説明

植物の栽培方法及びその栽培装置

【課題】従来の養液栽培では、養液中の肥料塩の濃度やその他の塩類の濃度が高い場合に、その養液が植物の根全体に接するため、植物の成育阻害が避けられなかった。
【解決手段】空気中に根の一部を置き、根の他部を養液中に置くことを基本とし、空気空間の相対湿度を95%以上とする。このことにより根の表面を乾燥させることなく、空気中の根より十分な吸水を行わせることに成功し、根の他部より養分吸収を行わせることと相まって、高塩濃度の養液においても実用的な栽培を可能とした。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、養液を用いる植物の栽培方法及びその栽培装置に関するものである。
【背景技術】
【0002】
いわゆる養液栽培は、植物の成育に必要な養水分を人為的に調整した養液によって与え、作物を栽培する方法である。このことにより、(1)土壌条件にかかわらず、同じ地下部条件が得られ、(2)連作障害が出にくく、長年に渡り再現性の高い栽培が可能、(3)根圏環境の制御により、作物の成育を調節して生産性を高めることができる、(4)耕うん、有機質補給、除草、土壌消毒等を省くことができ、省力栽培につながる、(5)閉鎖系となるため、肥料成分や水の使用を減らすことができる、などの長所がある。
【0003】
反面、養液栽培は、土壌という緩衝能の大きな培地を用いないため、養液の塩類濃度、pH、温度変化の影響を直接的に受けやすい短所がある。
【0004】
養液に関しては、(1)作物の必須元素をすべて含み、(2)それらが根に吸収されやすい形で水に溶けている、(3)各イオンが適当な濃度で溶けており、総イオン濃度も適当である、(4)作物の成育を阻害するイオンを含んでいない、または、含んでいても成育を阻害しない濃度である、(5)栽培期間中、濃度、元素間の比率、pHなどが大きく変化しにくいものが望まれる。完璧ではないが必要最小限にこれらを満たす養液処方として、園芸試験場標準、山崎処方、神奈川園試処方等が考えられ、また多くの養液栽培用の肥料が市販されている。しかし、植物が成育するに従い、養液の肥料バランスが崩れ、養液中に特定の肥料塩が高濃度に残ることや、植物の蒸散作用で養液が濃縮されることがあり、植物の成育が阻害されることがある。
【0005】
肥料を溶かす用水については、井戸水のほか河川水、水道水、雨水等が用いられる。しかし、乾燥地域をはじめ日本国内においても、用水中にナトリウム塩やカルシウム塩、マグネシウム塩等を多量に含む場合があり、土壌という緩衝能がない養液栽培の用水としては望ましくない。
【0006】
このため、良質の農業用水が得難い地域では、蒸留や逆浸透膜の利用等による用水の改善を行った後に養液栽培に供している。また、自然エネルギーである太陽熱を利用して海水を淡水化する方法(例えば、特許文献1参照。)も提案されている。
【0007】
一方、栽培に関しては、根の吸液の特徴を活かした栽培法として、培地の上下で濃度が異なる養液を供給することを特徴とする植物栽培方法(例えば、特許文献2参照。)が提案され、高糖度トマトの栽培等に利用されている。根の一部を空気中に置く養液栽培法としては、ミスト耕や、湿度を多く含む空気中の根から酸素を吸収させる植物栽培法(例えば、特許文献3参照。)も提案されている。
【特許文献1】特開2003−126841号公報
【特許文献2】特許3064190号公報
【特許文献3】特開2000−60329号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
従来の養液栽培では、養液中の各肥料塩の濃度やその他の塩類の濃度が高い場合には、その養液が植物の根全体に接するため、植物の成育阻害は避けられなかった。これは、ミスト耕でも同様である。このため、用水に高濃度の塩類が含まれる場合には、用水から塩
類を分離して利用している。太陽熱や電気をはじめとするエネルギーを利用して、プラントで淡水を製造して養液栽培に供することもある。
【0009】
また、従来提案された養液栽培に、空気中に根の一部を置き、空気中の根から酸素を供給する養液栽培法がある。しかし、根が存在する空気中の水分が飽和水蒸気状態を保たれないため、根の表面が乾燥し、充分な吸水ができなかった。
【0010】
本発明が解決しようとする課題は、養液栽培において、植物の根の一部が空気中にあっても成長に必要な水分、栄養素、酸素等を吸収できる栽培方法及び栽培装置を提供すること、及び養液中に肥料塩やその他の塩類が高濃度に含まれる場合であっても、成育阻害を受けにくい植物栽培方法及び植物栽培装置を提供する点にある。
