説明

植物系繊維材料の分解方法

【課題】セルロースの加水分解を促進する触媒、触媒を再利用することが可能な植物系繊維材料の分解方法、及び、エネルギー効率に優れた植物系繊維材料の分解方法の提供。
【解決手段】植物系繊維材料を分解し、グルコースを主とする糖を生成させる方法であって、擬溶融状態のクラスター酸触媒を用いて、植物系繊維材料に含まれるセルロースを加水分解し、グルコースを生成させ、有機溶媒を用いて糖を析出させ、加水分解で固体化した糖及び有機溶媒を用いて析出させた糖を含む糖類と、残渣とクラスター酸触媒とを分離する工程を備える、植物系繊維材料の分解方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、植物系繊維材料を分解して糖を生成させる方法に関する。
【背景技術】
【0002】
バイオマスである植物繊維、例えば、サトウキビの絞りかす(バガス)や木材片等を分解してセルロースやヘミロースからグルコースやキシロースを主とする糖を生成し、得られた糖を食料又は燃料として有効利用することが提案され、実用化されつつある。特に、植物繊維を分解することにより得られた糖を発酵させ、燃料となるエタノール等のアルコールを生成させる技術が注目されている。
従来、セルロースやヘミセルロースを分解してグルコース等の糖を生成する種々の方法が提案されており(例えば、特許文献1〜4等)、一般的な方法としては、希硫酸や濃硫酸等の硫酸、塩酸を用いてセルロースを加水分解する方法(特許文献1等)が挙げられる。また、セルラーゼ酵素を用いる方法(特許文献2等)、活性炭やゼオライト等の固体触媒を用いる方法(特許文献3等)、加圧熱水を用いる方法(特許文献4等)もある。
【0003】
【特許文献1】特開平8−299000号公報
【特許文献2】特開2006−149343号公報
【特許文献3】特開2006−129735号公報
【特許文献4】特開2002−59118号公報
【特許文献5】特開2006−206579号公報
【特許文献6】特表平9−512309号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
しかしながら、硫酸等の酸を用いてセルロースを分解する方法は、酸と糖の分離が困難であるという問題がある。分解生成物の主成分であるグルコースと酸が共に水溶性であるためである。中和やイオン交換などによる酸除去は、手間とコストがかかるものの、完全に酸を除去することが難しく、エタノール発酵工程にも酸が残留してしまうことが多い。その結果、エタノール発酵工程において、酵母の活性に最適なpHに調整しても、塩の濃度が高くなることで酵母の活性が低下し、発酵効率の低下を招いていた。
【0005】
特に濃硫酸を用いる場合には、酵母を失活させない程度まで硫酸を除去するのが非常に困難であり、多大なエネルギーを要する。これに対して、希硫酸を用いる場合には、比較的容易に硫酸を除去することができるが、高温条件下でセルロースを分解させなければならず、エネルギーを要する。
さらに、硫酸や塩酸等の酸は、分離、回収して再利用することが非常に困難である。そのため、これら酸をグルコース生成の触媒として用いることは、バイオエタノールのコストを引き上げる原因の一つとなっている。
【0006】
また、加圧熱水を用いた方法では、条件調整が難しく、安定した収率でグルコースを生成することが困難である。グルコースまでも分解し、グルコース収率が低下するだけでなく、分解成分により酵母の働きが低下し、発酵が抑制されることも懸念されている。しかも、反応装置(超臨界装置)が高価であり、且つ、耐久性も低いため、コスト面での問題もある。
【0007】
一方、広範囲な分野において使用されている触媒として、ヘテロポリ酸等のクラスター酸触媒が挙げられる。例えば、特許文献5には、炭化水素とアルコールとをヘテロポリ酸存在下反応させてレブリン酸エステルを製造する方法が記載されている。また、特許文献6には、木材パルプの脱リグニン処理及び漂白工程における触媒としてクラスター酸触媒が用いられており、0.001〜0.20Mの水溶液として用いられている。
【0008】
本発明は上記実情を鑑みて成し遂げられたものであり、本発明の第一の目的は、セルロースやヘミセルロースの加水分解を促進する触媒と、これらセルロース等を加水分解して得られる糖とを容易に分離し、且つ、分離した触媒を再利用することが可能な植物系繊維材料の分解方法を提供することである。また、本発明の第二の目的は、エネルギー効率に優れた植物系繊維材料の分解方法を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明の第一の植物系繊維材料の分解方法は、植物系繊維材料を分解し、グルコースを主とする糖を生成させる方法であって、擬溶融状態のクラスター酸触媒を用いて、前記植物系繊維材料に含まれるセルロースを加水分解し、グルコースを生成させる加水分解工程を備えることを特徴とするものである。
【0010】
本発明において、セルロースの加水分解触媒として用いるクラスター酸は、一般に硫酸よりも酸強度が高く、低温条件下でも十分な触媒活性を示すため、高いエネルギー効率でセルロースからグルコース等の糖を得ることができる。さらに、擬溶融状態のクラスター酸触媒が反応溶媒としても機能するため、従来の方法と比較して、反応溶媒としての溶剤使用量を大幅に減少させることができる。その結果、クラスター酸触媒の分離、回収をさらに効率良く、低エネルギーで行うことが可能となる。
【0011】
前記加水分解工程の具体的な条件は特に限定されないが、常圧〜1MPa、140℃以下という低圧且つ低温の非常に温和な条件でもセルロースの加水分解を効率良く進行させることができる。
【0012】
クラスター酸触媒は、擬溶融状態となることで、セルロースやヘミセルロースの加水分解反応に対する触媒活性を発現する。クラスター酸の擬溶融状態は、温度と、クラスター酸触媒が有する結晶水の量によって変わってくるため、クラスター酸の結晶水量と反応温度をコントロールし、クラスター酸を擬溶融状態とする必要がある。一方で、グルコースがβ−1,4−グリコシド結合した高分子であるセルロースをグルコースやキシロース等の糖に加水分解するためには、水が必要である。
【0013】
このような観点から、前記加水分解工程における反応系内の水分量は、前記加水分解工程において、反応系内の水分量を、(1)反応系内の前記クラスター酸触媒の全量が該加水分解工程の温度条件において擬溶融状態になるために必要な結晶水と、(2)反応系内の前記セルロースの全量がグルコースへ加水分解されるのに要する水、の合計量以上とすることが好ましい。
