説明

有機ルテニウム化合物およびその製造方法

【課題】CVD法による成膜原料として有用なルテニウム錯体及びその製造方法を提供する。
【解決手段】一般式[2]


[式中R、Rはメチル基を示す。]で表されるハーフサンドイッチ構造有機ルテニウム化合物を、式[9]


で表されるオープンルテノセンに、溶媒中で亜鉛存在下、シクロペンタジエンを反応させる製造方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、化学気相蒸着法(Chemical Vapor Deposition法;以下、CVD法とする)によるルテニウム含有薄膜の形成に有用な有機ルテニウム錯体及びその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
半導体メモリー素子の高集積化に伴いメモリーセルの微細化が進み、キャパシター絶縁膜に(Ba、Sr)TiO等の強誘電体薄膜を使用することが検討されている。強誘電体薄膜を使用したキャパシターでは電極としてPt、Ru、Irといった貴金属が使用される。このうちRuは酸化物が導電性を持つ、微細加工性に優れるといった点から電極材料として最も有力視されており、Ru薄膜あるいはRuO薄膜による電極が検討されている。高集積化したメモリー素子におけるこれらRu含有薄膜の形成方法としては段差被覆性、組成制御性に優れるといった点からCVD法が最適である。
【0003】
このCVD法を用いて薄膜を形成させるための原料物質としては金属化合物の中でも取り扱い性が容易である有機金属化合物が適していると考えられる。従来、ルテニウムまたはルテニウム酸化物薄膜を析出させる為の有機金属化合物としてはルテノセンあるいはトリ(ジピバロイルメタナート)ルテニウム(以後Ru(DPM))[特開平6−283438号公報]またはトリ(オクタン−2,4−ジオネート)ルテニウム(以後Ru(OD))[特開2000−212744号公報]が用いられていた。ルテノセンは、それぞれのシクロペンタジエン環を構成するのが炭素と水素のみであり、2つのシクロペンタジエン環の間にルテニウムが挟まれているサンドイッチ構造を有する。このルテノセンは大気中の安定性が高く、毒性も無いことからCVD原料としての適性を有するものの、原料の気化および基盤への輸送が多少困難になるという問題点がある。
【0004】
そこで最近ではルテノセンのシクロペンタジエン環の少なくとも一つの水素原子をメチル基、エチル基等のアルキル基で置換したルテノセン誘導体とする研究が行われている。例えば、特開平11−35589号公報ではルテノセン誘導体として、ビス(エチルシクロペンタジエニル)ルテニウム(以後Ru(EtCp))およびビス(イソプロピルシクロペンタジエニル)ルテニウムに代表される、ビス(アルキルシクロペンタジエニル)ルテニウムが開示されている。また特開2000−281694号公報ではアルキル置換ルテノセンをCVD材料として用いる事が開示されている。これらの金属化合物はいずれもCVD法に適用する原料物質として必要な特性を具備するものであるとされている。しかしこれらビス(アルキルシクロペンタジエニル)ルテニウムは基本的にルテノセン構造を有しており、この構造は安定性が極めて高いことから錯体の分解温度が高く、必然的に成膜時の基板温度を高くする必要があり、結果としてステップカバレッジが悪くなるという問題点を抱えていた。
