説明

有害生物忌避シートまたは紙状物

【課題】クララ繊維をそのまま使用するか、或いはクララ繊維とクララ由来の有害生物忌避成分を和紙に混入した、有害生物忌避シートまたは紙状物を提供する。
【解決手段】クララから得られる有害生物忌避成分と、クララの繊維と、和紙の原料となる植物繊維とを混ぜ合わせてシートまたは紙状物に形成する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は有害生物忌避シートまたは紙状物にかかり、更に詳しくは、植物であるクララの繊維あるいはクララから得られる有害生物忌避成分を使用する有害生物忌避シートまたは紙状物に関する。
【背景技術】
【0002】
文化遺産は、我が国の長い歴史の中で生まれ、今日の世代に守り伝えられてきた貴重な国民的財産である。我が国の歴史、文化等の正しい理解のために欠くことのできないものであると同時に、将来の文化の発展の基礎をなすものであり、後世に残すべきものである。
【0003】
文化遺産として身近なものに、絵画、古文書、書籍、典籍、考古資料、歴史資料等の美術工芸品がある。我が国には、美術工芸品に害を及ぼす昆虫の種類が多く、喰入による被害が発生する。例えば、シロアリ類、シバンムシ類、カツオブシムシ類、ナガシンクイムシ類による文化遺産への加害が知られている。特にシバンムシ類は靭皮繊維や木質繊維の主成分であるセルロースとヘミセルロースを栄養源にすることにより、これら美術工芸品の生物的劣化の主要因となる。
【0004】
虫害が発生した場合には、被害の進行を停止させることが肝要である。具体的には殺虫剤の使用が考えられる。しかし美術工芸品に殺虫剤を散布したり塗布したりすると、美術工芸品に悪影響を与える可能性があるだけでなく、作業者の健康等にも悪影響を及ぼす恐れが大きい。
【0005】
薬剤の散布や塗布に代えて、燻蒸による処置が施される場合がある。この処置は、美術工芸品をシートなどで覆った密閉空間や室内に臭化メチル、弗化サルフリルなどのガスを満たして行われる。燻蒸の場合は薬の成分が残存しないため作品への悪影響は抑えられるといわれているが、期間経過後の悪影響については必ずしも明らかではない。また、燻蒸処置後も、虫害が発生するおそれがあり、充分ということはできない。
【0006】
然るにこれまで広く使われてきた臭化メチルは劇毒物であり、1997年に開催されたモントリオール議定書契約国会合においてオゾン層破壊物質に指定され、2005年からその生産と使用が全廃されるに至っており、文化遺産の虫害防除に使用できなくなっている。
【0007】
文化遺産を虫害から保護することは、文化遺産を後世に残すためにも重要である。
本発明者等は、人体に対して安全であり、環境に対する負荷も低い新規な文化遺産の保存技術を開発するべく研究を重ね、薬草植物、特にその中でも、マメ科の植物の一種であるクララ(Sophora flavescens Aiton)に着目した。
【0008】
マメ科植物のクララは、マトリン(matrine)とオキシマトリン(oxymatrine)を含むキノリジジンアルカロイド(quinolizidine alkaloid)を含んでいる。クララの根は、苦参(くじん)という生薬であり、日本薬局方に収録されている。消炎、鎮痒作用、苦味健胃作用があり、苦参湯(くじんとう)、当帰貝母苦参丸料(とうきばいもくじんがんりょう)などの漢方方剤に配合される。このような薬効をもつクララは、特許文献1に示すように虫忌避剤の一成分として使用されている。
【0009】
【特許文献1】特開平11−240814号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
特許文献1に記載された虫忌避剤は、クララから薬効成分を抽出したものであり液状である。このため使用に当たっては、美術工芸品に対して直接に散布や塗布などの使用が考えられる。しかし、美術工芸品に対する直接の散布や塗布は、美術工芸品に悪影響を与える可能性を排除できない。特に紙状物工芸品に適用し難い。
