説明

月経困難症の予防及び/又は治療薬

【課題】月経困難症及び/又はそれに伴う随伴症状の予防及び/又は治療薬を提供すること。
【解決手段】本発明は、トラニラストを有効成分とする月経困難症及び/又はそれに伴う随伴症状の予防及び/又は治療薬を提供する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、月経困難症の予防及び/又は治療薬に関するものである。具体的には、本発明は、トラニラスト、その誘導体、またはそれらの塩を有効成分とする、月経困難症及び/又はそれに伴う随伴症状の予防及び/又は治療薬に関するものである。
【背景技術】
【0002】
月経に伴う何らかの疼痛は50〜60%の女性にみられるといわれているが、その中で疼痛が激しく臥床や休養を必要とし、医学的な対応を必要とするものを月経困難症と呼ぶ(非特許文献1)。月経困難症は、月経開始直前から月経時におよぶ、主として下腹痛・腰痛を主訴として現れる症候群であり、また、種々の随伴症状(頭痛、月経過多、倦怠感など)が発現することもある婦人科疾患である。
【0003】
月経困難症は世界保健機関(World Health Organization=WHO)が発行する国際疾患分類ICD10においてN94に分類される疾患であり、更に2種類に分類することができる。機能性(原発性)月経困難症(ICD10におけるN94.4)と器質性(続発性)月経困難症(ICD10におけるN94.5)である(非特許文献2)。
【0004】
機能性(原発性)月経困難症は、骨盤内に器質的疾患を伴わないもので、月経困難症の90%以上が機能性(原発性)月経困難症である。機能性(原発性)月経困難症の発症機序に関しては、その原因として、子宮筋の過収縮、子宮の虚血、プロスタグランジンF2αの過剰産生、ホルモンバランスの異常、血行不良、心的要因など様々な説が唱えられているが、未だ完全に解明されておらず、特定されていない(非特許文献1)。一方器質性(続発性)月経困難症は、骨盤内うっ血症候群、骨盤内感染症、骨盤内炎症性疾患、子宮頚菅狭窄、子宮筋腫、子宮内膜症、子宮腺筋症、子宮位置・形態異常など骨盤内に明らかな他の疾患が存在する場合、その随伴症状の一つとして現れる疾患であるが、これら器質的疾患の存在により必ず発症するわけではなく、何故月経困難症が発症するのかという原因は十分に分かっていない。
【0005】
月経困難症は、発症時の下腹部痛や腰痛が極めて強いことから、患者の多くはその痛みを一時的に軽減する目的で鎮痛剤を服用し対応している。鎮痛剤としては主としてシクロオキシゲナーゼ阻害作用をもつボルタレン、ブルフェン、ナイキサンなどの非ステロイド性抗炎症薬(NSAID)等が使用されているが、いずれも月経困難症そのものを治療する作用はなく、疾患に伴って生じる痛みを一過性に和らげる対症療法としての効果を果たしているに過ぎない(非特許文献3,4,5)。このため数年に亘る長期服用によっても疼痛のレベルは改善されず、病態の進行により増悪するケースが多い。
更に鎮痛剤は、長期間にわたる服用により胃腸障害や腎臓障害などが起こるなどの副作用の問題が報告されている。例えばボルタレン錠では、承認時までの調査で、10.85%の頻度で副作用が認められ、主な副作用としては胃痛、胃部不快感、腹痛等の消化器症状(9.43%)があり、他に、浮腫等の一般的全身症状(0.95%)、そう痒感、発疹等の皮膚症状(1.56%)などがある(非特許文献3)。このように治療効果のない頓服薬であるにも関わらず、多数の副作用が発生することから、患者、医療現場において副作用の少ない治療薬の開発が強く望まれている。
【0006】
月経困難症の治療に関しては、機能性・器質性ともに発症機序が十分に解明されておらず、このため有効な治療薬が未だ見出されていないのが現状である。このため現在臨床現場においては、月経困難症の症状が必ず月経に伴って起こることから、重度の場合には、月経そのものを止めるか又は減弱させる治療法が実施されている。具体的には月経周期を制御しているゴナドトロピンや性ホルモンの産生・分泌を抑制し卵巣機能の低下及び子宮内膜の萎縮を誘導するホルモン剤や低用量経口避妊薬(ピル)を投与する。これらの薬剤は服用により、月経が消失または月経量が減るため、月経に伴って生じる疼痛が大きく改善される。
しかしホルモン剤や低用量経口避妊薬は月経困難症の病巣の治療を行うものではないことから、その服用を中止し、排卵性月経が復活すると月経時の激しい疼痛が再燃することが多い。更に、ホルモン剤や低用量経口避妊薬においても、副作用の多い点が課題となっている。例えばルナベル配合錠(経口避妊薬として使用されてきた「オーソM-21」と同一成分、同一配合量)に関しては、87.9%もの高率での副作用の発生が報告されている。主な副作用としては、不正性器出血(59.1%)、悪心(26.3%)、頭痛(16.2%)、希発月経(14.6%)、上腹部痛(8.6%)、乳房不快感(8.1%)、月経過多(7.1%)などであり、重大な副作用としては、血栓症、アナフィラキシー様症状も報告されている(非特許文献6)。また、低用量経口避妊薬はエストロゲン依存性の悪性腫瘍の発症または増悪のリスクを高めるとの報告もある(非特許文献6)。更に、排卵抑制作用により、服用継続中は妊娠できないため、挙児希望のある患者には不適である(非特許文献6、7)。
【0007】
トラニラストは、従来、ケミカルメディエーター遊離抑制作用に基づき、主に気管支喘息やアレルギー性鼻炎等の治療及び/又は予防に用いられている薬剤である。また、ケミカルメディエーター遊離抑制に加えてコラーゲン合成阻害作用を有するトラニラストが、PTCA後の再狭窄等の血管内膜細胞過剰増殖疾患、心肥大、粥状動脈硬化症、血管新生阻害、心臓移植後の心血管肥厚、高血圧性細動脈障害及び心不全の治療効果を有することが知られている(特許文献1〜8参照)。しかしながら、トラニラスト、その誘導体、またはそれらの塩が月経困難症及び/又はそれに伴う随伴症状の予防及び/又は治療薬に有効であることは知られておらず、それを示唆する報告もない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【特許文献1】特開平5−163222号公報
【特許文献2】特開平6−135829号公報
【特許文献3】特開平7−277966号公報
【特許文献4】特開平9−227371号公報
【特許文献5】WO97/29744パンフレット
【特許文献6】WO01/05394パンフレット
【特許文献7】WO01/13911パンフレット
【特許文献8】WO01/13952パンフレット
【非特許文献】
【0009】
【非特許文献1】Modern Physician Vol.29 No.3 p.399 2009
【非特許文献2】International Statistical Classification of Diseases and Related Health Problems 10th Revision Version for 2007 Chapter XIV: Diseases of the genitourinary system
【非特許文献3】ボルタレン錠 インタビューフォーム 2005 年6 月改訂(改訂9 版) p.11
【非特許文献4】ブルフェン錠/ブルフェン顆粒 インタビューフォーム 2010年1月改訂(第13版)
【非特許文献5】ナイキサン錠/ナイキサンカプセル インタビューフォーム 2009年10月改訂(第11版)
【非特許文献6】ルナベル インタビューフォーム 2010年1月改訂(新様式第4版) p.30,31,9
【非特許文献7】Nuttall ID, et al. Contraception 1982; 25: 463-469.
