説明

有機ポリマーの製造方法及びこれにより得られた有機ポリマー

【課題】簡便な条件で合成反応進行が可能な有機ポリマーの新規な製造方法及びこれにより得られた有機ポリマーを提供する。
【解決手段】二価鉄及び三価鉄を有する混合原子価鉄錯体、例えば塩化鉄(III)鉄(II)と、有機酸、例えば酢酸、クエン酸、アミノ酸及びリンゴ酸とを含む重合反応用水溶液中で、例えば大気中20℃で攪拌することにより、重合性モノマー、例えばピロール、エチレンジオキシチオフェン、イソチオナフテンなどの重合を行って、重合性モノマーに対応した有機ポリマーを得る。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、有機ポリマーの製造方法及びこれにより得られた有機ポリマーに関する。
【背景技術】
【0002】
工業的に有機ポリマーは、有機モノマーを溶媒中で加熱及び/又は加圧しながら合成している。このような合成方法では、種々の触媒が用いられており、触媒の性質やモノマー種によって合成条件を適宜設定可能になっている。例えば、ポリピロールなどの導電性ポリマーは、化学酸化重合や電解酸化重合によって合成することができる(例えば、特許文献1及び2)。
【特許文献1】特開2003−147055号公報
【特許文献2】特開2000−336153公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0003】
しかしながら、これまでの電解酸化重合や化学酸化重合による有機ポリマーの合成では、有機溶媒の使用や多くの処理を用いて行われることが一般的である。
従って、本発明の目的は、簡便な条件で有機ポリマーを重合可能な有機ポリマーの新規な製造方法及びこれにより得られた有機ポリマーを提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0004】
本発明の有機ポリマーの製造方法は、二価鉄及び三価鉄を有する混合原子価鉄錯体と有機酸とを含む水溶液中で、重合性モノマーの重合を行って有機ポリマーを得ることを特徴としている。
本発明の有機ポリマーは、上記製造方法によって得られ、電子的に中性の有機ポリマーである。
【発明の効果】
【0005】
本発明によれば、簡便な条件で有機ポリマーを重合可能な有機ポリマーの新規な製造方法及び有機ポリマーを提供することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0006】
本発明の有機ポリマーの製造方法は、二価鉄及び三価鉄を有する混合原子価鉄錯体と有機酸とを含む水溶液中で、重合性モノマーの重合を行って有機ポリマーを得ることを特徴としている。
本発明では、二価鉄及び三価鉄を有する混合原子価鉄錯体と有機酸とを含む水溶液(以下、「重合反応用水溶液」という)を用いるので、酸性条件下で安定して重合性モノマーに電子を供給し、簡便な条件で重合性モノマーから有機ポリマーを重合することができる。
【0007】
重合反応用水溶液は、上記の混合原子価鉄錯体と有機酸とを水に溶解させて調製することができる。
ここで用いられている二価鉄及び三価鉄を有する混合原子価鉄錯体は、二価鉄と三価鉄が混在する水溶性の混合原子価鉄錯体であり、ハロゲン化鉄(III)鉄(II)を挙げることができる。ハロゲン化鉄(III)鉄(II)としては、例えば、塩化鉄(III)鉄(II)、臭化鉄(III)鉄(II)、ヨウ化鉄(III)鉄(II)等が該当する。このうち、吸電子反応性を向上させる観点から塩化鉄(III)鉄(II)が好ましい。
重合反応用水溶液を作製する際には、塩化鉄(III)鉄(II)を水に溶解させて混合原子価錯体水溶液を調製することができる。混合原子価水溶液中の混合原子価鉄錯体の量は、0.1mg/L〜0.4mg/L、反応性を向上させる観点から好ましくは0.2mg/L〜0.3mg/L、より好ましくは0.3mg/Lとすることができる。
【0008】
重合反応用水溶液に含まれる有機酸としては、カルボニル基を有するものであればよく、例えば酢酸、アミノ酸、クエン酸、リンゴ酸及びオキザロ酢酸並びにこれらの誘導体等を挙げることができる。このうち、環境への親和性や調合の簡便性の観点から、酢酸、アミノ酸、クエン酸及びリンゴ酸からなる群より選択された少なくとも1つであることが好ましく、酢酸、クエン酸及びリンゴ酸からなる群より選択された少なくとも1つを含むものであることが更に好ましく、酢酸、クエン酸及びリンゴ酸をすべて含むものであることが最も好ましい。上記有機酸は、重合反応用水溶液中に、pHを下げることと同時に還元性を付与可能な濃度で存在すればよく、重合可能な還元性を効率よく付与するために重合反応用水溶液中の有機酸の量は、少なくとも500mg/Lとすることができ、好ましくは5000mg/L〜10000mg/Lとすることができる。
