説明

校正曲線の作成方法

【課題】測定物の厚みと出力値の関係を示すX線検出器の校正曲線を高精度かつ安価に作成することが可能な校正曲線の作成方法を提供する。
【解決手段】測定物10の厚みとX線検出器15の出力値の関係を示す校正曲線の作成方法は、X線源14からX線検出器15に至る経路に存在する物質とX線との相互作用断面積値のデータから、X線源14とX線検出器15の間に測定物10と同材質で厚みの異なる複数の仮想試験体を通過させたときのX線検出器15の理論出力値を計算して、測定物10の厚みと理論出力値との関係を示す計算校正曲線を求める第1工程と、X線源14とX線検出器15の間に標準試験体35を通過させたときのX線検出器15の実測標準出力値を求める第2工程と、理論標準出力値を算出し実測標準出力値に一致させる換算係数を求める第3工程と、換算係数に基づいて計算校正曲線から校正曲線を求める第4工程とを有する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、X線源とX線検出器の間に測定物を通過させて測定物の厚みを測定する際に使用する校正曲線の作成方法に関する。
【背景技術】
【0002】
X線源とX線検出器の間に測定物を通過させて測定物の厚みtを測定する場合、測定物の材質等で決まるX線の吸収係数(X線減衰係数)μと、測定物と同材質で厚みtの校正(較正)用サンプルをX線源とX線検出器の間に通過させた際のX線検出器からの出力Pを予め求めておき、X線源とX線検出器の間に測定物を通過させた際に得られるX線検出器からの出力Pから下記の計算式、
t=(1/μ)・ln(P/P)−t
に代入して測定物の厚みtを求めている(例えば、特許文献1参照)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】特開平11−142128号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
特許文献1に記載された厚み測定の概念は、X線の基礎的な文献にX線の物理的な働きを説明するためによく載せられているものであるが、ここでいうX線は単一エネルギー(単一波長)であることを仮定している。一方、測定物の厚み測定の際にX線管から発生させるX線は、一定範囲のエネルギー分布(一定範囲の波長分布)を有しているため、測定物中を透過するX線では、エネルギーの低い軟X線はエネルギーの高い硬X線に比較して測定物に吸収され易く、測定物を透過してくるX線の線質が硬い方に偏るビームハードニング効果が生じて、X線の吸収係数μが測定物の厚みによって連続的に変化する。このため、X線の吸収係数μは、測定物の材質及び厚みの関数となって一義的に決まらず、測定物の厚みを正確に測定することを困難としている。
【0005】
このため、測定物と同材質で厚みの異なる10数枚の校正用サンプルを準備して、各校正用サンプルに所定の条件の下で発生させたX線をそれぞれ透過させて得られるX線検出器の出力値を校正用サンプルの厚みに対して曲線補間することによってX線検出器の校正曲線を予め求めておき、厚みを測定しようとする測定物に所定の条件の下で発生させたX線を通過させて、このとき得られるX線検出器の出力値を校正曲線に当てはめて測定物の厚みを求める方式を採用している。ここで、校正曲線を求める際に使用する校正用サンプルは、測定物の材質及び成分毎に準備しなければならず、また、校正曲線を十分正確に表現できるだけの枚数が必要である。そのため、特殊合金、クラッド材などを製造するメーカーの場合、製造規格が100〜1000種類に及びその全ての製造規格に対して校正用サンプルを作製し、校正用サンプルを用いた校正データを収集すると共に、校正用サンプル及び校正データを保管することは、多大なコストと工数を要するという問題がある。
【0006】
一方、X線と物質の相互作用についてはNIST(National Institute of Standards and Technology)よりX線エネルギー(波長)と相互作用断面積に関する詳細なデータテーブルが提供されている。従って、このデータテーブルと物質の密度から、X線エネルギーが決まればX線減衰係数μを理論的に求めることができるので、理論的に求めたX線減衰係数μを用いれば、校正用サンプルを用いた校正データの収集が不要になると考えられる。しかしながら、X線管より発生するX線は制動X線と特性X線が重なったものであり、印加した管電圧から低電圧側へ広いエネルギー分布を有しているため、この方法を直接的には用いることができない。
