、W(OC、W(OC−i)、W(OC等のタングステンアルコキシド;Zn(OC等の亜鉛アルコキシド;Pb(OC等の鉛アルコキシド等が挙げられる。
2種以上の金属アルコキシド間の反応により得られる複合アルコキシドとしては、アルカリ金属またはアルカリ土類金属のアルコキシドと遷移金属のアルコキシドとの反応により得られる複合アルコキシド、第IIIB族元素の組合せにより錯塩の形で得られる複合アルコキシド等を例示することができる。
これら複合アルコキシドの具体例としては、BaTi(OR)、SrTi(OR)、BaZr(OR)、SrZr(OR)、LiNb(OR)、LiTa(OR)、およびこれらの組合せ、LiVO(OR)、MgAl(OR)、(RO)SiOAl(OR’)、(RO)SiOTi(OR’)、(RO)SiOZr(OR’)、(RO)SiOB(OR’)、(RO)SiONb(OR’)、(RO)SiOTa(OR’)等のシリコンアルコキシドと前記金属アルコキシドとの反応物およびその縮重合物が挙げられる。ここで、Rは前記と同じ意味を表し、R’はRと同様のアルキル基を表す。
1種もしくは2種以上の金属アルコキシドと1種もしくは2種以上の金属塩との反応により得られる複合アルコキシドとしては、金属塩と金属アルコキシドとの反応により得られる化合物を例示することができる。金属塩としては、塩化物、硝酸塩、硫酸塩、酢酸塩、ギ酸塩、シュウ酸塩等を使用できる。また、金属アルコキシドとして、上述した金属アルコキシドと同様のものが使用できる。
金属アルコキシド類は、適当な有機溶媒に溶解または分散させて使用する。有機溶媒中の金属アルコキシドの濃度は、急激な発熱を抑制し、撹拌が可能な流動性を有する範囲であれば特に限定されないが、通常5〜30重量%である。
用いる有機溶媒としては、金属アルコキシド類の加水分解反応に対して不活性なものであれば特に制約されない。金属アルコキシド類の加水分解反応を低温で行うためには、低い凝固点、好ましくは0℃以下、より好ましくは−50℃以下の凝固点を有するものが好適である。具体的には、エーテル系溶媒や芳香族炭化水素系溶媒等が挙げられる。
エーテル系溶媒としては、ジエチルエーテル、ジプロピルエーテル、ジイソプロピルエーテル、ジブチルエーテル、ジヘキシルエーテル、ジエチレングリコールジメチルエーテル、ジエチレングリコールジエチルエーテル、ジエチレングリコールジブチルエーテル、テトラヒドロフラン、ジオキサン等が挙げられる。芳香族炭化水素系溶媒としては、ベンゼン、トルエン、キシレン、エチルベンゼン、クロロベンゼン、ジクロロベンゼン、クロロトルエン、ブロモベンゼン、クメン、テトラリン、ブチルベンゼン、シメン、ジエチルベンゼン、ペンチルベンゼン、ジペンチルベンゼン、酢酸ベンジル等が挙げられる。これらの溶媒は1種単独で、あるいは2種以上を混合して用いることができる。これらの中でも、本発明の金属化合物が収率よく得られることから、トルエン、テトラヒドロフランの使用が好ましい。
また、金属アルコキシド類が有機溶媒と均一に混合しない場合には、例えば、1,2−ビス−(2−エチルヘキシルオキシカルボニル)−1−エタンスルホン酸ナトリウム、ポリオキシエチレン(6)ノニルフェニルエーテル等の界面活性剤を添加したり、撹拌処理、超音波処理等を施し、溶液を均一にするのが好ましい。
有機溶媒の使用量は、金属アルコキシド100重量部に対し、通常10〜5,000重量部、好ましくは100〜3,000重量部である。10重量部未満では生成する微粒子が結合した状態で成長し、粒径制御が困難になる場合があり、一方5,000重量部を超えると溶液が希薄すぎて、微粒子の生成が困難となるおそれがある。
