説明

木片からのマツノザイセンチュウのDNA抽出方法、マツノザイセンチュウのLAMPプライマーセット、および木片からのマツノザイセンチュウの検出方法

【課題】マツ属などの木本由来の木片からマツノザイセンチュウを分離することなくマツノザイセンチュウのDNAを抽出し、検出する方法を提供する。
【解決手段】採取されたマツノザイセンチュウが含まれる木片からのマツノザイセンチュウのDNA抽出方法、マツノザイセンチュウのDNAの特定領域にアニーリングするプライマーからなるLAMPプライマーセット、および当該プライマーセットを用いてLAMP法によるDNAの増幅を行い検出する木片からのマツノザイセンチュウの検出方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、マツノザイセンチュウが含まれる木片からのマツノザイセンチュウのDNA抽出方法、マツノザイセンチュウのDNAの特定領域にアニーリングするプライマーからなるLAMPプライマーセット、木片からのマツノザイセンチュウの検出方法、およびマツノザイセンチュウの遺伝子増幅を用いた検出方法に関する。
【背景技術】
【0002】
マツノザイセンチュウ(Bursaphelenchus xylophilus)は日本の森林に最も甚大な被害をもたらしているマツ材線虫病の病原体である。マツノザイセンチュウは北米からの侵入種で、日本のマツはマツノザイセンチュウに対して抵抗性を持っていなかったことから劇的な被害となり、現在では北海道と青森県を除く全ての都府県に蔓延している。
【0003】
マツ材線虫病の診断には、枯死したマツの木片からマツノザイセンチュウを検出する必要がある。一般的に、従来は木片からマツノザイセンチュウを分離して形態観察することにより検出が行われており、当該マツノザイセンチュウの分離にはベールマン法が用いられている。ベールマン法(例えば非特許文献1参照)は、材片をティッシュペーパーで包み、それを水の張ったロートに浸す方法である。材内にセンチュウがいる場合は、当該センチュウが漏斗の底に沈殿する。その後沈殿したセンチュウの形態を顕微鏡で確認し、マツノザイセンチュウかどうかを判定していた。
【0004】
しかし、ベールマン法は、木片からのセンチュウの分離に多大な時間を要するほか、センチュウの形態に関する専門的な知識や顕微鏡などの高額な機器が不可欠であった。したがって、これまでマツノザイセンチュウの検出はセンチュウを識別できる人材および機器がそろっている専門機関でのみ行われていた。言い換えれば、マツノザイセンチュウの検出を容易に行うことができる方法は従来存在しなかった。
【非特許文献1】真宮靖治・二井一禎・小坂肇・神崎菜摘(2004)材線虫.(線虫学実験法. 日本線虫学会編、日本線虫学会、 茨城). 134-153.
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
食品や医療分野などにおいては、DNAの増幅を用いた病原体の検出の方法が提案されている。しかしながら、後述するように、マツノザイセンチュウは木本中に存在しているため、他の分野で行われている従来の方法を適用しても実用できるものではないという特殊な事情がある。
【0006】
本発明はこのような事情を鑑みてなされたものであり、マツノザイセンチュウが含まれる木片からマツノザイセンチュウのDNAを容易に抽出する方法、マツノザイセンチュウのLAMPプライマーセット、および遺伝子の増幅を用いてマツノザイセンチュウを容易に検出することができるマツノザイセンチュウの検出方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
すなわち、本発明は木片からのマツノザイセンチュウのDNA抽出方法であって、マツノザイセンチュウが含まれる木片をケラチンを分解する酵素を含む溶液中に浸し、マツノザイセンチュウのDNAを抽出することを特徴とする。
【0008】
また、本発明はLAMPプライマーセットであって、マツノザイセンチュウのリボソームRNA遺伝子(rDNA)内の特定領域にアニーリング可能な配列表1から4に示されたそれぞれ塩基配列F3、B3、FIPおよびBIPのプライマーからなることを特徴とする。ここで、本発明のLAMPプライマーセットは配列表5に示された塩基配列Loop−Fのプライマーを含むようにしてもよい。これらのプライマーセットは、マツノザイセンチュウが含まれる木片にケラチンを分解する酵素を作用させて抽出されたマツノザイセンチュウのDNAの増幅に用いることができる。
【0009】