【0007】
そこで、この難点を逃れるため実効管電圧という概念がある。すなわち、広いエネルギー分布を有するX線と等価な減衰特性を有する単一波長のX線エネルギーを求めてこれに代表させるというものである。ここで、厚みを変化させたアルミニウム板に管電圧を一定にして発生させたX線を透過させて、透過するX線の減衰量が1/2になるときのアルミニウム板の厚みから相互作用断面積を算出し、NISTのデータテーブルからアルミニウムの相互作用断面積の値に対応するX線エネルギーを求めればこれが実効管電圧(単一波長のX線エネルギー)となる。なお、アルミニウムの相互作用断面積をμ、アルミニウム板の密度をσ、アルミニウム板の厚みをtとすると、アルミニウム板に入射するX線量I0と出射(透過)するX線量Iの間には、
I/I0 = e−μσt =1/2
の関係が成立するので、相互作用断面積μは、
μ=−ln(1/2)/(σt)
として求められる。
【0008】
しかしながら、ここで必要な実効管電圧は、実際に測定する測定物をX線源及びX線検出器にそれぞれ設けられたX線用の窓材、及び空気を透過したX線の実効管電圧である。一方、測定物の厚みが変化すると、透過したX線の波長分布はビームハードニング効果により硬質化するため変化する。このため、事前に測定物の厚さレンジと対応するX線管電圧毎に、厚みの異なる測定物に対応する実効管電圧を求めるという膨大な測定作業が必要になり、結局、従来からの測定物の材質及び厚み毎に、例えば、厚み校正曲線校正曲線を求めることと何ら変わらないことになる。
【0009】
本発明はかかる事情に鑑みてなされたもので、X線源とX線検出器の間に測定物を通過させて測定物の厚みを測定する際に使用する校正曲線を高精度かつ安価に作成することが可能な校正曲線の作成方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
前記目的に沿う本発明に係る校正曲線の作成方法は、X線源とX線検出器の間に測定物を通過させて該測定物の厚みを測定する際に使用する校正曲線の作成方法において、
前記X線源と前記X線検出器の間に前記測定物と同材質で厚みの異なる複数の仮想試験体をそれぞれ通過させた場合の前記X線検出器の厚み毎の理論出力値を、前記X線源から前記X線検出器に至る経路に存在する物質とX線との相互作用断面積値のデータに基づいて計算して、前記仮想試験体の厚みと前記理論出力値との関係を示す計算校正曲線を求める第1工程と、
前記測定物と同材質で厚みの異なる標準試験体を、前記仮想試験体の個数より少ない個数作製し、前記X線源と前記X線検出器の間に該標準試験体を通過させて前記X線検出器の実測標準出力値を求める第2工程と、
前記相互作用断面積値のデータを用いて前記標準試験体の理論標準出力値を算出し、該理論標準出力値を前記実測標準出力値に一致させる換算係数を求める第3工程と、
前記換算係数に基づいて前記計算校正曲線を修正して前記校正曲線を求める第4工程とを有する。
【0011】
本発明に係る校正曲線の作成方法において、前記測定物と同材質又は異なる材質で厚みの異なる複数の模擬測定物を作製し、前記X線検出器に設けられたX線入射用の窓材の厚みを変化させて、前記X線源と前記X線検出器の間に前記複数の模擬測定物を通過させたときの前記X線検出器の実測模擬出力値をそれぞれ測定すると共に、前記相互作用断面積値のデータを用いて前記複数の模擬測定物の理論模擬出力値をそれぞれ計算し、該理論模擬出力値と前記実測模擬出力値の誤差率が最小となる前記窓材の最適厚みを決定し、前記計算校正曲線及び前記換算係数を該最適厚みの前記窓材の場合について求めることが好ましい。
【0012】
本発明に係る校正曲線の作成方法において、前記換算係数は、前記複数の標準試験体の中から選択された1つの標準試験体Aの実測標準出力値A及び理論標準出力値Aと、前記X線源と前記X線検出器の間に前記標準試験体を通過させない場合の前記X線検出器の実測標準出力値C及び理論標準出力値Cとの2つのデータで決まる前記理論標準出力値を前記実測標準出力値に換算する1次式の傾きとすることができる。
【0013】