【0009】
上記アミノ酸としては、アミノ基を有し且つ生体に存在するものであればよく、例えば、セリン、アスパラギン酸、グリシン、L−アラニン、グルタミン酸、シトシン、γ−アミノブチル酸、尿素、ロイシン、イソロイシン、フェニルアラニン等を挙げることができる。重合反応用水溶液におけるアミノ酸の含有量は、特に制限されないが、合計で2〜9mmol/Lとすることができる。
【0010】
これらの成分に加えて他の成分も添加することができる。このような成分として、銅イオン、ビタミンC及びビタミンB等のビタミン類、食物繊維等を挙げることができる。このような重合反応用水溶液としては、例えば、FFCパイロゲン(登録商標、以下同じ。株式会社赤塚))を挙げることができる。このFFCパイロゲンを上記重合反応用水溶液として使用する場合には、50質量%〜100質量%、重合活性を向上させる観点から90質量%〜100質量%の濃度になるよう水で希釈すればよい。
【0011】
本発明の製造方法における重合性モノマーとしては、イオン化ポテンシャル(I)が9eV以下の重合性モノマーであればよく、反応性の観点から好ましくは8.2eV以下、より好ましくは7eV以下のイオン化ポテンシャルの重合性モノマーが好ましい。イオン化ポテンシャルが9eV以下であれば、反応性が大きく重合反応用水溶液で充分に重合することができる。このような重合性モノマーは、例えばベンゼン(I=9.25eV)よりも小さいイオン化ポテンシャルを有するものである。本発明で使用可能なこのような重合性ポリマーとしては、ヘテロ原子を含む炭素数4〜8の重合性複素環化合物を挙げることができる。このような重合性複素環化合物に含まれる環の数は反応性の観点から1又は2であることが好ましく、またヘテロ原子としては窒素原子、酸素原子、硫黄原子を挙げることができ、反応性の観点から硫黄原子であることが好ましい。このような重合性モノマーとしては、ピロール(I=8.2eV)、エチレンジオキシチオフェン(I=7eV以下)やイソチアナフテン(I=6eV以下)、チオフェン(I=8.66eV)などを挙げることができ、反応性の観点から、ピロール、エチレンジオキシチオフェン、イソチアナフテンが好ましい。
【0012】
本発明では、上記重合性モノマーの重合を前記重合反応用水溶液中で行う。重合性モノマーの添加量は、重合反応用水溶液の容量に対して1〜50質量%とすることができ、重合度を向上させる観点から好ましくは10〜15質量%である。1質量%以上であれば充分な回収率で有機ポリマーを合成することができ、一方、50質量%以下であれば、反応性の低下を抑えることができる。
【0013】
このような重合性モノマーは、重合反応用水溶液中で、大気中の室温にて攪拌することによって容易に重合反応を起こし、この結果、本発明にかかる有機ポリマーが得られる。
重合反応溶液のpHは、重合性モノマーの重合能を損なわないpHであればよく、好ましくはpH5.5以下、反応効率の観点から、より好ましくはpH3以下とすることができる。
反応温度は、室温であればよく、好ましくは15〜30℃とすることができる。また、反応時間は、重合に充分な時間行えばよく、例えば24〜72時間、反応を十分に遂行させることと分解を防ぐ観点から好ましくは50〜72時間とすることができる。攪拌は、通常用いられる機器を用いて行えばよく、例えば棒状マグネチックスターラ(長さ2センチ)などが使用される。攪拌速度は、例えば200〜500rpm、応力による分解を防ぐ観点から300〜400rpmとすることが好ましい。
【0014】
本有機ポリマーは、重量平均分子量が10,000〜30,000g/molのものであり、分子量の調整は、反応時間の調整によって容易に行うことができる。
【0015】
本有機ポリマーの製造方法によって得られる有機ポリマーは、電子的に中性のものである。本発明において「電子的に中性」とは、有機ポリマー上にホールの発生がなく、紫外−可視吸収スペクトルによる測定でポーラロンバンドが検出されないことを言う。このような電子的に中性状態の有機ポリマーは、電子を多数有しており外部環境に電子を提供しやすい性質を有し(電子供与性)、この結果、有機ポリマー全体が酸化されやすく、酸化性の化合物を電子的に中和する作用がある。このような性質(電子供与性)は抗酸化作用をもつため、本発明の有機ポリマーは、安定剤や抗酸化剤に利用することができるだけでなく、加工して長期安定性の保存用容器や、酸性化土壌の土壌改質剤としても使用することができる。