加水分解工程における反応系内の水分量を上記のようにすることで、反応系内の水分がセルロースの加水分解に使用され減少しても、クラスター酸触媒は擬溶融状態を保持することができ、触媒活性を維持することができる。また、本発明においては、上記合計量という非常に少量の水分のみでセルロースの加水分解を行うことも可能であり、その結果、加水分解条件によっては、例えば、セルロースの脱水反応等の副反応を抑制して糖の収率を向上させたり、また、加水分解後における糖とクラスター酸触媒の分離を効率よく行うことが可能である。
前記クラスター酸触媒として、具体的には、ヘテロポリ酸等が挙げられる。
【0014】
本発明の第二の植物系繊維材料の分解方法は、植物系繊維材料を分解し、グルコースを主とする糖を生成させる方法であって、クラスター酸触媒を用いて、前記植物系繊維材料に含まれるセルロースを加水分解し、グルコースを生成させた後、有機溶媒を用いて前記糖を析出させ、前記加水分解で固体化した糖及び前記有機溶媒を用いて析出させた糖を含む糖類と、残渣と前記クラスター酸触媒とを分離する分離する分離工程を備えることを特徴とするものである。
【0015】
セルロースの加水分解触媒としてクラスター酸を用い、且つ、該クラスター酸触媒に対して良溶媒であるが、生成物であるグルコースを主とする糖に対しては貧溶媒である有機溶媒を用いることで、糖を析出させ、クラスター酸触媒と糖とを容易に分離することができる。
【0016】
前記有機溶媒としては、該有機溶媒に対する前記糖の溶解度が0.6g/100ml以下であるものが挙げられる。さらに具体的には、前記有機溶媒としてエーテル類及びアルコール類から選ばれる少なくとも1種が挙げられる。
【0017】
前記分離工程において、反応系内の前記クラスター酸触媒の全量が標準結晶水以下の結晶水を含むように、反応系内の水分量を制御することが好ましい。分離工程において、クラスター酸触媒が標準結晶水より多くの結晶水を有している場合、クラスター酸触媒に配位できない水分子が有機溶媒中に混入し、この混入した水分に糖が溶解することで、クラスター酸触媒を溶解した有機溶媒相側に糖が含まれてしまう。分離工程におけるクラスター酸触媒の結晶水量を上記のようにコントロールすることで、上記したように有機溶媒相中に混入した水分に糖が溶解するのを抑制し、糖の収率を向上させることができる。
【0018】
前記有機溶媒相側に糖が移動してしまった場合には、前記分離工程後、前記有機溶媒中に含有される前記クラスター酸触媒の全量が標準結晶水以下の結晶水を含むように、該クラスター酸触媒を脱水することが好ましい。有機溶媒中のクラスター酸触媒を脱水し、結晶水量を減らすことで、クラスター酸触媒に配位できず有機溶媒相中に混入した水分に溶解してしまった糖を析出させ、回収することができる。
上記の脱水工程において、クラスター酸触媒を脱水する方法としては特に限定されないが、含有結晶水が標準結晶水以下のクラスター酸触媒を乾燥剤として用いることが好ましい。他の乾燥剤を用いてクラスター酸触媒を脱水してもよいが、クラスター酸触媒を乾燥剤として用いることにより、別途乾燥剤の分離工程等を要しないため、非常に効率的である。
【0019】
さらに、前記有機溶媒と、該有機溶媒に溶解した前記クラスター酸触媒とを分離することで、分離させた前記クラスター酸触媒を、前記植物系繊維材料に含まれるセルロースやヘミセルロースを加水分解する触媒として再利用することが可能である。
【発明の効果】
【0020】
本発明によれば、セルロースの加水分解を促進する触媒と、セルロースを加水分解して得られる糖とを容易に分離し、且つ、分離した触媒を再利用することが可能であり、また、高いエネルギー効率で植物系繊維材料に含まれるセルロースからグルコース等の糖を生成させることができる。すなわち、本発明によれば、環境負荷が非常に小さいグルコース生成法を提供することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0021】
本発明の第一の植物系繊維材料の分解方法は、植物系繊維材料を分解し、グルコースを主とする糖を生成させる方法であって、擬溶融状態のクラスター酸触媒を用いて、前記植物系繊維材料に含まれるセルロースを加水分解し、グルコースを生成させる加水分解工程を備えることを特徴とするものである。
【0022】
本発明者らは、まず、擬溶融状態のクラスター酸が、セルロースやヘミセルロースを加水分解してグルコースを主とする糖を生成させる際の触媒として作用することを見出した。
ここで、クラスター酸とは、複数のオキソ酸が縮合したもの、すなわち、いわゆるポリ酸である。ポリ酸の多くは、中心元素が複数の酸素原子が結合しているため最高酸化数まで酸化された状態であることが多く、酸化触媒として優れた特性を示し、また、強酸であることが知られている。例えば、ヘテロポリ酸であるリンタングステン酸の酸強度(pKa=−13.16)は、硫酸の酸強度(pKa=−11.93)より強い。すなわち、例えば、50℃のような温和な条件でも、セルロースやヘミセルロースを分解し、グルコース、キシロースなどの糖を生成できる。
【0023】
本発明において用いるクラスター酸としては、ホモポリ酸でも、ヘテロポリ酸でもよいが、酸化力及び酸強度が強いことからヘテロポリ酸が好ましい。ヘテロポリ酸としては特に限定されず、HwAxByOz(A:ヘテロ原子、B:ポリ酸の骨格となるポリ原子、A:ヘテロ原子、w:水素原子の組成比、x:ヘテロ原子の組成比、y:ポリ原子の組成比、z:酸素原子の組成比)の一般式で表されるものが挙げられる。ポリ原子Bとしては、ポリ酸を形成することができるW、Mo、V、Nb等の原子が挙げられる。ヘテロ原子Aとしては、ヘテロポリ酸を形成することができるP、Si、Ge、As、B等の原子が挙げられる。ヘテロポリ酸一分子内に含有されるポリ原子及びヘテロ原子は1種でもあっても2種以上であってもよい。
【0024】
酸強度の強さと、酸化力のバランスから、タングステン酸塩であるリンタングステン酸 H3[PW1240]、珪タングステン酸 H4[SiW1240]が好ましい。次いで、モリブデン酸塩であるリンモリブデン酸 H3[PMo1240]等を好適に用いることができる。
【0025】
ここで、ケギン型[Xn+1240:X=P、Si、Ge、As等、M=Mo、W等]のヘテロポリ酸(リンタングステン酸)の構造を図1に示す。八面体MO6単位からなる多面体の中心に四面体XO4が存在し、この構造の周囲に結晶水を多くもつ。尚、クラスター酸の構造は特に限定されず、上記ケギン型の他、例えば、ドーソン型等でもよい。