金属アルコキシド類の加水分解に用いる水は、中性であれば特に制限されないが、副反応を抑制する観点から、不純物含有量の少ない純水、蒸留水またはイオン交換水が好ましい。
反応に関与する水の量は特に制限されないが、具体的には、金属アルコキシド類に対し0.5〜1.5倍モル、好ましくは0.5〜1.25倍モル等を例示することができる。
水の添加方法としては、使用量の全量の水を連続的に添加する方法、および複数回に分割して添加する方法のいずれであってもよい。後述するように、水を複数回に分割して添加する場合には、添加するときの温度を変化させてもよい。例えば、第1回目の水の添加を−25℃〜−20℃で行い、2回目の添加を−80℃〜−70℃で行うことができる。
また、水は適当な有機溶媒に希釈して用いることもできる。有機溶媒に希釈した水を用いることで、水の滴下時における局部的な発熱を防止して、金属アルコキシドの均質な加水分解を行うことができる。水の希釈に用いる有機溶媒としては、水と相溶性のあるものが好ましい。例えば、メタノール、エタノール、イソプロピルアルコール、n−プロピルアルコール、n−ブチルアルコール等が挙げられる。
金属アルコキシドの水による加水分解反応においては、酸、塩基または分散安定化剤を添加してもよい。
酸および塩基は、凝結してできた沈殿を再び分散させる解膠剤として、また、金属アルコキシドおよび生成した金属アルコキシドの多量体等を加水分解、脱水縮合させてコロイド粒子等の分散質を製造するための触媒として、並びに生成した分散質の分散剤として機能するものであれば特に制限されない。
酸としては、例えば、塩酸、硝酸、ホウ酸、ホウフッ化水素酸等の鉱酸;酢酸、ギ酸、シュウ酸、炭酸、トリフルオロ酢酸、p−トルエンスルホン酸、メタンスルホン酸等の有機酸;ジフェニルヨードニウムヘキサフルオロホスフェート、トリフェニルホスホニウムヘキサフルオロホスフェート等の光照射によって酸を発生する光酸発生剤;等が挙げられる。塩基としては、例えば、トリエタノールアミン、トリエチルアミン、1,8−ジアザビシクロ[5.4.0]−7−ウンデセン、アンモニア、ジメチルホルムアミド、ホスフィン等が挙げられる。
分散安定化剤は、分散質を分散媒中に安定に分散させる効力を有する、解膠剤、保護コロイド、界面活性剤等の凝結防止剤等の剤をいう。その具体例としては、グリコール酸、グルコン酸、乳酸、酒石酸、クエン酸、リンゴ酸、コハク酸等の多価カルボン酸;ヒドロキシカルボン酸;ピロ燐酸、トリポリ燐酸等の燐酸;アセチルアセトン、アセト酢酸メチル、アセト酢酸エチル、アセト酢酸−n−プロピル、アセト酢酸イソプロピル、アセト酢駿−n−ブチル、アセト酢酸−sec−ブチル、アセト酢酸−t−ブチル、2,4−ヘキサンジオン、2,4−ヘプタンジオン、3,5−ヘプタンジオン、2,4−オクタンジオン、2,4−ノナンジオン、5−メチル−ヘキサンジオン等の金属原子に対して強いキレート能力を有する多座配位子化合物;等が挙げられる。
金属アルコキシド類と水との加水分解反応を行う方法としては、(a)金属アルコキシド類の有機溶媒溶液に水を添加する方法、(b)水と有機溶媒との混合溶媒中に、金属アルコキシド類を添加する方法等が挙げられるが、収率よく本発明の金属化合物を得ることができることから、(a)の方法が好ましい。なかでも、金属アルコキシド類を有機溶媒に溶解または分散させた溶液に、金属アルコキシド類に対し0.6倍モル〜1.25倍モルの水を、−20℃以下でゆっくりと添加し、反応液を自然昇温させた(第1工程)後、還流する(第2工程)方法が特に好ましい。