さらに、本発明はマツノザイセンチュウの検出方法であって、マツノザイセンチュウが含まれる木片をケラチンを分解する酵素を含む溶液中に浸し、マツノザイセンチュウのDNAを抽出する段階と、抽出したマツノザイセンチュウのDNAを増幅して検出する段階とを備えることを特徴とする。ここで、マツノザイセンチュウのDNAを増幅して検出する段階は、マツノザイセンチュウのrDNAの特定領域を請求項2または3に記載のLAMPプライマーセットを用いてLAMP法により増幅して検出するようにすることができる。
【0010】
さらにまた、本発明はマツノザイセンチュウの検出方法であって、マツノザイセンチュウのrDNAの特定領域を、請求項2または3に記載のLAMPプライマーセットを用いてLAMP法により増幅して検出する段階を備えることを特徴とする。
【発明の効果】
【0011】
本発明によれば、マツノザイセンチュウが木片中に存在する状態で木片からマツノザイセンチュウのDNAを抽出するので、マツノザイセンチュウを当該木片から分離することなくマツノザイセンチュウのDNAを抽出することができる。これにより、マツノザイセンチュウのDNAを用いた検出を実用可能とすることができる。
【0012】
また、本発明によれば、マツノザイセンチュウのrDNAの特定領域をLAMP法にて増幅し、検出することができる。このため、より高精度で容易、且つ安価にマツノザイセンチュウの遺伝子の増幅および検出を行うことができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0013】
本実施形態のマツノザイセンチュウの検出方法においては、例えばマツ属の木本に由来する木片を、ケラチンを分解する酵素を含む溶液中に浸し、当該木片中に存在するマツノザイセンチュウのDNAを抽出することにより、マツノザイセンチュウを木片から分離することなくDNAを抽出する。次に、マツノザイセンチュウのrDNA内の特定領域に特異的にアニーリング可能なプライマーを含むLAMP法用プライマーセットを用いて、遺伝子増幅方法の一つであるLAMP法を適用してマツノザイセンチュウのDNAを増幅して検出することにより、採取した木片からマツノザイセンチュウの検出を行う。
【0014】
上述のように、従来はベールマン法にてマツノザイセンチュウを木片から分離した後、顕微鏡を用いた形態観察によりマツノザイセンチュウを同定していた。これに対し、本発明者はまず、マツノザイセンチュウの検出をDNAの検出を用いて行うことを発案した。
【0015】
しかしながら、従来のDNA抽出方法をマツノザイセンチュウが存在する木片に適用させた場合、木片からマツノザイセンチュウのDNAを効率よく抽出することが困難であり抽出に非常に多くの時間を要する。一方、マツノザイセンチュウの存在する木片を粉砕してDNAを抽出、精製することも考えられるが、木片を粉砕するための粉砕機などの専門機器が必要となるため、このような専門機器を備えない場合にあっては当該方法の適用は困難である。言い換えれば、当該専門機器を備えない場合には、結果的にマツノザイセンチュウを木片から分離してDNAを抽出することとなり、ベールマン法の場合と同程度の手間と時間を要することになる。さらに、当該方法が適用できた場合にあっても、抽出液中にはリグニンなどの木片由来の成分が多量に含まれている。そのため、DNA増幅による検出に用いるためには、抽出されたDNAの精製を十分に行う必要もある。
【0016】
そこで本発明者は、マツノザイセンチュウの体表の主要成分の一つがケラチンであることに着目した。そして鋭意研究の結果、マツノザイセンチュウを含む木片にケラチンを分解する酵素を作用させ、マツノザイセンチュウの体表を溶解してその中のDNAを抽出することを見出し、本発明を成すに至った。すなわち、本発明によれば、採取した木片を粉砕等の処理を省略または簡素化しても、マツノザイセンチュウのDNAを短時間で抽出することができる。また、DNA抽出バッファー中に滲出する木片由来の成分も少ないため、DNA精製過程を省略または簡素化することができる。
【0017】