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
本発明は、月経困難症及び/又はそれに伴う随伴症状の予防及び/又は治療薬を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明の発明者らは、月経困難症の発症機序の解明に関し、患者の子宮内膜組織において何らかの異常が存在するのではないかと考え、免疫組織化学的手法を用い、月経困難症患者検体組織の精査を実施した。その結果、月経困難症患者の子宮内膜組織の形質の変化に異常が見られることを発見した。すなわち、健常者(非月経困難症者)の子宮内膜上皮組織は、本来排卵前の基礎体温低温相から高温相への移行期において間葉様の形質から上皮様の形質へと変化するが、月経困難症患者においては形質の変化が遷延し、高温相に入っても間葉様の強い形質が維持されるとの知見を得た(実施例A)。患者における子宮内膜上皮組織の形質変化の異常は、疾患との関連が示唆されることから、更に発明者らは、この形質変化を正常化、すなわち間葉様の形質から上皮様への形質へと変化させる薬剤の探索を実施した。その結果トラニラストが、子宮内膜上皮細胞の間葉様の形質を上皮様に誘導する作用があることを新たに見出した(実施例B1、B2)。
【0012】
これらの結果は、トラニラストが、月経困難症の治療に有効であることを示唆するものであるが、その検証を行うに際し、1)月経そのものが霊長類の一部においてのみ見られる生理現象であり(Journal of Mammalian Ova Research vol.23, p.163, 2006)、関連疾患を含め本分野で認知されたげっ歯類等の動物モデルが存在しないためモデル評価が困難なこと、2)トラニラストが既に他の疾患で臨床適用されている安全性の保証された薬剤であることから、臨床機関における倫理委員会の承認及び患者のインフォームドコンセントを得て、実際の月経困難症の複数の患者にトラニラストを一定期間投与し、その効果の検証を実施した。その結果、トラニラストを服用した機能性(原発性)月経困難症、器質性(続発性)月経困難症のいずれの患者においても明らかな月経困難症の改善効果が確認できた。
この結果から発明者らは、トラニラストが月経困難症及び/又はそれに伴う随伴症状の予防及び/又は治療薬としても有効であることを見出し、本発明を完成した。
【0013】
すなわち、本発明は、以下を提供する。
(1)トラニラスト、その誘導体、またはそれらの塩を有効成分として含有する月経困難症及び/又はそれに伴う随伴症状の予防及び/又は治療のための医薬。
(2)上記随伴症状が、下腹部膨満感、悪心・嘔吐、頭痛、下痢、嗜眠、食欲不振、イライラ、腰痛、下肢痛、貧血、月経過多および倦怠感からなる群から選択される少なくとも1つの症状である上記(1)に記載の医薬。
(3)機能性(原発性)月経困難症の予防及び/又は治療のための医薬である、上記(1)または(2)に記載の医薬。
(4)器質性(続発性)月経困難症の予防及び/又は治療のための医薬である、上記(1)または(2)に記載の医薬。
(5)月経困難症及び/又はそれに伴う随伴症状の予防及び/又は治療のためのトラニラスト、その誘導体、またはそれらの塩。
(6)月経困難症及び/又はそれに伴う随伴症状の予防及び/又は治療のための、トラニラスト、その誘導体、またはそれらの塩を含有するキット。
(7)月経困難症及び/又はそれに伴う随伴症状の予防及び/又は治療のための医薬を製造するためのトラニラストの使用。
(8)トラニラスト、その誘導体、またはそれらの塩を治療を必要とする患者に投与する工程を含む、月経困難症及び/又はそれに伴う随伴症状の予防及び/又は治療のための方法。
(9)トラニラスト、その誘導体、またはそれらの塩の1日用量50〜1000mgを、治療を必要とする患者に対して、1日3回の経口投与により毎日投与することを含む、月経困難症及び/又はそれに伴う随伴症状の予防及び/又は治療のための方法。
【発明の効果】
【0014】
本発明のトラニラスト、その誘導体、またはそれらの塩は、月経困難症及び/又はそれに伴う随伴症状を緩和することができ、従って、月経困難症の予防及び/又は治療薬として、さらに月経困難症に伴う随伴症状の予防及び/又は治療薬として用いることができる。またトラニラスト、その誘導体、またはそれらの塩の投与によっては、従来見られた鎮痛薬や漢方薬、低用量経口避妊薬の投与に伴うような副作用が見られず、単独投与でも十分な効果が得られるとともに、これらの低用量経口避妊薬やホルモン剤等の既存治療薬との組み合わせもまた有効である。また、トラニラスト、その誘導体、またはそれらの塩の服用による病態の改善が進むに従い、頓服併用される鎮痛剤の投与量を大幅に軽減することができる。
【図面の簡単な説明】
【0015】
【図1】(a)低温相における子宮内膜上皮組織切片の位相差顕微鏡写真を表す図である。(b)高温相への移行期における子宮内膜上皮組織切片の位相差顕微鏡写真を表す図である。月経困難症の患者において上皮様への形質変化が遷延し、間葉性を示していることがわかる。
【図2】(a)TGFβ2およびTNFαを添加してから48時間経過し、トラニラスト添加前の培養細胞の形態を示す。TGFβ2、TNFα添加により細胞が間葉様の形質となり、運動能を獲得、細胞間マトリックスを分泌しFocusが形成されている。(b)(a)の後トラニラストを添加して96時間後の培養細胞の形態を示す。トラニラストの添加により、形成されたFocusが緩和され、細胞が上皮様の形質となっている。
【図3】子宮内膜上皮由来の細胞株(EM-E6/E7/hTERT細胞)を実施例記載の所定の培地にて、TGFβ2、TNFα、およびその両方にトラニラストを添加して培養した際の、間葉系細胞において発現亢進が見られる細胞間マトリクス分子であるフィブロネクチン(FN)、および接着分子であるN-カドヘリン(N-cadherin)の発現量の変化をウエスタンブロット法により解析した結果を示す図である。
