説明

柑橘類に含まれるカロテノイド色素の増強方法

【課題】柑橘類の物理的な変化を伴わない、簡便なβ−クリプトキサンチンなどカロテノイド色素の増強方法の提供。
【解決手段】代謝可能な環境で柑橘類に赤色光〜遠赤色光を照射してその中に含まれるβ−クリプトキサンチンなどカロテノイドの含有量を増大させる。好ましくは、LEDで発光したものを照射する。エチレン処理を併用すると、総カロテノイドの量が確実に増え、赤色が増大し、柑橘類をより美味しい色合いにでき、さらに、相乗的にβ−クリプトキサンチンの量をより増大できる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、柑橘類に含まれる機能性成分、特にβ−クリプトキサンチンなどのカロテノイド色素を増強させる方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
β−クリプトキサンチンは、オレンジ色のカロテノイド色素である。この色素は、ビタミンA効力を有するほか、最近の研究では発ガン抑制(ガン予防)、粘膜の強化、骨代謝活性化、脂質代謝改善、美白などの作用が確認・推測されており、機能性成分として着目されている。
而して、β−クリプトキサンチンは、柑橘類の中でもミカン、特に温州ミカンに比較的多く含まれるが、それでもその含有量は果皮部で50μg/g(5mg/100g)程度である。
そのため、従来は、特許文献1に記載のように、大量のミカンを集めそれを濃縮して、β−クリプトキサンチンを取出していた。
【0003】
一方、ミカンの栽培では間引きミカン(摘果ミカン)が不可避的に出るが、この間引きミカンは、これまで廃棄処分されており、有効利用されていなかった。
また、地球温暖化により、特に果皮部(フラベド)でβ−クリプトキサンチンなどのカロテノイド色素が少なくなることが予想されるが、果皮部でカロテノイド色素の含有量が少なくなると、柑橘類の商品価値において重要である外観である果皮色が悪くなる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開2007−244221号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
本発明は、上記した問題点に鑑みて為されたものであり、柑橘類に含まれるカロテノイド色素の含有量の増強方法を提供することで、β−クリプトキサンチンの効率的な取出し、間引きミカン等の有効利用、果実の外観の着色向上を図ることを、その目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明者らは、鋭意研究の結果、柑橘類に赤色光〜遠赤色光を照射すると、その中に含まれるカロテノイド色素が増強すること、さらにはエチレン(C)処理を併用して脱緑化を並行して図ることで、美味しい色合いになることを見出し、本発明を完成するに至った。
赤色光〜遠赤色光の照射により、生理代謝が人工的に促され、β−クリプトキサンチンなどのカロテノイド色素の含有量が増大すると推測される。
【発明の効果】
【0007】
本発明の方法によれば、人工光の照射により、物理的変化を伴わずに、柑橘類に含まれるカロテノイド色素の含有量を増大させることができ、特に、エチレン処理を併用することで、柑橘類を美味しい色合いにできる。
従って、これらの処理後は、従来と同様に取り扱うことができ、効率良くβ−クリプトキサンチンを取り出せるだけでなく、間引きみかん(摘果みかん)の有効利用や外観の着色促進(改善)による商品価値の維持も図れる。
【図面の簡単な説明】
【0008】
【図1】本発明の実施例1における試験結果(平成22年10月に収穫した温州ミカン)を示すグラフである。
【図2】本発明の実施例1における試験結果(平成22年10月に収穫した温州ミカン)を示すグラフである。
【図3】本発明の実施例1における試験結果(平成22年12月に収穫した温州ミカン)を示すグラフである。
【図4】本発明の実施例1における試験結果(平成22年12月に収穫した温州ミカン)を示すグラフである。