第1工程においては、金属アルコキシド類の低温加水分解反応が主に進行するものと考えられる。例えば、金属アルコキシド類としてチタンテトライソプロポキシドを使用する場合、第1工程により、ゆるい結晶類似かご型(鎖)構造(準安定化構造)を有する微粒子の分散液が得られる。得られる微粒子の粒子径は0.5〜10nm、好ましくは1〜5nmである。
水の滴下温度は、用いる金属アルコキシド類の安定性に依存する。通常、−20℃以下の温度であれば特に問題はないが、金属アルコキシドの種類によっては、−50℃〜−100℃の温度範囲で行うことがより好ましい場合がある。このように低温で水を滴下することにより、微粒子状の本発明の金属化合物の分散液を得ることができる。
水の滴下時間は反応規模等によるが、通常10分から3時間、好ましくは15分から1時間である。滴下終了後においては、反応液を室温に昇温し、熟成のために1〜24時間撹拌を続けるのが好ましい。
第2工程は、第1工程で得られた反応液を用いる有機溶媒の還流温度で還流することにより本発明化合物を得るものである。この工程においては、滴下した水が完全に加水分解に使用され、重縮合反応(脱水および脱アルコール反応)により本発明化合物が生成する。還流時間は特に制約はないが、通常30分〜5時間、好ましくは、1〜3時間である。第2工程により得られる本発明の金属化合物を含む溶液は、平均粒径が1〜10nm、粒径分布が0.1〜50nmの単分散の分散質であって、保存安定性に優れている。
該溶液を、室温以下の温度で静置すると結晶が析出してきて、本発明の金属化合物として単離するこができる。
単離された本発明の金属化合物結晶を、該金属化合物に対し0.25倍モル未満の水で処理して新たな分散質を得ることができる。ここで得られる分散質は、前記第2工程で得られる金属化合物を含む溶液と同等の単分散で保存安定性に優れる分散質を形成する。該分散質は、有機溶媒中、酸、塩基、及び/または分散安定化剤の非存在下に調整した金属−酸素結合を有する分散質となる。
本発明の金属化合物は安定であり、各種有機溶媒に対する分散性に優れる。本発明の金属化合物は、単離した後に有機溶媒に分散させることにより、あるいは上述した製造方法により得られる反応液をそのまま用いることにより、以下に述べるように、金属酸化物膜や化学吸着膜の形成用材料、有機−無機複合ハイブリッドの材料として有用である。
すなわち、本発明の金属化合物を有機溶媒に分散してなる溶液を、基体に塗布または吹き付けすると基体上に金属酸化物膜を形成することができる。例えば、この溶液を基体上に塗布または吹き付け後、200℃以下、好ましくは150℃以下の温度で加熱・乾燥し、成膜することにより製造することができる。加熱することで、溶媒を乾燥し、前記生成物の加水分解および脱水縮合を行う。加熱時間は、特に限定されないが、通常1〜120分の範囲である。
本発明の金属化合物の溶液中の濃度は、基板上に塗布可能な濃度であれば特に制限されず、塗布方法、設定膜厚により適宜設定することができる。一般的には、酸化物に換算した重量で5〜50重量%の範囲である。
用いる有機溶媒としては、本発明の金属化合物の分散性に影響を与えない溶媒であれば特に制約はない。具体的には、前記本発明の金属化合物を製造する際に用いることができる溶媒として例示した溶媒が挙げられる。
本発明の金属化合物を含む溶液を用いて成膜した金属酸化物膜の膜表面は、平均粗さが10nm以下、好ましくは5nm以下であって、平坦性に優れ、濡れ性、撥水性、保存安定性にも優れている。また、200℃以下の温度で乾燥することにより成膜できるので、プラスチック基板上にも成膜することができる。すなわち、プラスチック基板上にも、炭素含有量が元素比で10%以下の高密度の平滑な膜表面を有する金属酸化物膜を形成することができる。
