説明

既設トンネル周辺の地質境界判別方法

【課題】既設トンネル坑内を利用し、弾性波(S波)を用いて、トンネル周辺の地盤の地質境界を正確に且つ連続的に推定できるようにする。
【解決手段】既設のトンネル10坑内の上部と下部の両方に、坑道に沿って多数の上部受振器12aと下部受振器12bを所定の間隔でアレイ状に配列すると共に、前記トンネル坑内の下部に低周波成分を含む弾性波を発生するS波起震装置14を設置し、該S波起震装置によりトンネルの一点を起震することによりトンネル全体を起震源としてトンネル周辺の地盤に弾性波を伝播させ、トンネル周辺の地盤からの反射波を前記の上部受振器及び下部受振器の両方で検出して記録し、上部受振器と下部受振器とにより検出した反射波の到達時間の解析から地質境界位置を特定する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、既設トンネル坑内を利用し弾性波(S波)を用いて、トンネル周辺の地盤の地質境界を推定する方法に関するものである。この技術は、特に限定されるものではないが、未固結地盤中に埋設されている電力用や通信用の中小口径(直径5m程度以下)のシールドトンネル周辺の地質構造の推定に有用である。
【背景技術】
【0002】
トンネルの建設工事に際しては、計画及び設計の段階で地表面からボーリング調査を行い、トンネル周辺の地質構造を把握することが行われている。既設トンネルについて経年が進んで変状をきたした場合などは、その変状箇所近傍の地質情報が必要となるが、計画あるいは設計の段階でボーリング調査を行った位置と一致していない場合があり、そのような場合には変状箇所近傍での地質性状の確認が必要となる。また、建設年次が古いトンネルでは、計画あるいは設計の段階における地質調査の結果が、必ずしも現在の技術水準にそぐわない場合もあり、維持管理に必要な情報を得るために、供用後にあらためて地質調査を実施する必要が生じることもある。このような場合、トンネル周辺の地質を把握する方法は、現状の技術ではボーリング調査しかなく、場合によってはトンネル供用後でもボーリング調査を実施する必要が生じている。
【0003】
ボーリング調査は、正確な地質性状を把握することができるが、ボーリングを行った地点の間の地質は、周辺の地形などを考慮して補完せざるを得ない。そのため、小規模な埋没谷などを必ずしも正確に把握しているとは言い切れない。ボーリング位置の間隔を狭めれば調査の精度は上がるが、コストは著しく上昇する。また、ボーリング調査は、地表から実施する必要があり、路上の交通事情などの周辺環境や既設埋設物の存在などによっては、必要な地点で施工できない場合もある。また、海底トンネルのような場合は、ボーリングを行えない場合もあるし、たとえボーリングを行うとしても、調査コストは非常に増大し、実施は困難である。このため、路上などの環境条件に影響されることなく埋没谷などを的確に地質調査でき、海底などでも容易に地質調査できる技術の開発が求められている。
【0004】
既設トンネルの周囲の地質状況を調査するボーリング以外の方法として、弾性波探査法が提案されている(特許文献1参照)。一般に弾性波探査法は、地表で測線に沿って多数の受振器をアレイ状に配列し、地面を叩いて地下からの反射波を計測し解析する方法である。この場合は、地下からの反射波のみなので、地下構造を正確に探査できる。上記特許文献1に記載されている方法は、この技術をトンネル内での測定に適用したものである。トンネル坑道内に多数の受振器を配列し、トンネル坑内を起震装置で叩いて起震する。確かに、原理的には受振器によって反射波は検出できる。しかし、トンネル坑内を起震装置で単に叩いたのでは、周囲の地盤に効率よく弾性波を伝播させることは難しい。また、トンネル内は地上と違って周囲が地盤で囲まれているため、トンネル下方の地層からの反射のみならず、トンネル上方の地層からの反射もあり、単に多数の受振器を一測線に沿って配列しただけでは反射面の位置の特定は困難である。これらの事情で、一般的には地層状況を正しく把握することは難しい。
【特許文献1】特開2002−156459号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