【図5】本発明の実施例2における試験結果(平成23年10月に収穫した温州ミカン)を示すグラフである。
【図6】本発明の実施例2における試験結果(平成23年12月に収穫した温州ミカン)を示すグラフである。
【図7】本発明の実施例3における試験結果(平成23年10月に収穫した温州ミカン)を示すグラフである。
【図8】本発明の実施例3における各種カロテノイド色素の含有量を示すグラフである。
【図9】本発明の実施例3における温州ミカンの外観を示す写真である。
【図10】図8の温州ミカンの表色系グラフである。
【発明を実施するための形態】
【0009】
処理対象物は柑橘類である。
柑橘類で、β−クリプトキサンチンなどのカロテノイド色素を本来含むのであれば、いずれのものも対象となるが、特に温州ミカンでβ−クリプトキサンチンの増強効果が顕著に現われる。
【0010】
具体的な処理は、柑橘類に代謝可能な環境で赤色光〜遠赤色光を照射することである。
収穫後も柑橘類の果皮からは常に水分が出るので、この水分が果皮の表面に留まって結露を生じると、腐敗や浮皮が発生する。従って、過剰な高湿度・低温を避けることが好ましい。例えば、相対湿度(RH):70〜80%程度、温度:10〜20℃程度が好ましい。
また、柑橘類の呼吸の増大による高炭酸ガスの影響を少なくするために、炭酸ガスの吸収剤である水酸化カルシウムやKOH溶液などを環境下に用意することが好ましい。
【0011】
照射する光は、赤色光(波長域600〜700nm)〜遠赤色光(波長域700〜800nm)である。実施例でも記載しているように、上記した特定の光のみにβ−クリプトキサンチンの増大効果が確認されているからである。
光源としては、LEDを使用することが好ましい。LED素子の帯域はレーザーほどではないが、その他の光源に比べると遥かに狭く、且つ狭指向性なので、不要な温度上昇等を伴わずに効率良く照射できるからである。
【0012】
LEDの波長範囲は選択できるので、照射目的に応じて使い分けることで効率的に目的を達成できる。例えば、β−クリプトキサンチンの機能性成分としての取出しを目的とする場合には波長が長い遠赤色光を照射して果皮部を透過してβ−クリプトキサンチンが多く含まれる果実部まで光を到達させ、外観の着色効果を目的とする場合には、波長が短い赤色光を照射して果皮部に光を留まらせればよい。
光の照射方向は、一方向側からだけに限定されるわけではなく、光源の設定が可能であれば、相対する二方向からの照射も可能であり、特に、果皮部の着色効果を目的とする場合には相対する二方向からの照射が有効と考えられる。
【0013】
エチレン処理を併用する場合には、柑橘類を容器に収容してエチレンガスを含む雰囲気下におく。エチレン処理自体は脱緑効果を期待して従来から行われてきたものであり、本発明の場合にも脱緑効果を期待して適度なエチレンガスの濃度、通常は10〜100ppm程度に設定する。
【0014】
柑橘類の貯蔵設備には、湿度や温度の調整機構が元々備えられていることが多いから、これに上記したような光の照射機構等を後付けで取り付けることで対応できる。
従って、本発明の方法の実施に際しては必ずしも専用の新規な設備を用意する必要はなく、既存の設備を有効活用できる。
【実施例1】
【0015】
(上面照射、エチレン処理無し)
貯蔵設備を模した試験装置を作製した。具体的には、既存の貯蔵設備の底面にアルミホイルを敷き、その隅に炭酸ガス吸収用のKOH溶液の入った容器を置いた。処理対象物である温州ミカンをそのへたが上を向いた状態で並べて置き、透明の穴の空いたシートを被せた。そして、温州ミカンの上方には光源である複数のLED素子を配置した。
貯蔵設備内では、湿度(10〜20℃の範囲で設定)、相対湿度(75%程度)に制御した。また、赤色光の場合には、光の強さをPPFD:50〜150μmol/m2/sec前後、波長:660nm前後にし、遠赤色光の場合には、波長:735nm前後とした。
この貯蔵設備を使用して、以下の試験を行った。
