説明

柑橘類果実の虎斑症抑制剤

【課題】
柑橘類果実において貯蔵中あるいは出庫後に発生し、商品価値を著しく低下させる虎斑症に対して、その発症を抑制できる虎斑症抑制剤を提供することを目的とする。
【解決手段】
本発明は、キク科カワラヨモギ(学名:Artemisia capillaris Thunb.)から得られたカワラヨモギ抽出物を0.1重量%〜1.0重量%含有する虎斑症抑制剤であり、該虎斑症抑制剤を柑橘類果実に使用することにより、柑橘類果実に対して優れた虎斑症抑制効果を発揮する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、柑橘類果実の虎斑症を抑制する、虎斑症抑制剤に関する。
【背景技術】
【0002】
柑橘類果実の中でも不知火や八朔、ポンカン、清見などの中晩柑類果実は、冬季の寒害を回避するため、厳寒期までに収穫が行われる。しかし、厳寒期までに収穫されたこれらの柑橘類果実は出荷時期まで減酸、追熟を目的として貯蔵が行なわれる。また、中晩柑類果実以外にもレモンや柚子、カボスやスダチなど香酸柑橘類は出荷調整のため、貯蔵されることが多い。これら柑橘類果実の貯蔵は、温度5℃〜10℃、湿度85%〜95%で行なうのが一般的であり、必要に応じてポリエチレンの袋で果実を包装し、貯蔵される。貯蔵期間は果実の品種や産地によって異なるが、2週間〜6ヶ月程度である。
【0003】
柑橘類果実はそれぞれの品種に適した上記条件での貯蔵においても、その貯蔵中あるいは出庫後に様々な生理障害が発生し、問題となっている。柑橘類果実の生理障害には裂果、日焼け症、ユズハダ果、浮皮、ス上がり、回青、水腐れ病、さめはだ病等があるが、中でも、果皮が不規則な模様に褐変する虎斑症(ヤケ症、褐変症あるいは黄斑症などとも呼ばれる)は、果実の外観を著しく悪化し商品価値を低下させる為、問題になっている。
【0004】
非特許文献1によれば、八朔や清見はポリエチレン袋で包装して貯蔵することによって虎斑症の発生を抑制できることが記載されている。ポリエチレン袋包装による貯蔵法は、柑橘類果実の貯蔵において広く実用されているが、虎斑症は柑橘類果実の貯蔵中において依然多く発生しているのが現状である。
【0005】
また、この非特許文献1において、八朔果実にサフラワー油やコーン油などの植物油あるいはワックスを処理することにより虎斑症の発生を抑制できることが示されている。しかしながら、これらの処理を行なった果実は果実表面のベタつきや不自然な光沢の発生、呼吸障害による食味の低下などが起こり、虎斑症抑制を目的に柑橘類果実に使用することは困難である。
【非特許文献1】近泉惣次郎「カンキツ類の果皮障害の発生要因とその防止対策」、愛媛大学農学部紀要52:13−123(2007)
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明は、従来技術に存した上記のような問題点に鑑みて行われたものであり、柑橘類果実の生理障害である虎斑症を抑制することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
カワラヨモギ抽出物を含有する虎斑症抑制剤で柑橘類果実を処理することで柑橘類果実に対して優れた虎斑症抑制効果を発揮することを見出し、本発明を完成するに至った。
【発明の効果】
【0008】
本発明により、柑橘類果実に対して優れた虎斑症抑制効果を発揮する虎斑症抑制剤を提供でき、当該発明を用いて柑橘類果実の商品価値を高めることができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0009】
以下に本発明を詳細に説明する。本発明において使用するカワラヨモギは、キク科カワラヨモギ(学名:Artemisia capillaris Thunb.)である。本発明で使用されるカワラヨモギの部位は茎または葉、花穂、など地上部であれば特に限定されることはない。カワラヨモギは抽出効率を高めるため、必要により機械的破砕手段によって粉砕などの工程を含めて良い。