【0005】
一方、一分子のシクロペンタジエニル基を配位子とするハーフサンドイッチ構造を有する錯体の合成例としては、R.Gleiter等のOrganometallics,8,298(1989)に報告されている、(シクロペンタジエニル)(2,4−ジメチルペンタジエニル)ルテニウムがある。しかしながらこの錯体もCVD材料として適当な材料であるとは言い難い。これまでに優れた気化特性を示すハーフサンドイッチ構造のルテニウム錯体の合成報告例はない。
【0006】
また、ハーフサンドイッチ構造のルテノセンの合成法に関しては、ペンタジエン誘導体、シクロペンタジエン誘導体、亜鉛およびルテニウムを適当な溶媒中に一度に加え、適当な反応条件で反応させるのが一般的であるが、この方法では収率が極端に悪くなり、実用的でない。また、反応後の後処理として反応液を濃縮し、泥状混合物を得た後にその泥状混合物から適当な溶媒で目的物を抽出し、セライト濾過もしくはアルミナカラムを用いたカラムクロマトグラフィーを行い精製することで目的物を得る方法が一般的であった。しかしこの方法は反応終了後に濃縮していられる泥状化合物からの抽出や、セライト濾過もしくはカラムクロマトグラフィーなど工業上好ましくないプロセスを含んでおり、ハーフサンドイッチ構造有機ルテニウム化合物が工業的に有利になる為に、安定して高収率で目的物を得ることが出来る製造方法が望まれていた。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
CVD法では薄膜の原料となる錯体をガスとして供給する必要があるが、従来使用されている錯体のうちRu(DPM)は昇華によりガス化を行うため原料ガス濃度に変化が生じ安定な供給量が得られないという問題がある。これに対し、錯体を有機溶媒に溶解して使用する方法が提案されている(特開平5−132776号公報)。しかし、この方法では溶媒と錯体の揮発性の差により溶媒のみが揮発したり、固体が析出するといった問題があり必ずしも安定な原料供給方法とはいえない。一方、Ru(OD)およびRu(EtCp)は比較的高い蒸気圧を持つため原料の安定供給については問題ないが、どちらの錯体もRuと有機配位子の結合が安定で分解しにくいため、高温での成膜が必要である。
【0008】
本発明は、CVD法による成膜において上記錯体よりも低温での成膜が可能であり、且つ安定した原料供給の行えるルテニウム錯体及びその製造方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明者らは、先の課題を解決すべく検討を重ねた結果、ルテノセン構造を有する既知化合物の片方のシクロペンタジエニル環(以後Cp環)を直鎖型のペンタジエニルに変えることで分解温度が下がることを見出し、さらに鋭意検討を重ねた結果、Cp環に低級アルキル基を導入することで、良好な気化特性、分解特性を有する新規なルテニウム錯体を開発するに至った。
【0010】
即ち本発明は、一般式[1]
【0011】
【化1】