尚、クラスター酸触媒は、本来結晶ではないが、ここではクラスター酸触媒に一定量比で配位する水を一般的に使用される「結晶水」という用語で代用する。また、一般的に結晶水とはクラスター酸触媒が結晶状態になったときに含まれる水であるが、ここではクラスター酸触媒1分子1分子が遊離している擬溶融状態又はエタノール中にクラスター酸触媒が融解(この場合も融解しているのではなくコロイド状)した時に、クラスター酸触媒に配位する水分子を結晶水と呼ぶ。
【0026】
上記したようなクラスター酸触媒は、常温では固体状であるが、加熱し、温度が上がると擬溶融状態となり、セルロースやヘミセルロースの加水分解反応に対する触媒活性を発現する。ここで、擬溶融状態とは、見かけ上、溶融しているようであるが、完全に溶融した液体状態ではなく、クラスター酸が液中に分散しているコロイド(ゾル)に近い状態であり、流動性を示している状態である。ただし、粘性が高く、高密度である。クラスター酸が擬溶融状態であるかどうかは、目視により確認したり、或いは、均一系の場合、DTC(示差走査熱量計)等でも確認することができる。
【0027】
クラスター酸は、上記したように、その酸強度の強さから低温でもセルロースの加水分解反応に対する高い触媒活性を示す。また、クラスター酸の大きさは、径が2nm程度であるため、原料である植物系繊維材料との混合性にも優れ、効率よくセルロースの加水分解を促進することができる。従って、温和な条件でのセルロースの加水分解が可能であり、エネルギー効率が高く、環境負荷が小さい。さらに、硫酸等の酸を用いる従来のセルロースの加水分解法と異なり、クラスター酸を触媒として用いる本発明の方法は、糖と触媒の分離効率が高く、容易に分離可能であるため、糖分中への残留が極少となり、発酵についても有利である。
【0028】
しかも、クラスター酸は温度によっては固形状態となるため、生成物である糖類との分離が可能である。従って、分離したクラスター酸を回収し、再利用することも可能である。また、擬溶融状態のクラスター酸触媒は、反応溶媒としても機能するため、従来の方法と比較して、反応溶媒としての溶剤量を大幅に減少させることができる。これは、クラスター酸と生成物である糖との分離、クラスター酸の回収の高効率化が可能であることを意味している。すなわち、クラスター酸をセルロースの加水分解触媒として利用する本発明は、低コストが可能であり、且つ、環境負荷も小さい。
【0029】
以下、本発明の植物系繊維材料の分解方法におけるセルロースの加水分解工程について、詳しく説明していく。
尚、ここでは、主としてセルロースからグルコースを生成させる工程を中心に説明しているが、植物系繊維材料にはセルロース以外にヘミセルロースも含まれ、また、生成物もグルコース以外にキシロースもあり、これらの場合も本発明の範囲に含まれる。
植物系繊維材料としては、セルロースやヘミセルロースを含むものであれば特に限定されず、例えば、広葉樹、竹、針葉樹、ケナフ、家具の廃材、稲わら、麦わら、籾殻、バガス、サトウキビの絞りかす等のセルロース系バイオマスが挙げられる。また、上記バイオマスから分離されたセルロースやヘミセルロース或いは人工的に合成されたセルロースやヘミセルロースそのものでもよい。
【0030】
これら繊維材料は、反応系における分散性の観点から、通常、粉末状にしたものを用いる。粉末状にする方法としては、一般的な方法に準じればよい。クラスター酸触媒との混合性、反応機会向上の観点から、数μm〜200μm程度の直径を有する粉末状とすることが好ましい。
【0031】
クラスター酸触媒と植物系繊維材料は、加熱する前に、予め、混合攪拌しておくことが好ましい。上記したように、加水分解工程において、クラスター酸触媒は擬溶融状態となり、反応溶媒としても機能するため、本発明においては、植物系繊維材料の形態(大きさ、繊維の状態等)、クラスター酸触媒と植物系繊維材料の混合比及び体積比等にもよるが、典型的には、反応溶媒としての水や有機溶剤等を用いなくてもよい。そのため、クラスター酸と植物系繊維材料との接触を確保するためには、クラスター酸触媒が擬溶融状態となる前にある程度混合しておくことが好ましい。
【0032】
クラスター酸の擬溶融状態は、温度と、クラスター酸触媒が含有する結晶水の量によって変わってくる(図2参照)。具体的には、本発明者らは、クラスター酸であるリンタングステン酸は、含有する結晶水が多くなると擬溶融状態を発現する温度が低下することを発見した。すなわち、結晶水を多く含むクラスター酸触媒は、相対的に結晶水量が少ないクラスター酸触媒よりも低い温度でセルロースの加水分解反応に対する触媒作用を発現する。
【0033】
尚、図2は、代表的なクラスター酸触媒であるヘテロポリ酸(リンタングステン酸)の結晶水率と、擬溶融状態を発現し始める温度(見かけ上の溶融温度)との関係を示すものであり、クラスター酸触媒は、曲線より下の領域では凝固状態であり、曲線より上の領域では擬溶融状態である。また、図2において、水分量(結晶水率)(%)とは、クラスター酸(リンタングステン酸)の標準結晶水量n(n=30)を100%とした値である。結晶水の量は、クラスター酸触媒が800℃のような高温であっても熱分解して揮発する成分がないため、熱分解法(TG測定)によって特定することができる。
【0034】
ここで、標準結晶水量とは、室温で固体結晶状態のクラスター酸1分子が含有する結晶水の量(分子数)であり、クラスター酸の種類によって異なる。例えば、リンタングステン酸は約30〔H3[PW1240]・nH2O(n≒30)〕、珪タングステン酸は約24〔H4[SiW1240]・nH2O(n≒24)〕、リンモリブデン酸は約30〔H3[PMo1240]・nH2O(n≒30)〕である。
【0035】
上記結晶水量と見かけ上の溶融温度との関係に関する発見は、加水分解工程の反応系におけるクラスター酸触媒が含有する結晶水の量をコントロールすることで、目的とする加水分解反応温度においてクラスター酸触媒を擬溶融状態とすることができることを示している。例えば、リンタグステン酸をクラスター酸触媒として用いる場合は、クラスター酸の結晶水量によって加水分解反応温度を110℃〜40℃の範囲内で制御可能である(図2参照)。
【0036】
クラスター酸触媒が含有する結晶水量は、加水分解反応系内に存在する水分量をコントロールすることで調節することができる。具体的には、クラスター酸触媒の結晶水量を多くしたい、つまり、反応温度を低くしたい場合には、例えば、植物系繊維材料とクラスター酸触媒を含む混合物に水を添加したり、反応系の雰囲気の相対湿度を高くする等して、加水分解の反応系に水を追加すればよい。その結果、クラスター酸が結晶水として追加された水を取り込み、クラスター酸触媒の見かけ上の溶融温度は低下する。
