説明

曲げ加工性に優れるアルミニウム合金板の製造方法および前記製造方法により製造された曲げ加工性に優れるアルミニウム合金板

【課題】 自動車ボディーシート、自動車部品、機械部品などに適した曲げ加工性に優れるアルミニウム合金板を製造する。
【解決手段】 Si0.5〜1.3mass%(以下%と略記する)、Mg0.25〜1.0%を必須元素とするアルミニウム合金板に溶体化処理および歪付与の各工程をこの順に施すアルミニウム合金板の製造方法であって、前記歪付与前後のアルミニウム合金板表面の硬さ(荷重1kgで測定したビッカース硬さ)の差が3Hv以上である曲げ加工性に優れるアルミニウム合金板の製造方法。
【効果】 溶体化処理後のAl−Mg−Si系合金板に適量の歪を付与するので、結晶粒界近傍に析出核となる空孔が導入され、これにより、従来、低強度のため曲げ加工時に割れの起点となり、割れの伝搬経路となっていた結晶粒界近傍のPFZ幅が狭まって曲げ加工性に優れるアルミニウム合金板が得られる。

【発明の詳細な説明】
【0001】
【発明の属する技術分野】本発明は、自動車ボディーシート、自動車部品、機械部品などに適した曲げ加工性に優れるアルミニウム合金板の製造方法および前記製造方法により製造された曲げ加工性に優れるアルミニウム合金板に関する。
【0002】
【従来の技術】自動車はボディーシートなどのアルミ化が進んでおり、特にアウター材にはベークハード性(塗装焼付時の加熱で析出硬化する性質)に優れ、塗装焼付後に高強度となる6000系アルミニウム合金(Al−Mg−Si系合金)が多用されている。
【0003】
【発明が解決しようとする課題】しかし、前記アウター材はインナー材とかしめて用いられるため曲げ加工性に優れることが要求されるが、Al−Mg−Si系合金板は曲げ加工性が劣り、特にベークハード性を高めるために高温で溶体化処理した材料は曲げ加工性が著しく劣るという問題があった。このような状況を踏まえ、本発明者らはAl−Mg−Si系合金板の曲げ加工性について検討し、その結果Al−Mg−Si系合金板の溶体化処理材は結晶粒界近傍に無析出帯(PFZ)が幅広く形成されること、このPFZは低強度のため曲げ加工時に割れの起点となり易く、また割れが伝搬し易いこと、このPFZは溶体化処理時に析出核となる空孔が結晶粒界に拡散して消滅するため形成されることを知見し、さらに検討を進めて本発明を完成させるに至った。本発明は、曲げ加工性に優れるアルミニウム合金板の製造方法および前記方法により製造された曲げ加工性に優れるアルミニウム合金板を提供することを目的とする。
【0004】
【課題を解決するための手段】請求項1記載の発明は、Si0.5〜1.3mass%(以下%と略記する)、Mg0.25〜1.0%を必須元素とするアルミニウム合金板に溶体化処理および歪付与の各工程をこの順に施すアルミニウム合金板の製造方法であって、前記歪付与前後のアルミニウム合金板表面の硬さ(荷重1kgで測定したビッカース硬さ)の差が3Hv以上であることを特徴とする曲げ加工性に優れるアルミニウム合金板の製造方法である。
【0005】請求項2記載発明は、Si0.5〜1.3mass%(以下%と略記する)、Mg0.25〜1.0%を必須元素とするアルミニウム合金板に溶体化処理および歪付与の各工程がこの順に施されており、前記歪付与前後のアルミニウム合金板表面の硬さ(荷重1kgで測定したビッカース硬さ)の差が3Hv以上であることを特徴とする曲げ加工性に優れるアルミニウム合金板である。
【0006】
【発明の実施の形態】請求項1記載発明は、溶体化処理後のAl−Mg−Si系合金板(Al−Mg−Si合金板を含む)に歪を適量付与して結晶粒界近傍に析出核となる空孔を導入し、これによりMg−Si系化合物などの析出物を析出させて割れの起点となりまた割れの伝搬経路となるPFZの幅を狭めて曲げ加工性を改善したアルミニウム合金板の製造方法である。