【課題を解決するための手段】
【0011】
上記課題を解決するため、本発明請求項1の発明は、植物の根の一部を相対湿度95%以上の水蒸気で満たされた空気中に留置し、根の他部を養液中に留置して植物を栽培することを特徴とする植物の栽培方法を提供する。
【0012】
ここで、根の一部を相対湿度95%以上の水蒸気で満たされた空気中に留置することにより、根よりの水分吸収を行わせ、根の他部を養液中に留置することにより根よりの養分吸収を行わせる。又、相対湿度は100%程度が最適であるが、実質的には95%以上の湿度であれば本発明の効果を十分奏することができる。
【0013】
本発明請求項2の発明は、栽培槽の上部に植物支持板を備え、上記栽培槽の下部に養液を留保するとともに、上記栽培槽内の上部は相対湿度95%以上の水蒸気で満たされた空気空間とし、上記植物支持板に支えられた植物の根の一部は上記空間内に、根の他部は上記養液中に留置するようにした植物の栽培装置を提供する。
【0014】
この発明は、請求項1の発明と同趣の発明であるが、栽培装置として把握したものである。
【0015】
本発明請求項3の発明は、養液面を、植物の成育度又は養液に含まれる肥料塩や肥料塩以外の塩類の濃度に応じて変化させ、植物の根が水蒸気で満たされた空気に接する面積又は養液に接する面積を変えることを特徴とする請求項1記載の植物栽培方法を提供する。
【0016】
この発明は、一般的には養液面の高さを植物の成育度又は養液に含まれる肥料塩等に応じて変えるもので、根よりの水分吸収又は養分吸収を最適に調整できる効果を奏する。養液面の高さなどを変化させる手段は種々採用できることはいうまでもない。
【発明の効果】
【0017】
本発明の栽培方法及び栽培装置は、養液栽培における養液の使用範囲を広げるもので、下記のような効果を発揮する。
(1)養液中の一部または全部の肥料塩の濃度が高く、従来の栽培方法で成育阻害が起こる可能性がある場合においても、養液栽培が可能となる。
(2)養液中の一部の塩類濃度が高いために廃棄するしかなかった養液に、不足する栄養分を加えることで再利用可能になる。
(3)高濃度のナトリウム塩やカルシウム塩、マグネシウム塩等を含み従来の養液栽培法では利用できなかった農業用水であっても、脱塩等の前処理を行うことなく利用が可能になる。
(4)養液の冷却及び加熱を必要としない場合には、養液の循環以外にエネルギーを必要とせず、過大な運用経費が不要である。
【発明を実施するための最良の形態】
【0018】
以下、図面を参照しつつ、本発明の種々の実施例につき説明する。
【0019】
図1は本発明の基本的な概念を説明するための栽培装置の概略構成図であり、図1において、1は栽培槽、2は同栽培槽1の上部開口端に載置された植物支持板であり、栽培植物7を固定する植物固定材22が適宜設けられている。3は養液を示し、養液3の供給は給液口12により養液3の排出は排液口13より行う。4は栽培槽内の空間部であり、本発明においては、この空間部4を湿度95%以上の水蒸気で満たされた空気空間とする。14は栽培槽1内に相対湿度を下げずに外気を導く空気孔であり、1つ以上備えるのが一般的である。
【0020】
本発明の基本的特徴は、図1に示すように、植物の根の一部を空間部4内に、根の他部は養液3内に留置するようにしたことである。このようにすると養液に接する根から養分を吸収し、養液には接しない根から水分を吸収することになり、養液中の肥料塩の濃度が高い場合でも養液中の根の量を適宜加減することにより適正な植物育成ができる。
【0021】
図2、図3はそれぞれ具体的実施例の栽培装置の概略構成図であり、図番中、図1と同じ図番号はそれぞれ前述の部材と同じものを示す。図2は云わば上方開閉型装置であり、図3は下方開放型装置である。尚、図4以下においても、同一図番号のものは同一部材を指す。
【0022】
図2の上方開閉型は、開閉部が植物支持板2として分離できる。図3の下方開放型は植物支持板2が栽培槽と一体であっても、上方開閉型と同様に分離できても構わない。また、ここに示した図では栽培槽の形を直方体としてその鉛直方向断面を長方形で示しているが、その断面は三角形、台形、多角形、曲面を有するものでも構わない。
【0023】
図2、図3において、15は毛管現象作用と蒸発作用を有する蒸発器具であり、植物の吸水に対して養液面からの蒸発量が少ない場合には、養液の蒸発を促進するため、養液上または栽培槽内側壁面に設ける。