基体に本発明の金属化合物を含む溶液を塗布する方法としては、特に制約はない。例えば、スピンコート法、デイップコート法、スプレーコート法、ロールコート法、スクリーン印刷法、オフセット印刷法等の公知の方法をいずれも使用することができる。なかでも、塗布時にパターニングできる、スクリーン印刷法やオフセット印刷法、ロールコート法が好ましく、大量生産を安価に行うことのできる、バーを用いるロールコート法、ギーサーを用いるロールコート法等のロールコート法がより好ましい。
本発明の金属化合物から金属酸化物薄膜を形成する場合においては、塗布被膜の加熱時および/又は加熱後に、光照射するのが好ましい。塗布被膜に紫外光もしくは可視光を照射する光源は、150nm〜700nmの波長の光を発生するものであれば、特に制約はない。例えば、超高圧水銀ランプ、高圧水銀ランプ、低圧水銀ランプ、キセノンランプ、ハロゲンランプ、ナトリウムランプ等が挙げられる。好ましくは、超高圧水銀ランプ、高圧水銀ランプ、低圧水銀ランプ、キセノンランプである。
また、フォトマスクを併用すれば透明導電性パターンを形成することができる。レーザー発振装置を使用することもできる。レーザー光を用いた場合、照射部分以外は金属酸化物とならないので、塗布時にスクリーン印刷等を用いることなく所望のパターンを形成することができる。
本発明の金属化合物を含む塗布液の反応を行った場合、金属酸化物の生成とともに金属水酸化物が残る。この金属−OH結合の吸収を考慮して、400nm以下の紫外光を含む光を発生する装置を用いるのが好ましい。更に、脱水反応が進行して、メタロキサンネットワークが形成した場合、金属−O−金属結合の吸収は,金属−OH結合より短波長であるが、金属−O−金属結合を活性化することができる波長の光照射によって、金属酸化物の結晶化が促進する。照射時間は、特に限定されるものではないが、通常1分〜120時間である。
基体の材質や大きさに特に制限はない。基体の材質としては、金属、セラミックス、ガラス、プラスチック、紙、繊維、皮革等が挙げられる。基体の形状も、シート状、板状、フィルム状、立体物等いかなる形状であってもよい。また、すでに塗装した基体を用いることもできる。
また、本発明の金属化合物の有機溶媒分散液は、化学吸着膜形成用材料としても有用である。例えば、アルキルトリアルコキシシランやフルオロアルキルトリアルコキシシラン等の金属系界面活性剤の有機溶媒溶液に、本発明の金属化合物の有機溶媒分散液を所定量添加して化学吸着膜形成用溶液を調製し、このものをガラス基板等の基体上表面に塗布、乾燥することで、良好で緻密な単分子からなる化学吸着膜を形成することができる。化学吸着膜の形成に用いる基体としては特に制約されず、前記金属酸化物膜の形成に用いることができる基体として列記したものと同様のものが挙げられる。その他、本発明の金属化合物は、有機−無機複合ハイブリッド材料としても有用である。
【図面の簡単な説明】
図1は、本発明の金属化合物の基本骨格を示した図である。
図2は、実施例1で得られたゾルの溶液の粒子径分布を測定したチャート図である。
図3は、実施例1で得られた結晶のH−NMRを測定したチャート図である。
図4は、実施例1で得られた結晶中のユニットセルを構成する各分子構造を示す図である。
図5は、実施例1で得られた結晶中の分子配列を示す図である。
図6は、実施例2で得られた反応液のラマンスペクトルを測定したチャート図である。
図7は、実施例2で得られた反応液の17O−NMRを測定したチャート図である。
【発明を実施するための最良の形態】
以下、実施例を用いて本発明をさらに詳細に説明するが、本発明の範囲は実施例に限定されるものではない。なお、有機溶媒は、モレキュラーシーブス(4A1/16、和光純薬工業製)で乾燥したものを使用した。