【0037】
一方、クラスター酸触媒の結晶水量を少なくしたい場合には、加水分解の反応系から水を除去、例えば、反応系を加熱して水を蒸発させたり、植物系繊維材料とクラスター酸触媒を含む混合物に乾燥剤を添加する等することで、クラスター酸触媒の結晶水を減少させることができる。その結果、クラスター酸触媒の見かけ上の溶融温度は高くなる。
以上のように、クラスター酸の結晶水量は容易にコントロールが可能であり、結晶水量の制御によりセルロースの加水分解反応温度も容易に調整可能である。
【0038】
加水分解工程における反応温度の低下は、エネルギー効率を向上させることができるという利点がある。
さらには、加水分解工程の温度によって、植物系繊維材料に含まれるセルロースの加水分解のグルコース生成の選択性が変化することを、本発明者らは見出した(図3参照)。図3に示すように、反応温度が高くなると反応率が高くなることは一般的なことであり、結晶水率160%のリンタングステン酸(見かけ上の溶融温度約40℃:図2参照)を用いたセルロースの加水分解反応においても、50℃〜90℃における反応率Rは温度が高くになるにつれて上昇し、80℃位ではほぼ全てのセルロースが反応している。
【0039】
一方、グルコースの収率ηは、50℃〜60℃にかけてはセルロースの反応率と同様の増加傾向を示したが、70℃をピークに減少する。すなわち、50〜60℃において高選択的にグルコースが生成するのに対して、70〜90℃においてグルコース生成以外の反応、例えば、キシロース等のその他の糖生成や分解物生成等が進行する。
尚、セルロースの反応率R及びグルコース収率ηは下記式により算出することができる。
【0040】
【数1】

【0041】
以上のように、加水分解の反応温度は、セルロースの反応率とグルコース生成の選択性を左右する重要な要素である。エネルギー効率の観点から加水分解反応の温度は低いことが好ましい旨を述べたが、このようにセルロースの反応率やグルコース生成の選択性等も考慮して加水分解反応の温度を決定することが好ましい。尚、セルロースの加水分解によって生成する糖の選択性は、反応条件等によって、上記の図3とはまた異なる挙動を示す可能性もある。
【0042】
以上のようにして、必要に応じて、上記したような方法により加水分解の反応系に水を添加又は反応系から水分を除去することで、所望の加水分解温度においてクラスター酸触媒が擬溶融状態となるようにコントロールすることができる。
【0043】
但し、加水分解工程においては、セルロースが加水分解される際に、グルコース1分子当り1分子の水が必要である。従って、反応系内に、クラスター酸触媒が反応温度において擬溶融状態となるのに必要な結晶水量分の水分と、仕込まれたセルロース全量がグルコースに加水分解されるのに必要な水分の合計量が存在しない場合、クラスター酸触媒の結晶水がセルロースの加水分解に使用されるとクラスター酸触媒の結晶水が減少し、クラスター酸が凝固状態となってしまう。すなわち、クラスター酸触媒のセルロースの加水分解に対する触媒作用が低下するばかりか、植物系繊維材料とクラスター酸触媒の混合物の粘度が増加し、該混合物を充分に混合できなくなってしまう。
【0044】
従って、加水分解工程において、反応温度におけるクラスター酸触媒の触媒活性や反応溶媒としての機能を確保するため、つまり、加水分解工程においてクラスター酸触媒が擬溶融状態を保持できるようにするためには、反応系内の水分量を下記のようにすることが好ましい。すなわち、(1)反応系内に存在するクラスター酸触媒の全てが加水分解工程における反応温度において擬溶融状態になるために必要な結晶水と、(2)反応系内に存在するセルロースの全量がグルコースに加水分解されるのに必要な水分と、の合計量以上とすることが好ましい。
【0045】
ここで、(1)のクラスター酸触媒の全てが擬溶融状態になるために必要な結晶水とは、全クラスター酸触媒が加水分解工程温度において擬溶融状態になるために必要な結晶水を結晶格子内に含有している状態の他、一部の水分子は結晶格子外に存在しているような状態も含む。
上記のような観点から、加水分解工程において反応系内に存在する水分量の好ましい下限値は特定できるが、その好ましい上限値は加水分解工程における諸条件によって異なってくるため特定することが難しい。但し、過量の水分の存在は、反応系の温度を保持するためのエネルギー量の増加や、セルロースとクラスター酸触媒の反応機会の減少等を招く可能性が高いため、加水分解工程における水分量はできるだけ少ない方がよいといえる。
【0046】
尚、加水分解工程において、加熱により反応系の相対湿度が低下しても、クラスター酸触媒の結晶水が所望量確保できるようにしておくことが好ましい。具体的には、予定の反応温度で反応系の雰囲気が飽和蒸気圧となるように、例えば、予め密閉された反応容器内で、加水分解反応温度で飽和蒸気圧状態を作り、密閉状態を保持したまま温度を下げて蒸気を凝縮させ、該凝縮水を植物系繊維材料及びクラスター酸触媒に添加する方法が挙げられる。
また、植物系繊維材料として、乾燥状態のものを用いる場合には、特に考慮する必要がないが、水分を含む植物系繊維材料を用いる場合には、反応系内に存在する水分量として、該植物系繊維材料が含有する水分量も考慮することが好ましい。
【0047】
加水分解工程において、反応系内の水分が減少し、クラスター酸触媒の結晶水量も減少することによって、クラスター酸触媒が固形状となりその触媒活性が低下する場合には、クラスター酸触媒が擬溶融状態となるように加水分解温度を上げることによって、クラスター酸触媒の触媒活性の低下等を回避することもできる。
【0048】
加水分解工程における温度条件は、上記したようにいくつかの要素(例えば、反応選択率、エネルギー効率、セルロースの反応率、等)を考慮して適宜決定すればよいが、エネルギー効率、セルロースの反応率、グルコース収率のバランスから、通常、140℃以下、とすることが好ましく、特に120℃以下とすることが好ましい。植物系繊維材料の形態によっては、100℃以下のような低温でも可能であり、その場合には、特に高エネルギー効率でグルコースを生成させることができる。
【0049】
また、加水分解工程における圧力は、特に限定されないが、クラスター酸触媒のセルロースの加水分解反応に対する触媒活性が高いことから、常圧(大気圧)〜10MPaのような温和な圧力条件下でも効率よくセルロースの加水分解を進行させることができる。
【0050】
また、植物系繊維材料とクラスター酸触媒との比率は、用いる植物系繊維材料の性状(例えば、サイズ等)、加水分解工程における攪拌方法や混合方法等によって異なる。そのため、実施条件に応じて、適宜決定すればよいが、クラスター酸触媒:植物系繊維材料(重量比)=1:1〜4:1の範囲内であることが好ましく、通常は、1:1程度でよい。