本発明が解決しようとする課題は、既設トンネル坑内を利用し、弾性波(S波)を用いて、トンネル周辺の地盤の地質境界を正確に且つ連続的に推定できるようにすることである。本発明が解決しようとする他の課題は、コストのかかるボーリング調査を行うことなく、従って海底トンネルなどでも、簡便にトンネル周囲の地質状態を把握できる新たな地質調査方法を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明は、既設のトンネル坑内の上部と下部の両方に、坑道に沿って多数の上部受振器と下部受振器を所定の間隔でアレイ状に配列すると共に、前記トンネル坑内の下部に低周波成分を含む弾性波を発生するS波起震装置を設置し、該S波起震装置によりトンネルの一点を起震することによりトンネル全体を起震源としてトンネル周辺の地盤に弾性波を伝播させ、トンネル周辺の地盤からの反射波を前記の上部受振器及び下部受振器の両方で検出して記録し、上部受振器と下部受振器とにより検出した反射波の到達時間の解析から地質境界位置を特定することを特徴とする既設トンネル周辺の地質境界判別方法である。ここで、S波起震装置による起震時に、上部受振器アレイと下部受振器アレイの両方で同時に検出し反射波を記録するのが好ましい。
【0007】
S波起震装置としては、例えば、主として30〜40Hzの周波数成分を含むS波を発生する起震装置を用いる。既設のトンネルは、例えば、未固結地盤中に埋設されている電力用あるいは通信用などの直径5m程度以下のシールドトンネルである。
【発明の効果】
【0008】
本発明に係る既設トンネル周辺の地質境界判別方法は、S波起震装置によりトンネルの一点を起震することによりトンネル全体が起震源となり、トンネルを中心に同心円状に弾性波を効率よく周辺地盤中に伝播させることができる。そして、トンネル周辺の地盤からの反射波を上部受振器及び下部受振器の両方で検出して記録し、上部受振器と下部受振器とにより検出した反射波の到達時間の解析からトンネル上下の地質境界を正確に特定することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0009】
図1は、本発明に係る既設トンネル周辺の地質境界判別方法の一例を示している。この例で示している既設のトンネルは、典型的には、海底の軟弱地盤など未固結地盤中に埋設されている電力用あるいは通信用などの直径5m程度以下のシールドトンネルである。トンネル10坑内の上部と下部の両方に、坑道に沿って多数の上部受振器12aと下部受振器12bを所定の間隔でアレイ状に配列する。ここでは、例えば、上部受振器12a及び下部受振器12bを、それぞれ2m間隔で約100mにわたって配列する。それと共に、前記トンネル10坑内の下部に、低周波成分を含む弾性波を発生するS波起震装置14を設置する。S波起震装置14としては、10〜100Hzの範囲で周波数をスイープできるS波を発生する起震装置を用いる。
【0010】
前記S波起震装置14により、シールドトンネル10内の一点を低周波(トンネルの大きさや周囲の地盤の性状などにもよるが、主として、30〜40Hz)でバイブレータ起震すると、トンネル全体が起震源となり、トンネル内部より強固なセグメントを介して同心円状に弾性波がトンネル周辺の地盤を伝播する。これは、シミュレーションによって確認されている。トンネルの周囲が未固結地盤であり、その地盤がシールドトンネルの強固なセグメントに密着したいるため、このような弾性波のトンネル外への伝播が生じるものと考えられている。因みに、カケヤを利用した打撃起震では、比較的高い周波数の振動が主となることもあって、たとえセグメントを直接打撃しても、弾性波はトンネル外へは殆ど伝播していかない。
【0011】
トンネル周辺の地盤に地質境界があると、弾性波は地質境界で反射し、その反射波は、多数の上部受振器12a及び下部受振器12bに到達し、上部受振器12a及び下部受振器12bの両方で同時に検出され記録される。本発明では、これら多数の上部受振器12aと下部受振器12bとにより検出した反射波の到達時間を解析することにより、地質境界がどこに、どのように位置しているかを特定する。