【実施例1】
チタンテトライソプロポキシド(日本曹達(株)製A−1:純度99.9%、酸化チタン換算濃度28重量%)100g(0.35mol)を4つ口フラスコ中で、トルエン(ナカライテスク社製)370gに溶解し、窒素ガス置換した後に、ドライアイスを加えたメタノール浴で冷却し、−20℃とした。別に調製したイソプロピルアルコール(ナカライテスク社製)51.7gで希釈した蒸留水(ADBANTEC GS−200より採水)6.37g(HO/Ti=1.0mol/mol)の混合溶液を、−25〜−20℃で撹拌しながら30分間で滴下した。滴下終了後、反応液の撹拌を継続しながら、1.5時間かけて徐々に室温まで自然昇温し、さらに、80℃で2.5時間還流して、無色透明な酸化チタン換算濃度30重量%のゾルの溶液を得た。この溶液の光透過率50%の光の透過波長は385nmであった。得られたゾル溶液の粒径を測定した。
(粒径)
得られたゾル溶液の粒径を、動的光散乱法(Malvern社製、HPPS)を用いてトルエン溶媒中、25℃で測定した。測定した粒度分布を図2に示す。
ゾルは、図2に示すように、平均粒径1.22nmでシャープな単分散の粒度分布を示した。図2中、横軸は粒子径(nm)、縦軸はピーク強度(存在量)をそれぞれ示す。
次いで、反応液から析出した白色結晶を濾取し、真空乾燥した。得られた結晶のH−NMRの測定およびX線構造解析を行った。
H−NMR)
得られた結晶をCに溶解させて、内部標準TMSとして測定した。測定したH−NMRチャートを図3に示す。図3中、横軸はケミカルシフト(δppm)を示す。
(X線結晶解析)
得られた結晶の分子構造および結晶構造は、X線構造解析装置(Rigakuイメージングプレート単結晶自動X線構造解析装置R−AXIS RAPID/LS)を用いて測定して決定した。構造解析精密化における最終のR値は0.07であった。
組成式:C5412633Ti12(分子量=1877.92)
結晶系:斜方晶系
格子定数:a=26.69Å、b=28.35Å、c=24.16Å、α=β=γ=90°
上記測定結果より、本発明の結晶中には、12個のチタン原子が酸素原子によって架橋されたかご状構造(かご状チタニア)に、18個のイソプロポキシ基が結合した構造である結晶学的に異なる2種類の分子A、Bから構成されているユニットセルが、存在することが分かった。かご状チタニアは、チタン原子を頂点とする2つの五角錐が、該五角錐の1つの面を向けて対峙し、この五角錐の1つの面が、底面五角形同士であって、前記五角錐の面が、約36°の角度を持って対峙した構造を有している。
このユニットセルを構成する各分子の構造を図4に示す。図4中、1はチタン原子(黒い丸印)、2は酸素原子(灰色の丸印)、3は炭素原子(白い丸印)をそれぞれ表す。図4中、分子A(moleculeA)と分子B(moleculeB)とは組成式が同じであり、互いに近似した構造を有する。各分子の粒子径は1.2〜1.3nmである。なお、図4に示すものは紙面上側から見た図であり、12個のチタン原子、チタン原子間を架橋する酸素原子および18個のイソプロポキシ基の全ては表されていない。
得られた結晶の分子配列を図5に示す。図5に示すように、得られた結晶は分子Aと分子Bとが交互に繰り返す構造を有しており、分子Aと分子Bとの間には、溶媒であるトルエン分子4が取り込まれている。トルエン分子は、あたかもパテの如き役割を担っていると考えられる。
(参考例1)