本発明に係る校正曲線の作成方法において、前記換算係数は、前記複数の標準試験体の中から選択された2つの標準試験体A、Bがそれぞれ有する実測標準出力値A及び理論標準出力値Aと、実測標準出力値B及び理論標準出力値Bと、前記X線源と前記X線検出器の間に前記標準試験体を通過させない場合の前記X線検出器の実測標準出力値C及び理論標準出力値Cとの3つのデータで決まる前記理論標準出力値を前記実測標準出力値に換算する2次式の各係数とすることもできる。
【発明の効果】
【0014】
本発明に係る校正曲線の作成方法においては、X線源とX線検出器の間に測定物と同材質で厚みの異なる複数の仮想試験体をそれぞれ通過させた場合のX線検出器の厚み毎の理論出力値を計算して、仮想試験体の厚みと理論出力値との関係を示す計算校正曲線を決め、仮想試験体の個数より少ない個数の厚みの異なる標準試験体に付いてのX線検出器の実測標準出力値及び理論標準出力値を求めて、理論標準出力値を実測標準出力値に一致させる換算係数を決めて、換算係数に基づいて計算校正曲線を修正して校正曲線を求めるので、測定物と同材質で厚みの異なる多数の校正用サンプルを準備し、X線源とX線検出器の間に各校正用サンプルを通過させてそのときのX線検出器からの出力値を測定して、校正用サンプルの厚みと出力値との関係を示す校正曲線を作成するという煩雑な作業から解放されて、校正曲線を高精度、安価、かつ短時間に作成することが可能になる。
【0015】
本発明に係る校正曲線の作成方法において、測定物と同材質又は異なる材質で厚みの異なる複数の模擬測定物を作製し、X線検出器に設けられたX線入射用の窓材の厚みを変化させて、X線源とX線検出器の間に複数の模擬測定物を通過させたときのX線検出器の実測模擬出力値をそれぞれ測定すると共に、相互作用断面積値のデータを用いて複数の模擬測定物の理論模擬出力値をそれぞれ計算し、理論模擬出力値と実測模擬出力値の誤差率が最小となる窓材の最適厚みを決定し、最適厚みの窓材に対して計算校正曲線及び換算係数をそれぞれ求める場合、実測標準出力値と理論標準出力値の相関関係を高精度で求めることができ、校正曲線の信頼性を高めることができる。
【0016】
本発明に係る校正曲線の作成方法において、換算係数を、複数の標準試験体の中から選択された1つの標準試験体Aの実測標準出力値A及び理論標準出力値Aと、X線源とX線検出器の間に標準試験体を通過させない場合のX線検出器の実測標準出力値C及び理論標準出力値Cとの2つのデータで決まる理論標準出力値を実測標準出力値に換算する1次式の傾きとする場合、校正曲線を短時間かつ容易に決定することができる。
【0017】
本発明に係る校正曲線の作成方法において、換算係数を、複数の標準試験体の中から選択された2つの標準試験体A、Bがそれぞれ有する実測標準出力値A及び理論標準出力値Aと、実測標準出力値B及び理論標準出力値Bと、X線源とX線検出器の間に標準試験体を通過させない場合のX線検出器の実測標準出力値C及び理論標準出力値Cとの3つのデータで決まる理論標準出力値を実測標準出力値に換算する2次式の各係数とする場合、精度の高い校正曲線を決定することができる。
【図面の簡単な説明】
【0018】
【図1】(A)は本発明の一実施の形態に係る校正曲線の作成方法で作成した校正曲線を用いるX線厚み測定装置の説明図、(B)はQ−Q矢視断面図である。
【図2】同X線厚み測定装置のX線源及びX線検出器の説明図である。
【図3】シミュレーター機能で求めたキセノン電離箱のX線エネルギーの分布図である。
【図4】X線検出器に設けられた窓材の厚みと実測模擬出力値及び理論模擬出力値の誤差率の関係を示す説明図である。
【図5】同窓材の厚みと誤差率の標準偏差との関係を示す説明図である。
【図6】最適厚みの窓材を使用した際の理論標準出力値と実測標準出力値の換算関係を示す説明図である。
【図7】最適厚みの窓材を使用した際の校正曲線の説明図である。
【発明を実施するための形態】
【0019】
続いて、添付した図面を参照しつつ、本発明を具体化した実施の形態につき説明し、本発明の理解に供する。
本発明の一実施の形態に係る校正曲線の作成方法は、図1(A)、(B)に示すように、測定物の一例である特殊鋼板10を製造する可逆式圧延ミル11の入側及び出側にそれぞれ設けられたX線透過方式のX線厚み測定装置12、13で使用する校正曲線を作成するものである。以下、図1(A)、(B)、図2を参照しながらX線厚み測定装置12(X線厚み測定装置13についても同様)について説明し、次いで、本発明の一実施の形態に係る校正曲線の作成方法について説明する。
【0020】