【0012】
図2のAに示すように、トンネル10坑道の下部に水平なインバート16(作業者などが歩行する部分)が設けられている場合は、該インバート16の上にS波起震装置14を設置すればよい。トンネル坑道の下部に水平なインバート等が設けられていない場合、そのままではS波起震装置の設置は困難である。そこで、図2のBに示すように、両側にゴム板18を介して木製の板材20をトンネル10坑道の下部に水平に差し渡し、その上にS波起震装置14を設置すればよい。木製の板材20の下方に空隙があっても構わない。このようにすると、S波起震装置14で起震すると、シールドトンネル10全体が矢印で示すように揺すられ、内部から強固なセグメントを介して弾性波を外部に発生でき、地質境界による反射波を明瞭に観測できる。これらのことは、実験的に確認されている。
【0013】
ところで、前述のように地表での弾性波探査とは異なり、シールドトンネル周囲は地盤で囲まれているため、地質境界の位置や状態の特定は難しい。しかし、本発明のように、シールドトンネル内の上部と下部の両方に受振器を設置して、それら上部受振器と下部受振器との両方によって周囲の地質境界からの反射波を受振すると、次の2つの手法を利用することで、反射波の到来方向を特定することができる。
【0014】
シールドトンネル内の上部に設置した受振器は、シールドトンネルの上部からの反射波に対して感度が高く、シールドトンネル内の下部に設置した受振器は、シールドトンネルの下部からの反射波に対して感度が高い。図3に示すように、実験場所の周辺では、地質構造がほぼ水平成層であり、シールドトンネルが起点から終点にかけて上り勾配である。このような地質状況では、上部受振器の記録で作成した時間断面(縦軸が反射面からの反射波の到達時間で表現された断面図)は、起点側より終点側で反射波の到達時間が短く、下部受振器の記録で作成した時間断面では、起点側より終点側で反射波の到達時間が長くなるものと推察される。
【0015】
上部と下部の受振器での同時受振により実測した結果を図4に示す。Aは上部受振器の記録で作成した時間断面であり、Bは下部受振器の記録で作成した時間断面である。それぞれ明瞭な反射面が現れている(矢印で表示する)。上部受振器の記録で作成した時間断面(図4のA)では、起点側より終点側で反射波の到達時間が短い。他方、下部受振器の記録で作成した時間断面(図4のB)では、起点側より終点側で反射波の到達時間が長い。これらの結果から、上部受振器及び下部受振器の記録で作成した時間断面の解析から、反射面とシールドトンネルとの相対的な傾きを求めることができる。
【0016】
また、シールドトンネル内の上部に設置した受振器は、シールドトンネルの上部からの反射波を、シールドトンネル内の下部に設置した受振器よりもトンネル直径分だけ早く受振する。実測した結果を図5に示す。Aは上部受振器の記録で作成した時間断面であり、Bは下部受振器の記録で作成した時間断面である。それぞれ矢印で表示した反射面は、トンネル直径分に相当する到達時間差Tdがある。従って、図5に示すように、地質境界に対応する反射面が、上部受振器の記録で作成した時間断面(図5のA)で下部受振器の記録で作成した時間断面(図5のB)より早く見出された場合、この反射面はシールドトンネルの上部に位置する地質境界によるものと推定できる。
【0017】
以上のように、上部受振器と下部受振器による時間断面の解析から、地質境界位置を特定することができる。特に、S波起震時に、上部受振器と下部受振器とで同時に検出すると、全く同じ振動を別の受振器アレイで観測していることになり、反射波の位相差まで計測でき、測定精度が向上する。
【実施例】
【0018】
図6は、上部受振器と下部受振器による時間断面からトンネル周辺の地質境界を判別する解析手順を示す説明図である。シールドトンネル内でS波起震装置を作動させることにより、トンネル全体が起震源となり、トンネルを中心に同心円状に弾性波が周辺地盤中に伝播する。トンネル周辺の地盤からの反射波は、上部受振器及び下部受振器の両方で同時に検出され、その記録で時間断面を作成する。実験の結果によれば、トンネルの形状が原因となって探査の障害となる独特の反響音が発生することが分かった。しかし、この反響音は、適切なフィルタ処理(2次元フィルタ、周波数フィルタ(LPF)など)によって除去することができ、それによって時間断面の品質が向上することも判明した。図6のAはフィルタ処理後の上部受振器の記録で作成した時間断面であり、図6のBはフィルタ処理後の下部受振器の記録で作成した時間断面である。フィルタ処理によって、反射面は明瞭になる。