【0024】
また、植物を植物支持板に固定する植物固定材22は、弾力性があって植物を植物支持板の間で植物を固定でき、かつ、植物と植物支持板との間に空気の出入りを起こさず、栽培槽中の空気と外気を遮断する物質または物質の組み合わせを用いる。
【0025】
図4は、他の実施例で、養液面の高さを調節する機能を加えるものである。図4に示すように、栽培槽1の下部から逆U字型の排液管16を接続し、排液管16の最高点aを上下することにより、栽培槽中の養液面の高さを上下する。植物の成育段階、養液の塩類濃度及び気温・液温・日射量等の環境要因により、植物の根が養液3と接する量及び植物の根の表面が養液と接する面積を調節すると同時に、植物の根が飽和水蒸気で満たされた空気と接する量及び植物の根の表面が飽和水蒸気で満たされた空気と接する面積を調節する。また、このことにより植物の成育を調節することができる。
【0026】
図5は、基本的に図1と同じ構成であるが、養液が特に高塩濃度の養液32である場合を示している。この高塩濃度の養液には肥料塩の一部または全部の濃度が通常の栽培範囲よりも高濃度であるものやナトリウム塩等の肥料塩以外の塩類を高濃度に含むものも含む。養液中に高濃度の肥料塩やその他の塩類が含まれている場合、下方の根は高濃度の肥料塩やその他の塩類にさらされるが、上方の根は高濃度の肥料塩には触れず水分のみを吸収できる。このことにより、養液中に高濃度の塩類が含まれる場合であっても、植物は吸水を阻害されず、成育を維持できる特徴を有する。
【0027】
図6は、本発明による更に他の実施の形態を示している。栽培槽1は直方体の上面を除く5面を一体形成する。栽培槽1と植物支持板2との間には弾性物質等でできたパッキン18をはさみ、内部の空気が漏れないようにする。栽培槽1上に植物支持板2を置いただけでは栽培槽内の空気が漏れる場合には、ネジやクリップを用いた固定具、ヒモ等を用いて栽培槽1と植物支持版2を密着させ、内部の空気が漏れないようにする。給液口12は、養液面よりも高い位置に設け、ポンプ5が停止しても栽培槽1内の養液が養液タンクに逆流するのを防ぐ。給液口12は布または紗を重ねた液はね防止具17で覆って液の勢いを殺し、空気中の植物根に養液の液跳ねがかかるのを防ぐ。また、給液口と植物根との間に液跳ねが空気中の植物根にかかるのを防ぐ隔離壁を設ける方法や、給液管の先を養液中に導くという方法でも、養液の液跳ねが空気中の植物根にかからなければ構わない。
【0028】
排液管16は、ビニル、プラスチック、ゴム、金属等でできており自由に曲げることができ、図6のように逆U字型に曲げた状態の変曲点a付近でも管内の断面積が給液管の内の断面積よりも大きい管、または管の一部に上記の曲げることが可能な管を用いた給液管よりも内部断面積が大きい管を栽培槽の下部に接続する。この管の変曲点a部は簡易な可動固定具で希望する任意の高さに固定され、養液面の高さを変えるときには上下に移動される。この排液管の最高点aを上下することにより栽培槽中の養液面の高さを上下する。植物の成育段階、養液の塩類濃度及び気温・液温・日射量等の環境要因により植物の根が養液と接する量を調節する。また、このことにより、植物の育成を調節することができる。
【0029】
栽培槽中の空間部4は、飽和水蒸気量の水蒸気を含む空気で満たされるのが最適であるが、大気圧を維持するため、栽培槽内の空気の湿度を下げずに内部の空気を排出し、また栽培槽内の湿度を下げずに外気を導く空気管14を1つ以上備えている。この空気管は、例えば吸水性がある物質でできた0.5〜5mmの管で、この管の中を空気が通過する際に加湿される。
【0030】
植物の吸水に対して養液面からの蒸発量が少ない場合には、養液の蒸発を促進するため、養液上または栽培槽内側壁面に、毛管現象作用と蒸発作用を有する紙、布、フェルト等でできた蒸発器具を備え、空間を飽和水蒸気量の水分で満たす。
【0031】
植物支持板2の材質は、硬質のプラスチック類でも金属類でもその他の物質でも構わないが、水や空気を通さず、少なくとも下面は平面である必要がある。大きさは栽培槽上に設置する場合には栽培槽の外側上面と同じ大きさが望ましいが、縦横それぞれ1割程度大きいのは問題ない。厚さは1cm〜3cmである。栽培する植物の種類や仕立てにより、植え付け位置に直径1cm〜3cmの穴を1個以上有している。
【0032】