【0007】この発明において、アルミニウム合金に必須元素として含まれるSiおよびMgはMg2 Si化合物として析出して強度向上に寄与する。Siの含有量を0.5〜1.3%に規定し、Mgの含有量を0.25〜1.0%に規定する理由は、いずれが規定値未満でもその効果が十分に得られず、Siが規定値を超えると溶体化処理後に自然時効が急速に進んで曲げ加工性が低下し、Mgが規定値を超えると粗大なMg2 Siが多量に析出して固溶量が減少し、曲げ加工性並びにベークハード性の低下を招くためである。SiをMg2 Siの化学量論的バランス量を超えて過剰に添加すると析出初期にクラスターが密に分布して加工硬化特性および伸びが向上し望ましい。
【0008】この発明において、前記Si、Mgの他に、Cuを添加して強度、延性、脱脂性、化成処理性などを高め、Znを添加して脱脂性、化成処理性などを高め、Mnを添加して再結晶粒を微細化して曲げ加工性を高めることなどは、必要に応じ適宜行うことができる。しかし、これら元素は多すぎるとCuとZnは耐食性を低下させ、Mnは延性を低下させるので、いずれも1%以下が望ましい。
【0009】この他、不純物のFeは、Mg2 Si化合物より硬い晶出物として結晶粒内に晶出し、その周囲に大きなストレスを付与して割れの伝搬を助長する。このためFe量は0.3%以下、特には0.1%以下に抑えるのが望ましい。
【0010】請求項1記載発明において、アルミニウム合金板は、例えば、所定組成のアルミニウム合金をDC鋳造→熱間圧延→冷間圧延してアルミニウム合金素板に加工し、この素板に溶体化処理および歪付与をこの順に施して製造できる。前記素板は、DC鋳造→熱間押出→冷間圧延、板の連続鋳造圧延→冷間圧延などの方法によっても加工できる。なお、前記“板の連続鋳造圧延”とはアルミニウム合金溶湯を厚さ数mm〜数十mmの板に直接連続鋳造圧延する方法である。
【0011】この発明において、歪付与前後のアルミニウム合金板表面の硬さ(荷重1kgでのビッカース硬さ)の差を3Hv以上に規定する理由は、硬さの差が3Hv未満では結晶粒界近傍の歪量が不足して、つまり析出核となる空孔が不足して、結晶粒界近傍のPFZが十分幅狭化しないためである。なお、前記硬さの差が17Hvを超えると強度が高くなりすぎて曲げ加工性が低下し、また成形時のスプリングバックが大きくなるため成形加工性も低下するので、前記硬さの差は17Hv以下が望ましい。なお、前記硬さの差3〜17Hvを出すための歪付与量は凡そ0.5〜12%である。
【0012】この発明において、歪は、矯正用のローラーレベラーやテンションレベラー、或いは圧延機などを用いて付与できる。中でもローラーレベラーや圧延機でのスキンパス圧延による歪付与は、板表面に優先的に歪を付与できるため伸びを犠牲にしないで、曲げによる割れの起点となる板表面の曲げ加工性を改善でき有利である。また歪付与量を多くするときは、張力を付与しつつローラーレベラーを掛ける方法が推奨される。
【0013】この歪は、溶体化処理後、自然時効が進まない間に、極力速やかに付与して、結晶粒界近傍にも自然時効を起こさせてPFZ幅を狭めることが望ましい。
【0014】この発明において、溶体化処理後に、予備時効処理(50〜120℃の温度で数時間保持)を施してベークハード性を高めたり、または復元処理(150〜250℃の温度で数十秒間保持)を施して経時変化を安定化させる(例えば、自然時効を緩慢に進行させる)ことなどが推奨される。前記予備時効処理や復元処理は、歪付与の前後のいずれで行っても良いが、歪付与後の方が、歪付与の効果が顕れ易く望ましい。