[式中R、R、R、Rは同一または相異なって水素、ハロゲン、低級アシル基、低級アルコキシ基、低級アルコキシカルボニル基、または低級アルキル基を示す。ただしR〜R全てが水素である場合、及び、Rが水素でR〜Rのいずれか1つが水素で残りがメチル基である場合を除く。]で表されることを特徴とする、ハーフサンドイッチ構造有機ルテニウム化合物である。
【0012】
また本発明は、上述のハーフサンドイッチ構造有機ルテニウム化合物を原料とし、化学気相蒸着法を用いて、加熱した基板上にルテニウム含有薄膜を製造することを特徴とする、ルテニウム含有薄膜の製造方法である。
【0013】
更に本発明は、一般式[3]
【0014】
【化2】

[式中R、R、Rは同一または相異なって水素、ハロゲン、低級アシル基、低級アルコキシ基、低級アルコキシカルボニル基、または低級アルキル基を示す。]で表されるオープンルテノセンに、溶媒中で亜鉛存在下、一般式[4]
【0015】
【化3】

[式中Rは水素、ハロゲン、低級アシル基、低級アルコキシ基、低級アルコキシカルボニル基、または低級アルキル基を示す。]で表されるシクロペンタジエンを反応させることを特徴とする、一般式[1]で表されるハーフサンドイッチ構造有機ルテニウム化合物の製造方法である。以下、本発明について詳しく述べる。
【0016】
最初に本明細書で用いられる用語の定義ならびにその具体例について説明する。本明細書中に記述の「低級」なる用語は特に断らない限り、この語が付与された基に於いて、炭素数1個以上6個以下の直鎖状、分岐状、または環状の炭化水素基を含有するものであることを示す。
【0017】
よってR、R、R3、またはRにおいて用いられる低級アルキル基としては、例えば、メチル基、エチル基、n−プロピル基、イソプロピル基、n−ブチル基、イソブチル基、sec−ブチル基、tert−ブチル基、ペンチル(アミル)基、イソペンチル基、ネオペンチル基、tert−ペンチル基、1−メチルブチル基、2−メチルブチル基、1,2−ジメチルプロピル基、ヘキシル基、イソヘキシル基、1−メチルペンチル基、2−メチルペンチル基、3−メチルペンチル基、1,1−ジメチルブチル基、2,2−ジメチルブチル基、1,3−ジメチルブチル基、2,3−ジメチルブチル基、3,3−ジメチルブチル基、1−エチルブチル基、2−エチルブチル基、1,1,2−トリメチルプロピル基、1,2,2−トリメチルプロピル基、1−エチル−1−メチルプロピル基、1−エチル−2−メチルプロピル基、シクロプロピル基、シクロブチル基、シクロペンチル基、シクロヘキシル基、シクロプロピルメチル基、シクロプルピルエチル基、およびシクロブチルメチル基等があげられる。より好ましくはメチル基、エチル基、プロピル基、イソプロピル基、シクロプロピル基である。
【0018】
また、R、R、R3、またはRにおいて用いられる低級アルコキシ基としては、具体的に例えばメトキシ基、エトキシ基、プロポキシ基、イソプロポキシ基、ブトキシ基、イソブトキシ基、sec−ブトキシ基、tert−ブトキシ基、ペンチルオキシ基、1−メチルブチルオキシ基、2−メチルブチルオキシ基、3−メチルブチルオキシ基、1,2−ジメチルプロピルオキシ基、ヘキシルオキシ基、1−メチルペンチルオキシ基、1−エチルプロピルオキシ基、2−メチルペンチルオキシ基、3−メチルペンチルオキシ基、4−メチルペンチルオキシ基、1,2−ジメチルブチルオキシ基、1,3−ジメチルブチルオキシ基、2,3−ジメチルブチルオキシ基、1,1−ジメチルブチルオキシ基、2,2−ジメチルブチルオキシ基、3,3−ジメチルブチルオキシ基等が挙げられる。より好ましくは、メトキシ基、エトキシ基、またはプロポキシ基である。
【0019】
、R、R3、またはRにおいて用いられる低級アルコキシカルボニル基としては、例えばメトキシカルボニル基、エトキシカルボニル基、プロポキシカルボニル基、イソプロポキシカルボニル基、シクロプロポキシカルボニル基、ブトキシカルボニル基、イソブトキシカルボニル基、sec−ブトキシカルボニル基、tert−ブトキシカルボニル基等が挙げられる。より好ましくは、メトキシカルボニル基、エトキシカルボニル基、プロポキシカルボニル基、イソプロポキシカルボニル基またはシクロプロポキシカルボニル基である。
【0020】
、R、R3、またはRにおいて用いられる低級アシル基としては、例えば、ホルミル基、アセチル基、プロピオニル基、ブチリル基、イソブチリル基、バレリル基、1−メチルプロピルカルボニル基、イソバレリル基、ペンチルカルボニル基、1−メチルブチルカルボニル基、2−メチルブチルカルボニル基、3−メチルブチルカルボニル基、1−エチルプロピルカルボニル基、2−エチルプロピルカルボニル基等を挙げることが出来る。より好ましくはホルミル基、アセチル基、プロピオニル基である。
【0021】
また、R、R、R3、またはRにおいては上記した低級アルキル基、低級アルコキシ基、低級アルコキシカルボニル基および低級アシル基の他に、同一または異なって水素原子またはハロゲン原子が好ましく用いられる。ハロゲン原子の具体的な例として、フッ素、塩素、臭素またはヨウ素が挙げられ、より好ましくはフッ素および塩素である。
【0022】
本発明は、上述のように一般式[1]で表されることを特徴とするハーフサンドイッチ構造ルテニウム化合物である。好ましくは一般式[2]
【0023】
【化4】