【0010】
カワラヨモギ抽出物を得る為の抽出溶媒には、メタノール、エタノール、イソプロピルアルコールなどの低級アルコール、グリセリン、プロピレングリコール、1,3−ブチレングリコール等の多価アルコール、アセトン、メチルエチルケトン等のケトン類、メチルエーテルやジエチルエーテル等のエーテル類、ヘキサン、シクロヘキサン等の炭化水素類等の有機溶媒、植物油や動物油脂等の油脂類、水を単独又は混合して使用するとよい。該抽出溶媒にて抽出したカワラヨモギ抽出物はそのまま使用してもよいが、溶剤を完全に留去してあるいは適当に濃縮して使用してもよい。また、カワラヨモギから水蒸気蒸留により得られた精油成分をカワラヨモギ抽出物として使用してもよく、超臨界流体抽出などの公知の方法により得られた抽出物を使用してもよい。
【0011】
本発明の虎斑症抑制剤におけるカワラヨモギ抽出物の含有量は、精油を含む固形分含量として0.1重量%〜1.0重量%である。精油を含む固形分含量が0.1重量%未満あるいは1.0重量%を超えて精油を含む固形分が含まれる場合、虎斑症抑制の効果を発揮しない。
【0012】
本発明の虎斑症抑制剤には、浸透性を調整し効果をさらに高める目的で、界面活性剤を配合することが好適である。本発明に使用される界面活性剤は一般に使用されるものであれば特に限定されることはないが、陽イオン界面活性剤、陰イオン界面活性剤、両性界面活性剤などは虎斑症抑制剤の変性の原因となりうる可能性があり、製剤の安定性、柑橘類果実への影響、安全性を考慮すると非イオン界面活性剤が好ましく、さらに好ましくは食品添加物などで使用されるポリグリセリン脂肪酸エステル、ショ糖脂肪酸エステル、ポリオキシエチレンソルビタン脂肪酸エステルが選択される。
【0013】
また、本発明に用いられるポリグリセリン脂肪酸エステル、ショ糖脂肪酸エステル、ポリオキシエチレンソルビタン脂肪酸エステルは、溶解性、浸透性を考慮するとHLB値8〜20のものが好ましく、さらに好ましくはHLB値13〜20のものが選択される。ここで用いられるHLBとはGriffinの経験式から計算されるHLB値(Hydrophile−Lipophile Balance Value値)が8〜20、好ましくは13〜20のものが選択される。
【0014】
本発明に用いられるポリグリセリン脂肪酸エステル、ショ糖脂肪酸エステル、ポリオキシエチレンソルビタン脂肪酸エステルとしては、ジグリセリンモノカプリレート、ジグリセリンモノミリステート、ジグリセリンモノパルミテート、ジグリセリンモノステアレート、ジグリセリンモノオレート、デカグリセリンモノカプリレート、デカグリセリンモノラウレート、デカグリセリンモノミリステート、デカグリセリンモノステアレート、デカグリセリンモノオレート等のポリグリセリン脂肪酸エステル、ショ糖カプリン酸エステル、ショ糖カプリル酸エステル、ショ糖ステアリン酸エステル、ショ糖パルミチン酸エステル、ショ糖ミリスチン酸エステル、ショ糖ラウリン酸エステル等のショ糖脂肪酸エステル、ポリオキシエチレンソルビタンモノヤシ油脂肪酸エステル、ポリオキシエチレンソルビタンモノラウレート、ポリオキシエチレンソルビタンモノパルミテート、ポリオキシエチレンソルビタンモノステアレート、ポリオキシエチレンソルビタンモノオレエートなどが例示される。
【0015】
本発明における界面活性剤の含有量は限定されるものではないが0.01重量%〜1重量%であることが好ましい。1重量%を超えて含まれる場合、被処理果実にべとつきなどの悪影響を及ぼす可能性が生じる。
【0016】
また本発明の虎斑症抑制剤は、より効果を高める目的で脂肪酸グリセリドを配合することが好適である。本発明に用いられる脂肪酸グリセリドは、グリセリンと脂肪酸とのエステルであり、モノグリセリド、ジグリセリド及びトリグリセリドのうち一種又は二種以上を含有する脂肪酸グリセリドが使用される。