【図4A】図4Aは、被験者Aに対して行ったトラニラスト投与の臨床試験から得られた、トラニラストの月経時における月経困難症に伴う下腹部痛に対する緩和効果を示す図である。
【図4B】図4Bは、被験者Aに対して行ったトラニラスト投与の臨床試験から得られた、トラニラストの月経時における月経困難症に伴う腰痛に対する緩和効果を示す図である。
【図5A】図5Aは、図4Aに示す結果同様、被験者Aにおける、トラニラストの月経時における月経困難症に伴う下腹部痛に対する緩和効果を示す図である。
【図5B】図5Bは、図4Bに示す結果同様、被験者Aにおける、トラニラストの月経時における月経困難症に伴う腰痛に対する緩和効果を示す図である。
【図6A】図6Aは、被験者Bに対して行ったトラニラスト投与の臨床試験から得られた、トラニラストの月経困難症に伴う下腹部痛に対する緩和効果を示す図である。
【図6B】図6Bは、被験者Bに対して行ったトラニラスト投与の臨床試験から得られた、トラニラストの月経困難症に伴う腰痛に対する緩和効果を示す図である。
【図6C】図6Cは、被験者Bのトラニラスト投与開始後の各月経期間中における月経血量及び月経日数を示す図である。
【図7A】図7Aは、図6Aに示す結果同様、被験者Bにおける、トラニラストの月経時における月経困難症に伴う下腹部痛に対する緩和効果を示す図である。
【図7B】図7Bは、図6Bに示す結果同様、被験者Bにおける、トラニラストの月経時における月経困難症に伴う腰痛に対する緩和効果を示す図である。
【図8A】図8Aは、被験者A、B、C、D、E、F、Gに対して行ったトラニラスト投与の臨床試験から得られた、トラニラストの月経時における月経困難症に伴う下腹部痛及び腰痛に対する緩和効果を示す図である。それぞれの被験者における、投与開始時の月経期間中の疼痛スコアの平均値を左側に、投与期間中最終月経期間中の疼痛スコアの平均値を右側にそれぞれ棒グラフで示す。縦軸は疼痛の強さを表すNRSスコアであり、棒が高いほど疼痛が強いことを示す。
【図8B】図8Bは、図8Aにおける投与開始時の月経期間中の疼痛の平均値から、投与期間中最終月経期間中の疼痛の平均値がどの程度改善したかを示す図である。「疼痛スコア改善率」は、{1−(最終月経時のNRSスコア/投与開始時月経時のNRSスコア)}×100で計算され、得られる数値が大きいほど、疼痛緩和の程度が高いことを示す。
【図9A】図9Aは、図8A同様トラニラストの月経困難症に伴う下腹部痛及び腰痛に対する緩和効果を示す図である。それぞれの被験者における、投与開始時の月経期間中の疼痛スコアの最大値を左側に、投与期間中最終月経期間中の疼痛スコアの最大値を右側にそれぞれ棒グラフで示す。縦軸は疼痛の強さを表すNRSスコアであり、棒が高いほど疼痛が強いことを示す。
【図9B】図9Bは、図9Aにおける投与開始時の月経期間中の疼痛の最大値から、投与期間中最終月経期間中の疼痛の最大値がどの程度改善したかを示す図である。「疼痛スコア改善率」の数値が大きいほど、疼痛緩和の程度が高いことを示す。
【図10】図10は、被験者A、C、D、E、F、Gに対して行った、産婦人科専門医による問診所見を示す。なお、被験者Bは定期的な産婦人科受診が得られなかったため問診所見を得られなかった。投与開始前に医師が行った月経時の下腹部痛及び腰痛の問診所見、並びに投与期間中最終来院時に同じく医師が行った問診所見を示す。「臥床」とは、あまりに激しい痛みのために鎮痛剤を使用しても寝込むほどの状態を、「鎮痛剤」とは、痛みはあるが鎮痛剤を使用することで日常生活可能な状態を、「耐」とは、痛みはあるものの鎮痛剤を使用するまでもなく耐えられる状態を、「−」とは痛みを全く感じないかあるいはほとんど感じない状態を表す。
【図11】図11は、図10の場合と同様に被験者Hに対して行った、産婦人科専門医による問診所見を示す。
【発明を実施するための形態】
【0016】
1.トラニラストを含有する月経困難症の予防及び/又は治療のための医薬
本発明は、1つの実施形態において、トラニラスト、その誘導体、またはそれらの塩を有効成分として含有する月経困難症及び/又はそれに伴う随伴症状の予防及び/又は治療のための医薬組成物(または薬剤)を提供する。本発明の医薬組成物(または薬剤)は、さらに薬学的に許容し得る担体を含有する。
【0017】
本明細書において、「月経困難症」とは、月経直前、月経時または月経直後の下腹部痛や腰痛など骨盤を中心とした周辺部位の痛みを伴う症状のうち、疼痛が激しく、医学的な処置(すなわち、加療)を必要とするものをいう。また、月経困難症は、国際疾患分類ICD10によりN94に分類され、さらに機能性(原発性)月経困難症(N94.4)と器質性(続発性)月経困難症(N94.5)とに分類される。
【0018】
本明細書において、「月経困難症に伴う随伴症状」とは、月経困難症に伴って患者に現れる種々の付随的な症状(例えば、頭痛、倦怠感、月経過多など)のことをいうものとする。
【0019】
本明細書において、「月経困難症及び/又はそれに伴う随伴症状の予防及び/又は治療」とは、月経困難症の予防及び/又は治療、並びに/又は月経困難症に伴う随伴症状の予防及び/又は治療を意味する。「治療」には、根治治療のみならず、根治には至らないとしても病態が処置前よりも改善する場合(すなわち、「病態改善」)も含むものとする。「予防」には、予め疾患の発生が予想される場合に予防的に個体へ処置を施すことのみならず、一度治癒した疾患の再発防止のために個体へ処置を施すことも含むものとする。
【0020】
「トラニラスト」(化学名:N-(3,4-dimethoxycinnamoyl)anthranilic acid)は、以下の構造式:
【化1】


を有する分子量327.33(C1817NO)の化合物である。淡黄色の結晶または結晶性の粉末で、においおよび味はない。N,N-ジメチルホルムアミドに溶けやすく、1,4-ジオキサンにやや溶けやすく、エタノールに溶けにくく、ジエチルエーテルに極めて溶けにくく、水にほとんど溶けない。通常用量での血中濃度は、100mg単回投与(健康成人)でCmax12.6μm/mL(2時間後)、7.5mg/kg分3,5日間連続投与(健康成人)でCmax22.2μg/mL(36〜66時間後)である(「医薬品インタビューフォーム」、新様式第2版、19頁、2006年7月 キッセイ薬品工業株式会社 製品情報部作成)(本明細書中でその全体が参考として援用される)を参照)。
【0021】
本発明の医薬組成物は、トラニラストを有効成分として含むが、その有効成分は、トラニラスト自体に限らず、トラニラストと同等の活性を有するトラニラストの塩、またはトラニラストの誘導体もしくはトラニラスト誘導体の塩であってもよい。
【0022】
「トラニラストと同等の活性」には、本明細書の実施例で示されるような月経困難症及び/又はそれに伴う随伴症状に対する予防及び/又は治療効果(例えば、疼痛の抑制)を奏する活性(例:細胞の間葉様から上皮様への形質変化を促進する作用)が含まれる。このような予防及び/又は治療効果の評価は、本願明細書の実施例に示される手順に従い、当業者が容易に実施することができる。また、細胞の間葉様から上皮様への形質変化を促進する作用は、本明細書の実施例に記載されるように、培養細胞へ対象化合物を添加した際の細胞の形態変化を顕微鏡観察することにより当業者が容易に確認することができる。
【0023】
「トラニラストの誘導体」の例としては、特開昭49−93335号公報、米国特許第3940422号明細書、WO01/25190 A1等(これらは本明細書中でその全体が参考として援用される)に記載される種々のトラニラスト誘導体が含まれる。より具体的には、例えば、以下の一般式:
【化2】


(式中のRおよびRは、それぞれ水素原子または1〜4個の炭素原子を有するアルキル基であり、RおよびRは、それぞれ水素原子であるか、または両者で化学結合を形成するものであり、Xは水酸基、ハロゲン原子、1〜4個の炭素原子を有するアルキル基、1〜4個の炭素原子を有するアルコキシ基であり、nは1〜3の整数であり、Xが2個のアルキル基またはアルコキシ基を示す場合は両者が結合して環を形成していてもよい)で表される芳香族カルボン酸アミド誘導体等が含まれるものとする。
【0024】
「薬学的に許容し得る」という用語は、正常な医学的判断の範囲内で、合理的な利益/リスク比を有し、過度の毒性、刺激、アレルギー応答、又はその他の問題もしくは合併症を示すことのない、ヒトおよび動物の組織と接触させて使用するのに適した、化合物、材料、組成物、および/又は剤形を指すために、本明細書において使用される。
【0025】
トラニラスト、その誘導体、またはそれらの塩は、月経困難症及び/又はそれに伴う随伴症状の予防及び/又は治療薬として用いることができる。
【0026】
2.本発明の予防及び/又は治療薬の調製、処方及び投与方法
本発明に用いられる月経困難症及び/又はそれに伴う随伴症状の予防及び/又は治療薬は、トラニラスト、その誘導体、またはそれらの塩と、慣用されている製剤担体とを混合することにより製造することができる。
【0027】
製剤担体は、投与形態に応じて、適宜、組み合わせて用いればよく、例えば、乳糖等の賦形剤;ステアリン酸マグネシウム等の滑沢剤;カルボキシメチルセルロース等の崩壊剤;ヒドロキシプロピルメチルセルロース等の結合剤;マクロゴール等の界面活性剤;炭酸水素ナトリウム等の発泡剤;シクロデキストリン等の溶解補助剤;クエン酸等の酸味剤;エデト酸ナトリウム等の安定化剤;リン酸塩等のpH調整剤などが挙げられる。
【0028】
本発明に用いられるトラニラスト、その誘導体、またはそれらの塩と他の薬剤の併用剤を投与する際には、経口投与のための内服用固形剤、内服用液剤および、非経口投与のための注射剤、外用剤、坐剤、点眼剤、吸入剤等として用いることもできる。
【0029】
経口投与のための内服用固形剤には、錠剤、丸剤、カプセル剤、散剤、顆粒剤等が含まれる。カプセル剤には、ハードカプセルおよびソフトカプセルが含まれる。また錠剤には舌下錠、口腔内貼付錠、口腔内速崩壊錠などが含まれる。
【0030】
このような内服用固形剤においては、ひとつまたはそれ以上の活性物質はそのままか、または賦形剤(ラクトース、マンニトール、グルコース、微結晶セルロース、デンプン等)、結合剤(ヒドロキシプロピルセルロース、ポリビニルピロリドン、メタケイ酸アルミン酸マグネシウム等)、崩壊剤(繊維素グリコール酸カルシウム等)、滑沢剤(ステアリン酸マグネシウム等)、安定剤、溶解補助剤(グルタミン酸、アスパラギン酸等)等と混合され、常法に従って製剤化して用いられる。また、必要によりコーティング剤(白糖、ゼラチン、ヒドロキシプロピルセルロース、ヒドロキシプロピルメチルセルロースフタレート等)で被覆していてもよいし、また2以上の層で被覆していてもよい。さらにゼラチンのような吸収されうる物質のカプセルも包含される。
【0031】
本発明で用いられる舌下錠、口腔内貼付錠、あるいは腔内速崩壊錠は、公知の方法に準じて製造、調製される。
【0032】
経口投与のための内服用液剤は、薬剤的に許容される水剤、懸濁剤・乳剤、シロップ剤、エリキシル剤等を含む。このような液剤においては、ひとつまたはそれ以上の活性物質が、一般的に用いられる希釈剤(精製水、エタノールまたはそれらの混液等)に溶解、懸濁または乳化される。さらにこの液剤は、湿潤剤、懸濁化剤、乳化剤、甘味剤、風味剤、芳香剤、保存剤、緩衝剤等を含有していてもよい。
【0033】