また、新しい遺伝子増幅法の一つとして、栄研化学社(栃木)によって開発されたLAMP法(Loop-Mediated Isothermal Amplification)が公知となっている。LAMP法は特異性、増幅効率が高いこと、および反応系に蛍光色素を添加することで目視による増幅の判定が可能であることから、短時間で遺伝子の増幅および検出を行うことができる。さらに、LAMP法は等温核酸増幅法であることから、特別な温度制御機器が不要であり、また、LAMP法に用いられる鎖置換型DNAポリメラーゼは、PCR法のように耐熱性を備える必要がない。そのため、PCR法などと比較してより安価に反応を行うことができる。したがって、マツノザイセンチュウの遺伝子による検出を行うにあたりLAMP法を用いることができれば、より容易且つ安価にマツノザイセンチュウの遺伝子の増幅および検出を行うことができる。本発明者は鋭意研究の結果、マツノザイセンチュウのrDNAの特定領域に特異的にアニーリング可能な、配列表1から4に示すLAMP法用プライマー(LAMPプライマー)セットを見出し、LAMP法を用いたマツノザイセンチュウの遺伝子による検出を可能とするに至った。さらに、配列表5に示したLoop−Fプライマーを用いることにより、より短時間で増幅および検出を行うことが可能である。
【0018】
以下、本発明の好ましい実施形態について詳しく説明する。
【0019】
まず、マツノザイセンチュウが存在するマツの木片(マツ材片)からマツノザイセンチュウのDNAを抽出することにより得られる、マツノザイセンチュウのDNA抽出液の調製について詳述する。本実施形態においては、採取したマツ材片をケラチンを分解する酵素(以下、ケラチン分解酵素という)を含む溶液(緩衝液、DNA抽出バッファー)中に入れ、インキュベートしてマツ材片中に存在するマツノザイセンチュウのDNAを抽出し、DNA抽出液とする。緩衝液は、ケラチン分解酵素が活性を有する限り、DNA抽出に用いることができる緩衝液を使用することができるが、例えばNaCl、Tris−HCl、EDTAを含む緩衝液を例示することができ、この場合、NaCl:100-150mM、Tris-HCl:10-50mM、EDTA:0.1-1mMとすることができる。
【0020】
ここで、本実施形態に係るケラチン分解酵素は特に限定されるものではないが、例えばプロテイナーゼK(E.C. 3.4.21.64)を用いることができる。ケラチン分解酵素はマツ材片中のマツノザイセンチュウの体表の主要成分の一つであるケラチンを分解することにより、細胞を溶解して核内のDNAをDNA抽出バッファー中に溶出させる。このため、マツノザイセンチュウを木片中から分離することなく、マツ材片から直接的にマツノザイセンチュウのDNAを抽出することができる。ケラチン分解酵素のDNA抽出バッファー中における含有量は特に限定されないが、例えば、抽出バッファー中に7.5U/μl程度含まれるようにすることができる。なお、DNA抽出液の調製にあたっては、ケラチン分解酵素を含むDNA抽出キットをDNA抽出バッファーに添加することにより利用することができる。当該DNA抽出キットは、例えばISOHAIR((株)ニッポンジーン)とすることができる。
【0021】
上述のマツノザイセンチュウのDNAの抽出に供される木片の大きさ、採取方法は本発明を限定するものではなく、任意に設定可能である。また、木片を採取する木本の種類についても特に限定されないが、例えばマツ属の木本であるクロマツ、アカマツ、リュウキュウマツ、チョウセンゴヨウ、ヒメコマツ、ヨーロッパアカマツ、ヨーロッパクロマツ、フランスカイガンショウ、ムゴマツ、ラジアータマツ、ポンデローサマツ、モンチコラマツ、タイワンクロマツ、マンシュウクロマツ、ヒマラヤゴヨウ、スラッシュマツ、リギダマツ、コントルタマツ、ストローブマツ、テーダマツ、ダイオウマツ、バンクスマツ、プンゲンスマツ、ハクショウ、タイワンアカマツ、などを例示することができる。なお、上述のDNA抽出液に、公知のDNA精製処理を行って後述するLAMP法による増幅に供するようにしてもよい。また、ケラチン分解酵素を用いたDNA抽出法は、木片中に存在するマツノザイセンチュウだけに限定されるものではなく、マツノザイセンチュウそのものに酵素を作用させDNAを抽出することももちろん可能である。
【0022】
次に、本発明のLAMPプライマーの設計について詳述する。本実施形態においては、マツノザイセンチュウの塩基rDNAのITS(Internal Transcribed Spacer)領域の塩基配列を決定し、当該塩基配列に基づいてプライマー設計支援ソフトを用い、マツノザイセンチュウに特異的なLAMP法用プライマーの設計を行った。具体的にはまず、マツノザイセンチュウとニセマツノザイセンチュウ(マツノザイセンチュウに最も近縁な種)のrDNAのITS領域をPCR法により増幅させ、その領域の塩基配列をABI3100DNA sequencer(Applied Biosystems)を使って決定した。両種の塩基配列情報を、栄研化学(株)がWEB上で提供しているLAMPプライマー設計支援ソフト(Primer Explorer V4)で解析し、マツノザイセンチュウのDNAだけが増幅されるようにLAMPプライマーを設計した。