[式中R、Rは同一または相異なって水素、ハロゲン、低級アシル基、低級アルコキシ基、低級アルコキシカルボニル基、または低級アルキル基を示す。但し、Rが水素でRがメチル基の場合を除く。]で表されるハーフサンドイッチ構造有機ルテニウム化合物であり、更に好ましくはR,R共に低級アルキル基であり、特にRはエチル基、Rはメチル基が好ましい。
【0024】
また本発明の上述のハーフサンドイッチ構造有機ルテニウム化合物を用いてCVD法でルテニウム含有薄膜を作ることができる。図1に装置の一例を示す。本発明のハーフサンドイッチ構造有機ルテニウム化合物を原料容器1に入れ、40〜120℃に保ち、この液に減圧下でキャリアーガス7をバブリングさせることによりハーフサンドイッチ構造有機ルテニウム化合物を蒸発させ、反応槽3に送る。加熱して200〜750℃に保持された基板4の上においてハーフサンドイッチ構造有機ルテニウム化合物を熱分解させるとルテニウム含有薄膜が生成する。
【0025】
本発明の化合物を用いたCVD成膜は、図1のようなバブリング法でもよいし、また、本発明の有機ルテニウム化合物をそのまま又は有機溶媒に溶かした溶液を気化器内に送って気化器内でガス化する溶液気化型でもよい。
【0026】
また、CVD法で用いる際、本発明のハーフサンドイッチ構造有機ルテニウム化合物は、そのまま用いてもよいし、有機溶媒に溶解したハーフサンドイッチ構造有機ルテニウム化合物溶液として用いてもよい。この場合に用いられる有機溶媒としては、例えば、メタノール、エタノール、イソプロパノール等のアルコール類、酢酸エチル、酢酸ブチル、酢酸イソアミル等のエステル類、エチレングリコールモノエチルエーテル、エチレングリコールモノメチルエーテル、エチレングリコールモノブチルエーテル等のグリコールエーテル類、ジエチルエーテル、グライム、ジグライム、トリグライム、テトラヒドロフラン等のエーテル類、メチルブチルケトン、メチルイソブチルケトン、エチルブチルケトン、ジプロピルケトン、ジイソブチルケトン、メチルアミルケトン、シクロヘキサノン等のケトン類、ヘキサン、シクロヘキサン、ヘプタン、オクタン、ベンゼン、トルエン、キシレン等の炭化水素類が挙げられるが特に限定する物ではない。
【0027】
本発明の一般式[1]で表される化合物は、一般式[3]で表されるオープン型ルテニウム錯体と一般式[4]で表されるシクロペンタジエンとを反応させることにより得ることができる。このとき、一般式[3]で表されるオープン型ルテニウム錯体は、一般式[5]で表されるペンタジエン誘導体と一般式[6]で表されるハロゲン化ルテニウム水和物を亜鉛存在下に反応させて得ることができる。これらの反応を反応式[I]に示す。従来これらハーフサンドイッチ構造有機ルテニウム化合物の製造方法の多くが、ペンタジエン誘導体とシクロペンタジエン誘導体を一度に加えて反応させる為に収率が芳しくなかったのに対し、このような製法によれば高収率で目的物を得ることが出来る。
【0028】
【化5】

[式中、Xはハロゲンを表し、nは0〜10の数を示す。R、R、R、Rは前記と同じ内容を表す。]
また反応式[I]において、一般式[1]で表される化合物が一般式[2]で表される化合物であり、かつRがメチル基の場合は、反応式[I]は反応式[II]のように記載することができる。
【0029】
【化6】