図1(A)、(B)に示すように、X線厚み測定装置12は、X線源14とX線検出器15を有している。そして、X線源14とX線検出器15は、X線源14とX線検出器15の間に可逆式圧延ミル11で圧延中の帯状の特殊鋼板10が通過可能なように、C型フレーム16の開放部の上下に対向させて取付けられている。ここで、図2に示すように、X線源14は、X線管17と、X線管17の放出口18から放出されたX線ビームのビームパス19の方向を規制するコリメータ20を備えたX線射出部21と、X線射出部21の出口に設けられた、例えばアルミニウム製の窓材22とを有している。また、図2に示すように、X線検出器15は、特殊鋼板10を透過したX線ビームのビーム束の入射量を調整する絞り部材27を備えたX線入射部28と、X線入射部28の出口に設けられた、例えばアルミニウム製の窓材29と、窓材29を透過したX線ビームのエネルギー分布(強度)を測定するX線検出部の一例であるキセノン電離箱30とを有している。
【0021】
このような構成とすることにより、X線管17の電子放射部23とターゲット24(例えば、タングステン)の間に高電圧発生部25を介して数十kVの高電圧を印加すると、電子放射部23からターゲット24に向けて流れる電子ビーム26が発生し、電子ビーム26が衝突してターゲット24の先端部から発生するX線を、X線射出部21から窓材22を介してX線ビームとして外部に取出すことができ、窓材22の前方を通過する特殊鋼板10にX線ビームを照射することができる。また、特殊鋼板10を透過してきたX線ビームのエネルギー分布をキセノン電離箱30の吸収エネルギー分布として求めることができる。なお、可逆式圧延ミル11が設置された圧延ライン等では、水や圧延油、水蒸気などの飛散物が蔓延しているが、X線射出部21及びX線入射部28の出口にそれぞれ窓材22、29を設けることで、X線管17、X線射出部21、キセノン電離箱30が飛散物で汚染されるのを防止できる。
【0022】
また、X線厚み測定装置12は、高電圧発生部25を操作してX線ビームを発生させ、特殊鋼板10を透過しキセノン電離箱30に入射したX線ビームのエネルギー分布を出力値として求め、特殊鋼板10の厚みとキセノン電離箱30の出力値の関係を示すキセノン電離箱30の校正曲線に基づいて特殊鋼板10の厚みを算出する厚み測定機能を備えた測定制御器31を有している。
【0023】
ここで、測定制御器31は、厚み測定機能に加えて、X線射出部21からキセノン電離箱30に至る経路に存在する物質とX線との相互作用断面積値に基づいて、X線射出部21とX線入射部28の間に厚みの異なる特殊鋼板10を通過させたときのキセノン電離箱30の理論出力値をそれぞれ計算して、特殊鋼板10の厚みと理論出力値との関係を示す計算校正曲線を求めるシミュレーター機能と、X線射出部21とX線入射部28の間に特殊鋼板10と同材質で厚みの異なる標準試験体35を通過させたときのキセノン電離箱30の実測標準出力値と理論標準出力値を求める標準試験体データ作成機能と、実測標準出力値と理論標準出力値の関係から理論標準出力値を実測標準出力値に一致させる換算係数を求めるゲイン調整機能と、換算係数に基づいて計算校正曲線を修正して、特殊鋼板10の厚みとキセノン電離箱30の出力値の関係を示すキセノン電離箱30の校正曲線として保存する校正曲線決定機能とを有している。
【0024】
更に、測定制御器31は、求めた特殊鋼板10の厚みを、AD変換して可逆式圧延ミル11の運転制御装置32に運転制御用信号として入力するデータ出力機能を有している。これによって、特殊鋼板10の厚みが予め設定された厚みとなるようにを可逆式圧延ミル11の運転を制御することができる。そして、測定制御器31は、上記の各機能を発現するプログラムを、例えばパーソナルコンピュータに搭載することにより形成できる。なお、図1(A)において、符号33、34は、一方が特殊鋼板10の巻き取り用のリール、他方が特殊鋼板10の巻き戻し用のリールである。
【0025】