試料とする温州ミカンは条件毎に5個ずつ用意し、それぞれ果皮部と果肉部を分けてサンプリングした。また、測定結果は、3反復行った平均値とした。
具体的な分析は、液体窒素中で粉末にしたサンプルに抽出溶媒(ヘキサン:アセトン:エタノール=2:1:1)を加え、遠心分離後、上清をエバポレーターで減圧濃縮した。その後、濃縮したものを、0.1%ブチルヒドロキシトルエン(BHT)含有ジエチルエーテルに溶解し、20%KOH含有メタノールを加え、サンプルを一晩静置することにより、けん化した。けん化したサンプルを分液ろうとに移し、飽和食塩水を加えて水溶性画分を除いた。この作業は、有機溶媒層が中性になるまで行った。中性の有機溶媒層は、エバポレーターで減圧濃縮し、0.5%BHT含有tert−ブチルメチルエーテル(TBME):メタノール=1:1に溶解した。分析は、以下の条件でHPLCにかけて行った。
HPLC条件:カラム、YMC Carotenoid 5μm(Waters)、検出器、フォトダイオードアレイ検出器、移動相、メタノール:TBME:水=95:1:4(最初の30分)、その後リニアグラジエントでメタノール:TBME:水=6:90:4(30分から90分)に変更;カラム温度、30℃;サンプル温度、4℃;インジェクション量、20μl;流量、1ml/分
【0016】
(平成22年10月に採取した温州ミカン)
温度を20℃に設定した上で、種々の色(波長)の光を照射して、その処理後3日経過した時点と6日経過した時点での果皮部のβ−クリプトキサンチンの量を測定した。
その結果、図1に示すように、赤色光を照射したものについては、処理後6日経過した時点で採取時と比較してβ−クリプトキサンチンの量が約5倍に増大していたことが確認された。一方、青色光(485nm)や無処理のものも、採取時よりβ−クリプトキサンチンの量は増大していたが、増大量は少なかった。
【0017】
(平成22年10月に採取した温州ミカン)
温度を20℃に設定した上で、赤色光を連続して照射して、6日経過した時点での果皮部のβ−クリプトキサンチンの量を測定した。
その結果、図2に示すように、6日経過した時点で採取時と比較してのβ−クリプトキサンチンの量が約5倍に増大していたことが確認された。
【0018】
(平成22年12月に採取した温州ミカンの果皮部)
温度を10℃に設定して暗室で6日間経過した後に、20℃に設定した上で赤色光を3日間にわたって連続して照射して、9日経過した時点での果皮部のβ−クリプトキサンチンの量を測定した。
その結果、図3に示すように、9日経過した時点で採取時と比較してのβ−クリプトキサンチンの量が約3倍に増大していたことが確認された。
【0019】
(平成22年12月に採取した温州ミカンの果実部)
温度を10℃に設定して暗室で6日間経過した後に、20℃に設定した上で遠赤色光を3日間にわたって連続して照射して、9日経過した時点での果肉部のβ−クリプトキサンチンの量を測定した。
その結果、図4に示すように、9日経過した時点で採取時と比較してのβ−クリプトキサンチンの量が約2倍に増大していたことが確認された。
【実施例2】
【0020】
(両面照射、エチレン処理無し)
実施例1の貯蔵設備を利用して、同様な条件で試験を行った。但し、温州ミカンの上方だけでなく下方にも光源である複数のLED素子を配置した。
(平成23年10月に採取した温州ミカンの果皮部)
温度を20℃に設定した上で赤色光を3日間にわたって連続して照射して、その時点での果皮部のβ−クリプトキサンチンの量を測定した。
その結果、図5に示すように、上面照射のみより短期間となる3日経過した時点で採取時と比較してのβ−クリプトキサンチンの量が約4倍に増大していたことが確認された。
【0021】
(平成23年12月に採取した温州ミカンの果皮部)
温度を20℃に設定した上で赤色光を6日間にわたって連続して照射して、その時点での果皮部のβ−クリプトキサンチンの量を測定した。
その結果、図6に示すように、6日経過した時点で採取時と比較してのβ−クリプトキサンチンの量が約1.6倍に増大していたことが確認された。