【0051】
加水分解工程の時間は特に限定されず、用いる植物系繊維材料の形状、植物系繊維材料とクラスター酸触媒の比率、クラスター酸触媒の触媒能、反応温度、反応圧力等によって、適宜設定すればよい。
加水分解工程におけるクラスター酸触媒と植物系繊維材料を含む混合物は粘度が高いため、その攪拌方法は、例えば、加熱ボールミル等が有利であるが、一般的な攪拌器でもよい。
【0052】
次に、加水分解工程で生成した糖(主にグルコース)と、クラスター酸触媒とを分離する方法について説明する。
本発明は、クラスター酸触媒を用いてセルロースやヘミセルロースを含む植物系繊維材料を加水分解し、グルコースを主とする糖を生成した後、得られた糖とクラスター酸触媒とを分離する方法も提供する。
【0053】
クラスター酸触媒及び生成した糖は、共に水溶性を有するため、加水分解工程後の反応混合物は、充分量の水分が存在している場合、植物系繊維材料の残渣(未反応のセルロース等)を固形分として含み、クラスター酸触媒と糖が共に溶解した状態で得られる。加水分解で生成した糖の一部は固形分として析出している。
【0054】
本発明者らの検討により、クラスター酸触媒は、グルコースを主とする糖が難溶乃至不要である有機溶媒に溶解性を示すことが明らかとなった。すなわち、糖にとっては貧溶媒であり、且つ、クラスター酸触媒にとっては良溶媒である有機溶媒を用いることで、糖とクラスター酸触媒とを分離することができる。典型的には、加水分解工程後のクラスター酸触媒、糖及び残渣等の混合物(以下、加水分解混合物ということがある)に上記有機溶媒を充分量添加し、該有機溶媒と加水分解混合物とを接触させることによって、糖を析出させ、植物系繊維材料の残渣(未反応セルロースを含む)と共に固形分として分離し、一方、クラスター酸触媒は有機溶媒中に溶解した有機溶媒溶液として得ることができる。
加水分解反応で生成する大部分の糖は固体化して析出するが、一部溶解状態のものがある。この溶解している糖を、有機溶媒を用いて析出させることで、加水分解反応時に析出した糖と共に取り出すことが可能となり、糖の回収率を高めることができる。
【0055】
上記有機溶媒としては、クラスター酸触媒にとっては良溶媒であるが、糖にとっては貧溶媒であるという溶解特性を有するものであれば特に限定されないが、糖を効率よく析出させるためには、該有機溶媒に対する糖の溶解度が0.6g/100ml以下であることが好ましく、特に、0.06g/100ml以下であることが好ましい。このとき、糖のみを効率よく析出させるためには、該有機溶媒に対するクラスター酸の溶解度が20g/100ml以上、特に、40g/100ml以上であることが好ましい。
【0056】
上記有機溶媒として、具体的には、例えば、エタノール、メタノール、n−プロパノール等のアルコール類、ジエチルエーテル、ジイソプロピルエーテル等のエーテル類などが挙げられる。アルコール類及びエーテル類は好適に用いることができ、中でもエタノール及びジエチルエーテルが好適である。ジエチルエーテルは、グルコース等の糖が不溶であり、且つ、クラスター酸の溶解性が高いため、糖とクラスター酸触媒を分離する溶媒として最適なものの一つである。一方、エタノールもグルコース等の糖が難溶であり、且つ、クラスター酸触媒の溶解性が高いため最適な溶媒の一つである。ジエチルエーテルはエタノールと比較して蒸留において有利であり、エタノールは、ジエチルエーテルよりも入手しやすいという利点を有している。
【0057】
上記有機溶媒の使用量は、その有機溶媒の糖及びクラスター酸触媒に対する溶解特性や、加水分解混合物に含有される水分の量などによって異なってくるため、生成した糖を無駄なく効率的に析出させたり、クラスター酸を効率よく回収したり、また、糖の一部は固体化しクラスター酸触媒が取り込まれているが、それを粉砕して取り込まれたクラスター酸触媒を溶解させたりできるように、適宜適当な量を決定すればよい。
【0058】
分離工程における温度は、上記有機溶媒の沸点等にもよるが、通常は、室温〜60℃の範囲であることが好ましい。また、分離工程において、加水分解混合物と有機溶媒の接触方法、典型的には、加水分解混合物への有機溶媒の添加方法、及び、加水分解混合物と有機溶媒との攪拌方法等は特に限定されず、一般的な方法でよい。クラスター酸の回収効率の観点から、攪拌方法としては、ボールミル等による攪拌・粉砕が好適である。
【0059】
さらに、本発明者は、該分離工程において、クラスター酸触媒が多くの結晶水、典型的には、標準結晶水量以上の結晶水を有する場合、過剰な水分がクラスター酸に配位できず有機溶媒中に混入し、この有機溶媒中に混入した水分に生成物である糖が溶解してしまうことを見出した。このようにクラスター酸触媒が溶解した有機溶媒中に水分が混入し、該水分に糖が溶け込むと、糖の収率が低下してしまう。
【0060】
従って、クラスター酸触媒に配位できずに有機溶媒中に混入した水分に生成した糖が溶解することによる糖の回収率低下を抑制するため、上記分離工程において、反応系内に存在する全クラスター酸触媒の結晶水が、標準結晶水量以下であることが好ましい。本発明者らの知見によれば、反応系内に存在するクラスター酸触媒が含有する結晶水が、標準結晶水量以下であれば、有機溶媒中にクラスター酸に配位できず混入した水分に、グルコースを主とする糖が溶解することを防止することができる(図4参照)。
ここで、反応系内に存在するクラスター酸触媒が含有する結晶水が、標準結晶水量以下であるとは、分離工程における反応系内に存在する水分を、全クラスター触媒が均等に結晶水として取り込んだ場合に、クラスター酸触媒の結晶水量が標準結晶水量以下であることを意味する。
【0061】
分離工程における反応系内の水分量を制御する方法としては、例えば、反応系の密閉状態を解放し、加熱することで、加水分解混合物中の水分を蒸発させる方法や、加水分解混合物中に、乾燥剤等を添加し、加水分解混合物中の水分を除去する方法等が挙げられる。上記蒸発方法は、加水分解工程における反応温度の余熱を利用することができ、エネルギー効率に優れ、且つ、乾燥剤の分離等の工程も必要ないため、好適な方法として挙げられる。
【0062】
すなわち、分離工程においては、クラスター酸触媒が含有する結晶水量はできるだけ少ないことが好ましいということができ、加水分解反応の温度、反応率、生成物の選択性等を考慮すべき加水分解工程とは、その最適な結晶水量が異なる場合がある。従って、加水分解工程前において、予め、分離工程における糖とクラスター酸触媒の分離効率を考慮して、クラスター酸触媒の結晶水量を調整してもよいし、上記のように、必要に応じて、適宜、加水分解工程後であって、分離工程前に、クラスター酸触媒の結晶水量を制御してもよい。