【0011】
ところで、長期保存を必要とする記録紙や絵画の画紙などは、それ自体が虫害を回避できるのが好ましい。また、シートや紙状物は、ものを被覆したり包装したりするのに便利であり、広範囲に使用できる。
しかし、特許文献1記載の虫忌避剤は液状であり、使用範囲は限定される。
【0012】
本発明者等は、クララの繊維についても忌避効果を有するのであれば、それを原料としてシートまたは紙状物を形成し、これを長期保存を必要とする美術工芸品の被覆或いは包装材として使用することによって、シロアリ類、シバンムシ類、カツオブシムシ類、ナガシンクイムシ類等の有害生物の喰入による被害からから美術工芸品を守ることが可能となることに着目し、下記に説明するように数々の実験を試みた。
【0013】
〔実験1〕
図1は、雄雌各7匹のシバンムシ成虫に楮繊維とクララ靭皮繊維(共に脱水した半乾燥繊維)を各々0.05gを与えて、ガラス容器で飼育した結果である。クララ靭皮繊維を与えた容器内では2日後に12匹が死亡し、6日後に全個体が死亡した。
これに対して、楮繊維では6日後までは全14匹が生存し、その後も死亡は漸次に推移し、18日後にも生存している個体があった。
このように、クララ靭皮繊維には、有害生物の忌避効果だけでなく、殺虫効果もあることが確認できた。
【0014】
〔実験2〕
表1は、雄雌各7匹のシバンムシ成虫にクララの各部位と他の植物繊維を与えた容器内でシバンムシ成虫が経過日数に応じた生存個体数を測定した結果で、図1のデータも含めたものである。なお、クララは、木質部(根の芯髄)と根茎の未処理の丸太を加えて比較した。
【0015】
【表1】

【0016】
表1に示すように、クララ靭皮繊維での急激な死亡に対比して、対照区とした楮や牛蒡の繊維では14日後まで全体の30%前後の個体が生存した。クララの他の部位では次第に生存個体が減少し、14日経過でも生存している個体があり、クララ靭皮繊維に含まれる成分の殺虫効果が際だって高いことが確認できた。
【0017】
〔実験3〕
乾燥した楮繊維、牛蒡繊維、クララ繊維、及び生のクララ靭皮繊維、芯髄木質、そして根茎そのままを飼育容器の底面に置き、シバンムシ成虫の行動を記録した。その結果を図2に示す。
図2から明らかなように、楮繊維と牛蒡繊維では繊維のある底面と側面や上面とに分布の差異は認められなかった。一方、クララ繊維、生のクララ靭皮繊維、芯髄木質、根茎全体に対してシバンムシは明らかに底面より側面や上面に位置するという忌避効果が顕著に現れている。
【0018】
〔実験4〕
クララの靭皮及び芯髄の沈殿物の精製粉末と、それらを各々遠心分離した時の上清、及び、対照区として蒸留水を用いてシバンムシの回避行動について比較した。
各上清と蒸留水の0.2ml、及び靭皮と芯髄の精製粉末を上清と同比(0.1%)で蒸留水に分散した懸濁液0.2mlを個別に直径100mm、高さ10mmのシャーレに敷いたろ紙に滴下し、その滴下部位を通過するシバンムシ成虫の数を5分ごとに30分間測定した。その結果を図3に示す。
図3から明らかなように、靭皮の懸濁液を滴下した部位を通過するシバンムシ成虫は皆無であり、各上清や蒸留水の対照区と比較して、明らかに靭皮由来の忌避成分が有する忌避効果が確認できた。
【0019】
以上の実験結果から、本発明者等は、クララの繊維およびクララの忌避成分には有害生物の忌避又は殺虫効果があり、これを使用して生成したシートまたは紙状物は、それ自体が虫害を回避できるばかりでなく、美術工芸品の包装材として使用することができ、広範囲な使用が可能であることを知見し、本発明を完成するに至った。
【0020】
(本発明の目的)
そこで、本発明の目的は、クララ繊維をそのまま使用するか、或いはクララ繊維とクララ由来の有害生物忌避成分を和紙に混入した、有害生物忌避シートまたは紙状物を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0021】
上記課題を解決するために本発明が講じた手段は次のとおりである。