【0015】熱間圧延(押出など含む)後、加熱処理または自己焼鈍を施すことにより、曲げ加工に対して無害な形でMgやSiを析出させること、或いは溶体化処理後、急速冷却して空孔密度を高めることは、曲げ加工性をさらに向上させる方法として推奨される。
【0016】請求項2記載発明は、請求項1記載発明により製造されたアルミニウム合金板であり、このアルミニウム合金板はPFZ幅が狭いため曲げ加工性に優れる。このため曲げ加工性が要求される自動車ボディシートなどに有用である。
【0017】
【実施例】以下に、本発明を実施例により詳細に説明する。
(実施例1)表1に示す本発明規定組成のアルミニウム合金をDC鋳造法により厚さ500mmの鋳塊とし、これを520℃でソーキング後、熱間圧延および冷間圧延をこの順に施して厚さ1mmのアルミニウム合金素板を製造し、この素板に、表2に示す温度で溶体化処理を施し、その後、直ちにテンションレベラーを用いて0.5〜12.0%の歪を付与してアルミニウム合金板を製造した。溶体化処理後の冷却はファン空冷により行った。
【0018】(実施例2)歪付与後、予備時効処理(100℃×6時間)または復元処理(200℃×20秒間)を施した他は、実施例1と同じ方法によりアルミニウム合金板を製造した。
【0019】(実施例3)熱間圧延後340℃で2時間の熱処理を施し、その後冷間圧延を施した他は、実施例1と同じ方法によりアルミニウム合金板を製造した。
【0020】(実施例4)溶体化処理後450〜350℃の温度範囲を35℃/秒の速度で水ミスト冷却した他は、実施例1と同じ方法によりアルミニウム合金板を製造した。
【0021】(比較例1)歪を付与しなかった他は、実施例1と同じ方法によりアルミニウム合金板を製造した。
【0022】(比較例2)表1に示す本発明規定外組成のアルミニウム合金を用いた他は、実施例1と同じ方法によりアルミニウム合金板を製造した。
【0023】実施例1〜4および比較例1、2で製造した各々のアルミニウム合金板について、機械的性質、PFZ幅、歪付与前後の硬さ、ベークハード性、曲げ加工性および経時変化の安定性を下記方法により調べた。結果を表2に示す。
(1)機械的性質製造後室温に10日間放置した各々のアルミニウム合金板からJIS5号試験片を切り出し、インストロン型引張試験機を用いて引張強さ(UTS)、0.2%耐力(YTS)および伸び(EL)を測定した。引張速度は10mm/分とした。試験片は、圧延方向に対する角度を0°、45°、90°の3通りに変えて切り出した。表2にはこれら試験片の平均値を記した。引張強さ(UTS)は200N/mm2 以上、0.2%耐力(YTS)は110N/mm2 以上、伸び(EL)は16%以上を良好と判定した。
(2)PFZ幅製造後室温に10日間放置した各々のアルミニウム合金板から試験片を切り出し、この試験片に180℃で2時間の時効処理を施して結晶粒界近傍の析出物の分布を明瞭化したのち、試験片表面の結晶粒界近傍を、ビームの入射方向を(100)面に合せて透過電子顕微鏡写真を10万倍で2視野撮影し、1視野あたり5箇所についてPFZ幅を測定した。表2には合計10箇所のPFZ幅の平均値を記した。
(3)歪付与前後の硬さ歪付与前後の板表面の硬さを、ビッカース硬さ測定機により荷重1kgで測定した。
(4)ベークハード性製造後10日間放置した各々のアルミニウム合金板からJIS5号試験片を切り出し、これにストレッチで2%の歪を付与し、その後170℃で20分間(塗装焼付相当条件)加熱し、この加熱前後の0.2%耐力をインストロン型引張試験機により測定し、その差が40N/mm2 以上はベークハード性が良好、40N/mm2 未満は不良と判定した。