植物を植物支持板2に固定する植物支持材22は、植物の成育段階によらず植物を固定でき、かつ栽培水槽内の空気が外部に漏れないものである。例えば独立した多孔構造を有する軟質フォーム、軟質フォームと粘性液体の組み合わせ、スポンジと粘性液体の組み合わせ、ロックウールと粘性液体の組み合わせ等がある。ポンプ5を動かすことにより養液が循環する。根の酸素要求量が少ないトマト等の栽培においては、日常的なポンプの作動は必要なく、植物の吸液による養液の減少を補うだけでも良い。
【0033】
このため、栽培植物によっては、図7のようなポンプや養液タンクを必要としない簡易な栽培装置も利用でき、給液口122から養液3の減少分の養液を補充する。養液3は、作物の成育に応じて必要とされる栄養分(肥料分)を含む。栽培槽または養液タンク、給液管に養液の冷却及び加温のための仕組みが加わっても構わない。また、植物栽培装置全体が冷却及び加温されても構わない。
【0034】
植物は栽培槽中の養液に浸る根の下方から栄養及び水分を吸収し、空気中にある同一根の上方及び空気中根から水分を吸収する。養液の液面を上下する必要があれば、排液管の変曲点を上下して栽培槽内の養液3の液面を調節する。養液に高濃度の塩類等が含まれる場合には、空気中根の割合を増し、根の上方から水分を吸収できるように栽培する。
【実施例1】
【0035】
播種後20日間、養液で湛液栽培したトマト苗を、上方開閉型の植物栽培装置に移植して栽培した。養液は市販の養液栽培用肥料をイオン交換水に溶かして調整した。養液の組成は表1の通りである。栽培槽中の養液と飽和水蒸気量の水分を含む空気との体積比は、約1:3とした。移植107日後に地上部重、地下部重、平均果実重、果実糖度を調査した結果を表2に示す。
【0036】
【表1】

【0037】
【表2】

【実施例2】
【0038】
播種後20日間、養液で湛液栽培したトマト苗を、上方開閉型の栽培装置に移植して栽培した。養液は市販の養液栽培用肥料をイオン交換水に溶かして調整した。養液の肥料成分は表1の通りである。栽培槽中の養液と飽和水蒸気量の水分を含む空気との体積比は、約1:3とした。移植10日後、この養液が5g/Lの塩化ナトリウムを含むように調整した液を5g/L液、10g/Lの塩化ナトリウムを含むように調整した養液を10g/L液とした。移植107日後に地上部重、地下部重、平均果実重、果実糖度を調査した結果を表3に示す。
【0039】
【表3】

実施例1は通常の養液使用時であり、実施例2は高塩濃度の養液使用時であるが、表3の各調査項目の数値は、表2の各調査項目数値と比較し、それほどの遜色はなく、本発明は、高塩濃度養液においても、実用的に十分利用できることを示している。
【図面の簡単な説明】
【0040】
【図1】本発明の基本的な概念を説明するための栽培装置の概略構成図である。
【図2】本発明の一実施例における栽培装置の概略構成図である。
【図3】本発明の他の実施例における栽培装置の概略構成図である。
【図4】本発明の更に他の実施例における栽培装置の概略構成図である。
【図5】本発明の更に他の実施例における栽培装置の概略構成図である。
【図6】本発明の更に他の実施例における栽培装置の概略構成図である。
【図7】本発明の更に他の実施例における栽培装置の概略構成図である。
【符号の説明】
【0041】
1 栽培槽
12 給液口
13 排液口
14 空気孔
15 蒸発器具
16 排液管
17 液はね防止具
18 パッキン
2 植物支持板
22 植物固定材
3 養液
32 高塩濃度の養液
4 水蒸気で満たされた空気空間部
5 ポンプ
7 栽培植物

【特許請求の範囲】
【請求項1】
植物の根の一部を相対湿度95%以上の水蒸気で満たされた空気中に留置し、根の他部を養液中に留置して植物を栽培することを特徴とする植物の栽培方法。
【請求項2】
栽培槽の上部に植物支持板を備え、上記栽培槽の下部に養液を留保するとともに、上記栽培槽内の上部は相対湿度95%以上の水蒸気で満たされた空気空間とし、上記植物支持板に支えられた植物の根の一部は上記空間内に、根の他部は上記養液中に留置するようにしたことを特徴とする植物の栽培装置。
【請求項3】
養液面を、植物の成育度又は養液に含まれる肥料塩や肥料塩以外の塩類の濃度に応じて変化させ、植物の根が水蒸気で満たされた空気に接する面積又は養液に接する面積を変えることを特徴とする請求項1記載の植物の栽培方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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