【0017】
本発明における脂肪酸グリセリドは、例えば、公知の脂肪酸とグリセリンをエステル化する方法によって製造される。脂肪酸グリセリドを製造する場合に使用する脂肪酸は、酪酸、カプリル酸、カプリン酸、ラウリン酸、ラウリル酸、ミリスチン酸、パルミチン酸、パルミトオレイン酸、ステアリン酸、オレイン酸、リノール酸、リノレン酸等が使用され、これらの脂肪酸のうち一種又は二種以上選択して使用すると良い。
【0018】
また脂肪酸グリセリドは、主成分にグリセリドを含有する天然油脂を使用しても良い。天然油脂には、動物脂や動物油である動物油脂、又は、植物脂や植物油である植物油脂の何れを使用しても良い。
【0019】
植物脂としては、ヤシ油、パーム油等である。植物油としては、乾性油、半乾性油及び不乾性油を使用することが可能であり、乾性油としては、アマニ油、キリ油、サフラワー油が例示され、半乾性油としては、大豆油、コーン油、ゴマ油、菜種油、ヒマワリ油、綿実油が例示され、不乾性油としては、オリーブ油、ツバキ油、ヒマシ油、落花生油が例示される。また、前記天然油脂に含まれる構成油脂を分別して使用することも可能である。
【0020】
脂肪酸グリセリドは、一種又は二種以上の炭素数が8〜12の脂肪酸とグリセリンとをエステル化した脂肪酸グリセリドが使用されることが好適である。
【0021】
本発明における脂肪酸グリセリドの含有量は限定されるものではないが、0.01重量%〜5重量%であることが好ましい。
【0022】
本発明の虎斑症抑制剤の適応できる柑橘類果実はその種類を問わないが、例えば甘夏、イヨカン、カラーマンダリン、河内晩柑、清見、不知火、新甘夏、せとか、セミノール、タンカン、ネーブル、八朔、はるか、はるみ、バレンシアオレンジ、晩白柚、日向夏、文旦、ポンカン、マーコット、カボス、スダチ、柚子、ライム、レモン等が挙げられる。
【0023】
本発明の虎斑症抑制剤の使用方法としては柑橘類果実の全体を浸漬・噴霧する方法、また不織布、繊維、ウレタン、綿、吸水性ポリマーのような吸収体へ吸収させ、柑橘類果実を包む方法などがある。これらの使用方法により、柑橘類果実に対する本発明の虎斑症抑制剤の使用量を調節することができる。
【0024】
さらに、本発明の虎斑症抑制剤には植物の栄養源となりうる糖類、アミノ酸類、無機化合物類等を添加しても良い。
【実施例】
【0025】
以下に本発明を実施例に基づき具体的に説明するが、本発明はこれらの実施例により限定されるものではない。
【0026】
(製造例1:カワラヨモギ抽出エキスの調製)
乾燥したカワラヨモギの花穂100gにエタノール500gを加えて常温にて24時間浸漬して抽出後、ロ過し、抽出エキス350gを得た。この抽出エキスのカワラヨモギ抽出物の含有率は1.40重量%であった。
【0027】
(製造例2:カワラヨモギ濃縮エキスの調製)
乾燥したカワラヨモギの花穂300gにエタノール1500gを加えて常温にて24時間浸漬して抽出後、ロ過し、抽出エキス1200gを得た。これよりエタノールを留去し、全量を60gとし、カワラヨモギ濃縮エキスを得た。この濃縮エキスのカワラヨモギ抽出物の含有率は22.0重量%であった。
【0028】
製造例1及び製造例2に記載のカワラヨモギ抽出エキス及びカワラヨモギ濃縮エキスを使用し、表1記載の実施例1〜6の虎斑症抑制剤及び比較例1〜4の組成物を調製した。なお、この表における配合量は全て重量%で示す。
【0029】
【表1】

【0030】
調製した虎斑症抑制剤及び組成物に関して、以下の試験例により虎斑症抑制効果を評価した。
【0031】
(試験例1)
2月中旬に収穫した清見果実を、収穫直後に傷がなく且つ大きさや成熟度が同等になるように選別した。選別後すぐに実施例1〜6、及び比較例1〜4の組成物にそれぞれ90個の果実を2秒間浸漬した後風乾させた。風乾した果実は厚さ0.025mmのポリエチレン袋に1個ずつ個包装し、5〜8℃の条件で貯蔵した。貯蔵3ヶ月後に虎斑症の発生数を調査した。虎斑症発生の調査結果を無処理の果実の結果と併せて表1に示した。