本発明は、クララの繊維をシートまたは紙状物に形成して得られる、有害生物忌避シートまたは紙状物である。
【0022】
本発明は、クララの繊維と和紙の原料となる植物繊維とを混ぜ合わせてシートまたは紙状物に形成して得られる、有害生物忌避シートまたは紙状物である。
【0023】
本発明は、クララから得られる有害生物忌避成分を和紙に含有してなる、有害生物忌避シートまたは紙状物である。
【0024】
本発明は、クララから得られる有害生物忌避成分と、クララの繊維と、和紙の原料となる植物繊維とを混ぜ合わせてシートまたは紙状物に形成して得られる、有害生物忌避シートまたは紙状物である。
【0025】
(作用)
本発明にかかる有害生物忌避シートまたは紙状物の作用を説明する。
【0026】
長期保存を必要とする記録紙や絵画の画紙などに有害生物忌避シートまたは紙状物を使用すると、有害生物はその記録紙や絵画を忌避するので、喰入による被害を防止することが可能となる。
【0027】
また、有害生物忌避シートまたは紙状物で長期保存を必要とする美術工芸品を被覆或いは包装すると、シロアリ類、シバンムシ類、カツオブシムシ類、ナガシンクイムシ類等の有害生物は、それで被覆或いは包装された美術工芸品を忌避する結果となり、喰入による被害を防止することが可能となる。
【0028】
更には、管理情報を直接的に被対象物に表すこと、具体的には直接的に図書や作品にのり付け、或いは押印できない場合には、有害生物忌避シートまたは紙状物を使用して被対象物を表装或いは包装することによって管理が可能となるばかりか、別段虫害対策を施さなくても有害生物による虫害を防止することが可能となる。
【発明の効果】
【0029】
以上説明したように、本発明にかかる有害生物忌避シートまたは紙状物を、長期保存を必要とする記録紙や絵画の画紙などに使用すれば、長期に亘って有害生物からの虫害防止効果が期待できる。
また、本発明にかかる有害生物忌避シートまたは紙状物を、長期保存を必要とする美術工芸品の被覆或いは包装材として使用することによって虫害の防止が可能である。
更には、通常の紙としての使用も可能である。
【発明を実施するための最良の形態】
【0030】
本発明では、クララの繊維を使用する。クララ繊維は根、茎、葉に含まれている。使用する部位は根、茎、葉のいずれでも良く、異なる部位の繊維を混ぜ合わせてもよい。なお、表1から理解されるように、忌避或いは殺虫効果の観点からは、茎の周辺部から取れる靭皮繊維が好ましい。
【0031】
クララの靭皮繊維は、外樹皮と芯部木質髄の導管部との間にある内樹皮の篩部繊維組織に由来する。薄い外樹皮を除去し、木質髄を取り巻く厚い内樹皮を剥離して繊維を取り出して乾燥した後、通常の和紙原料と同様にアルカリ性溶液下で煮熟、叩解、灰汁抜きして中性の繊維とする。
【0032】
本発明では、有害生物忌避成分としてクララ粉末を使用する。クララ粉末は下記のような工程で得られる。
生のクララの根茎を洗い、細根と外皮を除去した後、内樹皮と芯髄を分離して内樹皮のみをミキサー等の破砕機に入れ,原料1重量部に対して5〜10重量部の蒸留水を加えて粉砕するとクララ粉末を分散した懸濁液が得られる。
この懸濁液を遠心分離(例えば3000 rpm, 10分)するか,あるいは数時間放置するとクララ粉末は、沈殿物として上清と分離して底に沈殿する。上清を除いた後、沈殿物を脱水乾燥して、粉末として精製されたクララ粉末(抽出物)を得る。通常、原料であるクララ根茎の8〜12%(重量%)のクララ粉末が得られる。
【0033】
本発明で使用する和紙は、楮、雁皮、三椏の靭皮繊維を原料とする一般的なものであり、日本工業規格用語で定義された抄紙である。その工程は公知であるから詳細な説明は省略するが、内樹皮のアルカリ性溶液下による煮熟工程−ちり取り工程−打解(叩解)工程により、原料に含まれる不純物を水に溶け出す作業を経て繊維のみを取り出す。次に抄紙工程において漉き桁または抄紙機により紙料(原料)を均等に分散して層状にする。
【0034】