【0019】
まず、反射面の位置関係を考慮した上で、既往のS波速度を用いて上部受振器と下部受振器の時間断面の縦軸を深度(シールドトンネルからの距離)に変換する。図6のCは、上部受振器の記録による深度断面である。ここでは、シールドトンネルが傾斜しているために、水平な地質境界からの反射面が傾斜して観測される。図6のCでは、深度がシールドトンネルからの距離(即ち、トンネルから上方向への距離)を表しているので、上下を反転する(図6のD)。図6のEは、下部受振器の記録による深度断面である。この場合も、シールドトンネルが傾斜しているために、水平な地質境界からの反射面が傾斜して観測される。
【0020】
そこで、シールドトンネルの形状を考慮して、図6のD及びEから、トンネル周辺全体の深度断面図を作成する(図6のF)。図6のFでは、既往資料による地盤情報(土質名及びS波速度)を並記してある。作成した深度断面図から、シールドトンネルの上部と下部に位置する地質境界が明瞭な反射面としてとらえられていること、またシールドトンネルの傾斜を考慮すると反射面は水平となり、既往資料により判明している地質構造と整合していること、が確認された。
【0021】
上記の実施例は、中小口径のシールドトンネルに適用した例であるが、本発明は、それ以外の一般的なトンネル周辺の地層構造の特定にも適用可能である。
【図面の簡単な説明】
【0022】
【図1】本発明に係る既設トンネル周辺の地質境界判別方法の一例を示す説明図。
【図2】トンネル坑内でのS波起震装置の設置状況の例を示す断面図。
【図3】反射波の到達経路の例を示す説明図。
【図4】上部と下部の受振器の記録で作成した時間断面の一例を示す図。
【図5】上部と下部の受振器の記録で作成した時間断面の他の例を示す図。
【図6】時間断面からトンネル周辺の地質境界を判別する解析手順の説明図。
【符号の説明】
【0023】
10 トンネル
12a 上部受振器
12b 下部受振器
14 S波起震装置

【特許請求の範囲】
【請求項1】
既設のトンネル坑内の上部と下部の両方に、坑道に沿って多数の上部受振器と下部受振器を所定の間隔でアレイ状に配列すると共に、前記トンネル坑内の下部に低周波成分を含む弾性波を発生するS波起震装置を設置し、該S波起震装置によりトンネルの一点を起震することによりトンネル全体を起震源としてトンネル周辺の地盤に弾性波を伝播させ、トンネル周辺の地盤からの反射波を前記の上部受振器及び下部受振器の両方で検出して記録し、上部受振器と下部受振器とにより検出した反射波の到達時間の解析から地質境界位置を特定することを特徴とする既設トンネル周辺の地質境界判別方法。
【請求項2】
S波起震装置による起震時に、上部受振器アレイと下部受振器アレイの両方で同時に検出し反射波を記録する請求項1記載の既設トンネル周辺の地質境界判別方法。
【請求項3】
S波起震装置として、主として30〜40Hzの周波数成分を含むS波を発生する起震装置を用いる請求項1又は2記載の既設トンネル周辺の地質境界判別方法。
【請求項4】
既設のトンネルが、シールドトンネルである請求項1乃至3のいずれかに記載の既設トンネル周辺の地質境界判別方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【公開番号】特開2007−218766(P2007−218766A)
【公開日】平成19年8月30日(2007.8.30)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−40496(P2006−40496)
【出願日】平成18年2月17日(2006.2.17)
【出願人】(000003687)東京電力株式会社 (2,580)
【Fターム(参考)】