非経口投与のための外用剤の剤形には、例えば、軟膏剤、ゲル剤、クリーム剤、湿布剤、貼付剤、リニメント剤、噴霧剤、吸入剤、スプレー剤、点眼剤、および点鼻剤等が含まれる。これらはひとつまたはそれ以上の活性物質を含み、公知の方法または通常使用されている処方により製造、調製される。
【0034】
非経口投与のための注射剤としては、溶液、懸濁液、乳濁液および用時溶剤に溶解または懸濁して用いる固形の注射剤を包含する。注射剤は、ひとつまたはそれ以上の活性物質を溶剤に溶解、懸濁または乳化させて用いられる。溶剤として、例えば注射用蒸留水、生理食塩水、植物油、プロピレングリコール、ポリエチレングリコール、エタノールのようなアルコール類等およびそれらの組み合わせが用いられる。さらにこの注射剤は、安定剤、溶解補助剤(グルタミン酸、アスパラギン酸、ポリソルベート80(登録商標)等)、懸濁化剤、乳化剤、無痛化剤、緩衝剤、保存剤等を含んでいてもよい。これらは最終工程において滅菌するか無菌操作法によって製造、調製される。また無菌の固形剤、例えば凍結乾燥品を製造し、その使用前に無菌化または無菌の注射用蒸留水または他の溶剤に溶解して使用することもできる。
【0035】
非経口投与のためのその他の組成物としては、ひとつまたはそれ以上の活性物質を含み、常法により処方される直腸内投与のための坐剤および腟内投与のためのペッサリー等が含まれる。
【0036】
上記製剤中に含まれるケミカルメディエーター遊離抑制薬は、それぞれの薬剤において適宜定めて調製すればよい。例えば、トラニラストの場合、経口投与では成人1日当たり50〜1000mg、好ましくは、100mg〜1000mg、最も好ましくは、100mg〜500mgの範囲であり、非経口投与では成人1日当たり、例えば、10〜1000mg、好ましくは、30mg〜500mg、最も好ましくは、50mg〜400mgの範囲である。もちろん、投与量は種々の条件により変動するので、上記投与量より少ない量で十分な場合もあるし、また範囲を越えて投与の必要な場合もある。
【0037】
トラニラスト、その誘導体、またはそれらの塩は、単独で投与することによっても効果を発揮するが、既存の鎮痛薬や漢方薬、低用量経口避妊薬とともに投与することによって、鎮痛薬や漢方薬、低用量経口避妊薬の投与量を大幅に軽減することができる。
【0038】
以下に、本発明を実験例に基づいてさらに詳細に説明するが、本発明はこれらの実施例に限定されるものではない。
【実施例】
【0039】
[実施例A] 月経困難症患者の子宮内膜上皮組織の形質変化の免疫染色法による解析
(方法)
非月経困難症者及び月経困難症患者の子宮内膜上皮組織のパラフィン切片を脱パラフィン後、エタノールにて親水処理しcitrate buffer PH6.0で5分熱処理を2回行い賦活化処理した。その後、3%BSA/PBSを用い20分間室温でブロッキングし、一次抗体である抗 E-cadherin抗体 (Dako社 Monoclonal Mouse Anti-Human E-cadherin clone NCH-38)と、抗Vimentin 抗体(Dako社 Monoclonal Mouse Anti-Vimentin clone V9)をともに、1.5%BSA/PBSで200倍に希釈し、反応させた。
【0040】
4℃で1日インキュベート後、Mouse二次抗体 (VECTOR社M.O.M. Biotinylated Anti-Mouse Ig-G Reagent )を1.5%BSA/PBSで200倍に希釈し30分室温で反応させ、DAB (VECTOR社 ImmPACT DAB )を用いて染色した。染色したサンプルは脱水処理後封入し、位相差顕微鏡 (OLYMPUS BX51 )を使用して撮影した。
【0041】
(結果)
図1は、上記のように撮影した(a)低温相および(b)高温相移行期での子宮内膜上皮組織切片の位相差顕微鏡写真を示す。低温相において間葉様の形質を示す子宮内膜組織は、健常者においては、高温相への移行期において、上皮様の形質に転換するが、月経困難症の患者においては、上皮様への形質変化が遷延し、間葉性を維持していることがわかる。
【0042】
[実施例B1] トラニラストの作用(細胞形質を間葉様から上皮様へ移行させる作用)
(方法)
不死化ヒト網膜色素上皮細胞株ARPE-19(ATCC番号: CRL-2302)を96 well glass plate(EZViewカルチャープレートLBカバーガラスボトム96well、IWAKI 社)に1×104cells/well 播種し、37℃、5%CO2環境下で培養した。5日後、DMEM-F12(シグマアルドリッチ社、血清抜き)培地の中に、TGFβ2-5ng/ml、TNFα-100ng/mlを添加したものを150μlずつ用意して、元の培地と交換し、37℃、5%CO2環境下で培養した。
【0043】
48時間後に培養器からプレートを取り出し、トラニラスト(1μg/ml)を添加し、37℃、5%CO2環境下で培養した。96時間後にPBSで洗浄後4%パラホルムアルデヒド(WAKO社)により30分間固定、PBSで洗浄後F-actin(Alexa fluor 568 phalloidin, Invitrogen社)と核 (Hoechst33342, Invitrogen社)を1時間染色し、PBSで洗浄後すぐに40倍の倍率となるようにして蛍光顕微鏡(キーエンス社)を用いて撮影した。
【0044】
(結果)
図2(a)は、TGFβ2およびTNFαを添加してから48時間経過し、トラニラスト添加前の培養細胞、図2(b)は、その後トラニラスト添加して96時間後の培養細胞の形態をそれぞれ示す。TGFβ2およびTNFαの添加により細胞が間葉様の形質となり、運動能を獲得し、細胞間マトリックスを分泌しFocusが形成されたが(図2(a))、トラニラストの添加により、形成されたFocusが緩和され、細胞が上皮様の形質となったことがわかる(図2(b))。