本発明の一実施の形態に係る校正曲線の作成方法は、X線源14のX線射出部21とX線検出器15のX線入射部28との間に特殊鋼板10と同材質で厚みの異なる複数の仮想試験体をそれぞれ通過させた場合のX線検出器15のキセノン電離箱30からの厚み毎の理論出力値を、X線射出部21からキセノン電離箱30に至る経路に存在する物質とX線との相互作用断面積値のデータに基づいて計算して、仮想試験体の厚みと理論出力値との関係を示す計算校正曲線を求める第1工程と、特殊鋼板10と同材質で厚みの異なる標準試験体35(図1(B)参照)を、仮想試験体の個数より少ない個数作製し、X線射出部21とX線入射部28の間に標準試験体35を通過させてキセノン電離箱30の実測標準出力値を求める第2工程と、相互作用断面積値のデータを用いて標準試験体35の理論標準出力値を算出し、理論標準出力値を実測標準出力値に一致させる換算係数を求める第3工程と、換算係数に基づいて計算校正曲線を修正して校正曲線を求める第4工程とを有する。以下、各工程毎に説明する。
【0026】
(第1工程)
可逆式圧延ミル11と組合わせて使用するX線厚み測定装置12では、キセノン電離箱30の出力値(実測値)と理論出力値の比率は、0.1%オーダーで一致させる必要がある。ところが、例えば、厚みの異なる10枚の標準試験体35を作製して、標準試験体35に対して、理論標準出力値と実測標準出力値の比率を求めた結果、ほぼ類似した特性となるものの無視できない非線形性が存在することが判明した。この非線形性は、理論標準出力値の算出に用いるX線ビームを、ビームパス19を通過するX線に限定していることによるものである。すなわち、X線厚み測定装置12では、図2に示すように、X線入射部28に絞り部材27があり、そのため途中で発生する散乱X線36が、キセノン電離箱30に入射することになるが、散乱X線36の線量は考慮されていない。また、X線散乱量は、X線管17、ビームパス19、窓材22、29、標準試験体35の材質、位置により変化する。更に、理論標準出力値の計算も、干渉性散乱、非干渉性散乱により散乱した二次X線以降の散乱及び吸収度合いについては、計算できないと言う問題がある。
【0027】
そこで、色々試行錯誤した結果、X線検出器15のX線入射部28の出口に設けられた窓材29の厚みを微調整することにより、理論標準出力値と実測標準出力値の間の非線形性が変化し、直線化できることが判明した。以下、具体的に説明する。
X線入射部28に設けられた窓材29の厚みを7.25〜10mmの範囲で変化させながら、X線射出部21とX線入射部28の間に種々の厚み(0.1〜0.9mm)の模擬測定物(例えば、特殊鋼板10から切出して作成したもの)を通過させたときのキセノン電離箱30の実測模擬出力値及び理論模擬出力値を求めた。更に、X線射出部21とX線入射部28の間に模擬測定物を通過させない場合における実測模擬出力値及び理論模擬出力値、例えば、X線源14をオフした状態でのキセノン電離箱30の実測模擬出力値及び理論模擬出力値を求めた。なお、理論模擬出力値は、後述する測定制御器31の標準試験体データ作成機能を用いて求めた。そして、実測模擬出力値と理論模擬出力値の誤差率を算出した。その結果を図4に示す。
【0028】
次いで、各窓材29の厚み毎に、模擬測定物の厚み変化に伴う誤差率の平均値を求めると共に、誤差率の平均値の標準偏差を求めた。図5に窓材29の厚みと誤差率の平均値の標準偏差との関係を示す。図5に示すように、窓材29の厚みを変化させると、誤差率の平均値の標準偏差が変化し、窓材29の厚みが8.4mm近辺で模擬測定物の厚み全域(0〜0.9mm)にわたって誤差率が最小になっていることが判り、実測模擬出力値と理論模擬出力値の誤差率を最小とする窓材29の最適厚みは、8.4mmとなる。また、模擬測定物の材質が変わっても、X線源14とX線検出器15の幾何学的な配置が変わらない限り、最適厚みの窓材29で実測模擬出力値と理論模擬出力値の関係を精度よく直線化できることが確認できた。従って、窓材29の厚みを最適厚み(8.4mm)とした場合のX線入射部28から入射するX線ビームのエネルギー分布をキセノン電離箱30で測定すると、キセノン電離箱30の出力値(実測値)と理論出力値の間の関係を直線化でき、0.1%オーダーで理論標準出力値を実測標準出力値に一致させることが可能になる。
【0029】