和紙にクララ繊維やクララ粉末を混合する場合は、この抄紙工程の前に混入する。クララ粉末を楮等の原紙料に適量を分散させ、漉き作業を行う。
つまり、一般的な和紙の製造工程中の紙漉工程の前に紙漉工程で使用する紙料にクララ粉末を混入し分散させる。
【0035】
長期保存の記録紙や絵画の画紙の場合には、クララ粉末のみを紙料に混入するが、被覆用包装紙の場合には、クララの繊維もクララ粉末に加えて紙料に含める。
【実施例】
【0036】
本発明を実施例に基づき詳細に説明する。
〔実施例1〕
(和紙原料とクララ繊維の使用)
クララの靭皮繊維を煮熟した後破砕機にかけて繊維を裁断する。これをすでに煮熟叩解して紙料として漉き工程の状態にある楮または他の和紙原料に、クララ繊維:和紙原料=3:7〜2:8の割合で混合する。
そして、紙漉工程−乾燥工程等を経て、和紙原料にクララ繊維を混入した和紙様の有害生物忌避シートまたは紙状物を得る。
【0037】
〔実施例2〕
(和紙原料とクララ繊維とクララ粉末の使用)
実施例1で得られた和紙原料とクララ繊維の混合物にクララ粉末を混合する。
クララ粉末を得るには、クララの根茎に水を加えてブレンダー(Russell Hobbs, 3901JP)で粉砕したクララ懸濁液を遠心分離(KUBOTA KN-70, 3000rpm, 10分)すると、懸濁液中の約20%分が上清と分離して抽出成分が沈殿する。この沈殿物を脱水乾燥すると、灰色のクララ靭皮の有害生物忌避成分を精製した粉末を得る。この粉末を総紙料重量の0.4%(kgあたり4g)の割合で混合し、ネリ材を加えて漉き作業を行う。
そして、紙漉工程−乾燥工程等を経て、和紙原料とクララ繊維とクララ粉末を混入した和紙様の有害生物忌避シートまたは紙状物を得る。
【0038】
〔実施例3〕
(和紙紙料とクララ粉末の使用)
実施例1で得られたクララ粉末を楮等の和紙原料に適量(例えば,楮1kgあたり4〜6g)を分散させ、周知の方法により漉き作業を行う。
このように、一般的な和紙の製造工程中の紙漉工程の前に紙漉工程で使用する和紙原料にクララ粉末を混入し分散させる。そして、紙漉工程−乾燥工程等を経て、和紙原料にクララ粉末を混入した和紙様の有害生物忌避シートまたは紙状物を得る。
【0039】
なお、本明細書で使用している用語と表現は、あくまでも説明上のものであって、なんら限定的なものではなく、本明細書に記述された特徴およびその一部と等価の用語や表現を除外する意図はない。また、本発明の技術思想の範囲内で、種々の変形態様が可能であるということは言うまでもない。
【図面の簡単な説明】
【0040】
【図1】クララ靭皮繊維の殺虫効果を示す図。
【図2】クララの各部位や他の繊維との忌避効果比較を示す図。
【図3】クララ各部位の抽出物に対するシバンムシ成虫の忌避試験を示す図。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
クララの繊維をシートまたは紙状物に形成して得られる、有害生物忌避シートまたは紙状物。
【請求項2】
クララの繊維と和紙の原料となる植物繊維とを混ぜ合わせてシートまたは紙状物に形成して得られる、有害生物忌避シートまたは紙状物。
【請求項3】
クララから得られる有害生物忌避成分を和紙に含有してなる、有害生物忌避シートまたは紙状物。
【請求項4】
クララから得られる有害生物忌避成分と、クララの繊維と、和紙の原料となる植物繊維とを混ぜ合わせてシートまたは紙状物に形成して得られる、有害生物忌避シートまたは紙状物。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【公開番号】特開2009−35503(P2009−35503A)
【公開日】平成21年2月19日(2009.2.19)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−200047(P2007−200047)
【出願日】平成19年7月31日(2007.7.31)
【出願人】(599045903)学校法人 久留米大学 (72)
【Fターム(参考)】