【0045】
[実施例B2] 子宮内膜上皮細胞に対するトラニラストの作用
(方法)
子宮内膜上皮由来の細胞株EM-E6/E7/hTERT細胞(EM)を6 well glass plate(EZViewカルチャープレートLBカバーガラスボトム6well、IWAKI 社)に1×105 cells/well 播種し、37℃、5% 二酸化炭素濃度、DMEM/F12培地、10%血清存在下で2日間培養後、血清を含まないDMEM/F12に置換して3日間培養した。
【0046】
その後TGFβ2-5ng/ml、TNFα-100ng/mlあるいは両方を含む培地にトラニラスト(Tranilast:320μM, 80μM, 20μM)を添加し、入れ替えた。TGFβあるいはTNFαを含む培地に入れ替えてから48時間後にタンパク質を回収し、ウエスタンブロット法にてFibronectinとN-cadherinの発現量を比較した。
【0047】
抗体は抗Fibronectin抗体(EPITOMICS社製、Clone ID: F14)と抗N-cadherin抗体(BD Transduction Laboratories社製、Clone ID:32/N-cadherin)を用いた。
【0048】
(結果)
図3は、上記のウエスタンブロット法による解析の結果を示す。
図3から、TGFβ2、TNFα添加により間葉系細胞の特徴の一つであるFibronectinとN-cadherinの発現の増加が観察され(細胞が間葉様の形質を保有していた)たが、トラニラストの添加により、これらの分子の発現が抑制され(細胞が上皮様の性質を保有してい)たことがわかる。
【0049】
[実施例1]トラニラストの経口投与による治療効果についての臨床試験(1)
トラニラストの月経困難症及び/又はそれに伴う随伴症状の予防及び/又は治療の効果を確認するために、月経困難症を患う被験者Aに対してトラニラストの経口投与を行った。
【0050】
被験者Aの背景は以下のとおりである。
年齢30代後半、未婚女性。器質性月経困難症患者。
症状としては、激しい月経時下腹部痛、月経時腰痛などが認められ、H17/7〜直前まで低用量経口避妊薬であるオーソM−21錠、NSAIDであるロキソプロフェン、ロキソニン、ハイペンを内服していた。
【0051】
平成20年9月1日より、トラニラスト100mgを一日3回経口投与(1日300mg分3)により、約6ヶ月間毎日摂取させた。
【0052】
月経時の疼痛に関しては、数値的評価スケールであるNRS(Numerical Rating Scale)法により測定した。NRS法においては、痛み無しの場合=0、最高の痛み=10として、11段階のどのあたりにあるかを患者自身が判断し、記録してもらった。月経量に関しては、月経の無い日=0、月経量が多くなるにつれて4までの五段階で評価した。
【0053】
図4(AおよびB)に、被験者Aに関する月経時下腹部痛および腰痛の評価結果を示す。月経時の疼痛のNRSスコアに関しては棒グラフで示し、月経量については折れ線グラフで示している。グラフの横軸は投与日数(=評価期間)を示し、投与開始から投与終了までの約6ヶ月間となる。棒グラフからは、トラニラストの投与日数とともに、NRSスコアが減少していく傾向を読み取ることができる。折れ線グラフからは月経量が投与日数とともに減少していく傾向を読み取ることができる。
【0054】
図5(AおよびB)は、全体の傾向をさらに見やすくするために、上記の局所痛の評価結果から、下腹部痛と腰痛について各月経期間中のNRSスコアの最大値と平均値を取り出して折れ線グラフにした結果を示す。グラフの横軸は月経期を示し、被験者Aの場合投与期間約6ヶ月のうち、投与開始時を含め8回の月経があった。
【0055】
グラフの「average」とは、各月経期間中における痛みの量の総和を、疼痛を自覚した日数で除した数値を示す。
【0056】
「max」とは、各月経期間中において最も痛みが強かった日の数値を示す。
【0057】
以上の結果より、トラニラストを服用することにより、下腹部痛や腰痛の緩和効果が見られ、トラニラストが月経困難症及び/又はそれに伴う随伴症状の予防及び/又は治療薬として有用であることが分かる。
【0058】
[実施例2]トラニラストの経口投与による治療効果についての臨床試験(2)
トラニラストの月経困難症及び/又はそれに伴う随伴症状の予防及び/又は治療の効果を確認するために、月経困難症を患う被験者Bに対してトラニラストの経口投与を行った。
【0059】
被験者Bの背景は以下のとおりである。
45歳、既婚女性。機能性月経困難症患者。
〔既往症〕
・2006年10月内科を受診し、糖尿病と診断
・食事療法、運動療法により体重を落とすよう指導される
・糖尿病薬の処方なし。2ヶ月に一度受診(血液検査)
〔トラニラスト服用開始前の月経に関する症状〕
・以前より月経不順の傾向あり。
・2008年3月より長期の出血、4月からはひどい月経痛を伴う。
・これまでは、月経痛で痛み止めを服用したことはほとんどない。
・3月11日に婦人科を受診し、検査。ホルモン治療を勧められる。
・3月19日受診。がんの検査では異常なし。ホルモン治療を勧められるが、過去にホルモン治療で副作用を経験。本人嫌がるので、しばらく経過観察。
・4月より、激しい痛みを伴うためボルタレンを服用したが、胃に不快感。体調不良。
〔トラニラスト服用開始前に服用した薬剤〕
・ボルタレンSR 37.5mg(痛み止めとして:頓服)
・アドナ(止血剤として:2008年4月8日〜21日の間、1日3回服用)
・ツムラ25:桂枝茯苓丸(過多月経の治療薬として:2008年4月15日以降、1日3回服用)。
【0060】
〔トラニラスト服用開始後の症状〕
・7月13日より、トラニラスト100mgを1日1回経口投与(1日100mg分1)により摂取。