【実施例3】
【0022】
(両面照射、エチレン処理有り)
実施例1の貯蔵設備を利用して、同様な条件で試験を行った。但し、温州ミカンの上方だけでなく下方にも光源である複数のLED素子を配置した。また、エチレン処理を併用するため、貯蔵設備内にエチレンガスを濃度50ppmで導入した。
【0023】
(平成23年10月に採取した温州ミカンの果皮部)
温度を20℃に設定した上で赤色光を6日間にわたって連続して照射して、その時点での果皮部のβ−クリプトキサンチンの量を測定した。
その結果、図7、図8に示すように、6日経過した時点で採取時と比較してのβ−クリプトキサンチンの量が約9倍に増大し、総カロテノイドの量も増大していたことが確認された。
また、エチレン処理有りと無しとでは、図9の写真に現われたように、外観上差が確認された。エチレン処理有りでは、エチレン処理無しよりも果皮部が鮮やかなオレンジ色となった。また、図10の表色系のグラフでも、a*値とHue angleでは差が確認された。
【0024】
上記したように、いずれの試験結果でも、本発明の方法により赤色光〜遠赤色光を照射すると、β−クリプトキサンチンに関する代謝が活性化されて果皮部や果実部のβ−クリプトキサンチンの量が採取時と比較すると確実に人工的に増大したことが確認された。
また、比較対照物である無処理品は単に貯蔵設備(暗黒下)に入れておいたものであり、代謝は自然に任せたものとなっているが、その無処理品よりも本発明の方法によれば、処理条件を調整することによりβ−クリプトキサンチンの量を確実に増大できることが確認された。
このように、照射条件(時間、温度)を適宜設定することにより、人工的に確実にβ−クリプトキサンチンの量を増大できることが確認された。
【0025】
また、エチレン処理を併用することにより、総カロテノイドの量が確実に増え、赤色が増大し、柑橘類をより美味しい色合いにできることや、相乗的にβ−クリプトキサンチンの量をより増大できることが確認された。
【産業上の利用可能性】
【0026】
本発明の方法によれば、柑橘類に含まれるβ−クリプトキサンチンなどのカロテノイド含有量を確実に増大でき、しかも物理的変化を伴わずに、処理後の使用勝手が良いので、実用化の潜在性が高いと期待できる。
特に、エチレン処理を併用するだけで、相乗的にβ−クリプトキサンチンの量を増やせるので、機能性素材としての利用の途を開いたものと期待できる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
代謝可能な環境で柑橘類に赤色光〜遠赤色光を照射してその中に含まれるβ−クリプトキサンチンの含有量を増大させることを特徴とする柑橘類に含まれるカロテノイド色素の増強方法。
【請求項2】
請求項1に記載した柑橘類に含まれるカロテノイド色素の増強方法において、
柑橘類にエチレンガス雰囲気下で光を照射することを特徴とする増強方法。
【請求項3】
請求項1または2に記載した柑橘類に含まれるカロテノイド色素の増強方法において、
LEDで発光したものを照射することを特徴とする増強方法。
【請求項4】
請求項1から3のいずれかに記載した柑橘類に含まれるカロテノイド色素の増強方法において、
遠赤色光を照射して果実部に含まれるβ−クリプトキサンチンなどカロテノイドの含有量を増大させることを特徴とする増強方法。
【請求項5】
請求項1から4のいずれかに記載した柑橘類に含まれるカロテノイド色素の増強方法において、
赤色光を照射して果皮部に含まれるβ−クリプトキサンチンなどカロテノイドの含有量を増大させることを特徴とする増強方法。

【図1】
image rotate

【図2】
image rotate

【図3】
image rotate

【図4】
image rotate

【図5】
image rotate

【図6】
image rotate

【図7】
image rotate

【図8】
image rotate

【図9】
image rotate

【図10】
image rotate