実施例1で得られたゾルの溶液を、表面がオゾン処理されたポリエチレンテレフタレート基板(10cm×10cm、厚み5mm)上にNo.3のバーコーターを用いて塗布し、100℃で10分間乾燥して、該基板上に金属酸化物膜を形成した。SPM装置(セイコーインスツルメント社製、SPA−400(SII))を用いて該膜表面の形状を測定したところ、その表面の粗さは5nm以下であり、本発明の金属化合物の分散液から形成された金属酸化物膜は平滑であることが分かった。
【実施例2】
実施例1で得られた反応液から析出した白色結晶を濾取し、真空乾燥して得られた結晶を、再びトルエン(ナカライテスク社製)に溶解し、窒素ガス置換した後、チタンアルコキシドに対し0.25倍モルの水を加えて透明なゾル溶液を調整した。
得られたゾルの溶液の粒子は、平均粒子径5.2nmでシャープな粒度分布を示した。
次いで、得られた反応液のラマンスペクトルを測定し、その結果を図6に示す。0.25倍モルの水として17O標識水を用い、反応液の17O−NMRを測定し、その結果を図7に示す。
【産業上の利用可能性】
本発明によれば、酸や塩基によりpHを調整したり、分散安定化剤を添加しなくとも有機溶媒中で凝集することがない、新規な結晶構造を有する金属化合物が提供される。本発明の金属化合物は、金属酸化物膜や化学吸着膜の形成用材料、有機−無機複合ハイブリッド材料等として有用であり、産業上の利用価値は高いといえる。
【図1】

【図2】

【図3】

【図4】

【図5】

【図6】

【図7】


【特許請求の範囲】
【請求項1】
1分子内に、空間的に6つの金属原子が5角錐の頂点に位置する配置を2つ含む結晶構造を有することを特徴とする金属化合物。
【請求項2】
2つの五角錐が、該五角錐の1つの面を向けて対峙していることを特徴とする請求項1に記載の金属化合物。
【請求項3】
前記五角錐の1つの面が、底面五角形同士であることを特徴とする請求項2に記載の金属化合物。
【請求項4】
前記五角錐の面が、一定の角度を持って対峙していることを特徴とする請求項2または3に記載の金属化合物。
【請求項5】
各金属原子が、架橋型酸素原子によって架橋されていることを特徴とする請求項1〜4のいずれかに記載の金属化合物。
【請求項6】
μ型架橋酸素原子を含むことを特徴とする請求項1〜5のいずれかに記載の金属化合物。
【請求項7】
アルコキシ基が結合している金属原子を含むことを特徴とする請求項1〜6のいずれかに記載の金属化合物。
【請求項8】
前記金属原子が、チタン原子であることを特徴とする請求項1〜7のいずれかに記載の金属化合物。
【請求項9】
金属化合物が、式(1):M(OR)n(式中、Mは金属原子を表し、Rはアルキル基を表し、nは金属原子の原子価を表す。)で表される金属アルコキシド、この金属アルコキシドの2種以上を反応させることにより得られる複合アルコキシド、1種もしくは2種以上の金属アルコキシドと1種もしくは2種以上の金属塩との反応により得られる複合アルコキシド、またはこれらの2種以上の組み合わせのいずれかの加水分解生成物であることを特徴とする請求項1〜8のいずれかに記載の金属化合物。
【請求項10】
請求項1〜9のいずれかに記載の金属化合物を該金属化合物に対し0.25倍モル未満の水で処理して得られることを特徴とする分散質。

【国際公開番号】WO2005/012215
【国際公開日】平成17年2月10日(2005.2.10)
【発行日】平成18年9月14日(2006.9.14)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−512453(P2005−512453)
【国際出願番号】PCT/JP2004/007914
【国際出願日】平成16年6月1日(2004.6.1)
【出願人】(000004307)日本曹達株式会社 (434)
【Fターム(参考)】