続いて、窓材29の厚みを最適厚み(8.4mm)とし、測定制御器31のシミュレーター機能を用いて、X線射出部21とX線入射部28の間に特殊鋼板10と同材質で厚みの異なる複数の仮想試験体をそれぞれ通過させた場合のX線検出器15のキセノン電離箱30からの厚み毎の理論出力値を求める。ここで、シミュレーター機能は、例えば、加藤秀起により公開されているBirch5のコードを参考に構築した。なお、シミュレーター機能の理論的な背景は、例えば、「加藤秀起:パソコンによるモンテカルロシミュレーション 日本放射線技術学会雑誌 第55巻 第2号 p190−p194(1999年2月)」、「Birch B and Marshall M :Computation of bremsstrahlung X−ray spectra and comparison with spectra measured with a Ge(Li)detector.Phys.Med.Biol.,24(3),505−517,(1979).」に記載されている。また、物質(化合物を含む)のX線の1keV〜100GeVに対する全滅弱係数(相互作用断面積μ)も同じく加藤秀起により提供されているXCOM2に含まれるデータテーブルを利用した。
【0030】
シミュレーター機能では、X線源14から放出されるX線ビームの波長λに対して、特殊鋼板10の相互作用断面積をμ(λ)、特殊鋼板10の密度をρ、特殊鋼板10の厚みをdとすると、波長λ、X線量I0(λ)のX線が特殊鋼板10に入射し透過するX線のX線量がI(λ)の場合、I(λ)/I0(λ) = e−μρdの関係が成立するのを利用して、各波長λ毎にI(λ)/I0(λ)を計算する。ここで、ρ、dは特殊鋼板10により決まり、μ(λ)はNIST及びXCOM2のデータテーブルから求まる。そして、波長λ毎のI(λ)/I0(λ)を全波長に亘って加えてI/I0(相対強度)を求めると、密度ρ、厚みdの特殊鋼板10を透過したX線ビームをキセノン電離箱30で検出したときのエネルギー分布(X線エネルギーとI/I0の関係)が求まり理論出力値が計算できる。そして、厚みdが異なる特殊鋼板10に対してもキセノン電離箱30の理論出力値を求め、例えば、グラフの横軸を特殊鋼板10の厚みd、縦軸をキセノン電離箱30の理論出力値として散布図を作成すると、特殊鋼板10についての厚みと理論出力値との関係を示す計算校正曲線が得られる。
【0031】
測定制御器31のシミュレーター機能を用いて、X線管17に57kVの電圧を印加して電子放射部23から発生させた電子ビーム26を、先端部を22°に成形したタングステン製のターゲット24にて衝突させて発生させたX線を、アルミニウム製の厚み8.3mmの窓材29を通過させてキセノン電離箱30にて測定したときのX線エネルギー分布(ブランク)と、X線射出部21とX線入射部28の間に配置した厚み1mmの特殊鋼板10及びアルミニウム製の厚み8.3mmの窓材29を通過させてキセノン電離箱30にて測定したときのX線エネルギー分布(特殊鋼)をそれぞれ求めた。その結果を、図3に示す。2つのX線エネルギー分布の相対位置を比較することで、厚み1mmの特殊鋼板10を透過したX線ビームのエネルギー分布は高エネルギー側(高電圧側)にシフトしていること、2つのX線エネルギー分布の面積を比較することでキセノン電離箱30の受光エネルギーは11%に低下していることからビームハードニング効果が確認できる。
【0032】
従って、測定制御器31のシミュレーター機能を用いることで、いかなる材質及び板厚の測定物に対しても、X線を透過させた際にキセノン電離箱30にて測定されるX線エネルギー分布を求めることができ、このX線エネルギー分布を全波長について積分することにより、キセノン電離箱30の出力値(出力特性)を求めることができる。これにより、X線透過方式のX線厚み測定装置12では、測定しようとする測定物の材質毎、厚み毎に校正用サンプルを多数枚準備して測定し、校正曲線を作成するという非常に手間の掛かる作業から解放されることになる。
【0033】
(第2工程)
測定制御器31の標準試験体データ作成機能を用いて、X線射出部21とX線入射部28の間に特殊鋼板10と同材質で異なる厚み(0.1〜0.9mm)の複数(仮想試験体の個数より少ない個数)の標準試験体35を通過させたときのキセノン電離箱30の実測標準出力値を求める。
【0034】
(第3工程)
測定制御器31の標準試験体データ作成機能を用いて、相互作用断面積値のデータから標準試験体35の理論標準出力値を算出する。ここで、X線源14から放出されるX線ビームの波長λに対して、標準試験体35の相互作用断面積をμ(λ)、標準試験体35の密度をκ、標準試験体35の厚みをqとすると、波長λ、X線量I0(λ)のX線が標準試験体35に入射し透過するX線のX線量がI(λ)の場合、I(λ)/I0(λ)= e−μκqの関係が成立するので、各波長λ毎にI(λ)/I0(λ)を計算する。ここで、κ、qは標準試験体35により決まり、μ(λ)はNIST及びXCOM2のデータテーブルから求まる。そして、波長λ毎のI(λ)/I0(λ)を全波長に亘って加えてI/I0(相対強度)を求めると、密度κ、厚みqの標準試験体35を透過したX線ビームをキセノン電離箱30で検出したときのエネルギー分布(X線エネルギーとI/I0の関係)が求まり理論標準出力値が計算できる。