【0023】
ここで、本実施形態に係るLAMPプライマーの設計にあたっては、rDNAのITS領域内の標的遺伝子に対して、3'末端側からF3c、F2c、F1cという3つの領域を、また標的遺伝子の5'末端側に向かってB1、B2、B3という領域をそれぞれ規定し、この6領域に対し、F3、B3、FIPおよびBIPの4種のプライマーを設計する。なお、F3c、F2c、F1cの各領域に相補的な領域をそれぞれF3、F2、F1と、また、B1、B2、B3の各領域に相補的な領域をそれぞれB1c、B2c、B3cとする。
【0024】
具体的には、配列表1に示されるF3プライマーは、F3c領域と相補的な配列であるF3領域を持つように設計される。
【0025】
また、配列表2に示されるB3プライマーは、B3c領域と相補的な配列であるB3領域を持つように設計される。
【0026】
さらに、配列表3に示されるFIPプライマーは、rDNAのITS領域に規定したF2c領域と相補的な配列であるF2領域を3’末端側に持ち、5’末端側にF1c領域と同じ配列を持つように設計される。
【0027】
さらにまた、配列表4に示されるBIPプライマーは、B2c領域と相補的な配列であるB2領域を3’末端側に持ち、5’末端側にB1c領域と同じ配列を持つように設計される。
【0028】
加えて、本実施形態は配列表5に示されるLoop−Fプライマーを含む。これにより、増幅操作のときにDNA合成の起点を増やして増幅反応を加速させることができるため、より短時間でマツノザイセンチュウのDNAの増幅および検出を行うことが可能である。配列表5に示されるLoop‐Fプライマーは、F1領域とF2領域の間の領域と相補的な配列を持つように設計される。
【0029】
続いて、抽出したDNAについて上述のプライマーセットを用いたLAMP法による増幅操作について説明する。
【0030】
LAMP法による増幅操作は、例えば、以下のように行うことができる。まず、反応試薬(例えば、Bst DNAポリメラーゼ、反応用バッファー(reaction mix)、プライマーセット、蒸留水)を混合し、増幅反応液を調製する。なお、後述する蛍光・目視検出試薬を合わせて混合してもよい。
【0031】
プライマーセットを除く反応試薬は、例えば栄研化学社から市販されているLoopamp(登録商標、以下同じ) DNA増幅試薬キットとすることができる。LoopampDNA増幅試薬キットは以下の含有成分により構成されている;2倍濃度反応用バッファー(2×Reaction mix):40mM Tris-HCl(pH8.8)、20mM KCl、16mM MgSO4、20mM(NH4)2SO4、0.2% Tween20、1.6M Betaine、各終濃度2.8mMのdATP、dCTP、dGTP、dTTP; Bst DNA Polymerase 8units/μl。また、後述する蛍光・目視検出試薬についても、例えば栄研化学社から市販されているLoopamp蛍光・目視検出試薬とすることができる。
【0032】
次いで、当該増幅反応液に上述したマツノザイセンチュウのDNA抽出液を加え、例えば、63℃にてインキュベートする。
【0033】
ここで、LAMP法の反応は次のような工程により行われる。(1)鋳型DNAに配列表3のFIPプライマーがアニーリングする。(2)BstDNAポリメラーゼの働きにより、FIPプライマーのF2領域の3’末端を起点として鋳型DNAと相補的なDNA鎖が合成される。(3)FIPプライマーの外側に配列表1のF3プライマーがアニールし、その3’末端を起点として、BstDNAポリメラーゼの働きにより、先に合成されているFIPプライマーからのDNA鎖を剥がしながらDNA合成が伸長する。(4)F3プライマーから合成されたDNA鎖と鋳型DNAが2本鎖となる。(5)一方、F3プライマーからのDNA鎖によって剥がされたFIPプライマーからのDNA鎖は1本鎖DNAとなる。当該DNA鎖は5’末端側に相補的な領域F1c、F1を持ち、自己アニールを起こしてループを形成する。(6)上述の(5)においてループが形成されたDNA鎖に対して配列表4のBIPプライマーがアニールする。当該BIPプライマーの3’末端を起点として相補的なDNAの合成が行われ、(5)で形成されたループは剥がされて伸びる。さらにBIPプライマーの外側に配列表2のB3プライマーがアニールする。B3プライマーの3’末端を起点として、BstDNAポリメラーゼの働きにより、先に合成されているBIPプライマーからのDNA鎖を剥がしながらDNA合成が伸長する。(7)上述の(6)の過程により2本鎖DNAが形成される。(8)一方、(6)の過程で剥がされたBIPプライマーから合成されたDNA鎖は両端に相補的な配列を持つため、自己アニールしてループを形成してダンベル様の構造となる。(9)上述の(8)で形成されたダンベル様構造のDNA鎖を起点として、FIPプライマーおよびそれに続くBIPプライマーのアニーニングを介したDNA増幅サイクルが進行する。