【実施例】
【0016】
以下に本発明の実施例について説明するが、これに限定されるものではない。また実施例中の%は、特に断らない限り、重量(質量)基準である。
【0017】
[実施例1]
重合反応用水溶液の特性
ポリマーの重合には、約9mmol/Lのアミノ酸、約1500mg/Lの酢酸、約7000mg/Lのクエン酸、約1500mg/Lのリンゴ酸、合計で約0.3mg/Lの鉄イオン成分、約0.001mg/Lの銅イオン成分を含む重合反応用水溶液を使用した。
この重合反応用水溶液については、電子スピン共鳴(ESR)装置(日本電子社製、JEOL JES TE-200)及びアミノ酸分析装置(日本電子社製、JEOL JLC-300 Amino Acid Analyzer)を用いて組成成分を解析し、更に電子供与性について確認した。電子スピン共鳴装置による測定では、水を溶媒とし、液体ヘリウム温度(5K)にて100KHzのモジュレーションで測定した。また500μLのサンプルをアミノ酸分析装置により室温で測定を行った。ESR測定の結果を図1に示す。
【0018】
また、本実施例にかかる重合反応用水溶液の電子供与性を、テトラチアフルバレン(TTF)を使用して検証した。このTTFは、電子供与体と錯体を形成することにより電荷移動錯体(charge transfer complex, CT)を形成し、この際、光吸収スペクトルのバンドは大幅に変化することが知られている。
本実施例にかかる重合反応用水溶液(試料1)を、TTFのテトラヒドロフラン溶液(2.3×10−5M)対して、10容量/容量%又は20容量/容量%で添加し、それぞれ試料3及び4とした。試料1〜4について、光吸収スペクトルを測定した。光吸収スペクトルの結果を図2に示す。
【0019】
本重合反応用水溶液の電子スピン状態については、図1に示されるように、ERS測定によって、1500mT付近に半磁場共鳴である鉄に由来するシグナルが示され、更に3300mT付近に銅原子のスピンに由来する共鳴が観察された。また水素イオン濃度は20℃で2.7以下を示しており、本重合反応用水溶液が強い酸であることがわかった。
【0020】
一方、図2に示されるように、試料1(実線、本実施例に係る重合反応用水溶液のみ)と、試料2(破線、TTFのテトラヒドロフラン溶液)は、いずれも450nmに吸収極大をもっていたが、試料3及び4では相互作用が生じて、450nmの吸収帯のピークは減少した。
また、試料3(二点鎖線)及び4(一点鎖線)の比較より、試料3では、350nm付近の吸収は減少し、また300nm付近の吸収も減少したが、本実施例に係る重合反応用水溶液の濃度が高い試料4では、試料3と比較して全体的に吸収が高くなり、約340nm以降の吸収帯域でのピーク強度が再び増加した。これより本実施例に係る重合反応用水溶液は、TTFに電子を供与し、新たな複合体を形成することがわかった。
以上のことにより、本実施例の重合反応用水溶液は、pHが3以下の強酸の領域にあるにも拘わらず、電子を奪う性質をもつ物質に電子を供与する還元作用を有することが明らかとなった。
【0021】
[実施例2]
有機ポリマーの重合
室温下の大気中で、長さ2センチの棒状マグネティックスターラの入った三角フラスコに、実施例1で使用した試料1の重合反応用水溶液200mLを入れる。これに10質量%のモノマー(ピロール)を加え、これに蓋をし、そのまま攪拌を48時間続ける。その後、得られた黒色の懸濁溶液を静置し、生成したポリマーを再沈殿させ、60分後に、デカンテーションにより上澄み液を除去した。これに蒸留水を加えて、再びマグネティックスターラにより10時間攪拌し、洗浄した後、前記と同様に上澄みを除去した。この作業を3回行った後に、最後にガラスフィルターでろ別してポリマーを回収し、その後、真空乾燥し、ポリピロール粉末を得た。回収率は約60%であった。
得られたポリピロールの構造を赤外線吸収スペクトル(HORIBA FT-720)及び紫外−可視吸収スペクトル(SHIMAZU UV-3150)、溶媒:テトラヒドロフランによって確認した。結果を図3及び図4に示す。
【0022】
また、比較例として、鉄パークロレートを重合触媒として使用して、ポリピロールを下記のようにして得た。