【0063】
分離工程においては、植物系繊維材料の残渣等と共に固形分として糖の析出物が得られると同時に、クラスター酸触媒が溶解した有機溶媒溶液が得られる。これを濾過等の方法により、固形分と有機溶媒溶液とに分離する。糖を含有する固形分は、糖の水溶性と残渣の水不溶性を利用して、水を添加することで、さらに残渣等の固形分と糖水溶液とに分離することができる。
一方、クラスター酸触媒を含有する有機溶媒溶液は、蒸留等の一般的な分離方法によって、クラスター酸触媒と有機溶媒とに分離することができる。このように、クラスター酸触媒は、セルロースの加水分解触媒として使用した後、生成物や残渣等と分離し、回収することができ、さらには、再び、セルロースを含む植物系繊維材料の加加水分解触媒として利用することも可能である。
【0064】
尚、上記分離工程において、クラスター酸触媒の過剰な結晶水が有機溶媒に溶解し、該水分に糖が溶解することで、該糖がクラスター酸触媒と共に上記有機溶媒相へと移動してしまった場合には、クラスター酸触媒が溶解したクラスター酸有機溶媒溶液中の水量を減少させることで、該有機溶媒溶液中に糖を析出させることができる。
具体的には、有機溶媒溶液中のクラスター酸触媒の全量が、標準結晶水量以下の結晶水を含有するように、該クラスター酸触媒を脱水すればよい。上述したように、クラスター酸触媒が含有する結晶水が、標準結晶水量以下であれば、グルコースを主とする糖が有機溶媒中に混入した水分(クラスター酸触媒に配位できない水分子を含む)に溶解するのを防止することができるからである。
【0065】
有機溶媒溶液中のクラスター酸触媒を脱水する方法としては、特に限定されず、例えば、該有機溶媒溶液に、乾燥剤、例えば、無水塩化カルシウム、シリカゲル等を適量添加する方法が挙げられる。但し、このような乾燥剤を用いる場合には、乾燥剤を除去する工程が別途必要となる。
【0066】
乾燥剤の除去工程が不要な方法としては、結晶水量が標準結晶水量より少ない、典型的には、結晶水率(結晶水量/標準結晶水量×100%)が70%以下、特に30%以下のような状態のクラスター酸触媒を、乾燥剤として用いる方法が挙げられる。このような乾燥状態のクラスター酸触媒を添加し、有機溶媒溶液中に含まれるクラスター酸触媒量を増加させることで、各クラスター酸触媒が含有する結晶水の量を低下させ、標準結晶水量以下とすることができる。しかも、乾燥剤として用いたクラスター酸触媒は、加水分解触媒として用いたクラスター酸触媒と共に分離、回収することができる。
有機溶媒溶液中、脱水により析出させた糖は、デカンテーション、濾過等の一般的な方法によって有機溶媒溶液と分離し、回収することができる。
【0067】
尚、ここでは、クラスター酸触媒と糖との分離方法として、溶媒に対する溶解度差を利用した方法を中心に説明したが、クラスター酸触媒の代表であるヘテロポリ酸は、2nm径程度、グルコースは0.7nm径程度と、分子サイズに差があることから、例えば、酸素10員環のMFI、βゼオライトや、酸素12員環のモルデナイト等の多孔性物質の分子ふるい効果を利用することもできる。
【実施例】
【0068】
以下、D−(+)−グルコース及びD−(+)−キシロースの定量は、高速液体クロマトグラフ(HPCL)ポストラベル蛍光検出法により行った。
【0069】
[参考実験1]
<クラスター酸(ヘテロポリ酸)の結晶水率と見かけ上の溶融温度の関係>
結晶水率の異なるリンタングステン酸(H3[PW1240]・nH2O)について、その見かけ上の溶融温度を、加熱しながら目視で調べた。結果を図2に示す。尚、リンタングステン酸の結晶水率は、図2中のA(結晶水率75%)及びB(結晶水率100%)を加熱することで乾燥するか、或いは、水を滴下することで調節した。ただし、結晶水が30個(n=30)の場合を結晶水率100%とした。
図2に示すように、ヘテロポリ酸は結晶水率が高くなるほど見かけ上の溶融温度(擬溶融温度)が高くなることがわかった。
【0070】
[実施例1]
以下のようにして、各加水分解反応温度(擬溶融状態物中温度:50℃、60℃、70℃、80℃、90℃)におけるセルロースの反応率、グルコースの選択率について測定した。
まず、リンタングステン酸(結晶水率160%、直径約2nm)1kgとセルロース0.5kg(乾燥重量)とを混合し、密閉容器(ホットプレート上に設置)中に入れ加熱した。40℃付近でリンタングステン酸が擬溶融状態になり、攪拌できる状態になった。
その後、各温度(50℃、60℃、70℃、80℃、90℃)まで加熱し、さらに3時間攪拌して加水分解反応させた。
【0071】
室温に戻した後、密閉容器中の、擬溶融状態から固体に戻ったリンタングステン酸と、セルロースの加水分解により生成したグルコースを主とする糖及びリグニン等の繊維質(分解物含む)との混合物に、エタノール3Lを添加し、30分間攪拌した。添加したエタノールにリンタングステン酸は溶解したが、糖は溶解せず、繊維質と共に沈殿物として得られた。
【0072】
沈殿した糖と繊維質とを濾過し、エタノール溶液と沈殿物(糖と繊維質)を分離した。この沈殿物に蒸留水1.5Lを加え、30分間攪拌して糖を溶解し、再度濾過して糖を溶解した糖水溶液と繊維質(未反応セルロール)とに分離した。一方、エタノール溶液は蒸留し、エタノールとリンタングステン酸に分離した。
【0073】
各加水分解反応温度における反応率R、グルコース収率ηを図3に示す。
図3からわかるように、反応温度が高くなるにつれてセルロースの反応率が高くなった。一方、グルコース収率は、50℃〜60℃にかけてはセルロースの反応率と同様の増加傾向を示したが、70℃をピークに減少した。すなわち、本実験の条件においては、50〜60℃において高選択的にグルコースが生成するのに対して、70〜90℃においてグルコース生成以外の反応が進行することがわかる。尚、この結果は、反応器の形状、操作の方法等によって変化すると考えられ、高い収率、選択率を得るためには、装置の最適化も重要であるといえる。
【0074】
[実施例2]
バガスを破砕機により直径十数μm程度の粉末状にしたもの0.3kg(乾燥重量)と、リンタングステン酸(結晶水率不明、直径約2nm)1kgとを混合し、密閉容器中に入れ加熱した。40℃付近でリンタングステン酸が擬溶融状態になり、攪拌できる状態になった。約50℃まで加熱し、さらに3時間攪拌した。
【0075】