このとき式[10]で表されるペンタジエンと式[9]で表されるオープンルテノセンは、反応式[I]のそれぞれ一般式[5]と一般式[3]に相当する。
【0030】
この製法では、反応溶媒は特に限定されず、また生成物の回収・精製方法は特に限定されるものではない。しかしながらメタノールを一部又は全部の反応溶媒として用い、反応終了後にろ過して過剰の亜鉛を取り除いた後、メタノールと任意に交じり合わない溶媒を用いて一般式[1]で表されるハーフサンドイッチ構造有機ルテニウム化合物を抽出し、濃縮して得られる油状物を蒸留することにより、工業的に有利な工程を経て目的物を得ることが出来る。この際用いるメタノールと任意に交わらない溶媒としては、例えばペンタン、ヘキサン、ヘプタン、オクタン等、脂肪族炭化水素を挙げることが出来る。この中でも特にペンタン、ヘキサンは安価に入手可能であり、工業的に有利であるため好ましい。
【0031】
本発明において反応に用いる亜鉛の量は特に限定されないが、一般式[6]で表される化合物又は一般式[3]で表される化合物1モルに対して1.0モル以上が好ましく、1.5モル以上用いるのが更に好ましい。大過剰量用いても経済的に不利なので1.5乃至100モル用いるのが有利である。一般式[5]で表される化合物と、一般式[6]で表される化合物を亜鉛の存在下反応させる際、一般式[5]で表される化合物を一般式[6]で表される化合物1モルに対して2モルあるいは過剰モル用いて反応させるのが好ましい。大過剰量用いても経済的に不利なので2乃至20モル用いるのが有利である。
【0032】
一般式[5]で表される化合物と一般式[6]で表される化合物を亜鉛の存在下反応させる際、反応温度は−20乃至100℃で反応させるのが好ましい。さらに好ましくは−20乃至80℃である。一般式[3]で表される化合物と一般式[4]で表される化合物を亜鉛の存在下反応させる際、反応温度は−20乃至100℃で反応させるのが好ましい。さらに好ましくは−20乃至80℃である。
【0033】
一般式[3]で表される化合物と一般式[4]で表される化合物を亜鉛の存在下反応させる際、一般式[4]で表される化合物を一般式[3]で表される化合物1モルに対して0.8乃至1.0モル用いて反応させるのが好ましい。0.8モル未満用いれば未反応で残る一般式[3]で表される化合物が多くなり、1.0モルを越えて用いれば副生物としてビス(エチルシクロペンタジエニル)ルテニウムが多く生成するために好ましい条件とは言えない。
【0034】
本発明において、一般式[5]で表される化合物と一般式[6]で表される化合物とを反応させて、一般式[3]で表される化合物を製造した場合は、一般式[3]で表される化合物を単離することなくそのまま1ポットで一般式[4]で表される化合物と反応させて、一般式[1]で表される化合物を合成することが好ましい。
【0035】
本発明における反応は、すべて窒素または不活性ガス雰囲気下で行うのが好ましい。不活性ガスとは例えばヘリウム、ネオン、アルゴン、クリプトン、キセノン、ラドンを挙げることが出来る。これらのうち安価で工業的に有利という点から窒素、アルゴンがさらに好ましい。
【0036】
以上、製造方法について反応式[I]を基に説明したが、反応式[II]についても、これと同様に説明することができる。
【0037】
本発明の化合物を用いてルテニウム含有薄膜を製造する際に用いられるCVD法は熱CVD、プラズマCVD、光CVD等一般に使用されるCVD法であれば特に限定されない。
【発明の効果】
【0038】
本発明の一般式[2]で表されるハーフサンドイッチ構造有機ルテニウム化合物は、100℃付近で充分な蒸気圧を有しているので、CVD原料としてガスバブリングにより定量的に供給できる。また、従来の材料よりも低温で熱分解することができるので基板上にステップカバレッジに優れるRu含有薄膜を形成することが出来る。本発明により量産性に優れたCVD法でRu含有薄膜を形成できる。