【0034】
増幅操作のためのインキュベート時間は、例えば60分とすることができる。LAMP法におけるアニーリング反応およびDNA鎖合成により、当該インキュベートの間にDNAを10〜1010倍に増幅させることが可能である。
【0035】
本実施形態においては、続いて、増幅操作が行われた反応液についてマツノザイセンチュウのDNAが含まれるか否かの確認を行う。すなわち、検出に供したマツ材片中にマツノザイセンチュウが存在している場合、増幅操作によりマツノザイセンチュウのDNAが増幅され、検出される。一方、検出に供したマツ材片中にマツノザイセンチュウが含まれていなければ、増幅操作によってもマツノザイセンチュウのDNAは増幅されず、したがって検出されない。
【0036】
反応液中に増幅されたDNAが含まれるか否かは、例えば蛍光目視検出で確認することができる。蛍光目視検出は、蛍光目視試薬を添加して反応させ、目視にて反応液の色を確認する。具体的には反応液が蛍光を発していれば陽性、すなわちマツノザイセンチュウのDNAが増幅されており、蛍光を発していなければ陰性、すなわちマツノザイセンチュウのDNAは増幅されていないと判断することができる。当該反応液の蛍光は、紫外線照射装置により、より明確に陽性と陰性の違いを判断することができる。
【0037】
以上のとおり本実施形態について説明したが、本発明はこれに限定されるものではなく、他の実施形態とすることが可能である。例えば、LAMP法におけるDNA増幅の検出方法は蛍光目視検出に限定されるものではなく、任意に変更可能である。具体的には、増幅の副産物として生じるピロリン酸マグネシウムの影響により増幅反応液は白濁するが、このときの増幅反応液の濁度を測定することによってマツノザイセンチュウのDNA増幅を検出するようにしてもよい。さらに、遺伝子の増幅についても公知となっている種々の核酸増幅方法、例えばPCR (Polymerase Chain Reaction)法を用いて行うこともできる。
【0038】
加えて、本発明のLAMPプライマーを用いてLAMP法によりDNAを増幅し、検出する方法は、木片からマツノザイセンチュウのDNAが直接的に抽出された場合に限定されず、マツノザイセンチュウをベールマン法などにより木片から分離してDNAを抽出した場合にも適用することができる。
【実施例】
【0039】
以下、実施例により本発明をより詳しく説明する。しかしながら、本実施例は本発明を何ら限定するものではない。
(実施例1)
【0040】
本実施例に用いたマツ材片は森林総合研究所本所構内の10本の枯死したクロマツから採集した。そのうち5本はマツノザイセンチュウが感染しているクロマツ(人為的にマツノザイセンチュウを接種し枯死させたクロマツ)であり、残りの5本はマツノザイセンチュウが感染していないクロマツ(健全な状態で伐倒後、マツノザイセンチュウの感染を防ぐため網室に隔離したクロマツ)である。
【0041】
採取したマツ材片からマツノザイセンチュウのDNAを抽出し、マツノザイセンチュウのDNA抽出液を調製した。具体的には、まず、1.5mlマイクロチューブにDNA抽出 buffer(100mM NaCl, 10mM Tris-HCl(pH.8.0), 1mM EDTA)を1ml入れた。次に、マイクロチューブ中の当該DNA抽出バッファーにケラチン分解酵素であるプロテイナーゼKを含むDNA抽出キット(ISOHAIR、(株)ニッポンジーン)のLysis buffer 40μlとEnzyme solution 50μlを添加し、よく攪拌した。続いて、採取したマツ材片約0.06gをマイクロチューブ内の溶液中に入れ、55℃で20分間、次いで94℃で10分間インキュベートした。
【0042】