室温に戻した後、密閉容器中の、擬溶融状態から固体に戻ったリンタングステン酸と、セルロースの加水分解により生成したグルコースを主とする糖及びリグニン等の繊維質(分解物含む)との混合物Aに、エタノール3Lを添加し、30分間攪拌した。添加したエタノールにリンタングステン酸は溶解したが、糖は溶解せず、繊維質と共に沈殿物として得られた。
【0076】
沈殿した糖と繊維質とを濾過し、エタノール溶液と沈殿物(糖と繊維質)を分離した。この沈殿物に蒸留水1Lを加え、30分間攪拌して糖を溶解し、再度濾過して糖を溶解した糖水溶液と繊維質(未反応セルロール)とに分離した。一方、エタノール溶液は蒸留し、エタノールとリンタングステン酸に分離した。収量はグルコース0.20kg、キシロース0.06kgであった。
【0077】
[実施例3]
木材片を破砕した後、水蒸気処理を2時間施し、さらに、破砕機により直径十数μmの粉末状にしたもの0.3kg(乾燥重量)と、リンタングステン酸(結晶水率不明)約1kgとを混合し、密閉容器中に入れ加熱した。40℃付近でリンタングステン酸が擬溶融状態となり、攪拌できる状態になった。約70℃まで加熱し、さらに3時間攪拌した。
その後、実施例2と同様にして、リンタングステン酸の回収、生成した糖と未反応セルロースの分離を行った。収量はグルコース0.21kg、キシロース0.07kgであった。
【0078】
[実施例4]
特開2001−240411に準じて、多孔質アルミナチューブの外側にモルデナイト膜を形成したものを準備した。実施例2と同様にして得られた混合物Aを蒸留水1Lで希釈して上記チューブの内側に通し、チューブ内側に2MPaの圧力をかけたまま、1時間保持した。このとき、チューブは1Lの蒸留水に浸漬した。
【0079】
1時間後、チューブを浸漬していた水を採取し、高速液体クロマトグラフィー(HPLC)を行ったところ、D−(+)−グルコース、D−(+)−キシロースが含有されていることが確認できた。一方、チューブ内側の液体を採取し、HPLCで分析したところ、糖濃度が低下していることが確認できた。
チューブ内側の液体の糖濃度(グルコースとキシロースの合計)が初期の1/10になるまで、上記操作を繰り返した。一方、チューブ内側の水中に残ったリンタングステン酸は、80〜90℃で水分を蒸発させることにより、同体のリンタングステン酸として回収できた。
【0080】
[実施例5]
まず、種々の結晶水率(図4参照)のリンタングステン酸とグルコースを2:1(リンタングステン酸:グルコース 重量比)で混合した混合物を準備した。リンタングステン酸の結晶水率は、結晶水率が100%以上のものについては、リンタングステン酸とグルコースを混合した後、該混合物中のリンタングステン酸が所望の結晶水率となるように、必要に応じて該混合物に水を適量添加することで調整した。一方、結晶水率が100%未満のものについては、予めリンタングステン酸を加熱して脱水した。脱水して得られたリンタングステン酸の水分量は、TGA(熱重量分析)により定量した。
次に、上記リンタングステン酸とグルコースの混合物に、脱水したエタノールをリンタングステン酸30に対して100の重量比で添加した。これをよく攪拌、混合した後、固体分(析出したグルコースを含む)を分離してエタノール溶液を得た。このエタノール溶液中のグルコース量をHPLCポストラベル蛍光検出法で分析、定量し、エタノール溶液中に残留し分離しきれなかったグルコースの損失率を算出した。結果を図4に示す。
【0081】
図4より、リンタングステン酸の結晶水率が100%以下のとき、リンタングステン酸のグルコースの損失率がほぼ0になることがわかる。すなわち、クラスター酸触媒の結晶水量を標準結晶水量以下とすることで、有機溶媒により糖を析出させてクラスター酸と糖とを分離する際に、クラスター酸に配位できずに有機溶媒中に混入した水分に糖が溶解することによる糖の回収率低下を抑制可能であることがわかる。
【0082】
[実施例6]
密閉容器内に、予め蒸留水を入れ、予定の反応温度(60℃)まで昇温し、容器内を飽和蒸気圧状態とし、容器内面に水蒸気を付着させた。
次に、予め結晶水量を測定したリンタングステン酸1kgとセルロース0.5kg(乾燥重量)とを混合し、上記密閉容器に入れた。さらに、反応温度60℃でリンタングステン酸が擬溶融状態となるのに必要な水分(158g)とセルロースが加水分解してグルコースになるのに必要な水分(55.6g)の合計量からの不足分の蒸留水(55.6g)を添加した。
【0083】
続いて、上記密閉容器内を加熱すると、40℃付近からリンタングステン酸が擬溶融状態となり、50℃付近で容器内の混合物が攪拌できる状態となった。さらに加熱して60℃とし、60℃で1.5時間攪拌を続けた。
その後、加熱をやめ、40℃程度まで冷ました後、エタノール6Lを添加し、60分間攪拌し、エタノールにリンタングステン酸を溶解させ、糖を繊維質(未反応セルロース)と共に沈殿させた。
【0084】
次に、沈殿物を濾過し、分離した沈殿物に蒸留水1Lを加えて15分間攪拌し、糖を溶解させた。これをさらに濾過して、糖水溶液と繊維質を分離した。
一方、エタノール溶液は蒸留し、エタノールとリンタングステン酸に分離した。
反応率Rは67%、グルコース収率ηは60%であった。
【0085】
[実施例7]
市販のリンタングステン酸(図2のB:結晶水率100%)1kgと、セルロース0.5kg(乾燥重量)とを密閉容器内で混合し、さらに、セルロース0.5kgがグルコースに加水分解するのに必要な水分が存在するように、蒸留水(55.6g)を添加した。この混合物を加熱すると50℃付近からリンタングステン酸が擬溶融状態となり、60℃付近で攪拌できる状態になった。60℃を保持した状態でさらに1.5時間攪拌した。
【0086】
その後、実施例6と同様にして、リンタングステン酸の回収、生成した糖と未反応セルロースの分離を行った。反応率Rは68%、グルコース収率ηは63%であった。
【0087】
[実施例8]
市販のリンタングステン酸(図2のA:結晶水率75%)1kgと、セルロース0.5kg(乾燥重量)とを密閉容器内で混合し、さらに、セルロース0.5kgがグルコースに加水分解するのに必要な水分が存在するように、蒸留水(55.6g)を添加した。この混合物を加熱したところ、50℃まで加熱してもリンタングステン酸は擬溶融状態にならず、80℃付近から徐々に擬溶融状態となり、90℃で攪拌が可能な状態となった。90℃を保持した状態でさらに1.5時間攪拌した。
【0088】
その後、実施例6と同様にして、リンタングステン酸の回収、生成した糖と未反応セルロースの分離を行った。反応率Rは96%、グルコース収率ηは72%であった。また、キシロース収率を算出したところ7%であった。反応率は96%と非常に高くなったが、目的とするグルコース生成では26%の損失であった。