【0039】
本発明の有機ルテニウム化合物を用いてCVD法を行うことにより、CVDにおける酸素流量によってRu膜とRuO膜とを作り分けることが可能である。また得られたRu含有薄膜は、緻密で、不純物が少なく、かつ結晶性にも優れたものであり、結果として抵抗率がバルクの値に近い良好な値を示すものを得ることができる。また本発明によるRu含有薄膜は、従来品を用いて作製した場合と比較して、緻密かつ薄膜表面が平坦なものを得ることができる。
【0040】
本発明のハーフサンドイッチ構造有機ルテニウム化合物の製造方法によれば、従来の製造方法では低収率でしか得られなかったハーフサンドイッチ構造有機ルテニウム化合物を安定的に高収率で得られる。また、アルコールを濃縮することなく目的物を得ることもできるため、エネルギー的に有利に製造できる。このため、本発明のハーフサンドイッチ構造有機ルテニウム化合物の製造方法は、これらを製造する際の少量スケールでの製造のみならず、工業的な規模の製造に至るまで幅広く利用が可能である。
【図面の簡単な説明】
【0041】
【図1】CVD装置の概略図である。
【図2】参考例1で測定したMSのチャートを示す図である。
【図3】参考例1で測定した分解特性(DSC)の結果を示す図である。
【図4】比較例1で測定した分解特性(DSC)の結果を示す図である。
【図5】実施例1で測定したMSのチャートを示す図である。
【図6】実施例2で測定した分解特性(DSC)の結果を示す図である。
【図7】実施例3及び比較例2で測定した気化特性(TG)の結果を示す図である。
【実施例】
【0042】
次に本発明を実施例によって詳細に説明するが、本発明はこの実施例にのみ限定されるものではない。
【0043】
参考例1 (2,4−ジメチルペンタジエニル)(エチルシクロペンタジエニル)ルテニウムの合成および熱分解特性
四つ口フラスコに亜鉛400gを秤量し、容器をアルゴン置換して、2,4−ジメチル−1,3−ペンタジエン205mlを加えて懸濁液とした。3塩化ルテニウムn水和物(n=約3)30gをメタノール1000mlに溶かした溶液を40分かけて室温で滴下した。滴下終了後室温で30分間攪拌した後、60℃に昇温して2時間攪拌した。一旦放冷した後、エチルシクロペンタジエン12mlを投入しそのまま室温で30分攪拌、60℃に昇温して2時間攪拌した。反応終了後室温まで冷却し、グラスフィルターを用いて未反応の亜鉛を取り除いた後、ヘキサン750ml×1回、300ml×4回抽出した。抽出溶液を減圧下濃縮し、得られた油状物について減圧蒸留を行い、目的物である(2,4−ジメチルペンタジエニル)(エチルシクロペンタジエニル)ルテニウムを25.4g(収率76.3%)得た。
黄色油状物。
H−NMR(500MHz,CDCl,dppm)
5.38(s,1H),4.63(t,J=2.0Hz,2H),4.52(t,J=2.0Hz,2H),2.70(d,J=2.5Hz,2H),2.15(q,J=7.5Hz,2H),1.93(s,6H),1.12(t,J=7.5Hz,3H),−0.09(d,J=2.5Hz,2H)。
IR(neat,cm−1
3050,2960,2910,1475,1445,1430,1375,1030,860,800
MS(GC/MS,EI)
102Ruでの(2,4−ジメチルペンタジエニル)(エチルシクロペンタジエニル)ルテニウムの分子イオンピーク;m/z 290。なおこのMSのチャートを図2に示す。
【0044】
(分解特性)
また得られた(2,4−ジメチルペンタジエニル)(エチルシクロペンタジエニル)ルテニウムの分解特性を測定した結果を図3に示す。なお分解特性測定条件は以下の通りである。
測定方法:入力補償示差走査熱量測定(DSC)
測定条件:参照 アルミナ