次に、本発明に係るプライマーセットと上述のDNA抽出液を用いて、LAMP法による増幅、および検出操作を行った。具体的にはまず、0.2mlマイクロチューブに本発明のプライマーセット、Loopamp DNA増幅試薬キット(栄研化学(株))の各試薬、およびLoopamp蛍光・目視検出試薬(栄研化学(株))を下記の分量で分注し、反応液を作成した。プライマーセットは、マツノザイセンチュウとニセマツノザイセンチュウのrDNAのITS領域をPCR法により増幅させ、その領域の塩基配列をABI3100DNA sequencer(Applied Biosystems)を使って決定した後、両種の塩基配列情報を、栄研化学(株)がWEB上で提供しているLAMPプライマー設計支援ソフト(Primer Explorer V4)で解析し、マツノザイセンチュウのDNAだけが増幅されるようにLAMPプライマーを設計することにより得た。


2×Reaction Mix : 12.5μl
Primer FIP (配列表1) : 1.0μl (40 pmol/μl)
Primer BIP (配列表2) : 1.0μl (40 pmol/μl)
Primer F3 (配列表3) : 1.0μl (5 pmol/μl)
Primer B3 (配列表4) : 1.0μl (5 pmol/μl)
Primer Loop-F (配列表5) : 1.0μl (20 pmol/μl)
Bst DNA Polymerase : 1.0μl
蛍光・目視検出試薬 : 1.0μl
蒸留水 : 3.5μl
計 : 23.0μl
【0043】
続いて、当該増幅反応液に上述のDNA抽出液2μlを加え、よく攪拌して63℃の条件下に1時間放置した。
【0044】
1時間後、増幅反応液が緑色の蛍光を発しているか否かについて目視にて確認した。その結果を表1に示す。緑色の蛍光を発し、陽性と判断される場合は○と、蛍光を発せず、陰性を判断される場合は×と示した。
【0045】
【表1】

【0046】
また、それぞれ各例と同じ木から採取したマツ材片について、ベールマン法を用いた検出を行った。その結果、上記表1に示したのと同じ検出結果が得られた。これにより、本発明に係る本実施例の検出方法の有効性が示された。
(実施例2および実施例3)
【0047】
続いて、本発明の実施例2および3として、LAMP法、およびPCR法によるDNA増幅を用いたマツノザイセンチュウの検出の有効性について検討した。
【0048】
まず、森林総合研究所構内に発生したマツ枯死木1本から材片を採集した。採集した材片のうち8gについてベールマン法を適用し、マツノザイセンチュウを分離した。続いて、採集した材片の線虫密度(1g当たりのマツノザイセンチュウ数)を算出した。
【0049】
また、残りの材片から約0.06gのDNA抽出用サンプルを8つ調製し、DNA抽出に用いた。具体的には、まず、1.5mlマイクロチューブにDNA抽出 buffer(100mM NaCl, 10mM Tris-HCl(pH.8.0), 1mM EDTA)を1ml入れた。次に、マイクロチューブ中の当該DNA抽出バッファーにケラチン分解酵素であるプロテイナーゼKを含むDNA抽出キット(ISOHAIR、(株)ニッポンジーン)のLysis buffer 40μlとEnzyme solution 50μlを添加し、よく攪拌した。続いて、DNA抽出用サンプルそれぞれ約0.06gをマイクロチューブ内の溶液中に入れ、55℃で20分間、次いで94℃で10分間インキュベートした。
【0050】
この8つのDNA抽出液を用いてLAMP法およびPCR法でマツノザイセンチュウのDNAを増幅し、検出を行った。なお、LAMP法を用いた検出の方法および条件については上述した実施例1と同一であるため、説明を省略する。
【0051】
実施例3のPCR法を用いた検出は次のような方法で行った。まず、0.2mlマイクロチューブにGoTaq green Master Mix(プロメガ(株))およびマツノザイセンチュウのrDNAのITS領域をPCR法により増幅させるためのプライマーセットを下記の分量で分注し、反応液を作成した。なお、該プライマーセットを構成するプライマーの配列を配列表6および7に示す。

GoTaq green Master Mix :10.0μl
Bx18S1)(配列表6) :2.5μl(2pmol/μl)
Bx28S1)(配列表7) :2.5μl(2pmol/μl)
蒸留水 :3.0μl
計 :18.0μl

1)Aikawa, T., Kikuchi, T. and Kosaka, H. (2003) Demonstration of interbreeding between virulent and avirulent populations of Bursaphelenchus xylophilus (Nematoda: Aphelenchoididae) by PCR-RFLP method. Appl. Entomol. Zool. 38: 565-569.