【0035】
次いで、測定制御器31のゲイン調整機能を用いて、理論標準出力値を実測標準出力値に一致させる換算係数を求める。具体的には、横軸を理論標準出力値、縦軸を実測標準出力値として、第2、3工程で求めた実測標準出力値及び理論標準出力値の散布図を作成する。その結果を図6に示す。なお、図6には、X線射出部21とX線入射部28の間に標準試験体35を通過させない場合でX線源14をオフした状態でのキセノン電離箱30の出力値(すなわち0)及び理論出力値(すなわち0)の関係も示している。図6から、キセノン電離箱30の出力値と理論標準出力値の間には、直線(原点を通過する1次式)となる換算関係が成立することが確認でき、理論標準出力値に直線の傾き(係数)を乗ずることにより、理論出力値を出力値に換算できる。
【0036】
図6に示すように、実測標準出力値と理論標準出力値の間には、高精度で直線関係が成立すること、更に、X線射出部21とX線入射部28の間を通過する測定物の材質が変わっても、X線源14とX線検出器15の幾何学的な配置が変わらない限り、最適厚みの窓材29を使用する場合、実測標準出力値及び理論標準出力値の関係を精度よく直線化できることから、換算係数を、複数の標準試験体35の中から選択された1つの標準試験体Aの実測標準出力値A及び理論標準出力値Aと、X線源14とX線検出器15の間に標準試験体35を通過させない場合のX線検出器15の実測標準出力値C及び理論標準出力値C、例えば、X線源14をオフした状態でのX線検出器15の出力値(すなわち0)及び理論出力値(すなわち0)との2つのデータで決まる理論標準出力値を実測標準出力値に換算する1次式の傾きとすることができる。
【0037】
(第4工程)
測定制御器31の校正曲線決定機能を立ち上げて、理論標準出力値を実測標準出力値に換算する1次式の傾きである換算係数を用いて、計算校正曲線を構成する理論出力値をキセノン電離箱30の出力値に変換して校正曲線を求めて保存する。得られた校正曲線を図7に示す。図7に示すように、理論出力値から換算したキセノン電離箱30の出力値(●)から構成される校正曲線は、キセノン電離箱30の実際の出力値(□)と0.001のオーダーで完全に一致し、図上ではお互いの差異を見ることはできない。これによって、X線射出部21とX線入射部28の間に厚みの不明な特殊鋼板10を通過させたときのキセノン電離箱30の出力値から、X線検出器15の校正曲線を用いて、厚みの不明な特殊鋼板10の厚みを決定することができる。
【0038】
また、最適厚みの窓材29を決めて、X線厚み測定装置12に装備されている内蔵基準板37の校正曲線を求めておくと、内蔵基準板37を用いた校正曲線と比較することで、X線源14及びX線検出器15のいずれか一方又は双方にドリフトが発生した場合でも、ドリフトの影響を補正して正確な測定物の厚み測定ができる。ここで、内蔵基準板37とは、測定物に類似した吸収特性を持つステンレス板やアルミニウム板で構成され、内蔵基準板37を複数枚組合わせることにより、広い範囲の材質及び厚みの校正が可能になる。
【0039】
以上、本発明を、実施の形態を参照して説明してきたが、本発明は何ら上記した実施の形態に記載した構成に限定されるものではなく、特許請求の範囲に記載されている事項の範囲内で考えられるその他の実施の形態や変形例も含むものである。
例えば、X線検出器にX線検出部として、キセノン電離箱の代わりにシンチレーション検出器を使用することができる。
また、換算係数を、複数の標準試験体の中から選択された2つの標準試験体A、Bがそれぞれ有する実測標準出力値A及び理論標準出力値Aと、実測標準出力値B及び理論標準出力値Bと、X線源とX線検出器の間に標準試験体を通過させない場合のX線検出器の実測標準出力値C及び理論標準出力値C(例えば、X線源をオフした状態でのX線検出器の出力値(すなわち0)及び理論出力値(すなわち0))との3つのデータで決まる理論標準出力値を実測標準出力値に換算する2次式の各係数とすることもできる。これによって、X線入射部の窓材を最適厚みに設定しても、理論標準出力値と実測標準出力値の間に非線形関係が存在する場合に対して、精度の高い校正曲線を決定することができる。