不活性ガス 窒素 50ml/min
昇温 10℃/min。
【0045】
比較例1 ビス(エチルシクロペンタジエニル)ルテニウムの分解特性
参考例1と同様の条件でビス(エチルシクロペンタジエニル)ルテニウムの分解特性を測定した。320℃付近より発熱反応が見られた。結果を図4に示す。
【0046】
実施例1 (2,4−ジメチルペンタジエニル)(メチルシクロペンタジエニル)ルテニウムの合成
50mlシュレンク管に亜鉛8.0gを秤量し、容器にアルゴンを置換して、2,4−ジメチル−1,3−ペンタジエン4mlを加えて懸濁液とした。3塩化ルテニウム水和物0.6gをエタノール20mlに溶かした溶液を50分かけて室温で滴下した。滴下終了後、室温で30分攪拌した後、70℃に昇温して2時間攪拌した。いったん放冷した後、メチルシクロペンタジエン240μlを投入し、そのまま室温で30分攪拌、70℃に昇温して2時間攪拌した。反応終了後室温まで冷却し、グラスフィルターを用いて未反応の亜鉛を取り除いた後、濃縮して泥状混合物を得た。得られた泥状混合物からペンタンで抽出し、抽出液について、アルミナを担体、ペンタンを溶離液としてカラムクロマトグラフィーを行い、目的物である、(2,4−ジメチルペンタジエニル)(メチルシクロペンタジエニル)ルテニウム0.28gを得た。
【0047】
H−NMR(500MHz,CDCl,δppm)
5.36(s、1H),4.61(t,J=2.0Hz,2H),4.57(t,J=2.0Hz,2H),2.67(d,J=2.5Hz,2H),1.93(s,6H),1.83(s,3H),−0.07(d,J=2.5Hz,2H)
MS(GC/MS,EI)
102Ruでの(2,4−ジメチルペンタジエニル)(メチルシクロペンタジエニル)ルテニウムの分子イオンピーク;m/z 276。なお、このMSチャートは図5に示す。
【0048】
実施例2 (2,4−ジメチルペンタジエニル)(メチルシクロペンタジエニル)ルテニウムの分解特性
参考例1と同様の条件で(2,4−ジメチルペンタジエニル)(メチルシクロペンタジエニル)ルテニウムの分解特性を測定した。結果を図6に示す。図6から明らかなように、270℃から分解に伴う発熱ピークが立ち上がり、分解開始温度は270℃であることが示された。また比較例1の結果から、既存材料のビス(エチルシクロペンタジエニル)ルテニウムの分解開始温度は320℃であり、本発明の化合物はそれよりも分解開始温度が50℃も低く、より低温で熱分解することができる。そのため、本発明の化合物は、段差のある基板に対しても段差被覆能に優れるRu含有薄膜を形成することができる。
【0049】
実施例3及び比較例2 気化特性
本発明の(2,4−ジメチルペンタジエニル)(メチルシクロペンタジエニル)ルテニウム(実施例3)及び既存材料のビス(エチルシクロペンタジエニル)ルテニウム(比較例2)について、TGで気化特性を測定した。具体的には、開放容器にサンプルを秤量し,窒素気流下で過熱に伴う重量減少を測定することにより、気化特性の比較を行った。結果を図7に示す。既存材料のビス(エチルシクロペンタジエニル)ルテニウムは約220℃で100%気化するのに対し、本発明の(2,4−ジメチルペンタジエニル)(メチルシクロペンタジエニル)ルテニウムは、約190℃で100%気化することから、明らかに気化特性に優れることを示している。これは即ち、CVDによる成膜において、材料の供給系が同じ温度であれば供給量を増やすことが可能であることを示すものであり、膜の生産性に優れた材料であるということができる。
【符号の説明】
【0050】
1 原料容器
2 恒温槽
3 反応槽
4 基板
5 酸化ガス
6 カウンターガス
7 キャリアガス
8 マスフローコントローラー
9 マスフローコントローラー
10 マスフローコントローラー
11 真空ポンプ
12 排気