この結果は、実施例7で使用したリンタングステン酸に比べて、実施例8で使用したリンタングステン酸は、結晶水量が少なく、擬溶融状態となるためには実施例5よりも反応温度を高くする必要があり、その結果、反応率は高くなったものの、加水分解のグルコース選択率が低下し、その他の副生成物量が増加したことを示している。
【0089】
[実施例9]
図5に示すようなチャートで実験を行った。
すなわち、まず、実施例6と同様にして、密閉容器内でセルロース、リンタングステン酸及び蒸留水を60℃1.5時間攪拌した混合物を得た。
その後、60℃を保持したまま密閉容器の密閉を解放し、容器内の水分を飛ばした。容器内の液状物が固化してもさらに60℃を保持し続け、その後加熱を停止した。
そして、実施例6と同様にして、リンタングステン酸の回収、生成した糖と未反応セルロースの分離を行った。反応率Rは67%、グルコース収率ηは67%であった。すなわち、生成したグルコースはほぼ100%回収することができた。
【0090】
この結果は、エタノールの添加によるリンタングステン酸と糖及び繊維質との分離工程前に、反応系内の水分を除去し、リンタングステン酸の結晶水量を標準結晶水量以下とすることによって、リンタングステン酸に配位できずにエタノールに溶解した水分にグルコースが溶け込むことを防止し、グルコース収率を高めることができることを示している。
【0091】
[実施例10]
実施例4と同様にして、密閉容器内でセルロース、リンタングステン酸及び蒸留水を60℃1.5時間攪拌した混合物を得た。
その後、60℃のままエタノールを所定量(3L)添加し、30分間攪拌した。続いて、温度を室温付近まで下げ、乾燥剤(無水の塩化カルシウム粒)を袋に入れた状態で添加し、容器内の水分を除去した。グルコース粉末が析出し、リンタングステン酸はエタノール中へ溶解状態を維持した。
そして、実施例6と同様にして、リンタングステン酸及び糖を分離した。反応率Rは67%、グルコース収率は67%であった。生成したグルコースはほぼ100%回収することができた。
【0092】
この結果は、実施例9と同様、エタノールの添加によるリンタングステン酸と糖及び繊維質との分離工程前に、反応系内の水分を除去し、リンタングステン酸の結晶水量を標準結晶水量以下とすることによって、リンタングステン酸に配位できずにエタノールに溶解した水分にグルコースが溶け込むことを防止し、グルコース収率を高めることができることを示している。実施例9では、セルロースの加水分解反応における余熱を利用して反応系内の水分を蒸発させたのに対して、実施例10では、乾燥剤を添加して水分を吸収させることで反応系内の水分量を調整した。
【図面の簡単な説明】
【0093】
【図1】ヘテロポリ酸のケギン構造を示す図である。
【図2】クラスター酸触媒の結晶水率と見かけの溶融温度の関係を示すグラフである。
【図3】加水分解反応温度とセルロース反応率R及びグルコース収率ηの関係を示すグラフである。
【図4】クラスター酸触媒回収時の結晶水率とグルコースの溶解損失の関係を示すグラフである。
【図5】実施例9におけるセルロースの加水分解〜糖とヘテロポリ酸の回収の工程を説明するチャートである。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
植物系繊維材料を分解し、グルコースを主とする糖を生成させる方法であって、
擬溶融状態のクラスター酸触媒を用いて、前記植物系繊維材料に含まれるセルロースを加水分解し、グルコースを生成させる加水分解工程を備えることを特徴とする植物系繊維材料の分解方法。
【請求項2】
前記加水分解工程を、常圧〜1MPaの条件下、140℃以下で行う、請求項1に記載の分解方法。
【請求項3】
前記加水分解工程において、反応系内の水分量を、(1)反応系内の前記クラスター酸触媒の全量が該加水分解工程の温度条件において擬溶融状態になるために必要な結晶水と、(2)反応系内の前記セルロースの全量がグルコースへ加水分解されるのに要する水、の合計量以上とする、請求項1又は2に記載の分解方法。
【請求項4】
前記クラスター酸触媒がヘテロポリ酸である、請求項1乃至3のいずれかに記載の分解方法。
【請求項5】
植物系繊維材料を分解し、グルコースを主とする糖を生成させる方法であって、
クラスター酸触媒を用いて、前記植物系繊維材料に含まれるセルロースを加水分解し、グルコースを生成させた後、有機溶媒を用いて前記糖を析出させ、前記加水分解で固体化した糖及び前記有機溶媒を用いて析出させた糖を含む糖類と、残渣と前記クラスター酸触媒とを分離する分離する分離工程を備えることを特徴とする植物系繊維材料の分解方法。
【請求項6】
前記有機溶媒は、該有機溶媒に対する前記糖の溶解度が0.6g/100ml以下である、請求項5に記載の分解方法。
【請求項7】
前記有機溶媒としてエーテル類及びアルコール類から選ばれる少なくとも1種を用いる、請求項5又は6に記載の分解方法。
【請求項8】
前記分離工程において、反応系内の前記クラスター酸触媒の全量が標準結晶水以下の結晶水を含むように、反応系内の水分量を制御する、請求項5乃至7のいずれかに記載の分解方法。
【請求項9】
前記分離工程後、前記有機溶媒中に含有される前記クラスター酸触媒の全量が標準結晶水以下の結晶水を含むように、該クラスター酸触媒を脱水する、請求項5乃至7のいずれかに記載の分解方法。
【請求項10】
前記脱水工程において、含有結晶水が標準結晶水以下のクラスター酸触媒を乾燥剤として用いることにより、前記クラスター酸触媒を脱水する、請求項9に記載の分解方法。
【請求項11】
さらに、前記有機溶媒と、該有機溶媒に溶解した前記クラスター酸触媒とを分離する工程を備える、請求項5乃至10のいずれかに記載の分解方法。
【請求項12】
前記有機溶媒と分離させた前記クラスター酸触媒を、前記植物系繊維材料に含まれるセルロースを加水分解する触媒として再利用する、請求項11に記載の分解方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【公開番号】特開2008−271787(P2008−271787A)
【公開日】平成20年11月13日(2008.11.13)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−115407(P2007−115407)
【出願日】平成19年4月25日(2007.4.25)
【出願人】(000003207)トヨタ自動車株式会社 (59,920)
【Fターム(参考)】