(5)曲げ加工性製造後10日間放置した各々のアルミニウム合金板から、短冊状試験片(長さ方向と圧延方向が一致)を切り出し、180°の密着曲げ試験を行った。曲げ部に割れも肌荒れも全く生じないものは曲げ加工性が極めて良好(◎)、肌荒れが生じたが軽微で実用上差し支えないものは良好(○)、肌荒れが明確に生じたもの(△)および割れが生じたもの(×)はいずれも不良と判定した。
(6)経時変化の安定性製造後3箇月経過時点の機械的性質(YTS−a)を測定し、(1)で測定した製造後10日経過時点の機械的性質(YTS−b)との差(a−b)を求め、前記差が20N/mm2 未満のものは経時変化の安定性が極めて良好(◎)、20〜40N/mm2 のものは良好(○)と判定した。
【0024】
【表1】


【0025】
【表2】


【0026】表2から明らかなように、本発明例のNo.1〜10は、いずれも曲げ加工性に優れた。これは、溶体化処理後、適量の歪を付与したため、結晶粒界近傍に析出核となる空孔が生じ、それにより割れの起源および伝搬経路となるPFZ幅が狭くなったためである。この他、機械的性質、ベークハード性も良好であり、経時変化も安定し、総合的に優れるものであった。特に、予備時効を施したNo.7、8はベークハード性が向上し、復元処理を施したNo.6は経時変化が特に安定した。またNo.9は熱間圧延後熱処理を施したため、No.10は溶体化処理後に水ミスト冷却したため、いずれも曲げ加工性が特に良好であった。なおNo.4、5は歪付与量が大きかったため曲げ加工性およびベークハード性が若干低下し、またスプリングバックが大きくなり成形性(表示せず)が幾分低下したが、実用上問題ない程度であった。
【0027】これに対し、比較例のNo.11は溶体化処理後、歪を付与しなかったためPFZ幅が広く、曲げ加工性が劣った。No.12はSiが多かったため溶体化処理後に自然時効が急速に進んで曲げ加工性が劣った。No.14はMgが多かったため粗大なMg2 Siが多量に析出し、曲げ加工性およびベークハード性が低下した。No.13、15はそれぞれSiまたはMgが少なかったためいずれも強度およびベークハード性が低下した。
【0028】以上、歪をテンションレベラーにより付与した場合について説明したが、ローラーレベラーや圧延機により付与しても同様の効果が得られることは別途実験を行って確認した。圧延による歪付与は、アルミニウム合金板の製造に用いた圧延機を利用することができ設備コスト的に有利である。
【0029】
【発明の効果】以上に説明したように、請求項1記載発明では、溶体化処理後のAl−Mg−Si系合金板に適量の歪を付与するので、結晶粒界近傍に析出核となる空孔が導入され、従来、低強度のため曲げ加工時に割れの起点となり、また割れの伝搬経路となっていた結晶粒界近傍のPFZ幅が狭まり、アルミニウム合金板の曲げ加工性が改善される。この発明で製造される請求項2記載のアルミニウム合金板は曲げ加工性に優れるので曲げ加工性が要求される自動車ボディーシート、自動車部品、機械部品などに有用である。依って、工業上顕著な効果を奏する。

【特許請求の範囲】
【請求項1】 Si0.5〜1.3mass%(以下%と略記する)、Mg0.25〜1.0%を必須元素とするアルミニウム合金板に溶体化処理および歪付与の各工程をこの順に施すアルミニウム合金板の製造方法であって、前記歪付与前後のアルミニウム合金板表面の硬さ(荷重1kgで測定したビッカース硬さ)の差が3Hv以上であることを特徴とする曲げ加工性に優れるアルミニウム合金板の製造方法。
【請求項2】 Si0.5〜1.3mass%(以下%と略記する)、Mg0.25〜1.0%を必須元素とするアルミニウム合金板に溶体化処理および歪付与の各工程がこの順に施されており、前記歪付与前後のアルミニウム合金板表面の硬さ(荷重1kgで測定したビッカース硬さ)の差が3Hv以上であることを特徴とする曲げ加工性に優れるアルミニウム合金板。