【特許請求の範囲】
【請求項1】
一般式[2]
【化1】

[式中R、Rはメチル基を示す。]で表されることを特徴とする、ハーフサンドイッチ構造有機ルテニウム化合物。
【請求項2】
式[9]
【化2】

で表されるオープンルテノセンに、溶媒中で亜鉛存在下、一般式[4]
【化3】

[式中Rはメチル基を示す。]で表されるシクロペンタジエンを反応させることを特徴とする、一般式[2]
【化4】

[式中Rは前記と同じ。Rはメチル基を示す。]で表されるハーフサンドイッチ構造有機ルテニウム化合物の製造方法。
【請求項3】
式[9]で表されるオープンルテノセンが、式[10]
【化5】

で表されるペンタジエンと亜鉛の混合液中に、一般式[6]
RuX・nHO [6]
[式中Xはハロゲンを表し、nは0乃至10の数字を示す。]で表されるハロゲン化ルテニウム水和物を溶媒で希釈した溶液を滴下・反応させて得られるものであることを特徴とする、請求項2に記載のハーフサンドイッチ構造有機ルテニウム化合物の製造方法。
【請求項4】
メタノールを一部または全部の溶媒として用い、反応終了後に濾過して過剰の亜鉛を取り除いた後、メタノールと任意に混合しない溶媒を用いて一般式[2]で表されるルテニウム化合物を抽出することを特徴とする、請求項2又は3に記載のハーフサンドイッチ構造有機ルテニウム化合物の製造方法。
【請求項5】
メタノールと任意に混合しない溶媒を用いて抽出した後の溶液を濃縮し、次いで蒸留することにより、一般式[2]で表されるハーフサンドイッチ構造有機ルテニウム化合物を精製することを特徴とする、請求項4に記載のハーフサンドイッチ構造有機ルテニウム化合物の製造方法。
【請求項6】
式[10]で表されるペンタジエンの添加量が、ハロゲン化ルテニウム水和物1モルに対して2乃至20モルであることを特徴とする、請求項3〜5いずれかに記載のハーフサンドイッチ構造有機ルテニウム化合物の製造方法。
【請求項7】
亜鉛の添加量が、ハロゲン化ルテニウム水和物又は式[9]で表されるオープンルテノセン1モルに対して1.5乃至100モルであることを特徴とする、請求項2〜6いずれかに記載のハーフサンドイッチ構造有機ルテニウム化合物の製造方法。
【請求項8】
式[10]で表されるペンタジエンと一般式[6]で表されるハロゲン化ルテニウム水和物を反応させて式[9]で表されるオープンルテノセンを合成する際の反応温度が−20乃至100℃であることを特徴とする、請求項3〜7いずれかに記載のハーフサンドイッチ構造有機ルテニウム化合物の製造方法。
【請求項9】
式[9]で表されるオープンルテノセンと一般式[4]で表されるシクロペンタジエンを反応させて一般式[2]で表されるハーフサンドイッチ構造有機ルテニウム化合物を合成するときの反応温度が、−20乃至100℃であることを特徴とする、請求項2〜8いずれかに記載のハーフサンドイッチ構造有機ルテニウム化合物の製造方法。
【請求項10】
式[9]で表されるオープンルテノセンと一般式[4]で表されるシクロペンタジエンを反応させて一般式[2]で表されるハーフサンドイッチ構造有機ルテニウム化合物を合成する際に、一般式[4]で表されるシクロペンタジエンの添加量が式[9]で表されるオープンルテノセン1モルに対して0.8〜1モルであることを特徴とする、請求項2〜9いずれかに記載のハーフサンドイッチ構造有機ルテニウム化合物の製造方法。
【請求項11】
式[9]で表されるオープンルテノセンを製造した後、単離することなく1ポットで一般式[4]で表されるシクロペンタジエン誘導体と反応させて、一般式[2]で表されるハーフサンドイッチ構造有機ルテニウム化合物を合成することを特徴とする、請求項3〜10いずれかに記載のハーフサンドイッチ構造有機ルテニウム化合物の製造方法。
【請求項12】
反応を窒素ガスまたは不活性ガス雰囲気中で行うことを特徴とする、請求項2〜11いずれかに記載のハーフサンドイッチ構造有機ルテニウム化合物の製造方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【公開番号】特開2010−163441(P2010−163441A)
【公開日】平成22年7月29日(2010.7.29)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−47698(P2010−47698)
【出願日】平成22年3月4日(2010.3.4)
【分割の表示】特願2002−217225(P2002−217225)の分割
【原出願日】平成14年7月25日(2002.7.25)
【出願人】(000003300)東ソー株式会社 (1,901)
【Fターム(参考)】