・8月の月経では、月経時の痛みは弱まるが出血量は相変わらず多い。
・8月5日より、トラニラスト100mgを1日2回経口投与(1日200mg分2)に増量。
・9月の月経では、痛み、出血量ともに減少。
・10月29日より、トラニラスト100mgを1日1回経口投与(1日100mg分1)に戻す。
・12月の時点で、痛みと出血量ともに減少を実感し、効果ありと判断。
・トラニラスト服用による副作用はなし。
【0061】
図6(A及びB)に、被検者Bに関する月経時下腹部痛および腰痛の評価結果を示す。月経時の疼痛のNRSスコアに関しては棒グラフで示し、月経量については折れ線グラフで示している。グラフの横軸は投与日数(=評価期間)を示し、投与開始から投与終了までの約6ヶ月間となる。棒グラフ及び折れ線グラフのいずれからも、トラニラストの投与開始後に明らかに痛み及び月経量が減少しているのを読み取ることができる。
【0062】
図6Cに、被験者Bに関する月経量及び月経日数の推移を示す。トラニラスト投与開始(2008年7月13日)後の月経量及び月経日数が有意に減少し、過多月経症状が改善していることが明らかである。
【0063】
図7(AおよびB)は、図6(AおよびB)に示す局所痛の評価結果から、下腹部痛と腰痛について各月経期間中のNRSスコアの最大値と平均値を取り出して折れ線グラフにした結果を示す。グラフの横軸は月経期を示し、被験者Bの場合投与期間約6ヶ月のうち、投与開始時を含め4回の月経があった。トラニラスト投与開始後に、月経時の局所痛の程度が有意に減少していることがわかる。
【0064】
[実施例3]トラニラストの経口投与による治療効果についての臨床試験(3)
トラニラストの月経困難症及び/又はそれに伴う随伴症状の予防及び/又は治療の効果を確認するために、月経困難症を患う被験者C、D、E、F、Gに対してトラニラストの経口投与を行った。
【0065】
月経時の疼痛に関しては、被験者A及びBと同様に、NRS法により、痛み無し=0、最高の痛み=10の11段階で患者自身の毎日の記録により評価した。
【0066】
各月経期間中の痛みの強さを示すNRSスコアの平均値と最大値を取り、投与開始時の月経期間中と、投与期間中最終月経期間中で対比したグラフを図8A及び図9Aに示す。また、月経時疼痛の平均値及び最大値について、投与開始時の月経期間に対して最終月経期間においてどの程度低減したかを改善率として表し、図8B及び図9Bに示す。
【0067】
図8(A及びB)、図9(A及びB)に示すとおり、被験者A及びBを含む、被験者C、D、E、F、Gのいずれもが、トラニラストの効果により投与開始時の月経時疼痛に比べて投与期間中最終月経期間中の月経時疼痛が顕著に低減した。
【0068】
更に、被験者Bを除く、被験者A、C、D、E、F、Gについては、投与期間中概ね1ヶ月おきに、臨床試験実施施設を受診頂き、産婦人科の専門医師による問診を行った。投与開始前の問診所見及び最終来院時の問診所見を対比し、図10に示す。
【0069】
図10に示すとおり、被験者A、C、D、E、Fについては、月経時疼痛が投与開始前に比べて投与期間中最終来院時には軽快したとの問診所見が得られており、トラニラストの月経困難症及び/又はそれに伴う随伴症状に対する予防及び/又は治療効果を更に裏付けた。
【0070】
なお、被験者C、D、E、F、Gの背景は以下のとおりである。
【0071】
被験者Cの背景
年齢30代女性、既婚女性。経妊0、経産0。器質性月経困難症患者。
症状としては激しい月経時下腹部痛、月経時腰痛、月経時の嘔気などが認められ、月経直前からロキソニンを服用、月経開始後はボルタレンを4〜5錠程度服用していたが、それでも疼痛に耐えられず臥床し、仕事を休まざるを得ない状態であった。
平成20年9月20日より、トラニラスト100mgを一日3回経口投与により毎日摂取。平成21年3月21日まで約6ヶ月間毎日連続投与した。
【0072】
被験者Dの背景
年齢40歳代前半。既婚女性。経妊0、経産0。器質性月経困難症患者。
症状としては激しい月経時下腹部痛、月経時腰痛が認められ、月経時にはボルタレンを服用していたが、それでも強い疼痛に悩まされていた。
平成20年11月18日より、トラニラスト100mgを一日3回経口投与により毎日摂取。平成21年5月18日まで約6ヶ月間毎日連続投与した。
【0073】
被験者Eの背景
年齢30代後半。既婚女性。経妊1、経産1。器質性月経困難症患者。
症状としては激しい月経時下腹部痛、月経時腰痛が認められ、H19/8月〜直前まで低用量経口避妊薬であるオーソM−21錠を内服していた。
平成20年10月17日より、トラニラスト100mgを一日3回経口投与により毎日摂取。平成21年4月29日まで約6ヶ月間毎日連続投与した。
【0074】
被験者Fの背景
年齢30代後半。既婚女性。経妊4、経産3。器質性月経困難症患者。
症状としては激しい月経時下腹部痛、月経時腰痛が認められ、痛み止めを4、5時間おきに服用しないといけないほどであった。
平成21年4月9日より、トラニラスト100mgを一日3回経口投与により毎日摂取。平成21年10月7日まで約6ヶ月間毎日連続投与した。
【0075】
被験者Gの背景
年齢40歳代前半。既婚女性。経妊2、経産2。機能性月経困難症患者。
症状としては激しい月経時下腹部痛、月経時腰痛が認められ、市販の痛み止めでは耐えられなくなり産婦人科を受診し、処方薬ボルタレンを服用していたが、治まらない痛みとともに副作用にも悩まされていた。
平成21年5月14日より、トラニラスト100mgを一日3回経口投与により毎日摂取。平成21年12月20日まで約7ヶ月間毎日連続投与した。
【0076】
[実施例4]トラニラストの経口投与による治療効果についての臨床試験(4)