【0052】
この反応液に上記のDNA抽出液2μlを加え、iCyclerサーマルサイクラー(バイオ・ラッドラボラトリー(株))を使ってPCR反応によりマツノザイセンチュウのDNAを増幅させた。PCR条件は次のように設定した。まず、94℃2分、次に94℃1分−53℃1分−72℃1分を35サイクル、そして最後に72℃を2分とした。
【0053】
8つの増幅反応液はアガロースゲルに注入し、電気泳動後にエチジウムブロマイド液で染色した。そして、これらについて、UV照射によりDNA増幅の有無を確認することによって、DNA検出できたか否かを判断した。
【0054】
実施例2および3の適用結果を以下に示す。まず、ベールマン法による線虫分離の結果、本実施例の検出方法を適用した材片は、1gあたりマツノザイセンチュウが約17頭生息している材片であることが確認された。
【0055】
LAMP法およびPCR法を用いた検出結果を表2に示す。
【0056】
【表2】

【0057】
表2に示すとおり、実施例2では用いた8サンプル全てでマツノザイセンチュウのDNAを増幅し、検出することができた。当該実施例2および3の結果から、木片にケラチン分解酵素を作用させてDNAを抽出し、当該DNAを増幅して検出する本発明のマツノザイセンチュウの検出方法においては、マツノザイセンチュウのrDNAの特定領域を、上記のLAMPプライマーセットを用いてLAMP法により増幅して検出することが好ましいことが示された。
【0058】
また、当該実施例2および3の結果から、上記のLAMPプライマーセットは、マツノザイセンチュウが含まれる木片にケラチンを分解する酵素を作用させて抽出されたマツノザイセンチュウのDNAの増幅に用いた場合に、PCR法で用いられる他のプライマーと比較して、非常に高い増幅成功率を示すことが明らかとなった。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
マツノザイセンチュウが含まれる木片をケラチンを分解する酵素を含む溶液中に浸し、前記マツノザイセンチュウのDNAを抽出することを特徴とする木片からのマツノザイセンチュウのDNA抽出方法。
【請求項2】
マツノザイセンチュウのrDNAの特定領域にアニーリング可能な配列表1から4に示されたそれぞれ塩基配列F3、B3、FIP、およびBIPのプライマーからなることを特徴とするLAMPプライマーセット。
【請求項3】
配列表5に示された塩基配列Loop−Fのプライマーをさらに含むことを特徴とする請求項2に記載のLAMPプライマーセット。
【請求項4】
マツノザイセンチュウの検出方法であって、
前記マツノザイセンチュウのrDNAの特定領域を請求項2または3に記載のLAMPプライマーセットを用いてLAMP法により増幅して検出する段階を備えることを特徴とするマツノザイセンチュウの検出方法。
【請求項5】
マツノザイセンチュウの検出方法であって、
前記マツノザイセンチュウが含まれる木片をケラチンを分解する酵素を含む溶液中に浸し、前記マツノザイセンチュウのDNAを抽出する段階と、
抽出した前記マツノザイセンチュウのDNAを増幅して検出する段階とを備えることを特徴とするマツノザイセンチュウの検出方法。
【請求項6】
前記マツノザイセンチュウのDNAを増幅して検出する段階は、
前記マツノザイセンチュウのrDNAの特定領域を請求項2または3に記載のLAMPプライマーセットを用いてLAMP法により増幅して検出することを特徴とする請求項5に記載のマツノザイセンチュウの検出方法。

【公開番号】特開2009−268404(P2009−268404A)
【公開日】平成21年11月19日(2009.11.19)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−121316(P2008−121316)
【出願日】平成20年5月7日(2008.5.7)
【出願人】(501186173)独立行政法人森林総合研究所 (91)
【Fターム(参考)】