鉄パークロレート[Fe(ClO](0.2g)を重合触媒として用いた場合は、10mLのクロロホルムを重合溶媒として使用し、ここに0.5mLのピロールモノマーを加え、これを室温下でマグネティックスターラにより48時間攪拌した。その後、得られた黒色の懸濁溶液を静置し、60分後にデカンンテーションにより上澄みを除去した。これに蒸留水を加え、再びマグネティックスターラにより10時間にわたって攪拌し、洗浄した後、先と同様の方法で上澄みを除去した。この作業を3回行った後、最後にガラスフィルターでろ別して最後にガラスフィルターでろ別して真空下で乾燥し、ポリピロール粉末を得た。
この比較例ポリピロールについても、本発明のポリピロールと同様に、化合物の構造を、赤外線吸収スペクトル及び紫外−可視吸収スペクトルによって確認した。結果を図3及び図4に示す。
【0023】
本実施例のポリピロール(実線)は重量平均分子量20,000g/mol程度であり、図3に示されるように、比較例のポリピロール(破線)とでは、赤外線吸収スペクトルの基本的な吸収帯は類似していた。このことは、本実施例のポリピロールは比較例のポリピロールと同様の基本構造を有することが示された。
また、図4に示されるように、比較例のポリピロール(破線)では、490nm付近に主鎖の遷移に由来する吸収に加え、近赤外域よりブロードなドーピングバンドが見られるが、本実施例のポリピロール(実線)では、750nm付近に極大値をもつ吸収と1000nmに小さなピークが見られた。また比較例のポリピロールはドーピングによる近赤外域での吸収は見られなかった。更に、比較例には典型的なポーラロンバンドが認められるのに対して、本実施例のポリピロールにはポーラロンバンドが見出されなかった。
従って、本実施例によるポリピロールは、標準的な比較例によるポリピロールと同様の基本骨格を有していた。これに対して電子状態では、標準的なポリピロールが電子的に酸化状態であるのに対して、本実施例のポリピロールは電子的に中性状態であることが明らかとなった。
【0024】
[実施例3]
重合性モノマーとして、イソチアナフテンを重合反応用水溶液の容量に対して10質量%で使用した以外は、実施例2と同様にして、ポリイソチアナフテンを得ることができる。このポリイソチアナフテンについて、実施例2と同様に紫外−可視吸収スペクトルを測定すると、電子的に中性の有機ポリマーであることを確認することができる。
【0025】
このように本発明によれば、有機溶媒等を用いることなくポリピロールを簡便な条件で得ることができる。
また、本発明による電子的に中性のポリピロールは、還元性を持ち且つ外部に電子を与えることができる(電子供与性)ので、抗酸化作用をもつ。この性質を用いて、安定剤や抗酸化剤に利用することができる。
【図面の簡単な説明】
【0026】
【図1】本発明の実施例で用いられた重合反応用水溶液の電子スピン共鳴(ESR)の測定結果を示すチャートである。
【図2】本発明の実施例にかかる試料1〜4の吸収スペクトル測定の結果を示すチャートである。
【図3】本実施例のポリピロール及び比較例のポリピロールの赤外線吸収スペクトル測定の結果を示すチャートである。
【図4】本実施例のポリピロール及び比較例のポリピロールの紫外−可視吸収スペクトル測定の結果を示すチャートである。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
二価鉄及び三価鉄を有する混合原子価鉄錯体と有機酸とを含む水溶液中で、重合性モノマーの重合を行って有機ポリマーを得ることを含む有機ポリマーの製造方法。
【請求項2】
前記混合原子価鉄錯体が、ハロゲン化鉄(III)鉄(II)であることを特徴とする請求項1記載の製造方法。
【請求項3】
前記有機酸が、酢酸、アミノ酸、クエン酸及びリンゴ酸からなる群より選択された少なくとも1つであることを特徴とする請求項1又は2記載の製造方法。
【請求項4】
前記重合性モノマーが、イオン化ポテンシャルが9eV以下のものであることを特徴とする請求項1〜3のいずれか1項記載の製造方法。
【請求項5】
前記重合性モノマーが、ピロール、エチレンジオキシチオフェン及びイソチアナフテンからなる群より選択されたものであることを特徴とする請求項4記載の製造方法。
【請求項6】
前記重合が、大気中、前記重合性モノマーを含む前記水溶液を攪拌することによって行われることを特徴とする請求項1〜5のいずれか1項記載の方法。
【請求項7】
請求項1〜6のいずれか1項記載の方法によって得られ、電子的に中性状態の有機ポリマー。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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