トラニラストの月経困難症及び/又はそれに伴う随伴症状の予防及び/又は治療の効果を確認するために、月経困難症を患う被験者Hに対してトラニラストの経口投与を行った。
【0077】
被験者Hの背景
年齢30代女性、既婚女性、経妊3、経産2。器質性月経困難症患者。
症状としては激しい月経時の下腹部痛・腰痛、及び月経時以外にも慢性的に激しい下腹部痛・腰痛が認められる。平成22年4月の月経時には痛み止めとしてロキソニンを1日4錠服用したが、それでも痛みが治まらず産婦人科外来を受診。
【0078】
平成22年4月21日より、トラニラスト100mgを一日3回経口投与により毎日摂取した。
服用開始後約1ヵ月後の月経時には疼痛が軽快し、鎮痛剤の服用を要さなかった。平成22年5月28日に産婦人科外来を受診。その際の産婦人科医師による問診所見を、投与開始前の同じく問診所見と比較した表を図11に示す。
【0079】
[実施例5] トラニラストの経口投与による治療効果についての臨床試験(5)
トラニラストの月経困難症及び/又はそれに伴う随伴症状の予防及び/又は治療の効果を確認するために、月経困難症を患う被験者Iに対してトラニラストの経口投与を行った。
【0080】
被験者Iの背景
年齢30代女性、未婚、経妊0、経産0。器質性月経困難症患者。
症状としては激しい月経時の下腹部痛・腰痛、及び月経時以外にも慢性的に激しい下腹部痛・腰痛が認められる。
【0081】
過去の治療歴は次のとおりである。
・2003年 卵巣の病変部を摘出手術実施。術後、GnRHアナログ薬であるナサニール投与。
・2009年4月 GnRHアナログ薬であるスプレキュア投与開始。その後4ヵ月後にγGTP値上昇のため投与中止。
・2010年2月 スプレキュア投与再開。その後低エストロゲン症状発現のため投与中止。
・2010年3月18日 プロゲステロン製剤であるディナゲスト投与開始。その後4月7日より性器不正出血が続き、4月27日に投与中止。
【0082】
平成22年5月14日より、トラニラスト100mgを一日3回経口投与により毎日摂取した。
【0083】
投与開始前は、とても痛く、かろうじて仕事に行くのがやっと(起きているのがやっと)で、鎮痛剤も1日4錠要する日も複数あったのが、投与開始後最初の月経時には疼痛が軽快し、鎮痛剤も1日1錠を3日ほど服用すれば耐えられる程度に改善した。平成22年6月4日に産婦人科外来を受診。その際被験者Iより、仕事柄休むことができないが、月経痛、月経時以外の慢性骨盤痛が軽快し、仕事に支障を来たさなくなり喜んでいるとの問診所見が得られた。
【産業上の利用可能性】
【0084】
本発明の薬剤は、月経困難症及び/又はそれに伴う随伴症状の予防及び/又は治療薬として有用である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
トラニラスト、その誘導体、またはそれらの塩を有効成分として含有する月経困難症の予防及び/又は治療のための医薬。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4A】
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【図4B】
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【図5A】
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【図5B】
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【図6A】
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【図6B】
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【図6C】
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【図7A】
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【図7B】
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【図8A】
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【図8B】
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【図9A】
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【図9B】
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【図10】
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【図11】
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【公開番号】特開2011−37898(P2011−37898A)
【公開日】平成23年2月24日(2011.2.24)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−258772(P2010−258772)
【出願日】平成22年11月19日(2010.11.19)
【分割の表示】特願2010−541626(P2010−541626)の分割
【原出願日】平成22年6月17日(2010.6.17)
【出願人】(504159235)国立大学法人 熊本大学 (314)
【出願人】(899000079)学校法人慶應義塾 (742)
【出願人】(502019933)リンク・ジェノミクス株式会社 (11)
【Fターム(参考)】