【0032】
(試験例2)
1月中旬に収穫した不知火果実を、収穫直後に傷がなく且つ大きさや成熟度が同等になるように選別した。選別後すぐに実施例1〜6、及び比較例1〜4の組成物にそれぞれ60個の果実を2秒間浸漬した後風乾させた。風乾した果実は厚さ0.025mmのポリエチレン袋に1個ずつ個包装し、室内常温(5℃〜15℃)条件で貯蔵した。貯蔵1ヶ月後に虎斑症の発生数を調査した。虎斑症発生の調査結果を無処理の果実の結果と併せて表1に示した。
【0033】
(試験例3)
11月下旬に収穫したレモン果実を、収穫直後に傷がなく且つ大きさや成熟度が同等になるように選別した。選別後すぐにそれぞれ50個の果実に実施例1〜6、及び比較例1〜4の組成物をウエスで塗布し、風乾させた。風乾した果実は厚さ0.025mmのポリエチレン袋に1個ずつ個包装し、4℃〜10℃条件で貯蔵した。貯蔵3ヶ月後に虎斑症の発生数を調査した。虎斑症発生の調査結果を無処理の果実の結果と併せて表1に示した。
【0034】
(試験例4)
2月中旬に収穫した河内晩柑果実を、収穫直後に傷がなく且つ大きさや成熟度が同等になるように選別した。選別後すぐにそれぞれ90個の果実に実施例1〜6、及び比較例1〜4の組成物をウエスで塗布し、風乾させた。風乾した果実は厚さ0.025mmのポリエチレン袋に1個ずつ個包装し、室内常温(5℃〜15℃)条件で貯蔵した。貯蔵3ヶ月後に虎斑症の発生数を調査した。虎斑症発生の調査結果を無処理の果実の結果と併せて表1に示した。
【0035】
(試験例5)
3月下旬に収穫した日向夏果実を、収穫直後に傷がなく且つ大きさや成熟度が同等になるように選別した。選別後すぐにそれぞれ80個の果実に実施例1〜6、及び比較例1〜4の組成物をウエスで塗布し、風乾させた。風乾した果実は厚さ0.025mmのポリエチレン袋に1個ずつ個包装し、室内常温(5℃〜15℃)条件で貯蔵した。貯蔵2ヶ月後に虎斑症の発生数を調査した。虎斑症発生の調査結果を無処理の果実の結果と併せて表1に示した。
【0036】
柑橘類果実に対する実施例の虎斑症抑制剤及び比較例の組成物についての評価の結果、本発明の虎斑症抑制剤は比較例の組成物に比べて優れた虎斑症抑制効果を示すことが確認された。比較例1及び比較例2の組成物では無処理との有意差は確認できなかった。一方、実施例に示した本発明の虎斑症抑制剤は優れた虎斑症抑制効果を示し、非イオン界面活性剤、脂肪酸グリセリドを併用することにより、更に優れた虎斑症抑制効果を示すことが確認できた。しかし、比較例3の組成物で示されるように、カワラヨモギ抽出物の含有量が0.1重量%未満である場合や、比較例4で示されるように、カワラヨモギ抽出物の含有量が1.0重量%を超える場合においては、本発明の虎斑症抑制効果は発揮されないことが確認された。


【特許請求の範囲】
【請求項1】
カワラヨモギ抽出物を含有することを特徴とし、且つカワラヨモギ抽出物の含有量が0.1重量%〜1.0重量%であることを特徴とする柑橘類果実の虎斑症抑制剤。
【請求項2】
HLB値が8〜20の非イオン界面活性剤及び/または脂肪酸グリセリドを含有することを特徴とする請求項1に記載された柑橘類果実の虎斑症抑制剤。
【請求項3】
請求項1〜請求項2のいずれかに記載の虎斑症抑制剤で処理された柑橘類果実。


【公開番号】特開2010−95508(P2010−95508A)
【公開日】平成22年4月30日(2010.4.30)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−26540(P2009−26540)
【出願日】平成21年2月6日(2009.2.6)
【出願人】(390028897)阪本薬品工業株式会社 (140)
【Fターム(参考)】