【産業上の利用可能性】
【0040】
X線厚み測定法は、高温高湿、ミストの充満した環境でも高精度、高速に帯状体の厚みの測定が可能な唯一の方法であり、高速圧延ラインの圧延制御や、プロセッシングラインにおける品質保証には必須のものである。しかしながら、特殊合金やグラッド材の分野では、品種規格が1000種類以上に及び、従来は校正用サンプルを多数準備しなければならないという制約が存在したため、X線厚み測定法の導入に二の足を踏むメーカーも多かった。本発明に係る校正曲線の作成方法によって作成される校正曲線を用いたX線厚み測定法により、その負担が画期的に軽減されるため、今後、X線厚み測定法の適用範囲の拡大が一気に進むことが期待される。
【符号の説明】
【0041】
10:特殊鋼板、11:可逆式圧延ミル、12、13:X線厚み測定装置、14:X線源、15:X線検出器、16:C型フレーム、17:X線管、18:放出口、19:ビームパス、20:コリメータ、21:X線射出部、22:窓材、23:電子放射部、24:ターゲット、25:高電圧発生部、26:電子ビーム、27:絞り部材、28:X線入射部、29:窓材、30:キセノン電離箱、31:測定制御器、32:運転制御装置、33、34:リール、35:標準試験体、36:散乱X線、37:内蔵基準板

【特許請求の範囲】
【請求項1】
X線源とX線検出器の間に測定物を通過させて該測定物の厚みを測定する際に使用する校正曲線の作成方法において、
前記X線源と前記X線検出器の間に前記測定物と同材質で厚みの異なる複数の仮想試験体をそれぞれ通過させた場合の前記X線検出器の厚み毎の理論出力値を、前記X線源から前記X線検出器に至る経路に存在する物質とX線との相互作用断面積値のデータに基づいて計算して、前記仮想試験体の厚みと前記理論出力値との関係を示す計算校正曲線を求める第1工程と、
前記測定物と同材質で厚みの異なる標準試験体を、前記仮想試験体の個数より少ない個数作製し、前記X線源と前記X線検出器の間に該標準試験体を通過させて前記X線検出器の実測標準出力値を求める第2工程と、
前記相互作用断面積値のデータを用いて前記標準試験体の理論標準出力値を算出し、該理論標準出力値を前記実測標準出力値に一致させる換算係数を求める第3工程と、
前記換算係数に基づいて前記計算校正曲線を修正して前記校正曲線を求める第4工程とを有することを特徴とする校正曲線の作成方法。
【請求項2】
請求項1記載の校正曲線の作成方法において、前記測定物と同材質又は異なる材質で厚みの異なる複数の模擬測定物を作製し、前記X線検出器に設けられたX線入射用の窓材の厚みを変化させて、前記X線源と前記X線検出器の間に前記複数の模擬測定物を通過させたときの前記X線検出器の実測模擬出力値をそれぞれ測定すると共に、前記相互作用断面積値のデータを用いて前記複数の模擬測定物の理論模擬出力値をそれぞれ計算し、該理論模擬出力値と前記実測模擬出力値の誤差率が最小となる前記窓材の最適厚みを決定し、前記計算校正曲線及び前記換算係数を該最適厚みの前記窓材の場合について求めることを特徴とする校正曲線の作成方法。
【請求項3】
請求項2記載の校正曲線の作成方法において、前記換算係数は、前記複数の標準試験体の中から選択された1つの標準試験体Aの実測標準出力値A及び理論標準出力値Aと、前記X線源と前記X線検出器の間に前記標準試験体を通過させない場合の前記X線検出器の実測標準出力値C及び理論標準出力値Cとの2つのデータで決まる前記理論標準出力値を前記実測標準出力値に換算する1次式の傾きであることを特徴とする校正曲線の作成方法。
【請求項4】
請求項2記載の校正曲線の作成方法において、前記換算係数は、前記複数の標準試験体の中から選択された2つの標準試験体A、Bがそれぞれ有する実測標準出力値A及び理論標準出力値Aと、実測標準出力値B及び理論標準出力値Bと、前記X線源と前記X線検出器の間に前記標準試験体を通過させない場合の前記X線検出器の実測標準出力値C及び理論標準出力値Cとの3つのデータで決まる前記理論標準出力値を前記実測標準出力値に換算する2次式の各係数であることを特徴とする校正曲線の作成方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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